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第一話 イラマチオ

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「ほら、仰ってください。『先生のエッチな喉ま×こで雄ち×ぽミルク出しちゃうの?』……はい。」
「んぶぅっ、んぐぅうっ、ぉ”ごぉっ…」
ーー無理っ!無理むりむり死ぬっ……殺されるっ!!
 激しい水音とともに豚のように下品な鳴き声を漏らしながらも、視線を上に向けて目の前の男を嫌悪の眼差しで睨みつける。
 自分をモノのように乱暴に扱う男の足元に跪かされて、奉仕とも呼べないような荒い口淫を強要され、呼吸困難と屈辱で顔が歪む。
 唾液と涙と鼻水がグチャ混ぜになってもはや判別のつかない体液で顔中を汚しながらも、両腕は背後でガムテープでがっちりと拘束されて拭うことは叶わない。
 当の男は涼しい顔をしながら、左手で男の後頭部をがっしりと掴み、その頭をまるで玩具のように股間に何度もぶつけながら、右手で持った文庫本をぺらりとめくった。
「ほら、85ページ11行目、淫乱な女教師麦子が教え子である男子高校生に無理やりイラマチオされながらも、強気に煽って見せるシーン。確かに麦子のなかなか堕ちない強気な一面と、その後のメス堕ちを強く印象付けると言う点では評価できますが。」
「え”っ、ぐえっ、お”ごっ~~っ、ぅぶう”っ!」
ーー離せっ、息……できね…っ!?
「そもそもイラマチオされながらここまで流暢に話すことは不可能です。そうでしょう?」
 左手で掴んだ髪の毛を後ろに引っ張りあげると、喉の奥を串刺しにしていた凶器がずるりと抜け出ていく。
 唇が肉棒からちゅぽんっといやらしい音を立てて離れる。名残惜しそうに唾液の糸を引くのがひどく淫猥で男はかっと顔を紅くした。
 やっとの事で口内を解放され、ぜーぜーと必死になって酸素を吸い込むと、喉の奥の粘つくカウパー液が気管に入り込み大きく咳き込む。
「わかりましたか?」
「ゲホッ……エロはファンタジーなんだよ、体験だの実践だのクソ喰らえだ。」
 男は上機嫌で目の前の男の腕を拘束するガムテームをビリビリと破りとってやる。
 涙で潤む瞳で男を睨みつけながら、口と鼻からぼたぼたとこぼれ落ちる体液を解放された腕の袖で大きく拭った。
「だから貴方の官能小説はリアリティが無いのですよ。」
「うるせえ黙れぇ!!」
 未だ違和感が残る喉で、必死に声を絞り出す。
「なんで俺がこんなこと…クソ。」
「この小説を執筆したのは……貴方でしょう。」
 手にした文庫本を頭の上にポンポンとぶつける。屈辱的だったのか、勢いよくその手を跳ね除けた。
「だとしても、俺がやられる必要はないだろうが。俺は男だ。」
「官能小説の読者は男性が大半を占めますが、作品の主体は女性にあります。女性描写を極めてこそ、官能小説でしょう。だからこそ、『妄想』だけで官能小説を執筆するむっつりスケベの貴方が『実践』し『体験』することでより質の高い作品が生まれると言うもの。」
「むっつりっ……!?俺は別にそんなんじゃない!別に…他人と性的行為を共有するほど俺は性に貪欲じゃないし、さほど興味もない。」
「何を仰られる、蜘蛛野くもの先生。」
 床にぺたんと座り込む男はその股間を素足で柔く踏みつけられ、んぁあっとうめき声をあげる。ぐりぐりぐにゅんぐにゅんと足の指で陰茎を弄ばれ、屈辱と快感で顔を歪める。
「はーっ、はーっ、……っぁ、んぁ……やめっ、」
「たかが一週間、自慰行為を禁止しただけで一日中発情状態になるほど性欲の強い貴方が『性に興味がない』などと些か説得力がないのでは?」
「…あっ、ぁ……踏むなっ、馬鹿……」
 抵抗し膝に縋り付きながらも、足の恥虐を受ける陰茎はみるみるうちに頭を擡げ、虐めてくださいとでもいうように大きく主張する。
「何をされてもどこを触られても性的快感を得てしまうような、そんな状態でよく執筆できましたね。」
「お前がっ……禁止、したんだろうがっ……!小説家の、性管理も編集の仕事だって言うのか、一ノ瀬ぇっ!」
「集中するために義務的にしているだけだから、一週間くらい自慰できなくても何一つ問題ないとのたまったのは誰でしたか?」
