チキンピラフ

片山春樹

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シンクロナイズドスケジュール

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でも、電話していいですか? と聞いたくせに。いざ電話を手にして番号を呼び出すと。
「・・・・・・・・・」
ナニを話せばいいのだろうと頭の中がまた真っ白な闇に包まれていく錯覚。と思い出すのは、春樹さんが読んでいた本。確か、「彼女のトリセツ、カワイイ彼女ができた時に読む本」というタイトルだったような・・。じゃ私もと一瞬閃いたのは。「彼氏のトリセツ、素敵な彼氏ができた時に読む本」を検索すると・・それらしいものがズラーっと出てくるのだけど、その中の一つ「敵を知れば百戦危うからず、孫氏の兵法に学ぶ恋の駆け引き」が目に止まったけど、今更こんなに分厚い本を読んでたら間に合わないし。本と言えばそうだと思い出す、弥生が貸してくれると言ってた本・・まだ貸してもらってないな。だから。
「ねぇ、弥生、ちょっと聞きたいことがあるのだけど」
と弥生には条件反射的に電話すると。
「もう少しで仕事終わるから、後にしてくれる」
と冷たい返事が返ってきて・・なによもぅ・・と思ったと同時に気分がモヤモヤとし始めて、そのはけ口はなぜか春樹さんに向かっていく、電話くらいしてくれればいいのに。もう仕事も終わってる頃でしょ、だったら「仕事終わったよ」とか。もう部屋に帰っている頃だし、だったら「今部屋に着いた」とか。部屋には知美さんもいないはずだし。私の事特別だと思うなら、こんな時こそ特別扱いしてほしいのに。と電話に念を送るしか気持ちを静める方法が思いつかなくて・・でも、念を送れば送るほど、画面に映る私が私に念を送っているようで、さらにもっとイライラしてくることも解っている。
「はぁぁぁ・・何話せばいいのだろ・・」
中間テストはもう少し先の話だし・・デートに誘ってくださいって一度言ったし・・買い物に行きませんかって買うものが思いつかないし・・知美さんのコト・・は話題にしたくないけど、と知美さんの顔が思い浮かんだ瞬間に思い出した・・そうだ・・とりあえず知美さんのメールに返信だけでもしておこうかな。そう思って呼び出した知美さんのメール。
「それと、あとひと月くらい日本に帰らないと思う。私がいない間に、あの子と仲良くなっちゃう? そういうこと遠慮しなくていいからね。今はただあの子の無事を知りたいのと、あの子が怒ってるなら、知美さんがごめんなさいって言ってましたよって伝えてほしいの。心の底から誤ってましたよって。じゃ。日本は何時かな? おやすみなさい。明日はフロリダに行きます。またね、なにか面白いことが起きたら教えてネ CU」
を読み直して。知美さんがごめんなさいって言っていましたよ・・って伝えてないけど、伝えられるわけなさそうだし。あの子と仲良くなっちゃう。遠慮しなくていいって書いてるし。とりあえず、無事を知りたいのなら・・。
「春樹さんは元気ですよ、今日も一緒にお昼ご飯食べました」
このくらいなら、味気もなにもない無難なメッセージだよねと思いながら、とりあえず送信して。そうだと思いつくこと。「敵を知れば百戦危うからず・・」知美さんに聞いてみようかな・・普段春樹さんとどんなお話していますか・・春樹さんは私と知美さんが通じていること、知っていたとしてもこれほど親密だとは思っていないはず。だから、何か秘密とか、ツボとか、つまり「春樹さんのコトを知れば百戦危うからず」でも、知美さんって、私の数千倍以上勘が鋭い女だから、ヘンなこと聞いたらまた勘ぐられるかもしれないし。でも、ヘンなことじゃ無ければ・・春樹さんの好きなものとか、春樹さんが最近はまっているものとか・・と思いつきながら「・・そんなこと春樹さん本人に聞けばいいでしょ・・」とまた心の底の私ではない私が嫌味な声でぼやいてる。はぁぁぁぁ・・それはそうだけど・・そういうこと本人にダイレクトに聞くものなのかな・・とも思うし。と思っていたら、プルプルと震えた携帯電話。はっと思ってみたら知美さんからの返信。アメリカからなのに・・早いね・・。
「美樹ちゃん、ありがと、あの子が元気にしてることが解れば安心です。でも、お昼ご飯一緒に食べながら、あの子と、どんなお話したの? 教えてほしいな💕」
って・・うわっ。教えてほしいな💕って・・えぇ・・どうしよう・・やっぱり私が甘かった・・。こんな返事が返ってくるとは・・どんなお話し? したっけ・・どうして私こんなに焦り始めてるの? やっぱり余計なこと言っちゃった? でも、何も言わないでいると、何か言いたくないことをお話したのね、と勘ぐられそう、と予感しちゃうし。でも、正直に。改めてよろしくお願いしますね、って話したことを報告なんかしたら・・できるわけないでしょそんなこと。つまり、どっちに転んでも、そう言うこと・・。はぁぁぁ、どうすればいいんだろうこういう時って・・。じゃ・・春樹さんに、いつも知美さんとはどんなお話しするのですか・・なんて・・「知美さんのコトを知れば百戦危うからず」だけど。知美さんのコトは話題にしないってさっき心に誓ったでしょ。うわちゃ・だめだ、だめだ・・こうして、ナニをどうすればいいかわからない時に電話なんて手にしてたら、無意識のうちにしなくてもいい余計なことばかりしてしまって、私自身が私を逃げることができない行き止まりに追い込んでいるかのような・・そんな錯乱状態になってる。とりあえず・・。春樹さんとはお昼ご飯食べながら・・・そうだ、別に話すことがなければ話す必要もないでしょ。そんなこと話したよね・・だから。
