チキンピラフ

片山春樹

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帰ってきた知美さん

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学校に行くと、予想してた通りに・・。
「美樹、昨日はどうしてたの、全然チャットに入ってこないし」とあゆみが首にぶら下げた電話をいじくりながら。
「まぁ、バイトが遅かったし・・」とミエミエの嘘を、口をとがらせてつぶやいた私を無視して。
「ところでこの人ダレ? ミホさんって誰かが言ってたけど、春樹さんの新しいカノジョ? 古いカノジョ? 隠し彼女?」
と、昨日の動画・・・。昨日は、夜遅くに電話の電源を入れ直して、もう一度みんなの会話を一通り見て。この動画ももう一度みたけど・・。ミホさんからのメールも、春樹さんからのメールも、知美さんからのメールもなくて・・。どうしようか考えすぎて、こんなに寝不足になってるのに、あゆみは。
「美樹からのメールがなくてさ、見てたでしょコレ」私のことなんて何も気にしてなさそう。だから。
「まぁ・・」見るには見てたけど・・どうコメントしていいかなんてわからないし。
「で・・知ってる人なの?」きっとあゆみには、今の私のコンディションなんてどうでもよくて。
「この人、なんかこう、春樹さんのこと超絶的にムカついてたけどさ」
と、動画の中でミホさんが紫色の陽炎をモヤモヤさせながら「このヤリチン」と言ってるあのシーン。晴美が駆け出して、戻ってエビフィレオとコーラとポテトを鷲掴み、もう一度駆け出す。そして、静止画像のような一人ぼっちの春樹さん・・。動画なのに、春樹さんだけ止まったまま、背景の女の子たちもゾロゾロと席を立ってゆく・・。
「このミホさんって春樹さんの何なの、この尋常じゃない怒り方と言うかさ。迫力がすごいし。やっぱり、春樹さんと寝て、愛を誓い合った女? が寝た後すぐに、ウワキ現場に遭遇した」
「で、このヤリチン」と弥生も加わってきて。みんなで空想を膨らませている。
「どうするの、晴美は休んてるし」遥さんも・・。
「ショック大きすぎた? 大きすぎるよね」
「私でも寝込むかも・・あんなプロレスラーみたいな人が現れて。見てる方も怖かったし」
「このヤリチン。サブイボが全身駆け巡ったよね」
と、みんなの好き勝手な発言を聞き流していたら。あゆみは。
「ほんっとに見てて怖かった。で、美樹は知ってるのこの人」
急に私に振って、しつこく追及しないでよ。と思ったけど。
「ミホさん・・銀メダリストだって」と遥さんに、言おうとしたことを先にそう言われたら、それ以上のことは知らないから説明なんてできなくなるし。はぁぁぁぁ、どうしよう、知ってるけど、そんなに詳しくないし。知ってると首を縦に振ったら何言わされるかわからないし。知らないと首を横に振ろうにも、素直に触れないこの気持ち。だから、首が縦だか横だかわからない挙動不審な運動をして。どうしていいかわからなくなった。そんな時に。
「でもそれよりさ、美樹はイイの?」と助け船を出してくれたのは遥さんで。でも、イイのって、何かイイの? と顔を上げたら。横から弥生が。
「美樹って、知美さんとも知り合いなんでしょ。お店に一緒に来てて仲良さそうだったし」と続けて。
「つまり、知美さんという絶望的超絶美人の彼女の他にもプロレスラーのような銀メダリストの女がいる男。と付き合っている美樹は、それでもイイの?」あゆみの詳しすぎる追及。そして。
「他にもいるのかな? 春樹さん」と弥生。
「春樹さん、あの顔であの性格だから、いても不思議ではない。よね」と遥さん。
「よね。たしかに今までそんなこと考えなかったけど」と弥生。
「けど。そう言われれば、そうよね。何人も」とあゆみはうなずいて。
「何人も彼女がいるのかな? このヤリチンだなんて」
「ヤリチンなのかな、本当に」
「本当に何人も彼女がいる人なのかな春樹さんって。とりあえず3人は確定でしょ。4人? 晴美は?」
「晴美はまだ彼女じゃないでしょ。でも、美樹でしょ、ミホさんに、知美さん」
「知美さんって、弥生は見たことあるんでしょ?」
「あるんでしょって、美樹と一緒に来てたの見ただけよ私」
「私も見てみたい、絶望的超絶美人ってどのくらいスゴイの?」
「スゴイッてどころじゃないから・・」
ってそこで勝手すぎる会話が止まったけど、黙って聞いていれば、しりとりみたいな会話になってて。
「それよりさ、春樹さんって、上手なのかな・・」と私に聞いたような遥さん。
「何が?」と聞き返したあゆみに。
「セックス」とつぶやいた。
「うわ・・ろこつ・・」
「露骨とかじゃなくてさ、想像してよ。ミホさん、春樹さんが上手だったから・・あの怒り方・・ともとれるってこと。一晩一緒に過ごして、何度も何度も愛し合って、腕の中で目覚めた朝、この人が私の永遠のパートナーなのね・・なんて寝顔にイタズラしながら、すべてを捧げようと夢見た男なのに。じつわ」
「ヤリチン」
「反動すごすぎて、ナニよこの男・・ってなったと」
「よくあるパターンね」
「ドラマの定番?」
「どうなの美樹・・美樹もそうなの? 春樹さんのテクニックに溺れてる。だから、他に何人もカノジョがいる男なのに、がまんできる・・いや・・私こそが本命と信じてる」
「・・・・・・・・・・」な・・何の話ですか? 勝手に盛り上がって、何かが膨らんでますけど。それってなんだか、私には想像できないことだし。でも・・。
「まぁ・・」我慢できるというか、本当はそんなことないから。もう一度。
「別に・・なんとも」思ってないけど・・とキョロキョロしながらつぶやくと。
「えぇえぇえぇえぇ~うそ~」とみんなが口を手で覆って。
「あんなことがあったのに・・別に・・なんとも・・だなんて」
「春樹さんのコト・・そんなに信じていいの?」
この人達・・あゆみと弥生と遥さん・・と取り巻き数名には、もう・・ナニをどういっても会話にならないと思う。というか・・ナニをどう説明すれば納得してくれるだろうか・・と考えるのだけど、なにも思いつかない。私、昨日から思考が停止してるし。

そして、その惰性のまま うんざり と金曜日が過ぎて。ミホさんも、春樹さんも、知美さんも音信不通のままであることにムクムクと膨らんでくる不安。私から何か話そうにも、まだ思考停止してる頭じゃメールの文章なにも思いつかないし。そして、そのままの惰性で土曜日が来て。
「美樹。アルバイト行く時間でしょ、起きなさいよ」
と考えすぎの寝不足な朝、こんなふうにお母さんに起こされるのも久しぶり。

そして、いつの間にかお店、憂鬱な気分のまま仕事を始めてしばらくしたとき。
「ねぇ美樹・・あ~ゆう春樹さんって またぁ~ って感じなんだけどさ。今度はナニしたの?」
と優子さんに肩をたたかれて振り向くと。ゆらゆらとお店に入ってきた春樹さんがうつむいたまま暗い影に包まれている。またこのパターン? 
「・・・・・おはよ」と私につぶやいてからキッチンに向かう春樹さん。ツヤのない顔。というより、暗黒・・ダーク・・暗すぎる雰囲気。に引力まで感じそう。
「どうしたの・・春樹さんが、またゾンビになってるけど」
と奈菜江さんも私に歩み寄って、何も心配してなさそうなニヤケタ表情で。
「美樹って今度はナニしたの?」と聞くけど。
「さぁ・・」としか答えられないし。
想像はできそうだけど・・私が原因ではないと思う。だとしたら、ミホさんか知美さんが原因。いや晴美さん? は可能性低いかな。それとも、3人が複雑に絡み合っている。ということかもしれないし・・まだ他に知らない女の子が・・いるわけないよね。そう、論理的に考えると・・原因は私ではないのは確実。だよね。と自分に言い聞かせてから振り向くと、春樹さんが着替えてきて、キッチンの冷蔵庫を力なくパタパタと点検してる。そして、はぁぁぁぁぁっと空気が抜けて、途中で止まってしまうから・・。
「あの・・春樹さん・・大丈夫ですか? とりあえずお仕事に集中しましょう」
とそっと声をかけてあげたけど。ゆっくり振り向いた春樹さん。
「あ・・うん・・」そううなずいて。私と目を合わさなかった・・どうして。それより。
「どうしちゃったの? 尋常じゃなさそうだけど」と由佳さんも心配そうにキッチンを覗き込んでから。私の顔に振り向いて。ナニしたの? と聞いてきそうだから。
「わ・・わ・・私のせいではないと思います」と小さな声で先に言った。すると。
「美樹以外に誰がいるのよ」なんて言うから。
「さぁ・・」知美さんとケンカしたとか。ミホさんにもっとひどいこと言われたとか。晴美が泣いたとか・・その他に想像できることある? ないよね。と自問自答していると。
「ねぇ春樹、美樹と何かあったのかしらないけどさ、仕事中は仕事に集中してよね。何回目ソレ?」
だなんて由佳さん、私と同じことを言ってる。流し目で・・それに。
「あ・・うん・・」春樹さんは、私の時と同じ返事。
それに、みんな、どうして私に視線を集中させるの?
「だから、私とは、何もありませんから」と言ったのに。みんなでじろーっと私をもっと見つめて。だから。
「皆で、そんな風に疑いの目で見るのやめてください」と逃げながら。
私何もしてませんよ。と言ったと思う。

そして、忙しすぎる土曜日のランチタイムを何事もなく乗り切って。とりあえずは仕事に集中している春樹さんの背中に・・本当は大したことなかったのかな・・と思いながら。
「美樹、二人の時間だけど・・どうする」と由佳さんの声に。
「あ・・じゃぁ・・行きます、イイですか」と振り返りながら返事したら。由佳さん。私をじっと見てから。
「うん・・ちょっと春樹とさ、真剣に向かい合って話してきなさいよ。アーユー雰囲気ってさ伝染るから、なんとかして」なんとかしてって言われても・・。
「だから、私のせいじゃないですから」としか言い返せないし。
「じゃぁ・・誰のせいなのよ」と言われたら、もっと、何も言い返せないし。
「わかりましたよ・・向き合ってきますよ・・」
とでもぼやかないと、おさまらなさそう。と口を尖らせたら。
「ほら・・美樹のカレシなんでしょ、ちゃんと面倒見てあげなさいよ」なんてことを言うのは奈菜江さんで。
「そんなこと言って、奈菜江も慎吾ちゃんの面倒見てるわけ」
と余計な突っ込みを入れる優子さんが、カウンター越しに。じっと春樹さんの背中を見つめてる。そして、お料理を盛り付けようと振り向いた春樹さんと目が合って。
「・・・・」息を飲んだ優子さん。まだ見つめあってる。のを奈菜江さんが・・。
「えぇっ? ホントは優子が原因なの?」と余計な想像、いや、誤解を始めて。
「ち・・ち・・違うわよ」と顔を赤らめながら否定する優子さん。どうして赤らめるの?
「ナニ、見つめあって、恥ずかしがって、本当に優子が何かした?」と由佳さんも。
あ・・これは、奈菜江さんと由佳さんが余計な想像すると必ずこじれるいつものパターン。だから。私から無理やりな横やりを入れて。
「はいはいもぉ、春樹さん、いつものお願いしますね、裏でゆっくりお話ししましょう。私が聞いてあげますから。ね。休憩しましょ」
とでも言って、これ以上ややこしくならないようにしてあげなきゃ。そう、これがやっぱり春樹さんのカノジョと言う立場である私のツトメ。なんて自覚をすると。
「あっ・・うん・・」
と力なく返事する春樹さんのこと、確かに心配と言えば心配だけど。それ以前に・・。
「私が聞いてあげますから・・だって。お姉さんになったのね」とからかう奈菜江さん。
「ゆっくりお話ししましょう・・だって。お母さんみたい」とからかう由佳さん。
「いつものお願いします・・だって。二人の絆なのね」とは、なんだか悔しそうな優子さん。そして。ニヤニヤする三人が。
「チキンピラフ、美樹って、よくまぁ飽きないね。アレ」と。私を楽しそうにからかう。そんなお姉さまたちに。
「三人揃って言わないでください」だなんてそんなこと、私はまだ言い返せないでいるようだ。こんなに唇が尖ってしまったから。

そして。向かい合って、お話を聞いてあげますとは言ったけど。何も話さない春樹さん。カチャカチャとお皿とスプーンが立てる音を響かせながら、パクパクモグモグと美味しいチキンピラフを食べている。とりあえず食事もできないくらい落ち込んでいるわけではなさそうな春樹さんの暗い表情を観察しながら、私は、晴美とあの場所でエビフィレオを食べようとニコニコしてる春樹さんに、ミホさんが「何人彼女がいるの? この、ヤリチン」と言い放ったことを知っているけど。その話をすると、「どうして知っているんだ」と聞かれそう。だから、話がややこしくならないように、黙っているべきだと思ったまま。春樹さんに。
「具合でも悪いのですか?」
と無難すぎる質問をした。そして。オソルオソルな気持ちで。思いつくまま。
「誰にも言いませんから、話してみませんか・・私たち、恋人同士でしょ。だったら、ほら・・打ち明けても恥ずかしくなんて、その、ないと思います」
なんてことを言うと。春樹さんは顔を上げて、少しだけ、にこっとしてから。
「恋人同士・・だよね、でも、知美のコトなんだけど、話してもいいのかな」と言った。
えぇ~・・晴美さんとのことではなくて、ミホさんとのことでもなくて、知美さんとのことなの? どうしよう・・やばい話かもしれない。と感じた私は、とりあえず。
「ま・・まぁ・・別にいいですけど」と視線を泳がせながら答えると。
「美樹は知らないと思うけど、あいつ、しばらくアメリカに行ってたんだ」
知ってますけど・・なんて心で思うと顔に出そう。だから。
「そ・・そうなんですか」と無理やり答える私に。
「うん。こないだ帰ってきて・・つい怒っちゃって・・だってさ、会社の帰りにアメリカ行ってきますって、会社の帰りに行くところじゃないでしょ。どれだけ心配したかって・・」
と、ぼやく春樹さん・・。そんなに心配だったのね、知美さんのコト。やっぱり。でも。それより。
「怒っちゃったんですか?」春樹さんが怒ったなんて想像できなくて。
「だから・・」と私を見つめた春樹さんに。
「だから?」と聞き質すと。
「怒ったんだけど、どう怒っていいかわからなくて、美樹のことも気になって、怒っちゃったら知美のコト・・だから・・美樹のこともさ・・その・・だから・・あの・・なんて言えばいいか・・そういうことは・・やっぱり・・あの・・つまり・・どうすれば・・あの」なにかが伝染りそうでコワイ・・。それより。
もう少し・・論理的に話していただけないでしょうか? と言いたくなったけど。言えない。やっぱり、春樹さんは知美さんのコトが好きで・・私の事も同じくらい好き・・だから? という意味かな? 春樹さんが言った「だから」の部分。とも思ったけど。
「それと・・」と続ける春樹さん。
それと・・と、私は思考回路をリセットしながら耳を澄ませて、春樹さんの表情を観察すると。もっと暗くなっていきながら。
「この前、ほら、晴美ちゃんとマックでエビフィレオを食べようとしてたら・・その」
その? というか・・やっぱり晴美とのことも原因の一つなのね・・と思いながら、その件のことも知ってますけど・・なんて思ったら顔に出そうだし、言えるわけもないし。でも。だからと言って。
「どど・・ど・どうだったんですか? ちゃちゃ・・ちゃ、ちゃんとお話しできましたか? じ・・じじじ・・自転車が・・こ・・ここ・・転ばない話。は・・は・・晴美もカワイイ娘だったでしょ」
と、挙動不審な発音はやばいかも、と思いながらわざとらしすぎることを聞いたら。
「それが・・ミホさんが現れてさ・・ミホさん、なぜだかわからないけど、すごく怒ってて・・晴美ちゃん帰っちゃうし・・同時に・・そんなことが・・あの・・女の子が・・で・・だから・・あの・・」
と、私をじっと見つめる春樹さん。
「水曜日のあの時から・・何が起きてるのかわからなくて・・今も俺・・美樹と話してる?」
えぇっ? 私と話してるでしょ・・。と春樹さんの目を見つめたら・・うわ・・焦点があってなさそうな・・灰色と言うか・・私を見ていないというか・・ええ~ナニコレ? でも、とりあえず、私が聞いてあげて、何かそれらしいことを言ってあげなきゃならない使命感が・・その・・とりあえず・・何から順番に・・。だから。うわわ、本当に春樹さんの雰囲気が私に伝染ってくる実感。あーそうだ順番に前提条件の整理から・・と試験勉強でそう言ったのは春樹さんでしょ。
「とりあえず、順番に整理しましょう・・最初に、知美さんのコトを怒ったのですか? 心配しただろ・・とかって?」という話からだったよね・・。とこんな風にリピートすれば何とか会話になりそう。なのに。
「いや・・だから・・」と否定する春樹さん。
いや? だから? 違うの? どの部分が? と春樹さんを見つめると。
「その、あんな時って、どんな言葉で怒るのかなって・・その・・考えてたら・・美樹の顔が浮かんで・・いやその前に・・だから」
いやその前に? だから? と、もっと春樹さんを見つめると。
「晴美ちゃんとエビフィレオを食べようとテーブルについて、何か話そうとしたらミホさんが現れて、すごく怒っていて・・晴美ちゃんは何も言わずに帰ってしまって・・わけわからないまま部屋に帰って、そしたら知美が帰ってきて・・あの・・帰ってくることは知っていたんだけど・・ただいまって、元気にしてたって・・でも・・晴美ちゃんやミホさんとの事もあって、知美に、どれだけ心配したかって言おうとしたんだけど・・その時、美樹の顔が浮かんで・・つまり・・そういうこと・・何が起きたのか解らなくて、どうしていいかもわからなくて、今も頭の中ぐじゃぐじゃな感じで、なにも考えられないような・・仕事をしていると何も考えなくて済むのだけど、こうして、話そうとすると、どう説明していいかわからなくて・・」
あぁ~・・どうしよう。私もどう慰めればいいのか全然わからない。なにこの春樹さん・・こんなバージョンがあるの? という気持ち。で思いつくまま。
「あの・・とりあえず。晴美とは学校でお話しできますから、なにか言ってあげたいことがあれば伝えておきますし。ミホさんともメールとかできますから、何か聞いておきます。どうして怒ってるのですか? とかって・・」
