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カエルになりそな王子様
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生まれて初めてこんな気分で春樹さんと言い争ったというか・・私が一方的に命令したというか。「春樹さんのコトがキライです」と言ったのが私だったのか、私ではない私だったのか・・。もやもやした気分でぶつぶつと考えながら、他の皆と休憩を交代して、この時間はいつもガラガラのお店の中。表には私一人と、キッチンに春樹さん。のはずなのに。カウンターからキッチンを覗くと。背の高い優子さんがさっき言ってたように、春樹さんの左側にぴったりくっついて、ジュージューとフライパンを振りながら「ポークロースの生姜焼き」を作っている・・のはイイのだけど。後ろから見ると、あまり変わらない二人の背丈、と背の高い優子さんって意外と腰がくびれてて、お尻の線が結構滑らかで、モデル体型っていうのかな、すんごい巨乳なのは前から知ってるけど、後ろ姿がこんなに滑らかだとは知らなかった・・それに、春樹さんっておっぱいよりお尻が好き・・なんてことを思い出したら、二人の腰が同時にくねくねしているように見えて・・。
「こうですね・・私にもできてますよ・・」
という声が聞こえたかと思うと。春樹さんも。
「うんうん、いいスジしてるよ、才能あるある」
と、くっつき過ぎている後ろ姿が、仲良しこよしのカップルのようにも見えて。うんざりと・・「なによもぉ、このバカ」・・と顔をしかめながらつぶやいてる私は、そのタイミングでやって来たお客さんに。
「いらっしゃいませようこそ・・4名様ですか・・こちらへどうぞ」
と、条件反射的な自然体の笑顔で愛想を振り撒いて。ふと、コレって、気持ちを切り替えるためには、良いトレーニングだね。なんてことを思ってみる。
そして、仕事が終わってから春樹さんに挨拶するいつものこの場所。
「いいですか、私後で必ず確認しますからね」と後ろに奈菜江さんと優子さんがいるから「知美さんに」なんて言わないように気を付けながら、じろっと春樹さんをしかめっ面でで睨むと。
「わかったよ・・もぉ・・ちゃんと話するから・・オツカレサマ」
とそれは、始めて見るような横顔。私を見ずに不愛想な返事をした春樹さん。後ろから優子さんが。ものすごい笑顔で。
「春樹さん、お疲れ様でした、今日はありがとうございました」と言ったことには。
「うん・・オツカレサマ」と、いつも私だけに返事してくれていた緩い笑顔が。その瞬間、私を通り越していることに気付いたから・・。
「ふんっ」なによもぉ、と、回れ右してしまう。
そして。黙ってそのまま帰ろうと思ったのに。
「美樹、ちょっとアイスに付き合いなさい」そんな奈菜江さんの強制力のある一言。びくっとすぼめた首を回して振り向くと。
「ったく、美樹って春樹さんにナニしたの?」
そんなことを怖い声で言ったのは優子さん。そんな怖い声に・・。何もしてませんけど・・と言えずに立ち止まって顔を上げたら。
「ぷぷっ。優子って今日、春樹さんに振られたみたいよ。ぶふふふ」と奈菜江さんが唐突にそんなことを私の耳元にささやいて下品に笑ってる。そして店を出て喫茶店に向かいながら。
「振られた・・って?」どういうこと? 告白とかしたんですか? と言えないまま目を丸くしながら歩いていると。
「振られちゃいました。春樹さんってそういう人だったのね・・はぁぁぁあ・・もっと早く気付いていればね」はぁぁぁぁぁぁぁ。
なんて、スンゴイため息吐いてる優子さん。
それよりも、そういう人? って・・私も春樹さんにそう言ったけど、それに・・もっと早く? それって、どういう人? どういうこと? と聞こうかどうしようか迷ったら。奈菜江さんも。
「今までどうしてわからなかったんだろうね、そういう人だったって・・ホントもっと早くアプローチしとけばね・・ぷぷぷぷ」
「アプローチ・・ねぇ・・くっくっくっ。はぁぁぁあ」
と優子さんも奈菜江さんも笑いながらため息をはいて。
何の話ですか? とキョロキョロ二人の顔を見たら。優子さんは笑ったまま私に。
「春樹さんってさ、どこか遠くて、違う人種のようにも見えて、なんか変なトコもあってさ、話しにくいような気がして、私にはムリだよね、って思っていたけど」と話し始めて。
思っていたけど・・どうなんですか・・無理じゃなかったとか? と言えずにいたら。
「本当は、美樹みたいなカワイイだけの女の子に簡単に骨を抜かれる・・・」
私ってカワイイだけなの? な女の子に簡単に骨を抜かれる・・。って抜いた覚えはないですけど。
「そういう男の子だったのね」
・・・そういう男の子・・がますますわからない。まま、いつもの喫茶店。いつものお姉さんに「こんにちは、いらっしゃい」と大人っぽく挨拶されて。
「こんにちは」と3人で声を揃えて挨拶したら。
「そう言えば、美樹とここに来るのあの日以来かな? 最近の美樹って付き合い悪いからね」と言った奈菜江さんに手を引かれて。
「あー、そうそう、確かこの席だったよね」と何かを思い出しながらその席に座る優子さんと。
「今日は春樹さんのコト呼び出したりしてないの? くっくっく」
と笑ってる奈菜江さんに。
「してませんけど・・」とうつむく私。顔を上げて、窓の外を眺めるとお店の中の店長が見えて。昨日は、一つ向こうの席で知美さんとお話してたな・・と思い出しながら、奈菜江さんが言った「あの日」を思い出している私・・それは春樹さんに「好きです」と告白したあの日の事だという確信を言葉にできないままうつむいていると。
「いつものでいい?」と聞く優子さんに。
「いつもの、美樹はどうする?」と奈菜江さんがうつむく私の顔をのぞきこむから。
「私も・・いつもの・・」そう答えると。
「じゃ、イチゴのバニラアイス3つお願いします」といつものお姉さんに三本指を立てて。
「はい、かしこまりました」とオーダーしてくれるお姉さんの視線を感じて顔を上げたらその笑顔がいつもよりもっとむちゃくちゃ綺麗なお姉さん、そのまま振り返って向こうに歩いてゆく大人っぽいお尻から延びる滑らかな輪郭の脚に見とれていたら。
「あー違う違う、美樹ってこないだほら、ケッコンの話ししたでしょここで」と奈菜江さんか何かを思い出し始めて。
「あーしたした、奈菜江って慎吾ちゃんと結婚するのですかって聞いてたよね」
と優子さんがそんなこと言うから私も藤江のおばさんを思い出したりしてるけど。
「ついこないだは、ここに春樹さんを呼び出して、ここで春樹さんを口説いて」と急に始まった奈菜江さんの回想に、何ですかもぉ・・と思い始めていると。
「かと思うと、美樹って春樹さんのコト振っちゃって、春樹さんがゾンビになっちゃった」
「かと思うと、奈菜江さんって慎吾さんと結婚するつもりなんですか? なんて春樹さんとの結婚を意識し始めて」意識してるつもりはないと思いますけど・・その・・。
「かと思うと、さっきは私あとで必ず確認しますからね・・って、ナニを確認するつもりなの? あんな怖い顔で」
と、それは、さっきの出来事、やっぱりこの二人って私と春樹さんのコトよく見てる・・あーもぉ、そんなこと追及なんてされたくないのに。
「かと思うと、春樹さん、あんな風になっちゃってるしね」と優子さん。
「なっちゃってるし・・くっくっく」
ってどうしてそんな笑い方するのですか? それに、どんな風になってるのですか? と思いながら二人の顔を目だけ動かしてキョロキョロ観察するけど何もわからないし。だから、黙ったままでいると。
「美樹」と、私をにらむ奈菜江さんのイントネーションが怖いから。
「な・・何ですか」と反射的に返事したら。
「美樹って春樹さんの気持ち、ちゃんと聞いてあげていないでしょ」
なんてことを大真面目な顔で言う奈菜江さん。と。
「春樹さんって本当はそういう人なんだから、美樹の方からちゃんと聞いてあげないとダメでしょ。コミニケショーンよコミニケーション」
なんてことを一緒になって言う優子さん。・・・あの、何のことだかさっぱりわからないのですけど。と言えない私は、まだキョロキョロして。ただ、これだけは聞いておきたいことを。
「あの・・春樹さんが、本当はそういう人って・・あの・・どういう人なんですか?」
そんな言葉で訊ねたら。
「はーぁもぉ。美樹が一番わかっていると思っていたのに」と二人はため息を吐きながら。
「つまりぃ・・」つまり・・。
「強いて言えば、普通の男の子。特別でも何でもない」と奈菜江さんがつぶやいて。普通の男の子?
「はぁーあ、美樹より先に思い切ってアプローチしとけば、私のモノになってたかもって、ねぇ」なんてことを言い放つ優子さんにドキッとして。でも。
「もう遅いけどね。くっくっく」と言ってくれた奈菜江さんにホッとしてるかも。と思ったら。優子さんが話し始めたこと。
「美樹も見てたでしょ、今日ね、お料理教えてもらって、フライパンをガチャガチャしてる間はよかったんだけど、春樹さんって無口なのかな、すぐに会話がぎこちなくなっちゃって、なんだか思い詰めていそうだから、何気に、美樹のことで悩んでるんですか? って聞いたらさ」
聞いたらさって・・春樹さんって、本当は私のことで悩んでるの? というか、そういわれれば私のことで悩んでいそうな話してたね、・・って私、今ごろ気づいたかも・・。と休憩時間のことを回想していると。奈菜江さんが。
「まったく、優子も何考えてんだか・・くっくっく」と笑い始めて。
「だって、奈菜江も、そうでしょ」そうって・・なんの話ですか? コレ。この二人の会話は・・いつもよくわからなくなるというか・・つまり、論理的ではないというか。それより、聞いたらどうなったんですか?
「まぁ、そうと言えばそうだけどね、まったくもぉ、美樹と春樹さんが毎週ウラでいちゃいちゃしてるから、私たち、モヤモヤしちゃってさ」と言い始める奈菜江さん。でも・・。
モヤモヤ・・というより、私たちそんなにいちゃいちゃなんてしてませんけど。と開いた口を閉められずにいると。奈菜江さんは続けて。
「美里さんは美樹にだけは負けたくないって婚活に行くしさ」なんてことを言い放って。えぇ~そうだったんですか・・とびっくりしてる私。
「由佳さんも今日はそれだったんじゃないの?」と優子さんの言葉が、えぇ由佳さんも? ってどういうことですか? と私を冷静にさせて、冷静な気持ちが二人の会話をじっくり聞こうとしているようで。優子さんがそのまま。
「由佳さんが日曜日に休んでるなんてね、なんか、あゃしぃ。休んでる理由誰も知らないしさ」とヒソヒソ言うから、そういえば今日由佳さんがいなかったね・・。と思い返すと。奈菜江さんがもっと顔を近づけて、もっとヒソヒソと。
「案外実家に帰ってお見合いとかしてたりして」お・・お見合い?
「由佳さんも、もしかして、美里さんみたいに、美樹にだけは負けたくない・・」
と顔を寄せながらヒソヒソつぶやいた優子さんと見つめあったけど、次の言葉はなくて・・。
「で、そんなこと言いながら、一番モヤモヤしちゃってるのが優子でしょ」なんていう奈菜江さんが私を見つめた。そんなこと言って? モヤモヤ? の意味が解らないまま、奈菜江さんと一緒に優子さんを見つめると、私がマバタキした瞬間に優子さんは私から視線を背けて。そのタイミングで。
「イチゴのバニラアイス3つ。はいどうぞ、召し上がれ」
とお店のお姉さんもヒソヒソと、私たちのひそひそ話がおかしいのかしら、アイスをテーブルにそっと置いて、くすくす笑いながら帰ってゆく。その後ろ姿に気を取られた隙に。
「モヤモヤだなんて、違うわよ。そんなじゃない」
と顔を遠ざけながらアイスを頬張る優子さん。
「じゃぁ、なんで春樹さんに突然アプローチだなんて」
とアイスを頬張ると急に声が大きくなった奈菜江さん。
「だから・・ちょっと試しにって・・それだけでしょ。それに、私は春樹さん本人じゃなくて、春樹さんの友達とかさぁ、紹介してもらえないかなって・・そんな気持ちもあったわけで」
「それって後付けの言い訳でしょ、今思いついた」
「まぁ・・そうとも言えるけど」
「ほーら、本当は、味見しようとしたんじゃないの、正直に言いなさい」
「だって、私の周りにお話しできそうな男の子って春樹さんしかいないんだもん」
「だからって、美樹のオトコなんだから、そんなアラカサマにアプローチなんて。ねぇ」
ねぇ・・って私に言ったのですか? と思ったら。
「だから、試しって言ってるでしょ。試しよ・・練習というか、思い切って話してみたら意外と気さくな感じだったから。ねぇ春樹さんって声掛けたら、なぁーにどうしたのって感じで、あれっ? て思ったの」・・・あれって? ってどういう意味かな?