「ご飯食べながら、話すことが思いつかなくて、なにもお話しませんでした」
と・・これならいいよね、正直にありのままだから、ヘンなこと勘ぐられることないと思う返事だよね。大丈夫。だと思うけど・・不安もあるけど、でも、早く返事しないと何が起こるかわからないかもしれないし。仕方ないからこれでいいや・・と思って送信すると。すぐに。どうしてこんなに早く返事が返ってくるのだろう、と思いながら。
「あーわかるわかる。そうなのよ、あの子って結構無口だからね、基本的にどんなことでも聞けば答えてくれるのだけど、あの子から話始めるってことは、まずないから、待ってちゃだめよ」
そんな返事に目を通して。えっ・・? ナニコレ。そして。
「そうそう、キーワードはね。これ教えてほしいのだけど、って聞く。内容なんて何でもいいから、ちょっとこれ教えてほしいのだけど。って質問形式で話しかけるといいと思う。黙って聞いているとあの子いろいろと余計な うんちく も話してくれるから。うんちく、へぇ詳しいのねって誉めてあげると嬉しそうな顔するよ。単純でしょ」
とは言っても・・質問形式・・どんな質問を? うんちく? 嬉しそうな顔。単純。
「あとね、あの子は、リードしてあげればちゃんと気が利く男の子ヨ、だから、しっかりとリードしてあげて、軽い気持ちで練習がてらに」
リード・・ってナニ? 犬の首輪から延びる紐・・? 練習? と思ったら。
「言い方悪いけど、喋る犬に紐を付けて散歩に行く。というイメージ」
喋る犬・・に紐をつけて・・散歩に行くって、私も、なんとなくそんなイメージしてるかも。でも、知美さんって春樹さんのコト、普段そう思ってるんだ。とも思えるし。 
「じゃ、あの子の世話、よろしくね」
世話・・喋る犬・・春樹さんってそういう扱いをされているのかな・・でも、これって、結構リアルにイメージできるかも。春樹さんって、言えば何でも引き受けてくれるよね、プールに行った時も、デートに行った時も、宿題も。こないだも弥生の相手してって・・。そんなこと思い出してたら・・。あ・・そうだ。知美さんに返事だけでも・・。
「はい・・わかりました・・」だけでいいでしょ。知美さんには絶対余計なことは書かない。でも、あの子の世話・・か。世話・・。エサとかお水とか? そう言えば小学校の時クラスでウサギの世話したけど・・。
そしてしばらくして。プルプルとまた携帯電話が鳴り始めて。メールじゃなくて、電話。春樹さん? と期待しながら画面を見たら。なんだ弥生か・・。
「もしもし美樹、なに聞きたいことって」
あ・・その話。ってなんだっけ・・。記憶から飛んでる。
「また春樹さんのコト?」
って、どうして一言目はいつも春樹さんのコトなのよ。と思うけど。まぁ、仕方ないか、とも思えるし。えーと・・急に頭が切り替わらない。
「美樹・・どうしたの・・なにか話があるんでしょ?」
「あ・・うん・・あの・・」
「ナニよ、春樹さんとケンカでもした?」
「いやあの・・だから、聞きたいことと言うか」
「ナニ・・忙しいから早く言ってよ」
「うん・・だから・・その・・」
「もう・・話したいことまとめてからにしてくれる」
って弥生も私みたいに機嫌悪そうだし。あーそうだ、聞きたいことって・・。
「だから・・弥生って、カレシとどんなお話しするの?」
「へ?」へ・・ってなによ。
「だから、普段、カレシとどんな会話してるの? 私、春樹さんと何も話しできないというか、何話していいか解らなくてその・・春樹さんも無口と言うか」
「あぁ無口ね・・オトコって無口よ普通。でも、普段、あいつとどんな会話・・って。そう言われたら、何話しているか思い出せない・・ね。あははは」
って弥生の笑い声は無茶苦茶軽そうで。
「思い出せないって、カレシなんだから、何か話するでしょ」
と思うままに聞くのだけど。
「うん、話はしてると思うけど・・今日もナニか話したかな・・あーだめ、本当に思い出せない。お母さんとは、仕事手伝い過ぎて勉強できなくならないようにって言われたかな・・・これは、毎日一回は言われてるかな」だから、もう。
「お母さんとではなくて、カレシと何も話ししないの?」
「だから、あいつとはそんな思い出せるような話はしていないかも・・美樹に言われて今気が付いたかも。あはは、ホントに何も思い出せないね、私って今日あいつと何か話したっけ」
って、そう聞いてるのは私で、笑い事じゃないのに。
「まぁ、仕事が忙しくて、お客さんの注文のやり取りとか、お客さんの頼み事とか、仕事上の会話しかしてないかも。うん、あのお客さんお願いね、とか、そっちの注文は私がするから。とか。キャベツ残り少ないよ、とか」
