42 / 43
優柔不断のホントの意味は
しおりを挟む
お風呂に浸かって、ブクブクしていると無意識が勝手に思い返してしまうこと。私の無力さを思い知らされた知美さんの実力は・・春樹さんの誕生日に しれっ とあんなオートバイを買ってあげて、春樹さんを本当に しれっ と宇宙の果てに連れて行こうとしている。そんなプランをあんなに普通に実行していて。知美さんって普通に魔法を使って空とか飛べそう。そんな空想をすると、空を飛ぶことなんて絶対ムリな私の実力なんて、全くなにも思いつかないから、ただ、打ちひしがれて、もう立ち上がれなくなった私の無力な魂が、ただ、湯気で曇った天井を見上げさせて ぼーっ とするしかなくなったかのようで。天井から水滴がおでこに びちょん と落ちてきたと同時に。
「美樹、生きてるの?」
と外からお母さんに大きな声で心配されたから。無気力なまま・・。
「生きてるわよ・・」とぼやいて。もう一度、私が春樹さんにしてあげられること、と考えると、あーそうだ、と思いついたのは・・ミホさんと晴美のコト、私が何とかする約束だったね・・と思い出したけど。どうすれば何とかなるのだろう? と考え始めたら、たかが、そんなことすら、また、どうしていいかわからなくて、私の無力さがもっと じわーっ と心の中に広がって 果てしなく ぼーっ となってしまって、考える力も体を動かす力もないような気になってしまうから、ますます、ぬるいお風呂から出れなくなって・・。
「美樹、のぼせてない?」
と今度はお母さん、お風呂の扉から顔をのぞかせて心配している。
「大丈夫よ・・もぉ・・はぁぁぁぁ」と体の動かし方を本当に忘れた実感がして。お風呂から上がりたくても、本当に手も足も動かせないコトに、私って、こんなに無力なんだ・・お風呂から上がることもできない。そんな実感だけが私を支配している。
「いつまで入ってるのよ、もう11時過ぎてるし」と言われても・・返事できなくて。
「11時・・って」2時間近くぼーっとしてたってこと? 私、タイムスリップした? と思い返しても。
でも・・そんなことより・・ミホさんと晴美のコトより、知美さんとのお喋りの内容の方が大事なような気もし始めて。知美さんが喋ったことを思い出そうとするのに、思い出すこともできないほど私は無力なのね、そんな、何も思い出せないこの無力感・・。
「美樹ってば、ほら、もう上がりなさいもぉ、どうしたの」
とお母さんにしつこく言われたから、ようやくお風呂から上がれたというか・・。バスタオルで体を拭きながら・・。ふと思い出せたのは・・。
「泡だらけの裸で春樹くんのコト もにゅもにゅ してあげたのに・・立たないのよアレ」
立たない・・私ではない私が、また変なことを空想し始めているから、むりやり、そんなこと考えないように理性を総動員するけど。いまごろ・・春樹さんが怒っていなくて・・知美さんと仲直りして・・「なぁ、いいだろ」「うんいいよ」もにゅもにゅ。なんてことになってたら・・。というより、「ねぇ、いいでしょ」「しかたないなぁ」もにゅもにゅ。なんて、私にもできることかな、そう思うと、総動員している理性を押し退けて本能が空想し始める、リアルな映像・・泡だらけの裸で後ろからしがみついた春樹さんの・・アレを もにゅもにゅ しながら。
「ねぇ・・いいでしょ」本当にそうつぶやいてるのは鏡の中の私? という気がして振り向いた鏡の中の裸の私・・無意識の理性が・・自動的に知美さんと比較し始めて。思い出したのは、知美さんが言ってたこと。つまり、ハリ、ツヤ、シワ、を冷静に比較してみると・・私って間違いなく知美さんより若いよね・・春樹さん、コレを見せてあげたら知美さんよりもっと私に ときめいて くれるのかな・・。そう思いながら、鏡に映る私を見つめると、鏡の中の私の、ハリ、ツヤ、そしてシワなんて一本もない滑らかな曲線・・美。本当に私ではないような気がして、なんだか自分で見つめて恥ずかしくなるからバスタオルで包んだけど、鏡に映っていた私の裸、の映像が頭の中、あれって本当に私だったの? そんな気がするほど、綺麗だった・・。だから、もう一度、そっとバスタオルを広げて・・鏡に映してみた裸の私って・・。少し斜めから見ると・・いつの間にこんなになったの? 私のおっぱい・・少し胸を張ると・・形も大きさも。揺らせたときの弾み具合も・・。それに、私の顔って・・こんなに。
「・・・キレイ・・・だったかな? ・・私って」これなら知美さんと比べても大丈夫だよね、勝負できるよね、勝つ気になれるよね。ほら、お母さんは、「本当にあんな人に勝つ気でいるの」と聞いたけど。若さゆえの私のこの綺麗なハダカに。「春樹さん、知美さんと比べてどっちがいいですか」そんなことをつぶやくと。私の心に住む春樹さんが「美樹の方がイイに決まってるだろ」と言ってくれた気がするから。
「勝てるよね、私って・・知美さんに」と私ではない私がはっきりとつぶやいた。だから。
私は勝てる・・知美さんにも・・他の皆にも。こんなに綺麗なんだから。という意識がその時、芽生えて、ムクムクと大きな自信に成長し始めたような・・気がし始めた。けど、すぐにため息と一緒に萎んでゆく、もう一度鏡を見つめたら、湯気が収まったせいか、いつもの私がそこにいて・・さっきは、錯覚だったのかな、というのが本当の気持ちかも。
その夜中、髪を乾かしながら思い出したこと。ミホさんと晴美の事は私が何とかするって春樹さんとの約束だったから。とりあえず・・。ミホさんにメールしておこうと文章を考えて。
「ミホさん、マックで春樹さんといた女の子は私の友達で、試験でいい成績取れたから春樹さんとデートする権利を獲得して、そういう理由で春樹さんと一緒にエビフィレオを食べてただけなんです。私が許可しました。だから春樹さんが悪いわけではないと思います」
こんなのでいいかな? もう一度読み直して。
「だから、誤解して怒ったりとかしないでください。春樹さんも、ちょっと混乱していました」
と付け加えて・・思い切って、送信。そして。次は晴美・・。どう言えばわかってくれるだろう・・と考えてから、とりあえず無難に。
「大丈夫ですか?」と書き出したら。うーんうーん、と電話が震えて。ミホさんからの返信。ミホさんも返事するの早いね・・。と開いて、読み上げると。
「試験でいい成績取れたご褒美が春樹くんだったの? そんなことしてたんだ、それって、もしかして私、大人げなかった? 私って勝負の世界で生きてるからさ、アドレナリンが吹き出ちゃうと制御きかなくて、そういう事だったら、アノおとなしそうな娘にも悪いことしちゃったかな? テヘ」・・・テヘ?
と書かれていて。そしてまたすぐ。ウーンウーンと電話か震えて、もう一度ミホさんからの着信。
「でもさ、他の女の子とデートする権利なんて、そんなこと恋人に許可なんてしちゃダメだよ。本当にとられちゃったらどうする気?」
本当にとられちゃったら・・・。というのは、また思い出してしまう知美さんとお喋りしたテーマで。確かに立場が変わると解るような気がし始める。だから、「どうする気?」なのかな私? と返事に戸惑っていたら。ぴろぴろりん、ピロピロリン。と今度は通話の呼び出し。画面には ミホさん と表示されていて。一瞬躊躇したけど出るしかないか。
「もしもし・・美樹です」と。すると。
「美樹ちゃんこんばんわ。そのはなしってさ、美樹ちゃんがどうして知ってるの? と思い出したら、あの時のマックって制服の女の子だらけだったよね。はー、私、恥ずかしいところ大勢に見られちゃったってことかな?」という話から始まって。ふと、聞きたくなったことを口走ってしまった。
「あの・・ミホさんって、春樹さんと・・その・・」だから・・ヤッたとか・・ヤラレタとか・・。春樹さんが、ヤリチ・・ん。だったとか? それ以上は、どんな言葉で表現するべきかわからなくなってしまって、モゴモゴとどもったら。
「春樹さんとって・・私はまだ・・というか、別に何もないけど、まだ・・まぁ、あの子には年下のカワイイ男の子って感じがね、なんかこう、ついついヤキモチが炸裂したというかさ・・それってアノおとなしそうな娘に聞いたの、アノ娘って美樹ちゃんの友達だったの?・・つまり・・このヤリチンって言っちゃったこと・・とか。美樹ちゃんはお仕事だったんでしょあの時って」
私、また何かつぶやいたのかな? それとも、ミホさんと何かが通じている?
「はい・・まぁあの・・聞いたというか」見たというべきか。いやそれより、だから・・ヤラれたんですか? って考えるとコワくなるから聞けないような。
「ごめんね・・私も春樹くんのコト気になっちゃってさ、水曜日に会えない理由がそういう事だったのって、ついつい頭に血が昇っちゃって。あの一緒にいた娘に悪いことしちゃったかな・・でも・・あの娘は何気に頭に血が昇っちゃう娘だった・・ちくしょう・・なんで春樹くんにこんな娘がぁ、って気持ちになっちゃってさ。これってジェラシーなのかな・・あーもぉ、年下の男の子が知らない女の子とデートしてるの見てにあんな気持ちになっちゃうのって、生まれて初めてというか・・もしかしたら私、春樹くんに・・恋・・してるかも。きゃっハズカシ。うふふふふふ」と一人で喋っているミホさんの声が行ったり来たりして。
きゃっハズカシうふふふふ。だなんて・・。それって・・。どういうこと?