「で、あわよくばって思ってたりしたくせに。いけるかも、っとかさ」
「まぁね・・お話しできそう・・とは思ったけど、でもさ・・あんなこと言われるなんて」
とそこまで黙って聞いていたけど・・あんなこと・・にはつい反応してしまって。
「あんなこと・・・」って、「どんなことですか?」 と目を見開いて聞いたら。
「ポークロースの生姜焼きが美味しそうで、作り方教えてくださいって話しかけたら、いいよいいよって言ってくれて。下ごしらえのレクチャー受けて、最初から自分で作ってみようかって、言ってくれたから、言われるがままに作り始めたらさ、上手とか才能あるとか春樹さん優しい雰囲気で私を誉めてくれて、私、嬉しくなって、できばえもよくて、いい匂いだし、おいしそうで、つい笑顔になっちゃって。そしたら春樹さん、私の顔をじぃぃっと食い入るように大真面目に見つめているから。えぇーって思って、もしかしてーって思って、どきぃーってしちゃったのよ」
どきぃーって・・したのですか・・。と優子さんの大げさな表情を見つめながら黙って聞いていると。
「そしたらさ、春樹さんが、「女の子ってどういう時にそんな風に無邪気に笑うのかな、何か法則とかあるの? あったら教えてほしいのだけど」・・・なんてこと聞くのよ」
と優子さんの話っぷりがだんだん暗くなってきて。奈菜江さんは。
「女の子が無邪気に笑う法則・・・くっくっく。やっはり春樹さんそういう人なのね」
と笑いをこらえながらスプーンを振り回して、でも、また・・そういう人? ってどういう人ですか? と聞けずにいると。
「私はさ、ただ、誉めてくれたから嬉しくて笑っただけどすけど。と答えたのだけど。「誉められて嬉しくなって、無邪気に笑う。今の場合は、上手とか才能があるとかそんな一言、優子ちゃんはそれが嬉しかった」・・大真面目にそんなこと聞いて、さらに、「それってすべての女の子に普遍的なことなのかな?」 だなんて私の顔をじっと見つめたまま、ものすごい真剣な眼差し。私コワくなって、なんでそんなこと聞くのですか? って聞いたら」
「聞いたら・・」とつばを飲み込んだら。
「春樹さん「最近、美樹がそんな風に笑ってくれなくて・・はぁぁぁぁぁ・・どうすればいいのかわからなくなって」・・とつぶやきながら仕方なさそうに力なく笑ってるのよ、美樹のことで頭の中いっぱいなのねって思ったらさ。それって、私への関心なんてひとッかけらもないことねって気付いた」はぁぁぁぁ。
とうつむいた優子さん。に。
「それって辛いよね、アプローチしたら他の女の子のこと相談されるだなんて。つまり、盛大に振られたってことよね。まさに失恋。ハートブレイク」と奈菜江さんが追い打ちをかけたけど、優子さんはそんな奈菜江さんを無視したまま、私に。
「だから、美樹って、春樹さんの気持ちをちゃんと聞いてあげてるの? ちゃんと、つまらない冗談にも愛想笑いで、無邪気に笑ってあげなさいよ、ムジャキに」
と 無邪気に を強調して私を説教してるけど。そういわれても無邪気どころか、笑顔なんて作れそうにない理由がありすぎるような気もするし。とうつむいたけど、そんなことはお構いなしの奈菜江さんは。
「春樹さん、美樹の事が本当に好きなのね、無邪気に笑ってくれない・・だって」
しんみりとしたイントネーション。そして、私にお構いのない二人の会話を聞きながら私はイチゴのバニラアイスをちびりちびり舐めて、冷たい甘さと酸っぱさのハーモニーで心を静めながら二人の会話を聞いている。
「つまり春樹さん、ご褒美は、無邪気な笑顔だけでいいのに、それすら見せてくれなくて」
「たったのそれだけで。失意のどん底」
「という雰囲気だったのね、あのゾンビみたいな春樹さんって」そうなんですか?
「あーあ、春樹さんって、もっとクールでスマートな男の子だと思っていたのに」
「案外じめじめしててダサい」じめじめしててダサ・・いのかな?
「そういえば着てる服もいつも同じだしね」たしかに・・。
「洗ってるのかな」
「同じ服が2着あるとか」
「そういうこと?・・」
「そういう事かもね。あーあ、春樹さん、本当は そういう人 なのね」
また、そういう人・・。と顔を上げたら。
「みーき、黙ってないで会話に混ざりなさいよ」
「は・・はい」
「でもさ、春樹さんって、美樹が笑ってくれるだけで幸せなんだから、安いし簡単だし気を遣うこともないしさ、ちゃんとおバカな話で盛り上がってケタケタ笑ってあげなさいよ」
「ねぇ、春樹さん、ヘンな感じもするけど、女の子に望むのは、無邪気な笑顔だけでいい。そーいう人だっただなんて、もっと早くアプローチしておけばよかった」
笑顔だけでいい、そういう人・・もっと早くアプローチ・・どうつながってるのかわからないままでいたら。
「で、美樹って、最近笑ってあげないの? 」突然私に振る優子さんに。
「最近ってことは、以前は笑ってあげてたんでしょ」と合わせる奈菜江さん。
「その笑顔に春樹さんらしく恋しちゃって、美樹の事が好きなのに、最近は笑ってあげないから、気持ちが揺らぎ始めてる」
「だとしたら、やっぱ、優子にもチャンスがある。美樹の座ってた椅子が空いちゃいましたけど、いかがですか~ みたいな」
「いらない、いらない、いらない、たぶん、私には春樹さんはムリ」
「どうして、笑顔だけでいいのよ、春樹さんって本当はそういう簡単な男の子じゃない」
「「あの、それって、女の子には普遍的なことなのかな?」 なんてことあんなに大真面目に聞かれたらドン引きしちゃう」
「まぁ、理系の博士だからね、春樹さんって」
「博士はムリかも、私は物理法則なんてわからないし、だから春樹さんの友達にいい人いないかなって・・美樹、春樹さんに聞いてみてよ、彼女のいない友達いませんかって、できれば私より背が高い人」優子さんより背の高い人・・と言われて。思わず見上げたけど。そういえば、春樹さんの私生活とか私は全然知らないし・・春樹さんのことは知美さんが一番よく知っていそうだし・・知美さんに聞いてみようかな、と一瞬思ったけど・・。知美さんのことはこの二人の前では口が裂けても喋れない・・と思うし。と答えられないままでいると。奈菜江さんは・・。
「でもさ、類は友を呼ぶって言うでしょ。春樹さんの友達なんて、もっと強烈な物理の先生紹介されたらどうするよ」
「あー・・そういう可能性も高いわよね・・」
「優子ちゃん、君の身長を計らせてくれないかな。バストもウエストもヒップも、うーん、この数値を分析すると、君は僕の理想に最も近い女性かもしれない。ただ、僕の理想はバストの数値がもう少し、なーんて、優子のおっぱい大きすぎって遠回しに言われたらどうするの」
「やめて・・イメージしちゃうと夢に出てきそうだから」
「でもさ、そう考えると春樹さんって、物理法則で美樹をどうにかしようとしてるのかな? 女の子の立場としては、ただ好きだって一言言ってくれればいいだけなのにね。美樹もそうでしょ、好きだって言ってくれたら、それだけでチューくらいしてあげてもいいわよってなるでしょ」
と言われて・・「まぁ」・・とうなずいたけど、そういわれて拒否しちゃったのはついこないだのことだし。はぁぁあ、春樹さんがヘンな言い訳さえしなければ、私だって拒否なんてしなかったと思うのに。とあの日を思い出しても、優子さんや奈菜江さんには関係ないことで。
「でも春樹さんってさ、そういう人だから、案外自分から好きだって言えなくて、物理法則で美樹の心を動かそうとしているのかな。女の子を無邪気に笑わせられる法則を研究してるとか」
とそこまで会話が進んでから、そろって私を見つめる奈菜江さんと優子さん。物理法則で私を何とかしようとしている・・という部分に思い当たる節があるかもと思いながら・・。アイスを口に運ぶと・・。
「女の子の心は物理法則じゃ動かないわよね」と奈菜江さん。そして。
「奈菜江の心は慎吾ちゃんの何に動かされたのよ」と優子さんのこの一言で話は春樹さんからそれ始めた。という思いで顔を上げると。
「意外とあいつはどんな時も私に気を遣ってくれてるみたいだからね。こないだもスマホいじりながら歩いていたら赤信号で私をぎゅっと掴んで、危ないだろ、って叱ってくれた」
「叱ってくれた・・慎吾ちゃんが奈菜江を」と笑いながら驚いている優子さん。
私もそう聞いて、知美さんもそんなことを言ってたなと思いだす。叱ってくれたことがうれしかったって・・そういう意味か、と何かを学習している私。そのまま聞いていたら。
「うん。私をちゃんと優しく叱ってくれるのは私のことが好きだからなんだろうなって最近思うようになったかな。美樹にあんなこと言われてからヘンな意識しちゃって、それに、優しく叱られると素直な気持ちがムクムクしてくる」
「あっそう」あっそう・・と私も軽く納得しながら、私って春樹さんに叱られたことがあるかな・・と思い出すと・・最初に出会った日の「・・もっと強くならなきゃ・・」と声が聞こえて、あれって弱虫だった私を叱ったのかな? あの時、春樹さんは私のことを好きになったのかも・・なんて空想が心の中に広がった。いや・・あの時春樹さんを好きになったのは私・・か・・あのとき「できることをしてみようか」と言われたことに、素直な気持ちで従ったから今があるのかな・・と回想していると。
「まぁ、あんな奴でも、いてくれるだけで、美里さんみたいに焦らなくて済むし、贅沢言わなければそれなりに幸せだし・・慎吾って口は下手だけど、行動は私のこと一番に思ってくれていそうで、美樹に言われて思ったんだけど、結婚してもいいかなって思うようになったかな。ふふん」としゃべり続けている奈菜江さんの、のろけた横顔・・に。
私に言われて思った? という部分がものすごく気になってしまって。
「私・・何か言いましたか・・その結婚とか・・」と聞き返すと。
「こないだ言ってたじゃない、春樹さんと結婚を意識してるって」
い・・言ってませんよそんなこと・・と心の中で絶叫しているけど、自信ないかも・・。
「ねぇ、奈菜江さんって慎吾さんと結婚するつもりなんですか? 私も春樹さんと・・なんて言ってたよね、私も聞いて、美樹がそんなだから、彼氏いない美里さんとか由佳さんとかが焦ってるんでしょ」だなんて優子さんの説明に説得力を感じたけど、美里さんや由佳さんに誰がそんなこと言ったの? と思っていると。
「一人抜けてる」と奈菜江さんがつぶやいて。
「私は焦ってなんかないし」と、無茶苦茶焦っていそうな否定をしてる優子さん。
「じゃぁなんで春樹さんにアプローチしたのよ」と、無私もそう思うと。
「だから、春樹さんの友達とか・・あーもぉ・・だから、練習のつもりでしょ、練習。ほんっとに私って男の子に縁がないし、じゃ慎吾ちゃんにアプローチしてもいいの?」
だなんて、優子さんは奈菜江さんに追及したけど。
「まぁ、話し相手になるくらいならいいんじゃない」
奈菜江さんは、表情を変えずに しれっ とそんな返事をした。
「何よその自信」と私も思って。
「自信っていうかさ・・何気に、あいつは何があっても私のところに帰ってきそうな気がするし」あ・・この一言、知美さんも言ってたなと思い出す。
「それってどういう意味?」と聞く優子さんに、私も「どういう意味ですか?」と思ったまま耳を澄ませていると。
「なんとなく私たちって相思相愛なのかもって気がしてる最近。うふっ」
「あっそ・・」
私も・・あっそ・・と、のろけ始めた奈菜江さんを見つめると、あっ・・と気づいた。というか、知美さんが言ってた「インスピレーション」が空から舞い降りてきた感じがした。そうか、また奈菜江さんが よからぬ ありもしない 大げさに膨らませた ウワサ。つまり、「美樹って春樹さんと結婚するつもりらしいよ」みたいなことを美里さんや由佳さんに言いふらしたがために・・美里さんは婚活・・由佳さんはお見合い・・いや・・それはまだ奈菜江さんのよからぬウワサ。そして、優子さん・・。と思いついたまま優子さんを見つめたら。
「もぉ、美樹ってば、そんな顔しないでよ、ちょっと話しかけただけでしょ。美樹みたいな略奪愛なんてできる年じゃないし」
「そうよねぇ、彼女のいる男の骨を抜くなんて、十代じゃなきゃ無理よね。いいわよね、若ゆえのアヤマチを押し通せるって」
どゆ意味ですか・・というか、お母さんもそんなこと言ってたこと思い出して。
「あの・・その・・」
どう言い返していいかわからないままの私に。
「まったくもぉ世話が焼ける、春樹さんって、本当は女の子とどう話していいかわからないそういう男の子なんだから、美樹のほうから聞いてあげなさいよ」と奈菜江さんは言うけど。そういう男の子・・の定義がいろいろありすぎるようで。それに・・。
「な・・何を聞くんですか?」としか言えない私は、二人の会話には入っていけないし。そう聞いたまま、二人の顔をきょろきょろ見つめていると。
「まったくもぉ・・」とため息ついた優子さんと。
「だから、私のこと好きですかって、それだけ。上目遣いで唇を濡らして・・聞くの」
と大真面目な表情になってる奈菜江さん。は唇を差し出すようなしぐさ。
「そうそう、私のこと好きですか・・」と優子さんも同じしぐさで繰り返して。でも。
好きですかって・・私から聞くことなんですか? 上目遣い・・唇濡らして? と空想し始めると。
「涙目で」と追加した優子さん。
「あーそれそれ、それもテクニックだよね、わざとらしい涙目。そしたら春樹さんはまず間違いなく、「好きに決まってるだろ」って、優しくおろおろしながら言ってくれるから。そういわれたら、無邪気な笑顔で・・私も好きです、はいどうぞ」
ともっと唇を差し出すしぐさの奈菜江さんと。
「そうそう無邪気な笑顔で、はいどうぞ。あーそれってイイかもね。無邪気な笑顔でするキスって・・エンドレスになりそう」うふん。
と同じように私をからかう優子さん。だったけど。
「はぁぁぁ、いいわよね、上目遣いで唇濡らしてわざとらしい涙目・・か」と急に萎んだから。
「どうしたのよ急に」と奈菜江さんが私もそう思ったことを聞いたら。
「私って・・上目遣いできないし・・言ってて悲しくなったかも」と本当に落ち込み始めて。あっそういうことですか、確かに、上目遣いなんてことは、私より30センチくらい背が高い優子さんには難しいかな・・と思ってる私。
「それは・・別に、そこにこだわる必要なんてないでしょ。いざとなれば椅子に座ってそれすれば」と奈菜江さんは言うけど・・。それって・・かなり強引ね・・。
「椅子に座って・・か。 はぁぁあ、美樹は本当にいいよね、小柄でかわいくて・・本当に 女の子 って感じで、はぁぁぁあ」
と、優子さんのため息でおしゃべりが途切れて、アイスもなくなったから、あの・・今日はこの辺でお開きにしませんか・・と、神様にお祈りしてみたら、とりあえず通じたようだけど。そんなことで、神様にお願いできる回数が減ったのかもという思いがして、何とも言えない帰り道になってしまった・・。
そして、夜遅くに、チロリロリンと震えた携帯電話、画面を見ると。「美樹ちゃんアリガト」というメッセージが知美さんから届いて。開けてみても、「美樹ちゃんアリガト」とだけのメッセージ。でも、この短い一言の中に私の想像力では空想しきれない壮大な物語が何百ページも詰まっていそうな気がして。つまりこの「アリガト」の意味は、春樹さんは面と向かって知美さんと話をして・・知美さんは、昨日私に話してくれたことを全部春樹さんに伝えたということかな。でも、それって・・春樹さん、知美さんと仲直りして・・知美さんのことだから・・また・・泡だらけの裸で春樹さんを後ろから もにゅもにゅ そんなこと、想像なんてしたくないのに。どんなに頑張っても、意識は自動的に・・。
「春樹くん、私のこと好き?」と聞くのは私のはずなのに・・。
「好きに決まっているだろ」って春樹さん誰にそう答えているの?