だなんて、あまり詳しく言うと勘ぐられそうだから、このくらいにして。それと・・。
「だから、晴美とミホさんは私が何とかしますから、知美さんとのことは春樹さんが何とかしてください」と言ってから。
おぉ・・私ってうまく喋ってる。これでいいんじゃない? 私、ちゃんと春樹さんと向かい合ってお話して、何とかしますって道筋を立てられた? よね。と小さくガッツポーズしようとしたら・・。もっと沈んでゆく春樹さんは。もっとうつむきながら。
「それと、美樹にこんなこと言うのもなんだけど・・俺さ、もう知美とは、うまくやっていけないかもしれなくて・・」と泣きそうな声でつぶやいた。知美さんとうまくやっていけない? って・・それって・・どんな意味? いや・・そのままの意味を理解したら。私。息が止まった・・。まばたきもできない。ままリピートすると。
私に言うのもなんだけど・・知美さんとうまくやっていけない? って言った? よね・・ともう一度、理解しようと、もう一度リピートしたら。うまくやっていけないって、それって、えぇ~・・。ようやく、ちょっと・・。ちょっと待って・・。と脳が自動的に何かを理解して、その次のセリフを想像して。「俺、美樹となら・・」うまくやっていける? なんて言い出しそう。だなんて、私、どうしてそんなセリフを予言してるの? と思っていたら。
「俺、美樹と・・なら」と、ホントにそうつぶやいた春樹さん。ゆっくり顔を上げて、そのまま私を見つめて止まってしまった・・。私もさっきから息が止まっている。そして・・静粛すぎる休憩室、また聞こえ始める、時計の秒針の音・・コチン・・コチン・・コチン・・だから、怖くなってくるから、私から。意識して息を吸ってから。
「私と、なら?」とおそるおそる聞き返しら。
「あ・・いや・・美樹はまだ高校生で17歳だから・・こんなことは・・言えないよ」
こんなことは言えない? どんなこと? えぇっ? もしかして、本気の本当のプロ・・ポ・・いや、それを空想するのが怖いのは、今この瞬間に知美さんのムスッとしていそうな顔が思い浮かんだから。そして、知美さんの顔を思い浮かべた瞬間に・・うーん・・うーん・・うーん。とポケットの中の携帯電話が震えて、慌てて画面を見たら・・・うわっ・・予想通り・・って私予想なんてしてないのに、「知美さん」からのメール。もしかして私、何か見えない糸のようなものが知美さんと繋がってる? どうしよう、これって、絶対に逆らえない運命? ってナニ? なんて考えながら、春樹さんに見えないように画面を開くと。
「美樹ちゃん、春樹くんは元気にしてる? 私、あの子にちょっと やらかしちゃって さ。美樹ちゃんとちょっとお話ししたいの。このまえみたいに6時頃に時間作れる? お好み焼き食べながら、ゆっくりお話ししましょ。返事がなかったらキャンセルするけど。私、どうしても今日、美樹ちゃんに会いたい。会いたい。会いたい」
と見たことありそうな文章が書かれていて・・というより・・「ちょっと・・やらかしてちゃって」・・の部分が気になって、たぶん、ちょっとではなさそう・・そして、ちょっとお話したい・・のも、たぶん、ちょっとではないよね・・それより、「やらかしちゃって」そこしか見えないくらいに、見入ってしまう。ヘンな予感。
「誰? あゆみちゃん? 晴美ちゃん・・ミホさんとか」
と聞く春樹さん・・が一人一人の名前を口にする声が怯えていそうで。でも、どうして知美さんの名前が出てこないの? と少し待ったけど。やっぱり出てこないから。
「あ・・うん・・まぁ・・あゆみちゃんですね・・仕事終わったらご飯食べに行こって」
だなんて、顔に「ウソだぴょーん」なんて大書されていそうだから画面を見たまま顔を上げられなくて。
「そう・・じゃぁ、晴美ちゃんとミホさんに、何か言い訳してくれる。俺、何も悪いことはしてないと思うから、でも、もし、知らずに何かしてしまってたなら、ちゃんと謝るからって。言って欲しい」って、何もしてないと思いますけど。まぁ、春樹さんがそういうことですから。
「はい・・そう伝えておきますから」あーどうしよう、嘘つくと声が震える。なのに。
「知美とのことは俺の責任で何とかするから」と、春樹さんの想い詰めすぎていそうな、ものすごく深刻で真剣な重い一言。も、私を、あーどうしよう、あーどうしよう、という気持ちにさせるのに。そんな私の気持ちに全く気付いてないというか、本当に今の私に何も気づかないの? というか。それより。お・・オレの責任で・・何とか? って何する気? と思いながら。
「はい・・じゃぁ・・知美さんとのことは春樹さんが何とかしてください」それだけは私にはムリだと思うし。でも。こんなこと、こんなに軽く言っていいのかな? 春樹さんも・・。
「・・・うん」ってなにか すごいこと を決断していそうだし・・。もっと、あーどうしよう。あーどうしよう。と思うと。もう一度。
「うん・・」
そううなずく春樹さん。どうしようと思っても、どうにもならなさそう。だから、春樹さんをチラチラ見ながら、私は知美さんに、「わかりました6じにおみせのまえでまってます」と動揺しすぎて漢字に変換できないままのメッセージを送ったら。すぐに。
「春樹くんどうにかなっちゃってるでしょ。見てわかるでしょあの挙動不審。美樹ちゃんが原因なのかなって思っているのだけど。だとしたら、私、美樹ちゃんにとられちゃったかな。シクシク (/_;) という顔文字」と返ってきて。
どうしよう・・知美さん・・私の数千倍は勘が鋭い女・・のカンは、当たらずとも遠からず・・なのかな? それより、どう返事するコレ。と脳が熱くなり始めたその時。
「うん・・美樹に話したら、少し気分が落ち着いたよ」
そう言いながら、力なくニコニコして、「アリガト」と私の頭をナデナデして、お皿をもって休憩室から出て行く春樹さん。を目で追ってから。あの・・ともみさん・・と心でつぶやいてから。
「なにをやらかしたのですか?」と送ったら。またすぐに。
「ドメスティックバイオレンス 略して DV よ」と返ってきて。
えぇ~? それって・・暴力のコト? どっちがどっちに・・えぇ~、そんなこと、春樹さんを観察していて全く想像できないのですけど。と思って・・。いや・・。想像できることかもしれない・・。そう、今私は想像している。「知美とうまくやっていけないかもしれなくて」とうなたれていた春樹さんのあの雰囲気は「後悔」の雰囲気? だとしたら・・。
「春樹さんが知美さんに暴力ふるいましたか? 叩いたとか」と確かめるように。すると即座に。
「私が春樹くんにふるったの。パチンって」と返ってきて。パチン・・叩いたのかな? と、画面を見つめたまま止まっていると。知美さんの暴力に心が折れてしまった春樹さん・・なのかな? という推理が湧き上がってきたかも・・。なのに。
「それじゃ、6時にお店の前に迎えに行くね。お土産買ったからお楽しみに。😊笑顔 美樹ちゃんに会うのってホントに楽しみ。面白いお話いっぱいしてね、期待してるから 😊😊」
えぇ~。私に会うのが楽しみ?・・期待してるって・・どうして最後はニコニコ笑顔? 
「わかりました。6時に待ってます」
そう送り返したら、返事は来なくて。画面を閉じたら、由佳さんがやって来た。そして。
「やっぱり、春樹って美樹じゃなきゃだめになっちゃったのね。すんごく雰囲気変わったよ」
えっ? 雰囲気? 変わった? 春樹さんのコトですか? と思ったら。
「くすくす。そっかぁ・・うらやましくて泣きそう、私」
今度は何の話ですか? 
「ほら、お客さんひいて、表でも二人っきりにしてあげるから、みんなと代わってあげて」
だなんて・・なに?
「ほら、美樹、二人っきりにしてあげるから。表出てよ。忙しくなったら言って」
と奈菜江さんと優子さんまでもがニヤニヤと。それに。
「美樹、例の話し頼んだぞ」
とチーフまでが大きな声で。
「例の話しって何ですか?」と由佳さんがまた詰め寄って。
「俺と美樹の二人の話しだよ」とチーフが押し通る。
「ええ~なによそれ・・」と奈菜江さんと。
「美樹と何話したんですか」と優子さん。
「なんでもねぇよ。うるさい」
「うるさいって、パワハラですよソレ」
「お前らこそ、パワハラだろうに。なんでみんなで一斉なんだよ、この部屋こんなに狭いのに。飯もゆっくり食えねぇじゃねぇか」
とりあえず、ややこしくならないうちに表に出よう。そうしよう。知美さんのドメスティックバイオレンス、パチンって・・ナニしたんだろう、春樹さんをあんなに落ち込ませる暴力って・・。だなんて、私の頭の中もパニックになり始めていそうだし。仕事に集中していれば、余計なこと考えなくて済みそうだし。そうしよう。

そして、仕事に集中、仕事に集中、仕事に集中。と呪文を唱えてから。板についた作り笑顔で。
「いらっしゃいませようこそ、3名様ですか。こちらの席へどうぞ」
と土曜日のこの時間はぽつぽつとやって来るお客さんに愛想を振りまいて。オーダーを取って、このくらいの数なら、今の私一人でもこなせている、静かなBGMがよく聞こえる、ランチタイムとはうってかわった、すごく落ち着いた雰囲気のお店の中。
「はい、美樹、3番のテーブルのオーダーがもうすぐ上がるよ」
と春樹さんと二人きりになると。試験勉強してた夜更けに話していた私の夢のような光景になっている錯覚。私が店長で春樹さんがコックさんをしていて、友達が大勢お店にやって来る。そんな雰囲気を堪能しながら。
「はい、用意できてます、いつでも」とカウンターに返事して。
「それじゃ、いいかな。出すからね」とお料理がカウンターにあがって来る。オーダーをチェックして。
「アリガト」と春樹さんに告げてからお皿の熱くない所を左手で持って、次の一枚を腕にのせて重ねて、3枚のお料理一度に運んで。
「お待たせしました」とお客さんに笑顔を振り撒いくと。
「うっわーこれってご馳走の匂いがする」とお客さんのクンクンしてる嬉しそうな顔に私も嬉しくなって。
「あのコックさんが作ったんですか?」とキッチンからこっちを見ている春樹さんに うん とうなずいて。
「はい・・まぁ・・ご注文は、間違いございませんか、それではゆっくりお過ごしください。何か御用がございましたら遠慮なくお呼びください」そう言ってからもう一度カウンターに振り向くと。春樹さんが優しい笑顔で私を見守ってくれているような気持になる。私も笑顔で アリガト と返事する。本当に夢が実現していそうな光景を体感しているような気持。だけど。すぐに仕事に取り掛かる春樹さん。その背中に、まだまとわりついているダークな影は、私にはよく見える気がして。
「晴美とミホさんのコトは私が何とかしますから・・」
「知美とのことは俺の責任で・・」
「俺さ・・美樹と・・なら」
さっきの会話をリピートしていると、知美さんのドメスティックバイオレンスの事とか。そう言えば、春樹さんって、とナニか解ったような、ナニかひらめいたような気持がしたけど・・。
「すいませーん」とお客さんに呼ばれた瞬間、何が解ったのか思い出せなくなった。
「はい、何でしょうか」
「追加で、このスープお願いします」
「コーンスープですね、かしこまりました」
「おいしいよねこれ」
「インスタントじゃないおいしさね・・どうやって作るんだろ」
というお客さんの声と、素敵な笑顔。そして、振り向くと春樹さんと二人っきりのお店。余計なことを考えずに、しばらく堪能していたいこの雰囲気が、本当に心地よく思える。のに・・キッチンに振り向くと、やっぱり、まだ見える。春樹さんの背中の影・・。でも、今はいいかな。そんなこと深く考えなくても。私はもう少し夢がかなっている気分でいたい。

そして、いつの間にか、時間が過ぎて・・夕方のお客さんが増え始めて、みんなが引継ぎを始めたころ。あっそうだ・・。別にどうでもいいことかもしれないけど、何かこうお話しするきっかけがないかなと思い出すこと。引き際に春樹さんに挨拶しながら。
「あの・・春樹さん」と普通に声をかけて。
「はい?」とお料理作りながら返事してくれる春樹さん。
「こんな時ですけど・・その・・」とつぶやくと・・。
「なんでもどうぞ」とガシャガシャフライパを振りながら聞いてくれる。だから遠慮なく。
「うん・・あの・・学校の先生が春樹さんに会いたいって言ってました」そう伝えると。
「はぁ? 学校の先生? が会いたい? 俺に」と、お皿にお料理を盛りつけながら返事してくれて。
「うん。どうすれば、女の子たちの成績を、あんなに上げられるのですかって、そういう事聞きたいって。今度お店に来たいって、だから、土曜日の暇な時間ならいいかなって」
「女の子たちの成績? 土曜日の暇な時間・・暇でもないんだけどね」
やっぱり、唐突にそんな話しても通じないかな。
「あとで詳しくメールします」とりあえず、伝えたし。こうして何かお話すれば、もっとこう・・。
「うん・・わかりました・・じゃぁ、そろそろ時間でしょ、今日もお疲れ様」
ほら・・春樹さんのイントネーションも優しくなってくる。それに。
「うん・・お疲れ様でした」と返事する私の心も軽い感じ。
「それと、今日はアリガト・・いろいろ聞いてくれて」とハニカむ春樹さんに。
「どういたしまして」とくすくす笑う私。を見つめたままの春樹さんに。
「元気出ましたか?」と聞いた私。春樹さんは。「うん」とうなずいて。
恥ずかしそうににんまりする春樹さんの顔が カワイイ なんて思ったりして。皆が見ている前だけど、二人きりしかいない世界での会話のような・・そんな雰囲気。みんながぽかーんと見ているけどそんなことは気にしない。私が。 
「じゃぁね・・またあとで」と小さく手を振ると。
「うん・・またあとで」と小さく手を振って返してくれる春樹さん。鏡を見ているかのように同じ動作をしていることに気付くと、私たちってもう結ばれてるのかな、そんな錯覚も感じて。けど・・、着替えながら、春樹さんと休憩室でした会話をもう一度リピートすると。春樹さんって、知美さんとどうしちゃったのかな・・つまり・・本当に・・私と・・。と空想したらなにか怖いものを感じるし・・。その怖さの原因・・知美さんとこれから会うんだよね。と思い出したら。笑っていられなくなりそう。そして、ふと、また知美さんと何か通じていそうな気がして電話を取り出したけど、画面に変化はなくて。時計の表示、もう6時少し過ぎてる。だからあわてて。
「お先に失礼します」と奈菜江さんに言ったら。
「あー美樹、アイス食べに行くどうする?」と優子さんが引き留めてくれる。けど。
「あの。今日は私ちょっと・・」と言うしかないし。
「オトコができて付き合い悪くなり始めたのかな?」と笑ってる奈菜江さんに。
「まぁ・・そうかもしれません・・へへっ」
とわざとらしくそんなセリフに自分で笑って。止まってしまった奈菜江さんと優子さんに。挨拶してからお店を出ると。プっと聞こえたクラクション。振り向くと、運転席の知美さんと目が合った。ニコニコ笑っているその綺麗すぎる笑顔は、前からどう表現していいかわからなかったけど、今は、弥生が表現した通りの「絶望的な超絶美人」が窓から顔を出して。
「美樹ちゃん、久しぶり、はいはい乗って」
と呼ばれるがままに助手席に座ると。
「はいこれお土産よ、オオタニさんのサインいり」
と私の頭にのせたカウボーイハット。オオタニさん? と聞こうとしたら。
「おぉ~、美樹ちゃん可愛いから似合うね。ロビンちゃんみたいよ」
ロビンちゃんって誰ですか? と聞こうとしたら。
「ところでさ、春樹くん、何ともなさそう?」と心の底からニコニコしていそうな知美さん。何ともなさそう? ってどういう意味かな? と聞こうとしたら。
「ほら、メールでさ、やらかしちゃってッて・・話したでしょ」
何を やらかした のですか? と聞こうとしたら。にやっとする知美さんは、春樹さんとは全く違う雰囲気で。私のリズムなんてお構いなしに先走っていて。
「うん、春樹くん、見てわかると思うけど、その動作とか、挙動とか、いつもと変りないかな? ぴっこひいてるとか、どこか痛そうとか。ぴょんぴょんしてるとか」
と、言ってから、じっと私の顔を見つめた知美さん。今度は少しの間があったから。
「い・・いいえ、そんなことは」とようやく返事ができたけど。
ぴょんぴょん? ってなに? と一瞬空白になった隙間に。
「まぁ、いっか。で、私がいない間にイチャイチャムニュムニュしちゃったの?」にやっ。
だなんて、それって、イチャイチャムニュムニュ・・って。相変わらずなまなましい質問というか、それってアレの事ですよね、と知美さんと見つめあったら。私の何千倍も鋭い知美さんのカンに全てを見透かされてる気がした。かと思ったら。
「春樹くんと・・もしかして・・何もなかったの?」と真顔で聞く。やっぱり見透かされている。だから。
「はい・・べつになにも」と正直に答えのに。
「はぁーあ。もぉ、何やってんだか・・あの子は・・ったく。」
って、その落胆しすぎて怒っていそうな表情から、そんなセリフが飛び出して。私の思考が混乱し始めた・・。何やってんだか・・って。何もやっていませんけど・・と答えるべき? と心の準備をしようとしたら。
「えっと、それじゃアスパの駐車場だったよね」と急に元に戻った知美さん。
「はい・・」と返事すると。
「あのカワイイ店長さんにもお土産買ったから、店長さんの恋人さんにも」
なんだかこう、運転している知美さん、春樹さんの雰囲気と違ってものすごく楽しそうで・・。そのギャップが、思考が混乱したままの私には違和感でしかないのですけど。それに、車を止めて、弥生のお好み焼き屋さんまでを歩くステップも軽やかと言うか、春樹さんのゆらゆらとうつむいたままの歩き方と比較してしまうと、何が何だかわからなくなるようで。そんな軽やかなステップで颯爽と歩きながら。
「ところでさ、美樹ちゃん」と話し始めた知美さん。
「はい、なんですか?」と返事するより先に。
「私たちって、もう、終わったかもしれないの」とわざとらしい悲しみ方でつぶやいた。
へっ? 私たちって・・春樹さんと知美さんのコトですよね・・と聞くのがコワイような。というより、春樹さんと同じことを言ってる?