「なんて美樹ちゃんに打ち明けちゃうと、美樹ちゃんと友達でいられなくなりそうだから。冗談よ。えへへへへへ。と言っておこうかな」冗談よ・・えへへへへ・・って。
それって、絶対冗談じゃないと思いますけど。という気持ちで。
「あの・・」とつぶやいたけど、ナニを話したいのか思いつかなくて。
「あの?」と聞き返されるともっと話せなくなりそう。
「はい・・あ・・あの・・」その・・だから・・えーっとなんだっけ。
「本当に冗談よ。確かに私もあんなカワイイ年下の男の子とイチャイチャしてみたい願望があるけど、美樹ちゃんのカレシなんでしょ。そんな風に見えないけど、でも、私は美樹ちゃんの事も大切だから我慢しますよ。横取りなんてしません」
という言葉に感じた安心感が「私の事も大切ですか」と呟かせたけど。
「うん・・なんとなくだけど、ほぉっておけない感じがね、美樹ちゃんって可愛いし、男の子ってこういう女の子がいいんだろうなぁって思っちゃうくらい、しぐさとか話し方とか笑顔とかそういうこと、美樹ちゃんには学ぶものがたくさんある」なんて言われたら。
「学ぶもの? 私にですか?」と反射的に聞いてしまって。
「うん。だから、次の水曜日は一緒にトレーニングしたいかなって、思ってるけど、どうかな? 春樹くんも連れてきてほしいな。ってのがホンネかもしれないけどね。ウフフ」
それがホンネですね・・。という確信がするけど・・何も言えない私は。
「あ・・あの・・それでしたら、水曜日にあの・・」と気安い返事をしてることに気付いて・・けど。断り方もわからないし・・。でも、ミホさんが・・という理由で春樹さんを誘うのもいいかなとも思えて。
「春樹さんにも言ってみます・・」なんて言ってしまったら。
「うん、それにさ、ほら、美樹ちゃんおっぱい結構大きいでしょ、体動かす時は、しっかりホールドしなきゃだめよ。形崩れちゃうから。ちゃんとしたスポーツブラとか選んであげるからこの前の時間にマックスポーツにおいで。トレーニングもしたいけど、美樹ちゃんと一緒に買い物もしたい。私も女の子なのよってこと思い出したいのかな。美樹ちゃんの事が気になるとさ、なにげに私だって美樹ちゃんと同じ女の子だよねって、比べちゃうの最近、鏡とか見ると美樹ちゃんの残像が見える」私の残像? それより・・。
私と一緒に買い物ですか。思い出したい? スポーツブラ?・・女の子だよねって比べてる? と言われて、そう言えば・・私も知美さんと比べていたかなさっき・・と思い出したりして。
「だから、美樹ちゃんに、私だって女の子だってことを思い出させてほしいのよ。一緒に買い物しましょ。スポーツ用品店だけど、美樹ちゃんのオーラを吸収したい」
買い物ですか・・。一緒に・・。オーラ? 吸収? ナニソレ・・という気もするけど。
「はい・・わかりました」と、返事するしか選択肢はないようで。
「うん。じゃ水曜日に。春樹くんも連れてきてね、物理的なアドバイスもほしいから」
「あ・・はい」と返事しながら・・やつぱり、私が出汁で、春樹さんがメインディッシュ・・なのね。と頭の中で木霊してる。けど。電話の向こうで ウフフ と笑っているミホさん。
「じゃ、おやすみ」と一方的に話が終わって。反射的に。
「おやすみなさい」とつぶやくと。ぷつんと電話は切れて。
私ってナニを約束しちゃったんだろう・・とりあえず水曜日にマックスポーツに春樹さんを連れて行くということで。明日言えばいいよね、えーっと・・ミホさんのコトはこれでなんとかなった。だから、えーっと、知美さんとした約束は、春樹さんに知美さんと面と向かってお話ししなさいと命令すること。ミホさんとした約束は、水曜日にマックスポーツに春樹さんを連れて行くこと。そして、私は・・と考え始めると、ほかに私が春樹さんにしてあげられること・・なんて何もない事をまた思い出して・・。はぁぁ、また、無力さゆえに眠ることもできないのかな・・そんなことを考え始めると、また寝不足な夜が更けていく。
そしていつも通りに日曜日のアルバイトに行くと。
いつもは由佳さんがそうしているのに、今日は美里さんがフルーツを切っている。そんな美里さんの綺麗な横顔を見てふと思い出したのは、この間の「婚活」事件。あの日が何もかものターニングポイントになっているような気がして。別にだからと言って、美里さんの婚活かどうなったのかは関係ないのだろうけど。私にとっての災いの始まりの原因がどうなったのかということは気になるというか。聞かずにはいられなくなるというか。だから、フルーツを切り分ける美里さんにオソルオソル近づきながら、小さな声で。
「で、どうだったんですか? 婚活」
とストレートなことを聞いたら。美里さんはピタッと手を止めて。私に強張った顔を向けて鋭すぎる眼光でジロっと見つめてから。
「はぁぁぁぁぁぁぁ」と言った。それは。
余計なことを話題にしないでよ・・という意味なのか、ダメだったわよ、見りゃわかるでしょ・・という意味なのか。めぼしいお相手なんて全くいなかったわよ・・いたらこんな顔してないし。という意味なのか。と ネガティブ でしかなさそうなため息ですね、と聞けないままでいたら。
「美樹はイイよね、その年でこんな悩みに無縁というかさ・・あーぁ、私も最初から春樹にしとけばよかったかな」
なんて、ぞっとすることをつぶやいてから。
「今回はさぁ、私も悟りを啓けたからいいんだけどね」とぼやいた。から。
「悟り・・ですか」とそれがまるで生まれて初めて聞く単語のような気がするままに聞き返すと。
「まったくもぉ、私はさぁ、オトコってオンナが操縦する乗り物だと思ってるって前言ったでしょ」
「は・・はい」そんなこと言ってましたね・・。
「だから、アーユー場所で、品定めするのは私、されるのは男。という意識は変わらないのよね。今回、まぁまぁ年収多いグループの集まりだったから気合い入れたんだけど、まるで家政婦の品評会みたいになっててさ、対面する男全員、料理は作れるか、家庭に入るのに抵抗感はないか、夫の両親の介護はできるか、子供の世話は任せられるか。そんなことばかり聞いてくるのよ。もううんざりだったわ。わけわかんない採点されてるみたいで」
まぁ・・私にはちょっと想像しにくい光景ですけど。と思っていたら。
「料理なんて作る気ないし、主婦もイヤ。両親の介護だなんてナニソレ。介護保険払ってるでしょって感じ。まぁ、子供は欲しいと思っているけどね。美樹みたいな女の子がイイ。でもね、そんなことに価値観求める男とは結婚なんてムリねって悟っちゃった」
と本当に、うんざりと、ため息を ぶはー っと吐きながら、あきれ返っていそうな表情だから。
「そうですか・・」と。とりあえず合わせておこう。それに、「それじゃ、美里さんはどんな価値観を求めているのですか?」なんて言葉でつつくと藪からヤマタノオロチが怒った顔で出てきそう・・という気持ちになってると。
「それより、美樹は春樹とどうなの? 由佳が「あの二人こないだ裏でキスしてたわよ」なんて羨ましそうに話してたけど。「糸ひいててさぁなんて」くっくっくっくっ」
なんてイヤラシイ笑い声と共に突然のアノ話題だから。
「してませんよ」糸ひいててさ なんて、と反射的に言い返しても、記憶にないことがホントかどうかという気もして。自信のなさをカバーするかのように。
たぶん「絶対してません」と言い直して。それより、まだこの話題がくすぶってるだなんてもぉ「やめてください」その話・・。とふてくされてみたら。
「えー、裏でキスしてたってのは冗談なの? でも、美樹って・・(急に小声で・・春樹と寝たんでしょ) ・・うふふふ。そっちの方はどうだったの?」ニヤニヤ・・。だなんて。それって、どんな質問なの? と思うけど、こんなに普通に質問されたら、また自動的に思い出してしまって。あの日のコト・・。「入れるよ、したいんだろ」と本当に春樹さんの声が鮮明に聞こえた・・そして・・。
「・・どうだった・・」のかな私? と思い返すけど・・寝た・・って・・それは・・強く否定できない・・未遂事件だし・・。未遂というか・・その。体が勝手に もやもや しすぎて何も言い返せないでいると・・。美里さんは・・。
「くすくす、その顔、悪くはなかったみたいね。なにエッチなこと思い出してるのよ。ったく」とニヤニヤ私を観察してる。
えっ・・あの・・悪くはないって・・なんのことですか? というか、まぁ悪くはなかった・・と言うのは事実たけど・・。だからと言って・・。エッチなこと思い出しているから・・どう言えばいいの? といつも通りに黙り込んでしまうと。美里さんは勝手に喋り続けて。
「私もそうだけどさ、美樹と春樹がこんなに簡単にくっついちゃったから、みんな、いいないいな、私も私もってムラムラした雰囲気になってるのよ、当事者だから気付いてないのかな?」
いいないいな私も私も? って。みんながムラムラ? 当事者だからってナニ? 確かに・・。
「気付いてませんけど・・」それってどんな雰囲気ですか?
「私もね、美樹を見てると、春樹にしとくんだったかな、って本気で思ってたりする。春樹ってさ、なんかこう存在が遠いというか、声かけにくいというか、人種が違うというか、ずっと躊躇してたのかな。なのに美樹があっという間に するん っと虜にしちゃって、だから、何気に美樹の事がうらやましく思えるのよ。私も、いいないいなってもやもやしちゃう」
羨ましいだなんて、それって・・あの・・だから。
「でも・・美里さん、こないだ「あんな男のどこがイイの」って私に・・」
言ってたじゃないですか。とすかさずそんな言葉を本能が言い返したけど。
「それは、今でもそう思っているけどね・・」だったらどっちなんですか? と反射的に聞いたりすると、やばいことになるかも。というアラームを感じた。だからここは、無理やり、えーっとつまり、知美さんみたいに。どうしてそう思うの? と思い出すままに。
「あんな男のどこがイイのって・・どうしてそう思うのですか?」と聞いてみることにしたら。
「どうしてって・・そう言われたらね・・うーん。そうねぇ、美樹と春樹を見ていると、春樹って女の子に優しいでしょ。最近特に」と、美里さんは大真面目な顔で答え始めて。だから私も大真面目に。
「はい・・」と返事しながら、優しいのがダメなのかな? と思うと。
「それに、性格とか物腰とか雰囲気とか、柔らかいでしょ」
「はい・・」言われなくても、柔らかい感じですけど。それもダメなのかな?
「そして、女の子の頼み事を一切断らない。というか断ることができない性格なんじゃないの」
「はい・・」たしかに、断られたことないですね。
「つまり、どの女の子に対しても、それが三拍子そろっているから、私的に無理なのよね・・言いたいことわかるでしょ。それって四字熟語にすると「スジガネ入りの優柔不断」そんな男のどこがイイの? となるわけね。と無理やりそう答えてみるかな」
と、言いながらの美里さんの熱の籠った身振り手振りに補強された説明は、それって・・論理的かも・・と思いながら。
「スジガネ入りの優柔不断ですか」と繰り返して、ても、そういわれてみると確かにそう。とも思えてくる、ような気にもなるし。
「まぁ春樹って、顔とか性格とか雰囲気とか、女の子に好かれそうなところあるけどさ。どんな女にも優しくて、誰にでも柔らかくて、どんなことも断らない。そんな男だとしたら、どんなに熱くなっても煮え切らないまま、最後の最後は、強引なズーズーしい、どこの馬の骨だかわからない女に仕留められるってことよ。あんなに尽くしてあげたのに、どうして私じゃなくて、アノ娘と結婚しちゃうの? って美樹もその内そうなるかもね。と予言しちゃうかな」
「最後の最後は図々しい強引な女のモノ・・ですか」これって、昨日知美さんが話してたかぐや姫の話しと通じるところがありそう。と思い返しながら、確かに知美さんって図々しい強引な女・・世界一レベル・・と比べたら私のズーズーしさなんて世界最下位レベルだし。と問答無用で納得してしまいそうになっていたら。
「あ・・」
と小さく叫んでから、私の顔をじっと見つめ直す真剣な眼差しの美里さん。
「そうよね・・いま気が付いた・・そう言えばそうだよ・・うん。私って、ひらめいちゃった」
と一人で納得しはじめて。ひらめいた? まさか、知美さんが言ってた「インスピレーション」が降りてきたとか? という気持ちで。
「ひらめいたって、何をですか?」と聞いたら。
「うん・・悪くはなかったんでしょ。という美樹の顔見てたら、確かに、春樹も悪くないと言えば悪くはないよね・・良いか悪いかの二択じゃなくて、論外か悪くはないか、という二択なら間違いなく論外ではなくて、悪くもない。ということは」
「ということは・・?」どういう意味ですか・・それ。
「つまり・・私が、一番ズーズーしい強引な女になれば、あーゆー優柔不断な男をゲットできるってこと。春樹って料理できるし、女の子に逆らわないし、美樹に接してる姿見てると本当は操縦しやすい男なんじゃないの。あー・・でも、まだ大学生で、収入は未知数・・」
と私の顔をまだじーっと見つめている美里さん・・それってナニをひらめいたのですか? と聞けないままでいると。続けて。
「ところで、春樹ってさ、美樹以外の彼女っていたよね・・一度店に連れて来てたでしょ」
「えっ?」今度は何を思い出したのかな?
「今美樹と付き合ってるってことは、あの彼女さんとは別れたの? いや・・アレって思ってたより優柔不断な男だから、女を振るなんてできるわけなさそうだよね。ということは、フタマタのままズルズルしてる・・」
と、私の表情から何かしらの情報を探ろうと目つきをギラギラさせている美里さんは。
「美樹ならチョロイけどさ、私覚えてる、あの春樹の彼女さん・・アレはラスボスのさらに上いく強敵だと思うわ。たぶん無敵のオンナの部類よ、私が春樹を蹴飛ばした時笑ってたからね」蹴飛ばした時笑ってた? いやそれより。
私チョロイ? ・・アレはラスボスの上いく強敵・・。まぁ確かに・・知美さんって間違いなく無敵のオンナ、うなずくべきか・・同意するべきか・・認めるべきか。と考えている間に。お店に入って来たお客さんに。
「いらっしゃいませようこそ・・」と走り寄る美里さんの後姿に思い浮かぶのは・・知美さんの言葉。
「いい男の子だからって、何人も女の子が群がっても、だけど、ゴールにたどり着けるのはその中の一人、だとしたらさ、脱落した女の子たちの命がけの努力って全部無駄になるか、ゴールした女の子のコヤシになるしかない。のよね。そう思うと、恋って残酷。弱肉強食なのよね。弱い立場になって初めてわかるわ・・これ」
私・・弱い立場なのは私よね、という自覚しかないけど・・なんとなくわかり始めた気がしてる。恋って残酷なのね。ということ。今お客さんに本当に綺麗な笑顔で愛想を振り撒いている美里さんまでもがライバルになって・・ゴールにたどり着けるのはその中の一人、それ以外は・・コヤシ・・になるしかない・・の?