「私も好きよ。うふふふふふ・・」って、無邪気な笑顔の知美さんって私の何千倍もカワイク見えて、そして二人が・・ちゅっちゅして・・もにゅもにゅして・・るのを遠くから見ている私のこの絶望的な気持ち・・。想像を振り払おうと頑張れば頑張るほど自動的にそんな空想ばかりが溢れ出す眠れない夜更けが過ぎて。
「美樹、学校行く時間でしょ、早く起きなさいよ」
と、今日が昨日のような、いや一昨日かな、いつの記憶なのかわからなくなるいつもの起こされ方。さらに、昨日の朝もこのメニューだったような、一昨日の朝にタイムスリップしたかのようないつも変わらない朝食をもぐもぐ食べて。はぁぁぁぁ。と、また寝不足なままで家を出て、無意識なまま、自転車を力なく漕いで、学校が見えてきたその時、後ろから私を追い抜きながら、突然。
「あー美樹、おはよ。私さよく考えたんだけど、ライバルって いて 当然よね」
と、突然話しかけたのは、あの後のことを少し心配してあげてた晴美さん。えっナニ・・と急に言われたこと聞き取れなかった・・と思ったら。
「宣戦布告よ。私も春樹さんのこと・・あきらめないから」あ・・あきらめないって・・。
な・・何の話? と自転車を漕いだまま晴美さんの顔を見つめると、瞳がメラメラしていそう。どうしたの? 朝から熱くなりすぎていませんか? と思ったら・・。晴美さんは私を追い越しながら。
「私、これからは正々堂々と春樹さんにアタックするから。恋って遠慮するものじゃないでしょ」アタック? 遠慮? 恋? えっ?
晴美さん・・どうしたんですか? 私、晴美さんのことも、ちょっと心配していましたけど・・。なんか大丈夫で心配なんていらなさそう・・。と思ったら。
「私、春樹さんに、何人彼女がいてもいい、その中で私が一番になればいいだけよ。いつもの学力テストのように。だから美樹にも遠慮なんてしないから」
はい?・・あの・・大丈夫そうというか・・。えっ? 燃え盛っている? というべきか・・。別の心配が必要な気がしたけど、別って、どう心配すればいいのだろう・・とも思えるし。
「どうしたんですか? 朝から・・あの」と何言っていいかわからないし。
「春樹さんって ”絶対” 私の 運命 だと思うの」
はぁ? 運命? 絶対? と思う前に、晴美さんはペダルに力を込めて、髪をなびかせながら、ぐいぐいと私を追い越してゆく・・。後ろ姿をポカーンと見送っていると。
「あー美樹おはよ、今の晴美でしょ、元気そうでよかったね」
といつも通りのあゆみには、いつも通り悩み事なんてなさそうで。さらに。
「あー美樹おはよ、土日は春樹さんと会ったの? あの件、どうだった?」とほかに話題ないのかなと思ってしまう弥生の一言に思い出すのは、あの件・・ではなくて。最近特に、と気づいた。
そう。どこに行っても、春樹さんの話題ばかりで・・晴美さんはさっき運命って言ってたけど・・。
「春樹さんって、ホントに ヤリチン だったとか。ぶぶー」と下品に笑うあゆみと。
「あの件で春樹さんのこと責めたりしなかったの?」とこれから下品に笑いそうな弥生。はぁぁ、と私はため息はいて、これが私の運命なのかな? と妙な絶望感が うんざり と湧き始めたかも。
そしてさらに・・いつもの教室でのお喋りも・・ほかに話題ないのかな? と思うのに私から言い出せる話題なんてないし・・。と諦めていると。
「しかしさぁ、知美さんってよくしゃべる人だったよね」
「息継ぎなしであれだけ喋れる人って私初めて見た」
「それにさ、あゆみも感じたけでしょ、あの殺気」
「感じた感じた。息止まった」
「私は心臓が止まった気がした」
「私たちのこと、コロそうか・・って感じだったでしょ」
「本当にコロされるかと思ったよね」
って何の話ですか? とあゆみと遥さんの言葉の行き来をきょろきょろ見ていると、弥生が。
「ったくもう、美樹ごめんね、うっかり、美樹が知美さんと店に来てるなんてあゆみにメールしちゃって。ほんっとにごめん」と手を合わせながら間に入ってくれて。でも、お喋りのテーマは変わらなくて。
「しかし、美樹って本当にあんな人とやりあってるっていうか、勝ち目なんて全くなさそうに思えたけど」
「ねぇ、あの殺気、美樹ってなにも感じなかったの?」
「べ・・べつに」慣れてるというか・・どういうんだろう・・。
「でも、知美さんって、取られちゃった とかって言ってなかった」
「言ってたよね・・」
と言ってからあゆみと遥さんは私をじぃっと見つめて。
「取られちゃったって?」と聞く弥生に。
「春樹さんの彼女というポジション」しれっと答える遥さん。
「ポジション? なにそれ」と弥生は聞き直したけど。
「春樹さんの彼女というポジションに」とあゆみが説明を始めて。
「今は、美樹が座ってるってこと・・それって、知美さんは、春樹さんの 元カノ になっちゃったってことを自ら認めてるってこと?」
と遥さんが追加する。そしてあゆみは。
「そういってたよね・・っていうか・・」と何かを思い出して。
「ていうか、知美さんもそんなに悔しそうに見えなかったし・・それに、美樹って不思議ね、あんなに綺麗で超絶美人な大人のオンナとあんなに仲良さそうで」と遥さんのいつもの率直な意見には、そうかな・・と思ったけど。
「見てて対等だったしね」
「そうそう、対等っていうかさ、知美さんって美樹のことかなりリスペクトしてた気がした」
「リスペクト?‥って何?」と聞くと。
「美樹に敬意を払っていた。って意味よ」といつも通りに弥生が解説してくれたけど。
「敬意・・知美さんが・・私に?」
「ねぇ、春樹さんに、美樹とカワイイ恋をさせてあげたい。って言ってたよね」
「言ってた言ってた、葛藤を乗り越えてほしいって」
「それって春樹さんへの愛なのかな・・」
愛・・かもしれないね。と気安く「愛」を口にするあゆみを見つめると。
「美樹って、知美さんにそんなこと言わせたの?」なんていう弥生の目が見開いてて本当に驚いていそう。そして。
「言わせたっていうより、知美さん、美樹ならいいかなって、つまりそれがリスペクト。美樹に敬意を払っているんじゃないの?」とうなずく遥さん。の意見には何気なく同意してしまいそう。だけど。
「それにさぁ、もし私たちが春樹さんに手を出したら、あの殺気でコロされるかもしれないしね」
「あーそうか・・あの殺気って、私たちへの警告・・。美樹はいいけど、あなたたちまで春樹さんに手を出したら・・」
「コロしてやる」
「あーダメ、思い出したらまたサブいぼ出る」
「つまり、美樹だからコロされずに済んでるってこと。つまり知美さんって、美樹に敬意を払っていて、美樹と対等な立場で春樹さんと向き合ってる」
とあゆみと遥さんは勝手に納得していそうだけど。
「美樹に敬意・・対等な立場で?・・あんなに綺麗な知美さんが・・こんな美樹に?それって、どゆ意味になってるの?」と弥生がもっと大きく目を見開いて丸くして、私を見つめながら。こんな美樹って・・それはちょっと・・でも、こんな私は「・・・・さぁ」としか返事できなくて。ここで鐘がなってお喋りは途切れた・・。
そして、もう一つしなければならないことは。
「美樹ちゃん、水曜日の予定だけど、5時でいいかな。ちょっと早めに行って買い物して1時間ほどトレーニングして、一緒にマックってどぉ? 7時ころならマックもおなかもすいてると思うよ」
とメールしてくれたミホさん。この人のこういう誘い方には断るという選択肢は全くなくて。だから無条件に。
「私は5時を少し過ぎるかもしれませんけどOKです」
と返事したら。すぐ。
「春樹くんは6時じゃなきゃ無理って言ってるから、それまで二人で作戦練ろうね」
と返事が来て。え? あ・・ミホさんってそういえば春樹さんとメールアドレス交換してたね。というか・・作戦? と思うままに。
「作戦って何ですか?」と返したら。
「春樹くんをきりきり舞いさせる作戦に決まってるでしょ。どんな魔球を投げるかよく考えましょ、つまり魔球ってハリケーンのことよ」
・・・・・・全くわからないのですけど・・何ですかソレ。と思考が停止して、次の文章を考えられずにいると。すぐに次のメールが届いて。
「だいたいさ、自分の彼女が許可したからって、ほかの女の子とあんなにニヤけた顔でデートするなんて、私春樹くんのこと許せないところがあるから、美樹ちゃんに、そういう時はどう対処すべきか伝授してあげるから期待してて」
伝授? ってナニ?