あ・・そう・・って、そう言われれば、私もアルバイトで春樹さんと会話するって、そう言うことだけかも。
「美樹ちゃんお待たせ、こっち側熱いからね。重いから気を付けて。帰ってきたら次のオーダー上げるから。先にこっちの単品上げるよ。こっちのは慎吾の方できるの待って一緒にあげるからね」
と私が取ったオーダーの調整をしてくれる春樹さんの優しい顔を思い出しながら、そう言う会話しかしていないね。私も。
「まぁ、春樹さんと付き合い始めて、初めのうちは何か意識しすぎてギクシャクするというか、そう言うのって普通だと思うよ、基本的に男ってあまりしゃべらないから」
そうですか・・まぁ、言われてみればそうなのかもしれないかな。と今まで春樹さんとナニを話したか思い出そうとしても・・確かに、あまりしゃべらないねあの人、聞いたこと以外。
「で、話ってそれだけ?」
「え・・あ・・あと、そうだ、弥生って、いつか私に本を貸してくれるって言ってたでしょ」
「あー本ね、うん、言ってた言ってた。男のトリセツみたいなやつ、ごめんね、忘れてた」
「うん、それそれ、借りてもいい」
「うんいいよ・・じゃ、月曜日に学校に持って行くから」
「ありがと・・」
「でもさ、そんな本のコト思い出すくらいなら、美樹も結構真剣なんだね」
って言われると、確かに、結構真剣だと思う。だから。
「まぁね・・真剣と言うか・・それしか考えられないというか」
「どっちも同じ意味じゃん、じゃ、これからは、美樹のコトからかい過ぎないようにしようかなって思うよ」
「からかい過ぎないように」
「こないだも学校でちょっとからかい過ぎてたかなって、美樹もイラついてたでしょ」
そう言われたら、確かにそうだよねとも思う。特にあゆみの、「で、どうなったのどうなったの春樹さんとどうなったの」と言う顔が鮮明に思い出されて。
「うん・・まぁ・・」と力なく返事したら。
「春樹さんって、見た感じがあんな人だからね、からかいたくもなるよ、嫉妬して・・でもさ、どうなの、春樹さん、ロリコンのネクラの理系のオタクの変態マッチョマンじゃなかった?」
そういえば、そんなことも言ってたっけ・・。でも。
「そのこと、聞けなくてと言うか、向き合ったら、何も話してくれないし、私もナニ話していいか解らなくて、春樹さんも、彼女のトリセツなんて本読んでて、なんかこう、ヘンなこと聞いて来るし」
「ヘンなこと?」
「本に書いてること確かめようとしてたみたいで」
「それって、どんな事?」
「一番だって言われると嬉しい? って聞かれて、よくわからなくて。あと、否定することを肯定したら会話が止まるとか・・」
「はぁ? ナニそれ・・」
「私も、どんなお話すればいいのか分からなくて。付き合いましょって言ったくせに、話したいことがないなら別に話さなくてもいいでしょ、みたいなこと言ってしまって」
「それって、美樹が意識しすぎなんじゃないの。付き合い始めたからって、すぐに性格ががらりと変わるわけないし。急に男がお喋りなるわけでもないしさ」
「うん・・ほら・・弥生が言ってたでしょ、えぇそうだったの、みたいなことがいっぱいって」
「言ったね、で、えぇそうだったの、みたいなこと第一号、春樹さんって実は無口」
「まぁ・・そうなんだけど・・」
「で、春樹さんが呼んでた本に書いてることは正しかった」
「よくわからない」
「あーそう・・でも、本読んでいろいろ勉強してくれるのはいいことじゃないの、私のカレシなんて、あー思い出した、少しは女心を解りなさいよってしょっちゅう言ってるかも」
「女心? って」
「ほら、知美さんにデレデレしてた時とか、カワイイ女の子のお客さんには態度違うとか、そういう露骨な態度、私の前でどうしてするのって。私の事好きだって言ったなら、私の前では私だけを見なさいよ・・って言ったことがあるね」
「で、どんな返事だった?」
「あ・・あぁ・・うん・・ごめん。基本的に私が100文字話して、帰ってくるのって多くても8文字くらい」
「100文字で、8文字・・」
「まぁね・・美樹もそのうちわかるわよ。えぇそうだったの? って。オトコって聞いたことには答えるけど、自分から話すことってあんまりないから」
「なんとなく、解り始めたかも・・」
「でも、以外ね、春樹さん・・恋人がいる男なんだから、もう少しスマートなのかなって思ったけど。あんなに綺麗な知美さんのカレシだからもっとイギリス紳士みたいなイメージ持ってたけど」
イギリス紳士? が解らない。けど、知美さんのメールにも、リードしてあげればちゃんと気が利く男の子ヨ。って書いてたねそう言えば、と、また知美さんの話題が頭の中に割り込んできて。
「でも、美樹の話聞くと、春樹さんってそんなにウブなのかな? 知美さんがいるんだから、女の子の扱いとか慣れていそうだけどね、そんな本読んでただなんて・・あーそっか」
「そっか・・ってナニ? 何か思いついた?」
「それって、春樹さん流の美樹にも気を遣ってますよってアピールしたのかな」
「アピール・・」
「うん、わざとそんな本読んでますよって」
「わざと・・」
「まぁ、男って説明下手だからね、気持ちとかを言葉で表現できない、感情を顔に出せないとか、だから、美樹に察してほしくて、わざとそんな本を読んでた。のかもしれないし」