「そんなニュースって、本音では嬉しい?」と聞かれて・・。
へっ? 嬉しい・・って? ホンネ? と知美さんの顔を見つめたら。
「もぉ~、美樹ちゃん、相変わらずカンが鈍いというか、話が合わないというか、価値観が違うというか・・清純だからわからない? 17歳だから想像つかない? それとも、私がもう話しが合わなくなったおばさんなのかな? 会話が噛みあわないこれってジェネレーションギャップ? もしかして」
なんてことを話始めて。なんのことかな・・というより私は、春樹さんも、知美さんとうまくやっていけない・・って言ってたけど。本当に、別れちゃいそうなのかな? と思っていて。それって、やっぱり、私のせいで? というより、やっぱり・・本音では嬉しいって、知美さんと春樹さんが別れたらって意味? それはチャンスと言うべきモノ? いや、終わっちゃったのは私のせいだとしたら・・私のセキニン? これって、どう思えばいいの? と混乱したまま黙り込んだ私に。
「まぁ、食べながらお話ししましょ、いろいろ話したいことがあるし」
とお店の扉を開けると。
「えぃらっしゃい」と弥生の彼氏さんの大きな声が聞こえて。扉をくぐると、息を飲み、両眼を見開いて立ちすくむ弥生の彼氏さんと目が合った。
「こんにちは、私好みのカワイイ店長さん、おさしぶりね。お土産買ってきたの」
と、知美さんは立ちすくんでいる弥生の彼氏さんに包みを渡しながら。
「これは、あなたの彼女さんのぶんよ、ペアルックでどうぞ。オオタニさんのサイン入ってるから」
それにもオオタニさんのサインですか? ってオオタニさんって誰だろ。と黙って見ていると。弥生が出てきてピタッと止まった・・どうして彼氏さんと同じように目を見開いて止まるのよ・・と思う。そして、また、知美さんが座る席を、店長さんが ごしごし と拭き掃除して、背もたれまで乾拭きしてから。引き攣りそうな声色で。
「よ・・よ・・よ・・ようこそいらっしゃいました。どうぞ」なんて言ってて。私が座る所は拭いてくれないのね・・と一瞬思っていたら。
「ありがと、そんなに気を遣わないでくれるかな、私も普通の女の子なんだから。特別扱いしないでほしいの」
なんて言ってるけど・・。ゴシゴシと拭きあげられた席に当たり前のように座る仕草は全然普通の女の子ではなさそうで。座ってから、綺麗な脚を折り畳む仕草までもが洗練されていそうで、脚を折り畳んでから、ニコッと微笑むその笑顔は、向こうに座っているお客さんまでもが角から顔をのぞかせて見入るほどの、改めて実感する、絶望的超絶美人・・。と私も息することを忘れて見とれていたら。
「美樹ちゃん、今日は何食べるの? 私豚玉にしようかな。共食いね」と言ってる知美さんの無邪気な笑顔が、超絶を通り越した本当に素敵な笑顔と言うか。本当に見とれてしまう可愛らしさ。それに・・トモグイだなんて・・どこが? と言いたくなる冗談? に反応できないから。
「は・・はい・・私は、ミックスで・・」と店長さんに告げたら。
「あーっ、じゃぁ、私もそれにチェンジ。美樹ちゃんと同じがイイ」と店長さんがオーダーを書き直して。
「ミックスお二つで」と手が震えている店長さん・・弥生の彼氏さん・・名前聞こうかなと思ったけど。
「はい、あと、調理の方もお願いしますね」とその笑顔で言われたら。
「は・・はい・・かしこりまりまりました」と声まで震えていて。くすくすと微笑む知美さんの可愛すぎる笑顔に見とれている店長さんの後ろから。
「いらっしゃいませようこそ」と弥生がカレシを押し退けて。不愛想にお水を持ってきてくれた。そして、お水をドンと置いて、私をジロっとにらんでから、プイっとかえってゆく。どうしてそんな態度なの? と機嫌悪そうな弥生を目で追うと。
「別に、あの娘のカレシさんに色目を使ってるわけじゃないんだけどね、そうみられるのよね、私って、いつもいつも」
とぼやいたのは知美さん。くすくす笑いながら。
「男の子って、私のコト、みんなあんな目で見るから・・気にしない振りしてもね、気になるというか・・あんな目で見られると、私も期待に応えたくなるでしょ。うふふって。まったくもぉ、こんな容姿で生まれるといろいろ面倒くさいのよ・・ほんっとに不便だわ」
だなんて・・こんな容姿で生まれると・・不便なのかな? 私は一生口にできなさそうなスゴイセリフのようにも思えるけど、知美さんにとっては普通の愚痴? かなって思ったら。
「ところでさ、美樹ちゃん聞いてよ」
と簡単な前置きの後、知美さんが話始めたコト。私が「はい・・」と返事する前に。
「私がアメリカ行ってる間、あの子、まったくメールくれなくてさ、怒るのはいいんだけど、帰って来てからも口きいてくれなくてさ、スネすぎ。子供なんだから。そりゃぁ、会社の帰りにアメリカ行くだなんて、私も悪いと言えば悪いけど、これは、ジェームズがね、ともちゃんアメリカ行きのチケットが一枚余るんやけど一緒に行かへん? って言うもんだから、行きます行きますって軽く返事したら、ともちゃん、飛行機出発するで用意してよ。だなんて、その夜のフライトだって先にそれ言ってよってね。って、でも私はちゃんとアメリカに行ってきます、って心配しないでって春樹くんにメールしてたのに、それから全然返事してくれなくてさ、毎日いろいろ報告してあげたのに、ムシよムシ。ちゃんと読んでるのはわかるから生きてるのはわかってたんだけど。あそこまでムシしなくてもいいじゃん。それに、お土産もちゃんと買って帰ってきたのに。お弁当箱も自分で洗ったのにさ、晩ごはんがカップ麺だったのよ。一か月ぶりで私春樹くんの手料理を楽しみにしてるからねってメールもしたのに、テーブルの上にポットとカップ麺がポツン。まぁ、日本のカップ麺の美味しさを思い知ることができて、それはそれでよかったんだけどね。それが水曜日の夜の話し、まぁ、疲れてるのかなって思ってさ、その夜は遅かったから起こさないように別々に寝たんだけど、木曜日の夜よ、晩ごはん食べながら、まだ無視したままだから、何か言ってよって言ったら、春樹くん下向いて小さな声でぼそっと、「どれだけ心配したと思ってるんだよ」だなんて、叱るなら叱るで顔見ながら言えばいいのに、下向いたまま、それだけよ。私はね、心配してくれたことは嬉しくてさ、私の事を心配してたって、ちゃんと叱ってくれたことも嬉しくて。あたしだって謝りたいのに、下向いたままじゃ謝れないでしょ。だから、私的に体で謝ろうとシャワー浴びてるあの子の後ろから、泡だらけの裸でしがみついて、許してって言いながら、もにゅもにゅしてあげてさ、今夜は私のコト好きにしてもいいからそんなに怒らないでってカワイクサービスしてあげたのに、春樹くん、立たないのよ。全く反応なし。美樹ちゃんも年頃だから知ってるでしょ、男の子にエッチなことしてあげたらアレがびょこんって立つこと。それがふにゃんってなったままで、私もしかして立たない女になっちゃったって思っちゃってさ、春樹くんの心って私に関心なくなって美樹ちゃんに移っちゃったのかなって思ったの、それにさ、もういいよだなんて、私のコト拒否するもんだから。ついつい私もカチンっとなっちゃって、春樹くんのアレをね、なによもぉって、指先でパチンってしちゃったのよ。そしたら、狙いが外れて、こっちじゃなくて、たまたまに・・」
と、最初から私の処理能力をはるかに超えた知美さんの超早口なトークに、ただうんうんとうなずく仕草で茫然と聞いてるふりするしかない私、を気にも留めないで、一気に話し続けてる知美さんは、「こっちじゃなくて」と左手の人差し指を右手の人差し指で弾いて。うつむいて。「たまたまに・・」と、左手の人差し指と親指で作った輪に、右手の人差し指をパチンっと弾いて。くすん・・くすん・・くすん・・と鼻を鳴らしながら。
「私たち、終わっちゃっかな・・」
と震えている小さな声でつぶやいた。くすん・・くすん・・一気に話されたことを頭の中で纏める間もないまま、知美さん・・終わっちゃっかな・・だなんて、春樹さんとのコト? と思いながら、知美さん・・本当に泣いているの・・と、くすん・・くすん・・とまだ鼻を鳴らせているのが心配になって。
「あの・・」とうつむいたままの知美さんに声をかけたら。
「くすん・・くすっ・・ぷっ・・ぶぶっ・・ぐふ・・ぐふふふふふふ」とお腹を抱えながら・・本当は、笑っている。泣きながら・・。
「ぐっふっふ・・ぐっふふふふふふふふ・・げふげふげふげふ」
とまだ笑いながら顔を上げた知美さん。涙を浮かべながら。
「確かにさ、男の子のアレをパチンってしちゃったら、あーなること知ってたけど、あそこまでもだえ苦しむだなんて。春樹くん、はぅうぉって叫んで たまたま を押さえて、もんどりうって動かなくなっちゃって、げほほほほほほ・・ぐふふふふふふ」
男の子のアレをパチンってしちゃったら? あーなる? アレって・・たまたま・・をパチンとした? と言ってるの?
「私さ、救急車呼んだ方がイイかなって春樹くんに聞いたんだけど、あぅ・・うっ・・あっ・・だなんて、声も出せないくらいに悶絶してるあの子がおかしくて、げふげふげけぶ、お腹よじれる・・笑い死ぬ・・ぎゃっははははははははははは」
とテーブルをたたきながら笑っている知美さん。にお店のお客さんたちも唖然としていて。
「でね、春樹くん・・本当に泣いちゃってさ・・えっえっえっって、私、笑うの止められなくて・・・どうしよう・・げふげふげけぶ・・ぐふぐふぐふぐふ・・終わっちゃったかもしれない・・」
あの・・ちょっとまってください・・整理したいのですけど・・。と言う間もなく。
「ひと月の間、私の事を無視した罰だと思えばいいのよ。でも、男の子ってホントに指先一つであんなになっちゃうなんて、弱々しい生き物なのよね・・ぶふふふふふふふふふふ」
と、まだお腹を抱えて笑っている知美さんを怪訝な目で見つめながら。
「あの・・お待たせしました、ミックス二つ」
と、店長が具材を二つ持ってきてくれて。知美さんは、一瞬笑うのをこらえて、ふーふーと肩で息を切らせながら、じろっと店長さんを睨むと。
「あ・・あの・・調理ですね、任せてください」
なんて言いながら。具材をかき混ぜ始めて・・。私も、とりあえず自分のをかき混ぜて。そんな私と店長さんを気にもせずに話し続ける知美さんは。
「それでさ・・それが木曜日の夜の話し。私もいけないことしたかなって、春樹くんに謝ろうという気持ちは持ってるのに、顔も見てくれなくてね。昨日の夜、つまり金曜日の夜もサービスしてあげようと、いろいろしてあげたんだけど、それでもムリだったの・・はぁぁぁぁ・・ぶフフフフ‥思い出したら笑っちゃうけど・・どうしよう・・それでもあの子、木曜日は、ご飯をちゃんと作ってくれたのよ、カップ麺は水曜の夜と木曜の朝だけで。あーぁ私、立たない女になっちゃったのかな・・美樹ちゃんにはどうなの? 後ろから触ってあげたりしなかったの? 春樹くんって美樹ちゃんに手出したんでしょ。うふふっ。美樹ちゃんは春樹くんのアレ、優しく触ってあげたりしなかったの」
と、普通の顔でそんな話をされると、春樹くんのアレを触る・・優しくって? と、手が止まるというか。店長さんも止まっちゃってるし。あの・・その・・と店長さんと顔を見合わせながら。私、ぷらんぷらんと左右に揺れるアレを想像している・・ことバレないように視線を背けて。
「あの・・私は・・そういうのはちょっと・・」まだ・・というか。とぼやきながら、具材を鉄板の上にジョワワワワと広げて。
「17歳じゃ、そういうお話に乗れないかな・・ごめんね、私ってそんな清純な年頃ってなかったから・・でも・・ぶふふふふふふふふふふ。あーどうしよう、また思い出しちゃった。ぶふふふふふふ。春樹くん、本当に泣いてたのよ。えっえっえっ・・だなんて、本当に泣いてるの。くっくっくっくっ」
と言ってる知美さんに、私、ついていけないかもしれない気がしてきたかも・・。
「でもさ、美樹ちゃんって春樹くんと、いい仲になってるんでしょ。話せる範囲でいいから、私がいない間にどうなったのか教えてほしいけど。イチャイチャムニュムニュはなかったのホントに。透視しちゃう。じぃぃぃぃ。ホントはどうだったのよ」
「ホ‥ホントに、な・・なにも・・まぁ・・」
と、うなずいたけど、ジュージューと焼ける具材を丸く整えながら。知美さんに見つめられると、私の数千倍も鋭いカンに、何もかも見透かされているようで、どんな嘘もごまかしも通用しない気がして。とにかくここは変なことを考えずに無心でお好み焼きを成型していれば乗り切れそうな気もする。でも・・。
「裏返しますよ」と店長さんが言った一瞬視線がそれたタイミングで。私も裏返しながら、とりあえず何かを白状しなければという気持ちに推されて。
「あの・・その・・あの・・試験勉強をしました」と白状してみた。
「試験勉強?」話が変わりすぎですか? と思いながら。
「はい・・あの・・今回の試験で、その、私の友達にあゆみって子がいるのですけど、私よりいい成績取れたら春樹さんとデートさせろって、あの・・」
「美樹ちゃんよりいい成績取れたら春樹くんとデートさせろって? あゆみちゃんが提案したってこと?」と、?を浮かべてる知美さんに、私はこれ以上の説明はムリですし、と思いながら。
「はい・・それで、私より成績がよかったら春樹さんとデートできるって話が学年の女の子の間に広まってしまって・・あの・・」
「話が広まった・・ってさ、学校の友達って春樹くんのことを知ってるってことかな? 美樹ちゃんのカレシですとか、結構なイケメンですとか・・知らない男とデートしたい。なんて、だれも思わないでしょ」
「あ・・まぁ・・あの」やっぱり私が説明することを先読みしてるというか、洞察してるというか。話さなくてもわかっていそうな知美さんの私の心を見透かす視線が怖くて。また、お好み焼きをジュージューといじくってると。まだ私を見つめている知美さん。だから、私は白状するしかない気がし始めて・・でも・・遠回しに・・できるかなと思いながら。
「あの・・まぁ・・その・・春樹さんと学校の帰りにお話したら、友達が大勢見てまして・・あの・・あゆみは春樹さんのメールのアドレス交換したりして・・勉強とか教えてあげたりしまして・・あゆみはみんなにその・・春樹さんのメールをばらまいたというか・・そのライバルが大勢になりすぎちゃって・・だから、私、がむしゃらに勉強しました・・あの・・春樹さんに手伝ってもらいました」
「ふううん・・学校帰りにお話し・・って春樹くんとデートしたの?」
「は・・はい・・まぁ・・」ほら・・私より詳しく解っていそう。
「で、みんなが見てた。おぉ~あの男が美樹ちゃんのカレシか~って」
「はい・・まぁ・・」ほら・・全部バレそう。
「で、美樹ちゃんのカレシをみんながイイなイイなと思って、テストで美樹ちゃんに勝てば、あの時のいいオトコとデートできるって話になったと。でも、美樹ちゃんはそんなことは許せないから、がむしゃらに勉強して、そんな頑張ってる美樹ちゃんを春樹くんが手伝ってくれた、それって二回目でしょ。つまり、二回目で、一回目よりもっといい関係になったとか。前よりもっとくっついたとか?」そういう話だったかな? 