「あーそーそー、私は春樹くんに、物理的なアドバイスをリクエストしてるけど、それだけだから安心してて。じゃ、水曜5時頃にマックスポーツのエントランスでね」
こんなメールを読みながら、ふと思ったこと。私って最近、どうしてこんな人たちとばかり知り合いになるのだろう? これって晴美さんが言ってた「運命」なのかな・・だから。「じゃじゃじゃじゃーん・・」とぼやいても面白くもなんともないし、力が抜けたというか・・。とりあえず。
「わかりました」とだけ返事してみた。すると・・。
竜巻のイラストがすぐに返ってきて、自動的にメロディーが流れた。
「魔球は魔球は♪、はーりーけぇーん♪」
・・・・・・・・・。一度聞くと、頭の中でエンドレスにこだまして、また眠れない夜更けになってしまいそう・・。だから、仕方なく春樹さんとのメールのやり取りを呼び出したけど、更新はされてなくて。
「晴美ちゃんが、水曜日は泊めてもらえるのですかって聞いてるのだけど、どんな話になってるの? どう返事すればいいのかな?」
「なんとかしてください」
何だったかな? このやり取り・・と思えるほど過去のメール。それほど過去でもないか・・ここ最近いろいろありすぎて何か月も過ぎてるように思えるのに、まだ2週間くらいかな・・あの日から・・あの日・・って。先週のことか・・とも思える。と思い始めたら、もっと眠れない夜更けになり始めたようだ。はぁぁ・・・。
そしてさらに・・学校で。
「みーき」とそんな呼び方するのは担任の先生で・・。みんなの前でそういう呼び方をするから、みんなが私に振り向いて、にやにやする視線に気持ちがうんざりして。
「なんですか・・」と顔だけ半分振り向いて、無愛想に答えてしまうと。先生は気を遣ったのか、私に近づいて小さな声で。
「こないだ言ってた、美樹の彼氏に合わせてくれる話はどうなってるの?」
あー・・そういえばそんな約束もしてたんだね、先生と。あー面倒くさい約束しちゃった・・。だから思いつくまま適当に。
「土曜日の2時から3時ころならお客さんも少なくなって大丈夫と思いますけど」
とうつむきかげんに返事したら。
「じゃぁ、今度の土曜日のその時間に食べに行ってもいいかな」
とニコニコしてる先生に。
「どうぞ・・」
と力なく返事してから、その時間は二人の時間が終わってみんなと交代する時間かな、と想像しながら。面倒くさいけど、まぁいっか・・と思うことにした。すると。私をじっと見つめる先生に。まだ何か言うのかなと思ったら。
「美樹って、最近、笑わなくなったな」なんてことを言う。
「な・・何ですか急に」と顔を上げたら。
「成績が良くなったせいで、友達と疎遠になってるとか、そんなことはないか?」
と深刻そうな表情だから、私も一瞬考えたけど・・。
「べつに・・」そういうわけではないですけど・・。しいて言えば・・と私が思いついたことを、先生までもがストレートに。
「じゃぁ、春樹さんとは順調なのか?」なんて、聞くから・・。ムカッとした感情が勢いよくあふれて。
「ほっといてくださいもぉ」と回れ右して逃げることにした。
しかし。
あーどこに行っても誰と話しても、春樹さんとどうなったの 春樹さんとどうなったの と繰り返されていることに気づいた学校の帰り道。みんなは私が春樹さんとどうなることを期待しているのか、私は春樹さんとどうなりたいのか・・。そんなことをぶつぶつ考えていると過ぎてゆく時間がスピードアップして。
いつの間にか到着した家に帰ると・・。
「あー、美樹お帰り、明日春樹さん来るの? 水曜日はデートの日なんでしょ春樹さんと・・」うっ・・・。
お母さんまでもが・・・。私を うんざり させるそんな一言に。黙っていると。
「何か作ってもらおうかな・・簡単でボリュームのある作り置きできて2~3日持ちそうな食べたことないような美味しいもの・・私にも作れそうな・・スーパーの材料で・・安く・・冷蔵庫の残り物も」
そんな盛り過ぎの期待をしていそうで。それ以上に私のこの気持ちにも遠慮ないまま。
「カレーとか・・朝から準備するからさ、どんな下ごしらえしとけばいいか聞いといてくれない。簡単に手に入りそうなスパイスとか」
と私にそんなことを大真面目な表情で言うから・・。とりあえず・・うん・・。
と力なく返事して、部屋にあがった。
鞄を放り出して、ベットに横になって、ふぅぅっと前髪を噴き上げて。春樹さんのことを考えると憂鬱な気分がジメジメと滲み出してくるこの感情っていつからだろう。と思う。
「春樹さんってスマートでクールなイメージあったけど・・案外じめじめしててダサい」と言ってた奈菜江さんと優子さんの しかめ声 が頭の中でこだましている。私の今のこの気持ち、確かに、じめじめしてて気持ち悪い・・はぁーあ。と、ため息はいたらふと心の中から「春樹さんのこと嫌いになっちゃったみたいね」と誰かがつぶやいたような気がして。
「別に嫌いになったわけじゃないし」
と言い返したら。
「じゃぁ、どうしてそんな顔してるの?」
と、あ・・私ではない私が勝手なこと言っていそう・・。と冷静になると私ではない私は黙ってくれるけど・・、今の私ってどんな顔してるのかなということは気になるから、鏡を手に取って、じっと私の顔を見つめてみる。確かに「つまらなさそう」な顔をしているね、はぁーあ。そう思って、溜息を吐くと。
「美樹が最近そんな風に無邪気に笑ってくれなくて」
と春樹さんが言ってたのか・・だから、無理やり笑顔を作ろうとしたのに・・。あれ・・どうしたの? 私、笑い方忘れた? ニコっとしたいのに、え・・笑うって、どうするのだったかな・・本当に笑えないから、どうして笑えないの私。笑い方忘れた? 思い出せない? え・・どうして・・。と鏡の中の私を見つめたまま、何も思いつけないでいると。
プルプルと携帯電話が震えてメールが届いた音。鞄から携帯電話を取り出すと。春樹さんからのメッセージ・・が、なんだか見るのが怖いような・・変な感情。やっぱり私、どうしちゃったの・・と思いながら、開けてみると。
「ミホさんが明日アドバイスほしいってメールしてきたけど、怒ってなさそう? 美樹が何とかしてくれたのかな? それと、晴美ちゃんがちょっと重いメッセージをくれたのだけど、どう返事していいか。それと、明日は運動できるかな?」
何げに事務的‥と言うのかなこれ。もう一度読み直しても、私への気持ちはどこにもこもってなさそうで、確かに春樹さんって、じめじめしててダサいかも。という感情で・・言いたいことを思いつくまま。
「明日は先に行ってミホさんと買い物してから運動できますそれとお母さんがおいしいカレーの作り方を教えてほしいって言ってました・・」あと何か伝えておくことはと事務的な感情で思い出すのは、あー先生に会わせてあげること・・は会って話せばいいか・・。それより、晴美さんの重いメッセージというのが気になりそうだけど・・朝のあの晴美さんを思い出したら、なんとなく想像できて・・。それよりも・・。
「・・知美さんとちゃんと話し合いましたか?」
それが一番大事なことかな・・。と思ったから、そう打ち込んで送信ボタンを押したら。
「それじゃ明日は6時ころにマックスポーツで」
とだけ返信されてきて。だから・・「知美さんとはちゃんと話したのですか?」という質問の返事がないことに、私の感情は、ますます、じめじめと気持ち悪くなってきて、あーもういいし・・という感情が携帯電話を床にポイさせた。
そして、水曜日・・。
何気に眠れないまま目が覚めて、無理して寝ようとしても無理だから、お母さんに起こされる前に起きると、ふふふーんふーん・・なんて鼻歌が聞こえて、お母さんの機嫌が妙に良さそう・・という目で「おはよ」というと。
「あー美樹おはよ、春樹さんがさ、レシピ書いてくれたのよ、おいしいカレーの基本の基本だって。ほら。美樹が言ってくれたんでしょ」
と携帯電話の画面を見せてくれて・・。はぁぁぁ・・春樹さん、いつの間にかお母さんともメールのやり取りしてたのね。と、うんざり椅子を引いてテーブルに着くと。
「今日は早めに材料集めて春樹さんが来る頃にはもうすぐ完成するとこまで持って行っとかなきゃね、何だかやる気出てきちゃった。ふふふーん」
なんていいながら。いつも通りの卵焼きとシシャモとお浸しとみそ汁・・朝のメニューって・・何年前からこうなんだろう・・いや、何十年前というべきか。と思いながら。
「いただきます」と箸をつけたら。
「どうしたのよ、その元気ない顔、水曜日は春樹さんとデートなんでしょ、もっと可愛く笑いなさいよ。お母さんなんて春樹さんが来るっていうだけでこんなにルンルンしちゃうのに。あー待ち遠しいわね」るんるんですか・・。
はいはい・・と何もコメントできないままもぐもぐと朝ご飯を食べて。シシャモをお箸でつまんだところで、じぃっと私を見つめているお母さんと目が合った。だから。
「ナニヨ・・」とつぶやいてから、シシャモを咥えてもぐもぐすると。
「私も女を39年してるからわかるけど」
と聞いたことがありそうな前置きをしたお母さん。
「春樹さんとケンカでもしてるの?」
と聞くから。私の中で何かのスイッチが入ったかのように、思うがまま。
「もぉ、朝から春樹さんのこと話題にしないでよ、最近、だれもかれも春樹さんとはどうなったの、春樹さんとはどうなのって、春樹さん春樹さんって、もお、うんざりなのに」
そうお母さんに高ぶる不機嫌な気持ちをぶつけてから顔を背けると。きょとんとしたお母さんは。にやっと表情を変えて。
「美樹、それって、幸せ絶頂の女の子が かけられる ノロイ じゃないの。みんなにノロイをかけられてない?」
と言った。ノロイ? と思って顔を上げたら、お母さんは小さな声で。
「春樹さんってさ、だれもが羨みそうなイイ男の子でしょ、お母さんだって美樹がうらやましくて、お父さんと交換したいくらいなのに」
と昨日の奈菜江さんや優子さんのようにヒソヒソと話し続けて。お父さんと交換したい・・だなんて。それって、本音なの? と目を無意識に広げると。
「そんなイイ男の子が美樹の彼氏になっただなんて、そりゃみんなイイなイイなって思うじゃない」
まぁ・・確かに・・そう思われていると言えばそうだけど。
「そんなみんなのイイナイイナって羨む言葉にはね、どうして美樹ばっかり、どうして私にはこんな男なのに、美樹のこと、妬んでやる嫉妬してやる僻んでやる、祝福されていそうな言葉の中には、そんな怨念が籠っているのよ。みんな美樹にそう思って、春樹さんとはどうなの? 別れちゃえばいいのに、って思いながら、春樹さんとどうなったの? なにか不幸はないの? って聞いてると思うよ。イイナイイナって怨念が籠ったノロイの言葉」
いつになく、そんなことを言うお母さんの表情が大真面目だから、ゴクリとつばを飲み込んだら。お母さん、もっと真剣でホラーな顔をしてる。だから。
「おんねん・・イイナイイナって・・」と聞いたら。
「そうよ、その怨念が一番強力になるのがね、結婚式」
えぇ?「結婚式?」どういう脈略の話のこれ?
「結婚式のみんなの祝福には、イイナイイナって女の怨念が渦巻いていて、気を抜くと、それがノロイになって、彼氏がカエルにされちゃうの。だから、そのノロイをはじき返すために、みんなの前でブチューってキスするでしょ。あれって、ノロイを解くためにしてるのよ」
えっ? それって、なんの話? お母さんの作り話? と思ったけど。
「みんなが春樹さん春樹さんって言うんでしょ。それって、みんなのイイナイイナが、春樹さんを・・カエルにしちゃうノロイの言葉かもしれないわよ。すでに美樹の心にノロイがかかって、春樹さんが気持ち悪いガマガエルになり始めている。げろげろ、げろげろ、春樹さんってそんな人だったんですか」
春樹さんってそんな人・・というキーワード。あっ・・なにかインスピレーションが降りてきたような気持がした。そう、お母さんの話が何気に理解できたような気持ちがしてるかも私。でも、春樹さんがカエルに? いや、そうじゃなくて、なにこの違和感・・朝からお母さんテンション高そう。でも・・そんなお母さんにどうしても聞きたいというか・・。
「春樹さんがカエルって?」
そう聞いたら。がらりと表情を変えたお母さん。
「ほらぁ、魔法使いが幸せ絶頂のお姫様に、嫉妬して、妬んで、やきもち焼いて婚約したばかりの王子様をカエルにしちゃう話があるでしょ、知らないの?」と言いながらいつものお母さんに戻った。でもそれって・・何かの童話のこと? とお母さんがナニを話しているかわかったようなわからないような、でも、私はそんな話、知らないし・・。だからなんなの・・。としか思えないし。と頭の中が空白になった瞬間。
「はぁぁぁあ、まったくもぉ、まぁ、17歳じゃしかたないのかな、美樹も教養を持ちなさいよ、哲学とか。もう17歳なんだから」17歳じゃ仕方ない・・17歳なんだから? どっち? テツガク・・ってナニ? キョウヨウ? カエルの話のどこがテツガクでキョウヨウなの? いや、それ以上に、お母さんの口からそんな漢字にできなさそうな言葉を聞くと、私の知っている言葉とは違う意味の言葉のようにも思えて・・。だけど。
「まったく、わからないなら早く食べて、学校間に合うの? 春樹さんに教えてもらいなさい、テツガクもキョウヨウも。カエルになった王子様の話も」
なんていわれて。あの人は物理法則しか知らないわよ・・と言い返そうかと思ったけど。これがノロイなのかな・・と感じて冷静になることにしたら。テツガク・・キョウヨウ・・か。とお母さんの顔を見つめると。お母さんはくすくすと笑って。
「それに、春樹さんが、みんなのノロイでカエルにされたのなら、みんなの前でブチューってキスしてあげなさい。王子様に戻るから」