「お前が余計なことするからっ!ぅう”っ♡」
 言葉など聞く気もない、とでも言うように足に力を込めると、男は面白いくらいに体を跳ねさせ、甘い声を漏らす。
「まあでも、絶頂することしか考えられない発情したメスのような頭と体でお書きになる貴方の官能小説が筆舌尽くしがたい艶やかさを放ち、読み手の体に熱を持たせる至極の作品となることは、おわかりでしょう。蜘蛛野先生?」
「言い方が気色悪ぃ。」
 悪態をつきながらも、否定をしないのは一ノ瀬が言うことがほぼ事実だからだ。

 オナ禁を強要されるのは今回が初めてではない。一週間ほどの禁欲は頻繁に、特に原稿締め切り前には必ずと言っていいほど行われていた。
 もともと週7、つまり毎日オナニーをしている蜘蛛野はその強い性欲を限界まで溜め込みつつ、元来の執筆への集中力を発揮することで、男たちの欲情を煽り高く評価される官能小説を作り上げていた。
 「至極の官能小説を執筆させる」これを狙って一ノ瀬は蜘蛛野にオナ禁を強いる。本当は一生自慰なんてしないでほしいんですがねえ、などと漏らす編集に蜘蛛野が戦慄したのは言うまでもない。
 何度もオナ禁を強要されてきたが、最長記録はわずか半月。15日目には寝ても起きてもドクドクと速い鼓動が収まらず、両腕で自身の体を抱きしめ、さすり、性器に指一本触れていないのも関わらず腰をカクカクと小刻みに揺らしていた。
 一日中発情状態のせいで心なしか柔らかく膨らみ張り出した乳の先に卑猥に出っ張る、男のものとは思えない1cmほどに肥大化した乳首。快感を拾うだけの器官と成り下がった二つのメスの突起に、意図せず白シャツの細やかな繊維が擦り付けられる度、四肢がびくんびくんと跳ね筋肉が痙攣する。
 もう一瞬の刺激で絶頂に達してしまうほど敏感な身体ながらも、蜘蛛野の無駄に高い意地とプライドがギリギリのところで絶頂を耐えさせていた。
 しかし耐えることだけに集中して、何一つ手に付かない状態であった蜘蛛野。執筆の進捗を伺いにきた一ノ瀬が部屋に入ると、中はもわっと熱気で包まれ、いやらしくも甘さを孕んだ匂いが充満していた。
 目は白目を剥きそうなほど瞳が上を向き、だらしなく半開きにした口からわずかに舌が伸び、はーはーと発情した犬のような荒い息を漏らした蜘蛛野がベッドの上で小さく丸まって、とめどなく押し寄せる快感の波に必死に耐えていた。
 こんな状態でも恥も外聞もなく縋り付いて懇願しなかった蜘蛛野の高いプライドだけは感心したが、問題はそこではない。
 もちろん執筆などできているはずもなく、一ノ瀬は自身の担当小説家の性欲の強さに心底呆れたものだ。「過度な自慰の禁止は逆効果、7日が最適、15日が限界」仕事用の手帳にそう書き記した。
 蜘蛛野にとって半月のオナ禁は毒のようだが、7日ほどの禁欲で至る発情状態の彼は非常に良い官能小説を書く。
 そして、怒涛の勢いでの執筆を終えた小説家は達成感やら疲労やら興奮で体力を消耗し、ばたりとベッドに倒れ込むのが常となっていた。
 しかし、蜘蛛野の受難はそれでは終わらない。性欲を溜めに溜めた蜘蛛野に対し、「取材」と称して、一ノ瀬は性的行為を強要するのだ。
 ところで、蜘蛛野にオナ禁を強要してもセックスの禁止を強要しないのには理由がある。「エロはファンタジーだからリアルではしたくない」というのが蜘蛛野の主張だ。
 幼い頃から社会不適合まっしぐらだった彼は、人間嫌いに拍車がかかり、恋人はもちろん友人すらほとんどいない。合コン、セックス、奔放な性生活、そういったものに嫌悪を示していた。
 性欲が強いのは第二次性徴を迎えた時からずっとだが、その欲を満たすのは専らネットに転がっているエロ同人、エロイラスト。恋愛だのセックスだのに現を抜かす人間を馬鹿にし、自分は高潔だとのたまいながら、自室で毎日シコシコとオナニーに勤しんでいた。
 そのせいか、リアルで自分自身が性的行為を体験することを頑なに拒否する。誰かと肌を重ねることも、風俗も、恋人も、とにかく他人と性的行為を共有するのを嫌がる。だからこそ、セックスを禁止する必要はない。
 「エロはファンタジー」「エロは妄想」、その信念で描く彼の官能小説は非常に斬新で非日常的な魅力がある。一方でリアリティに欠けることが難点だと担当編集である一ノ瀬は考えていた。
