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前編

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「何してるんですか?……社会に革命をもたらす青年活動家グループだと聞いて来たんですが、乱交集団だったんですか」

 そこに立っていたのは、160cmを少し超えただけの小さな青年。
 否、少年という方がふさわしかった。
 大きな目、まだ幼さが残る可愛らしい顔。
 しかし、その目の下に隈を浮かべ、瞳はまるで深淵のように黒かった。
 肌は青白く、不健康そのもの。
 口元には仮面のような張り付いた笑顔を浮かべていた。

「なんだ!ガキの来るところじゃねえぞ!」
都築翔真つづきしょうま。今日からこのCASの一員になる手筈でしたが、聞いてませんか?」

 俺は痛みと屈辱で薄れゆく思考を、必死に引き戻し、その少年を見る。
 都築翔真……CASに新団員、だと?
 明らかに10代だ。
 この組織は若いと言っても、団員はほぼ20代。
 こんな過激な活動に、10代の少年が賛同しているというのか。
 まだ声変わりしていない、高い声は感情を見せない。
 まだ幼いはずのその声は、気迫と覚悟に満ちていて、俺たちは背筋まで震えた。

「どいてください、不快です」

 彼がそういうと、思わず団長はのしかかっていた俺の体から離れた。
 蒼井に暴力を振るっていた団員たちも、その手を止めている。

「いいですか、今日からこの組織は、僕が指揮します」
「はあ?何言ってんだガキ!お前は下っ端からだ」

 団長は、威嚇するようにその少年を怒鳴りつける。

「あなた、29歳なんでしょう。この組織は30になったら卒業と聞きました。ご老体は引退して、お家で茶でも啜っていてください。それに、βだと聞きましたよ。βにΩが救えるわけがない。Ωを救うのは、Ωです。今この瞬間、引退してください」 
「ふざけたこと抜かしやがって!辞めるのはてめえだ!」
「都築翔真、15歳、Ω。この腐った社会を変えます。僕が生きている間に、必ず性差別を無くします。そのために、僕は命を賭します。……団長さん、あなたにその覚悟がありますか?」

 15歳…だと?
 俺は信じられない気持ちで唾を飲んだ。
 団長は押し黙った。
 都築の気迫に誰もが、何も言えなくなってしまったのだ。
 目を見ればわかる。
 こいつは、俺たちとは覚悟が違う。

「合言葉があるそうですね、先ほど入り口で言わされました。『我々は如何なる罪を犯す事も厭わない』?なに被害者面してるんですか?Ωの人権のために仕方なく罪を犯すって?はっ、馬鹿らしい。罪を犯しているのは貴方達のエゴです、自己満足です。被害者はΩと、貴方達の自己満足の暴力で被害を受けた人間だけです」
「なっ……てめ……ふざけっ」

 畳み掛けるように語り続ける都築はまるで、一軍隊のリーダーでもあるかのようなカリスマ性を放ちながら、冷たい語気で、鋭く言ってのけた。

「やめましょう、こんな薄ら寒くてくだらない合言葉。今日からはこうです。『我々は如何なる死をも恐れない』。……僕についてくる者は、今すぐこちらに来てください」

 皆面食らって、その場に立ち尽くしている。
 そんな中で、動いたものがいた。
 縛り付けられ、転がされ、ボロボロにされた蒼井が、血まみれの芋虫のように必死に、前に這い出てきたのだ。

「見せしめのαは……君についていくことは…できないかな?」

 都築の顔を、人の良さそうな笑みを浮かべながら、見上げて言った。
 都築は冷たい瞳で見下して、冷酷な口調のまま尋ねた。

「……あなたは、何の役に立ちますか?」
「弁護士をしている。この組織の、顧問弁護士となろう。もちろん無償で。犯罪や法律に対する知識はもちろん、社会情勢にも精通している。大掛かりな事件やテロを起こしたいなら、どこで、どうするのが一番効果があるのか、生産的なアドバイスができる」
「何勝手なことしてんだ、てめえは今日死ぬんだよ!!見せしめにして動画を投稿して、国に危機感を抱かせるんだ!」

 大義を掲げる都築に比べて、団長のせせこましい主張はもはや滑稽ですらあった。
 怒鳴り叫ぶ団長のことなんか意にも介さず、都築は蒼井に対して笑顔を見せた。
 しかし、その笑顔はなお張り付いたようで、およそ笑っているようには見えなかった。

「いいですね、あなた。採用です」
「差別をなくしたいという気持ちは君と同じくしていると、自負しているよ」

 俺は、蒼井の意図を理解した。
 このままでは、蒼井は殺される。
 しかし、この組織の改革、是正を求める者にリーダーが交代すれば、蒼井の命を助けられるかもしれない。
 この団長を引きずり降ろせるのなら、蒼井を救えるのならば。

 俺はどんな悪魔にだって縋ってやる。

 俺は、ずり下げられたズボンを体をよじらせ履き直した。
 そして何とか立ち上がり、ゆっくりと歩みを進めた。
 都築の立っている背後まで歩いて、団長と向き合った。

「水無瀬っ!てめえ!!」
「団長、こいつの言う通り、もう引退したほうがいいっすよ。あんたは、器じゃない」

 俺のその言葉を皮切りに、団員がパラパラと、都築の背後まで歩みを進めた。
 革命に意欲などない連中でも、暴君の下でこき使われるのにはうんざりしていたのだ。
 気がつけば、都築の対面にいるのは、団長だけになっていた。
 都築はこんな状況でも、勝ち誇ることも、優越に浸ることもなく、ただ野望の中間点だとでも言うように、抑揚のない声で団長に告げた。

「いいですか、あなた方のこの活動のせいでαが被害者だ、αが可哀想だと殊更にアピールすることになっていることが分からないんですか。今だにα擁護の思想を持っているメディアがたくさんある。あなた方、付け込まれてるんです。利用されてるんですよ」

 団長は、悔しさと羞恥で満ち満ちた顔をしたが、もうどうにかすることはできないと悟ったのだろう。
 急いで自身のカバンの用意をする。

「さようなら、元団長さん。『如何なる罪を犯す事も厭わない』んでしょう。犯した罪はあなた一人で背負って帰ってくださいね」

 団長はカバンを抱えて、走り出した。
 焦りすぎて、コケながら走って部屋から逃げ去った。
 団長がいなくなると、都築は振り返って、俺たちの方を見た。
 笑顔だった、でも笑ってはいなかった。

「さぁ、この組織は、僕が導きます。この組織が、この国を変えます。必ず、社会階級制度を撤廃してみせます。そのために僕は命を賭します。そして、僕が死ねといえば、あなたたちは死んでください」

 歴史の教科書に出てくる革命を志した青年将校ってのは、きっと、こんな奴だったんだろう。
 俺はぼんやりと都築を眺めながら、そんなことを思った。



前編 完

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