だなんてことを平然と言ったら。ぶふっと、咳きこんだのは、いつからそこにいたのかわからないお父さん・・。そんなことより・・お母さんの「ブチューっとキスしてあげなさい」の一言・・より。「みんなの前で」が衝撃すぎたというか・・。息が止まったというか。ついリアルに空想してしまって恥ずかしくなったから言い返せないというか。とうつむいたら。
「今そういう段階なのね。あなたたち。くすくす。はぁ、イイナイイナ、美樹にノロイをかけたい。あんなにカワイイ男の子と恋してるだなんてね」
なんて言うから・・。段階? あなたたちって、私と春樹さんのこと?・・と考え込んでる私に、お母さんは。
「いつまでも受け身じゃ駄目よ、春樹さんが美樹に何かしてくれることを待ってないで、美樹のほうから春樹さんに何かしてあげなさい。春樹さんって、そういう男の子なんでしょ」また・・そういう男の子・・。
それに、してほしい、してあげたい。このフレーズも。でも、私がしてあげることなんて・・と思い出すと、やっぱり、何もなさそうだし。
「ほらほら、そういうことを思い悩んで考えて、それって17歳の時にしかできないことよ」
今度は、17歳の時にしかできないこと?・・だなんて。もっとわかないし、それ以上何をどう聞いていいか思いつかなかったから、そのまま学校に行くことにした。
でも、学校に行くと、やっぱりまた。
「ねぇ美樹、今度春樹さんにこれ聞いていいかな、テスト終わったからなんか聞きにくいというかさ。あーいつでも聞ける美樹がうらやましい」
とノートを広げるあゆみと「勝手に聞けば・・」とつぶやいてる私。
はぁぁぁぁ、ったくもぉ。とジメジメした気分を実感していたら。ふと思い出せた朝のお母さんの言葉。確かに、間違いなく、みんなの言葉には、何かのノロイが込められていそうで、そんなノロイをとくために。
「みんなの前でぶちゅーっとキスしてあげなさい。王子様に戻るから」
その光景を空想しようとしたけど・・何気に心の中で春樹さんの笑顔がブロックされているのか空想できなくて。はっ・・と気づいた。そうか、これがノロイなのかな? そういう気分で教室のみんなを見渡すと、みんなは私を横目でちらちら見つめて、「いーひひひひ。うーふふふふ」と確かに、みんなの顔が私にノロイをかけていそうな悪魔に見える・・気がしたかも。
「こうですね・・私にもできてますよ・・」
という声が聞こえたかと思うと。春樹さんも。
「うんうん、いいスジしてるよ、才能あるある」
と、くっつき過ぎている後ろ姿が、仲良しこよしのカップルのようにも見えて。うんざりと・・「なによもぉ、このバカ」・・と顔をしかめながらつぶやいてる私は、そのタイミングでやって来たお客さんに。
「いらっしゃいませようこそ・・4名様ですか・・こちらへどうぞ」
と、条件反射的な自然体の笑顔で愛想を振り撒いて。ふと、コレって、気持ちを切り替えるためには、良いトレーニングだね。なんてことを思ってみる。
そして、仕事が終わってから春樹さんに挨拶するいつものこの場所。
「いいですか、私後で必ず確認しますからね」と後ろに奈菜江さんと優子さんがいるから「知美さんに」なんて言わないように気を付けながら、じろっと春樹さんをしかめっ面でで睨むと。
「わかったよ・・もぉ・・ちゃんと話するから・・オツカレサマ」
とそれは、始めて見るような横顔。私を見ずに不愛想な返事をした春樹さん。後ろから優子さんが。ものすごい笑顔で。
「春樹さん、お疲れ様でした、今日はありがとうございました」と言ったことには。
「うん・・オツカレサマ」と、いつも私だけに返事してくれていた緩い笑顔が。その瞬間、私を通り越していることに気付いたから・・。
「ふんっ」なによもぉ、と、回れ右してしまう。
そして。黙ってそのまま帰ろうと思ったのに。
「美樹、ちょっとアイスに付き合いなさい」そんな奈菜江さんの強制力のある一言。びくっとすぼめた首を回して振り向くと。
「ったく、美樹って春樹さんにナニしたの?」
そんなことを怖い声で言ったのは優子さん。そんな怖い声に・・。何もしてませんけど・・と言えずに立ち止まって顔を上げたら。
「ぷぷっ。優子って今日、春樹さんに振られたみたいよ。ぶふふふ」と奈菜江さんが唐突にそんなことを私の耳元にささやいて下品に笑ってる。そして店を出て喫茶店に向かいながら。
「振られた・・って?」どういうこと? 告白とかしたんですか? と言えないまま目を丸くしながら歩いていると。
「振られちゃいました。春樹さんってそういう人だったのね・・はぁぁぁあ・・もっと早く気付いていればね」はぁぁぁぁぁぁぁ。
なんて、スンゴイため息吐いてる優子さん。
それよりも、そういう人? って・・私も春樹さんにそう言ったけど、それに・・もっと早く? それって、どういう人? どういうこと? と聞こうかどうしようか迷ったら。奈菜江さんも。
「今までどうしてわからなかったんだろうね、そういう人だったって・・ホントもっと早くアプローチしとけばね・・ぷぷぷぷ」
「アプローチ・・ねぇ・・くっくっくっ。はぁぁぁあ」
と優子さんも奈菜江さんも笑いながらため息をはいて。
何の話ですか? とキョロキョロ二人の顔を見たら。優子さんは笑ったまま私に。
「春樹さんってさ、どこか遠くて、違う人種のようにも見えて、なんか変なトコもあってさ、話しにくいような気がして、私にはムリだよね、って思っていたけど」と話し始めて。
思っていたけど・・どうなんですか・・無理じゃなかったとか? と言えずにいたら。
「本当は、美樹みたいなカワイイだけの女の子に簡単に骨を抜かれる・・・」
私ってカワイイだけなの? な女の子に簡単に骨を抜かれる・・。って抜いた覚えはないですけど。
「そういう男の子だったのね」
・・・そういう男の子・・がますますわからない。まま、いつもの喫茶店。いつものお姉さんに「こんにちは、いらっしゃい」と大人っぽく挨拶されて。
「こんにちは」と3人で声を揃えて挨拶したら。
「そう言えば、美樹とここに来るのあの日以来かな? 最近の美樹って付き合い悪いからね」と言った奈菜江さんに手を引かれて。
「あー、そうそう、確かこの席だったよね」と何かを思い出しながらその席に座る優子さんと。
「今日は春樹さんのコト呼び出したりしてないの? くっくっく」
と笑ってる奈菜江さんに。
「してませんけど・・」とうつむく私。顔を上げて、窓の外を眺めるとお店の中の店長が見えて。昨日は、一つ向こうの席で知美さんとお話してたな・・と思い出しながら、奈菜江さんが言った「あの日」を思い出している私・・それは春樹さんに「好きです」と告白したあの日の事だという確信を言葉にできないままうつむいていると。
「いつものでいい?」と聞く優子さんに。
「いつもの、美樹はどうする?」と奈菜江さんがうつむく私の顔をのぞきこむから。
「私も・・いつもの・・」そう答えると。
「じゃ、イチゴのバニラアイス3つお願いします」といつものお姉さんに三本指を立てて。
「はい、かしこまりました」とオーダーしてくれるお姉さんの視線を感じて顔を上げたらその笑顔がいつもよりもっとむちゃくちゃ綺麗なお姉さん、そのまま振り返って向こうに歩いてゆく大人っぽいお尻から延びる滑らかな輪郭の脚に見とれていたら。
「あー違う違う、美樹ってこないだほら、ケッコンの話ししたでしょここで」と奈菜江さんか何かを思い出し始めて。
「あーしたした、奈菜江って慎吾ちゃんと結婚するのですかって聞いてたよね」
と優子さんがそんなこと言うから私も藤江のおばさんを思い出したりしてるけど。
「ついこないだは、ここに春樹さんを呼び出して、ここで春樹さんを口説いて」と急に始まった奈菜江さんの回想に、何ですかもぉ・・と思い始めていると。
「かと思うと、美樹って春樹さんのコト振っちゃって、春樹さんがゾンビになっちゃった」
「かと思うと、奈菜江さんって慎吾さんと結婚するつもりなんですか? なんて春樹さんとの結婚を意識し始めて」意識してるつもりはないと思いますけど・・その・・。
「かと思うと、さっきは私あとで必ず確認しますからね・・って、ナニを確認するつもりなの? あんな怖い顔で」
と、それは、さっきの出来事、やっぱりこの二人って私と春樹さんのコトよく見てる・・あーもぉ、そんなこと追及なんてされたくないのに。
「かと思うと、春樹さん、あんな風になっちゃってるしね」と優子さん。
「なっちゃってるし・・くっくっく」
ってどうしてそんな笑い方するのですか? それに、どんな風になってるのですか? と思いながら二人の顔を目だけ動かしてキョロキョロ観察するけど何もわからないし。だから、黙ったままでいると。
「美樹」と、私をにらむ奈菜江さんのイントネーションが怖いから。
「な・・何ですか」と反射的に返事したら。
「美樹って春樹さんの気持ち、ちゃんと聞いてあげていないでしょ」
なんてことを大真面目な顔で言う奈菜江さん。と。
「春樹さんって本当はそういう人なんだから、美樹の方からちゃんと聞いてあげないとダメでしょ。コミニケショーンよコミニケーション」
なんてことを一緒になって言う優子さん。・・・あの、何のことだかさっぱりわからないのですけど。と言えない私は、まだキョロキョロして。ただ、これだけは聞いておきたいことを。
「あの・・春樹さんが、本当はそういう人って・・あの・・どういう人なんですか?」
そんな言葉で訊ねたら。
「はーぁもぉ。美樹が一番わかっていると思っていたのに」と二人はため息を吐きながら。
「つまりぃ・・」つまり・・。
「強いて言えば、普通の男の子。特別でも何でもない」と奈菜江さんがつぶやいて。普通の男の子?
「はぁーあ、美樹より先に思い切ってアプローチしとけば、私のモノになってたかもって、ねぇ」なんてことを言い放つ優子さんにドキッとして。でも。
「もう遅いけどね。くっくっく」と言ってくれた奈菜江さんにホッとしてるかも。と思ったら。優子さんが話し始めたこと。
「美樹も見てたでしょ、今日ね、お料理教えてもらって、フライパンをガチャガチャしてる間はよかったんだけど、春樹さんって無口なのかな、すぐに会話がぎこちなくなっちゃって、なんだか思い詰めていそうだから、何気に、美樹のことで悩んでるんですか? って聞いたらさ」
聞いたらさって・・春樹さんって、本当は私のことで悩んでるの? というか、そういわれれば私のことで悩んでいそうな話してたね、・・って私、今ごろ気づいたかも・・。と休憩時間のことを回想していると。奈菜江さんが。
「まったく、優子も何考えてんだか・・くっくっく」と笑い始めて。
「だって、奈菜江も、そうでしょ」そうって・・なんの話ですか? コレ。この二人の会話は・・いつもよくわからなくなるというか・・つまり、論理的ではないというか。それより、聞いたらどうなったんですか?
「まぁ、そうと言えばそうだけどね、まったくもぉ、美樹と春樹さんが毎週ウラでいちゃいちゃしてるから、私たち、モヤモヤしちゃってさ」と言い始める奈菜江さん。でも・・。
モヤモヤ・・というより、私たちそんなにいちゃいちゃなんてしてませんけど。と開いた口を閉められずにいると。奈菜江さんは続けて。
「美里さんは美樹にだけは負けたくないって婚活に行くしさ」なんてことを言い放って。えぇ~そうだったんですか・・とびっくりしてる私。
「由佳さんも今日はそれだったんじゃないの?」と優子さんの言葉が、えぇ由佳さんも? ってどういうことですか? と私を冷静にさせて、冷静な気持ちが二人の会話をじっくり聞こうとしているようで。優子さんがそのまま。
「由佳さんが日曜日に休んでるなんてね、なんか、あゃしぃ。休んでる理由誰も知らないしさ」とヒソヒソ言うから、そういえば今日由佳さんがいなかったね・・。と思い返すと。奈菜江さんがもっと顔を近づけて、もっとヒソヒソと。
「案外実家に帰ってお見合いとかしてたりして」お・・お見合い?
「由佳さんも、もしかして、美里さんみたいに、美樹にだけは負けたくない・・」
と顔を寄せながらヒソヒソつぶやいた優子さんと見つめあったけど、次の言葉はなくて・・。
「で、そんなこと言いながら、一番モヤモヤしちゃってるのが優子でしょ」なんていう奈菜江さんが私を見つめた。そんなこと言って? モヤモヤ? の意味が解らないまま、奈菜江さんと一緒に優子さんを見つめると、私がマバタキした瞬間に優子さんは私から視線を背けて。そのタイミングで。
「イチゴのバニラアイス3つ。はいどうぞ、召し上がれ」
とお店のお姉さんもヒソヒソと、私たちのひそひそ話がおかしいのかしら、アイスをテーブルにそっと置いて、くすくす笑いながら帰ってゆく。その後ろ姿に気を取られた隙に。
「モヤモヤだなんて、違うわよ。そんなじゃない」
と顔を遠ざけながらアイスを頬張る優子さん。
「じゃぁ、なんで春樹さんに突然アプローチだなんて」
とアイスを頬張ると急に声が大きくなった奈菜江さん。
「だから・・ちょっと試しにって・・それだけでしょ。それに、私は春樹さん本人じゃなくて、春樹さんの友達とかさぁ、紹介してもらえないかなって・・そんな気持ちもあったわけで」
「それって後付けの言い訳でしょ、今思いついた」
「まぁ・・そうとも言えるけど」
「ほーら、本当は、味見しようとしたんじゃないの、正直に言いなさい」
「だって、私の周りにお話しできそうな男の子って春樹さんしかいないんだもん」
「だからって、美樹のオトコなんだから、そんなアラカサマにアプローチなんて。ねぇ」
ねぇ・・って私に言ったのですか? と思ったら。
「だから、試しって言ってるでしょ。試しよ・・練習というか、思い切って話してみたら意外と気さくな感じだったから。ねぇ春樹さんって声掛けたら、なぁーにどうしたのって感じで、あれっ? て思ったの」・・・あれって? ってどういう意味かな?