「わざとっぽくはなかったと思うけど」
「まぁ、とにかく、男ってしゃべらないのが普通だから、そんな本読んでたら何か聞いてあげれば、その本に私が喜びそうなセリフとか書いてますか、とか。その本に女の子との会話術みたいなこと載ってますか、とか。何かいいこと書いてたら私で試してみてください。とか。美樹って可愛いから、いろいろ聞いてあげると春樹さんも嬉しいんじゃないの」
と弥生の言葉を聞いてから、知美さんのメールにもそんなこと書いてたような。と、なんとなく納得したけど。あ・・弥生がなんて言ったか、頭に入ってない・・。と閃いたこと。
「ちょっとまって」
「なに、どうしたの」
「メモするから、もう一回言ってお願い」
と、机の本立ての端のノートを取り出して。鉛筆をもって。開いたページ。そこには、「春樹さんを私のモノにしてやる・・・絶対に」と書かれている。懐かしいかなこれって・・夏休みの前に春樹さんと勉強したときのノート・・あれ以来か。と思い出に浸る前に。
「め・・メモするってことでもないでしょうに」
「だから、今から春樹さんにそれ聞くから、もう一回言って。私で試してってナニを試すって言った?」
「はいはい・・じゃ、もう一度言いますよ」
「うん・・お願い」
「その本に私が喜びそうなセリフとか書いてますか。その本に女の子との会話術みたいなこと載ってますか。何かいいこと書いてたら私で試してみてください」
本に、私が喜びそうなセリフがありますか? 女の子との会話術とか載ってますか? 何か書いてること私で試してください」
「それだけだった?」
「じゃ、他には、あーそうだ・・」
「なになに」
「なんでもいいから、アレってかっこよかったよ。とか、私それ好きよって言ってあげる」
「え・・ナニソレ」
「だから、春樹さんのいいところを誉めてあげるの、どんな些細なことでもいいから、美樹が感じること、私、春樹さんのこんなところが好きです、とか、春樹さんのこういうところがかっこいいですとか。男って女の子におだてられるとすぐにふにゃふにゃになるから」
と、言われて・・あっと思い出したのは、知美さんの仕草。お父さんも、弥生のカレシも。知美さんは「私好きよ」みたいな一言。一瞬でふにゃふにゃな雰囲気になってたこと。あのテクニックがこれか・・。と思い出した。そして、ノートに書き連ねて・・何でもいいからほめてあげる、私、春樹さんの○○が好きよって言ってあげる。と書き加えて。
「ちゃんと書けた、それでいい?」
「うん・・ありがと」
「じゃ、どうなったか、また月曜日に報告会するからね」
「う・・うん」
「それじゃ、おやすみ。くくくくくくくく」
と弥生の笑い声で電話は切れて。え・・ちょっとまってよ・・。
「報告会なんて・・・・」
という声は、届かなかったようだな・・でも。ノートに書いたこと。
本に、私が喜びそうなセリフがありますか? 女の子との会話術とか載ってますか? 何か書いてること私で試してください。春樹さんの○○が好きです。春樹さんの○○がかっこいいです。「私好きよ」とつぶやいたら、ぞわっと背筋に何かが走った気分もして・・。ぶるるっと身震いしてしまいそう・・いや・・してしまう。のは。確か、知美さんにあの子を口説いてみなさいって言われた時に書いたこの一行。「春樹さんを私のモノにしてやる・・・絶対に」その上に、ワセダ合格。学年トップ。なんとなく、本当に、このノートに書いたことは現実化する。と言う気がし始めて。そして、リハーサル。
「春樹さん、あの本に私が喜びそうなこと書いていましたか? 女の子との会話術とか載ってますか? 何か書いてあること私で試してみてください。私、春樹さんのお料理が好きです。春樹さんがオートバイ運転してる時ってかっこいいと思います。私・・好きよ・・春樹さんのコト」
本当に声を出して、そんなことをつぶやいたら、どうして、おなかの中が裏返りそうなあの感覚。こんなに緊張してたら電話なんてできないでしょ。だから、深呼吸3回・・いや・・もう一回。よし、緊張は治まった、それじゃ電話しよう。よし・・この番号は春樹さんの番号。ゴクリとのどを潤して。もう一度。
「春樹さん、あの本に私が喜びそうなこと書いていましたか? 女の子との会話術とか載ってますか? 何か書いてあること私で試してみてください。私、春樹さんのお料理が好きです。春樹さんがオートバイ運転してる時ってかっこいいと思います。私・・好きよ・・春樹さんのコト」
そうつぶやいて。深呼吸して。よしリハーサル終わり・・電話しよう、電話する、電話番号はこれで正しい。私たち付き合っているのだから、電話するなんて普通でしょ。よし。と踏ん切り付けて。もう一度、ゴクリとのどを潤して。ぴっとボタンを押した。
とぅるるるるる、とぅるるるるる・・と呼び出し音が繰り返されるたびに、呼吸が大きくなるような。だめだめだめだめ、意識して、呼吸を整えて。あの時みたいにおかしくならないように・・あの時・・と思い出したのは、つまり、あの時。そう思った瞬間。
「はい・・もしもし、美樹ちゃん?」と春樹さんの声が聞こえて。その瞬間、私の頭の中、どうして裸で春樹さんに抱きしめられている光景が溢れてるの?