「いえ・・その・・あの・・いい関係というか、今まで通りというか」
どこまで話したかな? というか、どこまで話せばいいのかなというか。ちらちらと知美さんのニヤニヤしてる視線を受け止めたら、あることないこと白状してしまいそうな恐怖を感じてしまうし。
「はい、出来上がりました。どうぞ召し上がってください」
と店長さんが言いながら、ソースを塗りたくって鰹節と青のりをまぶしてる。
「どうもありがとう。あー美味しそう。この匂いってよだれが滲むね、いただきますね。ありがとう店長さん」
と、唇を尖らせてキスの風船を投げかける知美さんに、また、メロメロになっていそうな店長さん・・いや違う・・弥生の視線を感じて、真っ青になっていそう・・。と、視線がそれたタイミングで、話を切り替えて・・別の話し・・えーっと。なにがいいかな。
「そうだ・・春樹さんって、ブツリオタクって言うと怒りますよね」
と、まじめに聞いてみると。
「はぁ・・ブツリオタク・・私はいつも春樹くんの事をブツリオタクって呼んでるけど」
「え・・そうなんですか? 怒りませんか?」よし・・話題が変わった・・。
「うん、あーあーまたブツリオタクになっちゃってる。とか話が難しくなるといつもそう言ってるけどね、宇宙とか、ロケットとか、衛星とか、重力とかさ。ニュースで土星が近くに来てるとか言い出したら もぉぉ ってなっちゃう。近くに来てるって、16億キロメートル、光の速さで80分もかかるのよ・・はぁぁぁぁ・・それのどこが近くなの? まぁ、いいけどね」
16億キロメートル? 光の速さで80分? という例えに・・はぁぁぁ・・よくわかりません。だから、まぁ、いいけどね。と言いたくなりそうですけど。それより。
「でも、ブツリオタクって言うと春樹さん・・」
「別に何も、私にはムスッとするだけよ、美樹ちゃんには怒るの?」と私を見つめる知美さん。私の心をまだ透視しているようで。
「はい・・まぁ・・怒って、私のおっぱいを後ろからむぎゅっと。今度オタクって言ったらこうしてやるって、そんなこと・・」されたなんて、それは、話してはいけないコトだったかな? という気持ちがし始めちゃった。でも。
「ぷぷっ・・そんなことしたのあの子。今度言ったらって・・」
「まぁ・・」知美さんは笑っていて、だから、大丈夫そう・・。でもないかな、ゆっくりと笑顔が消えてゆく・・そしてまじめに。
「今度言ったからそうしたのか・・今度言ったらって、言ったばかりなのに、今度言ったらって言いながら触った。の?」
「えっ・・」なんて言いましたか?
「美樹ちゃんのおっぱいを後ろからむぎゅっと、春樹くんが。今度言ったらと言いながら触った。のでしょ?」
と、説明不足な私の話を、知美さんは、しっかりしたストーリーにしてくれるから、うなずきながら。
「はい、言ったばかりでした・・なのに・・今度言ったらって、むぎゅっと・・春樹さんが・・」
と知美さんに表情を観察しながら正直に、おそるおそる話したら。
「ふううん。きっと、触りたかったのね・・くくく・・あの子も男の子だしね」とまた笑い始めた知美さんにほっとする私。触りたかった・・のかもしれないと、私もあの時思ったかな。「まだダメかなこういうこと」と春樹さんが言ってたことも思い出したけど、それは言わないでおこう・・。とお好み焼きを切り分けながら。一切れを口に運んで。はふはふと食べるといつも通りに美味しい。そして、知美さんもハフハフしながら。
「ふううん・・やっぱり春樹君は、美樹ちゃんがかわいいのね、はふはふ。清純で、逆らわない、従順で、頼りにしてくれる、はふはふ。そんな女の子。それに・・私にはあの子の方から手を出すことってあまりないけどね・・いつも手を出すのは私からよ・・はふはふ。あー美味しいわね、このソースの味」
「えっ・・手を出す」それって・・。
「はふはふ・・あちち・・うん・・たまには春樹君の方から仕掛けてほしいって思うけど・・なぁいいだろ・・なんて後ろからムニュムニュって・・美樹ちゃんにはそんなことしないの?」
「し・・しませんけど」と返事しながら、空想し始めたことが・・また・・。
「したんだと思うよ、あの子なりに・・なぁいいだろって」
「そ・・そうですか」なぁいいだろ・・うん・・って今の私はそんな返事してる気がする。
「うん。くくくく。最近はね、そんなこと滅多にないから・・はふはふ・・あーそうだ、あの日、美樹ちゃんが来てた日はさ、したかったみたいなのに私、気付かなくて、蹴っ飛ばしちゃったからね・・。やっぱり、そういうこと、はふはふ・・おいしい。年上だからできないのか、しにくいのかな。あの子ってさ、そういう雰囲気作るの下手だし、そんな時に冷たくすると、ヘンなコンプレックスとか、ヘンなトラウマをすぐに抱えるからね」
トラウマ? コンプレックス? 春樹さんが? と言われると、今日の幽霊のような雰囲気もそうなのかなと回想できるけど。でも、知美さんの話に思いつくのは。
「でも、年上が好きなんじゃないですか春樹さんって」
とふと思い出した直感がそのままつぶやき声になってしまって。
「はふはふ・・年上? が好きなの? どうして? そう見えるかな? 私だから? 私の目には、やっぱり年下のカワイイ娘の方がイイのかなって見えるけどね。美樹ちゃんのようなカワイイ女の子の方がイイんじゃないの? はふはふ・・美樹ちゃんは、どうしてそう思うの?」と即座に聞き返されら。
どうして・・といわれると・・あっ、私今ミホさんのコトを思い出しているけど、そのことを話すべきかどうか・・。それより、知美さんの目には春樹さんは私のような年下のカワイイ娘の方が・・と考えこもうとした瞬間。
「えいらっしゃい」と店長さんの声が響いたと思ったら、入口の扉から顔をのぞかせたのは・・・。
「あつ・・あゆみ・・」と、遥さん・・。
とつぶやいた私を見て、お好み焼きをハフハフしながら。
「誰? 友達さん?」
とふりかえった知美さんと顔を合わせたら、あゆみも遥さんも店長さんと同じ反応するのね・・と思うのは、その見開いた目。そして、知美さんの可愛すぎる微笑みに、息まで止まってしまったような立ち止まり方。
「こんばんは、初めまして。美樹ちゃんの友達さんかな?」と聞かれても。
「あ・・あ・・あの・・」としか言えなさそうなのは、やっぱり、知美さんのこの絶望的な美しさのせい?
「まぁ、どうぞ、一緒に食べましょう」と席を詰めた知美さんにつられて私も席を詰めると。
「は・・はい・・し・・失礼させていただきます」
と先に私の隣に座った遥さんと。
「ホントにイイんですか・・失礼します」
と、知美さんの隣にオソルオソル座ったあゆみ。そして私は知美さんに。
「その娘がさっき話したあゆみです」と紹介して。「で、こちらが遥さん・・同級生ですね」と遥さんのコトも紹介すると。あゆみが。
「さっき話したって・・ナニを?」とびっくりした顔で聞く。すると。
「もしかして、美樹ちゃんよりいい成績取れて、春樹くんとデートしたのはあなた? あゆみちゃん」
「えっ・・その話ですか」
「うん。さっき、美樹ちゃんがそんな話したから・・って、その反応からして、違いそうね。じゃ、遥ちゃんが春樹くんとデートした? くすくす、遠慮しないでね、あーそうだ、私は知美という名前で、もしかしたら、私のコト知ってるの? 私って有名人?」
「あ・・いえ・・あの・・弥生がその」
と振り返ると弥生はお仕事してて。弥生が、知美さんか来てるよ。とあゆみに電話したのね・・と想像すると。ムスッとする弥生と目が合って。「ホントに来ちゃったの?」という顔をしている。そして。遥さんが。
「あの・・知美さんって・・春樹さんの恋人・・ですよね?」オソルオソルそうたずねたら。知美さんは即座に。
「ピンポーンと言いたいけど。春樹くんの恋人というポジションは、この美樹ちゃんに変わっちゃったかもね・・弥生ちゃんって、ここのあの娘でしょ。それより、あなたたちも春樹くんのコト狙ってるの? テストでいい成績取れたらッて、いい成績取れたら、春樹くんとデートして、お泊りして、エッチなこともしちゃったら。あららできちゃった。なんて本能的な願望に逆らえないでいるとか」
「あ・・いえ・・あの」
と、キョロキョロと顔を見合わせるあゆみと遥さん。そして。
「もぉぉ、まったく、ホントに来るなんて」と無愛想にお水を持ってきた弥生に。
「あなたは弥生ちゃんだったよね、一緒にどぉ?」
と気軽すぎる雰囲気で話しかけてる知美さん。
「いえ・・わ・・私はお仕事ですから」
「お仕事なんて、カレシに任せとけばいいじゃない。あなたともおしゃべりしたいけどなぁ」
「いえ、本当に、またの機会に。あの・・お土産ありがとうございました」
「気に入ってくれた? それじゃまたの機会にお喋りしましょ。それじゃ、あなたたちはなんでも頼んで私がおごってあげるから。お店の売り上げに協力してあげましょう」
と、積極的に主導権を取る知美さんのペースにただ、ずるずると引きずり込まれるように。
「は・・はい。それじゃ、いただきます」
と、まだきょろきょろと顔を見合わせているあゆみと遥さん。
「じゃぁ・・私たちは、ミックス二つで」オソルオソル注文すると。
「はいはい」とオーダーを打つ弥生と。
「若い娘ってミックスを頼むのが普通なのかな?」と何気なく聞く知美さん。
「えっ・・まぁ・・いろんな味が楽しめますから」と答えたのは遥さんで。
「いろんな味」
「はい・・エビ、イカ、豚とネギ」
「ふううん・・あぁー、エビ玉、イカ玉、豚玉、ネギ玉ね・・玉? って・・ぷぷぷ・・あ・・ごめんなさい・・」
と私をチラ見する知美さんは・・また思い出し笑いを始めた。その笑っている顔があまりにも綺麗な顔というか。まねできない可愛らしさというか。そんな思いついたことを言葉になんてできないけど。遥さんはできるみたいで。
「あの・・なんて言うか・・無茶苦茶お綺麗ですね」と知美さんの笑っている顔を見つめたまま、遥さんが大真面目にそんなことを言ったら。知美さんは、笑うのをやめて、あまり嬉しくなさそうな顔で。
「ありがと・・でもね、会う人会う人みんなにそう言われると、いいかげんうんざりするものよ。あ・・キレイって言われて嬉しいのだけどね、怒っているわけじゃないから気にせず聞いて。綺麗ですねって言われた時の私の率直な意見だから気を悪くせずに聞き流してくれるかな。私はね思うのよ、この顔にしてって神様に頼んだわけじゃないし。好き好んでこんな顔になったわけでもないしさ。なんかこう、違う感想を言ってくれる人っていないかなぁってずっと。私自身が外見以外の所をさ、どう見られているか知りたいし」
だなんて、私たちには絶対真似できそうにないセリフを普通に喋ってから。
「たとえばさ、どうせ今だけでしょ、すぐにばばぁになるわよあの人も。とかね。あんな顔のオンナって性格悪いわよきっと。とか。整形じゃないの。とか。もっと他にそんな意見ないかな?」なんて笑いながら言ってることが信じられないような。だから。
「整形なんですか」と聞いたのは遥さん。
「ううん、どこもいじってないオリジナルよ」と首を振る知美さん。
「性格悪いのですか?」とあゆみが聞いたら。
「まぁね。最悪とまではいかないと思うけど」ふふん。と浮かべた笑みがコワイ。
「すぐにばばぁにって」ともう一度遥さんが聞いて。
「そうそう、私もうすぐ25歳よ・・あなたたちとこんなに近くで比べられたらさ、ほら、肌のハリもツヤもシワも、すでにばばぁでしょ。年取らないように努力してるのにね」
「そんなことないと思いますけど」
「あなたたちもこの年になればわかるわよ。女ってねぇ・・逆らえないのよね運命に」
「この年・・ですか・・」とつぶやく遥さん。
「うん。わたしはもう、この年になったから、あーあ、こんなになっちゃったって実感しかない。でもさ、遥ちゃんも、無茶苦茶お綺麗よ。その髪、何か特別な手入れしてるの?」
「い・・い・・いえ・・そんな特別なことなんて何も」
「そぉ・・シャンプーとか、コンディショナーとか、銘柄教えて。私って無茶苦茶お綺麗な女の子を見つけると、どうしてそんなにお綺麗なのかなって聞きたくなるから。なにか他の人と違うものを食べているとか」
「いえ・・普通だと思いますけど。あの・・また、調べておきます」
「うん、それに、あゆみちぉんも、無茶苦茶お綺麗よ」
「わ・・私もですか? お綺麗だなんて・・あの」
「うん・・何食べたらそんな風に成長するのかなってところに関心がある。食べ物以外の原因かもしれないし。それを追求したくなるね」
「えっ・・あ・・あの・・これは・・その・・」と大きなおっぱいを手で覆うあゆみ。