 アブノーマルな作品を書きながらも、本人は至って平凡なオナニーしか経験してこなかったことが大きく影響しているだろう。
 蜘蛛野の小説にリアリティを与えるためには、「エロの実践」「エロの体験」が必要不可欠だと考えた一ノ瀬は、蜘蛛野にセクハラに近しいエロ指南を行うこととなる。
 それが先述の「取材」。性的行為を強要し、実践し、体験させ、今後の執筆のリアリティの糧とするものである。
 他人との性的行為を嫌悪し、高いプライドと意地で抵抗する蜘蛛野が牙を抜かれ、わずかにその抵抗力を失う瞬間。それが、怒涛の執筆を終え疲弊した身体、一週間のオナ禁により発情しきった身体、締め切り終了後の脱力した身体、つまり原稿締め切り直後だ。
 その時の蜘蛛野は口では嫌がるものの、体は限界を迎えており、頭の中で必死に葛藤しているのが常だ。
 「取材」は主に、蜘蛛野が執筆した小説の濡れ場のワンシーンを模す形を取っている。現実的に不可能な描写を自覚させたり、実際にその行為で抱きうる心理を認識させたり。
 一例を挙げると、「イラマチオしながら流暢に喋る」こと。数ヶ月前に蜘蛛野が完成させた官能小説『淫乱女教師、陥落授業』の一場面。現実では成しえないことを把握しながらわざとそれを再現させる。口内の喉の奥まで男の肉棒をぶちこまれ、えづき、顔中を体液で汚しながらなおも一ノ瀬を睨みつける。
 嫌悪してやまないリアルの性的行為を、男、さらに担当編集に強要されるのは酷い辱めに違いない。
 さらに、自分が執筆したプレイを自身で再現させられ、同時に自分の作品にダメ出しをされる屈辱は、蜘蛛野のプライドをズタズタに引き裂く。「取材」とは建前で、一ノ瀬の嗜虐心を満たすための玩具に過ぎないのかもしれない。
 その真相はさておき、全ては編集者である一ノ瀬の思惑通りということだ。


 官能小説家、蜘蛛野くもの糸一いといちとその担当編集、一ノ瀬いちのせみつぐの出会いは1年前に遡る。蜘蛛野が26歳、一ノ瀬が23歳の時であった。
 蜘蛛野は、大学在学中にハニー出版という官能小説出版社主催のコンテストで大賞を受賞し、そのままそこで執筆を続けて3年、今に至る。一方、新卒でハニー出版に就職した一ノ瀬は爆速で仕事を覚え、その有能さが評価されすぐに蜘蛛野の担当編集となった。
 期待の若手編集者は、期待の若手小説家につけよう、という編集長の計らいで二人は出会った。
 社に期待されつつ、若手らしくのびのびやってくれとのことで、ほぼ放任状態だ。それも一ノ瀬が仕事ができるからこそなのだが、蜘蛛野はそれに甘えて堕落している。
 前任の編集者が10歳ほど年上だったせいか、年下の新卒の編集を最初は舐め腐っていた蜘蛛野だった。しかし、この1年でその手腕は嫌という程思い知らされた。一ノ瀬は常に蜘蛛野より一枚上手なのだ、蜘蛛野本人は死んでも認めようとしないが。


「ところで、イラマチオの感想はいかがでしたか?」
「ぁ”っ?最悪っ……だよ、クソ。」
「貴方の小説はフェラチオ表現より、イラマチオ表現の方が多用されていますよね。開発すれば喉も性感帯になりえるのでしょうか?」
「知るかっ……どうでもいい。エロは妄想なんだよ。抜ければいいんだ、実際感じるか感じないかなんて至極どうでもいい。」
「でも、喉で気持ちよくなる感覚を知っておいた方が、より繊細な性描写ができるのでは?」
 一ノ瀬はその細い指を蜘蛛野の喉に這わせ、つつつと喉仏を押しつぶすように撫でる。
「えぐっ……うるせぇ黙れ。触るな……ぁ。」
「貴方のその自由で非日常的で目新しい発想力は大変素晴らしいと思っているんですよ、そこにほんの少しのリアリティがスパイスとして響くと確信しているのです、私は。」
「んなもん要らねぇっ。触るなっ……って言ってんだろ!」
 身体中を弄る手を振り払い、逃げようともがく蜘蛛野に覆いかぶさった一ノ瀬はその両手首を掴み、自身に引き寄せた。
 顔と顔がわずか数センチの距離まで近づき、お互いの熱い吐息まで感じ取れる。
 身体的接触を嫌がる蜘蛛野がわずかに震えながら目を泳がせ抵抗するも、絶対に逃さないとでも言うかのような強い力を緩めない。
「……ゃ、やめ……ろ……。」