「もしもし、美樹ちゃんでしょ、なにか用かな?」
なにか用かなって・・なんの用だっけ・・えっと・・と思うのに、まだ頭の中、ヘンな想像が消えない・・。
「あーそう言えば、昼間、電話してもいいですかって聞いてたね、忘れてた、ごめんね」
そうじゃなくて。えっと・・だから・・。
「もしもし・・美樹ちゃん、どうしましたか?」
でも、春樹さんにこうして電話するのって何回目? なんとことも思い出そうとして、ますます、何話していいかわからなくなりそうな。そうだ、さっきノートに話したいことを書いた・・けど。
「美樹・・みーき・・どうしたの? 何か頼み事? あっ、デートに誘えとか? 宿題とか?」
違いますよ・・違いますけど・・あの・・。とノートを見つめて。
「あの・・春樹さん」
「はい・・」
よし・・声は出せる。ノートにあるがまま・・読めばいい・・よし。
「あの・・春樹さん、あの本に私が喜びそうなこと書いていましたか? 女の子との会話術とか載ってますか? 何か書いてあること私で試してみてください。私、春樹さんのお料理が好きです。春樹さんがオートバイ運転してる時ってかっこいいと思います。私・・好きよ・・春樹さんのコト」
と、間違いなく話してると、呼吸が落ち着いて来て、でも・・何かが止まってしまったような錯覚を感じていたら。
「あの・・どうかした?」
と春樹さんの声が聞こえて。
「実は、本をよく読んだけど、美樹ちゃん・・いや・・美樹が喜びそうなことは何も思いつかなくて、女の子との会話術と言ってもよくわからなくて、美樹ちゃんに試してみるって言ってもね、いつも可愛いからそれ以上褒める言葉も思いつかないし。料理も他に食べたいものがあるならリクエストしてくれたら何でも作るし。オートバイ・・また乗せてあげようか? 本当は危ないから乗せたくないけど。それと・・俺も美樹ちゃんのコト・・あいや・・美樹のコト好きだよ」
黙って聞いていると、それは、私の質問への答えであることは間違いないけど。これは、ただ質問をして答えてくれただけ、そんなノートを読んだだけの会話。弥生のアドバイスが全く役に立たなかった・・と実感した瞬間。好きよって言ってあげたのに。好きだよって普通に返ってきただけ。
「あの・・もしもし美樹ちゃん。どうしたの? 急にそんなに改まっちゃて」
って声は、何も変わってなくて。
「まぁ・・」どう答えていいかわからないし。
「何か頼みごとがあるのかな? 遠慮せずに言っていいから。ほら・・俺たち・・その・・付き合ってみようかっていう関係なんだし」
って・・それはそうなんだけど。だから、遠慮せずに会話しようとしているつもりなのに。どうしてこんなに詰まってしまうの? あーもぅ、知美さんのメールでは、これ教えてほしいのだけどって聞けばイイって書いてたけど、教えてほしいことが思いつかなくて。
「あの・・俺から電話した方がよかった? 俺から誘うべきなのかな? 俺から聞くべきなのかな?」
やっぱり、解り会えていないというのか、私も春樹さんのコト何も知らないというのか。付き合いましょう、そうしましょう。と言ったのに。どうしていいか、何していいか、なにも解らなくて、空想とは全然違う感じ・・。と考えるけど、どんな空想してたかな私。ナニを空想してたのかも思い出せないし・・。
「あの・・美樹ちゃん」
「はい・・」と春樹さんの声が聞こえるたびに、はい・・としか返事ができなくて悲しくなるし。
「今日はもう遅いからアレだけど・・」
アレ‥? ってなにかな?
「明日は仕事の時間が合わないから無理か・・・」
ムリ・・? って何が?
「美樹ちゃんって学校はいつも何時に終わるの?」
えっ?
「平日のアルバイトとかは何曜日とか・・だから・・そのスケジュール。を、しっかりシンクロさせないと付き合うことができないんじゃないかなって、シンクロってその、シンクロナイズドスイミングってあるでしょ。二人で合わせるコト、ほら、同じ時間を過ごさないと、だから、そういうこと。俺は、土日以外の平日は夕方時間作れるから、いつでも呼び出してもいいけど」
スケジュールって・・シンクロ・・合わせる。同じ時間を過ごす。つまり、それは・・。シンクロナイズドスケジュール・・って言ったの?
「夕方、またアスパでぶらぶらしようか、お互いの気持ちを確かめ合うために」
気持ちを確かめ合う。つまり、それは・・付き合うということ。お互い会う時間を増やして、話す時間を増やして、よく知り合って、気持ちを確かめ合って、付き合うってそういう事でしょって、弥生とそんな話したかな?
「アスパのマックで5時頃なら間に合うかな。5時半なら大丈夫だと思うよ。軽く何か食べてもいいし、買い物したければ2階に上がってぶらぶら歩いてもいいし、アスパなら近いから遅くなる前に帰れるし、1時間くらいでもいいから会う時間を作ってみよう、遅くならなければお母さんも心配ないでしょ」
という春樹さんの提案は、まぁ理にかなっていると言えば適っているかな。
「こんな風に俺から電話して提案すべきなのかな・・ごめんなさい。いつも美樹ちゃんに誘われてから、そうしようかって話になってるよね。こういうこと改善します。じゃ、明日は仕事で時間合わないから、平日、何曜日でもいいから時間を合わせられる日を教えてくれる、俺たち、もう少し会える時間を増やした方がイイかもしれない」