「で、あわよくばって思ってたりしたくせに。いけるかも、っとかさ」
「まぁね・・お話しできそう・・とは思ったけど、でもさ・・あんなこと言われるなんて」
とそこまで黙って聞いていたけど・・あんなこと・・にはつい反応してしまって。
「あんなこと・・・」って、「どんなことですか?」 と目を見開いて聞いたら。
「ポークロースの生姜焼きが美味しそうで、作り方教えてくださいって話しかけたら、いいよいいよって言ってくれて。下ごしらえのレクチャー受けて、最初から自分で作ってみようかって、言ってくれたから、言われるがままに作り始めたらさ、上手とか才能あるとか春樹さん優しい雰囲気で私を誉めてくれて、私、嬉しくなって、できばえもよくて、いい匂いだし、おいしそうで、つい笑顔になっちゃって。そしたら春樹さん、私の顔をじぃぃっと食い入るように大真面目に見つめているから。えぇーって思って、もしかしてーって思って、どきぃーってしちゃったのよ」
どきぃーって・・したのですか・・。と優子さんの大げさな表情を見つめながら黙って聞いていると。
「そしたらさ、春樹さんが、「女の子ってどういう時にそんな風に無邪気に笑うのかな、何か法則とかあるの? あったら教えてほしいのだけど」・・・なんてこと聞くのよ」
と優子さんの話っぷりがだんだん暗くなってきて。奈菜江さんは。
「女の子が無邪気に笑う法則・・・くっくっく。やっはり春樹さんそういう人なのね」
と笑いをこらえながらスプーンを振り回して、でも、また・・そういう人? ってどういう人ですか? と聞けずにいると。
「私はさ、ただ、誉めてくれたから嬉しくて笑っただけどすけど。と答えたのだけど。「誉められて嬉しくなって、無邪気に笑う。今の場合は、上手とか才能があるとかそんな一言、優子ちゃんはそれが嬉しかった」・・大真面目にそんなこと聞いて、さらに、「それってすべての女の子に普遍的なことなのかな?」 だなんて私の顔をじっと見つめたまま、ものすごい真剣な眼差し。私コワくなって、なんでそんなこと聞くのですか? って聞いたら」
「聞いたら・・」とつばを飲み込んだら。
「春樹さん「最近、美樹がそんな風に笑ってくれなくて・・はぁぁぁぁぁ・・どうすればいいのかわからなくなって」・・とつぶやきながら仕方なさそうに力なく笑ってるのよ、美樹のことで頭の中いっぱいなのねって思ったらさ。それって、私への関心なんてひとッかけらもないことねって気付いた」はぁぁぁぁ。
とうつむいた優子さん。に。
「それって辛いよね、アプローチしたら他の女の子のこと相談されるだなんて。つまり、盛大に振られたってことよね。まさに失恋。ハートブレイク」と奈菜江さんが追い打ちをかけたけど、優子さんはそんな奈菜江さんを無視したまま、私に。
「だから、美樹って、春樹さんの気持ちをちゃんと聞いてあげてるの? ちゃんと、つまらない冗談にも愛想笑いで、無邪気に笑ってあげなさいよ、ムジャキに」
と 無邪気に を強調して私を説教してるけど。そういわれても無邪気どころか、笑顔なんて作れそうにない理由がありすぎるような気もするし。とうつむいたけど、そんなことはお構いなしの奈菜江さんは。
「春樹さん、美樹の事が本当に好きなのね、無邪気に笑ってくれない・・だって」
しんみりとしたイントネーション。そして、私にお構いのない二人の会話を聞きながら私はイチゴのバニラアイスをちびりちびり舐めて、冷たい甘さと酸っぱさのハーモニーで心を静めながら二人の会話を聞いている。
「つまり春樹さん、ご褒美は、無邪気な笑顔だけでいいのに、それすら見せてくれなくて」
「たったのそれだけで。失意のどん底」
「という雰囲気だったのね、あのゾンビみたいな春樹さんって」そうなんですか?
「あーあ、春樹さんって、もっとクールでスマートな男の子だと思っていたのに」
「案外じめじめしててダサい」じめじめしててダサ・・いのかな?
「そういえば着てる服もいつも同じだしね」たしかに・・。
「洗ってるのかな」
「同じ服が2着あるとか」
「そういうこと?・・」
「そういう事かもね。あーあ、春樹さん、本当は そういう人 なのね」
また、そういう人・・。と顔を上げたら。
「みーき、黙ってないで会話に混ざりなさいよ」
「は・・はい」
「でもさ、春樹さんって、美樹が笑ってくれるだけで幸せなんだから、安いし簡単だし気を遣うこともないしさ、ちゃんとおバカな話で盛り上がってケタケタ笑ってあげなさいよ」
「ねぇ、春樹さん、ヘンな感じもするけど、女の子に望むのは、無邪気な笑顔だけでいい。そーいう人だっただなんて、もっと早くアプローチしておけばよかった」
笑顔だけでいい、そういう人・・もっと早くアプローチ・・どうつながってるのかわからないままでいたら。
「で、美樹って、最近笑ってあげないの? 」突然私に振る優子さんに。
「最近ってことは、以前は笑ってあげてたんでしょ」と合わせる奈菜江さん。
「その笑顔に春樹さんらしく恋しちゃって、美樹の事が好きなのに、最近は笑ってあげないから、気持ちが揺らぎ始めてる」
「だとしたら、やっぱ、優子にもチャンスがある。美樹の座ってた椅子が空いちゃいましたけど、いかがですか~ みたいな」
「いらない、いらない、いらない、たぶん、私には春樹さんはムリ」
「どうして、笑顔だけでいいのよ、春樹さんって本当はそういう簡単な男の子じゃない」
「「あの、それって、女の子には普遍的なことなのかな?」 なんてことあんなに大真面目に聞かれたらドン引きしちゃう」
「まぁ、理系の博士だからね、春樹さんって」
「博士はムリかも、私は物理法則なんてわからないし、だから春樹さんの友達にいい人いないかなって・・美樹、春樹さんに聞いてみてよ、彼女のいない友達いませんかって、できれば私より背が高い人」優子さんより背の高い人・・と言われて。思わず見上げたけど。そういえば、春樹さんの私生活とか私は全然知らないし・・春樹さんのことは知美さんが一番よく知っていそうだし・・知美さんに聞いてみようかな、と一瞬思ったけど・・。知美さんのことはこの二人の前では口が裂けても喋れない・・と思うし。と答えられないままでいると。奈菜江さんは・・。
「でもさ、類は友を呼ぶって言うでしょ。春樹さんの友達なんて、もっと強烈な物理の先生紹介されたらどうするよ」
「あー・・そういう可能性も高いわよね・・」
「優子ちゃん、君の身長を計らせてくれないかな。バストもウエストもヒップも、うーん、この数値を分析すると、君は僕の理想に最も近い女性かもしれない。ただ、僕の理想はバストの数値がもう少し、なーんて、優子のおっぱい大きすぎって遠回しに言われたらどうするの」
「やめて・・イメージしちゃうと夢に出てきそうだから」
「でもさ、そう考えると春樹さんって、物理法則で美樹をどうにかしようとしてるのかな? 女の子の立場としては、ただ好きだって一言言ってくれればいいだけなのにね。美樹もそうでしょ、好きだって言ってくれたら、それだけでチューくらいしてあげてもいいわよってなるでしょ」
と言われて・・「まぁ」・・とうなずいたけど、そういわれて拒否しちゃったのはついこないだのことだし。はぁぁあ、春樹さんがヘンな言い訳さえしなければ、私だって拒否なんてしなかったと思うのに。とあの日を思い出しても、優子さんや奈菜江さんには関係ないことで。
「でも春樹さんってさ、そういう人だから、案外自分から好きだって言えなくて、物理法則で美樹の心を動かそうとしているのかな。女の子を無邪気に笑わせられる法則を研究してるとか」
とそこまで会話が進んでから、そろって私を見つめる奈菜江さんと優子さん。物理法則で私を何とかしようとしている・・という部分に思い当たる節があるかもと思いながら・・。アイスを口に運ぶと・・。
「女の子の心は物理法則じゃ動かないわよね」と奈菜江さん。そして。
「奈菜江の心は慎吾ちゃんの何に動かされたのよ」と優子さんのこの一言で話は春樹さんからそれ始めた。という思いで顔を上げると。
「意外とあいつはどんな時も私に気を遣ってくれてるみたいだからね。こないだもスマホいじりながら歩いていたら赤信号で私をぎゅっと掴んで、危ないだろ、って叱ってくれた」
「叱ってくれた・・慎吾ちゃんが奈菜江を」と笑いながら驚いている優子さん。
私もそう聞いて、知美さんもそんなことを言ってたなと思いだす。叱ってくれたことがうれしかったって・・そういう意味か、と何かを学習している私。そのまま聞いていたら。
「うん。私をちゃんと優しく叱ってくれるのは私のことが好きだからなんだろうなって最近思うようになったかな。美樹にあんなこと言われてからヘンな意識しちゃって、それに、優しく叱られると素直な気持ちがムクムクしてくる」
「あっそう」あっそう・・と私も軽く納得しながら、私って春樹さんに叱られたことがあるかな・・と思い出すと・・最初に出会った日の「・・もっと強くならなきゃ・・」と声が聞こえて、あれって弱虫だった私を叱ったのかな? あの時、春樹さんは私のことを好きになったのかも・・なんて空想が心の中に広がった。いや・・あの時春樹さんを好きになったのは私・・か・・あのとき「できることをしてみようか」と言われたことに、素直な気持ちで従ったから今があるのかな・・と回想していると。
「まぁ、あんな奴でも、いてくれるだけで、美里さんみたいに焦らなくて済むし、贅沢言わなければそれなりに幸せだし・・慎吾って口は下手だけど、行動は私のこと一番に思ってくれていそうで、美樹に言われて思ったんだけど、結婚してもいいかなって思うようになったかな。ふふん」としゃべり続けている奈菜江さんの、のろけた横顔・・に。
私に言われて思った? という部分がものすごく気になってしまって。
「私・・何か言いましたか・・その結婚とか・・」と聞き返すと。
「こないだ言ってたじゃない、春樹さんと結婚を意識してるって」
い・・言ってませんよそんなこと・・と心の中で絶叫しているけど、自信ないかも・・。
「ねぇ、奈菜江さんって慎吾さんと結婚するつもりなんですか? 私も春樹さんと・・なんて言ってたよね、私も聞いて、美樹がそんなだから、彼氏いない美里さんとか由佳さんとかが焦ってるんでしょ」だなんて優子さんの説明に説得力を感じたけど、美里さんや由佳さんに誰がそんなこと言ったの? と思っていると。
「一人抜けてる」と奈菜江さんがつぶやいて。
「私は焦ってなんかないし」と、無茶苦茶焦っていそうな否定をしてる優子さん。
「じゃぁなんで春樹さんにアプローチしたのよ」と、無私もそう思うと。
「だから、春樹さんの友達とか・・あーもぉ・・だから、練習のつもりでしょ、練習。ほんっとに私って男の子に縁がないし、じゃ慎吾ちゃんにアプローチしてもいいの?」
だなんて、優子さんは奈菜江さんに追及したけど。
「まぁ、話し相手になるくらいならいいんじゃない」
奈菜江さんは、表情を変えずに しれっ とそんな返事をした。
「何よその自信」と私も思って。
「自信っていうかさ・・何気に、あいつは何があっても私のところに帰ってきそうな気がするし」あ・・この一言、知美さんも言ってたなと思い出す。
「それってどういう意味?」と聞く優子さんに、私も「どういう意味ですか?」と思ったまま耳を澄ませていると。
「なんとなく私たちって相思相愛なのかもって気がしてる最近。うふっ」
「あっそ・・」
私も・・あっそ・・と、のろけ始めた奈菜江さんを見つめると、あっ・・と気づいた。というか、知美さんが言ってた「インスピレーション」が空から舞い降りてきた感じがした。そうか、また奈菜江さんが よからぬ ありもしない 大げさに膨らませた ウワサ。つまり、「美樹って春樹さんと結婚するつもりらしいよ」みたいなことを美里さんや由佳さんに言いふらしたがために・・美里さんは婚活・・由佳さんはお見合い・・いや・・それはまだ奈菜江さんのよからぬウワサ。そして、優子さん・・。と思いついたまま優子さんを見つめたら。
「もぉ、美樹ってば、そんな顔しないでよ、ちょっと話しかけただけでしょ。美樹みたいな略奪愛なんてできる年じゃないし」
「そうよねぇ、彼女のいる男の骨を抜くなんて、十代じゃなきゃ無理よね。いいわよね、若ゆえのアヤマチを押し通せるって」
どゆ意味ですか・・というか、お母さんもそんなこと言ってたこと思い出して。
「あの・・その・・」
どう言い返していいかわからないままの私に。
「まったくもぉ世話が焼ける、春樹さんって、本当は女の子とどう話していいかわからないそういう男の子なんだから、美樹のほうから聞いてあげなさいよ」と奈菜江さんは言うけど。そういう男の子・・の定義がいろいろありすぎるようで。それに・・。
「な・・何を聞くんですか?」としか言えない私は、二人の会話には入っていけないし。そう聞いたまま、二人の顔をきょろきょろ見つめていると。
「まったくもぉ・・」とため息ついた優子さんと。
「だから、私のこと好きですかって、それだけ。上目遣いで唇を濡らして・・聞くの」
と大真面目な表情になってる奈菜江さん。は唇を差し出すようなしぐさ。
「そうそう、私のこと好きですか・・」と優子さんも同じしぐさで繰り返して。でも。
好きですかって・・私から聞くことなんですか? 上目遣い・・唇濡らして? と空想し始めると。
「涙目で」と追加した優子さん。
「あーそれそれ、それもテクニックだよね、わざとらしい涙目。そしたら春樹さんはまず間違いなく、「好きに決まってるだろ」って、優しくおろおろしながら言ってくれるから。そういわれたら、無邪気な笑顔で・・私も好きです、はいどうぞ」
ともっと唇を差し出すしぐさの奈菜江さんと。
「そうそう無邪気な笑顔で、はいどうぞ。あーそれってイイかもね。無邪気な笑顔でするキスって・・エンドレスになりそう」うふん。
と同じように私をからかう優子さん。だったけど。
「はぁぁぁ、いいわよね、上目遣いで唇濡らしてわざとらしい涙目・・か」と急に萎んだから。
「どうしたのよ急に」と奈菜江さんが私もそう思ったことを聞いたら。
「私って・・上目遣いできないし・・言ってて悲しくなったかも」と本当に落ち込み始めて。あっそういうことですか、確かに、上目遣いなんてことは、私より30センチくらい背が高い優子さんには難しいかな・・と思ってる私。
「それは・・別に、そこにこだわる必要なんてないでしょ。いざとなれば椅子に座ってそれすれば」と奈菜江さんは言うけど・・。それって・・かなり強引ね・・。
「椅子に座って・・か。 はぁぁあ、美樹は本当にいいよね、小柄でかわいくて・・本当に 女の子 って感じで、はぁぁぁあ」
と、優子さんのため息でおしゃべりが途切れて、アイスもなくなったから、あの・・今日はこの辺でお開きにしませんか・・と、神様にお祈りしてみたら、とりあえず通じたようだけど。そんなことで、神様にお願いできる回数が減ったのかもという思いがして、何とも言えない帰り道になってしまった・・。
そして、夜遅くに、チロリロリンと震えた携帯電話、画面を見ると。「美樹ちゃんアリガト」というメッセージが知美さんから届いて。開けてみても、「美樹ちゃんアリガト」とだけのメッセージ。でも、この短い一言の中に私の想像力では空想しきれない壮大な物語が何百ページも詰まっていそうな気がして。つまりこの「アリガト」の意味は、春樹さんは面と向かって知美さんと話をして・・知美さんは、昨日私に話してくれたことを全部春樹さんに伝えたということかな。でも、それって・・春樹さん、知美さんと仲直りして・・知美さんのことだから・・また・・泡だらけの裸で春樹さんを後ろから もにゅもにゅ そんなこと、想像なんてしたくないのに。どんなに頑張っても、意識は自動的に・・。
「春樹くん、私のこと好き?」と聞くのは私のはずなのに・・。
「好きに決まっているだろ」って春樹さん誰にそう答えているの?