「春樹くんも、じろじろ見たでしょ? こんな風に鼻の下をべろーんと伸ばしながら、だから、もっと見せたくなったりして、どやって見せてあげたりしたんじゃないの。くっくっくっくっ。私の仕事柄でね、綺麗な人には綺麗になる秘密があるのよ、食べ物、食べるタイミング、生活のリズム、どんな栄養素がどんなタイミングでどこに働けばそうなるのか。そんな研究をしてて、遥ちゃんの綺麗な髪の秘密、あゆみちゃんの魅力的なおっぱいの秘密、美樹ちゃんの可愛らしさの秘密、解き明かせたら、それって売れると思わない?」
「う・・売れる」
「うん、想像してみて、子供のころからそれを食べ続けるとこんなに健康で綺麗で丈夫にになれますよって、そんなサプリメントがあればいいなって、私の仕事はそんなことの研究よ。一日一粒食べるの、一粒5円として、地球の全人類60億人の半分が女の子でしょその半分の15億人が毎日食べてくれたら。一日15億×5は75億円よ。その一粒の何かがどこかに作用して、この病気が治るとか、病気にならないとか。つまり医療に費やされるお金の半分を健康のために使えば、病院に行くより、百貨店に行った方が人はもっと幸せになれる。と同時に、何がどんな作用で女の子をカワイク綺麗にするのか。カワイクて綺麗な女の子がもっと増えたらさ、もっときれいな服、もっとカワイイお化粧品。男の子が買うプレゼント。そんなものがもっともっと売れると思わない? つまりさ、病気を治すために必要なお金を健康になるために使えたら、人類総生産ってもっと増えるはず。それが私のライフワークなの。私たち人間がまだ解明していない秘密がそこにあって、見つけられるのを待ってるのよ。協力してね。あぁ~・・もしかして、これかな。お好み焼きミックス・・エビ、イカ、豚、ネギ。この組み合わせがあなたたちのようなカワイイ女の子を生み出している」
と鋭い目つきで説明を話しながら。そして。
「玉・・たま・・か」とつぶやいて。
くっくっくっと恥ずかしそうに微笑む顔がウツクシイ・・に加えて、見たことのない知的な話しぶり。そんな仕事があるのかというあこがれのような気持もして。見とれたままいると。はふはふとお好み焼きを食べながら。
「で、さっきの話しに戻るけどさ。テストで美樹ちゃんよりいい成績取ってデートしたのはだれなの? というか、美樹ちゃんがもしかして一番だった」と話が戻って。
「私は2番でした・・」とハフハフしながら返事したら。
「2番でもすごいわね。じゃぁ、一番の女の子が他にいるわけでしょ、春樹くんはその娘とデートしたの?」
と、それは、核心にドスンと迫る質問というか。
「は・・はい・・」と嘘なんて言えない追及というか。
「まぁ・・したというか」そのことを知っている私たちは顔を見合わせて・・。
「したというか? 別に怒ったりしないから、話してよ。秘密も守るし、聞きたいじゃん。好きな男の子が誰とデートして、どうなったのって。あなたたちも、そんな話を朝から晩までして、盛り上がってるでしょ。私も混ぜなさい」
たしかに・・いつもしてるね・・と回想して。私も混ぜなさい、と粘っこく命令されると。
「それでしたら、あの・・見せてもいいのかな」と、とりあえず私に同意を求めたあゆみに、ダメって言っても知美さんに押し切られそうだし。だから、拒否する勇気がないまま。
「うん・・」とうなずきつぶやいた声は、
「見せる? って・・写真か何かがあるの」と乗り出した知美さんの声にさえぎられて。
「あの・・はい、映像があります・・その・・あの・・一番だったのは、晴美という名前の女の子で、遥の幼馴染で、その娘が学校始まって以来の800点満点の成績を取って・・あの・・その娘も、美樹よりいい成績取れたらデートするって・・あーこれ以上は説明難しいです」
とあゆみが取り出した携帯電話。
「はいはい・・映像ね、百聞は一見に如かずってやつかな・・春樹くんが晴美ちゃんって娘とデートしている動画? でも隠し撮りしたの? まさかキスとか、エッチしてるとか」
「いえ・・あの・・晴美もノリノリでデートすることにヤル気満々と言うか。他のみんなも興味津々で、アスパのマックで二人が食事している所を見に行ったんです」
「アスパのマック。あの子、そんなところに女の子を連れて行ったの。まぁいいけど・・エビフィレオでしょ・・昔から春樹くんって、マックであれしか食べないのよ、ワンパターンなんだから」
「まぁ・・そういうことですね」
とあゆみが取り出した携帯電話を食い入るように見つめ始めた知美さん。
「なんだかスパイ映画みたいね、おぉ春樹くんだ、撮られていること全然気づいてなさそうね。しかし、鮮明だわね・・それにさ、すごくない、この至近距離って。で、この大きな荷物のうつむいたおとなしそうな娘が・・」
「晴美です」とあゆみのナレーション。
「ふうううん。この娘が800点満点で、春樹くんをゲットしたのか。そんな見かけと言えば、そんな見かけのカワイイ女の子よね、やっぱ、春樹くんって、こんな感じの、おとなしそうな年下の女の子がイイのかな」
「さぁ・・そこまでは・・」
そして、このあたりで耳を澄ませば、何度も聞いたアノ音声も聞こえて・・。
「あなた何人彼女がいるの・・そういう事だったの、見損なったわ・・このヤリチン」
と聞こえるミホさんの声に、映像が思い浮かんで・・晴美が戻ってエビフィレオとポテトとコーラを鷲掴みにして走っていく・・ところ。に。
「・・なんじゃこりゃ・・」と顔をしかめた知美さん。が見つめているのは、一人残った制止してる春樹さんと、ぞろぞろと席を立つ背景の女の子たち・・。の映像。
「あの・・ここまでです・・」とあゆみが画面を閉じようとすると。
「もう一度見せてくれる?・・」と強引に携帯電話を奪って。
「は・・はい・・あの・・」と焦るあゆみにはお構いなしの知美さん。勝手に操作しながら。
「春樹くん、何で女の子をこんなセンター席に座らせるの?」と聞いた。
えっ? って、あそこは、私も座ったことがある、確かにフードコートのど真ん中のセンター席のような席だったけど。
「まったく、なにもわかってないんだから。女の子をこんな目立ち過ぎるど真ん中に座らせて何とも思わないのかな。まったく。どう思う? こんな、お店の中の全員から視線浴びる、ど真ん中に座らされたら、恥ずかしいでしょうに。こんなにおとなしそうな女の子をさぁ」
知美さんってやっぱり見る所が違う・・というか。わたしとあゆみと遥さんで顔を見合うと、激しく同意、のようにうなずけて。でもあの席は、春樹さんは確か本か何かに書いてたとか、という理由で私をアノ席に座らせてくれたはずだけど。そして。
「で、コノ筋肉モリモリの女の人って、ミホさんじゃないの?」と顔を上げた知美さんに。
「えぇ。知ってるんですか?」と三人揃って聞いてしまった。
「どうして、春樹くんと知り合いなの? ミホさん。オリンピックで銀メダルだったでしょ。ウチがスポンサーについてて、食事とか栄養とかトレーニングとかサポートしてる人よ。それに、ミホさん、どうしてこんなに怒ってるの?」
「それは、謎です」と答えたあゆみ。そして。
「あの、春樹さんといい仲で、その・・愛し合ってすぐ、ウワキ現場に遭遇したんじゃないのって、推測ですけど」と遥さんが真面目に答えると。
「愛し合って、ウワキ現場、推測・・で・・ヤリチン・・と言われたのか。ぷぷぷぷぷ・・・ヤリチンだって・・くっくっくっくっくっ・・ケッサクね・・で、これっていつの話し?」
と楽しそうな、まったく予測できない知美さんの質問に。
「水曜日です」とすぐに答えた遥さん。
「水曜日? 昨日、一昨日、その前ってこと?」と大きな声で驚く知美さんを始めて見た気がしたから。
「・・はい」と三人でテンボの遅れた返事。
「・・そういうことか・・ぷっふぷぷぷぷっ・・あーダメダメダメダメ・・。ヤリチンだって」ぶっくっくっく。
って、そこって笑うところですか? と聞きたいけど。
「で・・ミホさんと春樹くんっていい仲なの? 美樹ちゃん何か知ってる?」
うっ・・と息が止まる唐突な質問に。ピタッと金縛り・・。
「・・い・・い・・いえ・・・・何も知りません」
と答えながら、そんなに見つめられると、ちょっと知っていることまで全部バレそうな気がして怖いし。
「ふううううん。何も知らないの? まぁいいけど」ニヤッとする知美さんに。
全部バレた・・ね。という確信がする。私より数千倍鋭いカンが私の心を貫いている錯覚も。そして。
「ちょっと、もう一回見ていいかな」と携帯電話を操作して。
「は・・はい・・どうぞ」とあゆみが返事する前に。
「晴美ちゃんの大きな不自然な荷物・・もしかして、この娘、泊めてもらおうとしてたのかな? お持ち帰りされることを期待した。ヤル気満々って、春樹くんとヤル気満々だったのかな。春樹くんのにやけた顔も、まんざらじゃないし。そこにミホさん。何人彼女がいるのだなんて。あらためてそう言われると、私でしょ、美樹ちゃんと・・あなたたち・・まだ他にも結構な数でいそう・・かな。そして、ヤリチン。ミホさん、春樹くんにヤラれたのかな。そんなことって、ありえない気がするけど・・帰ったら聞いてみようかな。あなたミホさんとやったの? って」うっふっふっふ。
や・・やめてください・・やったの? だなんて・・と心の叫びを、知美さんなら、私の数千倍鋭いカンで分かってくれるはずだけど。ほら、私の顔見てニヤニヤしてるし。でも。
「帰ったら・・聞くって・・」と尋ねた遥さんに
「うん、一緒に暮らしてるから。私と春樹くん。顔見た瞬間、ヤリチンくんってつぶやくかもね。くっくくっく・・春樹くんがヤリチンだって・・だっはっはっはっ。おっかしぃー」
そうあっけらかんと答えた知美さんのテーブルを叩きながら笑う姿に驚くあゆみ。
「一緒に暮らしてるって・・同棲ですか。もしかして、結婚されてるとか」
「同棲だけど、結婚はまだよ・・それ以前に、私と春樹くんは・・」
「・・春樹くん・・わ?」
「もう、終わってるかもしれないし。ねぇ」
と私に向かって言いながら笑ってる知美さん、に唖然とすると、どうして、三人揃って、私を見るのですか。それに。
「終わってる?」と聞く遥さん。に。知美さんは。
「美樹ちゃんにとられちゃったかも。晴美ちゃんはどうなの? ミホさんは。あなたたちも隙あらばって感じだし。うーん。春樹くん、モテる顔してるからね、なんか、あの子に女の子のうわさがこんなにあるだなんて、そっちの方が嬉しいような気がするし」
と素顔のままでぼやいている。
「う・・うれしい・・ですか?」と絶句したあゆみに。
「うん・・春樹くんってさ、こんな席に女の子を座らせる子なのよ。つまり、女の子の気持ちをなんにも知らない、なんにもわかっていない男の子なのね。ちょっとはさ、私以外の女の子と仲良くなって、その娘を喜ばせたり悲しませたり、泣かされたり、泣かしちゃったり。そんな経験積んでほしいというか。複数の女の子と同時に付き合うなんて、ありえないけど、いや、複数の女の子と付き合っているよね今。うん。で、いろんな女の子と付き合って、気の利く男の子になって欲しいとか。女の子の扱い方がね、もっとスマートになって欲しいとか。そういうことは経験しないと身につかないでしょ、本ばかり読んでもムリ。女の子の扱い方をマスターしたうえで、最後の最後にどの娘を選ぶのか、誰かを選んだら、誰かを捨てなきゃならないでしょ。そんな葛藤を乗り越えてほしいというか。経験してほしいというか、そのためには、あなたたちのような若くてカワイクて綺麗で素敵な、まだやり直せるチャンスがいっぱい残っている年頃の女の子といろんな噂が立ってほしいというか。噂の数だけ葛藤に苛まれるってことだしさ。そんな経験をたくさん積んでほしいの。私。強いて言えば、私のために。うん・・私ってほら、もうそろそろやり直せなくなる年かもしれないしね。もうすでにやり直すチャンスなんてない女かもしれないし。だから、私ではない誰かでトレーニングを重ねるっていうか。葛藤をね・・」
「葛藤・・苛まれる・・ですか?」
「経験ですか?」
「私のために」
「やり直せる・・チャンスが・・」
「うん。私にも、あと一回くらいは残っていてほしいけど。それにさ、春樹くんって、モテそうな顔でしょ。カワイイ女の子が大勢いる所にポイって放り込んだらキャーキャー言われそうな顔してるでしょ。なのにさぁ、今まで、そんな噂が全然なくてね、こんな動画を見るとね、ようやく、私の望みがかなう時が来た、と思ったりしてる。あなたたちのように若すぎる女の子となら、少しくらい間違ったとしても大丈夫でしょ。つまり、やり直しがきく年頃の時に、しっかりと恋にトライして初体験で経験するエラーを修復しなさいって意味。私の望み、あの子にカワイイ恋をさせてあげたい。美樹ちゃんと・・と思っていたけど。あなたたちも・・と美樹ちゃんを焦らせちゃおうかな」私を焦らせる? と遥さんに視線を向けたら。
「知美さんの望みですか・・若すぎる女の子と」なんてことを聞いていて。
「カワイイ恋をさせてあげたいって・・大人だからですか?」と聞くのはあゆみ。
それより、私を焦らせるだなんて・・。そんなこと笑いながら言えることなのかな?
