チキンピラフ

片山春樹

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藤江のおばさん?と魔法使い

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 夏休みが終わって、学校が始まって。土日を挟んで月曜日。もやもやとした不安を引きずったまま。
「美樹、宿題ありがと。やっぱ春樹さんってさすがだね」
という弥生の一言に振り返り。もやもやしたまま、まぁ、あの人は、こういうことはさすがなんだと思うけど。けど、さすがじゃない部分を自動的に探そうとしているのはなぜ? モヤモヤしてるから? と思いながら、問題集を受け取って。
「で、あれからご無沙汰してるけど、春樹さんと、進展とかあったの?」なんて。
サラッと聞かれると。うっ・・として。さすがに。お泊りしたとか、初体験未遂のようなことしちゃったとか、あの人の事、振ったなんて言えないというか。あの人に振られたというのもなんだし。私はまだ、あの人にしつこくつきまとっているとも言えなければ、あの人の妹になったなんて言えないし。どういう関係なんだろう。これからもよろしく、こちらこそ。という関係なのは間違いない。だから。
「まぁ、ぼちぼち付き合って・・ いるかな」なんて言ったら。弥生は、ふふっと笑って。
「ふううううん」と、また心の奥底までを見通しそうな目つきで私を見つめてから。
「指輪はどうしたの?」なんて。
またサラッと聞いた。その一言は無防備な心に突き刺さるから、はっとして、左手を隠したけど。
「もしかして、うまくいってないの? とも思えるし、後戻りできないところまで行っちゃってるようにも見えるし。それとも・・・学校だから?」
と、本当に私の心を見透かすような目で追及される・・と思い出すのは、顔にまた何か書かれているのかなという恐怖心が、自動的に言葉を組み立てて。
「って、どうしてみんなそう私と春樹さんの事、ヘンな空想するわけ?」
とお店のお姉さんたちもそうだし、と思いながら言い返したら。弥生は、一瞬引いてから、冷静な顔で言った。
「やっぱり、美樹って変わったね」
どこが・・と思いながら。自分自身でも、こんなセリフ、やっぱり私変わったかも、と自覚してること感じながら黙っていると。
「でも、みんなって、私以外の誰かも、美樹と春樹さんとのこと茶化すわけ?」
と続ける弥生の言葉が冷静で、みんなって、そのお店のあのお姉さん達のことだとは言えないまま。
「春樹さんとのこと、あまり聞かないでよ」
と言っている自分に気付いている。夏休みが始まる前は、こんなセリフ無理やりでも言えるわけなかったのに。今は、こんなにしっかりした口調で言っている自分に驚いているというか。どうして私、こんなこと言えるようになったのだろうという感じもある。
「じゃ、あまり聞かないようにするけど。ほら、前にも言ったじゃん、美樹ってどんどん私たちを追い越していくみたいって」
そう言えば、そんなことも言ってたかなと思い出して。でも。不安な気持ちで。
「追い越してると思う?」
と聞いてしまうのは、弥生を追い越してしまうと私が私ではなくなっていくような、昨日からの、あの、もやもやした気持ちが尾を引いているからかな。
「うん・・雰囲気とか、顔つきとか。少し会わないうちにすっごく大人っぽくなったような気がする。やっぱり、春樹さんといろいろあったんでしょ。って、あまり聞いちゃいけないコトだったね」
そう言いながら、くすくす笑う弥生って、ナニを空想してそんなことを言っているのだろうと思った。それに。
「美樹、宿題、ありがと・・・・」
と後ろから声をかけてくれたあゆみも。振り向いた私を見て、はっと止まってしまうし。だから。
「ナニ? どうかした?」と聞いたら。
「美樹ってなんか雰囲気変わったね」
と弥生と同じようなことを言って。そんなに変わったのかな? とうつむいて黙り込んでみたら。
「って、勘違いかな・・なんかこう、今一瞬、すっごく大人っぽくなってた感じがしたよ」
と笑いながら、うつむいている私を下から覗き込むようにジロジロと観察して。
「で、で、で。春樹さんとはどうなったの?」
って、またその話。うんざりとため息吐くと。
「指輪は? どうしたの。あー、やっぱ私にもチャンスできた?」えぇ・・チャンスって・・。
「え・・? 私にもって、どういうこと」
って、もしかして、春樹さん、あゆみにもメールしてる? なんてことを思い出して、ヒヤっとし始めたけど。
「あの人、ぜんっぜん返事くれないし。もう、美樹とうまくいってないなら私に乗り換えてくれればいいのに」
なんて言うから。とりあえずは、安心しておこうかな。安心する場面でもないか。
「で、どうなの本当の所、春樹さんとチュッチュしちゃったりしちゃったの?」
って。チュッチュって、しちゃったりしちゃったって・・つまりそれはその、私たちのこの年頃、それが一番の関心ごとなのかなと、まぁ、私もこないだまでそれが一番の関心ごとだった気もするけど。アレはアレで未遂というか・・まぁ。と悩んでいたら、弥生が。
「そういう話はしないでって。さっき、私も聞いたけど」
と、助け船を出してくれて。
「話ししないでって・・こんなに聞きたいのに」
と、あゆみは私を見つめて。だから。よく考えて口にした言い訳。
「まぁ・・そういうこと・・っていうか。私たち、ぼちぼち、やってるから。あまり私と春樹さんの事話題にしないでほしい」
と、唇を噛んで深刻そうな顔は演技してるのだけど。言葉は普通のものを選んだつもり。なのに。
「ぼちぼちやってる・・・って・・」
なんで、そこに反応して、どうして弥生もあゆみもまた数センチ離れるのよ。と思ったら。
「やっぱ、男ができると女ってこんなに変わるんだね。美樹がさ、ぼちぼちやってる・・だなんて、信じられないかも。やっぱり、これ以上聞かない方がイイかもね」
まぁ、信じることでもないでしょ。それに、そう言うことで納得してくれるなら、それでもいいよ、これ以上は面倒くさいから。
「だから、もうこの話は、学校ではしないで・・」
そうつぶやいたら、うんうんと、うなずく二人に、どうしてまた春樹さんのあの、うんうん、を思い出して。由佳さんの馬鹿笑いまで思い出してしまうのだろう。頭の中でいろいろなものが混線してる。もういい。髪の毛クシャクシャしちゃいたくなるこのもやもやした気持ち。ここでは、うつむいたまま、じっと我慢しよう。

そんな二学期が始まって。日差しはまだ暑いけど、朝晩の空気はだんだんと涼しくなり始めて。私から見たみんなは、そんなに変わっているようには見えないけど、弥生やあゆみか言うように、他の子も何人かが私の事「変わった変わった」と言ってくる。弥生やあゆみが言いふらしているわけではないと思うけど。私に視線をチラチラ向けながら、ひそひそと話してる子に気付くと。
「美樹の彼氏って超イケメンの大学生だって」「うっそー」とか。
「今度あのレストラン、見に行こうか」「あそこ高いよ」とか。
そんな言葉が聞こえたり。
「かわいい顔して、わりとやるのね」なんて声も聞こえたような気もするし。
「おとなしそうにしているのはやっぱり、被り物なんだ」と言われているような気もするし。もうやめてよ。とうんざり思ってしまうけど。まぁ、それなりに、事実である部分もあるわけだし。否定したくでもどうしていいかわからないし。ふてくされていると、弥生は優しく。
「そんなこと気にしちゃだめよ。誰かに素敵な彼氏ができちゃったと聞いたら、美樹だって、ねたんだり、ひがんだり、するでしょ」
って言って。私は、ねたんだりひがんだりなんてしないと思う。けど。それに、あの人はカレシじゃないし・・。
「例えば、あゆみと春樹さんが手をつないで歩いてるの見た・・・」
えぇ? 