「私も好きよ。うふふふふふ・・」って、無邪気な笑顔の知美さんって私の何千倍もカワイク見えて、そして二人が・・ちゅっちゅして・・もにゅもにゅして・・るのを遠くから見ている私のこの絶望的な気持ち・・。想像を振り払おうと頑張れば頑張るほど自動的にそんな空想ばかりが溢れ出す眠れない夜更けが過ぎて。
「美樹、学校行く時間でしょ、早く起きなさいよ」
と、今日が昨日のような、いや一昨日かな、いつの記憶なのかわからなくなるいつもの起こされ方。さらに、昨日の朝もこのメニューだったような、一昨日の朝にタイムスリップしたかのようないつも変わらない朝食をもぐもぐ食べて。はぁぁぁぁ。と、また寝不足なままで家を出て、無意識なまま、自転車を力なく漕いで、学校が見えてきたその時、後ろから私を追い抜きながら、突然。
「あー美樹、おはよ。私さよく考えたんだけど、ライバルって いて 当然よね」
と、突然話しかけたのは、あの後のことを少し心配してあげてた晴美さん。えっナニ・・と急に言われたこと聞き取れなかった・・と思ったら。
「宣戦布告よ。私も春樹さんのこと・・あきらめないから」あ・・あきらめないって・・。
な・・何の話? と自転車を漕いだまま晴美さんの顔を見つめると、瞳がメラメラしていそう。どうしたの? 朝から熱くなりすぎていませんか? と思ったら・・。晴美さんは私を追い越しながら。
「私、これからは正々堂々と春樹さんにアタックするから。恋って遠慮するものじゃないでしょ」アタック? 遠慮? 恋? えっ?
晴美さん・・どうしたんですか? 私、晴美さんのことも、ちょっと心配していましたけど・・。なんか大丈夫で心配なんていらなさそう・・。と思ったら。
「私、春樹さんに、何人彼女がいてもいい、その中で私が一番になればいいだけよ。いつもの学力テストのように。だから美樹にも遠慮なんてしないから」
はい?・・あの・・大丈夫そうというか・・。えっ? 燃え盛っている? というべきか・・。別の心配が必要な気がしたけど、別って、どう心配すればいいのだろう・・とも思えるし。
「どうしたんですか? 朝から・・あの」と何言っていいかわからないし。
「春樹さんって ”絶対” 私の 運命 だと思うの」
はぁ? 運命? 絶対? と思う前に、晴美さんはペダルに力を込めて、髪をなびかせながら、ぐいぐいと私を追い越してゆく・・。後ろ姿をポカーンと見送っていると。
「あー美樹おはよ、今の晴美でしょ、元気そうでよかったね」
といつも通りのあゆみには、いつも通り悩み事なんてなさそうで。さらに。
「あー美樹おはよ、土日は春樹さんと会ったの? あの件、どうだった?」とほかに話題ないのかなと思ってしまう弥生の一言に思い出すのは、あの件・・ではなくて。最近特に、と気づいた。
そう。どこに行っても、春樹さんの話題ばかりで・・晴美さんはさっき運命って言ってたけど・・。
「春樹さんって、ホントに ヤリチン だったとか。ぶぶー」と下品に笑うあゆみと。
「あの件で春樹さんのこと責めたりしなかったの?」とこれから下品に笑いそうな弥生。はぁぁ、と私はため息はいて、これが私の運命なのかな? と妙な絶望感が うんざり と湧き始めたかも。
そしてさらに・・いつもの教室でのお喋りも・・ほかに話題ないのかな? と思うのに私から言い出せる話題なんてないし・・。と諦めていると。
「しかしさぁ、知美さんってよくしゃべる人だったよね」
「息継ぎなしであれだけ喋れる人って私初めて見た」
「それにさ、あゆみも感じたけでしょ、あの殺気」
「感じた感じた。息止まった」
「私は心臓が止まった気がした」
「私たちのこと、コロそうか・・って感じだったでしょ」
「本当にコロされるかと思ったよね」
って何の話ですか? とあゆみと遥さんの言葉の行き来をきょろきょろ見ていると、弥生が。
「ったくもう、美樹ごめんね、うっかり、美樹が知美さんと店に来てるなんてあゆみにメールしちゃって。ほんっとにごめん」と手を合わせながら間に入ってくれて。でも、お喋りのテーマは変わらなくて。
「しかし、美樹って本当にあんな人とやりあってるっていうか、勝ち目なんて全くなさそうに思えたけど」
「ねぇ、あの殺気、美樹ってなにも感じなかったの?」
「べ・・べつに」慣れてるというか・・どういうんだろう・・。
「でも、知美さんって、取られちゃった とかって言ってなかった」
「言ってたよね・・」
と言ってからあゆみと遥さんは私をじぃっと見つめて。
「取られちゃったって?」と聞く弥生に。
「春樹さんの彼女というポジション」しれっと答える遥さん。
「ポジション? なにそれ」と弥生は聞き直したけど。
「春樹さんの彼女というポジションに」とあゆみが説明を始めて。
「今は、美樹が座ってるってこと・・それって、知美さんは、春樹さんの 元カノ になっちゃったってことを自ら認めてるってこと?」
と遥さんが追加する。そしてあゆみは。
「そういってたよね・・っていうか・・」と何かを思い出して。
「ていうか、知美さんもそんなに悔しそうに見えなかったし・・それに、美樹って不思議ね、あんなに綺麗で超絶美人な大人のオンナとあんなに仲良さそうで」と遥さんのいつもの率直な意見には、そうかな・・と思ったけど。
「見てて対等だったしね」
「そうそう、対等っていうかさ、知美さんって美樹のことかなりリスペクトしてた気がした」
「リスペクト?‥って何?」と聞くと。
「美樹に敬意を払っていた。って意味よ」といつも通りに弥生が解説してくれたけど。
「敬意・・知美さんが・・私に?」
「ねぇ、春樹さんに、美樹とカワイイ恋をさせてあげたい。って言ってたよね」
「言ってた言ってた、葛藤を乗り越えてほしいって」
「それって春樹さんへの愛なのかな・・」
愛・・かもしれないね。と気安く「愛」を口にするあゆみを見つめると。
「美樹って、知美さんにそんなこと言わせたの?」なんていう弥生の目が見開いてて本当に驚いていそう。そして。
「言わせたっていうより、知美さん、美樹ならいいかなって、つまりそれがリスペクト。美樹に敬意を払っているんじゃないの?」とうなずく遥さん。の意見には何気なく同意してしまいそう。だけど。
「それにさぁ、もし私たちが春樹さんに手を出したら、あの殺気でコロされるかもしれないしね」
「あーそうか・・あの殺気って、私たちへの警告・・。美樹はいいけど、あなたたちまで春樹さんに手を出したら・・」
「コロしてやる」
「あーダメ、思い出したらまたサブいぼ出る」
「つまり、美樹だからコロされずに済んでるってこと。つまり知美さんって、美樹に敬意を払っていて、美樹と対等な立場で春樹さんと向き合ってる」
とあゆみと遥さんは勝手に納得していそうだけど。
「美樹に敬意・・対等な立場で?・・あんなに綺麗な知美さんが・・こんな美樹に?それって、どゆ意味になってるの?」と弥生がもっと大きく目を見開いて丸くして、私を見つめながら。こんな美樹って・・それはちょっと・・でも、こんな私は「・・・・さぁ」としか返事できなくて。ここで鐘がなってお喋りは途切れた・・。
そして、もう一つしなければならないことは。
「美樹ちゃん、水曜日の予定だけど、5時でいいかな。ちょっと早めに行って買い物して1時間ほどトレーニングして、一緒にマックってどぉ? 7時ころならマックもおなかもすいてると思うよ」
とメールしてくれたミホさん。この人のこういう誘い方には断るという選択肢は全くなくて。だから無条件に。
「私は5時を少し過ぎるかもしれませんけどOKです」
と返事したら。すぐ。
「春樹くんは6時じゃなきゃ無理って言ってるから、それまで二人で作戦練ろうね」
と返事が来て。え? あ・・ミホさんってそういえば春樹さんとメールアドレス交換してたね。というか・・作戦? と思うままに。
「作戦って何ですか?」と返したら。
「春樹くんをきりきり舞いさせる作戦に決まってるでしょ。どんな魔球を投げるかよく考えましょ、つまり魔球ってハリケーンのことよ」
・・・・・・全くわからないのですけど・・何ですかソレ。と思考が停止して、次の文章を考えられずにいると。すぐに次のメールが届いて。
「だいたいさ、自分の彼女が許可したからって、ほかの女の子とあんなにニヤけた顔でデートするなんて、私春樹くんのこと許せないところがあるから、美樹ちゃんに、そういう時はどう対処すべきか伝授してあげるから期待してて」
伝授? ってナニ?