「うん、私の望み・・う~ん。だからね、いろんな女の子とカワイイ恋を経験してさ、最後の最後に悟りを啓いてほしい「やっぱり俺はお前じゃなきゃダメみたいだよ・・」なぁーんて私がオンリーワンの認定、されたくない? つまり、プロポーズは、そんな感じのオトコがオンナにする敗北宣言。は、私に・・って無理かな。妄想すぎるかなコレって」
「オンリーワン認定・・ですか」
「プロポーズって・・敗北宣言・・は、知美さんに」
「まぁ、17歳じゃ、まだわからないかな、私はね、あの子の最後のオンナになりたい。という意味よ。あ・・あの子って言うのはよくないかな。年上だからって意識を押さえるべきね。みんなは春樹くんのコトなんて呼ぶの? 春樹さんとか」
「はい・・まぁ・・春樹さんって呼びますけど」
「私もそう呼んでみようかな・・。春樹さん・・あーダメ。お尻がかゆくなる」
お尻がかゆく・・。と知美さんの顔を見ながらナニかを思い出している私・・そうだ、春樹さんみたいな男の子には、最後に出逢って欲しかった‥と言ったのはお母さん。最初に出逢うべき男の子ではないって・・知美さんが言ったことと同じかな。と、そのタイミングで。
「はい、お待たせしました。ミックス二つ」
と店長さんがやってきて、あゆみと遥さんは、話題を無理やりそらせるように慌ててかき混ぜて、具材をジュージューと鉄板に広げ始めた。その一瞬、私は、静かになった知美さんの話していたことをもっと理解しようとするけど・・、知美さんの早口で膨大なトークを整理するなんて、ちょっと混乱しすぎてムリかも。と顔を知美さんに向けたら。
「美樹ちゃんおかわりいらないの? その年でダイエットなんて考えちゃだめよ。しっかり食べて成長期に骨格を完成させなさいよ。バランスがいいプロポーションのベースは、骨格よ、骨格。骨がガッチリ組み合わさっていないとバストウエストヒップのバランスも悪くなるんだから。女の子の滑らかな曲線美ってベースは骨格でしょ。しっかり食べてプログラムされた成長限界点まで成長しなさいよ」
「はい・・」って、プログラムされた成長限界点? って何の話してたっけ? それより、次は何の話だろう? 話を始めると次から次の知美さん。
「それにさ、年取ってからも病気にならない人って、統計的に骨格がしっかり完成しているからで、同じように、年取ってからも綺麗な人って、姿勢がイイから綺麗に見える場合が多いのは、骨格が出来上がっているからなのよね。私もそういうことを研究してさ、わかっていることはとりあえず全部実行しているから、あなたたちにもちゃんと何をどう実行すれば、健康で綺麗な女の子を目指せるか教えてあげるから。ついてきなさい。見た目がキレイな人って姿勢がイイから綺麗に見えるという場合が多いのよ。若いうちは、筋力が姿勢を保つから綺麗にみられるのだけどさ、年取って筋力落ちるといろいろな部分を支えきれなくなって緩んで曲がって弛んで美しさが損なわれるわけ。大きなおっぱいもカワイイお尻も、綺麗な髪もカワイイ笑顔も、全部骨格が大事。だから、ちゃんと食べて、足りない栄養素は、サプリメントでしっかり取る。いい、わかった」
相変わらず、この文字数を、息継ぎなしの一呼吸で喋る知美さんに圧倒されてしまうというか。あゆみも遥かさんも、ただうなずくだけで。ジュージューしてるお好み焼きそろそろひっくり返さないと焦げそう、と目で合図するけど気付いてくれなくて。
「焦げ臭いけど、大丈夫?」
と鋭すぎる勘で私を代弁してくれる知美さん。
「あ・・はい・・」あゆみも遥かさんもうなずいて。
あわてて、ギリギリセーフでひっくり返したお好み焼き。を見つめたまま。
「ふううん。みんな、ひっくり返すの上手ね」
とぼやいた知美さん。私、ナニかを思い出している。そう「ひっくり返す」というキーワード。いや・・知美さんにとってのパワーワード? だから思わず、オソルオソル。
「練習しますか?」と聞いたけど。知美さんはお好み焼きを見つめたまま。
「ううん、私がこだわってるのは、そこじゃなくて」とぼやいた。
私は、はい・・とうなずいて。どこなんだろう? と聞くのが怖い。と知美さんが、まだ真剣な眼差しで見つめているのは、裏返ったお好み焼き。の何が気になるのかな? と思ったら。
「ところで、話を元に戻すけど」とお好み焼きを見つめたまま、つぶやくようにトークを再燃させ始めた知美さん。どの話に戻るのだろう? 二人の手が止まって。顔を上げた時。
「あゆみちゃんも、遥ちゃんも、美樹ちゃんよりいい成績取れたら春樹くんとデートするだなんて、それって結構真剣だったの? 本気でデートできそうって思ったの?」
と、知美さんの真剣すぎる表情から出た質問に。
「あっ・・は・・はい・・本当にデートできそうな気分になって、かなり大真面目に勉強しました・・よね」
と遥さんは答えながら、あゆみに同意を求めた。
「うん・・あの・・春樹さんって、どんな質問にも丁寧に解答してくれて、なんかこう勉強が すらすら わかるような気持になって、これはイケるって気持ちになりました。よね」
とあゆみもそんなことを答えたけど。
「ふううん・・これはイケるって気持ち。イケるって、その原動力ってさ、やっぱり、春樹くんとのエッチを期待したからなのかな。デートって最終的にはそこがゴールでしょ」
えっ? エッチ・・って。あの・・ごーるって、その・・そんなことって、こんな風にすらっと聞けることなのかな? とあゆみも遥かさんも私も、視線をうろうろさせていると。
「ってことでしょ。あまり意識してるって自覚はないけど、心の奥底で、春樹くんをモノにしたいって気持ちが湧きあがるから、大まじめに勉強して。美樹ちゃんよりいい成績取って、デートしたら、その先にはエッチなことがあって。ついつい熱くなって、どうにもならなくなって。イチャイチャしちゃったら。あッ、という間に、めでたしめでたし、となろうとした。なんてことをモヤモヤ考えちゃう年頃でしょ、17歳って」
と、知美さんはニヤッとしながら話しているけど。どんな話に戻ったのかまだ解っていない私たち三人は。「そう言えば晴美はそんなこと考えていたよね」とテレパシーを飛ばしあいながら。
「い・・いえ・・私は、そこまでは・・」と声をそろえたけど。
「ふううん。いえ、そこまでは、って言葉を言わせているのは理性に押さえつけられているからだと思うよ。あなたたちが全く意識していないと思っていても、深層心理があなたたちの手足をそんな風に操縦して、つまり、大真面目に勉強をさせて、春樹くんをモノにしようとしたのね。それってさ、つまり、どういうことかというと、こんなにカワイイカワイイ17歳の女の子たちが私の新たなライバルなのね・・ライバル、漢字で書くと親友、なんだって。それをさ、どうひっくり返そうかしら。と思っちゃうのよね。私ってひっくり返すの下手だし・・こんなに綺麗でカワイイ17歳がライバルなのか・・勝ち目ないかも。それ以前に、終わったかもしれないし」
と、もう一度視線をおこのみやきにもどした知美さん。ふううう・・とため息をはいた。のを見て。ふと思ったこと・・を。
「やっぱり、それって恋人がほかの女の子と仲良くしてるのって気になるからですか?」
そんな言葉でズケズケ聞いたのは遥さんで。その問いかけに一瞬・・考えて。
「あっ・・ホントだ・・私、気にしてるよね」
と答えた知美さん。まるで、違う人と入れ替わったかのような雰囲気になってる。ことに気付いた私。
「私ってさ、心に思う前に言葉が口から出ちゃうのよ。それでね、自分で喋ったことに対して、あー私って今こんなこと考えてるんだなぁって気付くときが多い。確かに、気にしてるね。春樹くんが美樹ちゃんにとられちゃったこと」
「とられちゃった・・」
「うん・・でもそれは、春樹くんが美樹ちゃんを口説いたのではなくて、美樹ちゃんが熱い思いを春樹くんにぶつけたから、春樹くんの心が美樹ちゃんに傾いたということで、つまり、私が春樹くんにぶつけた情熱はもう持続しなくなっていて、春樹くんの心に灯した火をもっと熱く燃え上がらせた美樹ちゃんの勝ち。だとしたら、私にはあがらう術がない。し、春樹くんにどうこう言うのも筋違い。ということよね。あーどうしよ、ひっくり返すのムリかもしれない。私がこんなに弱気になってるだなんて、それも信じられないことね。と口にして初めてわかる私の本当の気持ちって、本当はこうなのかもしれないね」
そんな知美さんのトークを聞きながら、あゆみと遥さんは、はふはふとお好み焼きを食べながら、うんうんとうなずいてはいるけど。気安くうなずくのも怖いという気がしてる私は、黙って知美さんの顔を見つめている。すると。ニコッとした知美さんが、息継ぎしてすぐ話始めた。
「そう考えると、恋って残酷よね」
残酷・・? 今度はどんな話?
「いい男の子だからって、何人も女の子が群がっても、だけど、ゴールにたどり着けるのはその中の一人、だとしたらさ、脱落した女の子たちの命がけの努力って全部無駄になるか、ゴールした女の子の肥やしになるしかない。のよね。そう思うと、恋って残酷。弱肉強食なのよね。弱い立場になって初めてわかるわ・・これ」弱い立場・・初めてわかる・・。
たしかに、そう言われればそうかもしれないような気もするけど。あゆみと遥さんもはふはふもぐもぐしながら私を見つめて。わ・・私はまだゴールなんてしてないと思いますけど。と、口にはできないままでいると。トークを続ける知美さん。
「そう言えば、かぐや姫って、その逆バージョンだよね・・」
とつぶやいて。今度はかぐや姫ですか? と思ったら。
「綺麗なカワイイ女の子にセレブな男たちが群がって。女の子は、群がる男に無理難題を押し付けられるけど、男の子は群がる女の子に無理難題なんて押し付けられなくて、あーそっか、だから かぐや姫 は地球のオトコに飽きて月に帰ったんだ。なるほどね」
と知美さんは一人で自分のトークに納得し始めてる。
「それって、私も経験あることよね・・今頃気づいた・・やっぱり、美樹ちゃんたちとお話しすると気づくことがたくさんありすぎるわ。話を止めないで。もっと言いたい放題話し続けてくれるかな」
止めないでって、さっきから話してるのは知美さんだけですけど・・。と言うのがコワイままでいると。
「私も群がる男の子たちから、いろんなもの貰ったけどね、確かに恋ってモノじゃないよね。ナニを貰ってもさ、はいはいアリガト、ぐらいしか感想なんてなくて。だから、かぐや姫もさ、言葉ではモノを要求してるけど、本当の所、言葉ではないつまり、心が要求しているのはモノじゃないってことを解って欲しかった。だから、誰一人、心震える熱い思いをぶつけてくれなかったから、地球のオトコってつまらない。と男たちが用意してくれた品々に見向きもせずに月に帰ったんだわ」
と、そこまで話してから私をじっと見つめる知美さん。ゴクリとつばを飲み込む私に。
「だとしたら、美樹ちゃんって、春樹くんにどんなふうに熱い思いをぶつけたの?」
えっ・・? とまた三人で私を睨まないでください。もぐもぐしたまま・・。
「って・・私、僻んでいそうね・・はぁーダメダメダメダメ。やっぱり私も春樹くんのことが好きなのよ。はぁぁ、どうやってひっくり返そうかしら」・・・・(「消しちゃう?」)
と一人で喋って一人で納得していそうな知美さんを見ながら。さっきまでのトークをまとめている私は。確かに、熱い思いを春樹さんにぶつけたことを思い出している。「私あなたの事が好きです」って言ったり。「黙っていられないじゃないですか、私のカレシを・・」と言ってみたり。と春樹さんにぶつけた言葉をひとつひとつ思い返していたら。真剣な顔で私を見つめている知美さんに気付いて。視線が合ったところで火花が飛んだ気がした。かなり大きな火花が・・その瞬間に。
「あ・・あの・・ご・・ご・・ごちそうさまでした・・私たちはちょっと」
と遥さんが最後の一切れを口に押し込んで。あゆみと目で合図しながら、慌てて逃げ出そうとしている。私も逃げられるものなら逃げたい気持ちがするけど。やっぱり、ライバル「親友」を前に逃げるというのは・・なんて言うか。と思うと。
「あらら、引き留めちゃったかな」と笑っている知美さんの顔が急に優しくなっていて。
「いえ・・本当にごちそうさまてした。お話し、ためになりました」とあゆみも慌てるように靴を履いて。
「そう言ってくれると嬉しいけどね」
「それでは、本当にごちそうさまでした」
とあゆみと遥さんが慌てるように席を立って。
「弥生、またね」
「じゃぁね美樹、また学校でね」
「知美さん、本当にごちそうさまでした」二人で深々と頭を下げて。
本当に慌てて店を出てゆく。そんな逃げ出す二人を見送った後、クスクス笑いながら。
「ごめんなさい。今一瞬、殺気が出ちゃったかも」と言う知美さん。
「殺気ですか」と、聞き返すと。
「うん・・心の奥底で、美樹ちゃんを消しちゃえば。って言ってる私を感じた。美樹ちゃんは強くなって気付かなかった、いや・・私の殺気を正面から受け止められたのかも。でも、あの二人は気付いてた。私の殺気に。美樹ちゃんを消しちゃえばって思った瞬間・・くくくくく。真っ青になって逃げだしちゃったね。美樹ちゃんも前はそうだったでしょ」
えぇ~? 私を消す・・って。それより。
「私もそうだった・・って?」どうして過去形?
「うん。消すなんて、冗談よ。それより、私、美樹ちゃんと初めて口を利いたときの事を思い出したの。ほら、車の中でそんな冗談、美樹ちゃん本気にしたでしょ・・覚えてる?」
あっ・・はい・・とうなずけるのは、間違いなく思い出せるあの時の会話。
知美さんが「安心して、誰にも見つからないところに埋めてあげるから」なんて言ってたことを真に受けて逃げ出そうと車のドアを必死で開けようとしていた私を思い出して。
「くくくくくくく」と笑ってしまったのは私。「そんなことがありましたね」と付け足すと。
「うん。美樹ちゃんって、見違えるほど大人になったのか、強くなったのか。もう少し付き合ってくれるかな。と、今の美樹ちゃんにならこの話をしても大丈夫だと思うから。もう少し付き合って。もっと話したいことがあるの。お店変えてもいいかな?」
「・・はい」と返事するしかないような。どこのお店でなんの話をする気だろう? 

そして、弥生と彼氏さんに「ごちそうさま」を言って、店を出て。車まで歩きながら。
「あー、ちょっとしゃべりすぎちゃったかな、私ってね、いつもこーなのよ。とにかくしゃべり続けていると、いろんなインスピレーションがやってきて、次から次にアイデアが溢れてくるの。あー私ってこんなこと考えてるう~って。だから、べらべら喋ってる私ってね、宇宙の意思と繋がったスピリチュアルなトランス状態だから、どんどん意見をぶつけてね。宇宙と繋がってるスピリチュアルな私は普段の私ではなくなってるから」
アイデアですか・・。うらやましいというべきか、宇宙の意思と繋がった・・スピリチュアルなトランスですか、それって真似なんてできるわけなさそう。いや、それより、春樹さんと知美さんはもしかしたら宇宙で繋がってる? それよりも、私にも心の中に住む別の私がいるということを思い出せそうな話ですね、イヤミな意見しか言わないもう一人の私に、知美さんのコト見習ってよ・・と思っているかな私。あーまた頭の中がぐるぐるし始めてる。そして、颯爽と歩きながら。
「でもさ、水曜日にあんなことがあったのねぇ、春樹くん、私が帰国して部屋に帰ってから、なんか雰囲気がおかしくてさ、私はてっきり美樹ちゃんと何かあったのかと思っていたのに、晴美ちゃんとのデートをモビルスーツみたいなミホさんに粉砕されて、それでパニックになってたのね。あの子ってあーゆー場面に遭遇したら、ものすごいトラウマとコンプレックスを抱えるのよ。アーユー場面。イラついてる女の子にガツンと意味不明なこと言われたら、論理的思考回路がショートしちゃって、ピーガーピーガーガラガラガラガラ。で、自律神経が縮こまっちゃって、あー、それでアレが立たなかったわけだ。ぷぷっ」
「立たなかった・・」それでアレが? あ・・アレが、というのが解るような解らないような・・。私、自動的に空想しないように理性の力が必死になってる。と自覚していると。
「くすくす・・まったく、隠れてコソコソエッチしてもいいからって言ったでしょ。でも、体を許したわけでもないのに、あの子の心があんなに美樹ちゃんに傾いているのは、やっはり、美樹ちゃんがぶつけた熱い思いにあの子が答えているのよね。って、これが何の話かわからない? でしょ」
と一方的に喋っている知美さんが私の顔をのぞきこんで。それは確かに、ナニの話しかわからないから。
「はい・・まぁ・・ちょっと。わかりません」と苦笑いすると。
「どう説明すればイイかな、えーっとね。うん、あの子の机の上に、二人で始めるカフェの経営。とか。二人で経営する小さなレストラン。なんて買ってきたばかりの本があったの、所々に付箋があってね。普段、宇宙とかロケットとか人工衛星とかアンドロメダ星雲とか、そんな本しか読まない子が、カフェだのレストランだの、しかも経営だなんて。と言えば思い当たる節があるでしょ。と私は推理してる」
と言われて。あっ・・。と思い出せることがある。と言う顔をしたら。
「ほら。やっぱり美樹ちゃんの熱い思いにあの子が心を傾けているのよ」
と話しながら、車に乗って。
「ちょっとね、まだ時間あるでしょ・・って、少し遅くても大丈夫? 9時過ぎまで付き合ってほしい。ちゃんと送ってあげるから」
「はい・・」9時過ぎまで・・と言うのがどういう意味なのか。
言われるがままいたら、車が出発して。
「確か、春樹くんのお母さんの弟さんかな、美樹ちゃんがアルバイトしてるお店のチーフって。美樹ちゃんが言ってたでしょ、リッツホテルの藤江料理長の弟子だったって」
