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後編
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次の日には、俺と蒼井は軽自動車に乗っていた。
俺が運転し、助手席に蒼井が座っている。
どこから入手してきたのか、都築が用意した車だったが、ろくな入手手段じゃないだろう。
どうなってんだあの中学生。
それはいいとして、蒼井にとっては1週間ぶりの自由な外出だった。
向かう先は宗教団体Sの本部。
「俺たちがこのまま逃げちまうとか、考えねえのかよあのガキは……」
「逃げたくても逃げられないだろう。そこ、右」
運転するのは久しぶりだったが、俺は慣れた手つきで右折する。
「都築くんが言った『設定』、ちゃんと覚えてるか?」
「忘れるかよ、んなの」
都築は事前に、宗教団体に俺たちの『事情』を伝え、入団の意思を示し講演会に参加する機会を漕ぎ着けたのだ。
都築から散々言い聞かされたその設定を、俺は暗唱した。
「幼い頃生き別れた兄弟が、偶然再会。兄弟と知らずに禁断の恋に落ちる。それを知った父親に暴力を振るわれ、命からがら逃げ出した俺たちは、宗教に救いを求めた。」
「よく覚えてるな、えらいぞ」
「チッ、こんなチグハグな兄弟がいてたまるかよ」
面白がっているとしか思えない。
宗教に興味があるならそれ相応の理由がないと怪しまれる、都築はそう言った。
だからと言って、もっとマシな設定があったんじゃないのか。
「実際、俺の体も君の体も、痣だらけの傷だらけだから、まあこの設定は理にかなってるかもなあ」
「じゃあ『禁断の恋』っつうのはなんだよ?普通にDV受けてた兄弟ってことでいいじゃねえか。」
「それはまあ……空気を読んでくれたんじゃない?」
「……読めてねえだろむしろ」
信号が赤を示し、俺は雑な急ブレーキを踏んだ。
隣に座った蒼井が俺の横顔をじっと見つめているのがわかった。
「恋人は嫌?」
なぜかこっ恥ずかしくて、蒼井の方に顔を向けることできなかった。
「嫌……つうか。変だろ、αとβの恋愛なんて」
「そうかな、あの団体に入るなら持ってこいの話じゃないか?」
宗教団体Sは筋金入りのΩ差別主義団体だ。
かつてはΩは入信することすら許されず、団体の幹部はαで固めていたらしい。
しかし、団員を増やすためには宗教二世を作る必要があるとの方針転換で、最近では子どもが産めるΩも積極的に集めているようだ。
ただ、その扱いは酷いものらしい。
「教え」を盾にして、信者のΩにまるで奴隷のような扱いをしているとの噂があった。
「情報を得るためには、ある程度団体の核心に迫らなければならない。……だから都築くんはαである俺を潜入メンバーに加えたんだろう」
酷い話だが、今回の目的は信者のΩの解放ではない。
癒着の証拠を握り、賄賂の現金輸送の情報を集めること。
今はそれだけに集中しなければならない。
宗教団体Sの本部は、閑静な住宅街、その一角に位置する巨大なビルだった。
玄関先で出迎えていたスタッフに導かれ、真っ白な部屋の中に連れていかれた。
「お待ちしておりましたよ、大変な思いをされたんですね。ここではあなたたち二人の行く先を邪魔する者は誰もいませんから、安心してください」
全てを察したような薄気味悪い笑顔で俺たちにそう言った。
緊張して硬くなる俺の背中を、蒼井が優しくさすると、びくんと肩が跳ね、余計に心臓の音が速くなる。
しかしスタッフは奇妙に思うこともなく、すべてわかっていますよ、とでもいうように微笑んだ。
クソ、哀れなゲイカップルだと思われている……。
説明会と入団の儀式は粛々と行われ、俺たちはメインホールに導かれた。
だだっ広い石造りの大空間、薄暗い中に、ぼんやりとオレンジの灯りが浮いている。
荘厳で神聖なオーラに、俺たちは息を飲んだ。
床が所々階段状になっており、そこには信者たちが座って読書に勤しんだり、礼拝していたり、各々静かに過ごしていた。
「事情により、お二人はお家に戻れないそうですから、併設の宿泊施設でご生活ください。日中はこのホールで過ごす方が多いですね。あっ、今日は18時ごろから礼拝があるので礼拝堂にどうぞ」
「礼拝……ってみんな参加するんですか?」
「はい、信者は全て礼拝に参加する決まりとなっています。毎日ですよ」
スタッフは俺たちが無期限でここに滞在すると思っている。
しかしまあ、長居するつもりはないのだが。
できれば今日中に、少なくとも明日には情報を揃えてトンズラする予定だ。
「では、おくつろぎください」
張り付いたような笑みを浮かべ、スタッフは奥へと去っていった。
完全に見えなくなるのを待って、俺たちは
「さぁて、集合は1時間後だ」
「危ないことがあったらすぐ電話するんだよ…」
「てめえは俺のおかんかよ」
俺たちは二手に分かれた。
まずはいくつかの部屋の位置を特定する、それが俺たちのミッション。
ネットで得られる情報から粗方の間取りは把握している。
まず俺が見つけたのは、書庫だ。
そこには、宗教団体Sの『会誌』が収められていた。
2011年9月号、そこにはSとΩ保護団体の裏会合の様子が載っているとの噂を手に入れた。
書庫を漁ると、お目当てのものは確かにそこにあった。
癒着の確たる証拠だ。
「お~あったあった。確定クロじゃねえの」
受付の女の目を盗み、「持ち出し厳禁」と赤字で書かれたその本を、俺は懐に突っ込んで書庫を出た。