でも、コヤシ・・それって何だろう? と、コヤシのイメージが湧かないまま。美里さんがヤリ残しているフルーツを切り分けてたら。
「ねぇ美樹、昨日ちゃんと向かい合ったの?」
と、そんな言葉で私の耳元にささやいたのは奈菜江さんで。急に何ですか? と聞こうとしたら。
「ほら、なんか、昨日よりもっとダークサイドに落ちてるわよアレ。美樹が原因でしょ」
とつぶやいたのは優子さんで。二人の顔が大真面目な雰囲気だから、私も顔を上げると。
「・・・おはよ・・・」と視線を合わさずにゆらゆらとお店に入って来た春樹さん。
あっ・・考え事していたら、今日は私、無意識が時計に振り向かなかった。それに・・。春樹さんが引きずっている影が、優子さんが言うように、昨日より「ダークサイド」それって何かな? でも、そうなっている原因は想像できそうで、やっぱり、知美さんと何かあったのかな? という予感しかないのだけど。まさか・・ドメスティックバイオレンス略してDVその2・・この前は右のたまたま、昨日は左・・とか。と考えたら、いや、そうじゃなくて・・やっぱり・・立たなかったのかな・・と思っている私。ってナニが立たないの? と理性が無理やりその問いかけに蓋をしそう。と思うと視線が泳いでしまうね。そして。着替えて出てきた春樹さん、キッチンの冷蔵庫をいつも通りにチェックし始めて。また。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」と大きく吸った空気が抜けて止まってしまいそう。だから。
「あの・・春樹さん・・大丈夫ですか? 昨日は・・その・・あの」
と、知美さんのコトは何とかするって言ってたことを聞こうとしたら。じろっと振り向いて・・。カウンターに私一人だけなのを確かめるようにキョロキョロしてから、じっと私を見つめる今日の春樹さんの顔が怖い・・まま。
「美樹って昨日、知美と向かいの喫茶店にいたでしょ」と言ったその一言は私にとって全くの予想外と言うべきか。いや・・えぇっ・・やっぱり、気付いてたの・・と思い返すべきか。つまり、二人の愛はまだ持続していて、だから、やっぱり、あの瞬間に知美さんのテレパシーを感じ取ったの? と思ったら。
「電話してる美樹がいることにに気付いて、向かいに知美がいたからちょっと驚いたけど、ナニを話してたの?」
えっ? 電話してる私に気付いて、それから、向かいに知美さんがいたことに驚いた? って、その順番って、私のテレパシーを受け取って、私に振り向いて・・それから知美さんにも気づいたということ? いやそれより、ナニを話してたのって・・そんなことが気になるのかな・・と春樹さんの顔を見上げたら。思い詰めていそうな・・ナニかを疑っていそうな・・秘密がバレてしまったような・・どんな秘密かな? というような。だから。慌てて口走る言い訳は。
「あ・・あの・・お土産をもらって、アメリカは楽しかったよって話をしましたけど」
という話をしたよね、嘘ではないから、声は震えていないと思うけど。まだじつと私を見つめている春樹さん・・ナニを疑っているのですか? それとも、ナニを聞き出したいのかな? とチラリチラリと視線を上げ下げしたら。
「そう・・お土産とアメリカの話し・・それって、美樹って本当は知美と仲いいのか? しょっちゅう会ってるとか、毎日電話とかメールとかしてるとか」
と初めて聞かれたような・・いや、始めて見るような春樹さんの雰囲気・・がこわい。
「まぁ・・仲がいいかどうかは・・アレですけど、知美さんは一応、私のライバルですから。春樹さんだって知ってることでしょ」私が知美さんとどういう関係か・・知らないはずはないだろうし。つまり・・と うつむいてしまいそうな視線を無理やり力ずくでじろりと持ち上げて言いたいこと。
「ライバルって漢字で書くと、親友なんですよ」そう・・知美さんは私にとって親友と呼べそうな人だし。だから。もう一度、知美さんは。
「親友ですから・・会ったり、お話したり、しますよ」
と言ってみたら。春樹さんは少し遅れて・・くすっ・・とだけ笑って、入って来たオーダーを自動的にチェックして、何事もなかったかのような動作で私から視線を背けてお料理を作り始めた。どうして笑うのよ・・と思いながら。
「知美さんと仲良くしちゃダメですか?」
とつぶやいてみたけど、声は届かなかったようで。その瞬間。
「ほーら、美樹、後で時間を作ってあげるから、今はお仕事に集中して」
と、いつもは由佳さんが言ってくれるこの言葉、今日は美里さんに言われた。だから、カウンターから客席に振り向いて、うーわ・・いつの間に。こんなにお客さんが・・と見渡しながら。
「は・・はい・・ごめんなさい」と美里さんに向かってつぶやくと。美里さんはニコッと笑って。
「とりあえず、このオーダーは美樹が捌いてくれるかな。ここから向こうはテーブルのセッティングがまだだから、よろしく」
今日は由佳さんがいないのか・・と思いながら。
「はい」
と、振り分けられたオーダーを無意識にチェックしている私。自動的に内容とボリュームとタイミングを理解して、優先順位を組み立ててから。
「わかりました」と答えて、意識を、仕事に集中するモードに切り替えた。
そして、忙しさに追われているといつの間にか時間が過ぎて。カウンターからオーダーが全て捌けて、一息ついた時、今日は美里さんが。
「誰から休憩する?」とみんなの顔を見回したけど。奈菜江さんも優子さんも、私をにやにやと見つめて。だから、美里さんは、くすくすと笑ってから私に。
「はいはい、じゃ、美樹から行っといで。春樹くんとイチャイチャタイム」と言った。
い・・イチャイチャタイム・・って何ですか? と目を見開くと。
「はぁーあ・・美樹はイイね・・」とため息交じりに聞こえた優子さんの声。
「ほーら、春樹くんを元気にしてあげてきて。くすくす。げ ん き にハッスルタイム、ハッスルタイム。ぷぷぷぷぷ」といやらしくガッツポーズで笑う美里さんが私の背中を押して。
「おい春樹、時間だぞ。美樹ちゃんとメシでも食って。元気だせよ。なぁ」とチーフもニヤニヤと私にそう言って。なぁって・・どうしてそういうことを私に言うのですか。と睨んだら。
「あ・・はい・・それじゃ、美樹ちゃん、いつもの?」と春樹さんにそう言われても。全員にニヤニヤと見つめられているから・・。
「はい・・」とだけしか言えないし。
「それじゃ、遠慮なく、チュッチュしておいで」と美里さん。チュッチュって・・そんなことしませんよ。と言い返せないままでいたら。
「ぷぷぷぷ・・ハッスルハッスル」って奈菜江さんがニヤニヤしてて。でも・・。
「・・・ふんっ。なにがハッスルよ」って顔してる優子さんに何か思うことがありそうだけど。なにも思いつかないまま春樹さんの分のお水を汲んで。休憩室に向かいながら、思い出すのは昨日の知美さんとの約束。「あの子が思い込んで試練の道を歩みたいって言い出したら」って、春樹さんって本当にそんなことを言い出すのかな・・という思いもするし。そういうことを悩んで悩んであんなゾンビのような雰囲気になってるのかな? という思いもする。そして、休憩室のテーブルにつくと・・ブツブツ考え事してたせいかな。
「あ・・スプーン忘れた」と気付いて表に取りに行こうとしたら。
「ねぇ春樹さぁん」と甘ったるいイントネーションは優子さんの声。に合わせているかのように。「んっ、ナぁニ?」と春樹さんも甘ったるく答えて。ガシャガシャジュージューとチキンピラフがフライパンの上で踊っている音と一緒に聞こえたのは。
「春樹さんが元気ないのはやっぱり美樹のせいですか? 何かあったんですか?」
という優子さんの声に。
「ううん・・別に何もないよ・・元気なさそうに見えた?」
と答えてる春樹さんの声に耳を立たせたら。
「昨日も・・なんとなく元気なさそうだったし・・心配してます」
「アリガト・・でも大丈夫、何ともないし、何でもないよ」
「だったらいいですけど」
そんな会話が敏感になりすぎてる耳に届いて。角からそっと覗き見たら、
「それより、なにか俺にようがあるのかな?」とカウンターに振り向いた春樹さん。
「あっ、ようがあります」と嬉しそうに笑ってる優子さんが見えて。
「あるの? どんな?」と聞いてる春樹さん・・。
「聞いてくれますか」
「うん。別に構わないよ、聞いてあげよう。なんでも遠慮なく言ってみて」
だなんて、そんなことを私以外の女の子に気安く言っていることが信じられないような・・。
「じゃ遠慮なく、私にもナニかお料理教えてくださいよ。さっきのポークロースの生姜焼きがなんだか無茶苦茶美味しそうで・・あれ作ってみたいです」
と背の高い優子さんだらからこそカウンターから身を乗り入れて。強引にズーズーしくお願いしていそう。それに。
「ポークロースの生姜焼き・・それじゃ休憩終わってから一緒に作ってみようか」と、美里さんが言ってたように、女の子の頼みごとを絶対に断らない春樹さん。
「いいんですか、やったぁ」
と、無茶苦茶眩しい笑顔の優子さんとその瞬間に目が合って。そんな眩しい笑顔の優子さんに微笑んでいる春樹さんの横顔は・・・それって私にだけ見せてくれる優しい笑顔だと思っていたのに、間違いなく誰にでも優しいのね・・・という感情が沸き立つ、確かに美里さんが言うように・・あんな男のどこがイイの・・というような だらしなさそう な笑顔。が私に気付いて。急に慌てて元に戻ったような。そして。
「・・あ・・美樹ちゃん、もうすぐできるから」
それって、私以外の女の子に優しくしてることへの言い訳ですか・・なんて感情を自覚している私のムカムカし始めたヘンな気持ち。
「じゃ、春樹さん、後で一緒に作りますよ、約束ですよ」と普段とは違う可愛らしさの優子さん。に、おろおろと返事してる春樹さん。
「うん・・はいはい・・後でね。あ・・美樹ちゃんお待たせ」と焦っている春樹さんが、なんだか私に隠し事をしているかのように見えて、何を隠したのですか? 別に隠さなくてもいいでしょ。とつぶやきたくなる感情を抑え込んだら、確かに・・美里さんに言われたように・・こんな男のどこが良かったんだろう・・なんて気持ちがブクブクと泡立ってきたような・・そんな気がし始めた。優子さんも私と目が合って・・ふんって感じで向こうに行ってしまうし。だから、私もフンって顔になってしまう。そんな瞬間の私に。
「あー・・美樹ちゃん、食べようか」と話しかける春樹さん。
お皿を二つ持ったまま、ぴたっと止まって私を少し観察して。
「なにか忘れ物かな」
なんてことを聞く声が上ずっているのはどうしてですか? 私はただ。
「スプーン忘れて取りに来ただけです」
とスプーンを二つ持って休憩室のテーブルにつくと。すぐに春樹さんが二つのお皿を持ってきて。
「・・・・・・・」と私の前にチキンピラフのお皿を滑らせてから席について。私は。
「・・・・・・・」とスプーンを渡しながら春樹さんの顔を見上げると、春樹さんは。
「・・・アリガト」とつぶやいてからもぐもぐと勝手に食べ始めた。そして。
「・・・・・・・」私も一口。いつも通りに美味しいけど。いつも通りに笑顔になれないこの気持ち。もやもやと・・さっきの優子さんの笑顔が気になるというか。昨日は知美さんとどうなったのかな? という気持ちもするし。という視線をチラッと春樹さんに向けたら。
「・・あの」とつぶやいてから「・・・・・」と黙り込んだ春樹さん。だから。
「言いたいことがあれば遠慮なく言ってくださいよ」私たちって、カレシとカノジョの関係なんだし。と無理やりな気持ちが「なによ」と視線を背けさせて。「私だって春樹さんのコト心配してあげてるのに、何がどうなってるのか教えてくれてもいいでしょ」と言おうかどうしようかとためらった瞬間、春樹さんの暗い表情に思い出したことは、つまり。
さっきは笑顔で「優子さんとはあんなに仲よく話してたくせに」なんて言葉をぶつけてしまったことに嫌悪感がしてることわかっている。でも、私の言葉にすぐに答えてくれない春樹さんに向かって、もっとムカムカしてくる気持ちが、更に追い打ちをかけるようにこんな言葉を言わせようとしてる。というか、何も喋ろうとしない春樹さんにイラっとしている私は、自分の気持ちを自制できなくしているようだ。
「知美さんとはちゃんと話したんですか。春樹さん昨日何とかするって言ったでしょ」
言ってから、そんなに低い声で言わなくてもいいでしょ、と思っていたりする私に、春樹さんはもっと。
「あ・・う・・うん・・」と曖昧な返事をした。そして。
私がそんな返事をする春樹さんをじろっとにらんでしまうのは。
「どうしてちゃんと話してないのですか。知美さんのコトも大切なんでしょ」
という気持ちが爆発しそうになるからで。
「昨日春樹さん自分でなんとかするって私と約束したでしょ」
そう言い放ったら、もっと、もじもじとうつむく春樹さん。口をとがらせて、この子供みたいな春樹さんの性格に、なぜだか知らないけど、ものすごい怒りがこみあげてきたりしているからでもあるような。春樹さんってそんな人だったの? という心の叫びがそのまま。
「春樹さんってそんな人だったんですか?」だなんて、私何を言ったの? これって私が言ってるの? えっ・・私、ナニ言っちゃったの? 思っただけでしょ・・言っちゃった?
