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春樹さんがヤリ〇ン?
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「さっきの話しだけど、美樹の友達皆が俺とデートできるかもって、そんな動機に突き動かされているってこと?」と、空気の重さに耐えられなくなったのかしら、唐突にそんなことを私に聞いた春樹さんの声に。
「そうですよ、あゆみがあんなこといいだすから」と試験勉強に集中しすぎて無意識になっている私に代わって別の私が答えている。ことに気付いたもう一人の私が。
「ふううん」とうなずく春樹さんを横目でチラ見してから、三つに分裂していた私を一人にまとめた。そして冷静に現状分析から。今私は・・。
私の狭い部屋。で、春樹さんと二人きり。なのに、それどころじゃない、この誰にも負けられない。誰にも負けたくない。でも負けたらどうしよう。負けたら春樹さんが・・という気持ちが、私に未知のエネルギーを注入しているようで。本当に春樹さんが美晴に取られてしまいそうな、もうすでに取られちゃって心に穴が開いているかのような感情が、私を自動操縦しているかのようで、さらに、春樹さんが言ってた、あの、わかりたくない理屈に支配されているかのような私の体。いや・・脳・・あーダメダメ、私は妖怪ブツリオタクになんかなりたくないのに。頭の中で木霊してるのは、私が勉強を始めると同時に、春樹さんがつぶやいたこの言葉。
「こないだスカッシュしたときのように、物理的な理屈を脳にわからせてしまえば、問題をよく読んで、なにを求めているのか論理的に考えると、答えは何か、後は身体が勝手に動くからさ。理屈と言うのはさ、知っておかなければならない法則や公式のこと。これは覚える。それをどんな風に使うのか、どんな場面で使うのか、単独で使えるのか、合わせ技で使うのか、それは経験しないと解らない。つまり、理屈を知っている、ということに対して、理屈がわかるというのは経験を伴う体の動かし方のことで・・試験勉強もスカッシュも同じように・・あーたらこーたら、ひーこらへーこら」
と言われるがままに、いや、抵抗も反論もできないままに開放しきっていた脳が言われたままに機能させられて、いつどうやって私は脳に物理的な理屈を解らせたのかもわからないのに。確かに、間違いなく、今の私は問題を読むと、手が自動的にシャープペンを走らせて、ノートに現れる文字や記号が次の公式を導き出し、まるでパズルの残り5枚のピースが連続してスルスルと合致してゆくように納得の答えが現れる。それに、集中しすぎていると時間がいつもの3倍くらい早く進んでいる感じもして。いつの間にかもう日が変わりそうな時間。そして今取り掛かっているこの試験に出そうな問題は、もうそれほど意識しなくても勝手に答えがわかる気がしている今回の試験勉強。すらすらとシャープペンがノートを走って、私の頭の中のどの部分がこんな風に答えを導き出しているのかな? 私って、もうすでに、なりたくない妖怪ブツリオタクになってしまったのかも・・と身震いが一瞬思考を停止させたその隙間に割り込んできた。ようやくさっきの話しの続き。
「あゆみちゃんがあんなこと・・って、あゆみちゃんのあのメールのことでしょ? 美樹よりいい成績取れたらって」
と、春樹さんの質問が割り込んできた瞬間、シャープペンが止まって。集中力が別の方向に向かった。
「そうですよ、私より成績よければ春樹さんとデートできる権利だなんて。それに、みんな、私になら勝てそうだって、私のコトそんな風に見下すから。むしゃくしゃしちゃって」
と早口の説明を始めると本当にむしゃくしゃし始めてくる、この話に。
「みんな・・・ということは、あゆみちゃんだけじゃないんだ」
「クラスの娘全員です。たぶん他のクラスの娘も・・学年全部かも」
「ふーん。それで今回は、こんなにがむしゃらな気持ちで勉強をしている。というわけか」
その春樹さんの声には重みも何もなくて。だからもっと我慢しきれないことを話してしまう私。
「私だって、黙っていられないじゃないですか。私のカレシをそんな風に・・だから・・」
と、むしゃくしゃしたまま、私のカレシ・・だなんて・・言い放ってから。あっ・・と、恥ずかしくなるコト。春樹さんに本当の気持ちを・・私のカレシ・・だなんて言葉でぶつけちゃった。と思ったけど。
「私のカレシねぇ・・ふううん・・」ぷっ・・
と、春樹さんのこらえ切れなかった笑い声が鼻から漏れたから。恥ずかしさも吹き飛んでしまって。
「なによ。春樹さんまで私のコトバカにするんですか?」と振り向いたら。
「いや・・してないし・・」ぷっぷっ・・ってまた。
「してないならどうして・・鼻で笑うのよ」と、こみあげる怒りが私を私ではなくしていて。本当に冷静に戻れなくなってきた、誰だかわからない私に向かったまま。
「まぁ・・なんだか可笑しい雰囲気もあるしさ」ぷぷっ、とまだ笑っている春樹さん。
「可笑しい雰囲気って何ですか?」何が可笑しいのよ・・。
「美樹が怒ってるのがカワイイというか・・見たことのない美樹のその顔に、ふううんって、そんな雰囲気がね・・可笑しいのか・・嬉しいのか。なんだかカワイイ。うん」
って、また誉めてるのか、バカにしているのか、喜ぶべきか、もっとむしゃくしゃするべきか・・。感情のコントロールができなくなりそうな春樹さんとの会話。に怒り続けていることが空しくなりそう・・。
「でも、そんな悔しさを運動エネルギーに変えることで、こんなに頑張れるんだから、いい方に考えてさ・・」なんて他人事すぎる言葉にも。
「いい方になんか考えられるわけないでしょ」芽を出した虚しさがそんな言葉を選ぶから、再び机に向き直すしかない私に。
「どうして・・何事も、意味がある神様の思し召しだと思えばいいんだよ」そんな屁理屈。
「ムリです」何がどう神様の思し召しなのよ。ったく。
「まったくもぉ・・でもね、みんなにそんな風に思われるのは、実は愛されてる証拠かもしれないし」また、そんな他人事の屁理屈。こういうこと言う春樹さんのコトが嫌いになりそうだから。
「そんな風に思われてるって何ですか」とまた春樹さんに向き直して言い返したら。
「だから、美樹になら勝てそうって」また意味不明な一言がかえってきて。
「それのどこが愛なのよ」まったくもぉ、向き直して損した気分に再び顔を背けて。
「だからさぁ・・そういうイイ歌があったでしょ。主人公は笑われるんだって、つまり、美樹はみんなに愛されている主人公なんじゃないの」
そんな歌なんて知らないし、全然わからない理屈だし。噛みあってなさそうな会話だし。
「ほら、みんながどんなに笑ったとしても、主人公の美樹がどんな努力をしたのか、俺は知っているから・・そんな歌があったでしょ」
意味が解らないし・・。ため息も出ないし・・。だけど、無理やり大きく息を吸ってから、ため息吐いて、ゆっくり息を整えてから、冷静な気持ちになろう、と心の中の私につぶやくと気づくこと。いつの間にか、こんな風に、なんでも思うがままに話せるカレシ・・恋人・・になってくれたばかりの春樹さん。私ってこの人を、もう恋人と呼べるのかな? 恋人と呼んでもいいのかな? 私って春樹さんのこと・・いや・・春樹さんって私のコト・・恋人・・って思ってくれているのかな? 思っているからこんな風にそばにいて、私の言うことを聞いてくれるのかな? 何を言ってもニコニコと聞いてくれるし。怒らないし。 そんなことを考え始めてる私。いつの間にか、こんな風に話せるようになったコトって恋人になったから? でもそれって、いつから? どこから? なにから? そう思い出しながら、表情をまじめな雰囲気に変えて、もう一度向き直して春樹さんの顔をじっと見つめたら。今の私には解る。ほら・・春樹さん・・今一瞬ドキッとして息が止まったでしょ。そして、ゆっくりと呼吸を再開しながら視線をしっかりと私に向けてくれる。この一瞬の雰囲気が今の私にとって妙な快感とも言うべきか。よく見ると、春樹さんの顔、整っててイイ感じ。優しいし、もっと見つめ続けていると、お母さんも言ってた、私の事を いとおしい と思っていそうな柔らかい微笑みを浮かべてくれる。それが今は私だけのモノなのに。今度のテストで一番取らないと、春樹さんが、この優しくて柔らかい笑顔で、ほかの女の子とデートするだなんて。そんなこと想像もしたくないのに。と思った瞬間に。
「いつだって物語の主人公は笑われる方だ、主人公が立ち上がるたびに、物語は続くんだ。と僕は思うんだ・・」
と無茶苦茶、音程がズレた歌を歌い始めるから。ほんわりし始めた気分が、一瞬で再びカーっと沸騰して、ムシャクシャな気分に変わってしまって。またこんな言葉が、思うがままに口から出てくる。
「ヘタな歌うたう前に、もっと、まじめに考えてよ。私が成績悪かったら、春樹さんだって・・」と、言い放ってから気付いた・・。
いや・・春樹さんが他の女の子とデートすることになってしまうのは・・春樹さんにとっては悪いことではない。のよね本当は。つまり、そんなこと許せないという気持ちがあるのは私だけで。春樹さんは、私以外の女の子と・・そんなことに気付いたら。こういう時だけナニかが通じたかのように。
「まぁ・・一日二日、美樹の友達さんとお喋りして食事とかするだけなら俺は構わないし」
ほらやっぱりそうなんだ。という相変わらずの気の抜けた返事に。絶望感と言うか、失望感と言うか。そんな感情が湧き始めて。どうして、私のコノ気持ちに応える「俺も美樹以外の娘と食事なんてむりだから」なんて言葉を言ってくれないのこの人・・。と思いながら。涙がこぼれ始めそうなこの感情を、利用しないわけにはいかないと思いついた私。どんなセリフなら、こみあげてくるこの気持ちに乗せて涙もこぼしやすくなるだろう。そうだ・・思いついた。よし。せーの・・と心の中で弾みをつけてから。
「私はそんなのイヤです・・」と言いながら、涙腺解放・・涙ぽろぽろ・・おぉ~私にもこんなことができる。と思ってしまう、本当に大粒の涙をあふれるさせているのは演技じゃない? いや・・半分は演技。いや・・80%くらいは演技してるかな。ほとんど全部演技だよねコレ。というか、本当に、こういう演技が私にもできるようになったというべきかな。この涙声も・・。
「春樹さんかほかの女の子とデートするなんて。春樹さんって私のカレシでしょ」
なんてわざとらしいセリフも、いつから言えるようになったのだろうと、冷静に私自身を分析しながら。止まってしまった春樹さんが、私の涙にオロオロしているのがわかる。
「あ・・あの・・どうしちゃったの急に・・え・・あの・・」
けど、春樹さんのこのオロオロとしてる仕草を笑ってしまったら、この演技が台無しになりそうだから、堪えて堪えて、くすん・・もう一度、くすん・・と鼻を鳴らすと。
「あ・・その・・だからもぉ・・泣かない泣かない・・だったら、一番取ればいいだけだし」
とギクシャクと手で伸ばして、私にぎこちなく抱き寄る春樹さん。私のセリフに対する春樹さんの行動を学習しながら、「一番取ればいいだけだし」なんて、そんな春樹さんのセリフは全くダメだけど、私の顔を胸にそっと抱きしめてくれたこの行動には、おぉ~、しめしめ、と思っていたりすると。また春樹さんは。
「他の女の子とデートって言っても、ちょっとお話しするだけでしょ」なんて言うから。
だから、そうじゃなくて。そういう言い方ではなくて・・どういう言い方なら私は嬉しいの? と自分に聞いてもわからなかったりする。それに。
「もう、十分一番取れそうな仕上がりでしょ、今回は」
と、言い方は面倒くさそうだけど、仕草や態度はいたってまじめに私を優しく抱きしめたまま、頭なでなでしてくれる春樹さんに、よし、次はこの手でどうだろう。と、ワザとらしくグリグリと顔を擦り付けながら。
「そんなこと簡単に言わないでよ。十分な仕上がりだなんて」
と、もっと、わがまましたくなってたりして。はっと気づくこと。春樹さんって私のカレシでしょ・・さっきは否定しなかった。つまり、私は春樹さんを恋人って呼んでもいいってこと。恋人なんだから・・いいよね・・アレ。をしても。この流れに乗って・・。と考えていると。何かを話始めた春樹さん。私をナデナデしながら。
「美樹だって、前回3番まで順位上げたでしょ。実力はあるんだから、俺もこうして応援してるんだし。もっと自信持ってよ。教えてあげたら全部できるようになるんだし。俺の好きな美樹ならできるよ。こんなに賢くてカワイイ女の子なんだから」まだナデナデし続けたまま、「こんなに賢くてカワイイ女の子なんだから」と。心の中でリピートすると。
おぉ~、そうよそうそう、それそれ。春樹さんもちゃんと言えるじゃない、「俺の好きな・・賢くてカワイイ・・」だなんてもう一度リピートすると。できるじゃない。ナデナデと私の気持ちがほんわりと温かく柔らかくなってくるこんなにくすぐったい言葉と行動。もっと言って、そしたらアレもしやすくなるかも・・。そのためには、もっとナデナデと愛をチャージして・・そう思ったら。
「それに、できなくても、それで人生が終わるわけじゃないし」
はぁぁ・・そうじゃない・・って、どんなセリフならもう一度そうそうそれそれって思えるの? あーもう、言って欲しいセリフを思いつけないから、言い返せない。。
「ほーら、俺だって美樹に頑張って欲しいんだから、一緒にがんばろう・・ね・・」でも。
ナデナデされながらの、最後の、その・・ね・・という響きが心を優しく弾いた。・・ね・・って、こんなに心地いい。・・ね・・ってもう一度言ってみて。そんな期待がもたげて、もっとこうしていたい気持ちがメラメラと湧き上がって、でも言ってくれないから。私から、こんなこと言ったらなんて言うだろう。と思いついたままに。
「私は、他の娘と食事してる春樹さんを想像するのがイヤです」とつぶやいたら。
「じゃ、頑張りましょ。一番目指せばいいんだよ」やっぱりこの人、その他のセリフ思いつかないのね・・。これ以上はムリっぽいね・・でも・・この瞬間。なんとなく春樹さんの操縦方法がわかりかけたかもしれない。そんな気分もしてる。つまり、さっきから思っている・・アレ・・は、こうすれば・・と思いついた・・。のに。
「ほら・・俺は、泣く女の子がダメだから・・」泣く女の子がダメ? ってどんなセリフよまったく。にさえぎられた? えーと、そうそう、春樹さんの私をナデナデする手が止まったら、それが顔をあげるタイミング。そう気づきながら、さっき思いついた作戦。別にいいよね、こんな雰囲気でアレをねだっても、つまり・・チュッ・・てしても。というか、こんな雰囲気だからこそ・・チュッ・・てするべきだよね。カレシなんだし、恋人なんだし。よし・・やってみよう。今の私ならデキル。と決意をしたら、あれ? 心臓が・・跳ねない・・。それって、つまり、これが神様の思し召し。だから、と思ったら。
「もういいだろ・・」と春樹さんは私の肩を掴んで、そっと私を引きはがす。ヨシ、ここだ。このタイミング。と思いながら。
「はい・・・」と顔をあげて。
涙で濡れた目で春樹さんを見つめて。目を半分閉じながら、唇を差し出して、止まってしまう春樹さんを薄目で見ていたら。・・息をのむ春樹さんは、ためらいがちな雰囲気で、キター、と私に顔を寄せはじめた。けどそのまま、ぎこちなく私のおでこにチュッ・・と響いたその音に、やっぱり・・というか・・どうしても唇にしてくれないの。ナゼ? という疑惑が芽を出し始めて。だから、心臓がこんなにドキドキしないの? と思いながら。ちょっとした幻滅感が、私を再び、机に向き直させて、ニコッと微笑んでる春樹さんの変わらない優しい笑顔、いや違う、コレってホッとした間のぬけた笑顔? を横目に。春樹さん、どうして私にキスしてくれないの? 映画とかドラマだと、今のシーンは絶対キスしてそのまま・・「許して、気持ちを抑えられない」となるシーンだったはず。いや、私たち、まだそのステップではない? 私の事を本当にカノジョだと思っていないから? つまり、知美さんのような恋人・・ではないから? と思うと、さっきまでの荒れ狂っていた感情が、富士山を逆さまに移す映す湖のように静まった。なぜ? そして、私をコントロールしている意識が再びナニかと入れ替わったかのように。シャープペンがノートの上を走り始めると、さっきまでの出来事がまるで前世の思い出のように遠い思い出となっかのように、冷静な気持ちが戻ってきた。そう、今この瞬間は。こんなことをしている場合ではないはず。とにかく美晴に勝たないと、春樹さんが・・私のモノではなくなる・・そんな、明日から試験開始の夜更け。春樹さんも、また徹夜で付き合ってくれる試験勉強。だけど。
「もう十分できるでしょ。模擬問題完全に全部答えられているし」と面倒くさそうなイントネーションに。
「でも、模擬問題以外が出たらどうするんですか? 美晴は絶対私より向こうに行ってますよ。あの娘、モノスンゴイ自信だったんだから」
とがむしゃらな気持ちが湧きあがるから、次の問題は、よしこれも間違いなくわかる。できる。そしてページをめくった瞬間。
「でも、その美晴ちゃんって、マックで名前しか言わなかった、おとなしすぎるアノ娘でしょ。長い髪が綺麗なノリのいい ぎゃははは って笑ってたのは遥ちゃんで」
「よく覚えてますね」おとなしすぎるアノ娘とか、髪の綺麗なあの娘とか。名前も。と集中が途切れて春樹さんに向き直したら。
「まぁ・・カワイイ娘だったから。それより、その美晴ちゃんってすごく興味あるんだけどね。自力でそんな点数とれるのなら、当然進学して名のある大学とか言って末はハカセなのかな。理系なら将来何をしたいのか、そんなこと聞いてみたいけどね」
と、つぶやきながら薄ら笑いを浮かべている。でも、「妖怪ブツリオタク同士で気が合うかもしれませんね」なんて言ったらまた怒りそうだから言わないけど。いや、怒りそうというより、気が合うかも、なんて言ったら、それを私の許可と思うでしょこの人・・だから言わないけど。と思ったまま黙って机に向き直したら。
「なんとなく、そういう女の子とお話してみたいなって気持ちも、ない、と言えばウソだしね」
これって、春樹さん、疲れて無防備になってる心が、そんなことを勝手にしゃべらせていそうだな。と言う気がした。だから、その無防備になってる心に向けて。
「初対面の女の子とお話だなんて俺にはムリ、って言ってたのは誰でしたっけ」とぼやくと。「うっ・・」と意識が戻ったかのような絶句。だから、さらに。
「本当は、美晴のコト、口説いてみたいとか思っていたりするんでしょ」と私も無意識がそんなことを勝手に言わせていそうだけど。「いや・・あの・・」と顔を引きつらせていそうな春樹さん。
「まぁその・・これもトレーニングというか・・さ」
「トレーニング?」ってナニ? 言い訳?
「俺・・女の子とこんな風にお話しするのって、経験浅いというか・・その」
「女の子とお話しする経験が浅い?」と聞き返しながら一瞬知美さんのコトを思い浮かべたら・・確かに・・知美さんは女の子ではない・・。知美さんは年上の大人の女性というカテゴリー。だとしたら・・私は、女の子・・だよね。私とはこんなに言いたい放題お話してるのに。経験が浅い? どゆ意味? と思ったら。
「美樹とはいつのまにか心が通じてお話ししやすくなったけど、まだほら、かみ合っていないというか、こういうことは本を読んでもよくわからなくて、だから、経験を積みたいというか、俺のコト退屈とかしないのなら、お話の相手になって欲しいというか・・そういう気持ちもないと言えばうそのようで・・だから・・あの・・まぁ・・ねぇ・・女の子との会話って・・その・・論理的に・・あの・・まぁ・・だから・・うん」
何言ってるのかわからないからムシムシ・・したまま、再び意識を共通テストの模擬問題に向けると、これもすらすらと解ける。間違いなく答えを導き出せて、ノートにシャープペンをトンっとさせると、私、本当にどうしちゃったんだろう。という気分。すると春樹さんは私の肩越しに近寄って。
「すごいね、それも解けちゃうんだ。なんだかもぉ、俺っていらなくなってない?」
とぼやく春樹さんの声が聞こえたけど、しっかり聞こえているけど全く反応できないくらいに私は集中していて、ミホさんのように150%くらいの潜在能力が発揮されているような気がしている。今のこの私ってもしかしたら覚醒中? ナニに? と何かを思いつきたくて春樹さんに振り向くと。春樹さんはくすっと笑って。
「今の美樹は無意識に支配されているでしょ、意識がコントロールしている部分が俺と喋っているけど、無意識の領域は問題を解いている。その力ってどうすれば意図的に発揮できるのか、どうすれば意図的にコントロールできるのか、美樹を観察していると、研究テーマにしたくなるね」
と興味津々な雰囲気で言っている。今度は何のお話ですか? とも思うけど。
「無意識ですか・・研究ですか」と私も、今の私の状態に、ほんの少しの興味深々な気持ちがあるから・・。
「意図的にコントロール・・ですか」と聞き返したら。
「うーん、潜在意識と言うべきか、この問題を解いたのは俺と話している美樹ではない」
って、それって誰なの?
「私ですよ・・」とつぶやくけど。
「今美樹の潜在意識をコントロールしているのは、美樹だけど、美樹ではない。美樹の心の奥に住んでいる別の美樹だと思う」と、大真面目につぶやいてる春樹さんの真剣すぎる眼差しがコワイし。
「気が付かないかな、美樹の中のもう一人の美樹に」なんて聞かれたら。
「?」それって、私ではない私? の事かな? いつも、私に変な告げ口する心の奥底に潜んでいる私ではない私。いやだめ・・そんなことを真面目に考え始めたら頭の中がパニックになりそう・・。私は私だけど私ではない私は私ではない私って・・ほらほらほらほら・・だめだめだめだめ・・。こんな真剣な春樹さんにまじめな返事はダメ・・。なのに。
「つまり、その力を意図的に発揮させるためには。というテーマだね、ミホさんが求めていたものと同じ力だと思わない? 共通項はいくつもありそう」
ミホさんが求めていた力・・。と考え始めたら、私も何気に気になり始めたかも。この潜在意識が出している不思議な力・・。の原因? って・・と自動的に箇条書きし始めている私ではない私・・。
「だから、その力を自分の意図するままに発揮させるためには、どんなアイテムが必要で、それをどう組み合わせるのか、というのに興味がある。ノートに書き出してみようか、アイテム。つまり、美樹が、がむしゃらになってる理由はナニ? 思うがままに答えてみて」
そんなに大真面目に顔で言われたら、私ではない私も、ものすごく大真面目に答えたくなったというか・・。
「だから・・がむしゃらになるのは。みんなにバカにされたとか、みんなに負けたくないとか・・美晴のスンゴイ自信とか・・怖いし」
それもあるけど。はっと気づく、本当の所は・・それじゃなくて。今見つめあってるこの顔・・。つまり。私は・・。
「春樹さんのコト・・」と言ってから、こんなに好きで、誰にも取られたくないから・・なんて喉まで出てくる本当の気持ちを言葉にするのが恥ずかしいような気がして言えないし。と口をつぐんだら。
「俺のコト・・」と私をじっと見つめる春樹さん。全くの無垢な眼差し。さらに・・。
「俺のコトって・・俺も、がむしゃらになる原因の一つなの・・かな・・どうして?」
本当に素のまま、この人って私のコノ気持ちを全くわかっていなさそう。という部分にカチンとしてしまうのは・・ナゼ?
「気付いてよ、それくらい」とつぶやいてしまうのは、私、春樹さんに何かを期待している自覚があるからかな? でも。
「気付く? ナニに?」と言った春樹さんの顔がもっと間抜けて見えて。
私、キレそう・・。いや・・この感情は・・もうすでに緊張の糸がキレた後の脱力感。だから、何も言えないでいると。
「まぁ、美晴ちゃんのことをライバル視。つまり、負けたくないというより、追いつけ追い越せという目標がはっきりしているからというべきかな・・こういうのは、言葉にするのが難しいよね、つまり、感情を言葉にする・・というのが俺の最も苦手とする分野で・・論理的なことは言葉でいくらでも・・あーたらこーたらひーこらへーこら」
もう勝手に分析してください・・論理的に。という気持ちがメラメラと燃え盛るからムシムシして。気分を切り替えるために、教科を変えて、国語の・・次の模擬問題にとりかかろう・・。と付箋を貼ったページをめくったら。
「情けは人の為ならず・・あなたが思うこの例えの意味を200字程度で説明してください」
そう声に出して問題を読むと。春樹さんは小さな声で横からブツブツと。
「人に情けをかけてはいけない。という意味だとしたら、好きな人の手助けなんてなにもできない。でも、俺が美樹に情けをかけるのは、実は美樹のためではなくて、俺が美樹に好かれたいと思っているから・・つまり、それって美樹のためではなくて俺のため・・だとしたら・・情けは誰かのためにかけるのではなくて自分の為にかけるものですよ。という解釈もできる。日本語ってどっちなのかなってのが多いよね」
えっ? 春樹さん、今なんて言った? 私に好かれたい? ・・って言わなかった? 私が春樹さんのコト好きなの知ってるでしょ。だったら、それって、もっと好かれたいって意味ですか? まだ足りないという意味ですか? 唇にキスしてくれないのはそういう事? ってどういうこと?・・と振り向いたその時。うーんうーんうーん。と春樹さんのポーチから電話が震える音がして、春樹さんは「誰かな」と言いながら電話を取り出してる。そして。
「あらら、あゆみちゃんだ」
という声に、今、春樹さんが私の心に触れた何かを思い出せなくなった。そして。
「えー・・まだ起きてますか、美晴からのリクエストです。この問題を解くのではなくて、この問題が求めている思考経路を解るように説明していただけませんか? 美晴に直接返事してください。こんな宇宙人言語、私にはムリです・・おやすみなさい」
と読み上げたあゆみのメッセージは、はっきりと聞こえて内容も理解できたのに・・さっき春樹さんが言った言葉は・・何だったのかよく思い出せないまま・・。
「へぇー・・コレって、えー、こんな問題が高校2年生の試験に出るのかな・・」
と私の事が、その瞬間から全く眼中になくなったかのように、ノートに何かを書き始めて。
「あの・・美晴ちゃんとメールしてもいいですか・・」
とオソルオソル私に許可を求めた春樹さん。雰囲気が妖怪ブツリオタクに変わっていることに気付いたから。あまり刺激しないように・・。
「勝手にどうぞ・・」
とつぶやいたら・・。黙ったまま画面をプチプチし始めて・・。
「美晴ちゃんが、この問題を選択した理由に興味があるのだけど。これってトウダイじゃない?」
とつぶやいたのが聞こえた。トーダイ? そしてすぐ・・。うーん・・と電話が震えて。
「この前の数学の試験、美樹だけが正解した微分の問題って春樹さんが教えたんでしょ。あーそう言えばそんなことがあったね・・。あの問題から追うと今回はこれが出そうな気がするから、解き方とか解答は不要ですから、どんな風に考えるといいのか教えて欲しいです。考え方がわかれば自分で解いてみせます・・か・・自分で解くのか・・コレを、あの美晴ちゃんは・・スゴイね」
とメールを読み上げる声。確かに、こないだの期末テストで先生がこの問題を解いたのは私だけだと言ってたアレは、ワセダの入試問題・・のことだと思い出せるその話。と。春樹さんがつぶやいた「トーダイ・・スゴイね・・」が気になるから。
「どんな問題ですか」と無茶苦茶真剣に尋ねたら。
「うん・・こんなの・・」と春樹さんもものすごく真剣な顔。そして。携帯の画面を見比べながら、春樹さんがノートに書き出す問題は・・。
0<x<a をみたす実数x、aに対し、次を示せ。
2x/a < ∫a+x a-x 1/t dx < x(1/a+x + 1/a-x)
「なんじゃこりゃ・・」宇宙人言語?