「一週間分の精液、出したくて仕方がないでしょう。」
「ぃい…から……自分で……」
 一ノ瀬は唇を蜘蛛野の耳元に寄せて囁いた。
「おちんぽミルク、どぴゅどぴゅ搾乳して差し上げますよ。」
「ひぅうっ!♡……嫌だっ……もう嫌だ!俺に触れるなっ、変態、セクハラ野郎っ」
 いつも丁寧な口調を崩さない一ノ瀬の下品で淫猥な言葉が耳の中に流れ込んできて、思わずいやらしい悲鳴が漏れてしまう。
 体を震わせ、目を見開き、真っ赤な頰を隠すこともできない。
 恥ずかしいのと、気持ちいいのと、嫌悪感が混じり合って、蜘蛛野は半狂乱になって暴れた。
「俺はっ……独りっ…で……クソっ、死ねっ…あ”ぅ”っ♡」
 半泣きになりながらも暴れ、抵抗し、睨みつける蜘蛛野の、勃起しきって情けなくふるんふるんと揺れる陰茎を、一ノ瀬が柔く揉み始める。
「一週間も我慢して、偉かったですよ、よしよし♡」
「あ”……ぁ”ぁ”ぁ”……ぃや、ら♡……おれ…イく、イ”ぐ……イ”キ”、だく…な♡」
 身体はもはや力が入らず、抵抗もままならず、一週間分の絶頂を求めてイかせてくれと腰をうねらす。それでも口は悪態をつき、拒否を示し続ける。
 そんな蜘蛛野の最後のプライドを破壊するかのように、一ノ瀬は手の動きを早めた。ぐちゅっじゅぷっと自分の性器から響く激しく卑猥な水音が蜘蛛野の耳を犯し、完膚なきまでに辱める。
「ぁ”っ…♡嫌い……だっ♡お前”…ぇ”、なん”か♡絶対……や”め”…させでっ、やるっくんぉお”お”お”っっ♡~~~~っっぁ”あ”あ”♡」
 アヘ顔寸前の恥ずかしい下品な顔を晒して死に物狂いで絶頂に耐えていた身体は、容赦ない責めに遂に耐えきれず、びくんびくんと大きく痙攣し恥も外聞もなく腰を振り回しながら屈服アクメをキメてしまった。
 その暴れる蜘蛛野の体を一ノ瀬は無理やり抑えつけて、嗜虐の喜びにわずかに口角を上げ、甘く囁いた。
「私は貴方の作品が好きですよ、蜘蛛野先生。」


「あいつを俺の担当から降ろしてください!」
『何が不満なのかな?彼はとても優秀な編集者だと思うけど。』
「優秀とかクソほどどうでもいいっ!俺の嫌がることばかりして、あぁ思い出しただけでイライラする!」
 スマホ越しに爆発した怒りをぶつけている相手は、ハニー出版の現場のトップである編集長、倉田。
 男所帯のこの業界で、女性かつ42歳の若さでその地位まで上り詰めた優秀な編集者だ。
 蜘蛛野が大学時代、官能小説家になるきっかけとなったコンテストで、審査員として蜘蛛野の才能を見出し、大賞に強く推薦した人物でもある。
『そうは言っても彼が編集についてから、君の小説の売り上げの向上は著しい。』
「それは俺の能力が上がっただけです!」
『今年は官能小説大賞で特別賞も受賞したじゃないか。』
「それも俺の能力の向上でっ!!」
『本当にそう思ってる?一ノ瀬くんがどんな仕事の仕方をしているかは知らないけど、新進気鋭の小説家と編集のコンビは業界でもちょっとした話題になってる。彼の力なしで、今のような良作が書けると本気で思ってるの?』
「ぅ、ぐぅ。」
 痛いところを突かれ、思わず言葉を失う。
 実際に一ノ瀬の行っている自身のプロデュースやアドバイスは作品の質の向上に貢献していると、嫌々ながら認めざるをえなかった。
 それに、表だけでなく編集として蜘蛛野が把握しきれていない裏の仕事もそつなく完璧にこなしているであろうことは想像に難くなかった。
 そうだとしても、一ノ瀬が自分にしているセクハラの数々を告発すれば何らかの対処が下るのは明らかだ。しかし、自身のプライドがそれを邪魔していた。
 年下の編集者に体を好き勝手弄ばれているなどと、自分の口からはとてもではないが言えない。
『君は自由な発想で小説を書くが、日常生活では少々頭の固いところがある。もう少し柔軟に、人付き合いをしたらどうだ?』
「人付き合いなんてクソ食らえだ!あーもういいです。あんたに相談した俺が馬鹿だった。」
『私は最高に面白い官能小説を生み出して欲しいだけだ。期待しているよ、蜘蛛野糸一先生。』
 返事もろくにせずに蜘蛛野は電話をぶちぎった。
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