その後あたりを散策するも何も見つからず、1時間後、俺はホールで蒼井と合流した。
俺が運転し、助手席に蒼井が座っている。
どこから入手してきたのか、都築が用意した車だったが、ろくな入手手段じゃないだろう。
どうなってんだあの中学生。
それはいいとして、蒼井にとっては1週間ぶりの自由な外出だった。
向かう先は宗教団体Sの本部。
「俺たちがこのまま逃げちまうとか、考えねえのかよあのガキは……」
「逃げたくても逃げられないだろう。そこ、右」
運転するのは久しぶりだったが、俺は慣れた手つきで右折する。
「都築くんが言った『設定』、ちゃんと覚えてるか?」
「忘れるかよ、んなの」
都築は事前に、宗教団体に俺たちの『事情』を伝え、入団の意思を示し講演会に参加する機会を漕ぎ着けたのだ。
都築から散々言い聞かされたその設定を、俺は暗唱した。
「幼い頃生き別れた兄弟が、偶然再会。兄弟と知らずに禁断の恋に落ちる。それを知った父親に暴力を振るわれ、命からがら逃げ出した俺たちは、宗教に救いを求めた。」
「よく覚えてるな、えらいぞ」
「チッ、こんなチグハグな兄弟がいてたまるかよ」
面白がっているとしか思えない。
宗教に興味があるならそれ相応の理由がないと怪しまれる、都築はそう言った。
だからと言って、もっとマシな設定があったんじゃないのか。
「実際、俺の体も君の体も、痣だらけの傷だらけだから、まあこの設定は理にかなってるかもなあ」
「じゃあ『禁断の恋』っつうのはなんだよ?普通にDV受けてた兄弟ってことでいいじゃねえか。」
「それはまあ……空気を読んでくれたんじゃない?」
「……読めてねえだろむしろ」
信号が赤を示し、俺は雑な急ブレーキを踏んだ。
隣に座った蒼井が俺の横顔をじっと見つめているのがわかった。
「恋人は嫌?」
なぜかこっ恥ずかしくて、蒼井の方に顔を向けることできなかった。
「嫌……つうか。変だろ、αとβの恋愛なんて」
「そうかな、あの団体に入るなら持ってこいの話じゃないか?」
宗教団体Sは筋金入りのΩ差別主義団体だ。
かつてはΩは入信することすら許されず、団体の幹部はαで固めていたらしい。
しかし、団員を増やすためには宗教二世を作る必要があるとの方針転換で、最近では子どもが産めるΩも積極的に集めているようだ。
ただ、その扱いは酷いものらしい。
「教え」を盾にして、信者のΩにまるで奴隷のような扱いをしているとの噂があった。
「情報を得るためには、ある程度団体の核心に迫らなければならない。……だから都築くんはαである俺を潜入メンバーに加えたんだろう」
酷い話だが、今回の目的は信者のΩの解放ではない。
癒着の証拠を握り、賄賂の現金輸送の情報を集めること。
今はそれだけに集中しなければならない。
宗教団体Sの本部は、閑静な住宅街、その一角に位置する巨大なビルだった。
玄関先で出迎えていたスタッフに導かれ、真っ白な部屋の中に連れていかれた。
「お待ちしておりましたよ、大変な思いをされたんですね。ここではあなたたち二人の行く先を邪魔する者は誰もいませんから、安心してください」
全てを察したような薄気味悪い笑顔で俺たちにそう言った。
緊張して硬くなる俺の背中を、蒼井が優しくさすると、びくんと肩が跳ね、余計に心臓の音が速くなる。
しかしスタッフは奇妙に思うこともなく、すべてわかっていますよ、とでもいうように微笑んだ。
クソ、哀れなゲイカップルだと思われている……。
説明会と入団の儀式は粛々と行われ、俺たちはメインホールに導かれた。
だだっ広い石造りの大空間、薄暗い中に、ぼんやりとオレンジの灯りが浮いている。
荘厳で神聖なオーラに、俺たちは息を飲んだ。
床が所々階段状になっており、そこには信者たちが座って読書に勤しんだり、礼拝していたり、各々静かに過ごしていた。
「事情により、お二人はお家に戻れないそうですから、併設の宿泊施設でご生活ください。日中はこのホールで過ごす方が多いですね。あっ、今日は18時ごろから礼拝があるので礼拝堂にどうぞ」
「礼拝……ってみんな参加するんですか?」
「はい、信者は全て礼拝に参加する決まりとなっています。毎日ですよ」
スタッフは俺たちが無期限でここに滞在すると思っている。
しかしまあ、長居するつもりはないのだが。
できれば今日中に、少なくとも明日には情報を揃えてトンズラする予定だ。
「では、おくつろぎください」
張り付いたような笑みを浮かべ、スタッフは奥へと去っていった。
完全に見えなくなるのを待って、俺たちは
「さぁて、集合は1時間後だ」
「危ないことがあったらすぐ電話するんだよ…」
「てめえは俺のおかんかよ」
俺たちは二手に分かれた。
まずはいくつかの部屋の位置を特定する、それが俺たちのミッション。
ネットで得られる情報から粗方の間取りは把握している。
まず俺が見つけたのは、書庫だ。
そこには、宗教団体Sの『会誌』が収められていた。
2011年9月号、そこにはSとΩ保護団体の裏会合の様子が載っているとの噂を手に入れた。
書庫を漁ると、お目当てのものは確かにそこにあった。
癒着の確たる証拠だ。
「お~あったあった。確定クロじゃねえの」
受付の女の目を盗み、「持ち出し厳禁」と赤字で書かれたその本を、俺は懐に突っ込んで書庫を出た。
その後あたりを散策するも何も見つからず、1時間後、俺はホールで蒼井と合流した。
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