「そ・・そんな人? って」と、しどろもどろにリピートする春樹さんに、私、ホントに言っちゃったんだ・・ほら、春樹さんがもっと怯えて、小さくなってゆく。
「だから・・・・」私はそう思っただけなんだけど。どうしよう・・言っちゃったんだ、だから。だから、そんな人ですよ、そんな人。としか表現方法がなかったというか。そんな人ってどんな人? って私ではない私に心の中で聞き返されると、あーもぉ、今度は私が、ヘンなことを言い放った私に向かってキィィって気持ちになってくるし。そんな私に春樹さんは、オソルオソルな震えた声で・・ぼそぼそと話始めたこと。
「やっぱり昨日・・知美と何か話したの? その・・俺が美樹のこと好きと言ったとか・・付き合ってるとか・・そんなことになってるとか・・知美が俺のコト・・」
とつぶやいてから、私をじっと見つめた春樹さん。の顔・・。知美が俺のコト・・の次はナニですか? まだ好き・・もう嫌い・・どっちを確かめたいの? と思いながら春樹さんと目を合わせると。うわ・・どうしよう、私が勢いに任せてナニか言っちゃったせぃですか・・その今まで見たことがない深刻で真剣に思い込んでいそうな表情。私、もぐもぐできなくなって、ゴクリともできなくて、スプーンも空中で止まってる。少し冷静になろう、と自分に言い聞かせた時。
「昨日は、美樹とナニを話してたのかなって聞こうと、知美が帰ってくるの待ってたんだけど、結局、あいつは帰って来てから俺と顔を合わせてくれなくて、だから、もう終わったのかなって気がして・・だから俺、大学辞めて、美樹が夢見てる小さなお店やってみようかなって、夕べ眠れずに、そんなことを一晩中考えてた」
気持ちが静まり始めていたから、まっすぐ理解できた春樹さんのそんなセリフ・・理解できたからこそ・・私は条件反射的に。
「やめてください」と言い放ったようだ。私が理解した春樹さんのそれは、まさしく、知美さんが予言した通りの言葉で・・まさしく、知美さんが私にお願いしたこと。を思い出しながら春樹さんの顔をもう一度見直すと。
「や・・やめてくださいって・・」と春樹さんも私を見つめ直して。だから、辞めてくださいって言うのは・・その・・。
「だから・・大学辞めるなんて・・そんなの・・やめてください・・」
えっ・・? だから、どっち・・どう言えばいいのコレ。
「じゃなくて、あの・・大学辞めるなんて話は・・やめてください」
と言えばいいのかな。だから、やめてくださいというのは、「知美さんが予言した通りのセリフを言うのはやめてください」という意味なんですけど、そんなこと言えないし。だから・・。春樹さんの顔がまたゾンビみたいで・・。反応がなくなって・・。何か言い返してほしいのに、なにかこう会話が続くような一言を待っているのに、また黙り込むから。私もナニ言っていいかわからないのに、心が勝手に・・。
「あーもぉ、春樹さんのその雰囲気がキライです。もぉ、そのゾンビみたいで、だから、あの・・その・・春樹さん言ったでしょ、俺の夢は宇宙だからって・・」
と言ってしまったことに、あ・・私そんなことを言ったけど、ソレは知美さんが私に話してくれたことだったっけ。と昨日の知美さんとの会話を思い出したら、考える前に喋ってしまっている私に気付いて、だから、よく考えてから喋らないと、冷静にならなきゃって気持ちがもっと湧き上がって。つまり、勢いに任せて余計なことは言わないように気を付けて・・よく考えて・・よく思い出してしゃべらないと・・知美さんとの仲とか、秘密とか・・と私の言葉の空白を春樹さんは。
「まぁ・・宇宙は俺の夢だけど」とモゴモゴとぼやきながら埋めてくれたけど。
「だから・・えーと・・」宇宙の話しは・・だから・・その・・なんだっけ、記憶を総動員して、あの日春樹さんが私にした夢の話しは・・たしかこうだった。
「みんなの夢を全部かなえてくれる流れ星を・・その・・あの・・」えーっと、だから・・どう話せはいいのこれ・・「そんな流れ星ができたら私の夢だって叶う・・はず・・でしょ」
とナントカ全部言えたかな。と思いながら息継ぎをして、ふーはーふーはー。と息を整えながら春樹さんの目をしっかりと見つめたら。春樹さんは。
「くすっ」と笑って「よく覚えてるんだな」とつぶやいてから「でも、美樹の事を考えていたらそんな夢より、美樹が喜んでくれそうなことを夢見た方がいいような気もして。俺、美樹のコト・・」と言う言葉に。えぇ? 私のコト? と身構えたのに・・。止まってしまった春樹さん。 ナニ? 私のコト? この重さって、きゅん としちゃう重さ? 私のコト? の次はなんて言う気なの? 春樹さんどうしたのそんなに思い込んで。私のコト? って・・まばたきせずに待ち構えているのに、春樹さんはまたなにも言わなくなるから。待ちきれなくなって。
「・・私のコト・・」
と小さくつぶやくと。
「うん、美樹の事を考えるとね・・・」とつぶやいてまた黙り込む春樹さん。と見つめあうと。ドキドキ・・えぇ~・・もしかして・・まさか・・あの・・その。それって、私のコト・・好き・・愛してる・・結婚しよう・・なんて言葉が頭の中でオートマチックに予言されて。そんなことを言われたらなんて答えたらいいの? ただ「はい」とだけ返事すればイイでしょ。という思いがまた頭の中でうわーッとなって、春樹さんがもう一度私のコト好きだって言ってくれたら、今度は拒否もせずに、はぐらかせたりもしないで、受け入れて。「はい」と返事して「私も」と付け足そう。そう決意して、「私も好きよ」と返事した後は、「あの二人裏でキスしてたわよ」となりそう。と心の中でリハーサルすると、もっとまばたきができなくなっている。のに。
「美樹と知り合ってから、女の子の知り合いが増えて、どうしていいかわからないことがたくさんありすぎて、美樹のコトを考えるとね、この気持ち、なんて言えばいいのかもわからないし。女の子は謎だね。ほんとうにどうしていいかわかなくなる」
はぁ? この気持ち・・それって・・ストレートに思うがままに「美樹のコト好きだよ」ってこないだみたいに一言で表現できる気持ちでしょ、「好きだ」ってたった三文字で言い表せられる気持ちじゃないのですか? ともう少し待ち構えていたけど。
「俺、本当に、美樹の事を一晩中考えたんだ。大学辞めてお前のために頑張るよ、お店を持ちたいんだろ。お前が学校卒業するまでに道筋立てて、がむしゃらに働けば美樹一人くらいなんとかしてあげるから」と言いながら本当に優しい眼差しで私に微笑む春樹さんは続けて。
「美樹のために頑張ってみたいんだ」
と言ったけど、最後のその一言は上の空で聞いている私がこんなに冷静なのは、その言葉、昨日知美さんと話していなかったら、もしかしたら、同意していたかもしれなくて、チーフも喜んでくれそうな、私も思い描いた景色がもっとリアルな空想になっていたような・・でも。同意できないのは、間違いなく、昨日知美さんと約束したからで、知美さんが予言したことを全くそのまま春樹さんが喋ったからで、つまり、知美さんは春樹さんのコトをこんなにわかっていて、こんなにわかっているのはやっぱり知美さんって春樹さんのコトをこんなに「愛」してるから。だとしたら、私なんてやっぱり足元にも及ばなくて、昨日から感じすぎている私の無力さがまた大きな波に乗って心の中に押し寄せてくるけど。きのう知美さんとした約束だけは実行しなければならない使命というか。今の私が春樹さんにしてあげられることって、間違いなく知美さんとの約束を実行する。これって春樹さんのためにすることだよね。「学歴とか学位とかがどれほど大切か」と言ってた知美さんの声が聞こえるし、宇宙を目指してあんなに分厚い本をいつも読んでいた春樹さんの努力も、こんなに無力な私のために辞めちゃうなんて・・ダメでしょ。だから。
「知美とは・・わか・・」と言い出した春樹さんに。
「やめてくださいそんなこと」とはっきり言えたのだと思う。
つまり、昨日知美さんと話していなければ、こんなことは考えもしなかったと思う。「男の子は思い込んだら試練の道を歩きたがるのよ・・でもね・・春樹さんにはロケットみたいな乗り物で目的地にヒトッ飛びしてほしいの」私も知美さんか言ったとおりに、ヒトッ飛びで目的地に向かってほしい。それに、ありありと思い返しているのは、知美さんのコノセリフ。
「恋ってそういう事が解らなくなるものですけど・・」
の次・・なんて言えばいいのかな・・。
「だから、簡単に、別れるとか、辞めるとか、そんなこと、春樹さんらしくないですよ」
なんて、どうしたの私? なんだか大人っぽいこと言ってる? 春樹さんが子供みたいだから? そうだよね、春樹さんがこんなにしょぼんと小さくなって子供みたいだから、もっと、こんなことを言ってしまうのだろうなと思っている。
「春樹さん、今日帰ったら知美さんと向かい合ってお話してください」
それに、子供みたいに。
「えっ・・」
なんて、子供みたいな顔する春樹さんが私をもっとイラつかせている・
「えっじゃないわよバカ」
「バカ・・」
「バカですよ」知美さんってあんなに春樹さんのコト愛してるのに、別れるとか、私のためにとか。
「どうしたの? 昨日、やっぱり、知美と何か話したんでしょ」
「話しましたよ、アメリカ行ってきましたとか、お土産とか・・」
「まぁ、それはさっき聞いたし、他に・・」
「帰ったら知美さんに聞いてくださいよ、昨日美樹と何話したんだって」
「それは・・昨日聞こうとしたけど・・」
「聞こうとしただけでしょ」
「あ・・うん・・まぁ・・聞けなかったんだけど・・ね」
「だから、今日は帰ったら知美さんと向かい合ってしっかりお話してください。私がそう命令したって言えばいいでしょ」
「命令・・」って、はっきりしない返事が・・。
「もういいですよ・・春樹さんのコト・・嫌いです」
「・・きらい・・」
と言ったっきり、私はバクバクとチキンピラフを掻き込みながら、美里さんがさっき言ってたことがわかった気がし始めた。つまりこれって、「スジガネ入りの優柔不断」そんな男のどこがイイの? となるわけね、ということだ。
「ご馳走様・・持っていきましょうか」と言ったけど。
「あ・・うん・・いや・・自分で」ほら、こんなことにもはっきりしないし。
と思えば思うほどにムカムカするというかイライラさせられてるというか、席を立って、お皿を洗い場に持っていきながら、春樹さんのコトが本当に嫌いになったという実感に押しつぶされそうになっている・・。でも、どうしちゃったの私? こんなにイライラして、と言う気持ちもあるから、私ってなにイライラしてるのよ、と自分に訊ねたら。
「どぉ、ハッスルしてる」と洗い場でバッタリ会った美里さんがそんなことを言いながら笑っていて。
「・・・・・」と答えたら・・じゃなくて、何も答えられずにいたら。
「どうしたの? オトコとケンカした後みたいな顔して」
とズボシなことを聞くから。何気に無意識な私が答えたこと。
「優柔不断の本当の意味が解ったかもしれません」そう、わかったかもしれない。優柔不断な春樹さんと話していると、こんな気分になるって。
「はぁ? ナニソレ」と美里さんはまだ笑っているけど。美里さんには相談できそうな雰囲気があるから。
「春樹さんといるとイライラしちゃうんです」と打ち明けてみたら。
「はぁぁぁ、そう。やっぱりね・・」やっぱりね?