「なんて言ったら」
・・・・・。
「ほら、今一瞬、えぇっ。ってなったでしょ」なったけど、それはねたんだりひがんたりではないと思うし。だから、
「急にヘンなこと言うから」でしょ。と思ったけど。
「みんな彼氏ができた子にそんな気持ちなのよ。焦りとか、戸惑いとか、ねたみ、ひがみ、あこがれ。もあるかな。でも、私たちも春樹さんの事、大きな声でしゃべっちゃったから、ホント、それだけは美樹にごめんなさいって思ってる。まぁ、しばらくするとみんな忘れるから。ほとぼり冷めるまで知らん顔知らん顔。私だって、本当は春樹さんの事、どうして美樹にあんな人がって、うらやましく思っているんだから」
そう聞いて。なんとなく納得したような気分かな。これ・・・。とりあえず。
「うん・・」
と返事したけど。私と春樹さんは前にも言ったけど、弥生がうらやましく思う関係ではない・・・。からモヤモヤするのかとも思うし。

学校でも家でも、授業中でも、春樹さんがいない平日の夕方のシフトでも。どうしてこんなに気持ちが重い。やっぱり、告白したあの人が、告白したのに正式なカレシではないからだろうな。好きです。ごめんなさい。諦めます。恋人にはなれないけど、他になれるものがあるだろ。って。師匠と弟子って。なによそれ。兄と妹。でもいいかと一瞬思ったけど。
「やっぱり、もう、俺の事好きではなくなった?」あの時、春樹さんが私に、シレっ とあんなこと聞いた瞬間。私は躊躇なく。
「好きですけど」と、無意識が素直過ぎる返事をしたことを思い出すと。やっぱり。美里さんが言うように。私は、しつこい女なのかもしれないし。こないだ春樹さんとあんなに軽々しく話してた私、あれって私だったのかな。そう思えば、私って変わったね。と私までもが弥生やあゆみのようなことを心の奥底からささやいているし。でも、こんなこと、もやもやと考えても始まらないし。この感情、いったい何だろう。しいて言えば、ステージが変わったのかな? 想像なんてできない、カレシカノジョの関係ではないあの人と私の関係。いっそのこと、嫌いになって忘れて知らなかったこととか、出逢わなかったことにしてしまえば。すっきりするかな、と想像を膨らませると。
「そんなこと、ムリだし」
とぼやき声がため息と一緒に出てきてしまう。はぁぁぁぁぁぁ。あの人とどうしたいの私? あの人とどうなりたいの私? あの人にナニをしてほしいの私? そして、あの人にナニをしてあげたいの私?
「なにか答えてよ」とぼやいてから、しばらく待ってみたけど、心の奥底からの声は聞こえないし。誰も何も答えてなんかくれないね。

そんな、もんもんとした気分で数日を過ごしたら、何の変化もないまま、あっという間にまた一週間が過ぎて。夏休みの気分が抜け切れていない金曜日。退屈な学校が終わったらすぐに家に帰って、ベットに寝転がって、明日は土曜日。アルバイトは9時から6時まで。お昼頃に、また春樹さんと会えると思っても、いつかのような ときめき が湧いてこないというか。冷めたのかな、というか。ついこないだまでは、春樹さんと会えると思うだけで、希望に満ちた未来が地平線の果てまで広がっていたのに。
「私あなたの事諦めます。知美さんの所に帰ってください」
なんて言っちゃったから、私と春樹さんの未来は、ぎぃぃぃぃぃぃぃっばたん。幽霊屋敷の扉のように、勝手に閉じて閉まって、もう開かなくて、背後からゾンビが・・きゃぁぁぁぁぁ・・ってどんな空想してるの私。はぁぁぁ、あーあもぉ。と思いながら、ごそごそと無意識のまま携帯電話を取り出して。無意識のままメールをチェック。誰からも何も来てないか・・。そして、まだ無意識のまま、春樹さん。と開いても。
「お疲れ様。オマエに嫌われてなくてほっとしました。俺は、美樹の事、キレイでカワイクて、チャーミングなイイ子だと思っているよ。これからも、なんでも、申し付けてくださいな。おやすみなさい、ご主人様」
「こんなメール、知美さんに送り間違えないようにしてくださいね」
のままで止まっていて。その上には。
「無事です!」
と、知らない人が見たら、どんな脈略の会話なんだろうと思える文章。はぁぁぁぁ。とまたため息を吐いてから。もやもやと回想すると。
「じゃ、そう言うことで、これからもよろしくお願いします」
と私は、春樹さんに告げて。
「こちらこそ」
と春樹さんが優しい笑顔で言ってくれたことも思い出して。黙ったままでいるのもなんだし。ナニかメールしてみようかと思って、何か書こうとしても、なにも思いつかないか。と思って画面を閉じた瞬間。ぷるぷるぷる。と電話が震えて。もう一度画面を開けると・・・春樹さんから・・・? のメールが届いて、いろいろぼやけていた輪郭がはっきりしたような感じがした。無条件に開くとそこには。
「明日美樹に会えると思うと、いてもたってもいられなくなりそうで、ちゃんと勉強してますか? またテスト前に何日も徹夜したくないから、不安があるなら、ランプをゴシゴシこすって呼び出してもいいよ。お呼びですかご主人様。とは言わないけどね。また明日。早く美樹に会いたい」そんな文章が心の奥底に隕石が落ちてきたかのようにドスンと届いて。意識してもこの文章の意味は噛み砕けないけど、無意識ははっきりとこの文章の意味を理解したようだ。何もかもが止まったような錯覚、と同時に、どくん・・って。心臓が跳ねた音が聞こえた。どくん・・どくん・・と指先まで弾ませるほどに鼓動が激しくなって、急に喉が渇き始めて。唾が出なくなって。その後、この文章の意味が解り始めたような。いや、解ってない。いや・・解っていないけど、本当は理解してるかも・・。早く美樹に会いたい・・えぇ? ナニコレ。と言う気持ちなのに、呼吸もじわじわと不規則になってゆくのは・・早く美樹に会いたい・・いてもたってもいられない・・読み直すごとにとくん、とくん・・・どくんどくん・・・どっどっどっどっ・・・・・って。呼吸も止まってるし。ナニコレ、どうしたの春樹さん、早く美樹に会いたいって・・ナニコレ。えぇ。を繰り返している私。こんな文章、そう言えば今までにない文章と言うか。そう気づいてから読み直せば。その前のメールも。全然意味が違って見えて。私、気付けなかった? やっと今気づいた? これって・・・・。もしかして、春樹さん・・・。なんだろうコレ? なんて言うんだっけコレって・・。
「お疲れ様。オマエに嫌われてなくてほっとしました」
春樹さん、私に嫌われていなくてほっとしたの? なぜ?
「俺は、美樹の事、キレイでカワイクて、チャーミングなイイ子だと思っているよ」
春樹さん、私の事、キレイでカワイクてチャーミングなイイ子。だと思っている。の?
「明日美樹に会えると思うと、いてもたってもいられなくなりそうで」
春樹さんが、私に会えると思うと、居ても立っても居られない。って・・。
「また明日、早く美樹に会いたい」
春樹さんが、早く、私に会いたい? ってナニコレ。これって・・・春樹さん・・・アレだ、アレ・・やっと思い出せた。これ、ラブレターですか? そんなものもらったことなんてないし。そう言えば、今まで一度も男の人にこんなこと言われたことないし。えぇ。私、まだドキドキ動揺して。誰もいないのに周りをキョロキョロしてから乱れた呼吸を再開した。そう言えば、私から春樹さんにいろいろなことをしたけど。春樹さんから私にいろいろしたようなことって。あの日のあの一件だけだし。「お前は美しいんだよ」っ言ってくれた時も、アレは、怒りながら言ってたことだし。でも、これは、違う。この文章は、間違いなく真っ白なコットンのように ホワン としている。
「早く美樹に会いたい」
私、春樹さんの事振ったでしょ。知美さんにもそう言ったし。男を振ったぞ、って。春樹さんにも言ったでしょ。諦めるって。知美さんの所に帰ってくださいって。でも、なのに、どうして、早く会いたいだなんて、どうしたの。と言うか、どうしよう、と言うか。私、今までにない、思考停止状態。頭の中なにも考えられなくなっているし、何も思いつかなくなっている。

そして、夜。何度も起きてはメールを読み直して。「早く美樹に会いたい」その次のメールはまだ空白のままだけど。電話を閉じて、シーツに包まってもまた、電話を開いて。
「早く美樹に会いたい」って・・もういいでしょ。と自分でも思うのに、また。
「早く美樹に会いたい」本当にホントに今まで春樹さんからこんなこと言われたりしたことなんてないし。私からいろいろ、デートに誘えとか、プロポーズしろとか、宿題を手伝えとか、知美さんに喋るぞとか、言ったことはあるけど。春樹さんからこんなメッセージ・・。
「早く美樹に会いたい」
「美樹の事、キレイでカワイクて、チャーミングなイイ子だと思っているよ」
何度か、カワイイとは言われたことがあるけど。何か心変わりがありましたか? とメールしてみれば、と私ではない私が心の底から小さな声で語りかけたけど、そんなことできるわけないような。どんな返事しても、眠れないほどに予感してしまうのは、「早く美樹に会いたい」って、これ、私の事が 好き って意味ですか?