そうですよね、もう少し会える時間を増やした方がイイかもしれない・・ですよね。でも、何曜日? 来週のシフト・・ぱっと出てこない。会える時間を増やすべきだよね私たち。そうだよね。会える時間を増やした方がイイよね。
「美樹・・どうしたの、さっきから黙ったままで。何曜日ならいいか教えてください」
といつもの春樹さんの優しい響きには。
「は・・はい・・あの・・また明日シフト確認してからにします」
って自然に反応できる私。それに。
「うん・・その・・ぎこちなくてごめんなさい・・女の子に慣れてなくて」
って、そんなわけないでしょとも思える、この、春樹さんのどことなく怯えていそうな声にも。
「うそつき・・」
ってついつい思いついたまま口から自然に声が出てしまうし。
「うそつきって・・慣れてたらもっとスマートにできるよ、こういうこといろいろと」
「スマートって何ですか? こういうこといろいろとって」ほら、私って言いたい放題モードになってるかも。春樹さんが弱気な雰囲気だから。
「だから、すらっと誘えたり、さらっと話しかけられたり、ふらっと電話できたり、ふわっと抱きしめたり・・・」抱きしめたり・・というキーワードがまた・・空想力を掻き立てた。それに、○○っと・・他に何があるかなって、真似したくて、いたずらしたくて、急に思い立つことが自然と声になって。
「しれっと嘘付けたり、ちらっと覗いたり、むにゅっと触ったり、ペロッと舐めたり・・」
って・・何言ってるの私、弱気な春樹さんの声が心のリミッターを外してしまうというか、その、また頭の中のモヤモヤした空想がまっすぐ言葉になって。
「くくくくくく・・」って春樹さんの笑い声が聞こえて。
「ナニ笑ってるのですか?」って恥ずかしさがそんな言い草になるけど。
「これからは、そんな話題もいいのかな? って。美樹ちゃんのDカップとかきれいなお尻とかをモヤモヤと思い出しても許してくれますか」
って・・オトコと付き合えば必然的にそういうこと・・というのはここ最近の弥生やあゆみとの会話で。まるで私をからかう弥生やあゆみに負けないように言い返しているかのような錯覚のまま。
「別に、思い出したければ思い出せばいいでしょ」
なんて言い放ってる私の自覚なんて何もないかもしれない。
「うん・・じゃ、遠慮なく思い出してムラムラしようかな。美樹ちゃんの眩しすぎる裸とか、柔らかくてきれいな肌をちゅっちゅしたこととか」
って急に何の話? いつかのアノ時の事? 春樹さんも私にしたこと覚えてるよね、当然。もしかして、今、同じことを空想してるのかな私たち・・。それって、付き合っているってことですか? つまり、シンクロしてるってことですか? そう思ったら。
「何を話そうかってずっと考え込んでたけど、とりあえず、電話してから話したいこと考えてもいいことなのかなって、今気づいた」
と、春樹さんの声がまじめなトーンに戻って。
「まぁ・・そうですね」と返事する私も・・そう思っているのかもしれないし。
「電話ありがと」とつぶやく春樹さんの声に。
「いいえ、どういたしまして」と答えると。
「あと・・それと・・お店で美樹・・・ちゃんのコト、アレでいいかな?」って急に話が変わって。
「アレって何ですか?」と言いながら、アレ・・が解らないのは春樹さんのコトが解っていないから? という疑問が湧いてる私。
「いや・・アレって言うのは、その・・俺・・美樹・・のコト、ほかの皆と同じようにできないというかさ・・そういうこと・・」
ってどういうこと?
「美樹がカウンターに来ると、いろいろ気になってしまうというか。最近そんな習慣ができてることに気付いてるというか」
って、そう言うことか・・確かに。私のとってくるオーダーにはいつも敏感だよね春樹さんって。
「特別扱いしてるつもりはないけど、特別な扱いしてるように見えるかな? つまり、アレでもいいのかなって・・」
という春樹さんの声が弱気だからかな。また、思いつくまま声にしてる私。 
「特別扱いはやめてください。他の皆と同じようにしてください。その・・今日だって、由佳さんも本当は春樹さんのコト好きみたいだし・・私だけに親切とかいりません。お店の中では」
そう言ってから。あっと思いついたこと。
「そうだ春樹さん・・」
「ナニ?」
「それじゃ、他の皆にも私と同じように親切にしてあげればどうですか?」
「美樹ちゃんと同じように親切・・に?」
「はい。私だけにするから、ヘンな目て見られるんですよ。チーフとかも、私が春樹さんと会話してる時って、いつもニヤニヤしてるし」
「あ・・そう・・かな。じゃ、うん・・そう言う努力をしてみようかな・・ほかの皆にも同じように親切に・・か」
「はい・・でも・・ごはんは一緒に食べたいです・・」
と言ってからニヤッとして唇を噛んでいる私。
「あぁ・・うん・・わかった・・」
と、確かに8文字しか返ってこない春樹さんの返事に。
「それと・・」と何か思いついたのに。
「それと?」といわれたら・・すぐに忘れてしまったこと・・今、私なにを思いついたのかな? と思っているのに思い出せなくて。でも、黙り込むこともできなくて。
「いえ・・何でもないです・・お話しできてよかったです・・少し春樹さんのコト解ったかもしれません」
なんて返事を無意識にしてる。
「あぁ・・そう・・うん・・それは、よかった」
「それじゃ・・また明日お店で・・おやすみなさい・・私のコト遠慮なく空想してください」