美里さんはもっと ニヤニヤ笑っている。そして。
「だから、そういう男だから、ズーズーしく強引に操縦してあげないといけないのよ。頑張りなさい。ぷぷぷ」
その笑い方に・・「ムリだと思うけど」・・という意味があるような気がして。いや・・「やっぱり、美樹って、ちょろい」と思っているからかな? だとしたら、ここでイライラしちゃったら春樹さんは美里さんに・・。いや、優子さんにも、つまり、私よりズーズーしい女に奪われてしまう。というこれって、これがインスピレーション? と思った瞬間。
「今のあの子って美樹ちゃんの言うことしか聞かないかもしれない」
とまさしく、聞こえた神様の声。いやこれは、昨日知美さんが言った言葉。
「本当に私の言うことしか聞かないのかな」だとしたら、私だってズーズーしく強引に。
はっ、それって私にはムリだと思っていたけど、今ならできそう。ズーズーしくて強引な女に私もなれる。と気が付いた私は、だから、私はもう一度休憩室に引き返して。
「春樹さん」と呼んで。
「はい・・」とスプーンを咥えたままの春樹さんを私に振り向かせて。その間抜けな顔にイラっとしたけど、こことは抑えるべきだし、がまんしよう。
「ちゃんと話するんですよ、今日帰ったら知美さんと。私電話して確認しますからね」
そう、こんな風に感情だけで話をすれば、私だってこんなにズーズーしく強引なオンナになれる。いや・・なってる。
「か・・確認? 何を?」という春樹さんにイライラするけど。
だから・・つまり、私って春樹さんを操縦できてますか、ということを。
「私の言うこと聞きましたかって知美さんに確認します」
「私の言うことを聞きましたかって・・」
つまり、今あの子は美樹ちゃんの言うことしか聞かないと思うから。それを確かめて。もし本当に知美さんの言う通りなら。私は春樹さんを私の思い通りに操縦できるということだ。
「あ・・まぁ・・美樹がそこまで言うなら、ちゃんと向かい合って話するよ」
ほら、ちゃんと私の言うとおりにしようとしてる。
「してください」と念を押すと。
「美樹が話ししろって言うから・・と言えばいいのかな」
「はい・・そう言えばいいんです」
こんなに弱気で、おどおどした春樹さん。これって・・もしかしたら・・快感? かも。なんてことを私は今思っている。
「美樹、生きてるの?」
と外からお母さんに大きな声で心配されたから。無気力なまま・・。
「生きてるわよ・・」とぼやいて。もう一度、私が春樹さんにしてあげられること、と考えると、あーそうだ、と思いついたのは・・ミホさんと晴美のコト、私が何とかする約束だったね・・と思い出したけど。どうすれば何とかなるのだろう? と考え始めたら、たかが、そんなことすら、また、どうしていいかわからなくて、私の無力さがもっと じわーっ と心の中に広がって 果てしなく ぼーっ となってしまって、考える力も体を動かす力もないような気になってしまうから、ますます、ぬるいお風呂から出れなくなって・・。
「美樹、のぼせてない?」
と今度はお母さん、お風呂の扉から顔をのぞかせて心配している。
「大丈夫よ・・もぉ・・はぁぁぁぁ」と体の動かし方を本当に忘れた実感がして。お風呂から上がりたくても、本当に手も足も動かせないコトに、私って、こんなに無力なんだ・・お風呂から上がることもできない。そんな実感だけが私を支配している。
「いつまで入ってるのよ、もう11時過ぎてるし」と言われても・・返事できなくて。
「11時・・って」2時間近くぼーっとしてたってこと? 私、タイムスリップした? と思い返しても。
でも・・そんなことより・・ミホさんと晴美のコトより、知美さんとのお喋りの内容の方が大事なような気もし始めて。知美さんが喋ったことを思い出そうとするのに、思い出すこともできないほど私は無力なのね、そんな、何も思い出せないこの無力感・・。
「美樹ってば、ほら、もう上がりなさいもぉ、どうしたの」
とお母さんにしつこく言われたから、ようやくお風呂から上がれたというか・・。バスタオルで体を拭きながら・・。ふと思い出せたのは・・。
「泡だらけの裸で春樹くんのコト もにゅもにゅ してあげたのに・・立たないのよアレ」
立たない・・私ではない私が、また変なことを空想し始めているから、むりやり、そんなこと考えないように理性を総動員するけど。いまごろ・・春樹さんが怒っていなくて・・知美さんと仲直りして・・「なぁ、いいだろ」「うんいいよ」もにゅもにゅ。なんてことになってたら・・。というより、「ねぇ、いいでしょ」「しかたないなぁ」もにゅもにゅ。なんて、私にもできることかな、そう思うと、総動員している理性を押し退けて本能が空想し始める、リアルな映像・・泡だらけの裸で後ろからしがみついた春樹さんの・・アレを もにゅもにゅ しながら。
「ねぇ・・いいでしょ」本当にそうつぶやいてるのは鏡の中の私? という気がして振り向いた鏡の中の裸の私・・無意識の理性が・・自動的に知美さんと比較し始めて。思い出したのは、知美さんが言ってたこと。つまり、ハリ、ツヤ、シワ、を冷静に比較してみると・・私って間違いなく知美さんより若いよね・・春樹さん、コレを見せてあげたら知美さんよりもっと私に ときめいて くれるのかな・・。そう思いながら、鏡に映る私を見つめると、鏡の中の私の、ハリ、ツヤ、そしてシワなんて一本もない滑らかな曲線・・美。本当に私ではないような気がして、なんだか自分で見つめて恥ずかしくなるからバスタオルで包んだけど、鏡に映っていた私の裸、の映像が頭の中、あれって本当に私だったの? そんな気がするほど、綺麗だった・・。だから、もう一度、そっとバスタオルを広げて・・鏡に映してみた裸の私って・・。少し斜めから見ると・・いつの間にこんなになったの? 私のおっぱい・・少し胸を張ると・・形も大きさも。揺らせたときの弾み具合も・・。それに、私の顔って・・こんなに。
「・・・キレイ・・・だったかな? ・・私って」これなら知美さんと比べても大丈夫だよね、勝負できるよね、勝つ気になれるよね。ほら、お母さんは、「本当にあんな人に勝つ気でいるの」と聞いたけど。若さゆえの私のこの綺麗なハダカに。「春樹さん、知美さんと比べてどっちがいいですか」そんなことをつぶやくと。私の心に住む春樹さんが「美樹の方がイイに決まってるだろ」と言ってくれた気がするから。
「勝てるよね、私って・・知美さんに」と私ではない私がはっきりとつぶやいた。だから。
私は勝てる・・知美さんにも・・他の皆にも。こんなに綺麗なんだから。という意識がその時、芽生えて、ムクムクと大きな自信に成長し始めたような・・気がし始めた。けど、すぐにため息と一緒に萎んでゆく、もう一度鏡を見つめたら、湯気が収まったせいか、いつもの私がそこにいて・・さっきは、錯覚だったのかな、というのが本当の気持ちかも。
その夜中、髪を乾かしながら思い出したこと。ミホさんと晴美の事は私が何とかするって春樹さんとの約束だったから。とりあえず・・。ミホさんにメールしておこうと文章を考えて。
「ミホさん、マックで春樹さんといた女の子は私の友達で、試験でいい成績取れたから春樹さんとデートする権利を獲得して、そういう理由で春樹さんと一緒にエビフィレオを食べてただけなんです。私が許可しました。だから春樹さんが悪いわけではないと思います」
こんなのでいいかな? もう一度読み直して。
「だから、誤解して怒ったりとかしないでください。春樹さんも、ちょっと混乱していました」
と付け加えて・・思い切って、送信。そして。次は晴美・・。どう言えばわかってくれるだろう・・と考えてから、とりあえず無難に。
「大丈夫ですか?」と書き出したら。うーんうーん、と電話が震えて。ミホさんからの返信。ミホさんも返事するの早いね・・。と開いて、読み上げると。
「試験でいい成績取れたご褒美が春樹くんだったの? そんなことしてたんだ、それって、もしかして私、大人げなかった? 私って勝負の世界で生きてるからさ、アドレナリンが吹き出ちゃうと制御きかなくて、そういう事だったら、アノおとなしそうな娘にも悪いことしちゃったかな? テヘ」・・・テヘ?
と書かれていて。そしてまたすぐ。ウーンウーンと電話か震えて、もう一度ミホさんからの着信。
「でもさ、他の女の子とデートする権利なんて、そんなこと恋人に許可なんてしちゃダメだよ。本当にとられちゃったらどうする気?」
本当にとられちゃったら・・・。というのは、また思い出してしまう知美さんとお喋りしたテーマで。確かに立場が変わると解るような気がし始める。だから、「どうする気?」なのかな私? と返事に戸惑っていたら。ぴろぴろりん、ピロピロリン。と今度は通話の呼び出し。画面には ミホさん と表示されていて。一瞬躊躇したけど出るしかないか。
「もしもし・・美樹です」と。すると。
「美樹ちゃんこんばんわ。そのはなしってさ、美樹ちゃんがどうして知ってるの? と思い出したら、あの時のマックって制服の女の子だらけだったよね。はー、私、恥ずかしいところ大勢に見られちゃったってことかな?」という話から始まって。ふと、聞きたくなったことを口走ってしまった。
「あの・・ミホさんって、春樹さんと・・その・・」だから・・ヤッたとか・・ヤラレタとか・・。春樹さんが、ヤリチ・・ん。だったとか? それ以上は、どんな言葉で表現するべきかわからなくなってしまって、モゴモゴとどもったら。
「春樹さんとって・・私はまだ・・というか、別に何もないけど、まだ・・まぁ、あの子には年下のカワイイ男の子って感じがね、なんかこう、ついついヤキモチが炸裂したというかさ・・それってアノおとなしそうな娘に聞いたの、アノ娘って美樹ちゃんの友達だったの?・・つまり・・このヤリチンって言っちゃったこと・・とか。美樹ちゃんはお仕事だったんでしょあの時って」
私、また何かつぶやいたのかな? それとも、ミホさんと何かが通じている?
「はい・・まぁあの・・聞いたというか」見たというべきか。いやそれより、だから・・ヤラれたんですか? って考えるとコワくなるから聞けないような。
「ごめんね・・私も春樹くんのコト気になっちゃってさ、水曜日に会えない理由がそういう事だったのって、ついつい頭に血が昇っちゃって。あの一緒にいた娘に悪いことしちゃったかな・・でも・・あの娘は何気に頭に血が昇っちゃう娘だった・・ちくしょう・・なんで春樹くんにこんな娘がぁ、って気持ちになっちゃってさ。これってジェラシーなのかな・・あーもぉ、年下の男の子が知らない女の子とデートしてるの見てにあんな気持ちになっちゃうのって、生まれて初めてというか・・もしかしたら私、春樹くんに・・恋・・してるかも。きゃっハズカシ。うふふふふふ」と一人で喋っているミホさんの声が行ったり来たりして。
きゃっハズカシうふふふふ。だなんて・・。それって・・。どういうこと?
「なんて美樹ちゃんに打ち明けちゃうと、美樹ちゃんと友達でいられなくなりそうだから。冗談よ。えへへへへへ。と言っておこうかな」冗談よ・・えへへへへ・・って。
それって、絶対冗談じゃないと思いますけど。という気持ちで。
「あの・・」とつぶやいたけど、ナニを話したいのか思いつかなくて。
「あの?」と聞き返されるともっと話せなくなりそう。
「はい・・あ・・あの・・」その・・だから・・えーっとなんだっけ。
「本当に冗談よ。確かに私もあんなカワイイ年下の男の子とイチャイチャしてみたい願望があるけど、美樹ちゃんのカレシなんでしょ。そんな風に見えないけど、でも、私は美樹ちゃんの事も大切だから我慢しますよ。横取りなんてしません」
という言葉に感じた安心感が「私の事も大切ですか」と呟かせたけど。
「うん・・なんとなくだけど、ほぉっておけない感じがね、美樹ちゃんって可愛いし、男の子ってこういう女の子がいいんだろうなぁって思っちゃうくらい、しぐさとか話し方とか笑顔とかそういうこと、美樹ちゃんには学ぶものがたくさんある」なんて言われたら。
「学ぶもの? 私にですか?」と反射的に聞いてしまって。
「うん。だから、次の水曜日は一緒にトレーニングしたいかなって、思ってるけど、どうかな? 春樹くんも連れてきてほしいな。ってのがホンネかもしれないけどね。ウフフ」
それがホンネですね・・。という確信がするけど・・何も言えない私は。
「あ・・あの・・それでしたら、水曜日にあの・・」と気安い返事をしてることに気付いて・・けど。断り方もわからないし・・。でも、ミホさんが・・という理由で春樹さんを誘うのもいいかなとも思えて。
「春樹さんにも言ってみます・・」なんて言ってしまったら。
「うん、それにさ、ほら、美樹ちゃんおっぱい結構大きいでしょ、体動かす時は、しっかりホールドしなきゃだめよ。形崩れちゃうから。ちゃんとしたスポーツブラとか選んであげるからこの前の時間にマックスポーツにおいで。トレーニングもしたいけど、美樹ちゃんと一緒に買い物もしたい。私も女の子なのよってこと思い出したいのかな。美樹ちゃんの事が気になるとさ、なにげに私だって美樹ちゃんと同じ女の子だよねって、比べちゃうの最近、鏡とか見ると美樹ちゃんの残像が見える」私の残像? それより・・。