そして、朝。全然眠っていないのに、目は冴えきっていて。ばっちり開いている。今日に限って。
「美樹、早く起きなさいよ、バイトに行く時間でしょ」
とお母さんが言う前に。朝ごはんのテーブルについたら。
「あら、今日は早いね、どうしたの?」
と言われた。一睡もしていないような気がするのに、目はこんなに冴えていて。
「別に・・目が覚めちゃったから」と言ったけど。ふふん、と笑うお母さん。
「一週間ぶりに春樹さんに会える日なんだね」って、お母さんまでもが春樹さんの事を話題にするから。慌てて。
「別にそう言うわけじゃないし」
と言い返すけど。
「それ以外にどんな理由があるのよ?」
と言われたら、また、目が大きく開いてしまって、なにも言い返せない。
そして、朝ごはんを食べて、支度をしながら、また電話を開いたら、「早く美樹に会いたい」のままで。おはようございます。ってメールした方がいいかな。と思ったけど。そんなこと会えば言えるし。もうすぐ会えますよ。なんて、そんなメールしたら、したら・・。・・・・したら。もうすぐあえますよ・・ハートの絵文字・・を打ち込んだけど。やっぱりやめておこう。消しちゃぉう、消しちゃおぅ。なんかこう、こんなのって、敏感な所がムズムズと痒くなりそう。ってどういう表現?

そして、お店まで歩いて、重い重い扉を開けると。いつも通りに由佳さんがいて。
「美樹おはよ」と言ってくれるから。
「おはようございます」と返事したら。すかさず。
「どうしたの?」と聞かれて。なぜ、どうしたのって聞くのですか? と思いながら。
「えっ・・ど・・ど・・どうも、しないですけど」と、ギクシャク返事したせいか。
「また、春樹さんと何かあったでしょ」と、笑いながら言う由佳さん。どうして、春樹さんの話題に絡めてくるのよ。と思ったけど。
「なんてもないですよ」
と、慌てて裏に隠れて着替えて、いつも通りに仕事を始めた。私は冷静だし、体調も大丈夫だし。お店の雰囲気も、いつも通りで、メンバーもいつもと一緒。由佳さんがいて、優子さんがいて。奈菜江さんはもう少ししたら慎吾さんと一緒に来るはず。

「いらっしゃいませようこそ何名様ですか?」
と、いつも通りにお客さんに愛想を振りまいて。不安は何もない。それに、今は私も少々のトラブルに、私自身で冷静に対処できるし。自信もある。お仕事中は、とりあえず春樹さんの事は考えないようにして。意識すれば春樹さんの事なんて考えないし。よし、大丈夫。何でもない。私はちゃんとお仕事ができている。でも。時間を忘れるほどに仕事に集中していたのに、ふと、背伸びした瞬間、無意識が振り向かせる時計の針は、また、決まって11時40分。私を強制的に制御している無意識は、私に、そのまま窓の外に振り向くよう指令を出して、窓の外、いつも通り黒ずくめの衣装の春樹さんが、まるで私が振り向くのを待っていたかのように、黒いオートバイで駆け抜けて。
「早く美樹に会いたい」と、どんなに意識しても追い出せないメールの画面が頭の中のスクリーンいっぱいに広がって、もうすぐ会えますけど、と思ってしまうと、久しぶりに挙動が不審になり始めた。手足をうまくコントロールできない気がする。なんで、私、どうしてこうなっちゃうの? そして、扉が開いて。
「お疲れ様」
「お疲れ様~」
「おはようございます」
お店に入ってきた春樹さんの左腕には今日はニシキヘビ・・じゃない。知美さん、でもない、美里さんは絡みついていなくて。優子さんや由佳さんに挨拶した後。私に向かって歩いてくる春樹さんは。
「みーき・・おはよ」
って、初めてみんなの前で、そんなリズムに乗った呼ばれ方をしたような。みーき、ってナニ私の名前を勝手に伸ばしてるの。それに、そんなにニコニコと「おはよ」って。みんなにその笑顔を見られたら恥ずかしいじゃない。と思ってしまうほどにニコニコしている春樹さん。
「おはようございます」と、うつむいて、チラチラと視線を合わせながら挨拶したら。すれ違い際、嬉しそうな顔のまま、私の耳元に。
「今日もカワイイな、なんか美樹ちゃんに会えると、ほっ とする」
とささやくように、でもはっきりと言った春樹さん。
「エ‥?」
と思ったら、もう裏に行ってしまって。春樹さん、今、何か言った? と思っているのに。何言ったか全く理解していないのに。
「今日もカワイイな、なんか美樹ちゃんに会えると、ほっ とする」
と耳の中で何度もこだましている春樹さんの言葉をリピート再生していたりして。それって、どういう意味? えっ? と思いながらキョロキョロすると、やっぱりみんながくすくす笑っている。今の聞こえたの? そう思って、みんなの顔をひとつひとつ見つめると。由佳さんが。
「はいはい、もう美樹の前では春樹の事話題にしないから、そんな顔しないの」
と、私に面と向かって言って。私どんな顔してるのだろうと思っている。
「なんかこう、話題にすると、こっちが焼けてきちゃうよね」と言うのは優子さん。
「そうよねぇ、見た、今の春樹さん」
と言ったのはいつの間にかそこにいる奈菜江さんで。 
って、思いっきり話題にしてるし。でも奈菜江さんは続けて。
「なんかこう、美樹を見てる春樹さんのあの間の抜けた笑顔見てると美樹の事も憎たらしくなりそうだから」と、ぎぃ って顔してるし。
「なるねぇ、なるなる、私はかなり前から美樹の事、憎たらしく思ってるけど」
と優子さんのそれが本音ですか・・と思う一言に、勝手に憎んでくださいよ、と思っていると。
「だから、春樹の事は、もう話さない。それでいいよね」
と由佳さんがみんなに提案して。
「うん。もう話さない」と奈菜江さんが返事した。
だといいんですけど・・。と思っていると。カウンターの向こうのキッチンに現れた春樹さん。冷蔵庫をバタバタと開け閉めしながらいつも通りにお仕事前のチェックをしている後姿を見ていると。春樹さんは何かに気付いたように、はっと私に振り向いて、目が合って、にこーっとしながら顔を斜めに傾げる。から、私もとりあえず、ぎこちなく、にこっと微笑み返したけど。ハッと気が付いて、ぶぃっとしてしまう。なんだろ、今までにない、この感情。今、一瞬、無茶苦茶恥ずかしい気持ちがしたような・・。

そんな、ヘンな意識に気付いたせいか、お仕事中も、チラッと振り向くと、なぜか春樹さんと目が合ったりして。にこっとしてくれるのはいいのだけど。にこっと返せない。またしばらくしてから、チラッと振り向くとオーダーをチェックしてる春樹さんとやっぱり目が合って私にニコッとしてくれる。それって、春樹さん、私を見てるの? というか、なにこんな意識してるの私? と、お客さんが引き始めた時。
「みーき、ぷぷっ。さっき春樹がそう呼んでたでしょ。ぷぷ」
って、由佳さんが、もう春樹さんの事は話題にしないと言ってたのに。そんなこと言いながら話しかけてきて。
「美樹っていつも何かありそうな雰囲気あるけど、今日もまた別の事が何かありそうな雰囲気だね」
と言う。それってどういう意味ですかって、何回思っただろう。
「どうしたの? 悩みあるんだったら聞くよ」
って、由佳さんに話したら、また、ぎゃははははって笑いそうな気もするから言えないというか。どう話せばいいのかと言うか。でも、打ち明けないと不安に押しつぶされそうだから。
「あの・・・」
と思ったまま話してみることにした。
「なぁーに」と、優しい雰囲気の笑顔の由佳さん。
「あの‥春樹さん、私を見ていませんか?」
それが、今の私を押しつぶしそうな不安。ずっと私を見ている気がする。なぜ?