「はい・・そんな話しましたね」
「私も思うのだけど、あの子の料理の腕前、どんどんレベルアップしててさ、どうしてこんなに美味しいモノ作れるのかなって思う時があってね。誉め言葉のつもりで、いつも美味しいわね、これならコックさんでも食べていけそうね。と言ったことがある。けど。あの子は、「俺の夢は宇宙だから・・」って。私にはにかみながら、「でも美味しいって言ってくれて、喜んでくれて嬉しいよ」って。そんな一言がイチャイチャするきっかけだったのはいつのことだったかなって思い出したら、もう一つ思い出したことがあって」
と車が止まったのは、アルバイトのお店の前の喫茶店? えぇ・・ココって。あの。
「9時までまだもう少し時間あるから、もう少しお話ししましょ」
と言われるがままについて行くと。
「いらっしゃいませ」と見覚えのある喫茶店のマスターの声に、慌てて会釈すると。「こんばんは」と、やっぱり私のコト覚えてくれている雰囲気。キョロキョロと見渡して。いつもの席に奈菜江さんと優子さんがいないことを確認してから。知美さんに連れて行かれるままに座った席は。
「変わってないな・・ここから向こうのお店が良く見えるでしょ」
と言われて、振り返ると確かにお店が良く見えて、大きな窓から店長の顔が識別できる。それより、私が春樹さんに告白した時に座ってた席は二つ向こう側・・だったよね。って私アノ時の事を思い出していたら
「ご注文はいかがなさいますか?」とお姉さんに聞かれて。その綺麗な顔を見上げると、私にウィンクしてくれるお姉さんはあの日私と春樹さんにコーヒーを持ってきてくれた人、に。
「コーヒーを二つください。ホット、ブラックで」と言う知美さんは。「私、ここのコーヒーが好きでね。何年ぶりかなここに来るの。2年ぶりくらいかな」と言ってる。それが、春樹さんもそう言ったイントネーションだから。
「春樹さんと来てたのですか?」と思いつく前に言葉にしてしまったら。知美さんは。
「うん」とだけうなずいて。カワイク笑いながら「もしかして、美樹ちゃんも春樹くんとここに来たことがあるの」と聞くから。
「はい・・」とうつむきながら答えた。すると、知美さんはニヤッとしながら。
「春樹くんに誘われて?」と核心を突く質問が返ってきて。私は、セリフを考える前に・・。
「あの日は、私が、ここに来てくださいって呼び出しました。あの・・いつもはお店のお姉さまたちと仕事の後、ここでアイスクリーム食べるんです。それで、あの日、春樹さんをここに・・。その向こうの席ですね・・」そう下手な言い回しで説明を始めたら。
「ふふふ・・・」と笑ってる知美さん。やっぱりわかるのかな・・私がここで春樹さんになにをしたか・・。
「別に報告する義務はないから、どんな言葉で告白したかは追及しません・・って、この前お好み焼き食べた時に、聞いちゃったかな」
やっぱり・・知美さんは、わかっている。どうやって私の心の中を探るのかな、という気持ちも湧いてくるから。言いたくなったこと。
「はい・・話しましたね・・だから今日は、熱い思いをぶつけました。とだけ言います」
そうつぶやいて、唇を噛みながら、ちょっとだけ・・勝ち誇った気がしたけど。
「ふふふ。うん・・じゃぁ、そんなこと思い出したら、熱くなりそうだから、アイスも食べる、いつも何食べてるの?」
そう返されるとは思わなかった。熱くなりかけた気持ちが、すーっと冷めて。
「あ・・イチゴのバニラアイスですね」と答えてる私。
「じゃ、それ二つ」とコーヒーを持ってきてくれたお姉さんに頼んで。再び知美さんのトークか始まる前にコーヒーをすすると、あの日春樹さんに言われたように気分が落ち着いて。私が思うことを。こうつぶやいた知美さん。
「美味しいでしょ、ここのコーヒー。ほっとするのよね、この苦い大人の味に」
春樹さんもそんなこと言ってた事を思い出しながら。コーヒーのせいで冷静になった気持ちで知美さんの顔を見つめると、優しそうで本当に綺麗な顔。それが、よくもまぁこんなに話し続けられるものだね、なんて思ってる私。でも、さっきとは微妙に雰囲気が違うこと、ゆっくりした落ち着いた話し方に気づいた。
「本当はね、美樹ちゃんにこの話をするべきか、しない方がイイか、考え中だったんだけどね。たぶん今の美樹ちゃんなら耐えられると思う・・耐えるものでもないかな・・」
「耐える・・って」
「受け入れられる・・と言った方がイイかな」
「受け入れられる・・ですか」
「ウン。美樹ちゃんのおばあちゃんの話しだったかな、してあげたいことがいっぱいできれば愛。してほしいことがいっぱいあるうちは恋。そんな話」
「はい・・しましたね」
「うん・・つまり、私もさっき遥ちゃんに言われてわかったんだけど、私も春樹くんのコトが好きなのね。春樹くんもあんな子だから。あんな子、男の子ってだらしないでしょ。だからね、こういう三角関係ってグダグダになっちゃうのが定番なんだけど。あの子か美樹ちゃんを選ぶならそれでいいと思う。と私は本当に思っている。でも、それでもね、諦められないという思いが湧いてくるのは。私はあの子にしてあげたいことがいっぱいあるから。その中の一つがね、あの子が宇宙の果てを目指したいならつれて行ってあげたいの」
と言うフレーズは・・チーフが言っていたこと・・と思い出す私。だから思わず。
「知美さんって、やっぱりチーフと知り合いですか?」と聞いてしまった。
「え・・やっぱりって・・なんで」と驚いた知美さんの目がぐわっと開いてる。
「あの、それって、チーフも言ってました。春樹さんが知美さんに連れられて宇宙の果てにって・・そんな話・・」
の次、そうなる前に引き留めて、俺の味を継いでほしい・・と言ってたことは言えなかったけど。知美さんの顔を見つめると少しの間があって。知美さんは、コーヒーをすすりながら、ちょっと何かを考えて、カップを置いて何かを思い出そうとしてるみたい。私もコーヒーをすすって苦いですねって顔をしたら、知美さんはクスクス笑っていて。そのタイミングでいつも食べているイチゴのバニラアイスが運ばれて来た。
「アイスクリームです、他にご注文はありませんか?」と聞いてくれるお姉さんに。
「どうもありがとうございます。これだけで・・」と返事して。
「コーヒーとアイスクリームって・・うーん・・」と考える知美さんに。
「私は、いつもこれです」と言って一口。つられて食べた知美さんも。
「ホントだ、美味しい。美樹ちゃんに勧められるものってどれも美味しいわね」
そんな舌鼓しながら、さっきの話しの続き。チーフの口調を真似したつもりで。
「あの、チーフは、「春樹がよ、知美さんに手ぇ引かれて宇宙の果てみたいなところに連れていかれるんじゃねぇかって、そんな気がしてよ・・」って、そんな感じで私に言ったんです」
「くすくす、チーフってそんな感じなのね、ふううん・・私が春樹くんを宇宙の果てに連れて行くって・・まぁ、そのチーフとは、知合いっていうほどでもないけど、私が今の会社で働き始めて、お金の問題がなくなって、春樹くんもアルバイトしなくてもよくなった時にね、もう辞めたらって言ったらさ、チーフが頼み込みに来たのよ、部屋まで。頼むからもう少しいてくれないかって、土日だけでいいからって。その、もう少しのはずが、そのままずるずると2年ほど過ぎてるけどね。あの時会ったきりだけど、その時挨拶したかな知美ですって」
「それで、チーフは知美さんの事を知っているんですね」
「まぁ・・そうだけど・・私は宇宙の果てに連れて行くなんて、チーフには言ってはいないと思うけどね。春樹くんの趣味が宇宙だからじゃないの?」
「あ・・そうですね・・いつも難しそうな本を読んでますし。だから・・」
「でしょ・・でね・・ちょっとそれるけど、こないだアメリカでジェームズと奥様に連れられて、あちこちでいろんな人に会ったのだけど。ジェームズってね、人と会って話して、この人はこんなことをしている。あの人はあんなことをしている。というのを取りまとめて、今このプロジェクトに必要な人材探しとか、この人のアイデアとあの人のアイデアをつなげたら、こんなことできないかな・・ってことを考えるのが好きなんだって、というより、それが仕事なの。一人じゃ何もできないけど、二人集まれば何かができる。もっと集まればもっと大きなことができる。チームって言葉は、みんなが力を合わせればもっと大きな目標を達成できるって意味なんだって。それでね、ジェームズの仕事は、人と人のカップリング。チームに必要な人材の発掘。つまり、私が研究のテーマにしていること、どこの誰が研究していることと組み合わせたら。どんなチームを組んだら、もっと大きな成果を達成できるのか、ジェームズってそんなことばかり空想してるの。だから、いろんな人のいろんな意見を聞いて回って、ずーっとインスピレーションが空から降りてくるのを待ち構えてるんだって。私との出会いもインスピレーションだったって。あの時、学会の集まりで前座を務めた私に興味が湧いて、でも、私のコト無理やり誘ったら印象が悪くなるかもしれないから、名刺を渡して私の方から来てくれることを信じていたって。「ワイはトモちゃんが来てくれますようにゆうて毎朝神社に行ってお願いしてたんやで。お辞儀二回してパンパンしてからもう一回お辞儀するねん、日本には神様がぎょうさんおるから願い事したらなんでも叶うんちゃうん」って言ってたけどね。そんな上手なトークを聞きながら、ふと、春樹くんを宇宙の果てに連れていけそうな人ってジェームズの知り合いにいないかなって思いつくまま。ジェームズに聞いたのよ。ジェームズの知り合いに宇宙のオタクとか、物理のオタクとか、そんな人いないの? って。そしたらね・・」
とそこで区切って息継ぎをした知美さんは、アイスをパクパク食べながら、コーヒーを一口飲んで、「アイス食べながらだと、苦さが強烈ね」とクスクス笑い始めた。そのタイミングで。私もコーヒーを飲んでからアイスを舐めて。「コーヒー飲みながらだとアイスがもっと甘くなりますよ」と答えると。知美さんはくすくす笑うから。素直に聞けた。
宇宙のオタクが「いたんですか・・」と。
「うん。「おるで、とびっきりの宇宙のオタクと、スジガネいりの物理のオタク。ガンダムを語らせたらトレイにも行けんようになるアブナイ奴が、ワィのツレにおるで。よっしゃ、今から会いに行こ・・・」というのが関西弁でしゃべるジェームズなのよ。私がそんなことを聞いた瞬間にインスピレーションが空から降りて来たんだって。飛行機の針路まで変えてさ、どんな人なのあの人・・思いついたらすぐに行動しちゃうのよ。私もそうだけど、アレにはかなわないわ・・。で、そのまま、その後の予定を全部キャンセルしてまで宇宙のオタクに電話して、会いに行ったらね。NASAって知ってる? アメリカの連邦宇宙局。そこで火星探査にのめり込んでるロバートさん・・っていうの。ジェームズの同級生でね。私に会うなりたどたどしい日本語で、日本から来たのですか、おぉ~まるであなたはマチルダさんのようだ・・って、そっちに脱線すると、美樹ちゃんには理解できない話になっちゃうね」
と、息継ぎしたら、ずるずるコーヒーをすすって、アイスをパクパク食べて。
「はい・・」マチルダさん? だれ? と思いながら、私もコーヒーをすすってアイスを食べると。アイスとコーヒーって合うかも。という気がしている。
「で、そのロバートさんに、・・私の恋人・・って言ってもいいかな春樹くんのこと」
「まぁ・・」
「ふふふ・・私の恋人が宇宙を目指していて、宇宙に関わる仕事とか、宇宙の果てに連れて行ってあげられるような仕事とか・・そういう仕事に就けるにはどうすればって話をしたら。NASAで働きたいのなら、定期的にスタッフを募集しているから試験を受けて合格すればここで働けるし。宇宙飛行士を目指すなら、それも定期的に候補生を募集しているから試験を受けて合格すればいい。でも・・ジェームズの通訳だから関西弁になっちゃうけどね。トモちゃんのカレシが、ワィに無茶苦茶ごっついスゲェ夢を見させてくれるような、飛び跳ねた妄想家なんやったら話は別やで。トモちゃんの恋人さんってどのくらいのヘンジンなん? と目をギラギラさせながら聞くのよ・・ヘンタイ? ヘンジン? まぁどっちでもええけど・・ワィよりすごいんか? ってね」
「どのくらいのヘンジン? ヘンタイ? ワィよりすごいんですか? 春樹さんが」
「うん。あーゆう人たちは、みんなヘンジンよ。私もその部類かもね。ロバートさん、ともちゃんのカレシが、ジョブスみたいな妄想家やったら大歓迎やで、ジェームズが一押しナンやったら期待値マックスやん。今度会わせてくれへんかな、宇宙の果てを目指してみよか。一緒に行こ。なんて話になっちゃって、ジェームズが会いたいのか、ロバートさんが会いたいのか、クリスマスにロバートさん一家が日本に来るんだって。思いついたらすぐに行動開始するのってあの人たちのパターンなのね。ジェームズも道案内してくれるって言ってるし、ロバートさんはついでにガンダムのプラモデルを買いあさりに来たいって。で、その時に、春樹くんに会わせてあげたいの。例えば、美樹ちゃんのお店で、チーフのお料理を振舞って、春樹くんとロバートさんで宇宙を語りつくすような場所をセッティングしたいと。そういう事。ふと思ったんだけどね、そう言えばチーフってねぇ、リッツホテルで仕込まれたんでしょ。ということはさ、ほら、こんな所でリッツホテルのお料理を味わえるなんて誰も知らないんじゃないのかな。チーフに頼んで腕を振るってもらったらさ、ジェームズの奥様もロバートさんの奥様も美味しい料理にびっくりするかも。なんて思ってね・・そんな話を春樹くんにしたいのに、あの子うつむいたままブスっと怒っていて、顔も見てくれないからできなくて・・美樹ちゃんからも言ってくれないかな、今話したことを代わりに言うとかじゃなくて、ただ、私と向き合ってお話ししなさいって。今のあの子って、美樹ちゃんの言うことしか聞かないかもしれない。私にどう言っていいかわからなくて」くすくす。
と笑ってる知美さんに。
「あぁ・・そう・・」としか言えないないのは、つまり、知美さんは春樹さんにそんなにすごいことをしてあげられて、私には・・してあげられることが何一つないという現実を思い知ったというのかなコレ。この落差と言うか・・。知美さんって、本当に春樹さんを宇宙の果てに連れてくことができる人なのかな? と知美さんの顔をじっと見つめたら。
「美樹ちゃんの言うことなら聞くと思うんだけどな。私もあの子にあんなことしちゃってうまく謝れないというか・・。美樹ちゃんを間に入れて何とか修復できないか・・。本当は私もこんなに不器用で弱気なかよわい女の子なのよ」
と私よりカワイイ仕草で言ってるけど。春樹さんが私の言うことしか聞かない・・と言うのは・・違うような・・知美さんも、自分で言えない・・って。それって・・何だろう。と考えこんだら。
「あー、美樹ちゃん、その目、私にイケズして、春樹くんに言ってくれないなら、泣いちゃおうかな。しくしく」なんて脅迫のような一言。
「い・・いえ・・その・・」泣かれたら困ります・・。と思っていると。
「それとね、もう一つ」と話を進める知美さんは。
「もう一つ」・・だけですか、と思っている私に。
「私はね、あの子のためなら何でもする女よ。いつか言ったでしょ。あの子には返しきれない恩がある。だから、あの子が美樹ちゃんと小さなレストランを始めたいって言うなら、餞別も出してあげるし協力だってしてあげる。でもね、これだけはやめてほしいことがあって」
「やめてほしい・・ですか?」
「うん。あの子の性格・・というより、男の子全般の性格なんだけど。男の子ってさ、そういうことを思い込むとなぜか 試練 の道を歩きたがるのよ。たとえばね、春樹くんが美樹ちゃんとレストランを始めたい。と思い込んじゃうと、たぶん今思い込み始めていると思う。すると、「美樹、俺、大学辞めてお前のために頑張るよ、レストラン始めたいんだろ。お前が学校卒業するまでにナントカかんとか」なんて言い出すから。それだけは絶対にやめさせて。大学は必ず卒業する。美樹ちゃんも高校卒業したら大学に進みなさい。私はあの子が大学出るまで、口きいてくれなくても面倒見てあげるつもりだから、絶対、必ず、大学は卒業すること。それにさ、住むところも、私が家賃払ってる部屋だからって、そんな後ろめたさなんて感じなくていいから、私はあの子にどんなに嫌われても、大学卒業までは責任もって面倒見てあげるから、私と別れるのはいいけど、部屋を出て行くとか、大学を辞めるとか、働くとか、そういうことを言い出したら、絶対ダメですって美樹ちゃんから言ってあげて。言ってあげないと、美樹ちゃんちに転がり込むかもしれないから」
とそこで息継ぎした知美さん。話を整理しようとするけど、すぐに理解できるのは最後の一言。
「私んち・・ですか?」
「そうよ、あの子はお父さんとケンカしてて、修復する気ないみたいで、私の部屋から出て行ったら住むところないしさ、それも葛藤だと思うけどね、私の部屋、美樹ちゃんも一晩過ごしたでしょ、あの大きさで月の家賃が12万円よ」
「じゅ・・12・・万円?」
「あの子の土日のアルバイトだけじゃ家賃にもならないのがきびしい現実なの。美樹ちゃんちで面倒見てあげられる?」
「む・・ムリに決まってます」と即答する私。私の部屋なんてあんなに狭いし、他に部屋なんてないし。お母さんもお父さんもいて・・。そんな考えたこともないことを急に考えるなんてことも私にはムリだし。
「そういう現実と、理想との間で葛藤して、男の子はなぜか 試練 の道を歩きたがるのよ。働けば美樹一人くらいなんとかしてあげるから・・なんて言い出したら。ダメですって言ってあげる。現実は厳しくて、試練の道を歩んでもかっこよくなんてないからって。いい? できる? 大学は必ず卒業するって。学位とか学歴がどれだけ大事か、美樹ちゃんも知ってほしい」