私と一緒に買い物ですか。思い出したい? スポーツブラ?・・女の子だよねって比べてる? と言われて、そう言えば・・私も知美さんと比べていたかなさっき・・と思い出したりして。
「だから、美樹ちゃんに、私だって女の子だってことを思い出させてほしいのよ。一緒に買い物しましょ。スポーツ用品店だけど、美樹ちゃんのオーラを吸収したい」
買い物ですか・・。一緒に・・。オーラ? 吸収? ナニソレ・・という気もするけど。
「はい・・わかりました」と、返事するしか選択肢はないようで。
「うん。じゃ水曜日に。春樹くんも連れてきてね、物理的なアドバイスもほしいから」
「あ・・はい」と返事しながら・・やつぱり、私が出汁で、春樹さんがメインディッシュ・・なのね。と頭の中で木霊してる。けど。電話の向こうで ウフフ と笑っているミホさん。
「じゃ、おやすみ」と一方的に話が終わって。反射的に。
「おやすみなさい」とつぶやくと。ぷつんと電話は切れて。
私ってナニを約束しちゃったんだろう・・とりあえず水曜日にマックスポーツに春樹さんを連れて行くということで。明日言えばいいよね、えーっと・・ミホさんのコトはこれでなんとかなった。だから、えーっと、知美さんとした約束は、春樹さんに知美さんと面と向かってお話ししなさいと命令すること。ミホさんとした約束は、水曜日にマックスポーツに春樹さんを連れて行くこと。そして、私は・・と考え始めると、ほかに私が春樹さんにしてあげられること・・なんて何もない事をまた思い出して・・。はぁぁ、また、無力さゆえに眠ることもできないのかな・・そんなことを考え始めると、また寝不足な夜が更けていく。
そしていつも通りに日曜日のアルバイトに行くと。
いつもは由佳さんがそうしているのに、今日は美里さんがフルーツを切っている。そんな美里さんの綺麗な横顔を見てふと思い出したのは、この間の「婚活」事件。あの日が何もかものターニングポイントになっているような気がして。別にだからと言って、美里さんの婚活かどうなったのかは関係ないのだろうけど。私にとっての災いの始まりの原因がどうなったのかということは気になるというか。聞かずにはいられなくなるというか。だから、フルーツを切り分ける美里さんにオソルオソル近づきながら、小さな声で。
「で、どうだったんですか? 婚活」
とストレートなことを聞いたら。美里さんはピタッと手を止めて。私に強張った顔を向けて鋭すぎる眼光でジロっと見つめてから。
「はぁぁぁぁぁぁぁ」と言った。それは。
余計なことを話題にしないでよ・・という意味なのか、ダメだったわよ、見りゃわかるでしょ・・という意味なのか。めぼしいお相手なんて全くいなかったわよ・・いたらこんな顔してないし。という意味なのか。と ネガティブ でしかなさそうなため息ですね、と聞けないままでいたら。
「美樹はイイよね、その年でこんな悩みに無縁というかさ・・あーぁ、私も最初から春樹にしとけばよかったかな」
なんて、ぞっとすることをつぶやいてから。
「今回はさぁ、私も悟りを啓けたからいいんだけどね」とぼやいた。から。
「悟り・・ですか」とそれがまるで生まれて初めて聞く単語のような気がするままに聞き返すと。
「まったくもぉ、私はさぁ、オトコってオンナが操縦する乗り物だと思ってるって前言ったでしょ」
「は・・はい」そんなこと言ってましたね・・。
「だから、アーユー場所で、品定めするのは私、されるのは男。という意識は変わらないのよね。今回、まぁまぁ年収多いグループの集まりだったから気合い入れたんだけど、まるで家政婦の品評会みたいになっててさ、対面する男全員、料理は作れるか、家庭に入るのに抵抗感はないか、夫の両親の介護はできるか、子供の世話は任せられるか。そんなことばかり聞いてくるのよ。もううんざりだったわ。わけわかんない採点されてるみたいで」
まぁ・・私にはちょっと想像しにくい光景ですけど。と思っていたら。
「料理なんて作る気ないし、主婦もイヤ。両親の介護だなんてナニソレ。介護保険払ってるでしょって感じ。まぁ、子供は欲しいと思っているけどね。美樹みたいな女の子がイイ。でもね、そんなことに価値観求める男とは結婚なんてムリねって悟っちゃった」
と本当に、うんざりと、ため息を ぶはー っと吐きながら、あきれ返っていそうな表情だから。
「そうですか・・」と。とりあえず合わせておこう。それに、「それじゃ、美里さんはどんな価値観を求めているのですか?」なんて言葉でつつくと藪からヤマタノオロチが怒った顔で出てきそう・・という気持ちになってると。
「それより、美樹は春樹とどうなの? 由佳が「あの二人こないだ裏でキスしてたわよ」なんて羨ましそうに話してたけど。「糸ひいててさぁなんて」くっくっくっくっ」
なんてイヤラシイ笑い声と共に突然のアノ話題だから。
「してませんよ」糸ひいててさ なんて、と反射的に言い返しても、記憶にないことがホントかどうかという気もして。自信のなさをカバーするかのように。
たぶん「絶対してません」と言い直して。それより、まだこの話題がくすぶってるだなんてもぉ「やめてください」その話・・。とふてくされてみたら。
「えー、裏でキスしてたってのは冗談なの? でも、美樹って・・(急に小声で・・春樹と寝たんでしょ) ・・うふふふ。そっちの方はどうだったの?」ニヤニヤ・・。だなんて。それって、どんな質問なの? と思うけど、こんなに普通に質問されたら、また自動的に思い出してしまって。あの日のコト・・。「入れるよ、したいんだろ」と本当に春樹さんの声が鮮明に聞こえた・・そして・・。
「・・どうだった・・」のかな私? と思い返すけど・・寝た・・って・・それは・・強く否定できない・・未遂事件だし・・。未遂というか・・その。体が勝手に もやもや しすぎて何も言い返せないでいると・・。美里さんは・・。
「くすくす、その顔、悪くはなかったみたいね。なにエッチなこと思い出してるのよ。ったく」とニヤニヤ私を観察してる。
えっ・・あの・・悪くはないって・・なんのことですか? というか、まぁ悪くはなかった・・と言うのは事実たけど・・。だからと言って・・。エッチなこと思い出しているから・・どう言えばいいの? といつも通りに黙り込んでしまうと。美里さんは勝手に喋り続けて。
「私もそうだけどさ、美樹と春樹がこんなに簡単にくっついちゃったから、みんな、いいないいな、私も私もってムラムラした雰囲気になってるのよ、当事者だから気付いてないのかな?」
いいないいな私も私も? って。みんながムラムラ? 当事者だからってナニ? 確かに・・。
「気付いてませんけど・・」それってどんな雰囲気ですか?
「私もね、美樹を見てると、春樹にしとくんだったかな、って本気で思ってたりする。春樹ってさ、なんかこう存在が遠いというか、声かけにくいというか、人種が違うというか、ずっと躊躇してたのかな。なのに美樹があっという間に するん っと虜にしちゃって、だから、何気に美樹の事がうらやましく思えるのよ。私も、いいないいなってもやもやしちゃう」
羨ましいだなんて、それって・・あの・・だから。
「でも・・美里さん、こないだ「あんな男のどこがイイの」って私に・・」
言ってたじゃないですか。とすかさずそんな言葉を本能が言い返したけど。
「それは、今でもそう思っているけどね・・」だったらどっちなんですか? と反射的に聞いたりすると、やばいことになるかも。というアラームを感じた。だからここは、無理やり、えーっとつまり、知美さんみたいに。どうしてそう思うの? と思い出すままに。
「あんな男のどこがイイのって・・どうしてそう思うのですか?」と聞いてみることにしたら。
「どうしてって・・そう言われたらね・・うーん。そうねぇ、美樹と春樹を見ていると、春樹って女の子に優しいでしょ。最近特に」と、美里さんは大真面目な顔で答え始めて。だから私も大真面目に。
「はい・・」と返事しながら、優しいのがダメなのかな? と思うと。
「それに、性格とか物腰とか雰囲気とか、柔らかいでしょ」
「はい・・」言われなくても、柔らかい感じですけど。それもダメなのかな?
「そして、女の子の頼み事を一切断らない。というか断ることができない性格なんじゃないの」
「はい・・」たしかに、断られたことないですね。
「つまり、どの女の子に対しても、それが三拍子そろっているから、私的に無理なのよね・・言いたいことわかるでしょ。それって四字熟語にすると「スジガネ入りの優柔不断」そんな男のどこがイイの? となるわけね。と無理やりそう答えてみるかな」
と、言いながらの美里さんの熱の籠った身振り手振りに補強された説明は、それって・・論理的かも・・と思いながら。
「スジガネ入りの優柔不断ですか」と繰り返して、ても、そういわれてみると確かにそう。とも思えてくる、ような気にもなるし。
「まぁ春樹って、顔とか性格とか雰囲気とか、女の子に好かれそうなところあるけどさ。どんな女にも優しくて、誰にでも柔らかくて、どんなことも断らない。そんな男だとしたら、どんなに熱くなっても煮え切らないまま、最後の最後は、強引なズーズーしい、どこの馬の骨だかわからない女に仕留められるってことよ。あんなに尽くしてあげたのに、どうして私じゃなくて、アノ娘と結婚しちゃうの? って美樹もその内そうなるかもね。と予言しちゃうかな」
「最後の最後は図々しい強引な女のモノ・・ですか」これって、昨日知美さんが話してたかぐや姫の話しと通じるところがありそう。と思い返しながら、確かに知美さんって図々しい強引な女・・世界一レベル・・と比べたら私のズーズーしさなんて世界最下位レベルだし。と問答無用で納得してしまいそうになっていたら。
「あ・・」
と小さく叫んでから、私の顔をじっと見つめ直す真剣な眼差しの美里さん。
「そうよね・・いま気が付いた・・そう言えばそうだよ・・うん。私って、ひらめいちゃった」
と一人で納得しはじめて。ひらめいた? まさか、知美さんが言ってた「インスピレーション」が降りてきたとか? という気持ちで。
「ひらめいたって、何をですか?」と聞いたら。
「うん・・悪くはなかったんでしょ。という美樹の顔見てたら、確かに、春樹も悪くないと言えば悪くはないよね・・良いか悪いかの二択じゃなくて、論外か悪くはないか、という二択なら間違いなく論外ではなくて、悪くもない。ということは」
「ということは・・?」どういう意味ですか・・それ。
「つまり・・私が、一番ズーズーしい強引な女になれば、あーゆー優柔不断な男をゲットできるってこと。春樹って料理できるし、女の子に逆らわないし、美樹に接してる姿見てると本当は操縦しやすい男なんじゃないの。あー・・でも、まだ大学生で、収入は未知数・・」
と私の顔をまだじーっと見つめている美里さん・・それってナニをひらめいたのですか? と聞けないままでいると。続けて。
「ところで、春樹ってさ、美樹以外の彼女っていたよね・・一度店に連れて来てたでしょ」
「えっ?」今度は何を思い出したのかな?
「今美樹と付き合ってるってことは、あの彼女さんとは別れたの? いや・・アレって思ってたより優柔不断な男だから、女を振るなんてできるわけなさそうだよね。ということは、フタマタのままズルズルしてる・・」
と、私の表情から何かしらの情報を探ろうと目つきをギラギラさせている美里さんは。
「美樹ならチョロイけどさ、私覚えてる、あの春樹の彼女さん・・アレはラスボスのさらに上いく強敵だと思うわ。たぶん無敵のオンナの部類よ、私が春樹を蹴飛ばした時笑ってたからね」蹴飛ばした時笑ってた? いやそれより。
私チョロイ? ・・アレはラスボスの上いく強敵・・。まぁ確かに・・知美さんって間違いなく無敵のオンナ、うなずくべきか・・同意するべきか・・認めるべきか。と考えている間に。お店に入って来たお客さんに。
「いらっしゃいませようこそ・・」と走り寄る美里さんの後姿に思い浮かぶのは・・知美さんの言葉。
「いい男の子だからって、何人も女の子が群がっても、だけど、ゴールにたどり着けるのはその中の一人、だとしたらさ、脱落した女の子たちの命がけの努力って全部無駄になるか、ゴールした女の子のコヤシになるしかない。のよね。そう思うと、恋って残酷。弱肉強食なのよね。弱い立場になって初めてわかるわ・・これ」
私・・弱い立場なのは私よね、という自覚しかないけど・・なんとなくわかり始めた気がしてる。恋って残酷なのね。ということ。今お客さんに本当に綺麗な笑顔で愛想を振り撒いている美里さんまでもがライバルになって・・ゴールにたどり着けるのはその中の一人、それ以外は・・コヤシ・・になるしかない・・の?