「はぁ?」
「あの・・さっきから、視線が気になるというか、いつもと違うというか」
本当にホントに、春樹さんが私をじっと見ていたらどうしようと思っている。と、私の代わりに春樹さんに顔を向けて。
「なにそれ、春樹さん、今、お皿にお料理盛り付けてるよ、うーん、いい出来だ。って顔してる。あの顔なんかおかしい」
と、実況し始めた由佳さんが言う。
「そして、今、オーダーチェックして、お料理あげて、優子と一言二言交わして、優子と微笑みあって、はい、そのまま次のオーダーにかかりましたよ」
って、優子さんと何話したのだろう。って。今度はそっちが無茶苦茶気になっているような。
「どうしたのよ、春樹の事は振ったんでしょ、こないだ。ぷぷ」って由佳さん、笑みを浮かべて、じっと私の目を見ながらそんなことを言う。まぁ、それはそうだから。
「振りましたけど・・」とつぶやくけど。
「諦めたんでしょ。ぷぷ」って、もっと笑みを浮かべて。まぁ、諦めましたから。
「諦めましたけど」とつぶやくけど。
「じゃ、春樹の事なんて、もう、別に気にすることでもないでしょ」今にも笑いだしそうな由佳さんに心の奥まで見られている気がして。でもやっぱり、もう・・別に・・気にすることない・・。のかな?
「まぁ、そうですけど」
「それでも春樹の視線が気になるの? 振ったりしたからじゃない?」
と笑いを堪えながらそんなことを言った由佳さん。振ったから・・こんな気持ちになるのかな? と自分でも思い始めたけど。
「振った途端に、誰かにとられそう。振るんじゃなかった。どうしよう。ぷぷ・・美樹ってかわいいね、私も春樹に声かけてみようかな。付き合ってよって。ぷぷ、ほーらその顔、もっといじりたくなる。カワイイ」
「・・・・・・」あー、やっぱり、言わなきゃよかった。と思っている私。
「ほらほら、今度は、次のオーダーが上がって、奈菜江が取りに来ましたよ、一言二言交わして、微笑みあって、はい、フライパンを取って、次のオーダーに取り掛かりました。いつも通りの春樹君でしょ。一生懸命、真剣なまなざしでお料理作ってる。こうしてみると、結構イイオトコじゃん、本当はどうなの? みんなの前で無理して、振りました、なんて言ったから、ヘンな意識が芽生えたのかもよ。ほら、美樹のこと見てる風でもないし、いつも通りでしょ」
と、春樹さんを観察しながら言う由佳さんに。
「そうですか・・」とつぶやきながら、やっぱり私の考えすぎかな。と思って。由佳さんが優しい眼差しでじっと見つめている春樹さんの後姿をチラッと見ると。春樹さんは一瞬、はっと気づいたように びくっ としたのがわかる振り返り方で、やっぱり、私を見つめているかのように目が合って。ニコッとしてくれたこと、由佳さんも、えっ・・、とつぶやきながら私を見つめ直して。
「今の・・ナニ?」と言った。そして。春樹さんは、やっぱり、私をまっすぐ見つめていて。私もつられてニコッとしたら、うんうん、と安心したように、お料理作りに戻った。そして・・・。
「美樹って・・今、何か飛ばした?」
飛ばしたって・・ナニ?
「今、春樹さんに、念とかアンテナとか飛ばしたでしょ、もう一回やってくれない?」
「ね・・ネンって何ですか? アンテナ?」
「今、こっち向いてって、念じたら春樹にアンテナが通じたような感じだったでしょ」
「そ・・そんなことないですよ。ほら、もうこっち向かないし」
と言いながら、それだ・・と思うのは、春樹さんがずっと私を見ている感じ、つまり、私がチラっと視線を向けるとすぐに気づいてくれるのは、なぜ? ではなくて、私が何か光線みたいなものを出してるの? ネン? アンテナ? 今この瞬間も、視線を由佳さんから春樹さんに向けた瞬間、春樹さんは私に振り向いて。お皿に盛り付けたお料理をカウンターに上げて。私に、上がったよ、と目で合図してくれた。でも、カウンターに行く足取りが重いのは、由佳さんがついてくるからなのか。
「はい、美樹ちゃんお待たせ、これで、美樹ちゃんの分は全部捌けたね、お疲れ様」
とオーダーを確認しながら。
「はい、ありがとうございます」とお皿を持とうとしたら。くるっとサラダが盛り付けられている方に合わせてくれて。
「熱いぞ」と一言。に、わかっているわよ。と思いながら。
「はい・・」と返事して。由佳さんが私を見送りながら、残りのオーダーをチェックしている。私は、お料理をお客さんのテーブルに運んで。
「お待たせしました、和風おろしハンバーグセットです。熱いですからお気を付けください」そう言いながらテーブルにお料理を置くと。
「はい、どうもありがとう。へぇ、美味しそう」と言ってくれるお母さん風のお客さん。と。
「ジュージューいってるよ」とカワイイ女の子が手を出すから。
「熱いですよ、気を付けてください」と制止して。
「はい、どうもありがとう」というお母さんに会釈する私。
「以上で、ご注文されたお料理はすべて揃いましたか?」
「はい」
「では、ごゆっくり、御用がございましたらいつでもお呼びください」
と、いつも通りに笑顔で対応して。カウンターに戻ろうとすると。やっぱり、春樹さんとまた目が合って。やっぱり春樹さん、私を見ている。とてもやさしい眼差しで うっとり と。そんな春樹さんを、右側から優子さんが見ていて。左側には奈菜江さんがいて。顔をあげられないでいる私。いつもなら、このタイミングで、春樹さんと一緒に休憩時間になるのだけど。今日は一緒に休憩したくないような・・どうして? チラッと由佳さんを見ると。ニヤッとするから・・。あ・・と予感したけど。その瞬間、由佳さんの表情がガラッと変わって。優子さんがさっと背を向けて向こうに歩いてゆくし。奈菜江さんも慌ててアイスクリームカウンターに籠って冷蔵庫を開け閉めしながらしゃがんだ・・。どうしてしゃがむの?