と大真面目な顔で言われたら。
「はい・・ダメですって言います。私んちとかはムリです。大学も・・ちゃんと卒業してからにって」と返事するしかない。
「くすくす、私んち・・もそうだけどね。若いころはそんないばらの道を二人で歩むのが幸せだなって思う時もあってさ・・でも・・いばらの道を歩きながら上を見上げると、高速道路をビュンビュン飛ばしてる人たちもいて。飛行機ですいすい目的地に行く人たちもいる。春樹くんには、目的地までロケットみたいな乗り物でヒトっ飛びしてほしいの。わかるかな、この例え話。ジャングルの中をどこの誰だかわからないナニかと戦いながら匍匐前進なんてしないでって。使う体力に見合った見返りを求めなさいって。見返りが何もないのにどうしてそんなに体力使いたがるのって・・恋ってそういう事が解らなくなるものなんだけどね」と身振り手振りで表現してる知美さんに。
「なんとなく」わかります。と答えている私。
「でね。そんないばらの道をあの子と歩いていた時の事、思い出しちゃってね・・いばらの道を歩かせたのは私なんだけどね・・妊娠して・・絶望してる時に知り合って・・あの子に黙って中絶手術をして・・泣いて・・あの子に励まされて立ち直って・・私が大学を卒業する半年くらい前から就職が決まらない間、一年もなかったね、9か月くらいかな、貯金を崩しながら、あの子のアルバイトの給料で何とか食いつないでた時があるの。あの子も学校に行きながらアルバイトをいくつもこなして、寝る時間って一日3時間くらいだったんじゃないかな? よく死ななかったねって今でも思うけど。アレって愛の力なのかな? 日曜日の9時にコックさんのアルバイトが終わって、私はこの席であの子を待って、二人でコーヒーを飲んで、手をつないで安いワンルームのアパートに帰る。それから月曜日の朝6時までが私たちが二人っきりで過ごせる時間だった。一週間の中で、その9時間だけが二人の時間だったの。9時過ぎたころにあの子がお店から出てくるのを待って、あの子が扉を開けて出てきたら、私、お疲れさまって心の中で想ってあげるの。そしたら、そのタイミングであの子は顔を上げて私を見つけて手を振ってくれる。テレパシーが通じてる気がして。本当は私がここで待ってることを知ってるからお店を出たら顔を上げて私を見つけて手を振っていたのに、私がお疲れさまって思った瞬間に心が通じて顔を上げてくれる気がしてね。これって愛だなぁって・・なんてカワイク思ってた。そして、二人でこのコーヒーを飲んで、面接またダメだった・・って報告をしたら。乗り越えられない試練はないよ。一番高いところに立つための助走なんだと思って、頑張ろう。飛行機だって空に舞い上がるために長い助走が必要でしょ。だれもたどり着けなかったゴールを目指してるんだから、簡単な所で妥協はしない。それがあの子のセリフ。その時々に会わせて、一言ぽつりと言ってくれたの。私、全部思い出せる。あんなに暖かい言葉であの子に励まされた時の事。だから、今でも思い出すとね、ほら・・ウルウルしちゃうの」
と、涙を拭き始めた知美さんの笑顔に・・私・・ももらい泣きしそうな感情が溢れてくる実感・・。でも、そんな話をする理由って・・。私が・・春樹さんのコト・・つまり・・。
「もう少しかな・・」
と時計を見てから、窓の外を眺めた知美さんに感じたこと・・が、ストレートに言葉になった。私も言葉にするのがコワイ気がしたからかな・・とても小さな声で。
「不安・・ですか」
と。春樹さんの心が私に傾いていることが不安? 知美さんが春樹さんの心に灯した愛の火が私のせいで消えてしまいそうな不安? と思いついて、その火がまだ春樹さんの心の中で灯っていることを確かめたくて、ここに来て、私にそんな思い出を話している。と気付くまでの時間、知美さんのトークが止まっている。少しの間知美さんは私を優しい眼差しで見つめて。くすっと笑ってから。
「うん」
とうなずいた。涙で潤んだ瞳でこんなにカワイク微笑んで、うなずく知美さんに、私、弥生が表現したように・・絶望的な超絶 カワイイ 女の子・・だなんて思ってる。
「美樹ちゃんもカンが鋭くなってきたのかな。私も強がり言ってるけど、こんなに不安なのねって、言われて初めて自分で思う。あの子の心の中にまだ私がいるのかな・・たまたまをパチンって、やりすぎだったかなって・・あーだめ・・あれ思い出したらまた笑いそう・・ぷぷぷぷ・・」
と、指先をパチンとさせて笑っている知美さん。
「あの・・わたし・・」そんな強がって笑っている知美さんを見ていると、春樹さんにちょっかい出すのが、怖く感じてしまいます。とは言葉にできないけど。
「いいのよ・・私のことなんて気にせず、美樹ちゃんも、恋って残酷だけど、女の子は最後まであきらめちゃだめだって、頑張って。私たちグータッチしたライバルでしょ」
ライバル・・って・・。
「親友ですか」
「うん。お互い、生涯、心を支え続けあえる友達になりましょう。だから、どうなっても正々堂々と知恵を振り絞って春樹くんを奪い合う・・血みどろの奪い合い・・って言ったことあるよね。くっくっく」
はい・・と私はうなずけたのかどうか・・。知美さんは時計を気にしてる。そして。
「喋ってると時間たつの早いね・・」と窓の外に顔を向けた知美さん。つられて私も振り返って外を見ると。あ・・春樹さんが出てきた・・。のを、じっと見つめている知美さん。今、心の中て「お疲れ様」って思いを春樹さんに投げかけているのかな・・春樹さん振り向くのかな・・振り向いたとき、私がここにいてもいいのかな・・そんなことが頭の中でぐるぐるして・・でも。もしかしたら、私の想いに振り向いてくれるかも。という気がしたから。私も「春樹さん、お疲れ様でした」と念じてみた。その瞬間。うーんうーんうーんと電話が震え始めて。慌てて取ると、「お母さん・・」だから、慌てて反射的にボタンを押すと。
「ちょっと美樹どこにいるの? 何してるの? 無事なの?」
と大きな声が聞こえて、知美さんにも声が届いたみたい。知美さんは私に振り向いて。
「あ・・あの・・うん・・ごめんなさい、知美さんとご飯食べてて、無事だし、知美さんと一緒だから、心配しないで」
と私が電話に話し始めると外に顔を向け直した。
「もぉぉ、そういうことって先に言ってよね、心配するしさ。ご飯も用意して待ってるのに」
「ごめんなさい」
とそんなお母さんとやりとりしながら私ももう一度窓の外を振り返ると、春樹さんのオートバイが自転車置き場から出てきて、ゆっくりと道路に向かい、車の明かりがヘルメットの中の春樹さんの顔を照らしたのが見えた。その時。あ・・目が合った・・という感じ・・いや・・私ではなかった? 知美さんを見ていた? どっちだろう。そう感じた時。春樹さんは右を見て左を見て、道路に出たらすぐに走り去っていった。
「で、何時に帰るつもりなの」
とまたお母さんの大きな声が知美さんに届いて。
「私が謝ってあげようか、かして」と知美さんが手を伸ばして私の電話を奪い取り。
「あの、お母さんこんばんは、知美です。美樹ちゃんを引き留めて、心配させてごめんなさい。もう少ししたら帰りますから。・・あの・・はい。ちょっとアメリカから帰ったばかりでお土産とか、お話したいことがたくさんあって。話し込んでたらこんな時間になっちゃって、本当に心配させてごめんなさい。はい。大丈夫ですよ。はい。それでは、もう少ししたら帰ります。はーい」
と言ってから、「これで大丈夫」と私に電話を返してくれた。耳に当てるともう切れていて。
「あー美樹ちゃんのお母さんとお父さんにお土産買うの忘れてた・・」
と笑っている、知美さんの雰囲気が、妙に明るく変わっている気がして。
「じゃぁ、そろそろ帰ろっか」と伝票をもって帰り支度する知美さん。そう言えば、さっき、お母さんの電話にジャマされたけど、春樹さん、知美さんに振り向いたのかな? だから、こんなに明るい雰囲気に変わった? いや・・振り向かなかった? だから、吹っ切れた? そんな顔なのかな? でも、確かに、ヘルメットの中の春樹さんの視線は私の方に向いていて、知美さんを見ていたのかもしれないし。どっちだろう? 聞いてみる? 春樹さん振り向いてくれましたかって・・でも・・さっきみたいにカワイク「うん・・振り向いてくれたよ」ってうなずいたりしたらどうする? それより「ううん・・振り向いてくれなかった」って言ったら・・。そんなシーソーみたいな感情がぐるぐるし始めて・・。
「さ・・私も遅すぎると春樹くんが心配してくれるかもしれないから、もうしてくれないかな? 今夜はご飯作ってくれるかな・・美樹ちゃんはいいわね、心配してくれるお母さんがいて。大丈夫なんですか・・その・・あの・・って言ってたけど。アレって春樹くんとのコトを心配してるのかな? とりあえず、カギ閉めずに待ってるからって」
そんな知美さんの最後の一言に。
「そうですか・・」
と返事したら、それ以外のコト、なにも聞けなくなって・・でも、間違いなく知美さんの表情はさっきとは違う。といっても、どう違うの? 確かに違う・・それだけしかわからない。それに。
「さっき、オートバイに大きな傷がついてるが見えたけど、転んだのかな。何か知ってる?」
と伝票を見ながらつぶやいた知美さん。オートバイの傷・・あれは、私が熱い思いをぶつけた時に着いたもの・・と思い出せるけど、説明は難しくて。でも・・。
「去年の誕生日に買ってあげたの、中古だけどね、あの子オートバイが好きで、私と暮らし始めた時にお金がなくて、前のを売っちゃって、安く買いたたかれてね、いろいろな想い出が詰まったオートバイだったから、私が就職できて余裕ができて、サプライズのつもりで黙って買ってあげたの。喜び方が下手なのに、あの子、子供みたいに喜んでくれた。事故しないでねって約束をしてるけど、あんな傷がついてるのを見たら心配よね・・」
と、嬉しそうな思い出話が、やっぱり気になる。春樹さん、知美さんのテレパシーを感じて振り向いてくれたのかな? それに、私がもっと気になること。
「買ってあげたのですか・・」私にはそんなことムリだし・・。
「うん・・あーごめんなさい・・気にしないで、美樹ちゃんに当てつけてるわけじゃないから。ただ、オートバイに大きな傷がついてるのが見えただけで、それが気になっただけ」
と私の表情を気遣ってくれているみたいだけど。やっぱり、私と知美さんの間には大きな力の差があって。知美さんってあんなものを買ってあげられる人なんだね。私が買ってあげられるのはせいぜいアイスクリームくらいだし・・とテーブルの上の解けたアイスが底に薄く溜まっているグラスを見つめて思う、この実力の差というか。これが葛藤なのかな・・。そう思いながら顔を上げたら。
「つまらない話しちゃってごめんなさい。こんな時間まで付き合わせてごめんなさい。さ・・帰りましょうか、お母さん心配してるし」
と席を立つ知美さん。レジで支払いを済ませながら。
「でもね、私もこんな感情は初めてかな。本当に好きな男の子との間に亀裂が入り始めた時、どうすれば修復できるのか、なにをどう言えば元に戻るのか、何が足りないのかな・・私たち・・という気持ちになってる・・つまり、私の今のテーマなのよねこれ、タイミング。同じ薬・・というか栄養素なのに・・効果がある時とない時があるのよ、同じ成分なのに・・つまり、同じ言葉なのに、効果がある時は何がどうなっていて、効果がない時は何がどうなのか。貧乏してた時はあの子の気遣いの何もかもが嬉しかったけど。満ち足りてくると、何もかもにトキメキがなくなって、何が足りないのかわからなくなって・・こういう気持ちになる・・のかな」
そんなことをぶつぶつと言ってから知美さんは私の顔をじっと見つめて。
「春樹くんは、私にはときめかなくなって、美樹ちゃんの笑顔にときめいているのかな」
なんて言う。どんな返事したらいいのだろう・・。そう考えていると。
「美樹ちゃんは、こんな風にインスピレーションが欲しいときってどうするの?」
そんな唐突な質問・・。
「・・インスピレーションですか?」と思ったまま声に出して。
「インスピレーションってね、誰かの何気ない一言に宿っていたりするのよ。この前そうだったでしょ、美樹ちゃんの一言にスンゴイインスピレーションが宿っていた、あれから私確信しちゃってね、こうして喋っているときが一番インスピレーションを感じるというか、たれかの一言をじっくり考えちゃう癖がついちゃった」
「何気ない一言ですか・・誰かの一言をじっくり・・ですか」
「うん」
知美さんのそんな返事に、私も誰かの何気ない一言を思い出そうとするけど。なにも思いつかなくて。黙り込んだら・・。
「恋人って、誰かにとられそうになって初めて、こんなに大切なんだと思うのか。なくなって初めて、大切なものだったんだと気づくのか。気付いたときはもう遅いのか、まさか、こんな感情が沸き立つだなんて思いもしなかった。私の心の奥底には、あの子を失うのがこんなにコワイと不安に震えてる、まだまだカワイイ女の子の私がいるみたい。気付かせてくれてありがと」
と、長々と説明された言葉。最後の一言に思ったこと。
「カワイイ女の子ですか・・知美さんってこんなに綺麗なのに・・あの・・」
思いつくまま喋ろうとしたのに、上手く言葉を組み立てられなくて、どもったら。
「仕事も大事やけど、カレシの事も大切にしぃよ・・って言ったのはジェームズ。大切にしているつもりなんだけど、私がしてあげるコトには効果がなくて、私と同じことを美樹ちゃんがしてあげたら効果絶大。なのかもしれない。例えば、キス・・した?」
ってまた、そんな目がぐわっと開くことを突然言い出されても・・。と同時に思い出すのは、キス・・唇にはしてくれなかったあの日のコト。と回想していると、くすくす笑う知美さん。
「まだなら・・私にもまだ希望が残っているのかな・・と思うことにしよう」
やっぱり・・わかってしまうのね、私の表情を見るだけで。それと。
「あの・・」って春樹さんがどうして私にキスしてくれないのか・・理由を聞きたいと思ったけど、聞くのが怖くなって・・。車に乗って、ゆっくり走り始めてからも。
「必ず言ってあげてね、大学を辞めるなんて絶対ダメって」そんな念押し。たぶん、春樹さんのコトをよく知っているから、そんなことが言えるのだなと思う。だから。
「はい・・知美さんと向かい合ってお話ししなさい・・もですね」
と私も自分に念押しするようにそうつぶやいた。すると。
「うん。よろしく。しなさいって命令してあげて」と返事した知美さん。
その後・・あんなに喋っていた知美さんは、私の家までのわずかな距離を黙り込んだまま運転して、あっという間に到着した家の前。
「ここだったよね・・」
と言われて。私は。「はい・・」とうなずいて。車を降りる直前に。
「それじゃ、おやすみなさい。付き合ってくれてありがと。春樹くんまだ怒っているかな・・」
そんなことを言った知美さんが弱気に見えたのかしら。
「聞いてあげましょうか?」なんて勝気で上から目線な言葉がつい出てしまったけど。
「ううん・・余計なこと聞くと、ややこしくなりそうだから・・怒ってたらそのままにしておく」そんな知美さんの返事に、私は敗北感を感じてる。怒っていてもそのままにしておけるのね・・私にはそんなことできないかもしれない。と・・。それを確かめるように。
「もし・・怒ってなかったら・・」と聞いたら。知美さんはニヤッとしただけで。
仲直り・・と書いて・・愛し合うに決まってるでしょ・・と読める気がする、私の勘・・が自動的にイチャイチャムニュムニュを空想し始めるから。
「・・・・・」なにも言えなくて。でも。
「それじゃ、なんでも思いついたらすぐにメールしてね。私はインスピレーションが欲しいから」
「はい・・知美さんも、私に・・その・・」
なんでもメールとかしてください・・と言おうとしたけど、心の中のもう一人の私が制止したかのようで・・。
「なんでもメールするね、春樹くんに隠れてコソコソと。くすくす」
って、どういう意味なのかな?
「はい・・」とだけ返事して。「おやすみなさい。あ・・お土産ありがとうございました」
そう言って、春樹さんの所に帰る知美さんを手を振って見送り、振り返ると、お母さんが台所から私を見ている。
「ただいま」と言いながら台所のお母さんの顔を見た時。
「・・・・・」何も言わずに心配そうな顔が妙に気になったから。
「知美さんと、ご飯食べてきたから」と呟いたら。お母さんは。
「美樹って、本当にあんな人に勝つ気でいるの?」なんてことを言った。
その瞬間・・心の中の私ではない私が言ったのだと思う。
「まぁ・・勝つ・・つもりというか・・」
あんな人に勝つ気? さっきまでは、弱気になってた知美さんに勝っていた気がするというか。でも、怒ってたらそのままにするって言った自信たっぷりな知美さんには、ものすごい敗北感を感じたし。そう思い出しながらうつむくと。
「それって、若気の至り・・ってやつね」って言ったまま後ろを向いたお母さん。
どう言う意味よ・・それ。と思ったけど、でも・・若気の至り・・それって、私が知美さんに勝つための唯一のアイテム。17歳という若さ以外、知美さんに対抗できることなんて何もない。・・ということに私は気付いた。これがインスピレーションなのかな・・・。そう思い込んだいると。
「若さゆえのアヤマチ・・と言うべきかな・・いいわね、若いって」お母さんは、もう一度そうぼやいて。聞こえたけど、私は返事しなかった。「若さゆえのアヤマチ」だなんて、お母さんのそんな意見を、私は認めたくないと思ったから。
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