でも、コヤシ・・それって何だろう? と、コヤシのイメージが湧かないまま。美里さんがヤリ残しているフルーツを切り分けてたら。
「ねぇ美樹、昨日ちゃんと向かい合ったの?」
と、そんな言葉で私の耳元にささやいたのは奈菜江さんで。急に何ですか? と聞こうとしたら。
「ほら、なんか、昨日よりもっとダークサイドに落ちてるわよアレ。美樹が原因でしょ」
とつぶやいたのは優子さんで。二人の顔が大真面目な雰囲気だから、私も顔を上げると。
「・・・おはよ・・・」と視線を合わさずにゆらゆらとお店に入って来た春樹さん。
あっ・・考え事していたら、今日は私、無意識が時計に振り向かなかった。それに・・。春樹さんが引きずっている影が、優子さんが言うように、昨日より「ダークサイド」それって何かな? でも、そうなっている原因は想像できそうで、やっぱり、知美さんと何かあったのかな? という予感しかないのだけど。まさか・・ドメスティックバイオレンス略してDVその2・・この前は右のたまたま、昨日は左・・とか。と考えたら、いや、そうじゃなくて・・やっぱり・・立たなかったのかな・・と思っている私。ってナニが立たないの? と理性が無理やりその問いかけに蓋をしそう。と思うと視線が泳いでしまうね。そして。着替えて出てきた春樹さん、キッチンの冷蔵庫をいつも通りにチェックし始めて。また。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」と大きく吸った空気が抜けて止まってしまいそう。だから。
「あの・・春樹さん・・大丈夫ですか? 昨日は・・その・・あの」
と、知美さんのコトは何とかするって言ってたことを聞こうとしたら。じろっと振り向いて・・。カウンターに私一人だけなのを確かめるようにキョロキョロしてから、じっと私を見つめる今日の春樹さんの顔が怖い・・まま。
「美樹って昨日、知美と向かいの喫茶店にいたでしょ」と言ったその一言は私にとって全くの予想外と言うべきか。いや・・えぇっ・・やっぱり、気付いてたの・・と思い返すべきか。つまり、二人の愛はまだ持続していて、だから、やっぱり、あの瞬間に知美さんのテレパシーを感じ取ったの? と思ったら。
「電話してる美樹がいることにに気付いて、向かいに知美がいたからちょっと驚いたけど、ナニを話してたの?」
えっ? 電話してる私に気付いて、それから、向かいに知美さんがいたことに驚いた? って、その順番って、私のテレパシーを受け取って、私に振り向いて・・それから知美さんにも気づいたということ? いやそれより、ナニを話してたのって・・そんなことが気になるのかな・・と春樹さんの顔を見上げたら。思い詰めていそうな・・ナニかを疑っていそうな・・秘密がバレてしまったような・・どんな秘密かな? というような。だから。慌てて口走る言い訳は。
「あ・・あの・・お土産をもらって、アメリカは楽しかったよって話をしましたけど」
という話をしたよね、嘘ではないから、声は震えていないと思うけど。まだじつと私を見つめている春樹さん・・ナニを疑っているのですか? それとも、ナニを聞き出したいのかな? とチラリチラリと視線を上げ下げしたら。
「そう・・お土産とアメリカの話し・・それって、美樹って本当は知美と仲いいのか? しょっちゅう会ってるとか、毎日電話とかメールとかしてるとか」
と初めて聞かれたような・・いや、始めて見るような春樹さんの雰囲気・・がこわい。
「まぁ・・仲がいいかどうかは・・アレですけど、知美さんは一応、私のライバルですから。春樹さんだって知ってることでしょ」私が知美さんとどういう関係か・・知らないはずはないだろうし。つまり・・と うつむいてしまいそうな視線を無理やり力ずくでじろりと持ち上げて言いたいこと。
「ライバルって漢字で書くと、親友なんですよ」そう・・知美さんは私にとって親友と呼べそうな人だし。だから。もう一度、知美さんは。
「親友ですから・・会ったり、お話したり、しますよ」
と言ってみたら。春樹さんは少し遅れて・・くすっ・・とだけ笑って、入って来たオーダーを自動的にチェックして、何事もなかったかのような動作で私から視線を背けてお料理を作り始めた。どうして笑うのよ・・と思いながら。
「知美さんと仲良くしちゃダメですか?」
とつぶやいてみたけど、声は届かなかったようで。その瞬間。
「ほーら、美樹、後で時間を作ってあげるから、今はお仕事に集中して」
と、いつもは由佳さんが言ってくれるこの言葉、今日は美里さんに言われた。だから、カウンターから客席に振り向いて、うーわ・・いつの間に。こんなにお客さんが・・と見渡しながら。
「は・・はい・・ごめんなさい」と美里さんに向かってつぶやくと。美里さんはニコッと笑って。
「とりあえず、このオーダーは美樹が捌いてくれるかな。ここから向こうはテーブルのセッティングがまだだから、よろしく」
今日は由佳さんがいないのか・・と思いながら。
「はい」
と、振り分けられたオーダーを無意識にチェックしている私。自動的に内容とボリュームとタイミングを理解して、優先順位を組み立ててから。
「わかりました」と答えて、意識を、仕事に集中するモードに切り替えた。
そして、忙しさに追われているといつの間にか時間が過ぎて。カウンターからオーダーが全て捌けて、一息ついた時、今日は美里さんが。
「誰から休憩する?」とみんなの顔を見回したけど。奈菜江さんも優子さんも、私をにやにやと見つめて。だから、美里さんは、くすくすと笑ってから私に。
「はいはい、じゃ、美樹から行っといで。春樹くんとイチャイチャタイム」と言った。
い・・イチャイチャタイム・・って何ですか? と目を見開くと。
「はぁーあ・・美樹はイイね・・」とため息交じりに聞こえた優子さんの声。
「ほーら、春樹くんを元気にしてあげてきて。くすくす。げ ん き にハッスルタイム、ハッスルタイム。ぷぷぷぷぷ」といやらしくガッツポーズで笑う美里さんが私の背中を押して。
「おい春樹、時間だぞ。美樹ちゃんとメシでも食って。元気だせよ。なぁ」とチーフもニヤニヤと私にそう言って。なぁって・・どうしてそういうことを私に言うのですか。と睨んだら。
「あ・・はい・・それじゃ、美樹ちゃん、いつもの?」と春樹さんにそう言われても。全員にニヤニヤと見つめられているから・・。
「はい・・」とだけしか言えないし。
「それじゃ、遠慮なく、チュッチュしておいで」と美里さん。チュッチュって・・そんなことしませんよ。と言い返せないままでいたら。
「ぷぷぷぷ・・ハッスルハッスル」って奈菜江さんがニヤニヤしてて。でも・・。
「・・・ふんっ。なにがハッスルよ」って顔してる優子さんに何か思うことがありそうだけど。なにも思いつかないまま春樹さんの分のお水を汲んで。休憩室に向かいながら、思い出すのは昨日の知美さんとの約束。「あの子が思い込んで試練の道を歩みたいって言い出したら」って、春樹さんって本当にそんなことを言い出すのかな・・という思いもするし。そういうことを悩んで悩んであんなゾンビのような雰囲気になってるのかな? という思いもする。そして、休憩室のテーブルにつくと・・ブツブツ考え事してたせいかな。
「あ・・スプーン忘れた」と気付いて表に取りに行こうとしたら。
「ねぇ春樹さぁん」と甘ったるいイントネーションは優子さんの声。に合わせているかのように。「んっ、ナぁニ?」と春樹さんも甘ったるく答えて。ガシャガシャジュージューとチキンピラフがフライパンの上で踊っている音と一緒に聞こえたのは。
「春樹さんが元気ないのはやっぱり美樹のせいですか? 何かあったんですか?」
という優子さんの声に。
「ううん・・別に何もないよ・・元気なさそうに見えた?」
と答えてる春樹さんの声に耳を立たせたら。
「昨日も・・なんとなく元気なさそうだったし・・心配してます」
「アリガト・・でも大丈夫、何ともないし、何でもないよ」
「だったらいいですけど」
そんな会話が敏感になりすぎてる耳に届いて。角からそっと覗き見たら、
「それより、なにか俺にようがあるのかな?」とカウンターに振り向いた春樹さん。
「あっ、ようがあります」と嬉しそうに笑ってる優子さんが見えて。
「あるの? どんな?」と聞いてる春樹さん・・。
「聞いてくれますか」
「うん。別に構わないよ、聞いてあげよう。なんでも遠慮なく言ってみて」
だなんて、そんなことを私以外の女の子に気安く言っていることが信じられないような・・。
「じゃ遠慮なく、私にもナニかお料理教えてくださいよ。さっきのポークロースの生姜焼きがなんだか無茶苦茶美味しそうで・・あれ作ってみたいです」
と背の高い優子さんだらからこそカウンターから身を乗り入れて。強引にズーズーしくお願いしていそう。それに。
「ポークロースの生姜焼き・・それじゃ休憩終わってから一緒に作ってみようか」と、美里さんが言ってたように、女の子の頼みごとを絶対に断らない春樹さん。
「いいんですか、やったぁ」
と、無茶苦茶眩しい笑顔の優子さんとその瞬間に目が合って。そんな眩しい笑顔の優子さんに微笑んでいる春樹さんの横顔は・・・それって私にだけ見せてくれる優しい笑顔だと思っていたのに、間違いなく誰にでも優しいのね・・・という感情が沸き立つ、確かに美里さんが言うように・・あんな男のどこがイイの・・というような だらしなさそう な笑顔。が私に気付いて。急に慌てて元に戻ったような。そして。
「・・あ・・美樹ちゃん、もうすぐできるから」
それって、私以外の女の子に優しくしてることへの言い訳ですか・・なんて感情を自覚している私のムカムカし始めたヘンな気持ち。
「じゃ、春樹さん、後で一緒に作りますよ、約束ですよ」と普段とは違う可愛らしさの優子さん。に、おろおろと返事してる春樹さん。
「うん・・はいはい・・後でね。あ・・美樹ちゃんお待たせ」と焦っている春樹さんが、なんだか私に隠し事をしているかのように見えて、何を隠したのですか? 別に隠さなくてもいいでしょ。とつぶやきたくなる感情を抑え込んだら、確かに・・美里さんに言われたように・・こんな男のどこが良かったんだろう・・なんて気持ちがブクブクと泡立ってきたような・・そんな気がし始めた。優子さんも私と目が合って・・ふんって感じで向こうに行ってしまうし。だから、私もフンって顔になってしまう。そんな瞬間の私に。
「あー・・美樹ちゃん、食べようか」と話しかける春樹さん。
お皿を二つ持ったまま、ぴたっと止まって私を少し観察して。
「なにか忘れ物かな」
なんてことを聞く声が上ずっているのはどうしてですか? 私はただ。
「スプーン忘れて取りに来ただけです」
とスプーンを二つ持って休憩室のテーブルにつくと。すぐに春樹さんが二つのお皿を持ってきて。
「・・・・・・・」と私の前にチキンピラフのお皿を滑らせてから席について。私は。
「・・・・・・・」とスプーンを渡しながら春樹さんの顔を見上げると、春樹さんは。
「・・・アリガト」とつぶやいてからもぐもぐと勝手に食べ始めた。そして。
「・・・・・・・」私も一口。いつも通りに美味しいけど。いつも通りに笑顔になれないこの気持ち。もやもやと・・さっきの優子さんの笑顔が気になるというか。昨日は知美さんとどうなったのかな? という気持ちもするし。という視線をチラッと春樹さんに向けたら。
「・・あの」とつぶやいてから「・・・・・」と黙り込んだ春樹さん。だから。
「言いたいことがあれば遠慮なく言ってくださいよ」私たちって、カレシとカノジョの関係なんだし。と無理やりな気持ちが「なによ」と視線を背けさせて。「私だって春樹さんのコト心配してあげてるのに、何がどうなってるのか教えてくれてもいいでしょ」と言おうかどうしようかとためらった瞬間、春樹さんの暗い表情に思い出したことは、つまり。
さっきは笑顔で「優子さんとはあんなに仲よく話してたくせに」なんて言葉をぶつけてしまったことに嫌悪感がしてることわかっている。でも、私の言葉にすぐに答えてくれない春樹さんに向かって、もっとムカムカしてくる気持ちが、更に追い打ちをかけるようにこんな言葉を言わせようとしてる。というか、何も喋ろうとしない春樹さんにイラっとしている私は、自分の気持ちを自制できなくしているようだ。
「知美さんとはちゃんと話したんですか。春樹さん昨日何とかするって言ったでしょ」
言ってから、そんなに低い声で言わなくてもいいでしょ、と思っていたりする私に、春樹さんはもっと。
「あ・・う・・うん・・」と曖昧な返事をした。そして。
私がそんな返事をする春樹さんをじろっとにらんでしまうのは。
「どうしてちゃんと話してないのですか。知美さんのコトも大切なんでしょ」
という気持ちが爆発しそうになるからで。
「昨日春樹さん自分でなんとかするって私と約束したでしょ」
そう言い放ったら、もっと、もじもじとうつむく春樹さん。口をとがらせて、この子供みたいな春樹さんの性格に、なぜだか知らないけど、ものすごい怒りがこみあげてきたりしているからでもあるような。春樹さんってそんな人だったの? という心の叫びがそのまま。
「春樹さんってそんな人だったんですか?」だなんて、私何を言ったの? これって私が言ってるの? えっ・・私、ナニ言っちゃったの? 思っただけでしょ・・言っちゃった?