「エ‥‥?」と思ったその時。
「美樹、ごめん、担当お願い」
と由佳さんが耳元に囁いたその合図は。そぉっと視線だけで振り向くと。キター! と身震いが全身を駆け巡って、ほっぺまでプルプルと揺れてしまう・・・アノおばさん。が、ゴジラ・・ゴジラ・・ゴジラとメカゴジラ・・ゴジラ・・ゴジラ・・ゴジラとメカゴジラ・・なんてヘンなテーマソングに乗って、のっしのっしと店に入ってきた。いつも相手してる店長は今日どこに行ったの? 店長がいないときは由佳さんが担当してるのに・・。なのに。
「ほら、あとで春樹と一緒に休憩させてあげるから、今日はお願い」
なんて言う由佳さん。
「えぇ~!」イヤです、どうして私が。なんて聞こえたら何が起きるかわからない恐怖。
「ほら、大丈夫だから。お願い」
とメニューブックを無理やり渡されて。おかっぱ頭でイヤミな尖り方の赤縁眼鏡。身震いが止まらないあの細い目つきがあの眼鏡でさらに増幅しているような。それの何が大丈夫なんですか? と由佳さんを睨んでも・・。
「ほら、試練だと思ってがんばって乗り越えて」としか言わないし。し・・シレンって何ですか? 乗り越えてって・・ムリです。ホントに頑張ってできるようなことでもないでしょ。と思いながら。泣きそうな気持ちを必死で押さえて。もう諦めるしかないの? 行くしかないの? 必死の勇気を振り絞って、ゴジラ・・ゴジラ・・ゴジラとメカゴジラ・・のテーマソングを遮るように、私は言った。
「いらっしゃいませようこそ、何名様ですか?」
笑顔も、引き攣っていないか心配だけど。大丈夫。大丈夫。大丈夫。と暗示をかけながら。冷静に冷静に冷静に。と心の中で呪文を唱えながら。
「ご案内します、こちらへどうぞ」
と、案内しようと手で空いてる席を示して、会釈をして背を向けて、自動的に言っているのは、いつもの挨拶。でも。
「ちょっとお嬢さん」とこの人にそう言われると背筋がまっすぐになりそう。
「はい・・」という声も震えちゃうし。振り向けない・・・。
「見りゃわかるでしょ、私一人よ。それに、私は、私の好きな席に座りたいの」
「・・・はい」と返事して、おばさんが座るのは、窓から外が見える、キッチンカウンターからまっすぐ正面の席で。そこからチラッと横目で春樹さんを見ると、今度は全く気付いてくれないし。気を失いそうな悪寒がしてる。
「ちょっとお嬢さん」
「はい・・」もう、その呼び方はやめて・・。
「混む時間避けてきたんだけど、この時間のおすすめ料理は何かしら」
「はい・・・」って、おしぼりを渡しながら。この時間のおすすめ料理だなんて。そんなのメニュー見ながら決めてよって思うのに。
「ちょっとお嬢さん」そう呼ばれるたびに意識が遠のいてゆくかも。
「はい・・」
「あなた新人さん? 見ない顔ね」
「いえ・・もうかれこれ半年くらいここで働いています」って。なに白状してるの私。
「半年なら、まだ新人さんじゃない。って、あなた一人しかいないんじゃ仕方ないね」
えぇ・・っと思って振り返ると、本当にみんないなくなっていて。本当にお店の中私一人だし。ひどすぎるでしょ、こんな仕打ち。私がナニしたって言うの? それに、仕方ないって何のことですか?
「久しぶりに店長とお喋りしたかったのだけど、まぁいいわ。何かこう、スタミナが付くお料理ってないかしら、私、最近夏バテ気味でね、モリモリと力が湧きそうなお料理を食べたいわね」
えぇ~。そんなこと言われても、ちょっと誰か助けてって思うのに。店長も逃げたの?
まさか、また駐車場をお掃除してる? 見渡しても、本当に誰もいないし。
「ちょっとお嬢さん、聞いてるの」
「はい・・あの・・それでしたら、このサーロインステーキなんていかがですか?」
とメニューブックを開いて、後ろの方の見開きページ。私のイメージとしてはこれが一番・・スタミナ・・って何か知らないけど・・値段的にも一番高いし、お肉だし、栄養もありそう。だから・・。
「神戸牛のサーロインステーキわさび醤油そーすはこちらです」とお勧めしたら。
「こんな時間からステーキだなんて重すぎない?」
って・・うんざりしすぎな声で、尖った赤縁眼鏡をツイっとしながら言われても・・うわ、その嫌味な目つきが怖い。
「それでしたら・・」とページをめくろうとすると。
「まぁ。いいわ、こんな時間だけど、サーロインステーキわさび醤油ソース。食べてみようかしら、がっかりさせないでよね」
って・・赤縁眼鏡の奥からじろっと睨みつけられると。意識がなくなりそう。
「はい・・かしこまりました。それでは、サラダのドレッシングとスープをこちらからお選びください」
「はいはい。私はサラダにはイタリアンと決めてるの。スープは、ミネストローネでもいいのかしら」
「はい、かしこまりました。食後の飲み物はいかがなさいますか?」
「コーヒーで」
「はい。以上で・・・」
「はい、以上でいいから、サーロインステーキのワサビ醤油ソース。サラダはイタリアンドレッシング、スープはミネストローネスープ、食後にコーヒーね」
「では、くりかえさせて・・・」と、自動的に出てしまう言葉を・・。
「さっき言ったでしょ、しつこく何度も聞かないの」と、怒鳴られるように遮られると、体が震えあがって・・次に何言っていいかわからなくなりそうで。
「それと・・」えぇ・・キタ? ナニがキタ?
「お水頂けないから」お水か・・。
「はい・・かしこまりました、それでは、しばらくお待ちください」ゴクリと唾を飲みこんで。とりあえず、一番ピカピカのグラスを選んでお水を注いで。第一関門は突破できた? お水を飲みながら、じろっと私を見ているおばさんの眼光を見ないようにって思っているけど・・。
「はいはい・・って、本当にあなた一人なのね。この時間ってこんなにお客さんが少ないから?」
キョロキョロとお店の中を見渡すと、まだ本当に私一人で、でも、それは、あなたのせいです・・なんて思うのも怖いから。
「あ・・はい・・」とだけ、力ずくの笑顔で答えると。
「お料理は、あのコックさんが作ってくれるの?」
と言われて、おばさんが指さすキッチンカウンターの春樹さんに視線を向けると。やっぱり、はっとしたような気付き方で私の視線を受け止めた春樹さん。
「あら・・結構ハンサムじゃない・・今まで気が付かなかったわ、あんな人もいたのね」
と言ってるおばさんの言葉の方が気になって。まさか・・このおばさんも春樹さんを狙ってる? もしかして、新しいライバルに、なんて想像はしちゃダメダメ。だけど。春樹さん。ニコッと微笑んで軽くお辞儀した、このおばさんに? 
「あんな男の子をはべらせてみたいわよね。ふふふ、カワイイ、あのコックさん」
って・・赤縁眼鏡の奥からヘンな光線が出ていそうな視線で春樹さんを見つめるおばさん。だめだめだめライバルなんて意識しちゃダメダメ、でも、わ・・わたし、全身の産毛が逆立っている。どうして?