って言った後・・これって・・どういう意味? って自分で思ってたりして。
「あぁ・・うん・・そうする。じゃ・・おやすみなさい」
そうするって言う春樹さんも、私のナニを空想するのかな? なんておもうと、急に恥ずかしくなって、たから、あわてて。
「おやすみなさい」
と言って電話を先に切ったのは私の方。まぁ、どんな空想されても現実の私には何の影響もないわけだし。と思うけど。春樹さんもやっぱりあの日のコト思い出すんだなとおもったら、ヘンな気持ちもする。けど、とりあえず、結構長い時間お話しできたよね今、と自分に言い聞かせると、ほぉぉぉぉぉっと、溜まりに溜まっていた緊張が息と一緒に抜け出して、萎んでゆく風船のように気持ちがふにゃふにゃして。だけど、最後の一言だけが何度もこだましている。
「私のコト遠慮なく空想してください」だなんて、そんなこと言う予定なんてなかったのに。電話をして、お話ができて、約束ができて。夕方、アスパのマックで軽く食べてもいいし、2階に上がってぶらぶらして、アスパなら遅くならないし、お母さんも心配いらないし。つまり、そういうことをするために、スケジュールをシンクロさせて。それが、私たち・・。
「付き合い始めたってことだよね・・スケジュールがシンクロするってことは・・うん」
そう一人でつぶやいてから。
「何を話そうかってずっと考え込んでたけど、とりあえず、電話してから話したいこと考えてもいいことなのかなって、今気づいた」
と春樹さんが言ってたこともつぶやくと。確かにそうだよね、遠慮なんてしないで、電話かけてから話したいことを見つければイイんだよね。それに。
「うん・・じゃ、遠慮なく思い出してムラムラしようかな。美樹ちゃんの眩しすぎる裸とか、柔らかくてきれいな肌をちゅっちゅしたこととか」
と枕を抱いて、チュッチュされてたあの日のコト。空想が夢の中でリアルな現実になって・・。

でも、ぐっすりすぎる眠りだったなと、背伸びしながら、ものすごくすっきりと目覚めた朝。夢の中で春樹さんと何かすごいことしてたはずなのに、何も思い出せない。どうして夢って記憶に残らないのだろう。そして。
「美樹・・アルバイト行く時間でしょ、早く起きなさいよ」
と何も変わっていない日曜日が訪れて。

「いらっしゃいませようこそ何名様ですか?」
といつも通りにアルバイトしてる私。でも。出勤してきた春樹さんは。
「おはよ」
と一言だけ。
「おはようございます」
と返事したら。ニコッとするから私もつられてニコッとしても。いつものセリフはなくて。
でも。
「奈菜江ちゃん、このオーダーもうすぐ上がるから準備いい?」
とか。
「優子ちゃんこっちの単品先に行くけどいいかな。こっちはステーキ焼きあがるの待つからね」
とか。
「今日の春樹さんってなんだか優しいね、どうしたのかな? 奈菜江ちゃん。なんて言われたけど」
という奈菜江さんの意見に・・。
「私も・・優子ちゃん。って言われた・・なんか・・むず痒い」
という優子さんの意見も重なって。
おぉー・・これってもしかして春樹さんが「みんなにも親切にしてあげてください」と言った私の意見にコントロールされている? という、私的にご満悦な気分? それに。
「由佳、次のオーダー帰ってきたらドリア3つ出すけど準備いい?」
「はーい、いつでも。なによ今日は親切ね、どうしたの」
「そうか・・いつも通りだけど」
と、横目で見ていると、由佳さんに言われて照れてる春樹さんもなんだか可愛く見えるし。やっぱり、これが。つまり。「私たち、本当に付き合い始めたんだ」という実感かな?

そして、チキンピラフをつつきあう二人の時間も・・。
「美樹ちゃんの意見を聞いたらなんだか滑らかになった感じするね」
「ナメラカ・・ですか?」
「うん・・ほら・・昨日、電話で、みんなにも親切にしてあげてくださいって」
おぉ~・・そうですか・・私の意見ですか・・それって、おぉ~って感じですね。なんだか自己満足。ご満悦。そして。
「これからもナニかそう言う意見があればいつでもなんでも言ってほしいね。可愛い女の子にしか見えないものとか。可愛い女の子だけが感じるフィーリングとか」
可愛い女の子にしか見えないモノ? フィーリング? って言うのはわからないけど。可愛い女の子って言うのは、私のコト・・よね。こんな風にシレっと言われると嬉しさが倍増してるかも。それに。
「なんだかこう、美樹ちゃんにアーしなさいコーしなさいって言われたい気持ちが心地いい感じ。もっと他に何かない、アーしなさいとかコーしなさいとか」
という春樹さんの顔がなんだか嬉しそうで。だから。
「じゃぁ、私のコト、美樹って呼んでください。春樹さんがそう呼んでいいかって言ったんでしょ」と怒っているふりをしながらそう言うと。
「あ・・うん・・じゃ・・」と改めて、急に真面目な顔になった春樹さんが。
「美樹・・」と呼ぶから。条件反射的に。つつましく。
「はい」と返事すると。私も春樹さんも息が止まって・・・。1・・2・・3・・4‥5。
「あ・・やっぱり・・なんだか照れくさいね」と春樹さんの方から気が抜けて。
「じゃぁ・・ちゃんをつけてください」って言うと。
「って、どっち・・」
「どっちでもいいですよ」
「じゃぁ・・もう一度・・美樹・・ちゃん」と言われたら。何かがスイッチを入れたような。
「くくくくくく・・」なにがこんなに、どうしてこんなバカみたいな会話が無茶苦茶おかしいのだろ?
「笑うなよ」
「だって・・くくくくくく・・お腹が捩れる・・くくくく。美樹・・・ちゃん・・だって」
だめだめだめだめ・・はまっちゃった・・止められない。
「でも・・美樹って・・・美樹ちゃんって本当に、カワイイよな」
え・・笑ったまま聞こえた声に、何急にそんなに真面目になって‥どうしたの? と思うと。
「俺・・本当に好きだよ、美樹・・・ちゃんのこと。その笑ってる顔、本当に癒されてほぐされて悩みも不安も何もかも忘れてしまう。本当に、カワイイ」
重苦しい雰囲気でそんなことを言う春樹さんに。
「・・な・・何ですか急に」って息を吸い込みながら言ってる私。
「言ってみただけだよ」と照れくさそうに言う春樹さん。言ってみただけですか。
「まぁ・・ちょっと嬉しいです。カワイイって言われると」本当はものすごく嬉しいけど・・。
「そうか・・じゃぁ・・どうすれば、もっと嬉しい?」
と言われて、頭の中かなり真剣にぐるぐると脳が計算していることがわかる。そして、計算されたことが映像になって、いつものように夢を投影するスクリーンに、春樹さんと一緒に暮らしている私、私と春樹さんはいつも一緒に仕事をしていて、春樹さんがお料理を作って、私が運んで。あ・・これって奈菜江さんが言ってたあの話? どうしてお客さんはお店のみんなで、弥生やあゆみまでもが私たちを冷かしに来ている。
「美樹・・みーき・・」と私を呼ぶ春樹さんの声が遠くに聞こえて。
「えっ・・」と春樹さんの顔にピントを合わせると。
「また、空想の世界に浸っていたでしょ。最近、ときどきそうなってない? どんな事空想してるのか教えてほしいけど」
「あ・・いえ・・別に・・空想なんて・・」
私が空想してるこんな話なんて、説明するの恥ずかしいでしょ・・。とも思えるし。だからと言って。
「春樹さんと同じことですよ」
なんてこと苦し紛れに言い放ったら、きょとんとする春樹さんは。
「俺は、今・・その、美樹ちゃんのDカップを空想してたけど」
と私の胸元に視線を向けて。ふとうつむいたら、第一ボタンが外れているし。ブラの縁がチラリ。え・・っこれっていつから?
「ボタン外れてるよって言おうとしたんだけどね・・順番逆だった・・」
慌てて、ボタンをとめて。じろっとにらむと、春樹さんの顔が怯えた弱気な顔になるから。
「見たいならそう言ってください」
だなんて・・私って、いつからこんなこと言えるようになったのだろうと思う。それに。
「うん・・また・・そのうち」
確かに・・8文字の返事だね・・そんなことで会話が途切れて、怒る気もしなくなって。二人の時間もいつの間にか過ぎ去って、

そして、お互いのスケジュールをシンクロさせた日曜日のアルバイト。春樹さんがみんなに親切になったせいか、みんなの機嫌も上々で。春樹さんとは電話であらかじめそんな話をしていたせいか、アイスクリームを食べながら、優子さんや由佳さんが春樹さんが妙に親切だった今日の事を楽しそうに振り返っていても、何とも思わなくなっていて。

家に帰ってから、ご飯を食べて、お風呂に入って、ベットに入って携帯電話を手にした瞬間。プルプルと震えて、シンクロしてるってこのことかなと嬉しく思った春樹さんからのメール。
「今帰りました。今日はカワイイ笑顔をたくさん見せてくれてありがと。明日は5時半にアスパのマックでいいかな? 今からコツコツと補習しようか」
読んでから、くくくくくくって笑ってしまう、何だろこの幸せな気持ち・・。
「はい・・コツコツ補習お願いします。お礼にエビフィレオ買ってあげますね」
と返事して。エビフィレオ・・水族館に言ったあの日、そう言ってたなって思い出して。そう言えは。「俺、ジェットコースターとかに乗ったことがなくて」とも言ってたよね、私、記憶の隅々に散らばる春樹さんのコトについて、無意識に検索してる。
「よく覚えてるな・・ありがと・・おやすみ、よく眠ってよく休んでください」
そんな返信に。
「おやすみなさい(チュッの絵文字)」
と返して。ゆっくりと息を全部吐き出すと。私の記憶に蓄積された春樹さんとの思い出が検索されて。今と似ている状況が検索に引っかかり、やがて映し出された映像。あの日、ここに春樹さんがいて。話してくれたこと。
「偉大な発見も、偉大な発明も、偉大な新記録も、本当はずーっと昔からそこにあって、一番最初に到着した人に拾われることを待っているものなんだって」
「よくわからないかも・・」
「うん、宇宙に行きたいって思う気持ち、こうすれば行けるよって、そんな夢が俺を待ってくれている、もう少し歩けば、そこにたどり着けるところで俺を待ってくれているんだ。だから、俺は今歩いている。少しずつだけど。いつか、宇宙に行って、みんなの夢を全部叶えてくれる流れ星を、夢の数だけ飛ばしてみたいね、この手で、そんな夢が俺の到着を待ってくれている、もう少し歩けば、たどり着けそうだから、俺は努力しているんだよ、本を読んで、秘密を解き明かすカギを探して、見つけて・・鍵が開かないときは、また考えて。いつかそこに到着したら、俺の夢が詰まった箱をこの手で開けてみたい」
でも、その箱を開いた春樹さんが、箱の中から抱き上げたのは・・誰? 

また、起きたら全部忘れてしまう夢。背伸びしてあくびして。最近、よく眠れるな、とも思う。なんとなく目が覚める前に感じた不安も。
「おはよ」と3文字のメールが届くだけで解消されて。
「いい夢見ましたか」と続けて届いた8文字に。
「見ましたよ」と返した。
「どんな?」
「ヒミツ」
「気になる」
「あとで」
「はいはい、それじゃ、夕方にね」
「うん」
何だろう、このくすぐったい、幸せな気持ち。付き合ってるという実感かな・・これって。
「美樹、学校行く時間でしょ、早く起きなさいよ」
「はーい・・もぅ・・起きてるわよ」
もう一度背伸びして、いつも通りのスケジュールが始まる朝。でも今日は、春樹さんと重なる部分がある。つまり、シンクロナイズドスケジュール。そう思うと、ふふふふふ。と笑い声が出た。
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