「あーそーそー、私は春樹くんに、物理的なアドバイスをリクエストしてるけど、それだけだから安心してて。じゃ、水曜5時頃にマックスポーツのエントランスでね」
こんなメールを読みながら、ふと思ったこと。私って最近、どうしてこんな人たちとばかり知り合いになるのだろう? これって晴美さんが言ってた「運命」なのかな・・だから。「じゃじゃじゃじゃーん・・」とぼやいても面白くもなんともないし、力が抜けたというか・・。とりあえず。
「わかりました」とだけ返事してみた。すると・・。
竜巻のイラストがすぐに返ってきて、自動的にメロディーが流れた。
「魔球は魔球は♪、はーりーけぇーん♪」
・・・・・・・・・。一度聞くと、頭の中でエンドレスにこだまして、また眠れない夜更けになってしまいそう・・。だから、仕方なく春樹さんとのメールのやり取りを呼び出したけど、更新はされてなくて。
「晴美ちゃんが、水曜日は泊めてもらえるのですかって聞いてるのだけど、どんな話になってるの? どう返事すればいいのかな?」
「なんとかしてください」
何だったかな? このやり取り・・と思えるほど過去のメール。それほど過去でもないか・・ここ最近いろいろありすぎて何か月も過ぎてるように思えるのに、まだ2週間くらいかな・・あの日から・・あの日・・って。先週のことか・・とも思える。と思い始めたら、もっと眠れない夜更けになり始めたようだ。はぁぁ・・・。
そしてさらに・・学校で。
「みーき」とそんな呼び方するのは担任の先生で・・。みんなの前でそういう呼び方をするから、みんなが私に振り向いて、にやにやする視線に気持ちがうんざりして。
「なんですか・・」と顔だけ半分振り向いて、無愛想に答えてしまうと。先生は気を遣ったのか、私に近づいて小さな声で。
「こないだ言ってた、美樹の彼氏に合わせてくれる話はどうなってるの?」
あー・・そういえばそんな約束もしてたんだね、先生と。あー面倒くさい約束しちゃった・・。だから思いつくまま適当に。
「土曜日の2時から3時ころならお客さんも少なくなって大丈夫と思いますけど」
とうつむきかげんに返事したら。
「じゃぁ、今度の土曜日のその時間に食べに行ってもいいかな」
とニコニコしてる先生に。
「どうぞ・・」
と力なく返事してから、その時間は二人の時間が終わってみんなと交代する時間かな、と想像しながら。面倒くさいけど、まぁいっか・・と思うことにした。すると。私をじっと見つめる先生に。まだ何か言うのかなと思ったら。
「美樹って、最近、笑わなくなったな」なんてことを言う。
「な・・何ですか急に」と顔を上げたら。
「成績が良くなったせいで、友達と疎遠になってるとか、そんなことはないか?」
と深刻そうな表情だから、私も一瞬考えたけど・・。
「べつに・・」そういうわけではないですけど・・。しいて言えば・・と私が思いついたことを、先生までもがストレートに。
「じゃぁ、春樹さんとは順調なのか?」なんて、聞くから・・。ムカッとした感情が勢いよくあふれて。
「ほっといてくださいもぉ」と回れ右して逃げることにした。
しかし。
あーどこに行っても誰と話しても、春樹さんとどうなったの 春樹さんとどうなったの と繰り返されていることに気づいた学校の帰り道。みんなは私が春樹さんとどうなることを期待しているのか、私は春樹さんとどうなりたいのか・・。そんなことをぶつぶつ考えていると過ぎてゆく時間がスピードアップして。
いつの間にか到着した家に帰ると・・。
「あー、美樹お帰り、明日春樹さん来るの? 水曜日はデートの日なんでしょ春樹さんと・・」うっ・・・。
お母さんまでもが・・・。私を うんざり させるそんな一言に。黙っていると。
「何か作ってもらおうかな・・簡単でボリュームのある作り置きできて2~3日持ちそうな食べたことないような美味しいもの・・私にも作れそうな・・スーパーの材料で・・安く・・冷蔵庫の残り物も」
そんな盛り過ぎの期待をしていそうで。それ以上に私のこの気持ちにも遠慮ないまま。
「カレーとか・・朝から準備するからさ、どんな下ごしらえしとけばいいか聞いといてくれない。簡単に手に入りそうなスパイスとか」
と私にそんなことを大真面目な表情で言うから・・。とりあえず・・うん・・。
と力なく返事して、部屋にあがった。
鞄を放り出して、ベットに横になって、ふぅぅっと前髪を噴き上げて。春樹さんのことを考えると憂鬱な気分がジメジメと滲み出してくるこの感情っていつからだろう。と思う。
「春樹さんってスマートでクールなイメージあったけど・・案外じめじめしててダサい」と言ってた奈菜江さんと優子さんの しかめ声 が頭の中でこだましている。私の今のこの気持ち、確かに、じめじめしてて気持ち悪い・・はぁーあ。と、ため息はいたらふと心の中から「春樹さんのこと嫌いになっちゃったみたいね」と誰かがつぶやいたような気がして。
「別に嫌いになったわけじゃないし」
と言い返したら。
「じゃぁ、どうしてそんな顔してるの?」
と、あ・・私ではない私が勝手なこと言っていそう・・。と冷静になると私ではない私は黙ってくれるけど・・、今の私ってどんな顔してるのかなということは気になるから、鏡を手に取って、じっと私の顔を見つめてみる。確かに「つまらなさそう」な顔をしているね、はぁーあ。そう思って、溜息を吐くと。
「美樹が最近そんな風に無邪気に笑ってくれなくて」
と春樹さんが言ってたのか・・だから、無理やり笑顔を作ろうとしたのに・・。あれ・・どうしたの? 私、笑い方忘れた? ニコっとしたいのに、え・・笑うって、どうするのだったかな・・本当に笑えないから、どうして笑えないの私。笑い方忘れた? 思い出せない? え・・どうして・・。と鏡の中の私を見つめたまま、何も思いつけないでいると。
プルプルと携帯電話が震えてメールが届いた音。鞄から携帯電話を取り出すと。春樹さんからのメッセージ・・が、なんだか見るのが怖いような・・変な感情。やっぱり私、どうしちゃったの・・と思いながら、開けてみると。
「ミホさんが明日アドバイスほしいってメールしてきたけど、怒ってなさそう? 美樹が何とかしてくれたのかな? それと、晴美ちゃんがちょっと重いメッセージをくれたのだけど、どう返事していいか。それと、明日は運動できるかな?」
何げに事務的‥と言うのかなこれ。もう一度読み直しても、私への気持ちはどこにもこもってなさそうで、確かに春樹さんって、じめじめしててダサいかも。という感情で・・言いたいことを思いつくまま。
「明日は先に行ってミホさんと買い物してから運動できますそれとお母さんがおいしいカレーの作り方を教えてほしいって言ってました・・」あと何か伝えておくことはと事務的な感情で思い出すのは、あー先生に会わせてあげること・・は会って話せばいいか・・。それより、晴美さんの重いメッセージというのが気になりそうだけど・・朝のあの晴美さんを思い出したら、なんとなく想像できて・・。それよりも・・。
「・・知美さんとちゃんと話し合いましたか?」
それが一番大事なことかな・・。と思ったから、そう打ち込んで送信ボタンを押したら。
「それじゃ明日は6時ころにマックスポーツで」
とだけ返信されてきて。だから・・「知美さんとはちゃんと話したのですか?」という質問の返事がないことに、私の感情は、ますます、じめじめと気持ち悪くなってきて、あーもういいし・・という感情が携帯電話を床にポイさせた。
そして、水曜日・・。
何気に眠れないまま目が覚めて、無理して寝ようとしても無理だから、お母さんに起こされる前に起きると、ふふふーんふーん・・なんて鼻歌が聞こえて、お母さんの機嫌が妙に良さそう・・という目で「おはよ」というと。
「あー美樹おはよ、春樹さんがさ、レシピ書いてくれたのよ、おいしいカレーの基本の基本だって。ほら。美樹が言ってくれたんでしょ」
と携帯電話の画面を見せてくれて・・。はぁぁぁ・・春樹さん、いつの間にかお母さんともメールのやり取りしてたのね。と、うんざり椅子を引いてテーブルに着くと。
「今日は早めに材料集めて春樹さんが来る頃にはもうすぐ完成するとこまで持って行っとかなきゃね、何だかやる気出てきちゃった。ふふふーん」
なんていいながら。いつも通りの卵焼きとシシャモとお浸しとみそ汁・・朝のメニューって・・何年前からこうなんだろう・・いや、何十年前というべきか。と思いながら。
「いただきます」と箸をつけたら。
「どうしたのよ、その元気ない顔、水曜日は春樹さんとデートなんでしょ、もっと可愛く笑いなさいよ。お母さんなんて春樹さんが来るっていうだけでこんなにルンルンしちゃうのに。あー待ち遠しいわね」るんるんですか・・。
はいはい・・と何もコメントできないままもぐもぐと朝ご飯を食べて。シシャモをお箸でつまんだところで、じぃっと私を見つめているお母さんと目が合った。だから。
「ナニヨ・・」とつぶやいてから、シシャモを咥えてもぐもぐすると。
「私も女を39年してるからわかるけど」
と聞いたことがありそうな前置きをしたお母さん。
「春樹さんとケンカでもしてるの?」
と聞くから。私の中で何かのスイッチが入ったかのように、思うがまま。
「もぉ、朝から春樹さんのこと話題にしないでよ、最近、だれもかれも春樹さんとはどうなったの、春樹さんとはどうなのって、春樹さん春樹さんって、もお、うんざりなのに」
そうお母さんに高ぶる不機嫌な気持ちをぶつけてから顔を背けると。きょとんとしたお母さんは。にやっと表情を変えて。
「美樹、それって、幸せ絶頂の女の子が かけられる ノロイ じゃないの。みんなにノロイをかけられてない?」
と言った。ノロイ? と思って顔を上げたら、お母さんは小さな声で。
「春樹さんってさ、だれもが羨みそうなイイ男の子でしょ、お母さんだって美樹がうらやましくて、お父さんと交換したいくらいなのに」
と昨日の奈菜江さんや優子さんのようにヒソヒソと話し続けて。お父さんと交換したい・・だなんて。それって、本音なの? と目を無意識に広げると。
「そんなイイ男の子が美樹の彼氏になっただなんて、そりゃみんなイイなイイなって思うじゃない」
まぁ・・確かに・・そう思われていると言えばそうだけど。
「そんなみんなのイイナイイナって羨む言葉にはね、どうして美樹ばっかり、どうして私にはこんな男なのに、美樹のこと、妬んでやる嫉妬してやる僻んでやる、祝福されていそうな言葉の中には、そんな怨念が籠っているのよ。みんな美樹にそう思って、春樹さんとはどうなの? 別れちゃえばいいのに、って思いながら、春樹さんとどうなったの? なにか不幸はないの? って聞いてると思うよ。イイナイイナって怨念が籠ったノロイの言葉」
いつになく、そんなことを言うお母さんの表情が大真面目だから、ゴクリとつばを飲み込んだら。お母さん、もっと真剣でホラーな顔をしてる。だから。
「おんねん・・イイナイイナって・・」と聞いたら。
「そうよ、その怨念が一番強力になるのがね、結婚式」
えぇ?「結婚式?」どういう脈略の話のこれ?
「結婚式のみんなの祝福には、イイナイイナって女の怨念が渦巻いていて、気を抜くと、それがノロイになって、彼氏がカエルにされちゃうの。だから、そのノロイをはじき返すために、みんなの前でブチューってキスするでしょ。あれって、ノロイを解くためにしてるのよ」
えっ? それって、なんの話? お母さんの作り話? と思ったけど。
「みんなが春樹さん春樹さんって言うんでしょ。それって、みんなのイイナイイナが、春樹さんを・・カエルにしちゃうノロイの言葉かもしれないわよ。すでに美樹の心にノロイがかかって、春樹さんが気持ち悪いガマガエルになり始めている。げろげろ、げろげろ、春樹さんってそんな人だったんですか」
春樹さんってそんな人・・というキーワード。あっ・・なにかインスピレーションが降りてきたような気持がした。そう、お母さんの話が何気に理解できたような気持ちがしてるかも私。でも、春樹さんがカエルに? いや、そうじゃなくて、なにこの違和感・・朝からお母さんテンション高そう。でも・・そんなお母さんにどうしても聞きたいというか・・。
「春樹さんがカエルって?」
そう聞いたら。がらりと表情を変えたお母さん。
「ほらぁ、魔法使いが幸せ絶頂のお姫様に、嫉妬して、妬んで、やきもち焼いて婚約したばかりの王子様をカエルにしちゃう話があるでしょ、知らないの?」と言いながらいつものお母さんに戻った。でもそれって・・何かの童話のこと? とお母さんがナニを話しているかわかったようなわからないような、でも、私はそんな話、知らないし・・。だからなんなの・・。としか思えないし。と頭の中が空白になった瞬間。
「はぁぁぁあ、まったくもぉ、まぁ、17歳じゃしかたないのかな、美樹も教養を持ちなさいよ、哲学とか。もう17歳なんだから」17歳じゃ仕方ない・・17歳なんだから? どっち? テツガク・・ってナニ? キョウヨウ? カエルの話のどこがテツガクでキョウヨウなの? いや、それ以上に、お母さんの口からそんな漢字にできなさそうな言葉を聞くと、私の知っている言葉とは違う意味の言葉のようにも思えて・・。だけど。
「まったく、わからないなら早く食べて、学校間に合うの? 春樹さんに教えてもらいなさい、テツガクもキョウヨウも。カエルになった王子様の話も」
なんていわれて。あの人は物理法則しか知らないわよ・・と言い返そうかと思ったけど。これがノロイなのかな・・と感じて冷静になることにしたら。テツガク・・キョウヨウ・・か。とお母さんの顔を見つめると。お母さんはくすくすと笑って。
「それに、春樹さんが、みんなのノロイでカエルにされたのなら、みんなの前でブチューってキスしてあげなさい。王子様に戻るから」
だなんてことを平然と言ったら。ぶふっと、咳きこんだのは、いつからそこにいたのかわからないお父さん・・。そんなことより・・お母さんの「ブチューっとキスしてあげなさい」の一言・・より。「みんなの前で」が衝撃すぎたというか・・。息が止まったというか。ついリアルに空想してしまって恥ずかしくなったから言い返せないというか。とうつむいたら。
「今そういう段階なのね。あなたたち。くすくす。はぁ、イイナイイナ、美樹にノロイをかけたい。あんなにカワイイ男の子と恋してるだなんてね」
なんて言うから・・。段階? あなたたちって、私と春樹さんのこと?・・と考え込んでる私に、お母さんは。
「いつまでも受け身じゃ駄目よ、春樹さんが美樹に何かしてくれることを待ってないで、美樹のほうから春樹さんに何かしてあげなさい。春樹さんって、そういう男の子なんでしょ」また・・そういう男の子・・。
それに、してほしい、してあげたい。このフレーズも。でも、私がしてあげることなんて・・と思い出すと、やっぱり、何もなさそうだし。
「ほらほら、そういうことを思い悩んで考えて、それって17歳の時にしかできないことよ」
今度は、17歳の時にしかできないこと?・・だなんて。もっとわかないし、それ以上何をどう聞いていいか思いつかなかったから、そのまま学校に行くことにした。
でも、学校に行くと、やっぱりまた。
「ねぇ美樹、今度春樹さんにこれ聞いていいかな、テスト終わったからなんか聞きにくいというかさ。あーいつでも聞ける美樹がうらやましい」
とノートを広げるあゆみと「勝手に聞けば・・」とつぶやいてる私。
はぁぁぁぁ、ったくもぉ。とジメジメした気分を実感していたら。ふと思い出せた朝のお母さんの言葉。確かに、間違いなく、みんなの言葉には、何かのノロイが込められていそうで、そんなノロイをとくために。
「みんなの前でぶちゅーっとキスしてあげなさい。王子様に戻るから」
その光景を空想しようとしたけど・・何気に心の中で春樹さんの笑顔がブロックされているのか空想できなくて。はっ・・と気づいた。そうか、これがノロイなのかな? そういう気分で教室のみんなを見渡すと、みんなは私を横目でちらちら見つめて、「いーひひひひ。うーふふふふ」と確かに、みんなの顔が私にノロイをかけていそうな悪魔に見える・・気がしたかも。
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