「し・・し・・失礼します」
逃げるようにその場を離れて。とにかく、アノおばさん、慎重にならないと、どんなクレーム言われるかわからないから、オーダーを打ち間違えていないかをチェックするために、キッチンカウンターに行くと。
「あのおばさん、こんな時間からステーキだなんて重すぎない?」
だなんて、春樹さんまでもが・・。
「同じセリフ言わないでください」と、それは叫び声のようで・・。
「って、どうしたの?」と優しく笑いながら聞いてくれる春樹さん。に。
「アノおばさん、苦手なんです。ほら、みんな私に押し付けて逃げて隠れちゃった」
泣き声でそう言うと、カウンターから身を乗り出して、お店の中を見回す春樹さん。
「ホントだ・・って・・見たことあるおばさんだね、この前もあそこに一人で座っていたでしょ」
なんて、笑いながら言わないでよ。
「知りませんよ・・あー・・ミスしたらどうしよう」そう思うと、することなすことすべてミスしちゃいそうに思えて、不安が不安を呼ぶ気がしてもっと不安になるとますます不安になるし。でも。
「いつも通りにやればいいんだよ・・って、美樹ちゃん、焼き加減聞いて来てくれる」
と、しれっと、プリントされたオーダーシート見ながら言う春樹さん。
「えぇ~、私、聞くの忘れてますか」うわ‥どうしよう・・。
「忘れてますよ。ほら、ここ空白になってる。適当に焼いて持っていくと、ステーキなんだから焼き加減くらい聞きなさいよってクレーム言われるかも」
そんな顔をぐにゃぐにゃさせておばさんの真似しないでくださいよ。って。泣いちゃいそうなのに。でもとりあえず。
「・・はい」
って返事して。アドバイスはいいのだけど。おばさんのテーブルに向かう足取りが無茶苦茶重いし。そして。
「あの・・失礼いたしました・・先ほどのサーロインステーキ・・」
あーどうしよう。何か言われたらどう言い返せはいいんだろう。
「どうしたの? 私に勧めといて、ないって言うんじゃないでしょうね」
やっぱり・・怖い、ぞぞーっとする、この目つき。
「いえ・・私が、焼き加減を伺うのを忘れていました、ごめんなさい」
ごめんなさい・・ではなかったかなこういう場合。
「ったく・・ごめんなさいって言うほどでもないでしょ。焼き加減は、ミディアムレアで、やっぱり新人さんね。緊張なんてしなくていいのよ」
と言いながら、ニコッとしたおばさん・・笑うんだこの人も。と思っても、その笑顔にもっと緊張してしまいそうだし。
「は・・はい、かしこまりました」
と言い残して。すくに春樹さんの所にダッシュして。
「あの・・ミディアムレアだそうです」
「はいはい。じゃ。ミネストローネスープとサラダはイタリアンドレッシングで、フォークとスプーン、そのトレーに乗せて一緒に持って行って。食器を並べてからスープとサラダ。いい、できる?」
「はい・・食器を並べてからスープとサラダ。食器を並べてからスープとサラダ」
呪文を唱えるように、スープとサラダを運んで。
「お待たせしました。食器を並べてスープとサラダをお持ちしました・・・」
って・・え・・違うでしょ。春樹さんのバカ、何言わせるのよ。
「はいはい、食器を並べてスープとサラダね」
って、おばさんの笑顔に・・余計に緊張しちゃうし。もう。震えそうな手でフォークとスプーンを並べて。スープを置いて、サラダを置いて。
「それでは、メインディッシュをお持ちするまでしばらくお待ちください」
「はいはい。メインディッシュね」
よし・・とりあえず、第二関門突破かも・・。と思っていたら。
「ちょっとお嬢さん」って、びくぅ・・と首が縮まる一言。
「はい・・」
「紙ナプキン切れてるわよ、何枚か持ってきてくれる」
「はい・・」びっくりした、なんだそんなことか。と思いながらオソルオソル用意して。
「ここのミネストローネ、トマトの酸っぱさかイイ感じで美味しいわね」
「はい・・ありがとうございます」
でも・・キッチンカウンター、ジュージューとお料理を作っている春樹さん。サーロインステーキは私がソースを、じゅわーっ、とかけてあげなければならない料理で。それを思い出すと、あーどうしよう、もうこんな緊張はしなくなっていたのに。アノおばさんだから・・。と、うつむいていたら。
「美樹ちゃんどうしたの? 久しぶりに何か不安がありそうなうつむき方だけど」
と春樹さんが気を遣ってくれて。だから、アノおばさんが苦手だってさっき言ったのに。
「もうすぐできるけど、ステーキ用のナイフとかフォークとか用意はいいかな」
「はい・・・・って」あーそうだ、サラダとスープ持っていくタイミングでステーキ用のを用意しなきゃならないんだったのに。あーどうしよう、私緊張しすぎて忘れてる。間に合わないかも・・。
「もうすぐですか・・」
「まだ間に合うから、ステーキ用のを用意してあげて」
「はい・・」
そう言われて、おばさんの席に持っていくと。
「あら、それって私苦手なのよね、ナイフとかフォークとか使うの」
そう言われて。引くべき・・でも・・どうやって食べるの? と後ろを振り返ると春樹さんがニコニコしているし。どうしよう。と思っていると春樹さんが手招きしている。だから、走るような早足でカウンターに引き返した。
「おろおろして、今度は、どうしたの」
「ナイフとフォークが苦手だって、言われました」
「あー、そういうこと。じゃ、いつも通りに持っていって、ソースかけるところからは俺がするから」
「え・・?」俺がするからって・・。自分を指さしてる春樹さん。
「はい、鉄板熱いから気を付けて、時間勝負だから、もたもたしない」
「はい・・」鉄板が冷める前に全部終わらせる。よし。私はできる。はず・・。
「用意はいいかな、お待たせしましたって、少し離れたところに置く、そこから先は俺に任せる。わかった」
「はい・・少し離れたところに置く」俺に任せるって・・?
「じゃ、だすよ、緊張しないで、いつも通りに。せーの、さぁ行こう」
と。カウンターに上がった鉄板の上でジュージューしてるステーキを、言われたとおりに素早く運んで。
「お待たせいたしました、神戸牛のサーロインステーキでございます」
と、ステーキプレートをおばさんから少し離してテーブルに置くと。すかさず、春樹さんが、後ろから。そっと、入り込んで。
「失礼します、ソースが跳ねますから、キレイな肌、やけどしないようお気を付けください」
とお皿を紙の筒で包む春樹さんを、おばさんがきょとんと見上げている。赤縁眼鏡の奥のいつもはあんなに細い瞳は真ん丸になっていて・・。口も開いたままで。私も・・そう・・だけど。
「わさび醤油ソースでございます」という春樹さんの一言と同時に。
じゅわわわー、と熱い鉄板の上でソースがはじけて。湯気と、ものすごくいい香りが漂って。
「あららら、いい香りね、それと、この時間に来ると、こんなにチャーミングな男の子のサービス受けられるのかしら?」チャーミングな男の子のサービス?
「いえ、今日は特別です」なんて、春樹さんは、爽やかな笑顔でさらりとあしらってるし。
「どうして・・特別なの?」と聞くおばさん。私もそう思ったけど。
「お客様に粗相がないように」と言いながら、春樹さん、どうして私を見るの?
「ふーん、そう言うこと。って、コックさん、お嬢さんの彼氏なのかな?」と私を見ながら、ニヤニヤしてるおばさん。
「え・・?」それ、私に聞いたの? ってどう答えていいかわからないし。 
「それとも、お嬢さん、コックさんの彼女」っておばさんは春樹さんに視線を向けて。
「まぁ・・そんな感じですね」って、そんな感じってどんな感じなの? それに、その優しすぎる微笑みは何ですか春樹さん・・。と思っていると、おばさんが。
「へぇぇぇ」
と、ニヤニヤしながら春樹さんを舐めるように見つめてから。
「あーそうそう、私、ナイフとかフォークとかがね、食べやすいように切り分けていただけないかしら」と言った。切り分けて・・?
「はい、そのように伺いましたから。失礼しますね」
と、まだジュージューしてるお皿を、紙の筒を取り外して、くるっと回して、いつ持ってきたのか布巾に包まれた包丁とお料理用のフォークを取り出して、ものすごい早業で、サクサクサクサクとステーキを切り分ける春樹さん。
「うーわ、よく切れる包丁ねそれ、すっごい。魔法みたい」
と驚いているおばさん。私もそう思ってる。
「ええ、これは、肉が柔らかいので、このくらいの大きさでよろしいですか。焼き加減はごらんの通りミディアムレアに仕上げました」
と切り分けたステーキの一切れを包丁とフォークでコロンと横に向けて。真ん中がほんのり赤い、メニューブックの写真のような本当に美味しそうなステーキ。まだかすかにジュージューしてる。唾が出てきちゃってゴクリ。春樹さんは、包丁とフォークをトレーに戻して、お皿をおばさんの真ん前に滑らせて。
「どうぞ・・」とささやいて。軽く会釈した。
「まぁー美味しそう・・」と、おばさんは眼鏡をはずしてそう言って。無茶苦茶嬉しそうな笑顔。
「それでは、温かいうちにお召し上がりください」
なんて言ってる、優しい笑みを浮かべたままの春樹さんの横顔が。かっこいいというか、すごいというか、素敵と言うか。ぽーっと見とれてしまうというか。こんな見たことない春樹さんを見るのは初めてかも・・。と思っていると。
「ちょっとお嬢さん」
「はい・・」びくぅ・・っと不意打ち・・。
「お箸ないかしら、お箸」
「お箸・・・」そんなもの・・取りに行かないと・・。
「これは、失礼しました。ここにございます。どうぞ」
春樹さん、それってどんな魔法なの? と思ったら。
「あなたいいわねぇ、本当に魔法みたいなタイミング。いただきますわよ、うーわ、本当に美味しいし、お醤油とお肉って合うわねぇ、ワサビが鼻に抜けるのも。美味しい。なんだか久しぶりにお料理に感動してるかも。あなた、私の好きな魔法使いのようなコックさんね」
「ありがとうございます」
「若い男の子がはべってくれるからかもしれないけどね。お嬢さん。お婿さんにするなら、こんな、完璧な気配りできる男の子にしなさいよ。あーホントに美味しい、涙でちゃうのワサビのセイ? お家に連れて帰りたいわ、あなたみたいなコックさん」だなんて、そんなこと・・。ダメでしょと思うけど・・。
「それでは、ごゆっくり」って。ほほ笑んだまま、そうあしらうのか・・と私もナニかに感動してるかも。
「はぁい、どうもありがとう。それと、お嬢さん」
「はい・・」あーそう言われるたびに、本当に首が体に埋まっていきそう。
「とりあえず、合格よ。ほら、向こうのお客さんがキョロキョロしてるから、早く行ってあげなさい」
とりあえず合格ってナニ?
「は・・はい。失礼します」
って、それより、私、何とか切り抜けた? ちらっとキッチンに帰ってゆく春樹さんに視線を向けると、やっぱり、すぐ私を感じたように振り向いて、ニコッとしてくれる。って・・ふと思い出したような‥こんなシーン、前にもなかった? 遠くからテレパシーが通じたようなあの時とか。お店の中で、春樹さんと二人っきりになったあの時とか。そんなことを微かに思い出したけど。次のお客さんの前で無理やり気持ちを切り替えて。
「お待たせしました、お決まりになりましたか? ご注文を賜ります」
と自動的なセリフを言った瞬間にナニを思い出そうとしていたのかも忘れて。また、仕事に集中できるようになってる私。そして、気になる、私に向けられているおばさんのニヤニヤしてる視線と。春樹さんがやっぱり私を見ていて。その向こうに、わざとらしく隠れている奈菜江さんがいて、私とは目を合わせないようにしていそう。そして、お客さんの注文をハンディーにプチプチと入力して。一度だけ確認をして。カウンターに帰りながら。ちらっと視線を向けると、春樹さんがやっぱり、ニコニコと私を迎えてくれた。
「次のお客さんは、クラブハウスサンドイッチ。すぐできるからそこで待つ?」
「はい・・」
「前にも、こんな風に、二人っきりになったことがあったでしょ」
と、焼けたパンにマーガリンを塗りながら言う春樹さん。
「え・・」春樹さん、もしかして、今、私が思っていたことを感じたの?
「あのおばさんも、美樹ちゃんに初めて会った日、あそこに座ってたろ、覚えてないかな?」
「え・・」それは・・記憶をもっとたどらないと思い出せないような・・。あ・・あの時の、「ちょっとお嬢さん、こんなの頼んでないわよ」というセリフが確かに思い出せて。春樹さんの顔を見ると、ものすごく真剣で、パンに具材を挟んで、トマト レタス ハムを積重ねたパンを串で刺して、また、魔法のようにサクっサクっと三角に切り分けると同時にお皿に盛り付けている。そして、フライドポテトを真ん中に盛り付けて。お塩とパセリの粉を振って。うーん、とチェックして。カウンターに上げながら。
「はい、出来上がり、これを持っていったら、帰り際に、おばさんにコーヒーを注ぎましょうかって聞いてみて」
「え・・はい」と言いながら、見上げる春樹さんの顔。初めて会ったあの日の笑顔と重なっている今この瞬間の笑顔。あの日にタイムスリップしたかのような錯覚を感じて。
「ありがと・・」と唇だけを動かして呟いたら。
「どういたしまして」とアノ時と同じように、唇がムニュムニュするだけの音声のない返事が返ってきた。なに、この感覚って。
そして、言われたとおりに、サンドイッチを運んだあと。
「失礼します、お客様、コーヒーをお注ぎしましょうか」と声を掛けたら。
「あーら、お嬢さん、いいタイミングね。美味しかったわ、ご馳走様。あんな大きなステーキ、ぺろっと食べちゃった」
そう言いながら、ニコニコと紙ナプキンで口元を拭いているおばさん。赤縁眼鏡をかけてないからか、別人のようにも見えて。
「こんなにおいしく頂いたのも久しぶり、ありがと、元気出てきちゃった」
「はい‥どういたしまして、コーヒーすぐお持ちします」
「はい、あのチャーミングなコックさんにも美味しかったって伝えてくれる」
「はい、かしこまりました」
なんだろ、この感じ、アノおばさん、本当は優しいのかな? とも思ったりしているけど。あの時、三角の目つきで「こんなの頼んでないわよ」と言ったおばさんなのは確かに間違いなくて。
「コーヒーです、お待たせしました」
「はい、ありがと。お嬢さん。あなた、お名前は」
え・・
「名前よ、名札見せて・・美樹って言うのね、あなた私の若いころそっくりね。可愛くて、愛らしくて誰もが心配してくれるお姫様のような女の子」
「え・・」若いころそっくり・・って・・?
「それと、あの魔法使いみたいなチャーミングな私好みのコックさん、あとでいいから紹介してくれる?」
どうして・・・? 告白とかするつもり? 