とつぶやいてから春樹さんと顔を見合ったら。春樹さんはくすっと笑って。
「なんだろうな」優しさと慈悲に充ち溢れていそうな笑顔でそう答えてから。
「これが何を求めている問題なのかというと。y=1/tのグラフのa-x a+x 1/a-x 1/a+xつまりこの範囲の面積を現す図形が、2x/aより大きくなるよ x(1/a+x + 1/a-x)より小さくなるよってことを示せばいい。というのを絵に描くとこうなる」
と言いながら描き始めたグラフと、曲線と、aとかxとか・・斜めの線とか。
「この範囲が真ん中の式が示している面積で、左側の式はこのくらいかな・・右側の式はこのくらいの図形の面積を示すから、つまり、大中小と並ぶ、この式は正しいですね。ということを数値とか実際の絵で説明できればいい。うん・・こんなふうに」
と一人で満足げにうなずく春樹さんを見つめながら・・。ふと思いついたこと・・。
「嬉しそうですね・・」そうつぶやいたら。
「そうか・・ふふん」と照れくさそうにはにかんだ春樹さんが、誰ですかこの人・・と言えそうな別人に見える・・かも。そんな別人のような春樹さんが。
「俺は、こんなことでしか美樹に情けをかけられない男だからね。どや、かっこいいって思ってくれる?」とか言いながら、にやっ・・とするから。とりあえず。無理やりの笑顔で。「まぁ・・」とだけ言っておこうかな。すると。もう一度、くすっと笑って。
「よかった・・」と満足そうにノートにさっきの説明を書き始めて。
「でも、美晴ちゃんってこんな問題を解けるのか・・それはそれでずごいけど。あーそうだ、解き方ではなくて考え方だったよね・・リクエストは・・どう考えるといいかというと。つまり・・ぶつぶつぶつぶつ・・」
私ってもしかして今見てはいけないものを見ている? そんな気がし始めた春樹さんのこのヘンな性格。そう言えば、お店で春樹さんと知り合った頃、奈菜江さんや優子さんが言ってたよね。「あの人なんかヘンでしょ」って。これがそうか・・確かに・・。といまさら気付いてたりする私。を尻目に、ノートに真剣に何やらを書きこんで。
「じゃぁ、コレを美晴ちゃんに写真撮って送ってあげようか。美樹も。数学の先生って案外意地悪なのかもしれないから、こんな問題出るかもね。とりあえず、やっとこうか」
なんて言いながら美晴にメールしてる春樹さん。まぁ、とりあえず、やっておいても損はない。という気持ちで向かい合うと。
「どんな計算式も、何かの形を表している。というところから入ってみようか」
と得意げな表情で話し始めた春樹さん。
「問題の式 X×2/a と X×(1/a+x + 1/a-x) をそれぞれ計算してみよう」
と言われるがままに視線をノートに移したら、シャープペンをノートに走らせ絵を描き始める春樹さんの手・・。に、私の無意識がなぜか集中してしまって、さらに、その春樹さんの手を見つめていると、本当にムズムズし始めることを自覚し始めてる私。どうしたの私・・ムズムズ・・って。春樹さんの手でしょ・・それ。どうしたの私? そんな私の事なんて気にもしないまま。
「y-=1/tのグラフの、ここからここまで。で、この部分の接線から下、この面積は台形だけど、こうすると長方形になるから2x×1/a はグラフの曲線部分が含まれていなくて面積は小さい。 同じように2xつまり高さ×底辺プラス上辺、の半分。は曲線部分からはみ出す部分があって面積は大きい。だから、この式は成立していますよ。となる。この式がこんな形を現していることを知っていれば簡単でしょ」
と、むずむずしていることを隠そうとうつむいている私の顔をのぞきこんで、本当に得意満面な優しさにあふれる笑顔で私を見つめる春樹さん。
「そうですね・・」と言いながらも、何がどうなのか全く理解なんてできていなくて。ただ、どうして春樹さんのその綺麗な手にムズムズしちゃうのだろうと思っている私は意識していないと息が荒くなりそうな気持にもなっているし。とそんな事を思っていたらまた、うーんうーんと春樹さんの携帯電話が震えて。慌てて取り出された電話の画面。ちらっと見えた表示はひらがなで「みはるちゃん」・・・まぁ・・勝手にどうぞと言ったのは私だし・・。と気持ちを抑えるけど。やっぱり気になる。
「みはるちゃん、解ってくれたかな?」とつぶやきながら画面を開く春樹さん。を横目で観察すると。春樹さんは、画面を開くと同時に固まった。
「えぇっ・・」と息を詰まらせる春樹さんに、次のアクションを思いつけない私・・。
そのまま・・かっちんかっちんかっちん・・と今まで聞こえもしなかった時計の秒針の音が聞こえ始めて。画面を見つめ続けている春樹さん。ごくりと唾を飲んで、まだ止まっている・・だから。
「・・・・・・」と覗き込もうとしたら。画面を伏せて。
「あ・・いや・・」と私には見せてくれなさそう。だから。
「美晴ってなんて言ってるんですか」と素のまま聞いたら。さっきとは打って変わって。
「あ・・いや・・ありがとうって」どうしてそんなに顔が引きつってるの?
「・・・・・・」絶対、嘘言ってる。
「スゴイですね・・って・・はは・・ははは・・」
と携帯電話をいそいそとポーチにしまって。「じゃぁ・・次の問題行ってみようか・・ほら、美晴ちゃんに勝たないと・・ね・・でしょ・・ほら、頑張ろう」ナニこの急に変わったソワソワした態度。美晴ってどんなメールしたのかな・・。ともう一度思うから。
「美晴ってなんてメールだったんですか?」ともう一度聞いたけど。
「いや・・だから・・ありがとう・・って」ギクシャクしすぎでしよ・・。
「言えないのですか・・まぁ、明日美晴に聞くけど」
「あ・・いや・・だから・・あの・・」何そんなに怯えてるの? と追及しても意味なさそう。だから。
「もういいですから、次の問題行きます・・」そう切り替えてみた。なのに春樹さん。
「う・・うん・・」まだギクシャクしてる・・美晴ってメールにどんなこと書いたのだろう? むちゃくちゃ気になるけど・・。美晴の顔を思い出すと、私は今それどころではないはず・・頑張らないと・・本当にあの美晴に春樹さんを取られてしまうかもしれないという切羽詰まった気持ちが、私をすぐに冷静な気持ちにさせてくれて。
「さっきの問題・・式は図形・・って言いましたよね」
式は図形・・と言ってる私は今何かが解りかけている・・。という自覚があって。
「うん・・a+xはここ、a-xはここ。だから、(a+x)から(a-x)までの距離は2xという具合で座標間の距離と場所を表していて、座標を線でつなげは形になる・・縦×横は□の面積。それの半分は△の面積。数字と記号の式からそれが描く形をイメージする。というのがこの問題の数学的な対話かな。数式は形を伝えるためのテレパシー。つまり・・どーたらこうたらあーたらへーこら」という説明を心を無にして聞いていると。脳が理屈を勝手に覚えている・・そんな気がした。そして。
「あ・・わかった・・私にも解ります」確かに、春樹さんがあーたらこーたらと説明してくれると、文字と記号の羅列が・・形になって・・あぁそうか、これってそういう事だ‥と言うのがわかる。間違いなく私は記号で書かれた数式の意味、つまり、その式が描く図形を理解して。そして。
「理屈を脳に覚えさせると、後は勝手に手足が動いて答えが出てくるよ」それって・・。
つまり・・私は・・妖怪ブツリオタクになりかけている。ということか。まぁ、今はそれでもいいか。ということにしておこう。
そんな雰囲気のまま頑張っていたらいつのまにか夜が明け始めて。ノートも最後のページ。に答えを書きこんで、答え合わせをしたら。
「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・あ」
と背伸びしながら大きなあくびをする春樹さんに。夜通し、ずっとそこにいてくれたこと今初めて気づいたかのように。
「あ・・大丈夫ですか」と聞いたら。
「うん・・少し寝るよ。じゃぁ、テスト頑張って・・今の美樹なら大丈夫」
と私の小さなベットにもたれて一瞬で眠ってしまった・・。そして。
「今の美樹なら大丈夫・・」そうつぶやくとものすごい自信がみなぎって来る私。
そして、春樹さんの無垢な寝顔に。
「大丈夫・・私だって・・春樹さんは誰にも渡さない・・。絶対に」
そうつぶやいて。春樹さんを起こさないように、いや・・起きていないことを確かめてから、部屋着を脱いで。少しウフフっと、春樹さんが好きと言ったお尻を・・寝てるよね・・。と、チラ見せしてから制服に着替えて。ヨシ、いざ出陣。思い残すことはない。
そして、学校でも、異様な熱気を帯びた、いつものおしゃべりがほとんどない女の子たちの、重苦しくて、熱が籠って、静電気がバチバチしそうな雰囲気。問題用紙を配る先生も目だけでキョロキョロといつもとは全く違う雰囲気を肌で感じ取ったのか・・。
「オーラが・・すごいな・・」そうつぶやいてから。
「それじゃ、始めようか」と号砲を鳴らした。
そして、配られた試験問題を表向けて、一通り目を通した私。
「問題をよく読んで、なにを求めているのか論理的に考えると、答えは何か・・」春樹さんの声が私を励ましてくれる。言われるがままに。問題をよく読むと、脳が自動的に、論理的な答えの導き方を示してくれる。そんな実感。
「よし・・いける」そう確信した。つまり、理屈を覚えた脳が全ての問題を理解して。シャープペンを自動的に走らせて。間違いなく、納得の答えを導き出して。絶対的な自信でマークシートを塗りつぶしている。よし・・私は間違いなく全部正解しているはず・・。
そして、絶対的な自信のまま、友達たちとも言葉少なめに、さっさと帰って、しっかりと昼寝をして、気持ちと脳をリセットしてから、再び、深夜のテスト勉強。
「ったく・・春樹さんも本当のイイの・・ちゃんと寝た? まったく、こんなに美樹を甘やかして・・甘やかすだけじゃだめよ」
とうんざりしているお母さんをムシしたまま。
「はい、これ、お夜食とかお飲み物・・美樹も春樹さんに迷惑かけちゃだめよ」
かけてもいいでしょ、カレシだし恋人なんだから。と、思いながら、お盆を春樹さんに持たせて、二人で私の部屋にあがり、机に向かって、ふと思い出したこと。
「あっ・・美晴に昨日のメールのコト聞くの忘れた」とつぶやき。けど。まぁいいか。と思いながら春樹さんの顔を見つめたら。
「・・・そう・・」とその表情は、まだ昨日のまま引き攣っている気がして。
黙ったままでいたら。
「で、どうだったの? 全部解けた?」と上ずっている声に感じること。春樹さんは間違いなく私に隠し事をしている。それってきっと、なにか大げさな美晴からの提案。という私の潜在意識からの警告を。「美晴と昨日はナニを約束したのですか?」とは言わずに。
「まぁね・・とりあえず、全部正解してる自信あります」
と冷静を装ったまま、春樹さんに返事・・いや観察してみると。
「そぅ・・よかった・・」
と力なく笑っている春樹さんの表情に間違いなく何かを感じ取ってる私。は、ふとこんなセリフを言ったらどうだろうといういじわるな気持ちに気付いた。今日は美晴とは会っていないけど。
「でも・・美晴も、ものすごい自信たっぷりな目つきでしたし・・」
じっと春樹さんの表情を観察したままそうつぶやくと。
「えぇ・・」ほら・・どうしてそんなに冷や汗をタラタラ流すの? やっぱり聞くべき? 何を? どんな風に? と私に自問自答しながら春樹さんを観察して。でも・・今はそれどころじゃないでしょ・・という気持ちも もたげるから 無理やり机に向かったら。
「あ・・そうだ」とほっとした仕草で私に話しかけた春樹さん。
「なに?」と顔を向けたら
「美樹もさ、いい成績取れたら俺に何かこうリクエストとかあるの?」と、美樹もリクエストとかあるの? 美樹・・「も」・・という問いかけが妙な違和感・・つまり、これは、白状してるんだ。きっと、美晴は私よりいい成績取れたら1日2日デートできる以外の何かを春樹さんに「リクエスト」した・・ということかな。と、妖怪ブツリオタクになりかけている脳が勝手に計算していることを感じながら。
「別に・・リクエストなんて・・」とつぶやきながら。
ただ私は、「私のカレシを他の娘にとられたくない気持ちが大きいだけだし」と言い訳を考えていると。春樹さんは。私を見つめたまま。
「そう言えばさ、いつか、夢実現ノートとか作ったでしょ・・あれから、アレに、なにか書き足したの?」
なんてことを思い出して。えっ・・夢実現ノート・・。
「何色のノートだっけ・・」と机の本棚を探し始める春樹さん。私も突然、そのノートの存在を思い出して。そこに何を書いたかも思い出して。それが、今、春樹さんが伸ばした手の、と春樹さんの手にピントが合った瞬間・・また・・春樹さんの手・・にムズムズが始まった・・と同時に。
「ダメですよ・・勝手に見ないで」と何か月も眠っていた夢実現ノートを引っ張り出して。伸ばしたままの春樹さんの手を見つめている。そんな私に。
「なにかすごいことを書いた?」と春樹さんはニヤニヤしながら聞くけど。
「別に何も・・」
と言いながら・・そう言えば、このノートに書いたことって、本当に実現してるね・・。そう思い出したのは。「春樹さんをモノにしてやる」と間違いなく書いたこと。だから。
「まぁ、また俺が見てないところでナニか書けば、実現するかも」
なんて言葉に。完全に同意して従っている私は。
「はい・・」としか返事できなくて。まだ、春樹さんの手から視線を話せない私に。
「でもさ・・こんな時だけど・・美樹に将来の事とか聞いたことなかったかな」
なんて質問は、開ききってる私の心の奥にストレートに飛び込んできて。でも・・。
「将来って・・」急に何言い始めたのかな・・。そう気づくと、再び、美晴が将来にまつわる何かをリクエストしたから? そんなことを聞くの? というもう一人の私の質問が聞こえて。
「例えば、俺は、宇宙に関わる仕事をしたいし、本当に願いをこめられる流れ星をいくつも空に飛ばしてみたいけど・・美樹は、そんなこと何かある? こんなことしたいとか、こんな仕事をしたいとか」
なんてつぶやきながら・・今日の試験勉強のノートを開く春樹さんの手にまだむずむずしてる感じが収まらなくて。そんな私の心は開ききっていて、頭の中は美晴の事が気になっていて、体はこのむずむずしてる感じに、息が乱れそうで・・。どうしよう、こんな場面で、春樹さんにどう受け答えるの? とパニックになりかけた瞬間。安全装置のようなもう一人の私が、分裂し始めた私を勝手に操縦してこんなことを言わせ始めた。かなり、冷静に。
「まぁ・・将来って言われてもあれですけど、この前、藤江のおばさんがチーフと・・」
あの日の事を思い出し始めて。言葉を組み立てようと息継ぎしたら。
「藤江のおばさんがチーフと?」と間を置かずに聞き返す春樹さん。ゆっくり聞き返してよ・・ともう一度言葉を整理しながら組み立てて。
「だから・・藤江のおばさんが・・」美樹ちゃん、あなた春樹くんと結婚しなさい。と言った。なんてストレートに言えるわけなくて。でも・・こんな風に。
「あの・・その・・春樹さんがコックさんしてて、私が店長・・そんなお店で・・その・・あの・・だから・・チーフが、弟子が育たなくてよ、俺の味を受け継いでほしいんだ」
って、チーフの口調を真似しながら話してしまった・・ことはいけないことかなと言う気持ちもしてる。そんな精神状態で春樹さんをじっと見つめたら。目を丸くして。
「チーフがそんなことを言ったの?」と私に素で聞き返した。だから。
「藤江のおばさんがそんな話をして、チーフも、そう言って、そんなお店・・どうだって、私に提案したというか・・その・・そんな将来はどうだって・・その時、初めて将来の事考えました」
と、あの日の事を思い出しながら、伝えたつもり。すると。
「俺がコックさんで、美樹が店長か・・確かに、チーフの味を受け継いだのは俺だけなのかな・・慎吾はまだまだだしね・・今時コックさんなんて仕事も人気ないしね」
慎吾さんはまだまだなのか・・やっぱり。というより、春樹さんのこの反応ってなんだろ。
「ふううん」とうなずいてる視線が遠くを見つめ始めて。少ししてから・・優しい視線が私に戻ってきた。そして。
「弟子が育たなくてよ、俺の味を受け継いでほしいんだ」
と似てないけど、チーフの口真似しながらそう言って。一人でくすくすと笑い始めた春樹さん。なにがおかしいのかな、私がそんなことを夢に見てるのがおかしい? チーフのセリフがおかしい? どっちだろう、と思ったから。
「どうして笑うの?」と嬉しそうな笑顔に聞いてみたら。
「チーフって、面と向かってそういうことが言えない人なんだねって。つまり美樹をダシにしないと本当の気持ちを口にできない。あのチーフが、本当は恥ずかしがり屋さんなのかなって・・今まで思ったこともなかったから。それと」
「それと・・?」
「俺がコックで、美樹が店長か・・そんなこと考えたこともないけど。そう言われると、そういう映像がはっきりと見えるね。人生の楽園みたいに」
「人生の楽園?」
「そんなテレビの番組があった。小さなお店にお客さんが来て、幸せに暮らしている人たちを、応援してますって」
「そうですか」人生の楽園・・か。今度探してみてみよう・・。
「うん・・じゃ、実現したければノートにできるだけ詳しく書いておこうか、こうしてあーしてこうなってあーなって。ノートに理屈を書いておけば、物理的な力が自動的に働いて何もかもが実現するかも・・」
物理的な力が自動的ですか・・。確かに「春樹さんをモノにしてやる」と書いたから、物理的な力で、春樹さんは今、私のカレシ・・なのかな? まぁ・・。そういう事にして。それより。「そうだ」と思い出した、どうしても気になること。一瞬ほっとしたこの隙間に。やつぱり追及したいこと。間違いなく、美晴もナニかリクエストした・・ナニを? を。
「話変わりますけど、美晴は何をリクエストしたんですか」と挟み込んでみたら。
「えぇっ・・」ほら・・どうしてこんなに雰囲気が変わるのよ。だから。
「私に言えないコト」と追及すると。
「いや・・あの・・約束はしてないよ」誰も約束したの? なんて言ってないのに。
「じゃぁ、何か約束させられたとか、あっ・・そうだ、なにか頼まれて断れなくなってるとか。春樹さんって女の子のリクエスト断れない人だし」ってどうしてそんなことを言うの私・・じゃなくて、もう一人の私・・。でも春樹さんは。
「うっ」と息を詰まらせて。ズボシ・・だ。美晴にナニを頼まれたのだろう? 聞くべき? どうする? と思いながら、春樹さんの引き攣った表情に、これ以上の追及はとりあえずやめておこうかな。やめておくべきかな、情けは春樹さんのためではなくて、私のため。というアラームが鳴っている気がする。この春樹さんの雰囲気から想像すると、本当のことを聞いたら、私も怖くなりそうだから。あの、おとなしすぎる雰囲気の美晴が・・告白したとか・・あゆみみたいにエッチな写真送りつけたとか・・いや・・これ以上の想像はやめて、よし、そのリクエストをキャンセルさせるためには。私は、テスト勉強しよう。しなければならない。美晴に勝たないと、美晴のリクエストが・・それって・・聞くべき? どうする? はっ・・ダメダメダメダメ・・無限ループに入る前に。勉強しよう。そうしよう。と、視線をノートに向けたら・・。春樹さんが、また携帯電話を見ながら、ノートに説明文をカリカリと書き込んでいて・・。やっぱり、私、春樹さんの手に・・ナニかがムズムズし始める。何だろうこの感じって・・。
「はい、コレは今夜のお題」
「はい・・」
「頑張ろう。美晴ちゃんに、必ず勝ってください」
「はい・・」
あっ・・春樹さんも・・私をコントロールする方法見つけ出したのかな? そう言われると意識ががらりと変わって、集中力がビカビカし始めた。そして、集中力が脳の扉を全開にしているそのタイミングで。
「いいかな、論理的な思考というのは、すべての前提条件がそろった段階から始まる。どの問題も、必ず、こういう条件の時、どうなりますか。というパターン。問題をよく読んで、前提となる条件を必ず全て理解して、覚えた公式や理論に当てはめると、結果はおのずとこうなりますよ。と正解が導き出される」と、ノートに問題とその答えまでの道筋がカリカリと書き込まれてゆく光景を見つめながら。
「はい」と返事する私はまるで、ご褒美をお預けさせられてるような、春樹さんの手に感じるこの気持ちで、次の問題は私自身で解答すると。
「うん、それが正解。そういうこと。美樹って本当に頭いいんだな。好きだよ賢い女の子」
と、私をムズムズさせる手が頭をナデナデしてくれて。ご褒美をゲットした・・のに・・。
それって、私を褒めたつもりなのだろうけど・・春樹さんが好きな賢い女の子って、美晴のことかもしれないし。どうして素直に喜ばないの私・・頭ナデナデがしょぼすぎて、ひねくれてるのかな? でも。
「もう少し頑張れる?」と優しい響き。
「うん、大丈夫」春樹さんの言うこと全部するすると頭に入って来るから。
「よし・・じゃぁ、頑張ろう」この優しい響きのせい? これが愛の力? と思うと。
「はい・・春樹さんは大丈夫ですか」と春樹さんのコトも気になった。でも。
「うん、俺も美樹との約束があるから頑張れるよ」とニヤニヤする春樹さんの横顔。約束って? どんな約束したかな? まぁいいか。とにかく、今の私はものすごく頑張れる。だから、頑張ろう。頭ナデナデよりもっとすごいご褒美がある気がしてきた。
そして頑張り切った最終日。試験が終わると同時に、クラスのみんなで一斉に。
「あーおわったぁ~」と背伸びした後。
「どうだったどうだった、誰か、美樹に勝てた気がする?」
だなんて声が聞こえたけど。今回の私は、誰にも負けていなさそうな自信がある。
「なんかいいとこ行けたかもしれない」とかいう子には、間違いなく勝ててる気がする。
「私もぉ~」という子にも。そして。
「美樹になら勝ってるかも」と自信たっぷりに言う子にはほんの少しの不安が湧くけど。
はいはい。とだけ思って、後は結果発表を待ちましょう。私も・・燃え尽きた・・というべきか。こんなに真剣になった経験は生まれて初めてのようで。やり遂げた今の気持ちがなんとなく、カ・イ・カ・ン? ミホさんが言ってた、「出せた出せたあの力、ほらほら、今頃になってから息が上がってくるのよ、これが気持ちいいのよね」
確かに・・終わってから息が上がってきたかもしれないこの気持ちが、気持ちイイ? のかな。たしかに・・心の奥底で私はナニかに興奮している。と思ったら。
「で、美樹はどうだったの」と弥生が声をかけてくれて。同時に。
「私も、もしかしたらッて思ってるんだけど」というあゆみに向かって。左側の頬を吊り上げて。「にやっ」とだけしてみたら。
「ええ~うそ・・そんなに自信たっぷりなの?」とあゆみが言う。そして。
「でもさ、今回は、みんな点数かなり上げたんじゃない?」というのは弥生で。
「あーあ・・次はどんな理由付けて春樹さんにメールしたらいいの? テスト終わったらメールする理由がなくなっちゃった。なんか燃え尽きちゃったかも症候群」
とあゆみは早々に敗北宣言。しながら。
「美晴はどうなんだろ?」と聞くのは弥生で。
「帰りに聞いとくね」とあゆみ。そして私は。
「まぁ・・聞いといてくれる」と軽くあしらうようにつぶやきながら。
今回の、私の自信はとにかくすごいと思う。全部解けたし、自信たっぷりに答えを選んだし。きっと大丈夫。春樹さんは誰にも渡さない・・。というほどなのかな・・とも思うけど。まぁ、こういうきっかけで全力を出し切った達成感を味わえていることを冷静に喜ぼうかな・・窓の外の空を見上げて。「ありがとう春樹さん・・ご褒美に・・私の・・」と無意識に呟いたら、カチャンっと、自動的に、何かのスイッチがはいった。そして。あーっ・・そう言えば私春樹さんに「・・おっぱいをチュッチュさせてあげますよ・・」なんてことを言ったことを思い出して、同時に、春樹さんの顔を膝にのせて、伸びた唇に私のおっぱいをチュッチュさせてあげてる、無茶苦茶リアルな映像が頭の中いっぱいに うわーっ と広がって、本当にムズムズしちゃう私。それに・・ムズムズし始めると、もっと空想が膨らみ始めて。
「春樹さん許してください、私・・気持ちを抑えられません・・」
と・・私が春樹さんを押さえて・・ふーはーふーはーふーはー・・。
「ほら・・春樹さんも・・本当はしたいんでしょ。入れますよ」ナニをドコに?
ナニこの映像? えぇ~・・私って春樹さんに乗って・・私・・なにしてるの。
「ちょっと美樹大丈夫?」
と弥生に揺さぶられてはっとしたら・・目が覚めたような感覚。だけど。
「えっ・・」
「えっ‥じゃないわよ。本当に大丈夫? 今、美樹って幽体離脱してたよ」
幽体離脱・・してたかもしれない・・今間違いなく私が春樹さんを押さえつけて・・ほら・・弥生の顔を見ているままなのに・・頭の中で空想している映像は途切れることなく・・私、春樹さんを無理やり・・。どうして・・そういう約束だった? いや・・このご褒美があったからあんなに頑張れたのよね・・と私を納得させようとしているのは、いつもの私ではない私。ご褒美? ほら、一番取れたら、春樹さんは美樹のモノでしょ。遠慮なんてしないであの日の続きをチュッチュしちゃいなさいよ。だなんて・・。ミホさんも・・どうして知美さんまで・・美里さんも・・。
「頑張ったご褒美なんだから、正々堂々とやっちゃいなさい」やっちゃいなさい?
と私をプッシュしてる。つまり、ようやく春樹さんは正々堂々と誰にはばかることなく私のモノになった。という自信。いや・・コレは私の妄想?・・希望? ご褒美?
「美樹・・ホントに大丈夫?」と弥生が私の顔を両手でパチンとして。はっとするけど。
「ほーら・・美樹、起きなさいよ。どうしたの終わって気が抜けた?」
と、言ってるけど。ナニ私のコノ興奮状態って・・こ・・これがミホさんが言ってた、今頃になって息が上がって来る、これが気持ちイイのよ。というカイカン。
「美樹ってば。ほーら、起きて」ともう一度言われて。
「はい」と、起きてる感じで目をパチクリさせると。
「美晴が来てるよ」という声に、はっと本当に離脱していた幽体が戻ってきた気がした。
「えっ?」と振り向くと、美晴さんと遥さんがいつも通り二人並んでて。
「美樹ってどうだったの?」と聞くから。とりあえず、無難に。
「美晴さんは?」と自信を込めずに聞き返した。すると。
「すんごい自信あるけど、今はその話じゃなくて」と不安そうな顔の美晴さん。
「その話じゃない?」
「あの・・どう言えばいいのこれ」と遥さんに振り向いて。
「代わりに聞いてあげるね、いい」と遥さんが美晴さんの肩をたたいた。
「うん」と力なくうなずいてる美晴さん。そして。
「あのさ、美晴がさ、春樹さんにスンゴイメール送ったの」
「スンゴイメール?」
「それ以来、春樹さんからの返事がなくて、あんなメールに美晴がさ、春樹さんに嫌われたのかなって思い込んでて」
「返事がない? 嫌われた?」よりスンゴイメールの方が気になるのですけど。
「そのこと、春樹さんって美樹になにか話した?」と言われても・・思い当たるのは、美晴からのメールに絶句してた春樹さん・・「えぇ~」とか言ってたけど・・。ここは。
「ううん」と首を左右に振った方が無難と言うか。
「本当に何も話してないの?」と遥さんに真剣に追及されても。
「なにも」春樹さんは絶句しただけで・・なにも話はしてないはず・・。
「本当に本当に、私のコト話題にしなかった?」と、美晴さんに、もっと真剣に追及されても。
「うん・・何も聞いてないけど」って、春樹さんと真面目に話したのは、将来のこととか・・だけだし・・それをここで言っちゃうのもなんだし。それより・・。
「スンゴイメールって、どんなメール送ったの?」の方が気になって。
「うん・・ちょっと・・勢い余っちゃって・・笑わないでよ・・私も本気な所があるから」
本気な所? と真剣な横顔の美晴が見せてくれた画面には・・。
「春樹さん、あなたは私が17年間探し求め続けていた理想の男の子です。結婚しましょう。すぐに子供を作りましょう。私と春樹さんの遺伝子をかけ合わせたら、きっと、ミラクルなスーパーグレイト赤ちゃんができるはずです」
ミラクルなスーパーグレイト赤ちゃんって・・ナニ?・・どうしよう、頭の中が真っ白になって、コメントできないのですけど。
「ちょっと勢い付けすぎちゃって、こんなメール送ってから、まったく返事くれないから・・・私って春樹さんに誤解されたとか、嫌われたとか。私、春樹さんの丁寧な解説に興奮しちゃって。あんなに数学とか物理の問題を解りやすく丁寧に解説してくれる人がいるだなんて。本当にそれって私の理想なの・・だから、このメールって本当にそう思ってる。春樹さんってきっと、オイラーの公式とか、もしかしたらabc予想とかも・・・」
オイラの公式? Abc予想? ナニソレ・・。というか、あの時の春樹さんの冷や汗の原因がコレか。とあの日を思い出したのだけど。つまり、ミラクルなスーパーグレイト赤ちゃん・・という思いが先行して。
「春樹さん、メールをくれないのは・・結果待ち? もしかして、春樹さんも本気にしてる? 美樹よりいい点とれてる自信あるけど・・春樹さんって、私と赤ちゃん作る気持ちになっているの?」
と、美晴の訴えが理解できないような。遥さんも力なく笑いながら。
「落ち着いてよもぉ、まったく、美晴って、昔から数学オタクだからさ、春樹さんの直接指導に感銘受けすぎてるというか、思い込み過ぎてるとか、考えすぎてるというか。落ち着きなさい」とつぶやくと。
「落ち着いてるわよ。それに私の事は数学者と呼んで」と血相が変わる美晴さん。
「数学オタクでしょ」とからかう遥さんに。
「数学者よ」ともう一段頬の筋肉が吊上がった。それに・・。
うわっ、このフレーズ・・妖怪がここにも、もう一人・・美晴さんって、どうしよう、春樹さんと無茶苦茶気が合いそう。
「でも、私って勢い余ったけど、春樹さんとなら二人で宇宙の謎とか解ける気がするの。本当にあの人としちゃったら、私と春樹さんが混ざり合ったスンゴイ赤ちゃんが生まれるなら三人で・・」
三人でって・・いやそれより、宇宙の謎?・・それって春樹さんを一言で口説き落とせそうなキーワードじゃないの? と、フリーズした頭では何も言い返せないし。
「って興奮しちゃったんだけど、私もまだ高校生だし、冷静に思ったらさ、この年で本当に赤ちゃん作っちゃったら・・アレだし」今度は泣き出しそうな美晴さん。アレだしって。
「ちょっと美晴、落ち着いて落ち着いて、ね、深呼吸しましょう。大きく吸って、ゆっくり吐いて。思い込み過ぎよ思い込み過ぎ、男の子とデートってお食事してお話しするだけだから。そんなに飛躍しちゃダメよ」
って、遥さんがなだめても、肩で息してる美晴さん。これも、どこかで見覚えのある光景だし。
「でも私、今回のテスト、本当に興奮しちゃって、いつもの150%以上実力が出ちゃって、間違いなく全部解けて、満点取れてるはずよ。美樹も満点の自信あるの?」
とまだ興奮してる美晴さん。もう誰にも止められないこのスンゴイ自信。満点取れてるはずよ・・だなんて。私も、もしかしたらとは思っているけど。そこまでの自信はないし。
「・・・・・」と返事できないままいたら。
「ということは、美樹より上だから、春樹さんと付き合ってもいいってことでしょ。つまり、付き合うってことは、その先に、いつか、しちゃうってことでしょ。それより・・美樹ってあの人としちゃったんでしょ」
えっ・・ナニを? しちゃう? しちゃった? ・・・・つまり、許して気持ちを抑えられない・・アレのコト・・だと思うけど。
「だから・・私、心配というか・・覚悟はできるんだけど・・春樹さんって・・優しい?」
えっ・・ナニが? 優しい? 顔? 性格? 雰囲気? 仕草? 笑顔? みんな優しいけど。カクゴ?
「春樹さんって顔とか性格とか雰囲気とか頭のよさとか、笑顔も全部私の理想で、興奮しちゃう男の子だけど、優しくリードしてくれる人なの? 私、それだけがむちゃくちゃ心配というか、それって結婚してからするべき? 美樹はどうだったの?」
キョロ・・キョロ・・と目の玉だけで周囲を確かめたら。遥さんもあゆみも弥生も、その背景にいる女の子たちも・・近寄れずに・・真っ白になっている感じがする。でも・・何か返事してあげないと、美晴さんの雰囲気も怖いし・・もっと暴走しそうだし。だから。
「あ・・うん・・あの・・そこまで思い詰めてるなら・・安心して・・春樹さんって本当に優しくてイイ人だから・・きっと大丈夫・・あの・・イヤだったら・・ダメって言えば・・」いいから・・なんて余計なことを言ってしまったかな・・でも・・これが精一杯というか。それ以上思いつけないというか・・他になんて言えばいいのかというか。でも・・そんなことを言ってしまったら。ほら、みんなの視線が美晴から私に移動した。そして、みんなからのテレパシーのような、エコーが効いていそうなヒソヒソ声が・・。
「やっぱり、美樹ってあの春樹さんと、しちゃってるのね・・毎週?・・毎日とか?」
美晴さんの口からも聞こえて。まばたきもできないから、反論なんてもっとできないまま。
「・・でも・・そういう約束だったでしょ」と美晴さんの押しに。
しちゃってるのね・・そういう約束だった・・。ナニをしちゃって・・って・・。その・・。
「どんな約束だったの」と心の中で叫びながら、あゆみの顔を見たら、あゆみはうつむいてしまうし。
「春樹さんなら・・あの人なら・・私、本当に覚悟を決められる・・でも・・メールとかくれないから・・お食事とかお話とか・・美樹がアレンジしてくれるの」
覚悟って・・どういう意味? アレンジって・・ええ~・・何が起こるの・・・これから・・・。
そして金曜日の午後に結果発表があって・・・。結果は・・美晴さんの自信の通りで・・。2番がこんなに悔しいだなんて・・。そう言えば、と思い出す、ミホさんが言ってた銀メダルの くやしさ が解った気がした。
そして・・土曜日。アルバイト。
お店の狭い狭い休憩室で二人の時間。いつも通りにチキンピラフをもぐもぐと食べながら。美晴が本当に学校始まって以来のパーフェクトな満点を取って。私が6点負けて二番。三番目の男の子は8点差。という結果は、昨日の夜、春樹さんにメールで報告してあげたけど。返事はまだない。春樹さんと向かい合って、何かを話したいような、何も話したくないようなこの雰囲気は。きっと春樹さんもわかっている。私が美晴のメールをすでに知ってしまっていること。に対して・・。私から言ってあげるべきというか・・春樹さんからは言い出しにくそうだし・・。いや・・私と春樹さんの間にはもう、この話題しかない・・のかな? それって、終わってしまった恋の話しみたい・・。
だから。だからじゃなくて・・仕方ないね、もう。
「あの・・春樹さん・・美晴とはエビフィレオでも食べながらお話してあげればイイだけですから」
と力ない声で言ってあげるのだけど。春樹さんの返事は・・。
「知ってるんだろ・・美晴ちゃんのリクエストと言うか・・その・・メールのこと」
それは、はぁぁぁぁ・・心の中にもため息が充満するこの重さ・・。
「まぁ・・知ってますけど・・そんなに大真面目にならなくても」とは言いながら。覚悟を決めてる美晴の思い詰めた顔を思い出すと・・。どうしてこんなに無力感と言うか、どうすることもできない気持ちというか・・。春樹さんがもうすでに私の心の中からいなくなってしまっているような気持というか・・。美晴のモノになってしまって・・というか。どうしてこんなことになっちゃったの? というか。
「でもさ・・美晴ちゃんが本当にその気なら、どう断ればいいのか・・俺にはムリかも」
「断れないなら・・入れるよ、したいんたろ・・って、言ってあげれば」・・なんて、イジワルなことを考えただけで、私の精神が崩壊しそうだし。
「どうしよう・・とりあえず水曜日しか時間とれないから、美晴ちゃんにはそう言ってくれる」あっそうですか・・デートしてあげる気なのね・・。でも・・。「自分で言ってよ・・」
なんて言ったら、春樹さん、もう私の元には戻ってこなくなりそう。それに。
「はい・・まぁ・・言うには言いますけど・・春樹さんは、美晴とメールとかしてないのですか?」
やっぱり・・あんなスンゴイメールには男の子も返事しにくいのかな・・。
「返事するのが怖いというか・・どう返事したらいいのかというか・・美晴ちゃんかなり本気でしょ・・」かなり本気・・まぁ・・覚悟は決めてる・・ようだけど。
という本当に怖がっていそうな春樹さんの顔・・。本当にあのメールには返事してないのね・・。ケッコンしろとか赤ちゃん作ろうとか・・美晴もあの顔で・・と思い出すけど。
「ヘタに断ったら傷つけちゃいそうだし。リクエストに答えてあげたら・・ねぇ」
答えてあげたら・・ねぇって、どうなるの? それって、私との破局・・知美さんとの破局・・そして美晴と二人で宇宙の謎を解く旅に・・おなかが大きく膨らんだ飛行船のような美晴と手をつないで宇宙の彼方へ飛んで行く春樹さん・・やがて、ミラクルなスーパーグレイト赤ちゃんもあのテーマソングをなびかせながら現れて。・・そんな映像がちらついたというか・・。ちらついたから・・言葉がそれ以上思いつかなくなったというか。その時・・ガラガラっと休憩室の扉が開いて。
「美樹ちょっといいかな・・って・・二人とも、どうしたの? だれかしんだ?」
と扉にもたれて私たちを観察するのは美里さん。・・に。
「いえ・・別に・・だれも?」と返事したら。
美里さんはじぃぃぃぃっと私を見つめてから、春樹さんを見つめて。春樹さんが顔をあげてから、くすくすっと笑う。そして。
「春樹も、そろそろ覚悟決めたら」
なんて本当に見透かされていそうな一言が、私にも突き刺さるというか。春樹さんにはもっと突き刺さったというか。
「オトコってさ、いざとなるとこうなるのよ。美樹も返事なんて待つ必要ないから、美樹が決めちゃいなさい。オトコってオンナが思い通りに育てるものでしょ」
だなんて、何の話ですか? それ・・というより・・。何か知っているんですか美里さん・・なわけないでしょうけど。ニヤニヤ笑ってる美里さんは。
「私ちょっと美樹にお願いがあるのだけど、由佳にはさっき言ったんだけどね」
といつも通りのトーンに戻ってから話始めて。
「はい・・何でしょう」と返事したら。
「美樹って水曜日非番でしょ、次の水曜日ちょっとシフト入って欲しいの。私の代わり」
水曜日・・。と春樹さんの顔を見てから。
「他の日に休み回せないけど、ほら、テスト勉強で休んでたぶん・・私ちょっと用事というか、婚活というかまぁ・・そういうことがあってさ」という美里さんの声の・・。
「婚活?・・って」の部分だけが聞こえたような。春樹さんも目を丸くしてるし。
「知らない男と食事して喋るだけよ・・今回はちょっとグレード高そうだからね、気合い入れたいというか・・そういう事。ダメ? ムリ? それともイケる?」
と手を合わせて、ウフフっと笑う美里さんに。
「いえ・・いいですよ・・水曜日」としか言えない私。
「そう、よかった。じゃ、由佳にそう言っとくから、水曜日お願いね」
「はい・・」
と言ったまま出て行った美里さん。扉をガラガラと閉めて、私は春樹さんと顔を見合ってから。とりあえず話しておきたいことをストレートに。
「美晴とは婚活ではないでしょ。食事して喋るだけですよ・・とりあえずは、知ってる女の子だし・・軽くあしらうと言いうか・・そういう事・・ほら、言ってたじゃないですか、トレーニングだと思って・・」
と言ってあげると。春樹さんは。
「はぁぁぁぁぁぁ」とため息を長―くはいてから。
「・・・・・・・・・」と何も言わなかった。そんなに嫌なのかな・・と一瞬思ったけど。そうじゃなさそう・・。だとしたら・・何だろう春樹さんのこの反応。
私も・・これ以上、どう言っていいかわからなくなってるし。
そんな雰囲気のまま・・日曜日も同じ雰囲気で過ぎてしまって。月曜日・・。
「あの・・美晴さん、春樹さんなんだけど、水曜日しか時間とれないみたいだから」
美晴さんにそう言ってあげたら。
「えぇ?・・春樹さん、メール全然くれないけど・・水曜日ホントにデートしてもらえるってこと」と目を真ん丸にした美晴さん。
「うん・・まぁ・・あのメールの事も・・そんなに大真面目に受け取らないでって言っといたけど・・大真面目に受け取って欲しいの?」と仕方なくそのことも言ったけど。
「ううん、じゃぁ、OKなら私からメールとかしてもいいかな・・」美晴さんって、全然聞いてなさそう。だから・・これ以上はどんな説得もムリそうだから・・。
「いいんじゃない・・。そうそう、春樹さんって、エビフィレオが好きで、お喋りくらいなら普通にできると思うから」無難に目を合わせずにそう言って。
「エビフィレオ・・ということはマックね・・水曜日・・どうしよう、私も男の子とデートなんて初めてだし・・うまく話せなかったら・・何話せばいいの」
と詰め寄る美晴さんに。
「大丈夫大丈夫・・春樹さんも、そのつもりだったから」気安くそう言ったら。
「そのつもりって・・」美晴さんの鼻息が・・うわっ・・なんか誤解していそう。
「うん・・まぁ・・美晴のコトおとなしそうだから、うまく話せるかなって・・そういうつもりのコト」よし・・この言い訳なら・・そういうつもりっぽいでしょ。と思ったけど。
「おとなしそうだから・・って・・私のコト覚えてくれてるんだ」全然聞いてなさそう。
「まぁ・・」覚えていると思うけど。
「じゃぁ・・メールしてみるから」
「う・・うん・・美晴からメールあるからって言っといてあげるね」
とりあえず・・この辺で退散して・・後は・・何が起きるんだろう・・いや・・もぉ、どうにでもなれ。だね。ここまで来ちゃったら。
「春樹さんも・・うまくやってくれるでしょ・・私の為に・・私のカレシなんだし・・あんなに乗り気じゃなかったし」
そうつぶやくと、私の中のもう一人の私が。
「春樹さんって・・美晴の方がイイんじゃない?・・頭良さそうだし・・話題も合いそうだし・・春樹さんも、本当は・・自転車が転ばない理由を聞いてくれる女の子の方がイイとかさ」
そんなことをつぶやくから、本当の私の不安はどんどん膨らんで・・水曜日か・・。今更何をどう考えても思考が停止するから・・もう、どうでもいい。
そして・・夜。春樹さんからのメールに。美晴のことかな・・と不安に押しつぶされそうなまま開けると。予想と違って、・・ミホさんのコト?
「水曜日に美樹をつれて行くって、ミホさんと約束してたんだけど、そういう事だからって、美樹からミホさんに言ってくれないかな。このアドレスに」
ミホさん・・そう言えば水曜日は運動の日・・にする予定だったけど。とりあえず・・。そういう事だからって・・そういうことって。春樹さんが別の女の子とデートするから・・ではなくて・・。
「ミホさんへ、美樹です。水曜日はアルバイトの先輩と交代してシフト入ることになりました。ごめんなさい」
と余計なことは一切臭わせずに、シンプルにメールしておこう。するとすぐ。えぇっ・・と思ってしまう。
「だったら、私は春樹くんと二人でもいいんだけどね・・」
だなんて心臓が跳ねる返事が届いて。一瞬息が止まっている間に。
「なんてね・・少しだけ・・私にもそんな気持ちがあるって美樹ちゃんには言っときたい。別にいいでしょ。私たち、グータッチしたライバルなんだから。でも、春樹くんには黙っててよ。それじゃ、残念だけど次の水曜日は会えるように」
と追伸。ミホさん・・そんな気持ちがあると、私には言っときたい・・って。ライバルだからって、コレってやっぱり、知美さんと同じ? と考えながら、もう一度メールを読み直したら。私ではない無意識の私が。
「春樹さんは私のモノです」
なんて返事を書いていて。 えぇっと驚いて・・本当の私が慌てて消している。だから・・。
「ごめんなさい、来週の水曜日は必ず、春樹さんを連れて行きますから」
と書き直して、送信した。するとまたすぐ。
「別に連れて来いとは言ってないわよ。でも、連れてきて欲しいね。いただけるのかしら」
と返事が来て・・あっ・・そういう意味ではないのですけど・・ってどういう意味かな。なんとなく、年上の大人の女の人とは言葉が通じなさそうな気持。
「じゃ、来週、春樹くんを必ず連れてきてね。私は春樹くんに会いたいから。ウフフふふ。おやすみなさい」
ウフフふふ・・だなんて。やっぱり心臓に悪い。こんなメールのやりとり。だから。
「おやすみなさい」
とだけ返事して。ふと思うこと・・そうだよね・・これって・・知美さんは、私にこういう気持ちを持つのかな? 春樹さんにアプローチする私に知美さんはどう思うのだろう。私は、美晴が春樹さんをどうにかしてしまいそうと考えるとこんなにオロオロした気持ちになって。ミホさんがあんなこと言ったら、もう一度メールを見直して・・ミホさんも春樹さんのコト・・と、心の中がざわざわし始めて、どうしていいかわからなくなるのに。
「私にもそんな気持ちがあるって、美樹ちゃんには言っときたい」
ミホさんって、そんな気持ちって、どんな気持ちですか? 春樹さんのコトが好き・・とか? しかないよね、そう思うと、もっとざわざわと、こんな不安な気持ちになるのに・・私の心の中に住む知美さんは・・ウフフフじゃなくて、イッヒッヒッって笑っている。そんなことを考え始めた瞬間。うーんと手の中で電話が震えて、条件反射で画面を開いたら。えぇ~・・。知美さん。もしかして・・テレパシーがアメリカまで届いたの?
「美樹ちゃん、お久しぶりですよー。知美ですよー。あさって帰国するから、洗濯機の中に下着とか忘れないでね。実わトラウマになってるのアレ。くっくっくっ。で、どうなの? あの子と隠れてコソコソムニュムニュしてるのかな? あさっての20時着の便。部屋に戻るのは深夜になりそう。日本は水曜日の夜かな、話したいこといっぱいあるから、また土曜日に美樹ちゃんの仕事終わる時間にご飯食べましょ。あのカワイイ店長さんのお好み焼き。お土産も買ったから。美樹ちゃんも面白い話聞かせてね。イシシシシ。無茶苦茶きたいしているよ。じゃ、土曜日の18時にお店に行きますね」きたいしているよ・・って。ナニをですか? こんなメールに返事なんて何も思いつかないし。それより。
えぇ? どうしてこんな・・同時多発・・何だろ・・アクシデント? いやアクシデントというより。あ・・ダメだ・・頭の中がまた真っ白になった。と思ったら。またうーんと電話が震えて。びくっとする私の体。今度は・・。
「美樹って春樹さんと普段どんなお話してるの? 私、男の子とデートも初めてで、お話なんてもっと初めてだから、どうすればイイ?」
美晴からそんなメール。どんなお話し? どうすればイイって・・。どうしよう。
一応、一旦整理しよう。何から? メールの順番からいくと。ミホさん・・は後でもいい・・今すぐの問題じゃない。でもまってよ、水曜日・・ナニか絡みそう? 絡むわけないよね。知美さん・・は水曜日に帰国・・水曜日・・20時・・深夜に帰宅。どうしよう春樹さんが美晴を部屋に・・なんてことはありえないと思うけど・・美晴が押しかけたりしたら・・いや・・ありえ・・ない・・ある? で、今、美晴からのメール。どう返事する? 私と春樹さんって普段話してることって・・思い出せない・・こないだは将来のコトを話したけど・・その前は・・大きなおっぱいの事? トレーニングって・・いや違う・・そうだ。思い出した。
「春樹さんってこないだ、走る自転車が転ばない理由を話したそうにしてたけど」
と書いて、ためらいなく送信して。するとすぐ・・うーん・・。早い。
「それって、私、春樹さんに、走る自転車が転ばない理由を聞けばいいってこと?」
どうして、こんな話題に、こんなクソまじめな返事なの? とりあえず・・。
「理系同士で気が合うかもしれないね。お食事とお話し・・頑張ってね・・おやすみ」
そう返事して、もう私は気絶しよう。こんなこと同時に処理できるわけない。いや・・春樹さんには言っておいた方がイイかな・・美晴がそんなお話しますよって・・いや・・そこまで気を遣わなくても。勝手に何とかするでしょ・・。と思ったら。うーん・・と電話が震えて。次は、うわっ・・今度は、春樹さんからのメール・・。
「美晴ちゃんが、水曜日は泊めてもらえるのですかって聞いてるのだけど、どんな話になってるの? どう返事すればいいのかな?」
・・泊めてもらえる? 美晴が? そんなメール? 何考えてるのあの娘・・本当に・・ミラクルなスーパーグレイト赤ちゃんを・・。作る気なの・・。そんなに積極的だったのあの娘? あぁー、どうしよう。でも。今の私には。
「なんとかしてください」
としか思いつかなくて。そのまま書いてそのまま送信すると静かになった携帯電話。もう一度ミホさんのメールを読んで、知美さんのメールを読んで・・そう言えば・・知美さんも春樹さんにメールとかしてるよね・・黙って帰って来るのかな・・今度は私ではなくて、美晴が洗濯機に下着を忘れたりしたら・・いやいやいやいや・・それより・・春樹さんと美晴が隠れてコソコソしてるところに知美さんが帰って・・いやいやいやいや、そんな出来過ぎたことなんて起こるはずない・・。って本当に言える? って、私も美晴に負けないくらいの想像力が、ヘンなこと考えすぎていそう。でも・・美晴があのおとなしすぎる雰囲気で・・「許してください気持ちを抑えられません」と春樹さんを。なんてリアルな映像が、いやいやいや、そんなことは、ありえない・・・。そうなるのは私でしょ。じゃなくて、そうするのは私でしょ。と無理やり空想しようとするのに。春樹さんを押し倒してるのはいつまでも美晴で・・結構リアルに空想できるね、コレ。いやいや、イヤイヤじゃない。いいや・・もうどうにでもなれ・・としか思えなくなってきたのに、頭から離れない・・春樹さんが美晴と? そういう約束だった? どうしてこんな話になっちゃったの? あっ・・涙が出てきた・・どうしよう。春樹さん・・美晴の押しに負けて・・イヤイヤイヤイヤ。あー無限ループにはまっちゃった・・。寝れない・・。
そして、他の女の子にカレシを取られちゃう気分って・・どうなんだろう。あゆみが。
「美樹って、あの春樹さんが美晴とデートするって・・ホントにいいの?」
なんて無責任なことを無自覚に言うけど。
「イイのって・・あゆみがあんなこと言うからこんなことになったんでしょ」とは口にできないまま。こう返事するしかないことを。への字にした口で。
「まぁ・・そういう約束だったし・・春樹さんも軽くあしらってくれるわよきっと」
とふてくされたまま言うしかない。すると。
「軽くあしらうのか・・でも・・美晴も相当思い詰めていそうだけど。あしらわれたら美晴も純情だからね・・」
腕を組んで、あゆみとうなずき合っている、今日は一人の遥さん。
「私だったら、春樹さんみたいな男の子に軽くあしらわれたら。泣いちゃう」
「泣くよね、ジサツしちゃうかも」ジサツ・・そこまで?
「美晴の事だから・・あの娘思い込みが激しすぎるから、ありえるかも」あり得える?
と二人して真剣に私を見つめるから。
「美晴さんって、そこまで思い詰めてるの?」と聞くと。遥さんが。
「何度もしつこく、お食事してお話してそれだけでしょ。って言ったらね」
「言ったら」
「お食事して、お話して、その次は、その次の次は、そういうことって、二手も三手も先の事をしっかり考えて。どんな些細なこともゴールを目指す道しるべって思っておかないと・・。って。もう・・やる気満々だったから」やる気満々?
「二手も三手も先のコト?」と聞いたあゆみ。
「道しるべ? ゴール?」と聞く私。そして。
「そう言えば、今日は美晴って休み?」とあゆみがキョロキョロしたら。
「髪切って来るって・・試験の間ここひと月、髪の毛気にしてなかったからって」
「・・学校休んでまで・・」髪の毛・・ってそう言えば私も気にしたことがないような。
「おめかししに行ったのね。そこまで本気なんだ・・どうするの美樹は?」
あゆみがあんなこと言うからでしょ・・どうやって責任取る気なのよって私が聞きたいのに。あゆみは、ぽかーんとしたまま。
「でも、春樹さんにそんなこと、やっぱ美樹が頼んだからなの?」
なんて聞く。そんなあゆみの質問の意味が解らなくて。
「何を? 頼んだの? 何も頼んでなんかないけど」と言い返したら。今度は。
「他の女の子とデートなんてさ・・美樹が頼んだからオッケーしたのかな?」
なんて言うあゆみ。それは、
「あゆみがメールしたからでしょ。私よりいい成績取れたらデートしてくださいって」
「したけどさ・・私が言ってるのは、どうして拒否しなかったのかなって」
「拒否・・」私が? 確かにしなかったけど・・。というか、拒否なんてどうするかも知らないし。
「だから、それって美樹がオッケーしたからじゃないの?」拒否は私がしなかったのではなくて、春樹さんもしなかったよね。ということは、私がオッケーしたから春樹さんは拒否せずに、美晴とデートしようとしているってこと? まぁ、そう思えば、私は・・オッケー、
「し・・したかもしれないけど」とぼやいたら。
「案外、春樹さんも乗り気なんじゃないの? 美晴もおとなしそうに見えるけどやる気満々だし、そういう事ならペロリと」っていやらしく笑うあゆみ、今度は何のこと?
「お互い、目的は同じだしね。ペロリ。ぷぷぷっ」とニヤてる遥さん。
「そういうことね」とあゆみは、もっとにやけて。
「春樹さんもそういう男の子なのかな?」と悲しそうな表情をする遥さん。
そういう男の子? ってどういう男の子? と考え込んだ私。
「だとしたら・・幻滅しちゃうかな。そういう男の子であってほしくないけど」
「そうよねぇ、あの顔だし、頭いいし、雰囲気も、笑顔も、でもやっぱり、男の子はみんなそういうものなのかな」
だから、そういうって、どういう男の子なの? と思っている私をじぃぃっと見つめるあゆみと遥さん。を見つめ返そうとしたら。
「あーここにいたの? 先生が美樹を呼んで来いって言うから。探してた」
と弥生が走り寄ってきて。
「えぇ・・」今度は先生? とのけぞる私。
「テストで春樹さんを賭けてたこと知ったみたいよ」
「えぇ・・それって・・」
「笑ってたから大丈夫でしょ。女子の成績が平均値で60点も上がってたんだって。上位10人中9人が女子だったって」
「それで、どうして私を?」
「先生も知ってるみたい、美樹のカレシが春樹さんだってこと・・あぁ、春樹って名前なんだねって言ってた」
それは、知ってるじゃなくて、もしかして弥生が話したってことじゃないの。
そして、仕方なく、再び、職員室。先生の机まで歩いて行くと。ぷんぷん匂う職員室の匂い。この匂いがキライだ。それに。
「おっ、みーき」
って、私を見つけた先生がニヤニヤしてる。「機嫌がいいときの春樹さんと同じトーンで呼ぶのやめてください」と思いながら。いい予感がしないから、ぶつくさな顔を意識したまま。
「なんですか」と答えると。
「今度もすごいな・・」とまだ笑ってる先生。この顔なら、まぁ怒られることはなさそうだから。
「そうですか・・まぁ」と返事したら。
「すごいのは、美樹のカレシの、春樹さん。なのかな」
まぁ、すごいのは私ではなくて。そうですけど。それに、ナニかを知っていそうなニヤニヤしてる顔がキモイと言うか。
「2年の女子が何してたかは知ってるよ。おかげで女子の成績が60点も上昇して、近隣の学校をひっくるめてわが校が一番だ。ダントツで」えぇ? 一番? ダントツ?
「そうですか」だから?
それより、だから、私に何の用だったのかな? と考えたら。
「で、今度、先生を春樹さんに会わせてくれないかな。と美樹にお願いしたいのだけど」
って唐突に何ですか? もしかして・・水曜日・・とか?
「いつでもいいんだけどね、どんな風に教えてあげれば、美樹や美晴やほかの女子たちのように、勉強したことをわかって、理解して、実際に平均点をこんなに上げられるのか、何かのヒントでもいいから春樹さんの秘密を知りたい。なんとかして、会わせてくれないかな」
水曜日以外なら・・としか答えようがない気がするけど。ここはよく考えてからにしないと、軽率に返事したら、ただでさえ混乱してる今の状況が、ものすごい大混乱になりそうだし。
「ダメかな? アルバイトまだ続けているんでしょ。お店に、いきなり押しかけても迷惑だから、いい日、いい時間があったらアレンジして、今度食べに行くから、少し話せる時間を作って欲しいのだけど」
またアレンジ・・まぁ・・そういう事なら仕方ないかな。
「はい。あの・・そういう事でしたら、春樹さんにも伝えておきます」
「うん。よろしく。それと、余計なお世話だけど、まだ仲良く付き合っているのか?」
余計なお世話ですよ・・と言いたいけど。
「まぁ・・ほどほどに」と答えて。
「そうか。まだ言いたいことはあるけど、これ以上は何を言っても説教になりそうだし。あーそうそう。美晴はトウダイ目指しているけど、美樹はどうする? とこでもいいぞこの成績なら」
美晴はトーダイ? 私はどうする? 進学・・そう言えば夢実現ノートに「ワセダ合格」って書いてたけど。私の将来は春樹さんと小さなお店? いや・・ワセダ合格? いや・・水曜日はミホさんが・・じゃなくて。知美さんが帰って・・でもなくて。美晴が春樹さんと・・デート? それより、先生は「どこでいいぞこの成績なら」って・・あーダメダメ頭の中がまた、うわーってなってきた。えっと・・どこでもいいぞ、この成績なら。って。ほら、混乱してる頭の中が、更に大混乱になって来る。だから。将来のことなんて。
「あの・・ゆっくり考えます」慌ててそう答えて。今まで、同時にこんなにたくさんのコトを考えたこともなかった。と思っていると、まだニコニコしてる先生は。
「うん、ご両親とも春樹さんとも相談して、わが校から有名な大学に現役合格者が出るかもしれないなんてね、今からワクワクしてるよ。そういう事。それだけ、ご足労アリガト」
と、もっとニコニコしていて。何気に気味悪くて。とりあえず。
「はい」と返事して。えーと、とりあえず、約束はしてないけど、春樹さんに会わせる、美晴じゃなくて、先生を・・。ミホさん? それより、ドコデモいいぞ、この成績なら・・。将来? ってどうするの? あーダメダメ。本当に頭の中がうわーってなってる。
そして、いよいよ水曜日・・一人だけ大きな荷物を背負った。髪型がいつになくアイドルのような美晴さんが目について。うわっ・・美晴さんって髪型代わると雰囲気もがらりと変わるというか・・美晴さん、どうして歩調がスキップなの? 背中のカバンも飛び跳ねてるし。もしかして、春樹さん「・・しかたないなぁ、そこまで言うなら、おいで、泊めてあげるよ・・」なんて言ったのかな? と春樹さんの声が聞こえた気がしたけど。春樹さんから私にはそんな報告がないし。というより、「なんとかしてください」以来返事がないし。それに、今日は知美さんか帰ってきて。私はバイト。ミホさん・・の予定なんて知らないよね。先生もなにか頼んでたよね。とぐちゃぐちゃになってる頭の中に、聞こえてきたのは・・。
「美晴って今日は気合入っていそうね」
「春樹さんって、美樹のあの彼氏でしょ、マックでこんにちわって言ってた人」
「そうそう・・でもすごいよね、美晴も前からすごかったけど、美樹も2番でしょ」
「でも、やっぱり・・2番じゃダメってこと?」
「そういう事ね・・で・・で・・学校終わったら見に行く? マック」
「うんうん・・行こうか」 って何しに行く気?
「どうなるのでしょうね、美晴・・」 あーそれか・・。
「どうなるのでしょうね、美樹みたいに口説かれる」 口説かれるって?
「えーとあれなんだっけ、あのセリフ」 セリフ?
「俺はただ、美晴に恋してるただの男だよ」 あっ・・私も思い出したけど。
「そーそーそーそー。恋してるのよ」 余計なこと思い出さなくても。
「ということは、今度は美晴に恋してるって」 うっ・・今度は美晴に?
「言うと思う?」 言うわけないし・・言いそうかな?
「聞きたいよね、何言うか」 聞きたくない・・。
「聞きたい聞きたい」 いや・・そう言われると無茶苦茶気になる。
「くっくっくっくっくっくっくっくっ」
「ケッケッケッケ」
そんな、ひそひそ話。を聞こえているけど、聞こえないふりして。美晴さんとも今日は会話がなくて。あゆみや弥生も私に気遣っていそうというか。あゆみは今頃になって責任感じているのかな? 遥さんも美晴さんとは距離を取っていそうだし。ぐちゃぐちゃに絡みついた頭の中を整理しようなんて思っただけで無理そう。挫折。していたら、知らない間に授業も終わって、いつワープしたの。という感じで。はっと気づいたら美晴さんは大きな荷物と一緒に消えてしまって。ほかの皆は。
「うししし・・見に行くでしょ」
「うんうん・・美晴って春樹さんにお持ち帰りされるのかな」
「いやーん。お持ち帰りだなんて」
「でも美晴はその気でしょ・・あの荷物」
「そのつもりっぽいよね・・あーなんかうらやましいかも」
「でもさ、春樹さんって、美晴に、部屋にオイデって言ったのかな・・」
「あー、だからあの荷物・・ってこと」
「えぇ~そうなの? なんか想像が膨らんじゃうね」
「でもさ、試験勉強教えてくださいって理由だったら、私もお持ち帰りオッケーかな?」
「あーその手があるね。美晴の次、私」
「あーずるいよ。順番はじゃんけんでしょ」
「しぃーしぃーしぃーしぃ。美樹に聞こえる」
「でも・・美樹はイイの本当に、あんな賭けしちゃって。あんなカレシを」イイことないわよ。
「オトコ・・取られちゃった?」とられたわけではないと思うけど。
「耐えているのかな・・どう慰めてあげればいいの?」ほっといてください。
「いままでいい思いしたんだから、別にいいんじゃないの?」なによソレ・・。
「後悔してそうね・・」今日に限って、私の聴力が研ぎ澄まされていそうで・・。
後悔なんてしてないわよ。と ぼやいてからフテクサレて、私は無理やりな気持ちで、重い足取りを無理やりのっしのっしと歩ませて自転車置き場へ。そこで携帯電話を開いても春樹さんはメールくれないし。どうしてあの人、こんなにメールとか連絡とかしてくれないのだろう。まったくもぉ。と、空に向かってため息吐いたら、嵐なんて起きそうにない青空だし。連絡とかがないということは、何もないということでしょ。と自分に言い聞かせると。また頭の中て・・モヤモヤと。
「美晴ちゃん・・許して・・気持ちを抑えられない」
春樹さんは美晴をベットに・・そんな映像がもやもやと現れるから。ぶんぶんと振り払って、鋼鉄の意思で・・・いや・・もういいと、諦めて自転車を漕いでアルバイト・・お店に向かうことにした。でも、自転車を漕ぎながら、春樹さんが美晴とデート・・お持ち帰りって、それって春樹さんが美晴を部屋に持ち帰るって意味だよね・・それってさ・・今頃になってから、こんなに気になる、春樹さん・・私の事はどうするつもりですか?
「ごめん。美晴ちゃんと付き合うことにしたよ」なんてことを言うのは誰?
あーダメ、私、押しつぶされてしまいそう。なのに、誰も助けてくれそうにないし・・。と思ったら。
「あー美樹お疲れ様、ごめんね、水曜日って春樹とナニか予定があったんじゃないの? 美里がね、急に婚活だなんて」
と大きな声で私に声をかけたのは、いつものようにドアの取っ手を拭いている由佳さんで。
「・・・・おつかれさまです」と自転車をいつもの場所に停めてカギを抜いて。
「いえいえ、別にいいですよ・・テストでいっぱい休みましたから」
そう返事したら。由佳さんは、また、私をじぃぃぃぃっと見つめて。大真面目な顔で。
「で、どうなの、春樹とうまくいってるの?」と聞いた・・。何回目ですか? ソレを聞くのは・・。と思いながら。うまくいってるの? という質問に、自動的に答えられない私がいて。自動的に答えられないから・・。どもりそうな声で。
「・・はい・・まぁ・・ぼちぼち」
と無理やり答えるのに一瞬の間があったことは自覚しているけど・・。だからと言って。
「あー・・うまくいってなさそうな返事だった」とまた大真面目な顔でわたしをじぃぃぃっと見つめる由佳さん。にやっ・・としながら。
「何かあったのね・・何があったの?」
だなんて、私の心を見透かそうとしないでください。と思えば思うほど。
「な・・な・・何もありませんよ」と声が上ずって。
「そぉ? それじゃ、お仕事しながらゆっくり聞いてあげるから、うふふふふふ」
由佳さん・・なにを期待してるのですか? あー・・私、美里さんと代わるんじゃなかったかも。という気持ちもする。けど・・それ以上に・・今頃、春樹さん・・二つのエビフィレオと二つのコーラM、そして一つのポテトLを同じトレーにのせて、マックのあの席にニコニコと二人で同じ歩調で歩きながら。
「春樹さん、走る自転車か転ばない理由って、最近の私の研究テーマなんですけど」
なんて話しかける美晴の映像と。
「へぇぇ、美晴ちゃんってそんなことに興味があるんだ、美樹より話しやすそう。その話ってさ美樹は聞いてくれなくて。美晴ちゃんは聞いてくれるんだ嬉しい。好きだよそんな賢くてカワイイ女の子」なにこの妄想・・。誰がこんな映像を流してるの?
「そうですか、じゃぁ、今日は朝までゆっくりお話ししましょう」
「そうだね」
「私のコト、お持ち帰りオッケーですよ」
「今日はそのつもりだよ」
「・・・うん私も。うふふふふ」
なんて言ってる春樹さんと、私よりカワイイ返事をしてる美晴さんが・・頭の中にあふれて。あーダメダメダメダメ。と頭を掻きむしりたい。
そして。由佳さんと私と店長とチーフ・・水曜日のこの時間帯はこのメンバー。他の平日は奈菜江さんと優子さんがいたりするけど。まぁ・・大して変わらないかな、みんな年上で、最近は学ぶものが少なくなったようなお姉さん達。そんな風にブツブツと他の事を考えていれば冷静を保てそう。そんな気持ちでお店に出ると。
「・・・・・」
とチーフも店長も由佳さんも、私を見つめて唖然としてる。だからキョロっとして。
「なんですか、春樹さんとのことで報告することなんて別にありませんから」
と自分から言わなくてもいいようなことをぼやくと。由佳さんが。
「美樹・・スカートが制服・・お店のじゃなくて、学校の」
えっ・・と下を見たら。うわっ・・本当に上着はお店の制服なのに、スカートは学校の・・私・・どうしたの? 着替えた時の記憶が全くない。慌てて着替えてきたけど。
「ねぇ・・ほら・・そっとしておいた方がイイのか、聞いてあげるべきなのか」と由佳さんの声に。
「聞いてあげるべきだろ」とチーフの声。
「誰が聞くの?」と由佳さん。
「女同士で何とかしろよ」チーフ。
「でも、チーフだって春樹の親戚でしょ一応」
「親戚だからって何だよ、血は繋がってねぇし」
と、お客さんが少ないから、そんな会議をしてる由佳さんとチーフ。黙ったままの店長は議長かな。そして。私と顔を合わせたとたんに。
「おい美樹、春樹と何かあったのか?」
と気配りも気遣いもなにもないブッキラボウなチーフの声に。
「ナニもありませんよ」
とムキになって答えたてから。大きく息を吸って、はぁーとはくと。
「そうか・・」
と言ってお料理を作り始めるチーフ。そんなチーフから目を背けて振り返ると今度は由佳さんがニヤニヤしてて。
「何かあったから、そんなにムキになってる。どうしたのよ」と追及をやめてくれなくて。
「だから、別に何もありませんよ」
とムキにならないように気持ちを抑えて視線を背けて答えてから、大きく息を吸って、ふぅーっはく。すると。
「男の子のコト考えて。はぁー、とか、ふぅー、とか。それって 恋 だよねぇ」と由佳さんがさらにニヤニヤしてて。私ももっとムキになりそう。だから。
「もう春樹さんのコトは話題にしないでくださいって、何度も言ってるのに」
と言ったのに。
「私もしたくないけどさ、美里がね、こないだの休憩室の光景を見て、あの二人、倦怠期なのかなとかって言ってたから。そうなの」
ますます、やめてくれなさそう。でも。
「ケンタイキって」なんですか?
「付き合い始めてからしばらくすると、こんなはずじゃなかったのに‥と言う感情が生まれて、それがすくすく育って、お互い顔見るのに飽きてきたりしてない?」
言われてみて、ふと、そうなの・・と私の中のもう一人の私に聞いてみたけど返事はない。つまり、そんな感情はすくすく育っていませんよ。だから。少し間が延びた後だけど。
「そんなことないです」って返事して。どこをどう見たらそんなこと想像できるんですか? とまでは言えないでいたら。由佳さんはもう一度私の目をじぃぃぃっと見つめて。私の心の中を読み取ったかのように。つぶやき始めた一言目は。
「じゃぁ、春樹のモトカノとこじれてる」うっ・・それは、近いかも・・。
でも、こじれてるわけではない。はず。私は知美さんとは仲良くしてるし。こじれてるとしたら、春樹さん・・もしかして、こじれてる?
「違うの、じゃぁ、春樹に新しいカノジョができた」うっ・・それも、近いかも・・。
でも、まだ、できたわけではない。はずだし。美晴はただの知り合い? でしょ。でも・・春樹さんにとっては、美晴は新しいカノジョ・・候補なの?
「それでもないのかな、あー。それじゃぁ、春樹にアプローチしてる他の女の子がいる」うっ・・。と、ニヤニヤ笑っている由佳さんから目を反らせたら、「それだね」って言われそうだから、ぐっと由佳さんを睨んだままでいる私。でも、ミホさんのあのメールは、間違いなく、春樹さんにアプローチ・・接近しようとしていそうで。由佳さんって私の深層心理を本当に読み取ったのかな・・そんな気がするのは。由佳さんのこの意見が全部正解のような。どうしてわかるの? と聞きたくなるような。すると。
「まぁ、恋の悩み事って、たいてい、そのうちのどれかだと思うけどさ」
とつぶやいてすぐ。由佳さんは。
「いらっしゃいませようこそ、5名様ですか」と来店したお客さんに駆け寄って、ようやく解放されたけど。
「恋の悩み事って、たいてい、そのうちのどれか・・」とリピートしながら。
「そのうちの全部じゃないですか・・」とぼやいている私。はぁー。とため息吐いたら、また視界の隅っこでチーフが聞き耳立ててるし。何か話したそうだけど。プイっとカウンターから離れて。春樹さんのコトは考えない。春樹さんのコトは考えない。春樹さんのことは考えない。と呪文を唱えると。
「美樹・・とりあえず。仕事に集中してくれるかな。オーダーは私が処理するから、デザートよろしく」
「はい。わかりました」
「じゃ、私、次行くからね。いらっしゃいませ~ようこそ。4名様・・」
よし。仕事に集中。仕事に集中。由佳さんも私をいつものようにタダからかっただけでしょ。気にしない気にしない気にしない。よし。とオーダーを確認して。材料を揃えよう。
と、そんな風に平日の3時間のアルバイト。美里さんと交代した水曜日のシフトを終えて、深夜のメンバーと交代した。そして。
「お疲れ様でした」とチーフに挨拶すると。待ち構えていたかのように。
「おぅ。美樹ちゃん、春樹にあの話、持ちかけたのか?」
と大真面目に聞いてきたあの話って・・。俺の味を~。というアレ。だから。
「あの・・とりあえず。一言・・話しましたけど」と力なく答えたら。
「で・・春樹はなんて言った」とのめり込むように聞き返してきて。
「あの・・別になにも」としか答えられない。
「そうか・・別に何も・・か」とチーフは肩を落として、ため息吐いてお鍋をかき混ぜる。って、コノ落胆ってなに? そんなチーフを尻目に、着替えて、春樹さんの残像が見えそうな休憩室。どうしても気になるから、まず始めに出したのは携帯電話。着信が・・・えぇ~・・15・・と思ったら、う~ん・・とうなって16になった17・・18。誰こんなに・・春樹さん? 美晴と何かあったの? とまず始めに想うからあわてて開いたら。ミホさんからのメールが5件・・。春樹さんからのメールはない・・
そして・・あゆみからのメールと。どうして 弥生のメールまで・・ってこれグループチャット? がまた一つ入ってきた? からとりあえずミホさんのメールを開けたら。
「ちょっと美樹ちゃん、春樹くんが別の女の子とデートしてるけど、イイの? あんなオトコと付き合ってて。私、無茶苦茶幻滅してる」
えぇ? って意味がわからな・・いや・・マックに行ったんだ。ミホさん。あのタイミングで。そう言えば水曜日だし。そして。
「まったく嬉しそうにニヤニヤしちゃって、美樹ちゃん返事してよ。ほっといていいの」
あの・・その・・
「頭に来た。一言言ってやる」ちょっと待って・・って、コレって3時間前の話し?
「美樹ちゃん何してるの。私言ってやったから」ナニを?
「ほら。女の子が逃げちゃって、落ち込んでる。やっぱりその気だったんのよきっと。あーあ、あの春樹くん、ほんっとに幻滅した」
言ってやったから・・ってナニを言ったんだろう。まぁ・・ミホさんは後にして。あゆみのメール・・うわ・・何人加わってるのこれ。
「弥生仕事終わった? ねぇねぇ、この人がもしかしての、トモミさん? 美樹にも送ってるけど、美樹もバイトかな今日?」
とあゆみが弥生に写真付きでメールしたところから始まって。
「ううん・・私が見たトモミさんとは違う人ね」と返事したのは弥生。
「じゃぁ、春樹さんの新しいカノジョ・・スンゴイ剣幕だったけど」遥さん。
「剣幕?」コレは誰だろ?
「まぁ、見ればわかるからさ。剣幕」とあゆみから。そして動画を再生すると。
ざわめきの中、春樹さんと美晴さんが向かい合って座っているのはあの席、恥ずかしそうにうつむいている美晴さんに、春樹さんか身振り手振りして何かを話そうと話しかけているのだけど・・美晴はうつむいたままで。一瞬振り向いた春樹さん、無茶苦茶爽やかな笑顔。そこに。ミホさん登場。というより乱入? あのポニーテールで、筋肉モリモリの、あの肩だしタンクトップ。今日はプリンプリンのお尻から延びる生の太もも、も、筋肉モリモリで、プロレスラーみたいな、腰のくびれが小さめのお尻の丸さと肩幅を強調して、抜群のシルエット。で筋肉モリモリの腕を組んで。
「・・・春樹くん、今日は違う女の子連れてるのね」
とミホさんの声が聞こえる。
「あなた、何人彼女がいるの?」
とも言った。
「えっ・・・・・」という表情の顔を上げた春樹さん。
「そういう事だったの・・見損なったわ。この。ヤリチン」
や・・やりちん? と思ったら。美晴が席を立って走り出したけど、慌てて引き返して、アレはエビフィレオ・・とコーラ・・とポテト・・を鷲掴みにして走っていった。な・・ナニこの光景?
そして。
「うわっ・・こわっ・・誰このプロレスラーみたいな人」
「えぇ・・見たことある気がするけど、思い出せない」
「それより、春樹さんっとどういう関係? 何人彼女がいるのって言ったでしょ」
「春樹さんって何人も彼女がいるの?」
「美樹は知ってるのかな?」
「でも。春樹さんのあの顔だと何人もいそうといえばいそうだし」
「美樹何してるの? 美樹にも送っているんでしょ」
「美樹はバイトじやない?」
「えぇ~、美晴帰っちゃったけど」
「私でも引くよ、あんな怖そうな女の人が出てきたら」
「アレって、春樹さんのモトカノ、イマカノ、シンカノ。新しいカノジョ? 真のカノジョ? マエカノ、他にもある? 何人彼女がいるのって言ったよね」
「言った言った。ツギカノ。リザカノ」
「リザーブ彼女。ヨヤカノ。予約待ち彼女。ステカノ。捨てられた彼女。ヒロカノ。拾われた彼女」
「ポイ彼。ポイされた彼氏」
「美樹以外のって、トモミさん? って弥生知ってる。誰それ」
「だから違うって、私があった知美さんは、絶望的な超絶美人であんなプロレスラーじゃない」
「絶望的な超絶美人? って美樹以外にやっぱシン・カノがいるんだ」
「あー・・美樹ごめんね、しゃべっちゃった」
とメールが次から次に流れてきて。
「最初から言ってよ、そういう人がいる男の子だって。美樹だけだと思っていたのに。トモミさんって誰よ? 本当に何人彼女がいる人なの?」って、美晴さんも加わってるし。
「ヤリチン」
「やりちん」
「YARICHIN」
「槍珍」
「無理やり賃」
「美晴は、やりそこなった」
「そんな、ヤリチンなんて願い下げよ」美晴さんメールだと反応こんなに早いし。
「ごめーん・・からかっただけ」
「あーでも、あのプロレスラーみたいな女の人、怖かった」
「怖かったよね、背筋がゾーとしたよ」
「こんな感じ」
と、井戸から這い出てくるあの白い衣装の・・。動画が来て・・ヤリチンって吹き出し。
「やめてよ、消して消して。こわい」
「でも、おかしいコレ」
「美樹って何してるの? 美樹にも送ってるでしょ」
「美樹は、今日バイトじゃないの。学校終わってすぐいなくなったし」
「美樹にも聞いてよ、このヤリチンって言ったプロレスラーみたいな女の人ダレなの、知ってる人?」
「美樹何してるのよ」
「あー、思い出した。この人ってミホさんよ」
「ミホさん?」
「オリンピックで銀メダルだった人。スポーツクライミングって壁をよじ登るやつ」
「あー。私知ってる、確か、ミホって人だった」
「へぇそんな人が春樹さんのマエカノ? ヤリチンにやられたとか」
「オゲレツ」
「オゲレツ禁止」
「ごめーん」
「ホントに美樹はいないの?」
えっ・・まだまだリアルタイムでそんなメールがグループチャットで流れていて。
「ちょっと電話してみるね」とあゆみが。だから、慌てて電源を落とした私。息が荒くなって・・何が起きてる?・・と電源の落ちた電話を見つめながら思うけど。それは何気に、巻き込まれたくない嵐のようで。
でも・・なんとなく、映像とメールの文章を、脳に覚えさせたら、自動的に計算されて。
何が起こったのか、理解できそうな気持になっている。つまり・・。ミホさん・・。
なんてことをしてくれたの? いや・・よくやったというべきか・・明日学校でどう言えばいいのだろう・・とりあえず。知らない人・・。ということにしておこう。そうしよう。
でも・・春樹さんからの報告は何もなくて・・あ・・そうか・・そろそろ知美さんが帰国してるはず。どうしよう・・電源入れなきゃ春樹さんや知美さんと連絡できないけど。電源入れたら、無茶苦茶面倒くさいことになりそうな気もするし。あーもういい。とりあえず。春樹さんは美晴をお持ち帰りしたわけではなさそうで。ミホさん・・に言い訳はできるでしょ。あの娘は友達で試験で賭けてたとか何とか。それと・・知美さん。絶望的な超絶美人・・。って弥生が皆にばらしたことが心配? いやそれより・・ナニ?
「あれぇ、美樹どうしたの帰らないの?」
と、由佳さんも仕事終わって着替えに来たから。
「あ・・いえ・・帰ります。ちょっとメールしてました」と反射的な返事したら。
「えー誰に? 春樹・・ぷぷっ。今から帰ります、晩御飯なんですか。なんてね。あっ、晩御飯の前に、帰ったらすぐチューでしょ。ぷぷぷぷっ。だったりして」くくくく。
それって、どんな空想ですか・・。とりあえず、・・まぁ・・と、小さくうなずいて・・。その場しのぎ・・。のつもりだったのに。由佳さんは。
「えぇ~ホントにそうなの?」なんてポカーンとした顔をするから。左の頬をチョイっと吊り上げて。にやっ。うまくなったよねこれ。とか何とか思いながら。
「あ・・じゃぁ・・お疲れ様でした」と、今日はアイスおごられたらちょっと困りそうだから。慌ててその場を離れて。
「・・・お疲れ様」と見送ってくれる由佳さんに振り向かず店を出た。そして。
とりあえず、整理しよう・・論理的に・・って、どうするんだっけ。えーっと。前提条件を理解する。だったかな、どうしよう、ノートに書いてした方がイイかな? 今、何が起こってる? ミホさんが・・いや・・それより・・。春樹さん・・あの後どうなったんだろう? それに、ミホさんが言ってた・・。
春樹さんが「ヤリチン」って・・何のこと?
「そうですよ、あゆみがあんなこといいだすから」と試験勉強に集中しすぎて無意識になっている私に代わって別の私が答えている。ことに気付いたもう一人の私が。
「ふううん」とうなずく春樹さんを横目でチラ見してから、三つに分裂していた私を一人にまとめた。そして冷静に現状分析から。今私は・・。
私の狭い部屋。で、春樹さんと二人きり。なのに、それどころじゃない、この誰にも負けられない。誰にも負けたくない。でも負けたらどうしよう。負けたら春樹さんが・・という気持ちが、私に未知のエネルギーを注入しているようで。本当に春樹さんが美晴に取られてしまいそうな、もうすでに取られちゃって心に穴が開いているかのような感情が、私を自動操縦しているかのようで、さらに、春樹さんが言ってた、あの、わかりたくない理屈に支配されているかのような私の体。いや・・脳・・あーダメダメ、私は妖怪ブツリオタクになんかなりたくないのに。頭の中で木霊してるのは、私が勉強を始めると同時に、春樹さんがつぶやいたこの言葉。
「こないだスカッシュしたときのように、物理的な理屈を脳にわからせてしまえば、問題をよく読んで、なにを求めているのか論理的に考えると、答えは何か、後は身体が勝手に動くからさ。理屈と言うのはさ、知っておかなければならない法則や公式のこと。これは覚える。それをどんな風に使うのか、どんな場面で使うのか、単独で使えるのか、合わせ技で使うのか、それは経験しないと解らない。つまり、理屈を知っている、ということに対して、理屈がわかるというのは経験を伴う体の動かし方のことで・・試験勉強もスカッシュも同じように・・あーたらこーたら、ひーこらへーこら」
と言われるがままに、いや、抵抗も反論もできないままに開放しきっていた脳が言われたままに機能させられて、いつどうやって私は脳に物理的な理屈を解らせたのかもわからないのに。確かに、間違いなく、今の私は問題を読むと、手が自動的にシャープペンを走らせて、ノートに現れる文字や記号が次の公式を導き出し、まるでパズルの残り5枚のピースが連続してスルスルと合致してゆくように納得の答えが現れる。それに、集中しすぎていると時間がいつもの3倍くらい早く進んでいる感じもして。いつの間にかもう日が変わりそうな時間。そして今取り掛かっているこの試験に出そうな問題は、もうそれほど意識しなくても勝手に答えがわかる気がしている今回の試験勉強。すらすらとシャープペンがノートを走って、私の頭の中のどの部分がこんな風に答えを導き出しているのかな? 私って、もうすでに、なりたくない妖怪ブツリオタクになってしまったのかも・・と身震いが一瞬思考を停止させたその隙間に割り込んできた。ようやくさっきの話しの続き。
「あゆみちゃんがあんなこと・・って、あゆみちゃんのあのメールのことでしょ? 美樹よりいい成績取れたらって」
と、春樹さんの質問が割り込んできた瞬間、シャープペンが止まって。集中力が別の方向に向かった。
「そうですよ、私より成績よければ春樹さんとデートできる権利だなんて。それに、みんな、私になら勝てそうだって、私のコトそんな風に見下すから。むしゃくしゃしちゃって」
と早口の説明を始めると本当にむしゃくしゃし始めてくる、この話に。
「みんな・・・ということは、あゆみちゃんだけじゃないんだ」
「クラスの娘全員です。たぶん他のクラスの娘も・・学年全部かも」
「ふーん。それで今回は、こんなにがむしゃらな気持ちで勉強をしている。というわけか」
その春樹さんの声には重みも何もなくて。だからもっと我慢しきれないことを話してしまう私。
「私だって、黙っていられないじゃないですか。私のカレシをそんな風に・・だから・・」
と、むしゃくしゃしたまま、私のカレシ・・だなんて・・言い放ってから。あっ・・と、恥ずかしくなるコト。春樹さんに本当の気持ちを・・私のカレシ・・だなんて言葉でぶつけちゃった。と思ったけど。
「私のカレシねぇ・・ふううん・・」ぷっ・・
と、春樹さんのこらえ切れなかった笑い声が鼻から漏れたから。恥ずかしさも吹き飛んでしまって。
「なによ。春樹さんまで私のコトバカにするんですか?」と振り向いたら。
「いや・・してないし・・」ぷっぷっ・・ってまた。
「してないならどうして・・鼻で笑うのよ」と、こみあげる怒りが私を私ではなくしていて。本当に冷静に戻れなくなってきた、誰だかわからない私に向かったまま。
「まぁ・・なんだか可笑しい雰囲気もあるしさ」ぷぷっ、とまだ笑っている春樹さん。
「可笑しい雰囲気って何ですか?」何が可笑しいのよ・・。
「美樹が怒ってるのがカワイイというか・・見たことのない美樹のその顔に、ふううんって、そんな雰囲気がね・・可笑しいのか・・嬉しいのか。なんだかカワイイ。うん」
って、また誉めてるのか、バカにしているのか、喜ぶべきか、もっとむしゃくしゃするべきか・・。感情のコントロールができなくなりそうな春樹さんとの会話。に怒り続けていることが空しくなりそう・・。
「でも、そんな悔しさを運動エネルギーに変えることで、こんなに頑張れるんだから、いい方に考えてさ・・」なんて他人事すぎる言葉にも。
「いい方になんか考えられるわけないでしょ」芽を出した虚しさがそんな言葉を選ぶから、再び机に向き直すしかない私に。
「どうして・・何事も、意味がある神様の思し召しだと思えばいいんだよ」そんな屁理屈。
「ムリです」何がどう神様の思し召しなのよ。ったく。
「まったくもぉ・・でもね、みんなにそんな風に思われるのは、実は愛されてる証拠かもしれないし」また、そんな他人事の屁理屈。こういうこと言う春樹さんのコトが嫌いになりそうだから。
「そんな風に思われてるって何ですか」とまた春樹さんに向き直して言い返したら。
「だから、美樹になら勝てそうって」また意味不明な一言がかえってきて。
「それのどこが愛なのよ」まったくもぉ、向き直して損した気分に再び顔を背けて。
「だからさぁ・・そういうイイ歌があったでしょ。主人公は笑われるんだって、つまり、美樹はみんなに愛されている主人公なんじゃないの」
そんな歌なんて知らないし、全然わからない理屈だし。噛みあってなさそうな会話だし。
「ほら、みんながどんなに笑ったとしても、主人公の美樹がどんな努力をしたのか、俺は知っているから・・そんな歌があったでしょ」
意味が解らないし・・。ため息も出ないし・・。だけど、無理やり大きく息を吸ってから、ため息吐いて、ゆっくり息を整えてから、冷静な気持ちになろう、と心の中の私につぶやくと気づくこと。いつの間にか、こんな風に、なんでも思うがままに話せるカレシ・・恋人・・になってくれたばかりの春樹さん。私ってこの人を、もう恋人と呼べるのかな? 恋人と呼んでもいいのかな? 私って春樹さんのこと・・いや・・春樹さんって私のコト・・恋人・・って思ってくれているのかな? 思っているからこんな風にそばにいて、私の言うことを聞いてくれるのかな? 何を言ってもニコニコと聞いてくれるし。怒らないし。 そんなことを考え始めてる私。いつの間にか、こんな風に話せるようになったコトって恋人になったから? でもそれって、いつから? どこから? なにから? そう思い出しながら、表情をまじめな雰囲気に変えて、もう一度向き直して春樹さんの顔をじっと見つめたら。今の私には解る。ほら・・春樹さん・・今一瞬ドキッとして息が止まったでしょ。そして、ゆっくりと呼吸を再開しながら視線をしっかりと私に向けてくれる。この一瞬の雰囲気が今の私にとって妙な快感とも言うべきか。よく見ると、春樹さんの顔、整っててイイ感じ。優しいし、もっと見つめ続けていると、お母さんも言ってた、私の事を いとおしい と思っていそうな柔らかい微笑みを浮かべてくれる。それが今は私だけのモノなのに。今度のテストで一番取らないと、春樹さんが、この優しくて柔らかい笑顔で、ほかの女の子とデートするだなんて。そんなこと想像もしたくないのに。と思った瞬間に。
「いつだって物語の主人公は笑われる方だ、主人公が立ち上がるたびに、物語は続くんだ。と僕は思うんだ・・」
と無茶苦茶、音程がズレた歌を歌い始めるから。ほんわりし始めた気分が、一瞬で再びカーっと沸騰して、ムシャクシャな気分に変わってしまって。またこんな言葉が、思うがままに口から出てくる。
「ヘタな歌うたう前に、もっと、まじめに考えてよ。私が成績悪かったら、春樹さんだって・・」と、言い放ってから気付いた・・。
いや・・春樹さんが他の女の子とデートすることになってしまうのは・・春樹さんにとっては悪いことではない。のよね本当は。つまり、そんなこと許せないという気持ちがあるのは私だけで。春樹さんは、私以外の女の子と・・そんなことに気付いたら。こういう時だけナニかが通じたかのように。
「まぁ・・一日二日、美樹の友達さんとお喋りして食事とかするだけなら俺は構わないし」
ほらやっぱりそうなんだ。という相変わらずの気の抜けた返事に。絶望感と言うか、失望感と言うか。そんな感情が湧き始めて。どうして、私のコノ気持ちに応える「俺も美樹以外の娘と食事なんてむりだから」なんて言葉を言ってくれないのこの人・・。と思いながら。涙がこぼれ始めそうなこの感情を、利用しないわけにはいかないと思いついた私。どんなセリフなら、こみあげてくるこの気持ちに乗せて涙もこぼしやすくなるだろう。そうだ・・思いついた。よし。せーの・・と心の中で弾みをつけてから。
「私はそんなのイヤです・・」と言いながら、涙腺解放・・涙ぽろぽろ・・おぉ~私にもこんなことができる。と思ってしまう、本当に大粒の涙をあふれるさせているのは演技じゃない? いや・・半分は演技。いや・・80%くらいは演技してるかな。ほとんど全部演技だよねコレ。というか、本当に、こういう演技が私にもできるようになったというべきかな。この涙声も・・。
「春樹さんかほかの女の子とデートするなんて。春樹さんって私のカレシでしょ」
なんてわざとらしいセリフも、いつから言えるようになったのだろうと、冷静に私自身を分析しながら。止まってしまった春樹さんが、私の涙にオロオロしているのがわかる。
「あ・・あの・・どうしちゃったの急に・・え・・あの・・」
けど、春樹さんのこのオロオロとしてる仕草を笑ってしまったら、この演技が台無しになりそうだから、堪えて堪えて、くすん・・もう一度、くすん・・と鼻を鳴らすと。
「あ・・その・・だからもぉ・・泣かない泣かない・・だったら、一番取ればいいだけだし」
とギクシャクと手で伸ばして、私にぎこちなく抱き寄る春樹さん。私のセリフに対する春樹さんの行動を学習しながら、「一番取ればいいだけだし」なんて、そんな春樹さんのセリフは全くダメだけど、私の顔を胸にそっと抱きしめてくれたこの行動には、おぉ~、しめしめ、と思っていたりすると。また春樹さんは。
「他の女の子とデートって言っても、ちょっとお話しするだけでしょ」なんて言うから。
だから、そうじゃなくて。そういう言い方ではなくて・・どういう言い方なら私は嬉しいの? と自分に聞いてもわからなかったりする。それに。
「もう、十分一番取れそうな仕上がりでしょ、今回は」
と、言い方は面倒くさそうだけど、仕草や態度はいたってまじめに私を優しく抱きしめたまま、頭なでなでしてくれる春樹さんに、よし、次はこの手でどうだろう。と、ワザとらしくグリグリと顔を擦り付けながら。
「そんなこと簡単に言わないでよ。十分な仕上がりだなんて」
と、もっと、わがまましたくなってたりして。はっと気づくこと。春樹さんって私のカレシでしょ・・さっきは否定しなかった。つまり、私は春樹さんを恋人って呼んでもいいってこと。恋人なんだから・・いいよね・・アレ。をしても。この流れに乗って・・。と考えていると。何かを話始めた春樹さん。私をナデナデしながら。
「美樹だって、前回3番まで順位上げたでしょ。実力はあるんだから、俺もこうして応援してるんだし。もっと自信持ってよ。教えてあげたら全部できるようになるんだし。俺の好きな美樹ならできるよ。こんなに賢くてカワイイ女の子なんだから」まだナデナデし続けたまま、「こんなに賢くてカワイイ女の子なんだから」と。心の中でリピートすると。
おぉ~、そうよそうそう、それそれ。春樹さんもちゃんと言えるじゃない、「俺の好きな・・賢くてカワイイ・・」だなんてもう一度リピートすると。できるじゃない。ナデナデと私の気持ちがほんわりと温かく柔らかくなってくるこんなにくすぐったい言葉と行動。もっと言って、そしたらアレもしやすくなるかも・・。そのためには、もっとナデナデと愛をチャージして・・そう思ったら。
「それに、できなくても、それで人生が終わるわけじゃないし」
はぁぁ・・そうじゃない・・って、どんなセリフならもう一度そうそうそれそれって思えるの? あーもう、言って欲しいセリフを思いつけないから、言い返せない。。
「ほーら、俺だって美樹に頑張って欲しいんだから、一緒にがんばろう・・ね・・」でも。
ナデナデされながらの、最後の、その・・ね・・という響きが心を優しく弾いた。・・ね・・って、こんなに心地いい。・・ね・・ってもう一度言ってみて。そんな期待がもたげて、もっとこうしていたい気持ちがメラメラと湧き上がって、でも言ってくれないから。私から、こんなこと言ったらなんて言うだろう。と思いついたままに。
「私は、他の娘と食事してる春樹さんを想像するのがイヤです」とつぶやいたら。
「じゃ、頑張りましょ。一番目指せばいいんだよ」やっぱりこの人、その他のセリフ思いつかないのね・・。これ以上はムリっぽいね・・でも・・この瞬間。なんとなく春樹さんの操縦方法がわかりかけたかもしれない。そんな気分もしてる。つまり、さっきから思っている・・アレ・・は、こうすれば・・と思いついた・・。のに。
「ほら・・俺は、泣く女の子がダメだから・・」泣く女の子がダメ? ってどんなセリフよまったく。にさえぎられた? えーと、そうそう、春樹さんの私をナデナデする手が止まったら、それが顔をあげるタイミング。そう気づきながら、さっき思いついた作戦。別にいいよね、こんな雰囲気でアレをねだっても、つまり・・チュッ・・てしても。というか、こんな雰囲気だからこそ・・チュッ・・てするべきだよね。カレシなんだし、恋人なんだし。よし・・やってみよう。今の私ならデキル。と決意をしたら、あれ? 心臓が・・跳ねない・・。それって、つまり、これが神様の思し召し。だから、と思ったら。
「もういいだろ・・」と春樹さんは私の肩を掴んで、そっと私を引きはがす。ヨシ、ここだ。このタイミング。と思いながら。
「はい・・・」と顔をあげて。
涙で濡れた目で春樹さんを見つめて。目を半分閉じながら、唇を差し出して、止まってしまう春樹さんを薄目で見ていたら。・・息をのむ春樹さんは、ためらいがちな雰囲気で、キター、と私に顔を寄せはじめた。けどそのまま、ぎこちなく私のおでこにチュッ・・と響いたその音に、やっぱり・・というか・・どうしても唇にしてくれないの。ナゼ? という疑惑が芽を出し始めて。だから、心臓がこんなにドキドキしないの? と思いながら。ちょっとした幻滅感が、私を再び、机に向き直させて、ニコッと微笑んでる春樹さんの変わらない優しい笑顔、いや違う、コレってホッとした間のぬけた笑顔? を横目に。春樹さん、どうして私にキスしてくれないの? 映画とかドラマだと、今のシーンは絶対キスしてそのまま・・「許して、気持ちを抑えられない」となるシーンだったはず。いや、私たち、まだそのステップではない? 私の事を本当にカノジョだと思っていないから? つまり、知美さんのような恋人・・ではないから? と思うと、さっきまでの荒れ狂っていた感情が、富士山を逆さまに移す映す湖のように静まった。なぜ? そして、私をコントロールしている意識が再びナニかと入れ替わったかのように。シャープペンがノートの上を走り始めると、さっきまでの出来事がまるで前世の思い出のように遠い思い出となっかのように、冷静な気持ちが戻ってきた。そう、今この瞬間は。こんなことをしている場合ではないはず。とにかく美晴に勝たないと、春樹さんが・・私のモノではなくなる・・そんな、明日から試験開始の夜更け。春樹さんも、また徹夜で付き合ってくれる試験勉強。だけど。
「もう十分できるでしょ。模擬問題完全に全部答えられているし」と面倒くさそうなイントネーションに。
「でも、模擬問題以外が出たらどうするんですか? 美晴は絶対私より向こうに行ってますよ。あの娘、モノスンゴイ自信だったんだから」
とがむしゃらな気持ちが湧きあがるから、次の問題は、よしこれも間違いなくわかる。できる。そしてページをめくった瞬間。
「でも、その美晴ちゃんって、マックで名前しか言わなかった、おとなしすぎるアノ娘でしょ。長い髪が綺麗なノリのいい ぎゃははは って笑ってたのは遥ちゃんで」
「よく覚えてますね」おとなしすぎるアノ娘とか、髪の綺麗なあの娘とか。名前も。と集中が途切れて春樹さんに向き直したら。
「まぁ・・カワイイ娘だったから。それより、その美晴ちゃんってすごく興味あるんだけどね。自力でそんな点数とれるのなら、当然進学して名のある大学とか言って末はハカセなのかな。理系なら将来何をしたいのか、そんなこと聞いてみたいけどね」
と、つぶやきながら薄ら笑いを浮かべている。でも、「妖怪ブツリオタク同士で気が合うかもしれませんね」なんて言ったらまた怒りそうだから言わないけど。いや、怒りそうというより、気が合うかも、なんて言ったら、それを私の許可と思うでしょこの人・・だから言わないけど。と思ったまま黙って机に向き直したら。
「なんとなく、そういう女の子とお話してみたいなって気持ちも、ない、と言えばウソだしね」
これって、春樹さん、疲れて無防備になってる心が、そんなことを勝手にしゃべらせていそうだな。と言う気がした。だから、その無防備になってる心に向けて。
「初対面の女の子とお話だなんて俺にはムリ、って言ってたのは誰でしたっけ」とぼやくと。「うっ・・」と意識が戻ったかのような絶句。だから、さらに。
「本当は、美晴のコト、口説いてみたいとか思っていたりするんでしょ」と私も無意識がそんなことを勝手に言わせていそうだけど。「いや・・あの・・」と顔を引きつらせていそうな春樹さん。
「まぁその・・これもトレーニングというか・・さ」
「トレーニング?」ってナニ? 言い訳?
「俺・・女の子とこんな風にお話しするのって、経験浅いというか・・その」
「女の子とお話しする経験が浅い?」と聞き返しながら一瞬知美さんのコトを思い浮かべたら・・確かに・・知美さんは女の子ではない・・。知美さんは年上の大人の女性というカテゴリー。だとしたら・・私は、女の子・・だよね。私とはこんなに言いたい放題お話してるのに。経験が浅い? どゆ意味? と思ったら。
「美樹とはいつのまにか心が通じてお話ししやすくなったけど、まだほら、かみ合っていないというか、こういうことは本を読んでもよくわからなくて、だから、経験を積みたいというか、俺のコト退屈とかしないのなら、お話の相手になって欲しいというか・・そういう気持ちもないと言えばうそのようで・・だから・・あの・・まぁ・・ねぇ・・女の子との会話って・・その・・論理的に・・あの・・まぁ・・だから・・うん」
何言ってるのかわからないからムシムシ・・したまま、再び意識を共通テストの模擬問題に向けると、これもすらすらと解ける。間違いなく答えを導き出せて、ノートにシャープペンをトンっとさせると、私、本当にどうしちゃったんだろう。という気分。すると春樹さんは私の肩越しに近寄って。
「すごいね、それも解けちゃうんだ。なんだかもぉ、俺っていらなくなってない?」
とぼやく春樹さんの声が聞こえたけど、しっかり聞こえているけど全く反応できないくらいに私は集中していて、ミホさんのように150%くらいの潜在能力が発揮されているような気がしている。今のこの私ってもしかしたら覚醒中? ナニに? と何かを思いつきたくて春樹さんに振り向くと。春樹さんはくすっと笑って。
「今の美樹は無意識に支配されているでしょ、意識がコントロールしている部分が俺と喋っているけど、無意識の領域は問題を解いている。その力ってどうすれば意図的に発揮できるのか、どうすれば意図的にコントロールできるのか、美樹を観察していると、研究テーマにしたくなるね」
と興味津々な雰囲気で言っている。今度は何のお話ですか? とも思うけど。
「無意識ですか・・研究ですか」と私も、今の私の状態に、ほんの少しの興味深々な気持ちがあるから・・。
「意図的にコントロール・・ですか」と聞き返したら。
「うーん、潜在意識と言うべきか、この問題を解いたのは俺と話している美樹ではない」
って、それって誰なの?
「私ですよ・・」とつぶやくけど。
「今美樹の潜在意識をコントロールしているのは、美樹だけど、美樹ではない。美樹の心の奥に住んでいる別の美樹だと思う」と、大真面目につぶやいてる春樹さんの真剣すぎる眼差しがコワイし。
「気が付かないかな、美樹の中のもう一人の美樹に」なんて聞かれたら。
「?」それって、私ではない私? の事かな? いつも、私に変な告げ口する心の奥底に潜んでいる私ではない私。いやだめ・・そんなことを真面目に考え始めたら頭の中がパニックになりそう・・。私は私だけど私ではない私は私ではない私って・・ほらほらほらほら・・だめだめだめだめ・・。こんな真剣な春樹さんにまじめな返事はダメ・・。なのに。
「つまり、その力を意図的に発揮させるためには。というテーマだね、ミホさんが求めていたものと同じ力だと思わない? 共通項はいくつもありそう」
ミホさんが求めていた力・・。と考え始めたら、私も何気に気になり始めたかも。この潜在意識が出している不思議な力・・。の原因? って・・と自動的に箇条書きし始めている私ではない私・・。
「だから、その力を自分の意図するままに発揮させるためには、どんなアイテムが必要で、それをどう組み合わせるのか、というのに興味がある。ノートに書き出してみようか、アイテム。つまり、美樹が、がむしゃらになってる理由はナニ? 思うがままに答えてみて」
そんなに大真面目に顔で言われたら、私ではない私も、ものすごく大真面目に答えたくなったというか・・。
「だから・・がむしゃらになるのは。みんなにバカにされたとか、みんなに負けたくないとか・・美晴のスンゴイ自信とか・・怖いし」
それもあるけど。はっと気づく、本当の所は・・それじゃなくて。今見つめあってるこの顔・・。つまり。私は・・。
「春樹さんのコト・・」と言ってから、こんなに好きで、誰にも取られたくないから・・なんて喉まで出てくる本当の気持ちを言葉にするのが恥ずかしいような気がして言えないし。と口をつぐんだら。
「俺のコト・・」と私をじっと見つめる春樹さん。全くの無垢な眼差し。さらに・・。
「俺のコトって・・俺も、がむしゃらになる原因の一つなの・・かな・・どうして?」
本当に素のまま、この人って私のコノ気持ちを全くわかっていなさそう。という部分にカチンとしてしまうのは・・ナゼ?
「気付いてよ、それくらい」とつぶやいてしまうのは、私、春樹さんに何かを期待している自覚があるからかな? でも。
「気付く? ナニに?」と言った春樹さんの顔がもっと間抜けて見えて。
私、キレそう・・。いや・・この感情は・・もうすでに緊張の糸がキレた後の脱力感。だから、何も言えないでいると。
「まぁ、美晴ちゃんのことをライバル視。つまり、負けたくないというより、追いつけ追い越せという目標がはっきりしているからというべきかな・・こういうのは、言葉にするのが難しいよね、つまり、感情を言葉にする・・というのが俺の最も苦手とする分野で・・論理的なことは言葉でいくらでも・・あーたらこーたらひーこらへーこら」
もう勝手に分析してください・・論理的に。という気持ちがメラメラと燃え盛るからムシムシして。気分を切り替えるために、教科を変えて、国語の・・次の模擬問題にとりかかろう・・。と付箋を貼ったページをめくったら。
「情けは人の為ならず・・あなたが思うこの例えの意味を200字程度で説明してください」
そう声に出して問題を読むと。春樹さんは小さな声で横からブツブツと。
「人に情けをかけてはいけない。という意味だとしたら、好きな人の手助けなんてなにもできない。でも、俺が美樹に情けをかけるのは、実は美樹のためではなくて、俺が美樹に好かれたいと思っているから・・つまり、それって美樹のためではなくて俺のため・・だとしたら・・情けは誰かのためにかけるのではなくて自分の為にかけるものですよ。という解釈もできる。日本語ってどっちなのかなってのが多いよね」
えっ? 春樹さん、今なんて言った? 私に好かれたい? ・・って言わなかった? 私が春樹さんのコト好きなの知ってるでしょ。だったら、それって、もっと好かれたいって意味ですか? まだ足りないという意味ですか? 唇にキスしてくれないのはそういう事? ってどういうこと?・・と振り向いたその時。うーんうーんうーん。と春樹さんのポーチから電話が震える音がして、春樹さんは「誰かな」と言いながら電話を取り出してる。そして。
「あらら、あゆみちゃんだ」
という声に、今、春樹さんが私の心に触れた何かを思い出せなくなった。そして。
「えー・・まだ起きてますか、美晴からのリクエストです。この問題を解くのではなくて、この問題が求めている思考経路を解るように説明していただけませんか? 美晴に直接返事してください。こんな宇宙人言語、私にはムリです・・おやすみなさい」
と読み上げたあゆみのメッセージは、はっきりと聞こえて内容も理解できたのに・・さっき春樹さんが言った言葉は・・何だったのかよく思い出せないまま・・。
「へぇー・・コレって、えー、こんな問題が高校2年生の試験に出るのかな・・」
と私の事が、その瞬間から全く眼中になくなったかのように、ノートに何かを書き始めて。
「あの・・美晴ちゃんとメールしてもいいですか・・」
とオソルオソル私に許可を求めた春樹さん。雰囲気が妖怪ブツリオタクに変わっていることに気付いたから。あまり刺激しないように・・。
「勝手にどうぞ・・」
とつぶやいたら・・。黙ったまま画面をプチプチし始めて・・。
「美晴ちゃんが、この問題を選択した理由に興味があるのだけど。これってトウダイじゃない?」
とつぶやいたのが聞こえた。トーダイ? そしてすぐ・・。うーん・・と電話が震えて。
「この前の数学の試験、美樹だけが正解した微分の問題って春樹さんが教えたんでしょ。あーそう言えばそんなことがあったね・・。あの問題から追うと今回はこれが出そうな気がするから、解き方とか解答は不要ですから、どんな風に考えるといいのか教えて欲しいです。考え方がわかれば自分で解いてみせます・・か・・自分で解くのか・・コレを、あの美晴ちゃんは・・スゴイね」
とメールを読み上げる声。確かに、こないだの期末テストで先生がこの問題を解いたのは私だけだと言ってたアレは、ワセダの入試問題・・のことだと思い出せるその話。と。春樹さんがつぶやいた「トーダイ・・スゴイね・・」が気になるから。
「どんな問題ですか」と無茶苦茶真剣に尋ねたら。
「うん・・こんなの・・」と春樹さんもものすごく真剣な顔。そして。携帯の画面を見比べながら、春樹さんがノートに書き出す問題は・・。
0<x<a をみたす実数x、aに対し、次を示せ。
2x/a < ∫a+x a-x 1/t dx < x(1/a+x + 1/a-x)
「なんじゃこりゃ・・」宇宙人言語?
とつぶやいてから春樹さんと顔を見合ったら。春樹さんはくすっと笑って。
「なんだろうな」優しさと慈悲に充ち溢れていそうな笑顔でそう答えてから。
「これが何を求めている問題なのかというと。y=1/tのグラフのa-x a+x 1/a-x 1/a+xつまりこの範囲の面積を現す図形が、2x/aより大きくなるよ x(1/a+x + 1/a-x)より小さくなるよってことを示せばいい。というのを絵に描くとこうなる」
と言いながら描き始めたグラフと、曲線と、aとかxとか・・斜めの線とか。
「この範囲が真ん中の式が示している面積で、左側の式はこのくらいかな・・右側の式はこのくらいの図形の面積を示すから、つまり、大中小と並ぶ、この式は正しいですね。ということを数値とか実際の絵で説明できればいい。うん・・こんなふうに」
と一人で満足げにうなずく春樹さんを見つめながら・・。ふと思いついたこと・・。
「嬉しそうですね・・」そうつぶやいたら。
「そうか・・ふふん」と照れくさそうにはにかんだ春樹さんが、誰ですかこの人・・と言えそうな別人に見える・・かも。そんな別人のような春樹さんが。
「俺は、こんなことでしか美樹に情けをかけられない男だからね。どや、かっこいいって思ってくれる?」とか言いながら、にやっ・・とするから。とりあえず。無理やりの笑顔で。「まぁ・・」とだけ言っておこうかな。すると。もう一度、くすっと笑って。
「よかった・・」と満足そうにノートにさっきの説明を書き始めて。
「でも、美晴ちゃんってこんな問題を解けるのか・・それはそれでずごいけど。あーそうだ、解き方ではなくて考え方だったよね・・リクエストは・・どう考えるといいかというと。つまり・・ぶつぶつぶつぶつ・・」
私ってもしかして今見てはいけないものを見ている? そんな気がし始めた春樹さんのこのヘンな性格。そう言えば、お店で春樹さんと知り合った頃、奈菜江さんや優子さんが言ってたよね。「あの人なんかヘンでしょ」って。これがそうか・・確かに・・。といまさら気付いてたりする私。を尻目に、ノートに真剣に何やらを書きこんで。
「じゃぁ、コレを美晴ちゃんに写真撮って送ってあげようか。美樹も。数学の先生って案外意地悪なのかもしれないから、こんな問題出るかもね。とりあえず、やっとこうか」
なんて言いながら美晴にメールしてる春樹さん。まぁ、とりあえず、やっておいても損はない。という気持ちで向かい合うと。
「どんな計算式も、何かの形を表している。というところから入ってみようか」
と得意げな表情で話し始めた春樹さん。
「問題の式 X×2/a と X×(1/a+x + 1/a-x) をそれぞれ計算してみよう」
と言われるがままに視線をノートに移したら、シャープペンをノートに走らせ絵を描き始める春樹さんの手・・。に、私の無意識がなぜか集中してしまって、さらに、その春樹さんの手を見つめていると、本当にムズムズし始めることを自覚し始めてる私。どうしたの私・・ムズムズ・・って。春樹さんの手でしょ・・それ。どうしたの私? そんな私の事なんて気にもしないまま。
「y-=1/tのグラフの、ここからここまで。で、この部分の接線から下、この面積は台形だけど、こうすると長方形になるから2x×1/a はグラフの曲線部分が含まれていなくて面積は小さい。 同じように2xつまり高さ×底辺プラス上辺、の半分。は曲線部分からはみ出す部分があって面積は大きい。だから、この式は成立していますよ。となる。この式がこんな形を現していることを知っていれば簡単でしょ」
と、むずむずしていることを隠そうとうつむいている私の顔をのぞきこんで、本当に得意満面な優しさにあふれる笑顔で私を見つめる春樹さん。
「そうですね・・」と言いながらも、何がどうなのか全く理解なんてできていなくて。ただ、どうして春樹さんのその綺麗な手にムズムズしちゃうのだろうと思っている私は意識していないと息が荒くなりそうな気持にもなっているし。とそんな事を思っていたらまた、うーんうーんと春樹さんの携帯電話が震えて。慌てて取り出された電話の画面。ちらっと見えた表示はひらがなで「みはるちゃん」・・・まぁ・・勝手にどうぞと言ったのは私だし・・。と気持ちを抑えるけど。やっぱり気になる。
「みはるちゃん、解ってくれたかな?」とつぶやきながら画面を開く春樹さん。を横目で観察すると。春樹さんは、画面を開くと同時に固まった。
「えぇっ・・」と息を詰まらせる春樹さんに、次のアクションを思いつけない私・・。
そのまま・・かっちんかっちんかっちん・・と今まで聞こえもしなかった時計の秒針の音が聞こえ始めて。画面を見つめ続けている春樹さん。ごくりと唾を飲んで、まだ止まっている・・だから。
「・・・・・・」と覗き込もうとしたら。画面を伏せて。
「あ・・いや・・」と私には見せてくれなさそう。だから。
「美晴ってなんて言ってるんですか」と素のまま聞いたら。さっきとは打って変わって。
「あ・・いや・・ありがとうって」どうしてそんなに顔が引きつってるの?
「・・・・・・」絶対、嘘言ってる。
「スゴイですね・・って・・はは・・ははは・・」
と携帯電話をいそいそとポーチにしまって。「じゃぁ・・次の問題行ってみようか・・ほら、美晴ちゃんに勝たないと・・ね・・でしょ・・ほら、頑張ろう」ナニこの急に変わったソワソワした態度。美晴ってどんなメールしたのかな・・。ともう一度思うから。
「美晴ってなんてメールだったんですか?」ともう一度聞いたけど。
「いや・・だから・・ありがとう・・って」ギクシャクしすぎでしよ・・。
「言えないのですか・・まぁ、明日美晴に聞くけど」
「あ・・いや・・だから・・あの・・」何そんなに怯えてるの? と追及しても意味なさそう。だから。
「もういいですから、次の問題行きます・・」そう切り替えてみた。なのに春樹さん。
「う・・うん・・」まだギクシャクしてる・・美晴ってメールにどんなこと書いたのだろう? むちゃくちゃ気になるけど・・。美晴の顔を思い出すと、私は今それどころではないはず・・頑張らないと・・本当にあの美晴に春樹さんを取られてしまうかもしれないという切羽詰まった気持ちが、私をすぐに冷静な気持ちにさせてくれて。
「さっきの問題・・式は図形・・って言いましたよね」
式は図形・・と言ってる私は今何かが解りかけている・・。という自覚があって。
「うん・・a+xはここ、a-xはここ。だから、(a+x)から(a-x)までの距離は2xという具合で座標間の距離と場所を表していて、座標を線でつなげは形になる・・縦×横は□の面積。それの半分は△の面積。数字と記号の式からそれが描く形をイメージする。というのがこの問題の数学的な対話かな。数式は形を伝えるためのテレパシー。つまり・・どーたらこうたらあーたらへーこら」という説明を心を無にして聞いていると。脳が理屈を勝手に覚えている・・そんな気がした。そして。
「あ・・わかった・・私にも解ります」確かに、春樹さんがあーたらこーたらと説明してくれると、文字と記号の羅列が・・形になって・・あぁそうか、これってそういう事だ‥と言うのがわかる。間違いなく私は記号で書かれた数式の意味、つまり、その式が描く図形を理解して。そして。
「理屈を脳に覚えさせると、後は勝手に手足が動いて答えが出てくるよ」それって・・。
つまり・・私は・・妖怪ブツリオタクになりかけている。ということか。まぁ、今はそれでもいいか。ということにしておこう。
そんな雰囲気のまま頑張っていたらいつのまにか夜が明け始めて。ノートも最後のページ。に答えを書きこんで、答え合わせをしたら。
「ふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・あ」
と背伸びしながら大きなあくびをする春樹さんに。夜通し、ずっとそこにいてくれたこと今初めて気づいたかのように。
「あ・・大丈夫ですか」と聞いたら。
「うん・・少し寝るよ。じゃぁ、テスト頑張って・・今の美樹なら大丈夫」
と私の小さなベットにもたれて一瞬で眠ってしまった・・。そして。
「今の美樹なら大丈夫・・」そうつぶやくとものすごい自信がみなぎって来る私。
そして、春樹さんの無垢な寝顔に。
「大丈夫・・私だって・・春樹さんは誰にも渡さない・・。絶対に」
そうつぶやいて。春樹さんを起こさないように、いや・・起きていないことを確かめてから、部屋着を脱いで。少しウフフっと、春樹さんが好きと言ったお尻を・・寝てるよね・・。と、チラ見せしてから制服に着替えて。ヨシ、いざ出陣。思い残すことはない。
そして、学校でも、異様な熱気を帯びた、いつものおしゃべりがほとんどない女の子たちの、重苦しくて、熱が籠って、静電気がバチバチしそうな雰囲気。問題用紙を配る先生も目だけでキョロキョロといつもとは全く違う雰囲気を肌で感じ取ったのか・・。
「オーラが・・すごいな・・」そうつぶやいてから。
「それじゃ、始めようか」と号砲を鳴らした。
そして、配られた試験問題を表向けて、一通り目を通した私。
「問題をよく読んで、なにを求めているのか論理的に考えると、答えは何か・・」春樹さんの声が私を励ましてくれる。言われるがままに。問題をよく読むと、脳が自動的に、論理的な答えの導き方を示してくれる。そんな実感。
「よし・・いける」そう確信した。つまり、理屈を覚えた脳が全ての問題を理解して。シャープペンを自動的に走らせて。間違いなく、納得の答えを導き出して。絶対的な自信でマークシートを塗りつぶしている。よし・・私は間違いなく全部正解しているはず・・。
そして、絶対的な自信のまま、友達たちとも言葉少なめに、さっさと帰って、しっかりと昼寝をして、気持ちと脳をリセットしてから、再び、深夜のテスト勉強。
「ったく・・春樹さんも本当のイイの・・ちゃんと寝た? まったく、こんなに美樹を甘やかして・・甘やかすだけじゃだめよ」
とうんざりしているお母さんをムシしたまま。
「はい、これ、お夜食とかお飲み物・・美樹も春樹さんに迷惑かけちゃだめよ」
かけてもいいでしょ、カレシだし恋人なんだから。と、思いながら、お盆を春樹さんに持たせて、二人で私の部屋にあがり、机に向かって、ふと思い出したこと。
「あっ・・美晴に昨日のメールのコト聞くの忘れた」とつぶやき。けど。まぁいいか。と思いながら春樹さんの顔を見つめたら。
「・・・そう・・」とその表情は、まだ昨日のまま引き攣っている気がして。
黙ったままでいたら。
「で、どうだったの? 全部解けた?」と上ずっている声に感じること。春樹さんは間違いなく私に隠し事をしている。それってきっと、なにか大げさな美晴からの提案。という私の潜在意識からの警告を。「美晴と昨日はナニを約束したのですか?」とは言わずに。
「まぁね・・とりあえず、全部正解してる自信あります」
と冷静を装ったまま、春樹さんに返事・・いや観察してみると。
「そぅ・・よかった・・」
と力なく笑っている春樹さんの表情に間違いなく何かを感じ取ってる私。は、ふとこんなセリフを言ったらどうだろうといういじわるな気持ちに気付いた。今日は美晴とは会っていないけど。
「でも・・美晴も、ものすごい自信たっぷりな目つきでしたし・・」
じっと春樹さんの表情を観察したままそうつぶやくと。
「えぇ・・」ほら・・どうしてそんなに冷や汗をタラタラ流すの? やっぱり聞くべき? 何を? どんな風に? と私に自問自答しながら春樹さんを観察して。でも・・今はそれどころじゃないでしょ・・という気持ちも もたげるから 無理やり机に向かったら。
「あ・・そうだ」とほっとした仕草で私に話しかけた春樹さん。
「なに?」と顔を向けたら
「美樹もさ、いい成績取れたら俺に何かこうリクエストとかあるの?」と、美樹もリクエストとかあるの? 美樹・・「も」・・という問いかけが妙な違和感・・つまり、これは、白状してるんだ。きっと、美晴は私よりいい成績取れたら1日2日デートできる以外の何かを春樹さんに「リクエスト」した・・ということかな。と、妖怪ブツリオタクになりかけている脳が勝手に計算していることを感じながら。
「別に・・リクエストなんて・・」とつぶやきながら。
ただ私は、「私のカレシを他の娘にとられたくない気持ちが大きいだけだし」と言い訳を考えていると。春樹さんは。私を見つめたまま。
「そう言えばさ、いつか、夢実現ノートとか作ったでしょ・・あれから、アレに、なにか書き足したの?」
なんてことを思い出して。えっ・・夢実現ノート・・。
「何色のノートだっけ・・」と机の本棚を探し始める春樹さん。私も突然、そのノートの存在を思い出して。そこに何を書いたかも思い出して。それが、今、春樹さんが伸ばした手の、と春樹さんの手にピントが合った瞬間・・また・・春樹さんの手・・にムズムズが始まった・・と同時に。
「ダメですよ・・勝手に見ないで」と何か月も眠っていた夢実現ノートを引っ張り出して。伸ばしたままの春樹さんの手を見つめている。そんな私に。
「なにかすごいことを書いた?」と春樹さんはニヤニヤしながら聞くけど。
「別に何も・・」
と言いながら・・そう言えば、このノートに書いたことって、本当に実現してるね・・。そう思い出したのは。「春樹さんをモノにしてやる」と間違いなく書いたこと。だから。
「まぁ、また俺が見てないところでナニか書けば、実現するかも」
なんて言葉に。完全に同意して従っている私は。
「はい・・」としか返事できなくて。まだ、春樹さんの手から視線を話せない私に。
「でもさ・・こんな時だけど・・美樹に将来の事とか聞いたことなかったかな」
なんて質問は、開ききってる私の心の奥にストレートに飛び込んできて。でも・・。
「将来って・・」急に何言い始めたのかな・・。そう気づくと、再び、美晴が将来にまつわる何かをリクエストしたから? そんなことを聞くの? というもう一人の私の質問が聞こえて。
「例えば、俺は、宇宙に関わる仕事をしたいし、本当に願いをこめられる流れ星をいくつも空に飛ばしてみたいけど・・美樹は、そんなこと何かある? こんなことしたいとか、こんな仕事をしたいとか」
なんてつぶやきながら・・今日の試験勉強のノートを開く春樹さんの手にまだむずむずしてる感じが収まらなくて。そんな私の心は開ききっていて、頭の中は美晴の事が気になっていて、体はこのむずむずしてる感じに、息が乱れそうで・・。どうしよう、こんな場面で、春樹さんにどう受け答えるの? とパニックになりかけた瞬間。安全装置のようなもう一人の私が、分裂し始めた私を勝手に操縦してこんなことを言わせ始めた。かなり、冷静に。
「まぁ・・将来って言われてもあれですけど、この前、藤江のおばさんがチーフと・・」
あの日の事を思い出し始めて。言葉を組み立てようと息継ぎしたら。
「藤江のおばさんがチーフと?」と間を置かずに聞き返す春樹さん。ゆっくり聞き返してよ・・ともう一度言葉を整理しながら組み立てて。
「だから・・藤江のおばさんが・・」美樹ちゃん、あなた春樹くんと結婚しなさい。と言った。なんてストレートに言えるわけなくて。でも・・こんな風に。
「あの・・その・・春樹さんがコックさんしてて、私が店長・・そんなお店で・・その・・あの・・だから・・チーフが、弟子が育たなくてよ、俺の味を受け継いでほしいんだ」
って、チーフの口調を真似しながら話してしまった・・ことはいけないことかなと言う気持ちもしてる。そんな精神状態で春樹さんをじっと見つめたら。目を丸くして。
「チーフがそんなことを言ったの?」と私に素で聞き返した。だから。
「藤江のおばさんがそんな話をして、チーフも、そう言って、そんなお店・・どうだって、私に提案したというか・・その・・そんな将来はどうだって・・その時、初めて将来の事考えました」
と、あの日の事を思い出しながら、伝えたつもり。すると。
「俺がコックさんで、美樹が店長か・・確かに、チーフの味を受け継いだのは俺だけなのかな・・慎吾はまだまだだしね・・今時コックさんなんて仕事も人気ないしね」
慎吾さんはまだまだなのか・・やっぱり。というより、春樹さんのこの反応ってなんだろ。
「ふううん」とうなずいてる視線が遠くを見つめ始めて。少ししてから・・優しい視線が私に戻ってきた。そして。
「弟子が育たなくてよ、俺の味を受け継いでほしいんだ」
と似てないけど、チーフの口真似しながらそう言って。一人でくすくすと笑い始めた春樹さん。なにがおかしいのかな、私がそんなことを夢に見てるのがおかしい? チーフのセリフがおかしい? どっちだろう、と思ったから。
「どうして笑うの?」と嬉しそうな笑顔に聞いてみたら。
「チーフって、面と向かってそういうことが言えない人なんだねって。つまり美樹をダシにしないと本当の気持ちを口にできない。あのチーフが、本当は恥ずかしがり屋さんなのかなって・・今まで思ったこともなかったから。それと」
「それと・・?」
「俺がコックで、美樹が店長か・・そんなこと考えたこともないけど。そう言われると、そういう映像がはっきりと見えるね。人生の楽園みたいに」
「人生の楽園?」
「そんなテレビの番組があった。小さなお店にお客さんが来て、幸せに暮らしている人たちを、応援してますって」
「そうですか」人生の楽園・・か。今度探してみてみよう・・。
「うん・・じゃ、実現したければノートにできるだけ詳しく書いておこうか、こうしてあーしてこうなってあーなって。ノートに理屈を書いておけば、物理的な力が自動的に働いて何もかもが実現するかも・・」
物理的な力が自動的ですか・・。確かに「春樹さんをモノにしてやる」と書いたから、物理的な力で、春樹さんは今、私のカレシ・・なのかな? まぁ・・。そういう事にして。それより。「そうだ」と思い出した、どうしても気になること。一瞬ほっとしたこの隙間に。やつぱり追及したいこと。間違いなく、美晴もナニかリクエストした・・ナニを? を。
「話変わりますけど、美晴は何をリクエストしたんですか」と挟み込んでみたら。
「えぇっ・・」ほら・・どうしてこんなに雰囲気が変わるのよ。だから。
「私に言えないコト」と追及すると。
「いや・・あの・・約束はしてないよ」誰も約束したの? なんて言ってないのに。
「じゃぁ、何か約束させられたとか、あっ・・そうだ、なにか頼まれて断れなくなってるとか。春樹さんって女の子のリクエスト断れない人だし」ってどうしてそんなことを言うの私・・じゃなくて、もう一人の私・・。でも春樹さんは。
「うっ」と息を詰まらせて。ズボシ・・だ。美晴にナニを頼まれたのだろう? 聞くべき? どうする? と思いながら、春樹さんの引き攣った表情に、これ以上の追及はとりあえずやめておこうかな。やめておくべきかな、情けは春樹さんのためではなくて、私のため。というアラームが鳴っている気がする。この春樹さんの雰囲気から想像すると、本当のことを聞いたら、私も怖くなりそうだから。あの、おとなしすぎる雰囲気の美晴が・・告白したとか・・あゆみみたいにエッチな写真送りつけたとか・・いや・・これ以上の想像はやめて、よし、そのリクエストをキャンセルさせるためには。私は、テスト勉強しよう。しなければならない。美晴に勝たないと、美晴のリクエストが・・それって・・聞くべき? どうする? はっ・・ダメダメダメダメ・・無限ループに入る前に。勉強しよう。そうしよう。と、視線をノートに向けたら・・。春樹さんが、また携帯電話を見ながら、ノートに説明文をカリカリと書き込んでいて・・。やっぱり、私、春樹さんの手に・・ナニかがムズムズし始める。何だろうこの感じって・・。
「はい、コレは今夜のお題」
「はい・・」
「頑張ろう。美晴ちゃんに、必ず勝ってください」
「はい・・」
あっ・・春樹さんも・・私をコントロールする方法見つけ出したのかな? そう言われると意識ががらりと変わって、集中力がビカビカし始めた。そして、集中力が脳の扉を全開にしているそのタイミングで。
「いいかな、論理的な思考というのは、すべての前提条件がそろった段階から始まる。どの問題も、必ず、こういう条件の時、どうなりますか。というパターン。問題をよく読んで、前提となる条件を必ず全て理解して、覚えた公式や理論に当てはめると、結果はおのずとこうなりますよ。と正解が導き出される」と、ノートに問題とその答えまでの道筋がカリカリと書き込まれてゆく光景を見つめながら。
「はい」と返事する私はまるで、ご褒美をお預けさせられてるような、春樹さんの手に感じるこの気持ちで、次の問題は私自身で解答すると。
「うん、それが正解。そういうこと。美樹って本当に頭いいんだな。好きだよ賢い女の子」
と、私をムズムズさせる手が頭をナデナデしてくれて。ご褒美をゲットした・・のに・・。
それって、私を褒めたつもりなのだろうけど・・春樹さんが好きな賢い女の子って、美晴のことかもしれないし。どうして素直に喜ばないの私・・頭ナデナデがしょぼすぎて、ひねくれてるのかな? でも。
「もう少し頑張れる?」と優しい響き。
「うん、大丈夫」春樹さんの言うこと全部するすると頭に入って来るから。
「よし・・じゃぁ、頑張ろう」この優しい響きのせい? これが愛の力? と思うと。
「はい・・春樹さんは大丈夫ですか」と春樹さんのコトも気になった。でも。
「うん、俺も美樹との約束があるから頑張れるよ」とニヤニヤする春樹さんの横顔。約束って? どんな約束したかな? まぁいいか。とにかく、今の私はものすごく頑張れる。だから、頑張ろう。頭ナデナデよりもっとすごいご褒美がある気がしてきた。
そして頑張り切った最終日。試験が終わると同時に、クラスのみんなで一斉に。
「あーおわったぁ~」と背伸びした後。
「どうだったどうだった、誰か、美樹に勝てた気がする?」
だなんて声が聞こえたけど。今回の私は、誰にも負けていなさそうな自信がある。
「なんかいいとこ行けたかもしれない」とかいう子には、間違いなく勝ててる気がする。
「私もぉ~」という子にも。そして。
「美樹になら勝ってるかも」と自信たっぷりに言う子にはほんの少しの不安が湧くけど。
はいはい。とだけ思って、後は結果発表を待ちましょう。私も・・燃え尽きた・・というべきか。こんなに真剣になった経験は生まれて初めてのようで。やり遂げた今の気持ちがなんとなく、カ・イ・カ・ン? ミホさんが言ってた、「出せた出せたあの力、ほらほら、今頃になってから息が上がってくるのよ、これが気持ちいいのよね」
確かに・・終わってから息が上がってきたかもしれないこの気持ちが、気持ちイイ? のかな。たしかに・・心の奥底で私はナニかに興奮している。と思ったら。
「で、美樹はどうだったの」と弥生が声をかけてくれて。同時に。
「私も、もしかしたらッて思ってるんだけど」というあゆみに向かって。左側の頬を吊り上げて。「にやっ」とだけしてみたら。
「ええ~うそ・・そんなに自信たっぷりなの?」とあゆみが言う。そして。
「でもさ、今回は、みんな点数かなり上げたんじゃない?」というのは弥生で。
「あーあ・・次はどんな理由付けて春樹さんにメールしたらいいの? テスト終わったらメールする理由がなくなっちゃった。なんか燃え尽きちゃったかも症候群」
とあゆみは早々に敗北宣言。しながら。
「美晴はどうなんだろ?」と聞くのは弥生で。
「帰りに聞いとくね」とあゆみ。そして私は。
「まぁ・・聞いといてくれる」と軽くあしらうようにつぶやきながら。
今回の、私の自信はとにかくすごいと思う。全部解けたし、自信たっぷりに答えを選んだし。きっと大丈夫。春樹さんは誰にも渡さない・・。というほどなのかな・・とも思うけど。まぁ、こういうきっかけで全力を出し切った達成感を味わえていることを冷静に喜ぼうかな・・窓の外の空を見上げて。「ありがとう春樹さん・・ご褒美に・・私の・・」と無意識に呟いたら、カチャンっと、自動的に、何かのスイッチがはいった。そして。あーっ・・そう言えば私春樹さんに「・・おっぱいをチュッチュさせてあげますよ・・」なんてことを言ったことを思い出して、同時に、春樹さんの顔を膝にのせて、伸びた唇に私のおっぱいをチュッチュさせてあげてる、無茶苦茶リアルな映像が頭の中いっぱいに うわーっ と広がって、本当にムズムズしちゃう私。それに・・ムズムズし始めると、もっと空想が膨らみ始めて。
「春樹さん許してください、私・・気持ちを抑えられません・・」
と・・私が春樹さんを押さえて・・ふーはーふーはーふーはー・・。
「ほら・・春樹さんも・・本当はしたいんでしょ。入れますよ」ナニをドコに?
ナニこの映像? えぇ~・・私って春樹さんに乗って・・私・・なにしてるの。
「ちょっと美樹大丈夫?」
と弥生に揺さぶられてはっとしたら・・目が覚めたような感覚。だけど。
「えっ・・」
「えっ‥じゃないわよ。本当に大丈夫? 今、美樹って幽体離脱してたよ」
幽体離脱・・してたかもしれない・・今間違いなく私が春樹さんを押さえつけて・・ほら・・弥生の顔を見ているままなのに・・頭の中で空想している映像は途切れることなく・・私、春樹さんを無理やり・・。どうして・・そういう約束だった? いや・・このご褒美があったからあんなに頑張れたのよね・・と私を納得させようとしているのは、いつもの私ではない私。ご褒美? ほら、一番取れたら、春樹さんは美樹のモノでしょ。遠慮なんてしないであの日の続きをチュッチュしちゃいなさいよ。だなんて・・。ミホさんも・・どうして知美さんまで・・美里さんも・・。
「頑張ったご褒美なんだから、正々堂々とやっちゃいなさい」やっちゃいなさい?
と私をプッシュしてる。つまり、ようやく春樹さんは正々堂々と誰にはばかることなく私のモノになった。という自信。いや・・コレは私の妄想?・・希望? ご褒美?
「美樹・・ホントに大丈夫?」と弥生が私の顔を両手でパチンとして。はっとするけど。
「ほーら・・美樹、起きなさいよ。どうしたの終わって気が抜けた?」
と、言ってるけど。ナニ私のコノ興奮状態って・・こ・・これがミホさんが言ってた、今頃になって息が上がって来る、これが気持ちイイのよ。というカイカン。
「美樹ってば。ほーら、起きて」ともう一度言われて。
「はい」と、起きてる感じで目をパチクリさせると。
「美晴が来てるよ」という声に、はっと本当に離脱していた幽体が戻ってきた気がした。
「えっ?」と振り向くと、美晴さんと遥さんがいつも通り二人並んでて。
「美樹ってどうだったの?」と聞くから。とりあえず、無難に。
「美晴さんは?」と自信を込めずに聞き返した。すると。
「すんごい自信あるけど、今はその話じゃなくて」と不安そうな顔の美晴さん。
「その話じゃない?」
「あの・・どう言えばいいのこれ」と遥さんに振り向いて。
「代わりに聞いてあげるね、いい」と遥さんが美晴さんの肩をたたいた。
「うん」と力なくうなずいてる美晴さん。そして。
「あのさ、美晴がさ、春樹さんにスンゴイメール送ったの」
「スンゴイメール?」
「それ以来、春樹さんからの返事がなくて、あんなメールに美晴がさ、春樹さんに嫌われたのかなって思い込んでて」
「返事がない? 嫌われた?」よりスンゴイメールの方が気になるのですけど。
「そのこと、春樹さんって美樹になにか話した?」と言われても・・思い当たるのは、美晴からのメールに絶句してた春樹さん・・「えぇ~」とか言ってたけど・・。ここは。
「ううん」と首を左右に振った方が無難と言うか。
「本当に何も話してないの?」と遥さんに真剣に追及されても。
「なにも」春樹さんは絶句しただけで・・なにも話はしてないはず・・。
「本当に本当に、私のコト話題にしなかった?」と、美晴さんに、もっと真剣に追及されても。
「うん・・何も聞いてないけど」って、春樹さんと真面目に話したのは、将来のこととか・・だけだし・・それをここで言っちゃうのもなんだし。それより・・。
「スンゴイメールって、どんなメール送ったの?」の方が気になって。
「うん・・ちょっと・・勢い余っちゃって・・笑わないでよ・・私も本気な所があるから」
本気な所? と真剣な横顔の美晴が見せてくれた画面には・・。
「春樹さん、あなたは私が17年間探し求め続けていた理想の男の子です。結婚しましょう。すぐに子供を作りましょう。私と春樹さんの遺伝子をかけ合わせたら、きっと、ミラクルなスーパーグレイト赤ちゃんができるはずです」
ミラクルなスーパーグレイト赤ちゃんって・・ナニ?・・どうしよう、頭の中が真っ白になって、コメントできないのですけど。
「ちょっと勢い付けすぎちゃって、こんなメール送ってから、まったく返事くれないから・・・私って春樹さんに誤解されたとか、嫌われたとか。私、春樹さんの丁寧な解説に興奮しちゃって。あんなに数学とか物理の問題を解りやすく丁寧に解説してくれる人がいるだなんて。本当にそれって私の理想なの・・だから、このメールって本当にそう思ってる。春樹さんってきっと、オイラーの公式とか、もしかしたらabc予想とかも・・・」
オイラの公式? Abc予想? ナニソレ・・。というか、あの時の春樹さんの冷や汗の原因がコレか。とあの日を思い出したのだけど。つまり、ミラクルなスーパーグレイト赤ちゃん・・という思いが先行して。
「春樹さん、メールをくれないのは・・結果待ち? もしかして、春樹さんも本気にしてる? 美樹よりいい点とれてる自信あるけど・・春樹さんって、私と赤ちゃん作る気持ちになっているの?」
と、美晴の訴えが理解できないような。遥さんも力なく笑いながら。
「落ち着いてよもぉ、まったく、美晴って、昔から数学オタクだからさ、春樹さんの直接指導に感銘受けすぎてるというか、思い込み過ぎてるとか、考えすぎてるというか。落ち着きなさい」とつぶやくと。
「落ち着いてるわよ。それに私の事は数学者と呼んで」と血相が変わる美晴さん。
「数学オタクでしょ」とからかう遥さんに。
「数学者よ」ともう一段頬の筋肉が吊上がった。それに・・。
うわっ、このフレーズ・・妖怪がここにも、もう一人・・美晴さんって、どうしよう、春樹さんと無茶苦茶気が合いそう。
「でも、私って勢い余ったけど、春樹さんとなら二人で宇宙の謎とか解ける気がするの。本当にあの人としちゃったら、私と春樹さんが混ざり合ったスンゴイ赤ちゃんが生まれるなら三人で・・」
三人でって・・いやそれより、宇宙の謎?・・それって春樹さんを一言で口説き落とせそうなキーワードじゃないの? と、フリーズした頭では何も言い返せないし。
「って興奮しちゃったんだけど、私もまだ高校生だし、冷静に思ったらさ、この年で本当に赤ちゃん作っちゃったら・・アレだし」今度は泣き出しそうな美晴さん。アレだしって。
「ちょっと美晴、落ち着いて落ち着いて、ね、深呼吸しましょう。大きく吸って、ゆっくり吐いて。思い込み過ぎよ思い込み過ぎ、男の子とデートってお食事してお話しするだけだから。そんなに飛躍しちゃダメよ」
って、遥さんがなだめても、肩で息してる美晴さん。これも、どこかで見覚えのある光景だし。
「でも私、今回のテスト、本当に興奮しちゃって、いつもの150%以上実力が出ちゃって、間違いなく全部解けて、満点取れてるはずよ。美樹も満点の自信あるの?」
とまだ興奮してる美晴さん。もう誰にも止められないこのスンゴイ自信。満点取れてるはずよ・・だなんて。私も、もしかしたらとは思っているけど。そこまでの自信はないし。
「・・・・・」と返事できないままいたら。
「ということは、美樹より上だから、春樹さんと付き合ってもいいってことでしょ。つまり、付き合うってことは、その先に、いつか、しちゃうってことでしょ。それより・・美樹ってあの人としちゃったんでしょ」
えっ・・ナニを? しちゃう? しちゃった? ・・・・つまり、許して気持ちを抑えられない・・アレのコト・・だと思うけど。
「だから・・私、心配というか・・覚悟はできるんだけど・・春樹さんって・・優しい?」
えっ・・ナニが? 優しい? 顔? 性格? 雰囲気? 仕草? 笑顔? みんな優しいけど。カクゴ?
「春樹さんって顔とか性格とか雰囲気とか頭のよさとか、笑顔も全部私の理想で、興奮しちゃう男の子だけど、優しくリードしてくれる人なの? 私、それだけがむちゃくちゃ心配というか、それって結婚してからするべき? 美樹はどうだったの?」
キョロ・・キョロ・・と目の玉だけで周囲を確かめたら。遥さんもあゆみも弥生も、その背景にいる女の子たちも・・近寄れずに・・真っ白になっている感じがする。でも・・何か返事してあげないと、美晴さんの雰囲気も怖いし・・もっと暴走しそうだし。だから。
「あ・・うん・・あの・・そこまで思い詰めてるなら・・安心して・・春樹さんって本当に優しくてイイ人だから・・きっと大丈夫・・あの・・イヤだったら・・ダメって言えば・・」いいから・・なんて余計なことを言ってしまったかな・・でも・・これが精一杯というか。それ以上思いつけないというか・・他になんて言えばいいのかというか。でも・・そんなことを言ってしまったら。ほら、みんなの視線が美晴から私に移動した。そして、みんなからのテレパシーのような、エコーが効いていそうなヒソヒソ声が・・。
「やっぱり、美樹ってあの春樹さんと、しちゃってるのね・・毎週?・・毎日とか?」
美晴さんの口からも聞こえて。まばたきもできないから、反論なんてもっとできないまま。
「・・でも・・そういう約束だったでしょ」と美晴さんの押しに。
しちゃってるのね・・そういう約束だった・・。ナニをしちゃって・・って・・。その・・。
「どんな約束だったの」と心の中で叫びながら、あゆみの顔を見たら、あゆみはうつむいてしまうし。
「春樹さんなら・・あの人なら・・私、本当に覚悟を決められる・・でも・・メールとかくれないから・・お食事とかお話とか・・美樹がアレンジしてくれるの」
覚悟って・・どういう意味? アレンジって・・ええ~・・何が起こるの・・・これから・・・。
そして金曜日の午後に結果発表があって・・・。結果は・・美晴さんの自信の通りで・・。2番がこんなに悔しいだなんて・・。そう言えば、と思い出す、ミホさんが言ってた銀メダルの くやしさ が解った気がした。
そして・・土曜日。アルバイト。
お店の狭い狭い休憩室で二人の時間。いつも通りにチキンピラフをもぐもぐと食べながら。美晴が本当に学校始まって以来のパーフェクトな満点を取って。私が6点負けて二番。三番目の男の子は8点差。という結果は、昨日の夜、春樹さんにメールで報告してあげたけど。返事はまだない。春樹さんと向かい合って、何かを話したいような、何も話したくないようなこの雰囲気は。きっと春樹さんもわかっている。私が美晴のメールをすでに知ってしまっていること。に対して・・。私から言ってあげるべきというか・・春樹さんからは言い出しにくそうだし・・。いや・・私と春樹さんの間にはもう、この話題しかない・・のかな? それって、終わってしまった恋の話しみたい・・。
だから。だからじゃなくて・・仕方ないね、もう。
「あの・・春樹さん・・美晴とはエビフィレオでも食べながらお話してあげればイイだけですから」
と力ない声で言ってあげるのだけど。春樹さんの返事は・・。
「知ってるんだろ・・美晴ちゃんのリクエストと言うか・・その・・メールのこと」
それは、はぁぁぁぁ・・心の中にもため息が充満するこの重さ・・。
「まぁ・・知ってますけど・・そんなに大真面目にならなくても」とは言いながら。覚悟を決めてる美晴の思い詰めた顔を思い出すと・・。どうしてこんなに無力感と言うか、どうすることもできない気持ちというか・・。春樹さんがもうすでに私の心の中からいなくなってしまっているような気持というか・・。美晴のモノになってしまって・・というか。どうしてこんなことになっちゃったの? というか。
「でもさ・・美晴ちゃんが本当にその気なら、どう断ればいいのか・・俺にはムリかも」
「断れないなら・・入れるよ、したいんたろ・・って、言ってあげれば」・・なんて、イジワルなことを考えただけで、私の精神が崩壊しそうだし。
「どうしよう・・とりあえず水曜日しか時間とれないから、美晴ちゃんにはそう言ってくれる」あっそうですか・・デートしてあげる気なのね・・。でも・・。「自分で言ってよ・・」
なんて言ったら、春樹さん、もう私の元には戻ってこなくなりそう。それに。
「はい・・まぁ・・言うには言いますけど・・春樹さんは、美晴とメールとかしてないのですか?」
やっぱり・・あんなスンゴイメールには男の子も返事しにくいのかな・・。
「返事するのが怖いというか・・どう返事したらいいのかというか・・美晴ちゃんかなり本気でしょ・・」かなり本気・・まぁ・・覚悟は決めてる・・ようだけど。
という本当に怖がっていそうな春樹さんの顔・・。本当にあのメールには返事してないのね・・。ケッコンしろとか赤ちゃん作ろうとか・・美晴もあの顔で・・と思い出すけど。
「ヘタに断ったら傷つけちゃいそうだし。リクエストに答えてあげたら・・ねぇ」
答えてあげたら・・ねぇって、どうなるの? それって、私との破局・・知美さんとの破局・・そして美晴と二人で宇宙の謎を解く旅に・・おなかが大きく膨らんだ飛行船のような美晴と手をつないで宇宙の彼方へ飛んで行く春樹さん・・やがて、ミラクルなスーパーグレイト赤ちゃんもあのテーマソングをなびかせながら現れて。・・そんな映像がちらついたというか・・。ちらついたから・・言葉がそれ以上思いつかなくなったというか。その時・・ガラガラっと休憩室の扉が開いて。
「美樹ちょっといいかな・・って・・二人とも、どうしたの? だれかしんだ?」
と扉にもたれて私たちを観察するのは美里さん。・・に。
「いえ・・別に・・だれも?」と返事したら。
美里さんはじぃぃぃぃっと私を見つめてから、春樹さんを見つめて。春樹さんが顔をあげてから、くすくすっと笑う。そして。
「春樹も、そろそろ覚悟決めたら」
なんて本当に見透かされていそうな一言が、私にも突き刺さるというか。春樹さんにはもっと突き刺さったというか。
「オトコってさ、いざとなるとこうなるのよ。美樹も返事なんて待つ必要ないから、美樹が決めちゃいなさい。オトコってオンナが思い通りに育てるものでしょ」
だなんて、何の話ですか? それ・・というより・・。何か知っているんですか美里さん・・なわけないでしょうけど。ニヤニヤ笑ってる美里さんは。
「私ちょっと美樹にお願いがあるのだけど、由佳にはさっき言ったんだけどね」
といつも通りのトーンに戻ってから話始めて。
「はい・・何でしょう」と返事したら。
「美樹って水曜日非番でしょ、次の水曜日ちょっとシフト入って欲しいの。私の代わり」
水曜日・・。と春樹さんの顔を見てから。
「他の日に休み回せないけど、ほら、テスト勉強で休んでたぶん・・私ちょっと用事というか、婚活というかまぁ・・そういうことがあってさ」という美里さんの声の・・。
「婚活?・・って」の部分だけが聞こえたような。春樹さんも目を丸くしてるし。
「知らない男と食事して喋るだけよ・・今回はちょっとグレード高そうだからね、気合い入れたいというか・・そういう事。ダメ? ムリ? それともイケる?」
と手を合わせて、ウフフっと笑う美里さんに。
「いえ・・いいですよ・・水曜日」としか言えない私。
「そう、よかった。じゃ、由佳にそう言っとくから、水曜日お願いね」
「はい・・」
と言ったまま出て行った美里さん。扉をガラガラと閉めて、私は春樹さんと顔を見合ってから。とりあえず話しておきたいことをストレートに。
「美晴とは婚活ではないでしょ。食事して喋るだけですよ・・とりあえずは、知ってる女の子だし・・軽くあしらうと言いうか・・そういう事・・ほら、言ってたじゃないですか、トレーニングだと思って・・」
と言ってあげると。春樹さんは。
「はぁぁぁぁぁぁ」とため息を長―くはいてから。
「・・・・・・・・・」と何も言わなかった。そんなに嫌なのかな・・と一瞬思ったけど。そうじゃなさそう・・。だとしたら・・何だろう春樹さんのこの反応。
私も・・これ以上、どう言っていいかわからなくなってるし。
そんな雰囲気のまま・・日曜日も同じ雰囲気で過ぎてしまって。月曜日・・。
「あの・・美晴さん、春樹さんなんだけど、水曜日しか時間とれないみたいだから」
美晴さんにそう言ってあげたら。
「えぇ?・・春樹さん、メール全然くれないけど・・水曜日ホントにデートしてもらえるってこと」と目を真ん丸にした美晴さん。
「うん・・まぁ・・あのメールの事も・・そんなに大真面目に受け取らないでって言っといたけど・・大真面目に受け取って欲しいの?」と仕方なくそのことも言ったけど。
「ううん、じゃぁ、OKなら私からメールとかしてもいいかな・・」美晴さんって、全然聞いてなさそう。だから・・これ以上はどんな説得もムリそうだから・・。
「いいんじゃない・・。そうそう、春樹さんって、エビフィレオが好きで、お喋りくらいなら普通にできると思うから」無難に目を合わせずにそう言って。
「エビフィレオ・・ということはマックね・・水曜日・・どうしよう、私も男の子とデートなんて初めてだし・・うまく話せなかったら・・何話せばいいの」
と詰め寄る美晴さんに。
「大丈夫大丈夫・・春樹さんも、そのつもりだったから」気安くそう言ったら。
「そのつもりって・・」美晴さんの鼻息が・・うわっ・・なんか誤解していそう。
「うん・・まぁ・・美晴のコトおとなしそうだから、うまく話せるかなって・・そういうつもりのコト」よし・・この言い訳なら・・そういうつもりっぽいでしょ。と思ったけど。
「おとなしそうだから・・って・・私のコト覚えてくれてるんだ」全然聞いてなさそう。
「まぁ・・」覚えていると思うけど。
「じゃぁ・・メールしてみるから」
「う・・うん・・美晴からメールあるからって言っといてあげるね」
とりあえず・・この辺で退散して・・後は・・何が起きるんだろう・・いや・・もぉ、どうにでもなれ。だね。ここまで来ちゃったら。
「春樹さんも・・うまくやってくれるでしょ・・私の為に・・私のカレシなんだし・・あんなに乗り気じゃなかったし」
そうつぶやくと、私の中のもう一人の私が。
「春樹さんって・・美晴の方がイイんじゃない?・・頭良さそうだし・・話題も合いそうだし・・春樹さんも、本当は・・自転車が転ばない理由を聞いてくれる女の子の方がイイとかさ」
そんなことをつぶやくから、本当の私の不安はどんどん膨らんで・・水曜日か・・。今更何をどう考えても思考が停止するから・・もう、どうでもいい。
そして・・夜。春樹さんからのメールに。美晴のことかな・・と不安に押しつぶされそうなまま開けると。予想と違って、・・ミホさんのコト?
「水曜日に美樹をつれて行くって、ミホさんと約束してたんだけど、そういう事だからって、美樹からミホさんに言ってくれないかな。このアドレスに」
ミホさん・・そう言えば水曜日は運動の日・・にする予定だったけど。とりあえず・・。そういう事だからって・・そういうことって。春樹さんが別の女の子とデートするから・・ではなくて・・。
「ミホさんへ、美樹です。水曜日はアルバイトの先輩と交代してシフト入ることになりました。ごめんなさい」
と余計なことは一切臭わせずに、シンプルにメールしておこう。するとすぐ。えぇっ・・と思ってしまう。
「だったら、私は春樹くんと二人でもいいんだけどね・・」
だなんて心臓が跳ねる返事が届いて。一瞬息が止まっている間に。
「なんてね・・少しだけ・・私にもそんな気持ちがあるって美樹ちゃんには言っときたい。別にいいでしょ。私たち、グータッチしたライバルなんだから。でも、春樹くんには黙っててよ。それじゃ、残念だけど次の水曜日は会えるように」
と追伸。ミホさん・・そんな気持ちがあると、私には言っときたい・・って。ライバルだからって、コレってやっぱり、知美さんと同じ? と考えながら、もう一度メールを読み直したら。私ではない無意識の私が。
「春樹さんは私のモノです」
なんて返事を書いていて。 えぇっと驚いて・・本当の私が慌てて消している。だから・・。
「ごめんなさい、来週の水曜日は必ず、春樹さんを連れて行きますから」
と書き直して、送信した。するとまたすぐ。
「別に連れて来いとは言ってないわよ。でも、連れてきて欲しいね。いただけるのかしら」
と返事が来て・・あっ・・そういう意味ではないのですけど・・ってどういう意味かな。なんとなく、年上の大人の女の人とは言葉が通じなさそうな気持。
「じゃ、来週、春樹くんを必ず連れてきてね。私は春樹くんに会いたいから。ウフフふふ。おやすみなさい」
ウフフふふ・・だなんて。やっぱり心臓に悪い。こんなメールのやりとり。だから。
「おやすみなさい」
とだけ返事して。ふと思うこと・・そうだよね・・これって・・知美さんは、私にこういう気持ちを持つのかな? 春樹さんにアプローチする私に知美さんはどう思うのだろう。私は、美晴が春樹さんをどうにかしてしまいそうと考えるとこんなにオロオロした気持ちになって。ミホさんがあんなこと言ったら、もう一度メールを見直して・・ミホさんも春樹さんのコト・・と、心の中がざわざわし始めて、どうしていいかわからなくなるのに。
「私にもそんな気持ちがあるって、美樹ちゃんには言っときたい」
ミホさんって、そんな気持ちって、どんな気持ちですか? 春樹さんのコトが好き・・とか? しかないよね、そう思うと、もっとざわざわと、こんな不安な気持ちになるのに・・私の心の中に住む知美さんは・・ウフフフじゃなくて、イッヒッヒッって笑っている。そんなことを考え始めた瞬間。うーんと手の中で電話が震えて、条件反射で画面を開いたら。えぇ~・・。知美さん。もしかして・・テレパシーがアメリカまで届いたの?
「美樹ちゃん、お久しぶりですよー。知美ですよー。あさって帰国するから、洗濯機の中に下着とか忘れないでね。実わトラウマになってるのアレ。くっくっくっ。で、どうなの? あの子と隠れてコソコソムニュムニュしてるのかな? あさっての20時着の便。部屋に戻るのは深夜になりそう。日本は水曜日の夜かな、話したいこといっぱいあるから、また土曜日に美樹ちゃんの仕事終わる時間にご飯食べましょ。あのカワイイ店長さんのお好み焼き。お土産も買ったから。美樹ちゃんも面白い話聞かせてね。イシシシシ。無茶苦茶きたいしているよ。じゃ、土曜日の18時にお店に行きますね」きたいしているよ・・って。ナニをですか? こんなメールに返事なんて何も思いつかないし。それより。
えぇ? どうしてこんな・・同時多発・・何だろ・・アクシデント? いやアクシデントというより。あ・・ダメだ・・頭の中がまた真っ白になった。と思ったら。またうーんと電話が震えて。びくっとする私の体。今度は・・。
「美樹って春樹さんと普段どんなお話してるの? 私、男の子とデートも初めてで、お話なんてもっと初めてだから、どうすればイイ?」
美晴からそんなメール。どんなお話し? どうすればイイって・・。どうしよう。
一応、一旦整理しよう。何から? メールの順番からいくと。ミホさん・・は後でもいい・・今すぐの問題じゃない。でもまってよ、水曜日・・ナニか絡みそう? 絡むわけないよね。知美さん・・は水曜日に帰国・・水曜日・・20時・・深夜に帰宅。どうしよう春樹さんが美晴を部屋に・・なんてことはありえないと思うけど・・美晴が押しかけたりしたら・・いや・・ありえ・・ない・・ある? で、今、美晴からのメール。どう返事する? 私と春樹さんって普段話してることって・・思い出せない・・こないだは将来のコトを話したけど・・その前は・・大きなおっぱいの事? トレーニングって・・いや違う・・そうだ。思い出した。
「春樹さんってこないだ、走る自転車が転ばない理由を話したそうにしてたけど」
と書いて、ためらいなく送信して。するとすぐ・・うーん・・。早い。
「それって、私、春樹さんに、走る自転車が転ばない理由を聞けばいいってこと?」
どうして、こんな話題に、こんなクソまじめな返事なの? とりあえず・・。
「理系同士で気が合うかもしれないね。お食事とお話し・・頑張ってね・・おやすみ」
そう返事して、もう私は気絶しよう。こんなこと同時に処理できるわけない。いや・・春樹さんには言っておいた方がイイかな・・美晴がそんなお話しますよって・・いや・・そこまで気を遣わなくても。勝手に何とかするでしょ・・。と思ったら。うーん・・と電話が震えて。次は、うわっ・・今度は、春樹さんからのメール・・。
「美晴ちゃんが、水曜日は泊めてもらえるのですかって聞いてるのだけど、どんな話になってるの? どう返事すればいいのかな?」
・・泊めてもらえる? 美晴が? そんなメール? 何考えてるのあの娘・・本当に・・ミラクルなスーパーグレイト赤ちゃんを・・。作る気なの・・。そんなに積極的だったのあの娘? あぁー、どうしよう。でも。今の私には。
「なんとかしてください」
としか思いつかなくて。そのまま書いてそのまま送信すると静かになった携帯電話。もう一度ミホさんのメールを読んで、知美さんのメールを読んで・・そう言えば・・知美さんも春樹さんにメールとかしてるよね・・黙って帰って来るのかな・・今度は私ではなくて、美晴が洗濯機に下着を忘れたりしたら・・いやいやいやいや・・それより・・春樹さんと美晴が隠れてコソコソしてるところに知美さんが帰って・・いやいやいやいや、そんな出来過ぎたことなんて起こるはずない・・。って本当に言える? って、私も美晴に負けないくらいの想像力が、ヘンなこと考えすぎていそう。でも・・美晴があのおとなしすぎる雰囲気で・・「許してください気持ちを抑えられません」と春樹さんを。なんてリアルな映像が、いやいやいや、そんなことは、ありえない・・・。そうなるのは私でしょ。じゃなくて、そうするのは私でしょ。と無理やり空想しようとするのに。春樹さんを押し倒してるのはいつまでも美晴で・・結構リアルに空想できるね、コレ。いやいや、イヤイヤじゃない。いいや・・もうどうにでもなれ・・としか思えなくなってきたのに、頭から離れない・・春樹さんが美晴と? そういう約束だった? どうしてこんな話になっちゃったの? あっ・・涙が出てきた・・どうしよう。春樹さん・・美晴の押しに負けて・・イヤイヤイヤイヤ。あー無限ループにはまっちゃった・・。寝れない・・。
そして、他の女の子にカレシを取られちゃう気分って・・どうなんだろう。あゆみが。
「美樹って、あの春樹さんが美晴とデートするって・・ホントにいいの?」
なんて無責任なことを無自覚に言うけど。
「イイのって・・あゆみがあんなこと言うからこんなことになったんでしょ」とは口にできないまま。こう返事するしかないことを。への字にした口で。
「まぁ・・そういう約束だったし・・春樹さんも軽くあしらってくれるわよきっと」
とふてくされたまま言うしかない。すると。
「軽くあしらうのか・・でも・・美晴も相当思い詰めていそうだけど。あしらわれたら美晴も純情だからね・・」
腕を組んで、あゆみとうなずき合っている、今日は一人の遥さん。
「私だったら、春樹さんみたいな男の子に軽くあしらわれたら。泣いちゃう」
「泣くよね、ジサツしちゃうかも」ジサツ・・そこまで?
「美晴の事だから・・あの娘思い込みが激しすぎるから、ありえるかも」あり得える?
と二人して真剣に私を見つめるから。
「美晴さんって、そこまで思い詰めてるの?」と聞くと。遥さんが。
「何度もしつこく、お食事してお話してそれだけでしょ。って言ったらね」
「言ったら」
「お食事して、お話して、その次は、その次の次は、そういうことって、二手も三手も先の事をしっかり考えて。どんな些細なこともゴールを目指す道しるべって思っておかないと・・。って。もう・・やる気満々だったから」やる気満々?
「二手も三手も先のコト?」と聞いたあゆみ。
「道しるべ? ゴール?」と聞く私。そして。
「そう言えば、今日は美晴って休み?」とあゆみがキョロキョロしたら。
「髪切って来るって・・試験の間ここひと月、髪の毛気にしてなかったからって」
「・・学校休んでまで・・」髪の毛・・ってそう言えば私も気にしたことがないような。
「おめかししに行ったのね。そこまで本気なんだ・・どうするの美樹は?」
あゆみがあんなこと言うからでしょ・・どうやって責任取る気なのよって私が聞きたいのに。あゆみは、ぽかーんとしたまま。
「でも、春樹さんにそんなこと、やっぱ美樹が頼んだからなの?」
なんて聞く。そんなあゆみの質問の意味が解らなくて。
「何を? 頼んだの? 何も頼んでなんかないけど」と言い返したら。今度は。
「他の女の子とデートなんてさ・・美樹が頼んだからオッケーしたのかな?」
なんて言うあゆみ。それは、
「あゆみがメールしたからでしょ。私よりいい成績取れたらデートしてくださいって」
「したけどさ・・私が言ってるのは、どうして拒否しなかったのかなって」
「拒否・・」私が? 確かにしなかったけど・・。というか、拒否なんてどうするかも知らないし。
「だから、それって美樹がオッケーしたからじゃないの?」拒否は私がしなかったのではなくて、春樹さんもしなかったよね。ということは、私がオッケーしたから春樹さんは拒否せずに、美晴とデートしようとしているってこと? まぁ、そう思えば、私は・・オッケー、
「し・・したかもしれないけど」とぼやいたら。
「案外、春樹さんも乗り気なんじゃないの? 美晴もおとなしそうに見えるけどやる気満々だし、そういう事ならペロリと」っていやらしく笑うあゆみ、今度は何のこと?