「そ・・そんな人? って」と、しどろもどろにリピートする春樹さんに、私、ホントに言っちゃったんだ・・ほら、春樹さんがもっと怯えて、小さくなってゆく。
「だから・・・・」私はそう思っただけなんだけど。どうしよう・・言っちゃったんだ、だから。だから、そんな人ですよ、そんな人。としか表現方法がなかったというか。そんな人ってどんな人? って私ではない私に心の中で聞き返されると、あーもぉ、今度は私が、ヘンなことを言い放った私に向かってキィィって気持ちになってくるし。そんな私に春樹さんは、オソルオソルな震えた声で・・ぼそぼそと話始めたこと。
「やっぱり昨日・・知美と何か話したの? その・・俺が美樹のこと好きと言ったとか・・付き合ってるとか・・そんなことになってるとか・・知美が俺のコト・・」
とつぶやいてから、私をじっと見つめた春樹さん。の顔・・。知美が俺のコト・・の次はナニですか? まだ好き・・もう嫌い・・どっちを確かめたいの? と思いながら春樹さんと目を合わせると。うわ・・どうしよう、私が勢いに任せてナニか言っちゃったせぃですか・・その今まで見たことがない深刻で真剣に思い込んでいそうな表情。私、もぐもぐできなくなって、ゴクリともできなくて、スプーンも空中で止まってる。少し冷静になろう、と自分に言い聞かせた時。
「昨日は、美樹とナニを話してたのかなって聞こうと、知美が帰ってくるの待ってたんだけど、結局、あいつは帰って来てから俺と顔を合わせてくれなくて、だから、もう終わったのかなって気がして・・だから俺、大学辞めて、美樹が夢見てる小さなお店やってみようかなって、夕べ眠れずに、そんなことを一晩中考えてた」
気持ちが静まり始めていたから、まっすぐ理解できた春樹さんのそんなセリフ・・理解できたからこそ・・私は条件反射的に。
「やめてください」と言い放ったようだ。私が理解した春樹さんのそれは、まさしく、知美さんが予言した通りの言葉で・・まさしく、知美さんが私にお願いしたこと。を思い出しながら春樹さんの顔をもう一度見直すと。
「や・・やめてくださいって・・」と春樹さんも私を見つめ直して。だから、辞めてくださいって言うのは・・その・・。
「だから・・大学辞めるなんて・・そんなの・・やめてください・・」
えっ・・? だから、どっち・・どう言えばいいのコレ。
「じゃなくて、あの・・大学辞めるなんて話は・・やめてください」
と言えばいいのかな。だから、やめてくださいというのは、「知美さんが予言した通りのセリフを言うのはやめてください」という意味なんですけど、そんなこと言えないし。だから・・。春樹さんの顔がまたゾンビみたいで・・。反応がなくなって・・。何か言い返してほしいのに、なにかこう会話が続くような一言を待っているのに、また黙り込むから。私もナニ言っていいかわからないのに、心が勝手に・・。
「あーもぉ、春樹さんのその雰囲気がキライです。もぉ、そのゾンビみたいで、だから、あの・・その・・春樹さん言ったでしょ、俺の夢は宇宙だからって・・」
と言ってしまったことに、あ・・私そんなことを言ったけど、ソレは知美さんが私に話してくれたことだったっけ。と昨日の知美さんとの会話を思い出したら、考える前に喋ってしまっている私に気付いて、だから、よく考えてから喋らないと、冷静にならなきゃって気持ちがもっと湧き上がって。つまり、勢いに任せて余計なことは言わないように気を付けて・・よく考えて・・よく思い出してしゃべらないと・・知美さんとの仲とか、秘密とか・・と私の言葉の空白を春樹さんは。
「まぁ・・宇宙は俺の夢だけど」とモゴモゴとぼやきながら埋めてくれたけど。
「だから・・えーと・・」宇宙の話しは・・だから・・その・・なんだっけ、記憶を総動員して、あの日春樹さんが私にした夢の話しは・・たしかこうだった。
「みんなの夢を全部かなえてくれる流れ星を・・その・・あの・・」えーっと、だから・・どう話せはいいのこれ・・「そんな流れ星ができたら私の夢だって叶う・・はず・・でしょ」
とナントカ全部言えたかな。と思いながら息継ぎをして、ふーはーふーはー。と息を整えながら春樹さんの目をしっかりと見つめたら。春樹さんは。
「くすっ」と笑って「よく覚えてるんだな」とつぶやいてから「でも、美樹の事を考えていたらそんな夢より、美樹が喜んでくれそうなことを夢見た方がいいような気もして。俺、美樹のコト・・」と言う言葉に。えぇ? 私のコト? と身構えたのに・・。止まってしまった春樹さん。 ナニ? 私のコト? この重さって、きゅん としちゃう重さ? 私のコト? の次はなんて言う気なの? 春樹さんどうしたのそんなに思い込んで。私のコト? って・・まばたきせずに待ち構えているのに、春樹さんはまたなにも言わなくなるから。待ちきれなくなって。
「・・私のコト・・」
と小さくつぶやくと。
「うん、美樹の事を考えるとね・・・」とつぶやいてまた黙り込む春樹さん。と見つめあうと。ドキドキ・・えぇ~・・もしかして・・まさか・・あの・・その。それって、私のコト・・好き・・愛してる・・結婚しよう・・なんて言葉が頭の中でオートマチックに予言されて。そんなことを言われたらなんて答えたらいいの? ただ「はい」とだけ返事すればイイでしょ。という思いがまた頭の中でうわーッとなって、春樹さんがもう一度私のコト好きだって言ってくれたら、今度は拒否もせずに、はぐらかせたりもしないで、受け入れて。「はい」と返事して「私も」と付け足そう。そう決意して、「私も好きよ」と返事した後は、「あの二人裏でキスしてたわよ」となりそう。と心の中でリハーサルすると、もっとまばたきができなくなっている。のに。
「美樹と知り合ってから、女の子の知り合いが増えて、どうしていいかわからないことがたくさんありすぎて、美樹のコトを考えるとね、この気持ち、なんて言えばいいのかもわからないし。女の子は謎だね。ほんとうにどうしていいかわかなくなる」
はぁ? この気持ち・・それって・・ストレートに思うがままに「美樹のコト好きだよ」ってこないだみたいに一言で表現できる気持ちでしょ、「好きだ」ってたった三文字で言い表せられる気持ちじゃないのですか? ともう少し待ち構えていたけど。
「俺、本当に、美樹の事を一晩中考えたんだ。大学辞めてお前のために頑張るよ、お店を持ちたいんだろ。お前が学校卒業するまでに道筋立てて、がむしゃらに働けば美樹一人くらいなんとかしてあげるから」と言いながら本当に優しい眼差しで私に微笑む春樹さんは続けて。
「美樹のために頑張ってみたいんだ」
と言ったけど、最後のその一言は上の空で聞いている私がこんなに冷静なのは、その言葉、昨日知美さんと話していなかったら、もしかしたら、同意していたかもしれなくて、チーフも喜んでくれそうな、私も思い描いた景色がもっとリアルな空想になっていたような・・でも。同意できないのは、間違いなく、昨日知美さんと約束したからで、知美さんが予言したことを全くそのまま春樹さんが喋ったからで、つまり、知美さんは春樹さんのコトをこんなにわかっていて、こんなにわかっているのはやっぱり知美さんって春樹さんのコトをこんなに「愛」してるから。だとしたら、私なんてやっぱり足元にも及ばなくて、昨日から感じすぎている私の無力さがまた大きな波に乗って心の中に押し寄せてくるけど。きのう知美さんとした約束だけは実行しなければならない使命というか。今の私が春樹さんにしてあげられることって、間違いなく知美さんとの約束を実行する。これって春樹さんのためにすることだよね。「学歴とか学位とかがどれほど大切か」と言ってた知美さんの声が聞こえるし、宇宙を目指してあんなに分厚い本をいつも読んでいた春樹さんの努力も、こんなに無力な私のために辞めちゃうなんて・・ダメでしょ。だから。
「知美とは・・わか・・」と言い出した春樹さんに。
「やめてくださいそんなこと」とはっきり言えたのだと思う。
つまり、昨日知美さんと話していなければ、こんなことは考えもしなかったと思う。「男の子は思い込んだら試練の道を歩きたがるのよ・・でもね・・春樹さんにはロケットみたいな乗り物で目的地にヒトッ飛びしてほしいの」私も知美さんか言ったとおりに、ヒトッ飛びで目的地に向かってほしい。それに、ありありと思い返しているのは、知美さんのコノセリフ。
「恋ってそういう事が解らなくなるものですけど・・」
の次・・なんて言えばいいのかな・・。
「だから、簡単に、別れるとか、辞めるとか、そんなこと、春樹さんらしくないですよ」
なんて、どうしたの私? なんだか大人っぽいこと言ってる? 春樹さんが子供みたいだから? そうだよね、春樹さんがこんなにしょぼんと小さくなって子供みたいだから、もっと、こんなことを言ってしまうのだろうなと思っている。
「春樹さん、今日帰ったら知美さんと向かい合ってお話してください」
それに、子供みたいに。
「えっ・・」
なんて、子供みたいな顔する春樹さんが私をもっとイラつかせている・
「えっじゃないわよバカ」
「バカ・・」
「バカですよ」知美さんってあんなに春樹さんのコト愛してるのに、別れるとか、私のためにとか。
「どうしたの? 昨日、やっぱり、知美と何か話したんでしょ」
「話しましたよ、アメリカ行ってきましたとか、お土産とか・・」
「まぁ、それはさっき聞いたし、他に・・」
「帰ったら知美さんに聞いてくださいよ、昨日美樹と何話したんだって」
「それは・・昨日聞こうとしたけど・・」
「聞こうとしただけでしょ」
「あ・・うん・・まぁ・・聞けなかったんだけど・・ね」
「だから、今日は帰ったら知美さんと向かい合ってしっかりお話してください。私がそう命令したって言えばいいでしょ」
「命令・・」って、はっきりしない返事が・・。
「もういいですよ・・春樹さんのコト・・嫌いです」
「・・きらい・・」
と言ったっきり、私はバクバクとチキンピラフを掻き込みながら、美里さんがさっき言ってたことがわかった気がし始めた。つまりこれって、「スジガネ入りの優柔不断」そんな男のどこがイイの? となるわけね、ということだ。
「ご馳走様・・持っていきましょうか」と言ったけど。
「あ・・うん・・いや・・自分で」ほら、こんなことにもはっきりしないし。
と思えば思うほどにムカムカするというかイライラさせられてるというか、席を立って、お皿を洗い場に持っていきながら、春樹さんのコトが本当に嫌いになったという実感に押しつぶされそうになっている・・。でも、どうしちゃったの私? こんなにイライラして、と言う気持ちもあるから、私ってなにイライラしてるのよ、と自分に訊ねたら。
「どぉ、ハッスルしてる」と洗い場でバッタリ会った美里さんがそんなことを言いながら笑っていて。
「・・・・・」と答えたら・・じゃなくて、何も答えられずにいたら。
「どうしたの? オトコとケンカした後みたいな顔して」
とズボシなことを聞くから。何気に無意識な私が答えたこと。
「優柔不断の本当の意味が解ったかもしれません」そう、わかったかもしれない。優柔不断な春樹さんと話していると、こんな気分になるって。
「はぁ? ナニソレ」と美里さんはまだ笑っているけど。美里さんには相談できそうな雰囲気があるから。
「春樹さんといるとイライラしちゃうんです」と打ち明けてみたら。
「はぁぁぁ、そう。やっぱりね・・」やっぱりね?
美里さんはもっと ニヤニヤ笑っている。そして。
「だから、そういう男だから、ズーズーしく強引に操縦してあげないといけないのよ。頑張りなさい。ぷぷぷ」
その笑い方に・・「ムリだと思うけど」・・という意味があるような気がして。いや・・「やっぱり、美樹って、ちょろい」と思っているからかな? だとしたら、ここでイライラしちゃったら春樹さんは美里さんに・・。いや、優子さんにも、つまり、私よりズーズーしい女に奪われてしまう。というこれって、これがインスピレーション? と思った瞬間。
「今のあの子って美樹ちゃんの言うことしか聞かないかもしれない」
とまさしく、聞こえた神様の声。いやこれは、昨日知美さんが言った言葉。
「本当に私の言うことしか聞かないのかな」だとしたら、私だってズーズーしく強引に。
はっ、それって私にはムリだと思っていたけど、今ならできそう。ズーズーしくて強引な女に私もなれる。と気が付いた私は、だから、私はもう一度休憩室に引き返して。
「春樹さん」と呼んで。
「はい・・」とスプーンを咥えたままの春樹さんを私に振り向かせて。その間抜けな顔にイラっとしたけど、こことは抑えるべきだし、がまんしよう。
「ちゃんと話するんですよ、今日帰ったら知美さんと。私電話して確認しますからね」
そう、こんな風に感情だけで話をすれば、私だってこんなにズーズーしく強引なオンナになれる。いや・・なってる。
「か・・確認? 何を?」という春樹さんにイライラするけど。
だから・・つまり、私って春樹さんを操縦できてますか、ということを。
「私の言うこと聞きましたかって知美さんに確認します」
「私の言うことを聞きましたかって・・」
つまり、今あの子は美樹ちゃんの言うことしか聞かないと思うから。それを確かめて。もし本当に知美さんの言う通りなら。私は春樹さんを私の思い通りに操縦できるということだ。
「あ・・まぁ・・美樹がそこまで言うなら、ちゃんと向かい合って話するよ」
ほら、ちゃんと私の言うとおりにしようとしてる。
「してください」と念を押すと。
「美樹が話ししろって言うから・・と言えばいいのかな」
「はい・・そう言えばいいんです」
こんなに弱気で、おどおどした春樹さん。これって・・もしかしたら・・快感? かも。なんてことを私は今思っている。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。
ある公爵令嬢の生涯
ユウ
恋愛
伯爵令嬢のエステルには妹がいた。
妖精姫と呼ばれ両親からも愛され周りからも無条件に愛される。
婚約者までも妹に奪われ婚約者を譲るように言われてしまう。
そして最後には妹を陥れようとした罪で断罪されてしまうが…
気づくとエステルに転生していた。
再び前世繰り返すことになると思いきや。
エステルは家族を見限り自立を決意するのだが…
***
タイトルを変更しました!
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
殿下には既に奥様がいらっしゃる様なので私は消える事にします
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のアナスタシアは、毒を盛られて3年間眠り続けていた。そして3年後目を覚ますと、婚約者で王太子のルイスは親友のマルモットと結婚していた。さらに自分を毒殺した犯人は、家族以上に信頼していた、専属メイドのリーナだと聞かされる。
真実を知ったアナスタシアは、深いショックを受ける。追い打ちをかける様に、家族からは役立たずと罵られ、ルイスからは側室として迎える準備をしていると告げられた。
そして輿入れ前日、マルモットから恐ろしい真実を聞かされたアナスタシアは、生きる希望を失い、着の身着のまま屋敷から逃げ出したのだが…
7万文字くらいのお話です。
よろしくお願いいたしますm(__)m
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる