チキンピラフ

片山春樹

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シャイでナイーブな男の話

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「美樹、これからはそう呼んでもいいか?」
と春樹さんの声が耳元に優しく響いて。私・・どうして。
「・・・はい」って言わなかったのかな? それに。
「美樹、俺、お前の事好きだよ」
と春樹さんの声が耳元で想く響いて。そう、重くではなかった。本当の想いがしっかりと伝わってきた想い響きに。私・・あのとき。
「はい・・私も好きです・・」
って、どうして言わなかったの・・。どうして拒否しちゃったの? どうして春樹さん、寂しいとか、うまくいってないとか、そんな言い訳したのよ。あの言い訳さえなければ、もそもそとおっぱいを持ち上げた手を払いのけたり、肘で突き放したりしなかったのに。と思い返しているのに。今この瞬間の私は、ゆっくりと春樹さんに振り返りながら。
「はい・・私も好きです・・」
って、言ってしまったことになっているかのように。どうして無抵抗で、目を閉じて、唇をこんなに突き上げるように捧げて。春樹さんも私の唇にチュッて唇を重ねて、ちゅっちゅって音を立てながら上唇を吸って、下唇を吸って。私の肩を両側から押さえつけて。身動きできない私の唇をちゅっちゅって優しく噛んで、まだ私の唇を吸い続けている春樹さん。いつまでそうし続けるのですか?
「キスってそんなに長い時間できるものでもないね」
って知美さんは言ったのに。とうして、まだ終わらない、息継ぎをしたいのに、魂を吸い取られているかのように意識が遠のいて、もう私の意識は私の体を動かすことができなくなっている。だから? お姫様抱っこされて、私。どこに連れていかれるの・・。
「美樹、もう大丈夫だら、安心して、ほら、怖くないでしょ、ほら、ゆっくり息をして、ゆっくり吐いて、一度止めたら、ゆっくり吸って。ね、もう大丈夫」
春樹さんは、大丈夫って、怖くないでしょって、安心してって言ってるのに。どうして、私を裸にするのですか? それに、裸にされているのに私は何も抵抗できないし、手も足も指先も動かすことができなくなっていて。
「美樹、許して、気持ちを抑えきれない」
そう言いながら私を優しく押さえつけた春樹さん。あ・・これって、あの時のシーン・・私、あの瞬間に戻ったの? もう一度やり直せるの? だったら、今度は蹴っ飛ばしたりしないから。春樹さん、もう一度言って、私の事好きって。さっき言ってくれたこと、今この場面で言うべきじゃないですか、そう願っているのにどうして。
「美樹、イヤだったらイヤって言って、ダメだったらダメって」だなんて。
違うでしょ、そうじゃないでしょって思っているのに。
「言いませんよ、イヤだなんて、ダメだなんて」そう言ってしまう私。
もう、そんなことは言わなくてもいいから、好きだって、さっきみたいに、想いのこもった響きでささやいてよ。ほら、春樹さん、私の事好きってもう一度言って。でないと、また蹴っ飛ばしてしまうかもしれないから。そう思っているのに。春樹さん、無言のまま、どこを触っているのですか? ナニを舐めているのですか? そこをチュッチュっと唇で噛む前に好きって言ってください。そこをぬるぬるした指先で撫でる前に好きって言って。ほら、好きって言ってって言ってるでしょ。私、それ以上触られたら、それ以上舐められたら、体から抜け出ちゃった魂が・・。あぁ・・。体に戻ってこれなくなって。私はもう、ダメですって言えない。イヤですって言えない。そこは・・あん。あっ・・意識が遠くなって、もっと遠くから。
「美樹、・・・」と私を呼ぶ声。気が付くと。場面が変わってる。
私を後ろから優しくハグしている春樹さんの声が耳元に聞こえて。
「はい・・」返事しながら振り返って、好きだよって言いますか? 好きって言ってくれますか? 早く私の事好きだって言って。と思いながら唇を差し出している私。なのにまた。
「ごめんなさい」って。
ごめんなさい、じゃないでしょ。ごめんなさいって言わないでよって言ったでしょ。
「弥生ちゃんとイチャイチャしてること」
えっ? どうして弥生とイチャイチャ・・って。私がそう言ったからですか? 今日は弥生の相手してあげてくださいって言いましたけど、どうしてまだいちゃいちゃしてるの?
「もう、春樹君、マヨネーズがついてるでしょ。ちゅっ」
って、どうして弥生と? 今春樹さんがキスしてた相手は弥生だったの? 春樹さんがチュッチュッしてるのは、どうして今度はあゆみの大きなおっぱい? あ・・これって夢だ。私、またヘンな夢見てる。 
「そうでしょ春樹さん、また夢ですよねコレ」って聞いたのに。
「夢じゃないよ、美樹、どうしたの? お前にアレコレ言われるとほっとするんだ、ほら、アレコレ言ってよ、最近うまくいってないんだ、寂しいんだ。だから、アレコレ言って」
ハグされたまま、そんな返事。夢じゃない? だとしたら。
「それじゃアレコレ言いますよ、知美さんと別れてください。別れて、私の彼氏になって、私の恋人になって、私のお婿さんになって」
そう、アレコレ言ってるのに。
「それは、できないよ。あいつには俺しかいないんだ」
それは、前に言ってた言葉。でも、今は違うでしょ、私、知美さんに聞きましたよ、知美さんにはその言葉伝えてないのでしょ。振り向いて顔を見上げたら、春樹さん、どうして黙るのですか?
「アレコレ言えって言ったの春樹さんでしょ、他にナニをアレコレ言えって言うの?」
って、言ったら。
「もぉ、春樹さん、アーしなさいって言ってるでしょ。それはダメでしょ。コーしなさいって言ってるでしょ。それもダメでしょ。まったくカワイイんだから、はい、ここにごろにゃんしなさい」
って、お母さんの膝を枕にしてる春樹さん、どうして? お母さんにごろにゃんって甘えるの? お腹なでなでされてるの? どうしたんですか春樹さん。春樹さん。どうして猫になっちゃうの? お腹をなでなでされてる、お母さんの膝の上でバンザイしてる猫・・みゃあ じゃないの? 久しぶりに見たかも。それに、みゃあって男の子だったっけ? お団子のような毛玉のような二つのたまたま、春樹さんと同じものが付いているんだねって・・。えっ? 

「美樹、アルバイト行く時間でしょ、早く起きなさいよ」
と言う声に、また・・起きたら忘れてしまうヘンな夢にうなされていた私。目をこすりながら、さっきまで見てた夢を思い出そうとするのに、なぜかなにも思い出せなくて。
「ほら、早く食べて、どうしたの眠そうな顔して、また夜更かししたの? 春樹さんになにか言われた?」
って、そう言えば、昨日、「俺お前の事好きだよ」って言われたことは覚えてる。けど、それ以上はなにも言われてない・・はず・・夢の中で何か言われた? と思い出そうとしても、なにも思い出せないし。
「ほらほら、元気な顔しないと、春樹さん寂しがってるんでしょ」
寂しがってる・・だなんて、
「何で知ってるの・・・」って、そう言えば、昨日私が言ったんだったね。
「美樹がそう言ったんでしょ、後ろからハグされて、好きだって言われたのに肘鉄で払いのけて拒否してたじゃない。見てたんだから」
って・・それは、夢ではなくて現実の話? 今って現実? まだ夢? どうしよう、私、自信がないかも。
「拒否しただなんて、あーゆーことした後って、ちゃんとケアしてあげないと、春樹さんも傷ついてたらどうするの。男の子って女の子より繊細で傷つきやすいところあるんだから。ほら、早く食べて元気な顔で、私も好きよって言ってあげないと」
「って・・そんなこと」どうしてお母さんに言われなきゃならないの?
「知美さんとうまくいってないならチャンスじゃない」
「って・・そんなこと」どうしてお母さんに言われてるの私? まだ夢見てる? 
「昨日はあんなこと言ったけど、って、本当はって。お母さんからのアドバイスよ」
アドバイスだなんて。と思いながらご飯を食べ始めると。
「そう言うこと、まだどうしていいかわからないのでしょ。男の子に好きだなんて言われたら、どうしていいか」
「まぁ・・」そうだけど。毎日毎日同じ卵焼き、最近はまぁまぁ美味しい・・。
「試しに、私も好きよって言ってあげれば。た・め・し・に」
大きなお世話でしょ。と思ったけど。「試しに」ならいいかもしれないと思い直してると。
「それとも、前も言ったけど、ちゃんと振られた方がイイかもしれないし、私の事、もう構わないでください。つきまとってごめんなさい、知美さんと仲良く暮らしてください。って言う?」
ムリに決まってるでしょ、そんなこと。いや、それっぽいことはこないだ言ってしまったかもしれない。とお箸が止まって。
「ほら、早く食べて、そういうこと、さっさと決めないまま、ずるずるだらだらしてると不完全燃焼して・・」
不完全燃焼して? どうなるの? 
「まぁ・・まだ17歳の美樹には関係ないか・・」
って、無茶苦茶気になるのに。どうしてそんな区切り方するのよ。それに。
「あーあ、春樹さん、私がもう少し若ければねぇ。二十歳のころに戻りたい・・あんなカワイイ男の子、どうして私が二十歳の時に登場してくれなかったの。なんてお父さんに聞かれたら困るわね・・黙っててよ・・ほら、早く食べなさいよもぅ」
って、お母さんはぶつぶつとしゃべりながら先に食べてしまって、食器をかたずけ始めて。それに、話がそっちに反れるとまた何も言えなくなってしまう私。食べれないのはその・・また急に全く関心がなくなったかのようなお母さんの背中。・・もしかして、今の全部、独り言? だったの。とりあえず。もぐもぐと食べて。
「ごちそうさま」と言うと。さっきまで何話していたかも忘れてしまいそうな雰囲気で。
「今日も6時までなの? 晩御飯は?」と聞くから。
「うん・・帰ってから食べるつもり」と返事して。
「はいはい」
それで朝の会話は途切れた。

そして、いつものように土曜日のアルバイト。何もかもがいつもと同じようで。これがマンネリってヤツかなと思いながら。いつも通りの時間に無意識に時計を眺めたら、すぐに春樹さんのオートバイがお店の前を駆け抜けて。
「美樹ちゃんおはよ」といつもどおりの挨拶。
昨日は、「これからは美樹って呼んでいいか」って言ってたから、そう呼ぶのかなと思って期待していたのに。ちゃん付けで呼ばれたから。なんとなく残念な気持ちもして。それに、何か一言足りなかったような・・だから。
「おはようございます」と視線を一瞬だけしか合わせられない私の返事。
それに、なんとなくいつもと違うなって気付いたのは。お料理取りに行ったとき。
「5番のオーダーいただきますね」
と伝票とお料理を合わせてながら。いつもは「それで全部かな?」とか「帰ってきたら次のオーダーできるから」とか「ナイフとかフォークとか用意はできてる」とか、春樹さんが何かしら一言声をかけてくれていたのに・・。
「5番のオーダーこれで全部です、ありがとうございます」
と言ってるのに。
「はーい、ムリせず気を付けて持ってけよ」
と言ってくれたのはチーフで。春樹さんは背を向けたままガチャガチャとフライパンを振っている。アレっ? という気がして。次のオーダーを取りに行った時も、やっぱり、いつもの一言がなくて。その次も、ずっと、やっぱり、おかしい? でも、由佳さんがお料理を取りに来た時も。 
「3番のオーダーいただきますね、ありがとう」
とだけで。奈菜江さんも。
「2番でーす。どうもありがと」
だけで。それと言った会話があるわけではないのだけど。なんとなく感じてる、いつもとの違い。春樹さんの背中をじっと見つめても、こないだは何かが通じてるかのように振り向いてくれたのに、今日は、なかなか振り向いてくれないし。もしかして。昨日の一件? 私が春樹さんの事、肘で拒否したからですか? もしかして、怒ってますか私の事。もしかして嫌われましたか? 私、嫌われたの? そう思い始めて、思い出すことは、昨日の、春樹さんの顔。
「知美は今日も遅くまで帰ってこないけど、知美さんの所に帰ってくださいって言われる前に、知美さんの所に帰るよ。じゃ、おやすみなさい」
ヘルメットの中から、ニコッと微笑んでくれたのは間違いないけど。いつものウィンクも確かに覚えているけど。やっぱり、アレは、もしかして、私への決別の言葉? というか、私が先に春樹さんに決別の言葉として使ったのかも・・そう考えると。そうかもしれない気持ちがどんどんと膨らみ始めて。出来上がったお料理を取りに来るたびに振り向いてくれない春樹さんの背中に感じる。やっぱり、春樹さん私の事・・もう関心がなくなった? それって何か解らないけど、振り向いてくれない背中が、こんなに息が詰まりそうになる感情を呼び起こしてる。でも、春樹さんがこうなったのは、私が原因? いや、そんなことはない、春樹さんが悪いんでしょ。でも、肘で拒否したのは私だし。でも、あんな言い訳言ったのは春樹さんだし。私のセイ? 春樹さんのセイでしょ。そんな思いがいつもの無限ループになってぐるぐるしている。そうこうしているといつのまにか。
「美樹、そろそろ二人の時間だけど、休憩先に行く?」
と由佳さんの声に、もうそんな時間ですかと振り向くと。チラッと目が合った春樹さん。ニコッとしてくれたけど、それは、いつもの笑顔ではないような気がし始めて。
「え・・あの・・」
いつもなら、こうしてもじもじしていると。「美樹ちゃんいつもの?」と声をかけてくれるはずなのに。今日は、春樹さん、私から視線を反らせて、知らん顔してる。やっぱり、私、嫌われましたか? どうしたんですか春樹さん、急にそんな態度・・。そうオロオロしてる私に。
「どうしたのよ、遠慮しないで行っておいで」と由佳さんの声。
「は・・はい、それじゃ、先にいただきます」と返事したら。
「じゃ、美樹が二人の時間とるから」といつも通りのニヤニヤしたいやらしい流し目を。
「はいはい、引き継ぐものある」と言う奈菜江さんに向けて。
「いえ・・一応私のオーダー全部さばけてます」
「はいはい、じゃ、心置きなく行っといで、二人の時間。いいなぁ。ぷぷぷ」
そんな笑わなくてもいいでしょと思う、二人の時間・・誰がそう言いだしたのよ、奈菜江さんか由佳さんに決まってるけど、と思いながら、カウンターから見つめる春樹さんの横顔は・・やっぱり、いつもと違う。タイミングとか、雰囲気とか、仕草とか。いつもは、この瞬間、嬉しそうにニコニコしながら、私に話しかけてくれるのに。今日は。
「あの・・春樹さん」
と声をかけるまで反応がなくて。もう一度声をかけようとしたら、ようやく振り向いてくれたから。
「休憩します」と言ったら。
「あら、もうこんな時間、チーフ休憩もらっていいですか?」
なんて言葉、初めて聞いたかも。それに。
「アレ、今日なんか時間ずれてるな。もうこんな時間だって。おぅ、行ってこい」
と言いながら私を見つめたチーフの顔も、どことなくいつもと違うような。どう違うのかなと考えていると。
「いつもの? 一緒でもいい?」
といつも通りの言葉で私に聞いた春樹さん。一瞬してから。
「美樹」
と呼ぶ声に、ドキッとして。
「は・・はい」と返事した私に。
「いつもの? 一緒でいい?」
ともう一度聞いた春樹さん。私の顔をじっと見つめて。ニコッとしてくれるけど、やっぱりいつもと違う、この微笑みは、いつも私だけに見せてくれていた微笑みではなくて、他の娘たちにも見せる普通の微笑み。のような気がしたけど。
「は・・はい・・いつもの・・一緒で」と返事したら。
「はいはい、すぐできるから、お水くんで裏で待ってて」と言う。
この雰囲気はいつも通りのような気がして。
「はい・・」
とうなずくと、うんうん、とうなずきながらフライパンをガチャガチャ振り始める春樹さん。の背中を見てから、お水を汲んで、裏で待つことにした。
そして少しして。
「はい、お待たせしました、愛情たっぷりのチキンピラフ、お召し上がりください。お姫様」
と座って待ってる私の前に、スマートな仕草でコトンとお皿を置いてくれる春樹さん。見上げると、優しく笑みを浮かべて、やっぱり、いつも通りかも。と思える仕草。だけど。目を合わせることに戸惑いを感じているのは私、チラチラと顔を見ても。春樹さんはニコッとするだけで、何も話してくれないし。私から何か話すべきかなと思っても、何を話していいのか。お母さんは試しに「私も好きです」って言えばって言ってたけど。試しにそんなこと言って本当に振られたらどうしようという気持ちもするし。でも、昨日、拒否したのは春樹さんがあんないいわけを言ったらでしょとまだ思っている私。それに、知美さんがアメリカに行ってる事話題にするのはちょっと怖いかもしれない。私と知美さんがひそひそと会っていることばれるのも怖いし。「知美さんって、今アメリカに行ってて、春樹さん一人なのでしょ」だから寂しいのだとしたら。
「また部屋にくるか」と言われて。そのまま。
「こないだの続き・・・する? 入れるよ」って。言われたら。私、ハイって言っちゃうかな・・・。だなんて、私、なに空想を普通にし始めるのよ、いつもいつも、最近そんなことばっかり考えてる。と気付いたこと思っていたら。
「食べないの?」
と聞いた春樹さんに、ドキッと慌てて。
「い・・いえ、食べます」
そう返事して、がつがつスプーンですくったチキンピラフを口に放り込む私に。
「今、何か考え事してたでしょ?」
と聞いた春樹さん。の顔を見て私、一瞬の躊躇の後、慌てた返事。
「い・・いえ、別になにも」と首を振りながら、パクパクモグモグしながら、私を見つめている春樹さんの視線、私が今ヘンなこと考えていること見つけてしまいそうで怖いから。慌てて、視線を合わせないようにうつむいて。がつがつ食べていると。
「ところで、昨日は、弥生ちゃん、恋人さんと仲直りできたのかな」
そんなことを話し始めた春樹さん。続けて。
「そんな理由だったんでしょ」と聞くから。
「え・・うん・・まぁ、でも、何も聞いていませんから、月曜日に学校で聞いてみます」
そう返事したらしたで。
「うん・・」
と、会話が止まってしまって。知美さんも言ってたと思うけど。この沈黙に感じるのは、春樹さんって結構無口。「あの子、言えば何でもしてくれるのだけどね」とも言ってたけど。ナニをしてほしいのか、ナニをどういっていいかもわからないし。それより、やっぱり、春樹さんが何もしゃべろうとしないのは、昨日の私の肘で拒否したあの一件のせい? とまだ思っていると。急に立ち上がった春樹さん、更衣室に入って、本をもって出てきて。無言で読み始めた。そう言えば、以前はこうだったね。私がちょっかい出す前の春樹さんは私の前で真剣な顔でずっと本を読んでいて。私は邪魔しないように静かにしていたことも思い出すけど。やっぱり、私、嫌われたのかな? こないだまでは本より私の方が大事だったからいろいろお話してくれたり、肩を揉み揉みしてくれたのに。今は、私より本の方が大事になったってことだよねこれ。昨日は、私を後ろからふわっとハグして。
「美樹、俺お前の事好きだよ」
って言ってくれたのが、まるで別人のようにも思えて。
「知美さんとうまくいってないなんて理由で、そんなこと言わないでください」
って言った私も、アレって本当に私の記憶なのかなと思っている。
「ごめんなさいって言うものやめてください。余計なことは言わなくてもいいから、大事なことだけ、言ってください」
昨日は、あんなことをあんなにはっきりと言えたのに、今は、「あの・・」と声をかけるコトすらできなくなっている。カサカサとページをめくる音と、大きく息を吸って、ふーっと吐いてる春樹さんのまじめな表情が、私をもっと何も言えなくしてしまっているような。また、どうして、急に、こんなに態度が変わってしまうの? と思い始めた時。お母さんの言葉が頭の中でこだました。
「大人っぽくなった美樹の事、あの子、もっと好きになっちゃうかもね、っていう意味よ」
大人っぽくなった私を、もっと好きに・・。「美樹、俺お前の事好きだよ」 昨日の春樹さんの声とお母さんの声がぐるぐるしながらだんだんと重なって。ピンっと感じた。もしかして、私、まったく正反対の事を思い込んでいる? 好きだから怒ってしまうこと。弥生がしたあんなことに、怒りたくなるのは嫌いになったからではなくて、好きだから。それと同じ、春樹さんの態度が急に変わったのは、春樹さんの意識が変わったから? 私の事を好きになったから。そうなのかなと思い直しながら、私を見つめていない、本を読んでいる春樹さんの目をじっと見つめると。視線を反らせたまま気が付いたように、春樹さんは本を少しだけ上に持ち上げて顔と目を隠した。そして。
「あーあ、春樹さんも、だらしないのね、もう少し しゃん とした男の子だと思っていたのに、まぁ、しゃん とした男の子なんてこの世にいないか・・」
と、お母さんの声がまた頭の中でこだまして。だらしないのね、しゃん とした男の子なんてこの世にいないか・・。ということかな、春樹さんのこの態度。と、なんとなく納得してしまったような気持がしている。これは、私の事キライになった態度ではなくて。私の事もっと好きになった態度なのかも。だとしたら・・どうすればいいんだろう・・。
「拒否した後のケアしてあげないと、春樹さんも傷ついてたらどうするの。男の子って女の子より繊細で傷つきやすいところあるんだから。ほら、早く食べて元気な顔で、私も好きよって言ってあげないと」
お母さん、そんなことも言ってたね。と思い出したけど。だから。
「私も好きよ」
なんて心の中でリハーサルできても声になんて絶対できないような。
「た・め・し・に・・・私も好きよ、春樹くん」
ムリムリムリムリ。絶対ムリ、それに、そういうことを言わせないように。春樹さんは本で顔を隠している。という言い訳も思いつくし。だから、やっぱり、ナニをどう言っていいかなんてわからないし、そんなことをぶつぶつ考え込んでいたら、あっという間に休憩時間も終わって、あっという間にアルバイトの時間も終わって。さらに、もう一日。日曜日も同じパターンで頭の中、同じことがぐるぐるしている内に、あっという間に過ぎて行ってしまった。チーフの言葉じゃないけど、私の時間も無茶苦茶ずれている。

そして、月曜日。学校で。
「美樹オハヨー」
って、いつになく元気な弥生が。
「あーもぉ、春樹さんっていい人ね、春樹さんの一言で私たち、なんかこう仲直りできちゃった」
と、いつにない笑顔でそう言って。
「はぁぁぁ・・そぉ」
といつもながらにため息交じりの返事をする私。
「恋人なんでしょ。大事にしてあげないと。ね・・ね。最後の・・ね・・が頭から離れない。あーんもぅ、春樹さんのバカバカ」
バカバカって・・。続けて言いながら、どうして合わせた手をくねくねしながら、こんなにうっとり.・・のろけているのよ。と思っていたら。
「照れちゃった。私たち。あの春樹さんの・・ね・・に」
だなんて言う弥生の幸せそうな顔。あぁそうですか。そのおかげで私は今こういう気分で、思い出してしまうのは春樹さんが言ってた「ジェラシー」の意味。
「確かに、弥生の相手をしてくださいって言いましたけど、あんなにべたべたする必要ないでしょ。弥生も、イチャイチャしたいって言ってたけど、あんなこと・・マヨネーズをちゅっだなんて」
あの時、私、相当ムキになってた。怒りに任せて春樹さんにあんなこと言ってた。そう回想しながら。そんなムキになってた私を見ながら。
「くくくくくく」っと笑ってた春樹さんを思い出して。どうして笑ってたのだろう、とも思う。
「なにが可笑しいのですか?」とムキなまま聞いたとき。
「うん・・可笑しいのではなくて、嬉しい気持ちがする」と言ってたよね。そして。
その後だ。
「これからは、美樹って呼んでいいか」
と、唐突に。そして
「俺、お前の事好きだよ」
今思い返すと、あんなにムキになっていたタイミングの悪さも原因だと思う。ふわっとハグされてたことは確かだけど、心ときめく準備は全然できていなかった。それに、好きだよって、あの優しい一言。だけだったらよかったのに。寂しいとか、うまくいってないとか。そんなことさえ言わなければ、もそもそと触られるまま触らせてあげていた・・はずなのに。肘で突き放したりしなかった・・はずなのに。あーまた、春樹さんのせいでしょ。という気持ちと。私が悪いのかな。という気持ちが、心の中で戦い始めた。だから。
「はぁぁぁぁぁぁ」とため息吐くと。
「どしたの? すんごいため息ね」と弥生が言うから。
「弥生のせいでしょ、あんなことするから」
と自然に言い放ってしまう、マヨネーズをちゅしたこと。でも。
「えー、あんなことって何のこと、私何かしたっけ?」
だなんて、ポカーンと返事するから。弥生ってとぼけているのか、忘れているのか、まったく気にかけていないのか。と私も言い返せなくなっているけど。やっぱり、思い出すとイライラしてしまう気分が自然と声になってしまうあのシーン。
「マヨネーズ、ちゅってしたでしょ。あれって・・・」と、言い出したら、またイライラし始めてしまって、それ以上はどう言葉を組み立てればいいかわからなくなるし。
「マヨネーズ、ちゅ? あー、あれ」
だなんて弥生はまだとぼけたままで。私も、どうしてあのシーンにこんなに腹が立つのか。そう思っていると、弥生は続けて。
「そう言えば、マヨネーズついてますよ、ちゅって・・あれってさ、あの時なんか春樹さんって全然他人の感じしなかったから、なんかこう、弟にしてるみたいな、あいつにもしてるかな、なんかこう、日ごろの癖が出ちゃったというかさ・・えーもしかして、美樹って私にヤキモチ妬いてるの」
ヤキモチ妬いてるのだなんて・・妬いたわけじゃないけど。妬いてるのかなこの感情。
「もう美樹って、なんで私にヤキモチ妬くのよ」
「ヤキモチって・・」
「別に私は春樹さんとイチャイチャしたのは、あいつに仕返ししたかっただけで、そんな美樹にどうこうしたかったわけじゃないし、もう」
「でも・・・」なんだろう、本当にこんな煙が燻ぶっているような気持ち。
「そんな顔しないでよ。春樹さんには感謝してるし。また思い出しちゃう。大事にしてあげないと、ね・・ね・・ってあの響き。無条件で、はいって言っちゃうよもう」
なんて言いながら、一人でおのろけてる弥生の笑顔に、はいはい。まったく、私がこんな気持ちなのは、弥生のせいでもあるわけで、春樹さんのせいでもあるわけで、私のせいであるわけ・・ではないと思い始めながら、授業中も、ぶつぶつと。春樹さんのセリフがエンドレスに頭の中で響いて。
「美樹って呼んでいいか。俺、お前の事好きだよ。寂しくて。うまくいってなくて。お前にアレコレ言われると気持ちが落ち着くから」
春樹さん。あれって、私に本当の気持ちを言ったのかな。お前の事好きだよ。って。私のヤキモチに春樹さんはくくくくって笑って。
「可笑しいのではなくて、嬉しい気持ちがする」
そう言ってからだったかな。お前の事好きだよって。なのに。
「知美さんとうまくいってないなんて理由で、そんなこと言わないでください。ごめんなさいって言うのもやめてください。余計なことは言わなくてもいいから・・大事なことだけ、言ってください」
やっぱり、弥生があんなことして。春樹さんが私の事好きだって言って。なのに、あんな言い訳するから。私・・受け入れられなかったんだ。はぁぁぁってまたため息が止まらないまま、あっという間に授業が終わってしまう。
そして。お昼休み。
「あー美樹、美樹、もぅ、朝から探していたのに、どこにいたの」
と大きな声で私を呼んだのは。あゆみか。どこにいたのって、ずっとここにいたけど。とあゆみの顔を見上げると。あゆみは唐突に。
「また春樹さんからメールあってさ」
なんてことを言い出すから、目がぎょっとしてしまって。なんで? 春樹さん、今度はあゆみに? と思ったら。
「これ見てよ、まったく、私、美樹と春樹さんを取り持ってるわけじゃないんだから」
と言いながら見せてくれた携帯電話の画面。
「あゆみちゃん、美樹ちゃんの様子どう? なにか変わったこととかないかな?」
と書かれていて。その上には。
「最近、美樹ちゃんと話した?」とある・・。これって夏休みのあの時の、と思い出すけど。
「ナニコレ? こないだに続いてまたこんなメール」とあゆみがうんざりと続けて。
「美樹の様子だなんて、自分で聞いてよって、春樹さんがメールくれたから、えぇって思って開けたら、また、こんな内容だし」
そう言えば、こういうことが前にもあったような。私の事を確か優子さんにもメールで聞いてたことがあった、と思い出して。
「美樹って、春樹さんとどうなってるの?」
どうなってるって言われても。まぁ、こないだ好きって言われて、拒否して。拒否したけど、それは嫌いだとかそう言う意味ではなくて。私は春樹さんの事、間違いなく好きでいるのに。とまた考え込んでいたら。
「ったくもう、そういうことは自分で聞けばいいでしょ。ねぇ」
とつぶやいたあゆみは。
「美樹も自分で話してよ」と言いながら携帯電話を操作しながら。
「はい、送信」
って、ナニを送信したの? 春樹さんに送った? と慌ててあゆみの携帯電話に手を伸ばすと画面には。
「そういうことは自分で聞けばいいでしょ」
と書かれていて。
「どうしたの、送っちゃまずかった?」と聞くあゆみは私の慌てた顔を見ながらニヤッと笑って。
「やっぱり、うまくいってないの? 私にもチャンスがある」
あるわけないでしょ、とも思いながらも。今度はあゆみにやきもち焼きそうな私。と思いながら黙っていると。
「あれ、春樹さんって反応早いね」
とつぶやきながら携帯電話の画面を見つめるあゆみは、一瞬止まって、私の顔をじっと見つめた。ことよりも、春樹さん・・私には全然反応鈍いくせに、なんてことも思いながら。まだ止まっているあゆみに。
「どうしたの? ナニ?」
と聞いたら。あゆみは何も言わずに携帯電話の画面を私に見せて。そこには。
「美樹ちゃんに嫌われたかもしれなくて、自分で聞くのが怖いというか、忙しいところヘンなメールでごめんなさい」
と書かれていて、内容を理解するのに少し時間がかかったことを自覚している私。のほうが止まってしまって。
「ホントに、何かあったの?」と深刻な顔で聞くあゆみに。
「え・・・」とどう答えていいかわからない私だけど。
頭の中、回路が勝手に想像を始めたこと。春樹さん、どうしてそういうこと私に聞かないの? 嫌われたかもしれなくて、自分で聞くのが怖いというか・・って。どういう意味? というか、そう言う意味。自分で聞くのが怖い・・なぜ? 嫌われたかもしれないと思っているのですか? やっぱり、私が払いのけたから? 肘で突き放したから? それよりも、そんなことをどうしてあゆみの携帯電話にメールするの? そんなことをぶつぶつ考え込み始めたら。
「あーここにいたの、ご飯食べた?」と弥生が現れて。話がややこしくなりそう。という気がしてる私にはお構いなく。
「あー弥生いいところに来た」というあゆみ。
いいところって? どういう意味? と思うことを。
「いいところってナニ?」とあゆみに聞く弥生に。
「美樹と春樹さんがなんかこう、ヘンなことになってるみたいでさ、ほら」
とあゆみは携帯電話を弥生に見せて。ちょっとやめてよ、と思ってみても、体が全然動かない私はじっとしたまま黙っていると、メールに目を通した弥生は、一瞬で内容を理解したような。
「ぷぷぷ・・・」という笑い方。と。なんだか 恥ずかしいような気がして、もっと何も反応できないでいる私。
「美樹ちゃんに嫌われているかもしれなくて自分で聞くのが怖い。あーあ、美樹ってもしかして、私にヤキモチ妬いて春樹さんに冷たく当たったの?」
え・・どういうこと。
「って、どうゆうこと?」とあゆみも同じことを聞いて。
「なんとなく確信できそう。そんなメール書く人なんだ春樹さんって」
と答えた弥生と。
「確信? そんなメール書く人?」と私の疑問をたずねてくれるあゆみに。
弥生が勝手に話し始めたこと。
「こないだ美樹に頼んで春樹さんとちょっとイチャイチャさせてもらったの。あいつがさ、あいつってまぁ私の彼氏の事だけど。美樹が春樹さんの彼女をお店に連れてきて、その人無茶苦茶綺麗で、あいつがデレデレしてるの見て私イライラしちゃってね、その仕返しに私も春樹さんにデレデレしてみたのよ。まぁ、私とあいつは春樹さんの一言で仲直りできたのだけど。私が春樹さんとイチャイチャしてたこと美樹がやきもち焼いて、春樹さんにプンプンしてる。そう言う構図でしょ」
そう言う構図・・と言えば、そう言う構図なのかもしれないけど。とうつむいたら。
「で、美樹がプンプンしてるから、春樹さんは嫌われたのかもしれないと思い込んで、私にメールした。美樹ちゃんの様子どう? なにか変わったこととかないかな? 美樹に聞くのが怖い。えぇー、春樹さんってそんなにシャイなの?」
と笑い始めるあゆみに。
「シャイってナニ?」と聞いてしまうこと。
「恥ずかしがり屋さん。ナイーブともいうのかな」
と弥生が答えてくれたけど。今度はまた知らない言葉。
「ナイーブ? ってそれもナニ? 時々聞くけど」
「ナイーブは、子供っぽいとか幼いとか、フランス語。日本では繊細とか傷つきやすいとか良い意味でつかわれるようだけど、本当の意味は相手をバカにする言葉よ」
と説明してくれる弥生。それより、子供っぽい・・幼い・・繊細、傷つきやすい。お母さんも春樹さんの事そんな風に言ってたかな。
「もう、美樹もそんなくだらないことでプンプンしたりしないで、春樹さんにちゃんと言ってあげれば」っていわれても。
「ちゃんとって・・何を」
「えぇー、好きなんでしょ。春樹さんもこんなメールするくらいなら、美樹の事相当好きなんじゃないの。それに、美樹に直接聞くのが怖いだなんて、あーあの人がそんな人だなんてね、なんだかカワイイかも」
って、それも、お母さんと同じことを言っているような弥生。だけど。
「えぇー、それってカワイイの? 私的には、なんとなく幻滅な感じだけど、あの春樹さんがそんな人だなんて」
「まぁ、アクティブとパッシブのせめぎあいと言うか、人それぞれと言うか」
とつぶやく弥生に、また、知らない言葉。と思っていると。
「アクティブ? パッシブ? ってナニ?」とあゆみがたずねて。
「ボールを投げる人がアクティブな人。受け取る人がパッシブな人。つまり、春樹さん、アー見えて、パッシブ、受け身的な男の子って意味。きっと、あの人、お母さんみたいな女にアーしなさいコーしなさいって言われる方がイイのかもしれない。そんな性格。だから、お母さんみたいな女に告白なんて絶対できない男」
って、弥生の説明に、確かに、春樹さんにはそんなイメージがピッタリのような気がした。けど。
「じゃぁ、アクティブの方は?」
「うーん、アクティブは、パッシブの反対だけど。あいつ、私の彼氏はアクティブな方かな。押しが強い男と言うか、猛烈アタックしてくる。好きだ好きだと下手なりにあの手この手で私を口説いたあいつはアクティブな男かもしれないかな」
「じゃ、弥生は、アクティブな男に口説かれたパッシブな受け身の女?」
「なわけないでしょ。確かに私があいつのアタックに折れるまでは、受け身でそうだったかもしれないけど、今はアーしろコーしろってあいつを操縦してるのは私だし」
「あいつを操縦してる・・・ロボットみたいに?」
「まあね。で、あゆみはどう思う? 自分のこと、アクティブな女、それとも、パッシブな女」
「えぇ、そんなこと急に言われてもさ・・美樹はどうなの?」
「え・・・」って急に振られても、そういう話を冷静に聞いて今までの私を分析すると・・分析だなんて知美さんみたい・・。そう言えば、私、今まで春樹さんに、私なりに猛烈アタックしてたかな。デートに誘えとか、プロポーズしろとか、宿題を手伝えとか。あなたの事諦めますとか。ごめんなさいって言わないでよとか。昨日も。と回想をすると、無意識が勝手に言葉を組み立てて。
「私は。アクティブな女・・かな」
とつぶやいたら。目を真ん丸にした弥生とあゆみが、一瞬してから。
「ぷぷーっ」と笑いを必死で我慢しながら笑って。
「ちょっと、美樹って、誰がどう見ても受け身一点全力買いの女でしょ」
って、そんなに笑いながら言うことでもないでしょ。一点全力買いってなによ。と思うけど。そう言われたら言われたで何も言い返せないし。よく思い返したら、確かに春樹さんは頼めばなんでも尽くしてくれる人だけど。春樹さんの方から私にアレコレ言われたことが思い浮かばない・・。もしかして、私の事好きだって、もしかして・・何だろう。
「そう言えば、春樹さんの彼女さんって春樹さんにとってお母さんみたいな存在なのかもしれないね、あんなに綺麗な人」
「春樹さんの彼女さんって、そんなにきれいな人なの?」
「もう、見た感じは完全無欠、私たちが束になっても太刀打ちできない、歯が立たないどころじゃない。歯を立てようとも思えない。美樹が連れてきたとき、私、誰この人って、美樹に聞いたくらいだし」
「うわー、私そんな人に会いたくない、自信なくしたくない」
「で、あんな綺麗で美人な女を、こんなメールする男が口説いたと思う?」
って、私に聞いたの?
「美樹に直接聞くのが怖い、なんて言う男の恋人さんがあんな美人で、あいつを一瞬でメロメロにしちゃって、それって想像できなくない。やっぱり、春樹さんってパッシブな男なのよ。きっと、知美さんだっけ、見た感じからしてアクティブとしか思えない。だから春樹さんは、あの彼女さんに口説かれた男。つまり」
「つまり・・」と弥生の言葉を繰り返すと、その分析は知美さんが言ってた通りの正しさだから、唾がゴクリ・・。となって。心の準備。ってなにを準備してるのだろう私。そう思っていると弥生は続けた。
「春樹さんってさ、女を口説いたことがない男。だから、あゆみにこんなメールをして、美樹の気持ちを真正面以外の方向から探ろうとしている」と心の準備を空振りさせるような、明らかに自分勝手な空想を話してる弥生に。
「真正面以外の方向・・」と聞くと。
「うん。自分の気持ちより、美樹の気持ちが優先されてるから、美樹が好きと思ってくれてるならどんなことにも尽くしてあげよう。と思っている。けど、美樹って春樹さんの事本当はどう思っているのだろう。春樹さんは好きでいてほしいと思っているけど、最近の美樹の態度はそうじゃないから、もしかして嫌われたのかな。面と向かって聞いてみて、もし本当に嫌われていたら、どうしよう不安で仕方がない。だから、とりあえず美樹の近いところ、つまり、あゆみに聞いてみよう。という心境であゆみにメールしたと」
「えぇ~・・って言いたいけど、それって理にかなってるね。春樹さんってそんな雰囲気あるねたしかに」
確かに、あゆみが言うように、私も春樹さんの事そんな風に感じるかも。
「でしょ。もしこれが反対なら。つまり春樹さんがアクティブな男なら、美樹の気持ちなんて関係ない、俺が好きだから絶対手に入れてやる、美樹、俺お前が好きだ俺と付き合えよ、と命令口調になるけど」
と、こぶしを握り締めながら話し続ける弥生は。
「そんなことは露にも思っていない人。どんなに力強く言っても。僕と付き合っていただけませんか? が精一杯の男の子、と言うことかな。あくまで想像だけど」
確かに、知美さんにはそんな雰囲気、つまり、私があなたの事好きだからあなたは私と付き合いなさい。と春樹さんを口説いた雰囲気があるけど、春樹さんには、俺お前の事好きだよ、と言ったあの声に感じた優しさには、どことない心細い響きもあったような。つまり、あれって、春樹さんの力いっぱいの精一杯の・・・もしかして・・・一生に一度の本気のまじめな告白だった? としたら、私、肘で突き放したことって・・もしかして。春樹さんの事・・私、何しちゃったんだろう。と何かこう、今思いついていることを言葉にするのが怖くなったまま。
「そう言われると、男の子って、そうであってほしいともいえるかな・・強引なのはイヤだし、でも、告白は、するより、されたい。優しい言葉で」
とつぶやいたあゆみの顔を見ると。
「でも、弥生の彼氏って、アクティブ・・強引なところあったの? それって男らしさ? 弥生はどっちがイイの、アクティブとかパッシブとか」
と、ふたりで勝手に話を進めていて。
「アクティブだったのは初めだけよ。どんなに強がり言っても、男って、女がちょっと不機嫌な顔しただけでオロオロするから、見てて解る」
「つまり、それって、私にこんなメールする春樹さんもそうってこと」
「あー、そう言えばそうだね。で、オロオロするってことが、好きだとか、愛してるとかの証よアカシ」
そうなのかな・・と思うことを。
「へぇそうなんだ、つまり、春樹さんって、美樹の事が好きなんだ」
と私の顔を見ながらつぶやいたあゆみに。
「たぶんね。しかも、相当に」
と言ってから、私をじっと見つめてくすくす笑い出す弥生。
「なによ・・・」
と言ってみたけど。
「じゃぁ、美樹って、春樹さんに何かこう不機嫌な顔を見せたの」とあゆみが私に聞いて。
「たぶんね、美樹も思い当たることあるんじゃないの」と弥生も私にそんなことを聞く。
不機嫌な顔・・つまり、春樹さんのハグした手を押し下げて、肘で突き放すように拒否して。たしかに、それ以外にも思い当たる節はたくさんありそうだけど。
「で、春樹さんは、今オロオロして私にメールしたと・・そういうことね」
「男ってみんなそうなんじゃないの。好きな女に頭が上がらない。好きだと言ってしまったら、生涯頭を上げられなくなるコワさがあって、なかなか好きと言えない。言ったとしても、言い訳を次から次に。俺がお前を好きなのはあーたらこーたら。あの時好きだって言ったけど、それはどーたらそーたらという理由でって。男のブライドが女のシモベに成り下がることを拒否している。それが男の子の本能かもね」
「って、弥生ってなんでそういうこと詳しいの。なんか聞いてて無茶苦茶説得力あるというか、納得してしまうというか」
「まぁね、あんな男に強引に口説かれてさ、私なりに結構悩んだから、こんな男でいいのかなとか、いい断り方ないかなとか、もっと他に言い方ないのとか。あの時の私ってまだ16歳よ。だから、恋愛とかの本とか読んで映画とかみて勉強して、でも、決定打はね・・・」
決定打・・と興味津々な気持ちを抑えながら耳をそばだたせていると。
「知美さんにやきもち焼いたのは実は二回目」とつぶやいて、私を見て笑い始めた弥生。えっ? 二回目・・って。
「あー、知美さんじゃなくて、あいつがお客さん、綺麗でカワイイ女の子のお客さんにデレデレしながら対応してる姿を見て、私イライラしてること自覚して。なによ、私の事好きだ好きだっていいながら、あんな娘にあの態度。って言った時。あいつ、ごめんなさい、仕事中はお前の事忘れている、気を付けるよ。許して、でも、他の女の子に気があるとかじゃなくて、ただ、お客さんだったから」
って、それって、私も同じじゃないかな・・。弥生にあんなことされてた春樹さんの事イライラしてるのって・・。
「真摯にそう言うあいつにさ、私、自分の気持ちってなかなか気付かないものだねって思った。イライラしちゃった自分の気持ち。あー私、こいつの事、こんな男だけどいつの間にか好きになったんだなって諦めて、付き合ってあげるから大事にしてよ。って。ませてるのかな私って。あの時のあいつも、私が機嫌悪いのをみてオロオロしてたかもね、全然、生まれて初めての告白って感じじゃなくて、話あるんだけどって声かけて、え・・な・・なにってオロオロしたままの顔に、付き合ってあげるから大事にしてよ。かなりぶすっと言ったこと覚えてる。あいつの返事もさ、あ・・そう・・うん。それだけだった」
「へぇぇぇぇぇ、現実ってそうなのね」
「って、なんで私がこんな話しなきゃならないのよ」
「勝手に話し始めたんでしょ」
「はぁもう、恥ずかしいでしょ、こんな話」
「勝手に話始めといて恥ずかしいもないでしょ」
「まぁ、それもそうだけど。じゃぁ、ついでに言うけどさ」
「ついで・・ナニナニ」
「現実ってそうなのねってやつ」
「そうなのってやつってどうなの?」
「一言で言うと、男って正反対」
「はぁ? 正反対?」
「うん。あくまで私の経験とか私が感じることだけど。男って女が怒ると喜ぶ。なぜか私はそう感じてる。誉めると警戒する。好きとか愛してるって言う時は、好きでも愛してもいない。ただ下心があるだけ。それに対して、ごめんなさいって言う時は好きとか愛してるという意味で言っている可能性が高い。私が話聞いてほしいときは知らん顔してるし。私が一人でいたいときに限ってまとわりついて来るし」
「って?」
「まぁ、こういうことって、経験してみないと解らないことかもしれない。美樹はどう思う? 春樹さんもそんなことってない? イライラをぶつけると嬉しそうな顔するとか。謝ってほしいなんて思っていないのに、ごめんなさいごめんなさいってよく言うとか。好きって言われた後って触りたがったりちゅうしたがったりしない?」
確かに弥生の言う通りかもしれない。と納得しながら。うなずいたら。
「えぇー、春樹さんも、本当にそうなの?」とあゆみがつぶやいて。
「でしょ、男って女とは正反対の反応するって解ってあげていないと、うまくいかないところ出てくるのかなって、最近、悟り始めてるの私」
「正反対の反応。悟りか・・」
「男って、精神的に女より強い。と女は思っているけど、実は無茶苦茶弱いとか。男がわかったっていうときは全然わかってなくて。反対に、そんなこと俺に言われても解らないよって言った場合は、おそらく完全に理解していて、説明するの面倒くさいなって感じてるとかさ」
と弥生の話がなんだか熱くなり始めて。確かに思い当たる節があるのは間違いないけど。と思っていたらチャイムが鳴り始めて、昼休みも終わって。そのまま、また、考え事していたら授業も終わって。その日の帰り道。あゆみと弥生に手を振ってから、弥生の言ってたことをリピートしながら思ったこと。
「だから、私、どうすればいいのだろう」弥生が熱く話していたこと整理しようとしてもうまく纏まらないし。とりあえず。イライラをぶつけると嬉しそうな顔をする。という弥生の言葉に後押しされて。
「あゆみにヘンなメールしないでください」プンプン。
と絵文字も入れてメールしておこう。それと。ごめんなさいって言う時は好きだとか愛してるという意味で言っている可能性が高い。なら、と考えていると。春樹さん、弥生が言うようにイライラをぶつけると反応が早いのは、嬉しいからなのかな。とも思えるような。
「ごめんなさい、ちょっと不安になって。本当にごめんなさい」
とすぐに返ってきたごめんなさいという返事に。これって、弥生の言葉を信じるなら、私の事好きとか愛してるという意味である可能性が高い・・のなら。弥生の言葉を信じるなら。返事は・・・。
「不安になる必要なんてないでしょ。私、あなたの事こんなに好きなんだから」
勢いに任せて、というか、ごめんなさいという言葉に、私、少しだけイラっとしたから、というか、ものすごい速さで打ち込んだ心のおもむくままの文章を、なりふり構わず送信してしまった私。送信した後。
「えぇ~・・・私、ナニを送信しちゃったの・・・あなたの事こんなに好きなんだから・・・ってどういう意味」
画面に書かれている文章を読みながらそうつぶやいて。どうしよう、私、自分でしたことが信じられないかも。これって、まだ、夢? ヘンな夢でしょ? え・・。

「美樹、アルバイト行く時間でしょ、早く起きなさいよ」
とお母さんの声聞こえるはず・・と思って、耳を澄ませたけど。聞こえなかった。それより。手の中でプルプルと震えた携帯電話。春樹さんの返事・・・どうしよう・・・見るのが怖いかも。
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