「お互い、目的は同じだしね。ペロリ。ぷぷぷっ」とニヤてる遥さん。
「そういうことね」とあゆみは、もっとにやけて。
「春樹さんもそういう男の子なのかな?」と悲しそうな表情をする遥さん。
そういう男の子? ってどういう男の子? と考え込んだ私。
「だとしたら・・幻滅しちゃうかな。そういう男の子であってほしくないけど」
「そうよねぇ、あの顔だし、頭いいし、雰囲気も、笑顔も、でもやっぱり、男の子はみんなそういうものなのかな」
だから、そういうって、どういう男の子なの? と思っている私をじぃぃっと見つめるあゆみと遥さん。を見つめ返そうとしたら。
「あーここにいたの? 先生が美樹を呼んで来いって言うから。探してた」
と弥生が走り寄ってきて。
「えぇ・・」今度は先生? とのけぞる私。
「テストで春樹さんを賭けてたこと知ったみたいよ」
「えぇ・・それって・・」
「笑ってたから大丈夫でしょ。女子の成績が平均値で60点も上がってたんだって。上位10人中9人が女子だったって」
「それで、どうして私を?」
「先生も知ってるみたい、美樹のカレシが春樹さんだってこと・・あぁ、春樹って名前なんだねって言ってた」
それは、知ってるじゃなくて、もしかして弥生が話したってことじゃないの。
そして、仕方なく、再び、職員室。先生の机まで歩いて行くと。ぷんぷん匂う職員室の匂い。この匂いがキライだ。それに。
「おっ、みーき」
って、私を見つけた先生がニヤニヤしてる。「機嫌がいいときの春樹さんと同じトーンで呼ぶのやめてください」と思いながら。いい予感がしないから、ぶつくさな顔を意識したまま。
「なんですか」と答えると。
「今度もすごいな・・」とまだ笑ってる先生。この顔なら、まぁ怒られることはなさそうだから。
「そうですか・・まぁ」と返事したら。
「すごいのは、美樹のカレシの、春樹さん。なのかな」
まぁ、すごいのは私ではなくて。そうですけど。それに、ナニかを知っていそうなニヤニヤしてる顔がキモイと言うか。
「2年の女子が何してたかは知ってるよ。おかげで女子の成績が60点も上昇して、近隣の学校をひっくるめてわが校が一番だ。ダントツで」えぇ? 一番? ダントツ?
「そうですか」だから?
それより、だから、私に何の用だったのかな? と考えたら。
「で、今度、先生を春樹さんに会わせてくれないかな。と美樹にお願いしたいのだけど」
って唐突に何ですか? もしかして・・水曜日・・とか?
「いつでもいいんだけどね、どんな風に教えてあげれば、美樹や美晴やほかの女子たちのように、勉強したことをわかって、理解して、実際に平均点をこんなに上げられるのか、何かのヒントでもいいから春樹さんの秘密を知りたい。なんとかして、会わせてくれないかな」
水曜日以外なら・・としか答えようがない気がするけど。ここはよく考えてからにしないと、軽率に返事したら、ただでさえ混乱してる今の状況が、ものすごい大混乱になりそうだし。
「ダメかな? アルバイトまだ続けているんでしょ。お店に、いきなり押しかけても迷惑だから、いい日、いい時間があったらアレンジして、今度食べに行くから、少し話せる時間を作って欲しいのだけど」
またアレンジ・・まぁ・・そういう事なら仕方ないかな。
「はい。あの・・そういう事でしたら、春樹さんにも伝えておきます」
「うん。よろしく。それと、余計なお世話だけど、まだ仲良く付き合っているのか?」
余計なお世話ですよ・・と言いたいけど。
「まぁ・・ほどほどに」と答えて。
「そうか。まだ言いたいことはあるけど、これ以上は何を言っても説教になりそうだし。あーそうそう。美晴はトウダイ目指しているけど、美樹はどうする? とこでもいいぞこの成績なら」
美晴はトーダイ? 私はどうする? 進学・・そう言えば夢実現ノートに「ワセダ合格」って書いてたけど。私の将来は春樹さんと小さなお店? いや・・ワセダ合格? いや・・水曜日はミホさんが・・じゃなくて。知美さんが帰って・・でもなくて。美晴が春樹さんと・・デート? それより、先生は「どこでいいぞこの成績なら」って・・あーダメダメ頭の中がまた、うわーってなってきた。えっと・・どこでもいいぞ、この成績なら。って。ほら、混乱してる頭の中が、更に大混乱になって来る。だから。将来のことなんて。
「あの・・ゆっくり考えます」慌ててそう答えて。今まで、同時にこんなにたくさんのコトを考えたこともなかった。と思っていると、まだニコニコしてる先生は。
「うん、ご両親とも春樹さんとも相談して、わが校から有名な大学に現役合格者が出るかもしれないなんてね、今からワクワクしてるよ。そういう事。それだけ、ご足労アリガト」
と、もっとニコニコしていて。何気に気味悪くて。とりあえず。
「はい」と返事して。えーと、とりあえず、約束はしてないけど、春樹さんに会わせる、美晴じゃなくて、先生を・・。ミホさん? それより、ドコデモいいぞ、この成績なら・・。将来? ってどうするの? あーダメダメ。本当に頭の中がうわーってなってる。
そして、いよいよ水曜日・・一人だけ大きな荷物を背負った。髪型がいつになくアイドルのような美晴さんが目について。うわっ・・美晴さんって髪型代わると雰囲気もがらりと変わるというか・・美晴さん、どうして歩調がスキップなの? 背中のカバンも飛び跳ねてるし。もしかして、春樹さん「・・しかたないなぁ、そこまで言うなら、おいで、泊めてあげるよ・・」なんて言ったのかな? と春樹さんの声が聞こえた気がしたけど。春樹さんから私にはそんな報告がないし。というより、「なんとかしてください」以来返事がないし。それに、今日は知美さんか帰ってきて。私はバイト。ミホさん・・の予定なんて知らないよね。先生もなにか頼んでたよね。とぐちゃぐちゃになってる頭の中に、聞こえてきたのは・・。
「美晴って今日は気合入っていそうね」
「春樹さんって、美樹のあの彼氏でしょ、マックでこんにちわって言ってた人」
「そうそう・・でもすごいよね、美晴も前からすごかったけど、美樹も2番でしょ」
「でも、やっぱり・・2番じゃダメってこと?」
「そういう事ね・・で・・で・・学校終わったら見に行く? マック」
「うんうん・・行こうか」 って何しに行く気?
「どうなるのでしょうね、美晴・・」 あーそれか・・。
「どうなるのでしょうね、美樹みたいに口説かれる」 口説かれるって?
「えーとあれなんだっけ、あのセリフ」 セリフ?
「俺はただ、美晴に恋してるただの男だよ」 あっ・・私も思い出したけど。
「そーそーそーそー。恋してるのよ」 余計なこと思い出さなくても。
「ということは、今度は美晴に恋してるって」 うっ・・今度は美晴に?
「言うと思う?」 言うわけないし・・言いそうかな?
「聞きたいよね、何言うか」 聞きたくない・・。
「聞きたい聞きたい」 いや・・そう言われると無茶苦茶気になる。
「くっくっくっくっくっくっくっくっ」
「ケッケッケッケ」
そんな、ひそひそ話。を聞こえているけど、聞こえないふりして。美晴さんとも今日は会話がなくて。あゆみや弥生も私に気遣っていそうというか。あゆみは今頃になって責任感じているのかな? 遥さんも美晴さんとは距離を取っていそうだし。ぐちゃぐちゃに絡みついた頭の中を整理しようなんて思っただけで無理そう。挫折。していたら、知らない間に授業も終わって、いつワープしたの。という感じで。はっと気づいたら美晴さんは大きな荷物と一緒に消えてしまって。ほかの皆は。
「うししし・・見に行くでしょ」
「うんうん・・美晴って春樹さんにお持ち帰りされるのかな」
「いやーん。お持ち帰りだなんて」
「でも美晴はその気でしょ・・あの荷物」
「そのつもりっぽいよね・・あーなんかうらやましいかも」
「でもさ、春樹さんって、美晴に、部屋にオイデって言ったのかな・・」
「あー、だからあの荷物・・ってこと」
「えぇ~そうなの? なんか想像が膨らんじゃうね」
「でもさ、試験勉強教えてくださいって理由だったら、私もお持ち帰りオッケーかな?」
「あーその手があるね。美晴の次、私」
「あーずるいよ。順番はじゃんけんでしょ」
「しぃーしぃーしぃーしぃ。美樹に聞こえる」
「でも・・美樹はイイの本当に、あんな賭けしちゃって。あんなカレシを」イイことないわよ。
「オトコ・・取られちゃった?」とられたわけではないと思うけど。
「耐えているのかな・・どう慰めてあげればいいの?」ほっといてください。
「いままでいい思いしたんだから、別にいいんじゃないの?」なによソレ・・。
「後悔してそうね・・」今日に限って、私の聴力が研ぎ澄まされていそうで・・。
後悔なんてしてないわよ。と ぼやいてからフテクサレて、私は無理やりな気持ちで、重い足取りを無理やりのっしのっしと歩ませて自転車置き場へ。そこで携帯電話を開いても春樹さんはメールくれないし。どうしてあの人、こんなにメールとか連絡とかしてくれないのだろう。まったくもぉ。と、空に向かってため息吐いたら、嵐なんて起きそうにない青空だし。連絡とかがないということは、何もないということでしょ。と自分に言い聞かせると。また頭の中て・・モヤモヤと。
「美晴ちゃん・・許して・・気持ちを抑えられない」
春樹さんは美晴をベットに・・そんな映像がもやもやと現れるから。ぶんぶんと振り払って、鋼鉄の意思で・・・いや・・もういいと、諦めて自転車を漕いでアルバイト・・お店に向かうことにした。でも、自転車を漕ぎながら、春樹さんが美晴とデート・・お持ち帰りって、それって春樹さんが美晴を部屋に持ち帰るって意味だよね・・それってさ・・今頃になってから、こんなに気になる、春樹さん・・私の事はどうするつもりですか?
「ごめん。美晴ちゃんと付き合うことにしたよ」なんてことを言うのは誰?
あーダメ、私、押しつぶされてしまいそう。なのに、誰も助けてくれそうにないし・・。と思ったら。
「あー美樹お疲れ様、ごめんね、水曜日って春樹とナニか予定があったんじゃないの? 美里がね、急に婚活だなんて」
と大きな声で私に声をかけたのは、いつものようにドアの取っ手を拭いている由佳さんで。
「・・・・おつかれさまです」と自転車をいつもの場所に停めてカギを抜いて。
「いえいえ、別にいいですよ・・テストでいっぱい休みましたから」
そう返事したら。由佳さんは、また、私をじぃぃぃぃっと見つめて。大真面目な顔で。
「で、どうなの、春樹とうまくいってるの?」と聞いた・・。何回目ですか? ソレを聞くのは・・。と思いながら。うまくいってるの? という質問に、自動的に答えられない私がいて。自動的に答えられないから・・。どもりそうな声で。
「・・はい・・まぁ・・ぼちぼち」
と無理やり答えるのに一瞬の間があったことは自覚しているけど・・。だからと言って。
「あー・・うまくいってなさそうな返事だった」とまた大真面目な顔でわたしをじぃぃぃっと見つめる由佳さん。にやっ・・としながら。
「何かあったのね・・何があったの?」
だなんて、私の心を見透かそうとしないでください。と思えば思うほど。
「な・・な・・何もありませんよ」と声が上ずって。
「そぉ? それじゃ、お仕事しながらゆっくり聞いてあげるから、うふふふふふ」
由佳さん・・なにを期待してるのですか? あー・・私、美里さんと代わるんじゃなかったかも。という気持ちもする。けど・・それ以上に・・今頃、春樹さん・・二つのエビフィレオと二つのコーラM、そして一つのポテトLを同じトレーにのせて、マックのあの席にニコニコと二人で同じ歩調で歩きながら。
「春樹さん、走る自転車か転ばない理由って、最近の私の研究テーマなんですけど」
なんて話しかける美晴の映像と。
「へぇぇ、美晴ちゃんってそんなことに興味があるんだ、美樹より話しやすそう。その話ってさ美樹は聞いてくれなくて。美晴ちゃんは聞いてくれるんだ嬉しい。好きだよそんな賢くてカワイイ女の子」なにこの妄想・・。誰がこんな映像を流してるの?
「そうですか、じゃぁ、今日は朝までゆっくりお話ししましょう」
「そうだね」
「私のコト、お持ち帰りオッケーですよ」
「今日はそのつもりだよ」
「・・・うん私も。うふふふふ」
なんて言ってる春樹さんと、私よりカワイイ返事をしてる美晴さんが・・頭の中にあふれて。あーダメダメダメダメ。と頭を掻きむしりたい。
そして。由佳さんと私と店長とチーフ・・水曜日のこの時間帯はこのメンバー。他の平日は奈菜江さんと優子さんがいたりするけど。まぁ・・大して変わらないかな、みんな年上で、最近は学ぶものが少なくなったようなお姉さん達。そんな風にブツブツと他の事を考えていれば冷静を保てそう。そんな気持ちでお店に出ると。
「・・・・・」
とチーフも店長も由佳さんも、私を見つめて唖然としてる。だからキョロっとして。
「なんですか、春樹さんとのことで報告することなんて別にありませんから」
と自分から言わなくてもいいようなことをぼやくと。由佳さんが。
「美樹・・スカートが制服・・お店のじゃなくて、学校の」
えっ・・と下を見たら。うわっ・・本当に上着はお店の制服なのに、スカートは学校の・・私・・どうしたの? 着替えた時の記憶が全くない。慌てて着替えてきたけど。
「ねぇ・・ほら・・そっとしておいた方がイイのか、聞いてあげるべきなのか」と由佳さんの声に。
「聞いてあげるべきだろ」とチーフの声。
「誰が聞くの?」と由佳さん。
「女同士で何とかしろよ」チーフ。
「でも、チーフだって春樹の親戚でしょ一応」
「親戚だからって何だよ、血は繋がってねぇし」
と、お客さんが少ないから、そんな会議をしてる由佳さんとチーフ。黙ったままの店長は議長かな。そして。私と顔を合わせたとたんに。
「おい美樹、春樹と何かあったのか?」
と気配りも気遣いもなにもないブッキラボウなチーフの声に。
「ナニもありませんよ」
とムキになって答えたてから。大きく息を吸って、はぁーとはくと。
「そうか・・」
と言ってお料理を作り始めるチーフ。そんなチーフから目を背けて振り返ると今度は由佳さんがニヤニヤしてて。
「何かあったから、そんなにムキになってる。どうしたのよ」と追及をやめてくれなくて。
「だから、別に何もありませんよ」
とムキにならないように気持ちを抑えて視線を背けて答えてから、大きく息を吸って、ふぅーっはく。すると。
「男の子のコト考えて。はぁー、とか、ふぅー、とか。それって 恋 だよねぇ」と由佳さんがさらにニヤニヤしてて。私ももっとムキになりそう。だから。
「もう春樹さんのコトは話題にしないでくださいって、何度も言ってるのに」
と言ったのに。
「私もしたくないけどさ、美里がね、こないだの休憩室の光景を見て、あの二人、倦怠期なのかなとかって言ってたから。そうなの」
ますます、やめてくれなさそう。でも。
「ケンタイキって」なんですか?
「付き合い始めてからしばらくすると、こんなはずじゃなかったのに‥と言う感情が生まれて、それがすくすく育って、お互い顔見るのに飽きてきたりしてない?」
言われてみて、ふと、そうなの・・と私の中のもう一人の私に聞いてみたけど返事はない。つまり、そんな感情はすくすく育っていませんよ。だから。少し間が延びた後だけど。
「そんなことないです」って返事して。どこをどう見たらそんなこと想像できるんですか? とまでは言えないでいたら。由佳さんはもう一度私の目をじぃぃぃっと見つめて。私の心の中を読み取ったかのように。つぶやき始めた一言目は。
「じゃぁ、春樹のモトカノとこじれてる」うっ・・それは、近いかも・・。
でも、こじれてるわけではない。はず。私は知美さんとは仲良くしてるし。こじれてるとしたら、春樹さん・・もしかして、こじれてる?
「違うの、じゃぁ、春樹に新しいカノジョができた」うっ・・それも、近いかも・・。
でも、まだ、できたわけではない。はずだし。美晴はただの知り合い? でしょ。でも・・春樹さんにとっては、美晴は新しいカノジョ・・候補なの?
「それでもないのかな、あー。それじゃぁ、春樹にアプローチしてる他の女の子がいる」うっ・・。と、ニヤニヤ笑っている由佳さんから目を反らせたら、「それだね」って言われそうだから、ぐっと由佳さんを睨んだままでいる私。でも、ミホさんのあのメールは、間違いなく、春樹さんにアプローチ・・接近しようとしていそうで。由佳さんって私の深層心理を本当に読み取ったのかな・・そんな気がするのは。由佳さんのこの意見が全部正解のような。どうしてわかるの? と聞きたくなるような。すると。
「まぁ、恋の悩み事って、たいてい、そのうちのどれかだと思うけどさ」
とつぶやいてすぐ。由佳さんは。
「いらっしゃいませようこそ、5名様ですか」と来店したお客さんに駆け寄って、ようやく解放されたけど。
「恋の悩み事って、たいてい、そのうちのどれか・・」とリピートしながら。
「そのうちの全部じゃないですか・・」とぼやいている私。はぁー。とため息吐いたら、また視界の隅っこでチーフが聞き耳立ててるし。何か話したそうだけど。プイっとカウンターから離れて。春樹さんのコトは考えない。春樹さんのコトは考えない。春樹さんのことは考えない。と呪文を唱えると。
「美樹・・とりあえず。仕事に集中してくれるかな。オーダーは私が処理するから、デザートよろしく」
「はい。わかりました」
「じゃ、私、次行くからね。いらっしゃいませ~ようこそ。4名様・・」
よし。仕事に集中。仕事に集中。由佳さんも私をいつものようにタダからかっただけでしょ。気にしない気にしない気にしない。よし。とオーダーを確認して。材料を揃えよう。
と、そんな風に平日の3時間のアルバイト。美里さんと交代した水曜日のシフトを終えて、深夜のメンバーと交代した。そして。
「お疲れ様でした」とチーフに挨拶すると。待ち構えていたかのように。
「おぅ。美樹ちゃん、春樹にあの話、持ちかけたのか?」
と大真面目に聞いてきたあの話って・・。俺の味を~。というアレ。だから。
「あの・・とりあえず。一言・・話しましたけど」と力なく答えたら。
「で・・春樹はなんて言った」とのめり込むように聞き返してきて。
「あの・・別になにも」としか答えられない。
「そうか・・別に何も・・か」とチーフは肩を落として、ため息吐いてお鍋をかき混ぜる。って、コノ落胆ってなに? そんなチーフを尻目に、着替えて、春樹さんの残像が見えそうな休憩室。どうしても気になるから、まず始めに出したのは携帯電話。着信が・・・えぇ~・・15・・と思ったら、う~ん・・とうなって16になった17・・18。誰こんなに・・春樹さん? 美晴と何かあったの? とまず始めに想うからあわてて開いたら。ミホさんからのメールが5件・・。春樹さんからのメールはない・・
そして・・あゆみからのメールと。どうして 弥生のメールまで・・ってこれグループチャット? がまた一つ入ってきた? からとりあえずミホさんのメールを開けたら。
「ちょっと美樹ちゃん、春樹くんが別の女の子とデートしてるけど、イイの? あんなオトコと付き合ってて。私、無茶苦茶幻滅してる」
えぇ? って意味がわからな・・いや・・マックに行ったんだ。ミホさん。あのタイミングで。そう言えば水曜日だし。そして。
「まったく嬉しそうにニヤニヤしちゃって、美樹ちゃん返事してよ。ほっといていいの」
あの・・その・・
「頭に来た。一言言ってやる」ちょっと待って・・って、コレって3時間前の話し?
「美樹ちゃん何してるの。私言ってやったから」ナニを?
「ほら。女の子が逃げちゃって、落ち込んでる。やっぱりその気だったんのよきっと。あーあ、あの春樹くん、ほんっとに幻滅した」
言ってやったから・・ってナニを言ったんだろう。まぁ・・ミホさんは後にして。あゆみのメール・・うわ・・何人加わってるのこれ。
「弥生仕事終わった? ねぇねぇ、この人がもしかしての、トモミさん? 美樹にも送ってるけど、美樹もバイトかな今日?」
とあゆみが弥生に写真付きでメールしたところから始まって。
「ううん・・私が見たトモミさんとは違う人ね」と返事したのは弥生。
「じゃぁ、春樹さんの新しいカノジョ・・スンゴイ剣幕だったけど」遥さん。
「剣幕?」コレは誰だろ?
「まぁ、見ればわかるからさ。剣幕」とあゆみから。そして動画を再生すると。
ざわめきの中、春樹さんと美晴さんが向かい合って座っているのはあの席、恥ずかしそうにうつむいている美晴さんに、春樹さんか身振り手振りして何かを話そうと話しかけているのだけど・・美晴はうつむいたままで。一瞬振り向いた春樹さん、無茶苦茶爽やかな笑顔。そこに。ミホさん登場。というより乱入? あのポニーテールで、筋肉モリモリの、あの肩だしタンクトップ。今日はプリンプリンのお尻から延びる生の太もも、も、筋肉モリモリで、プロレスラーみたいな、腰のくびれが小さめのお尻の丸さと肩幅を強調して、抜群のシルエット。で筋肉モリモリの腕を組んで。
「・・・春樹くん、今日は違う女の子連れてるのね」
とミホさんの声が聞こえる。
「あなた、何人彼女がいるの?」
とも言った。
「えっ・・・・・」という表情の顔を上げた春樹さん。
「そういう事だったの・・見損なったわ。この。ヤリチン」
や・・やりちん? と思ったら。美晴が席を立って走り出したけど、慌てて引き返して、アレはエビフィレオ・・とコーラ・・とポテト・・を鷲掴みにして走っていった。な・・ナニこの光景?
そして。
「うわっ・・こわっ・・誰このプロレスラーみたいな人」
「えぇ・・見たことある気がするけど、思い出せない」
「それより、春樹さんっとどういう関係? 何人彼女がいるのって言ったでしょ」
「春樹さんって何人も彼女がいるの?」
「美樹は知ってるのかな?」
「でも。春樹さんのあの顔だと何人もいそうといえばいそうだし」
「美樹何してるの? 美樹にも送っているんでしょ」
「美樹はバイトじやない?」
「えぇ~、美晴帰っちゃったけど」
「私でも引くよ、あんな怖そうな女の人が出てきたら」
「アレって、春樹さんのモトカノ、イマカノ、シンカノ。新しいカノジョ? 真のカノジョ? マエカノ、他にもある? 何人彼女がいるのって言ったよね」
「言った言った。ツギカノ。リザカノ」
「リザーブ彼女。ヨヤカノ。予約待ち彼女。ステカノ。捨てられた彼女。ヒロカノ。拾われた彼女」
「ポイ彼。ポイされた彼氏」
「美樹以外のって、トモミさん? って弥生知ってる。誰それ」
「だから違うって、私があった知美さんは、絶望的な超絶美人であんなプロレスラーじゃない」
「絶望的な超絶美人? って美樹以外にやっぱシン・カノがいるんだ」
「あー・・美樹ごめんね、しゃべっちゃった」
とメールが次から次に流れてきて。
「最初から言ってよ、そういう人がいる男の子だって。美樹だけだと思っていたのに。トモミさんって誰よ? 本当に何人彼女がいる人なの?」って、美晴さんも加わってるし。
「ヤリチン」
「やりちん」
「YARICHIN」
「槍珍」
「無理やり賃」
「美晴は、やりそこなった」
「そんな、ヤリチンなんて願い下げよ」美晴さんメールだと反応こんなに早いし。
「ごめーん・・からかっただけ」
「あーでも、あのプロレスラーみたいな女の人、怖かった」
「怖かったよね、背筋がゾーとしたよ」
「こんな感じ」
と、井戸から這い出てくるあの白い衣装の・・。動画が来て・・ヤリチンって吹き出し。
「やめてよ、消して消して。こわい」
「でも、おかしいコレ」
「美樹って何してるの? 美樹にも送ってるでしょ」
「美樹は、今日バイトじゃないの。学校終わってすぐいなくなったし」
「美樹にも聞いてよ、このヤリチンって言ったプロレスラーみたいな女の人ダレなの、知ってる人?」
「美樹何してるのよ」
「あー、思い出した。この人ってミホさんよ」
「ミホさん?」
「オリンピックで銀メダルだった人。スポーツクライミングって壁をよじ登るやつ」
「あー。私知ってる、確か、ミホって人だった」
「へぇそんな人が春樹さんのマエカノ? ヤリチンにやられたとか」
「オゲレツ」
「オゲレツ禁止」
「ごめーん」
「ホントに美樹はいないの?」
えっ・・まだまだリアルタイムでそんなメールがグループチャットで流れていて。
「ちょっと電話してみるね」とあゆみが。だから、慌てて電源を落とした私。息が荒くなって・・何が起きてる?・・と電源の落ちた電話を見つめながら思うけど。それは何気に、巻き込まれたくない嵐のようで。
でも・・なんとなく、映像とメールの文章を、脳に覚えさせたら、自動的に計算されて。
何が起こったのか、理解できそうな気持になっている。つまり・・。ミホさん・・。
なんてことをしてくれたの? いや・・よくやったというべきか・・明日学校でどう言えばいいのだろう・・とりあえず。知らない人・・。ということにしておこう。そうしよう。
でも・・春樹さんからの報告は何もなくて・・あ・・そうか・・そろそろ知美さんが帰国してるはず。どうしよう・・電源入れなきゃ春樹さんや知美さんと連絡できないけど。電源入れたら、無茶苦茶面倒くさいことになりそうな気もするし。あーもういい。とりあえず。春樹さんは美晴をお持ち帰りしたわけではなさそうで。ミホさん・・に言い訳はできるでしょ。あの娘は友達で試験で賭けてたとか何とか。それと・・知美さん。絶望的な超絶美人・・。って弥生が皆にばらしたことが心配? いやそれより・・ナニ?
「あれぇ、美樹どうしたの帰らないの?」
と、由佳さんも仕事終わって着替えに来たから。
「あ・・いえ・・帰ります。ちょっとメールしてました」と反射的な返事したら。
「えー誰に? 春樹・・ぷぷっ。今から帰ります、晩御飯なんですか。なんてね。あっ、晩御飯の前に、帰ったらすぐチューでしょ。ぷぷぷぷっ。だったりして」くくくく。
それって、どんな空想ですか・・。とりあえず、・・まぁ・・と、小さくうなずいて・・。その場しのぎ・・。のつもりだったのに。由佳さんは。
「えぇ~ホントにそうなの?」なんてポカーンとした顔をするから。左の頬をチョイっと吊り上げて。にやっ。うまくなったよねこれ。とか何とか思いながら。
「あ・・じゃぁ・・お疲れ様でした」と、今日はアイスおごられたらちょっと困りそうだから。慌ててその場を離れて。
「・・・お疲れ様」と見送ってくれる由佳さんに振り向かず店を出た。そして。
とりあえず、整理しよう・・論理的に・・って、どうするんだっけ。えーっと。前提条件を理解する。だったかな、どうしよう、ノートに書いてした方がイイかな? 今、何が起こってる? ミホさんが・・いや・・それより・・。春樹さん・・あの後どうなったんだろう? それに、ミホさんが言ってた・・。
春樹さんが「ヤリチン」って・・何のこと?
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