「いいからいいから、こんな美味しいものを食べられて、こんなに気持ちいいことがありましたってブログに書きたいだけよ」ぶろぐ・・・? まぁいいか・・。
「はい・・そのように伝えます」
って、何なの? あのおばさん。でも、お店に入ってきたときは、ゴジラのテーマ曲に乗っていたのに。今は、なんだか、ソバカスも鼻ぺちゃも気にしない、キャンディキャンディのテーマに乗っているような・・。コーヒーをさっと飲み干して。本当にスキップするようにレジに向かうおばさん。
「ご馳走様」と言いながら、カードを差し出して。
「お嬢さん、えーっと、美樹ちゃん。コックさん呼べる」と聞いた。だから。
「は・・はい」と返事して、カウンターから。
「春樹さん・・さっきのおばさんが呼んでほしいって」
と声をかけると、レジをチラッと見てから、外に出てきた春樹さん。とても綺麗な姿勢で軽くお辞儀して、おばさんに。
「ご満足いただけましたか」と聞いた。そんな丁寧な言い回し初めて聞くような・・。
「ええ、大満足、こんなにいい気持ちで、あんなに美味しいお料理頂いたのも久しぶりよ。ありがとう。ご馳走様」
「そう言っていただけると光栄です」
「ふううん、あなたは春樹さんって言うのね。樹が二つ並んで、あなたたちお似合いよ。美樹ちゃんも私の若いころを見てるみたい。私も春樹君のような魔法使いみたいなコックさんに恋したの。あれから40年。ヘンなこと思い出しちゃった」
え・・? お似合い。40年・・春樹さんに恋したって・・何? と春樹さんを見上げると。春樹さんは。
「お似合いだって」と恥ずかしそうに笑いながら、私につぶやいた。どう返事したらいいのこういう時・・。
「じゃ、また来るから。美樹ちゃん、また今度は別のをお勧めしてね」
「は・・はい・・」ってまた首をすぼめながら返事したけど。
「じゃね」と手を振ったおばさんに。
「はい、それでは、またのお越しお待ちしております」と挨拶する春樹さん。に。
「春樹君、若いのに、そんなイントネーション、誰に教わったの?」
とおばさんが聞いて。イントネーション‥確かに、さっきから、春樹さんの見たことないイントネーション。
「この店の料理長。私の師匠です」
と手で指し示したレジの後ろの額縁。店長とチーフの写真があって。
「ふううん、この方も、いいお弟子さんをお持ちなのね。じゃ、またね」
「はい、ありがとうございました」
うんうん、と笑顔で会釈して帰っていくおばさんと深々とお辞儀して見送る春樹さん。につられて私もぎこちなく深々とお辞儀したけど・・お辞儀し終わって、まだお辞儀したままの私に。
「はい、お疲れ様、いいおばさんじゃん」と言う。けど。思い返すだけで。
「ちょっとお嬢さん」って声がまだ耳の中でこだまして、首がどんどん縮まってゆく錯覚を感じながら。春樹さんがおばさんにとってカワイイ男の子だからでしょ、と一瞬は思ったけど。あのおばさん相手にニコニコと微笑んで、本当に魔法使いのような見たことない春樹さんをあんな近くから目の当たりにしたせいか、今まで見たことない喋り方で接客していた春樹さんのこと、妙にかっこよく見えたような。何だか別人のようにも見えたような、なんとなく話しにくくなったような気もするし。
「私の好きな魔法使いのようなコックさん」
「お婿さんにするなら、完璧な気配りができる男の子」
「私の若いころを見ているみたい・・あれから40年」
私も40年したらあーなるの・・って空想は想像なんて・・・・しないしないムリムリ・・。と首を振りながら。キッチンに帰っていく春樹さんの背中を見つめて、おばさんの一言二言を思い浮かべているこの瞬間。魔法使い。お婿さん。をイメージしてしまう春樹さんがものすごく大人に見え始めた気がする。なんだろうこの気持ち。・・・とキッチンに戻った春樹さんを見つめたまま立ちすくんでいると。
「え・・帰ったの・・はぁぁ、美樹お疲れ様。何ともなかった?」
と、ひょこひょこと出てきた、由佳さんたちに。
「はい・・春樹さんか手伝ってくれましたから」と返事すると。
「えぇ~。やっぱり手伝ってくれてたのね」と奈菜江さんが驚いて。
「まぁ・・おばさんの相手と言うか・・」私だから手伝ってくれたのかな? とも思えるけど・・。
「なんか春樹さん、美樹の事特別扱いしすぎじゃない? 慎吾は私の事、そんなに特別扱いしてくれないよ、もぉ、私も春樹さんに乗り換えようかな」
特別扱いだなんて・・それに、私も・・も・・って。他に誰がいるの? と思ったけど。
「まぁ・・美樹もできるようになったのね、ちょっと試練のつもりだったけど。乗り越えたんだ。よしよし」
「って・・試練だなんて・・もぉ・・怖かったのに」本当に怖かった・・まだ、「ちょっとお嬢さん」って幻聴が聞こえる。
「ほらほら、ライオンの子供も、崖から落とされて強くなるわけだしさ」
なんてどんな例えよそれって言葉に。
「私は落とされたらすぐに死にますよ」すかさず言い返してやる。と。
「よく頑張った。よくしのいだ。よしよし」と私の頭をなでる優子さん。
゜じゃ、これからは、あのおばさんの担当、美樹に決まり」
「えぇぇぇぇ、イヤですよ、あんな・・担当だなんて」
「まぁまぁまぁ・・春樹さんも手伝ってくれたんでしょ、良かったじゃない。じゃ、お待ちかねの、春樹さんと二人の時間過ごしてきてもいいよ」
と由佳さんに促されて。でも、担当はイヤですよ。と思っているのに。ニヤニヤする奈菜江さんと優子さんに見送られて、えぇちょっと担当だなんて・・それに、別に待ち兼ねているわけではないし。でも、
「美樹ちゃん、休憩するけど、いつものでいい?」
「え・・あ・・はい」
と、私の返事もそうだけど、何もかもが曖昧なまま、いつも通りの休憩時間をもらうことにした。

そして。春樹さんと二人で向かい合って、いつものチキンピラフをもぐもぐ食べながら。さっきの事も、メールの事も、また、急に何話していいかわからないような・・。でも今日は、春樹さんがニヤッとしながら。
「ちょっとお嬢さん」なんて濁声で言うから、また首がぎゅっと縮まったというか。そんな私を見て。くくくくくくって笑っている春樹さん。
「いいおばさんだったじゃない。どういう風に苦手だったの?」
なんてことを話し始めた。
「春樹さんは知らないから、もう、ちょっとしたことでぐだぐだとクレーム言われて、由佳さんも奈菜江さんも優子さんも、あーまたアノおばさん来てるしって。私、初めてで、本当に怖かった・・」
って泣きそうなのは演技ではないのに。
「そうかな、優しそうな雰囲気あったけど」って全然私の事心配してくれないし。
本当に怖かったのに。だから。
「あれは、春樹さんの事が可愛く見えたからでしょ。あのおばさん春樹さんの事好きなんじゃないですか?」
って、言い放ちながらふと思い出した、知美さんも・・年上・・。って、やっぱり春樹さん、年上がイイのかな? それとも、年上に好かれる男の子なの?
「まさか・・お母さんより上でしょ、あのおばさん」
と言ってるけど。
「知美さんも年上でしょ・・」とつぶやきながら思い出した・・。私のお母さんも・・。やっぱり、春樹さん・・マザコン?
「知美も年上だけどね・・美樹ちゃんがあんなにオロオロしてるから、ほっとけなかったし・・そうだ。肩、凝ったなら、揉んであげようか」
え・・。
「ほら、後ろ向いて」
とまだ食べ終わってないのに。春樹さんは私の後ろに立って。私の肩を揉み揉みし始めて・・。
「え・・ちょっと・・」
その・・触られた瞬間、びくっとして、抵抗できないというか・・その・・
「ほら、力抜いて。美樹ちゃんを触りたいんだよ」
って・・触りたい・・なんて言われたら・・金縛りになってしまうじゃないですか・・。あの。って、止まってしまうと、問答無用に私の肩を大きな手で揉み揉みし始めた春樹さん。
「ちょ・・ちょっと・・あの・・」くすぐったいというか、そこは痛いし。そこはくすぐったいから、あん。体が捩れちゃって、抵抗できない。
「まだ17歳なのにこんなにガチガチになってるし。ほら・・力を抜く。そうそう」
と言われるがままに、ほっとすると、なんだか気持ちイイ感じ。もみもみとほぐされる肩が全身をゆるゆるにしてゆく感じが、無茶苦茶心地イイと言うか。この痛みもなんかこう、声が出ちゃいそうで・・。
「あん・・いたい・・あ・・・」
「がまんしなさい・・いたいのいたいの飛んでけ・・」そんなことを耳元に囁きながら、揉みほぐされて、痛いのが気持ちイイような春樹さんの心地いいこの握力。こんなの初めてかも・・。体からタマシイが抜けていく実感がしてるし。がまんできない声・・。
「あ・・ん・・ヘンな声が出ちゃう」
「どんな声が出るのかな。ヘンな声出してみて」
「いじわる・・あん・・あぁ・・あいたた・・そこ・・そこ気持ちイイ・・くくくくくくく」
って、笑ってしまう。私・・駄目かも、という気がしてる。ダメ・・ダメダメ・・あぁ・・。
「ここかな? くすぐったいの?」
「ううん・・くくくくくくく」あ・・だめ・・本当に体がねじれそう。それに、本当にタマシイが・・・体から抜けてゆく。私、幽体離脱してる・・・。
「はいはい。怖いの怖いの飛んでけ・・一人で、よくがんばった・・お姫様に、ご褒美あげます。いかがですか」
という声が遠くに聞こえて。
「うん・・くるしゅーない」とうなずくと。
「くくく」と笑ってから「強くなったな」と耳元に小さな声で、ささやく春樹さん。でもそれは。
「春樹さんが手伝ってくれたからでしょ」と思う。すると。
「一生懸命頑張っているから、何も言わずに手伝いたくなる、それが頑張る人の強さだと思うよ」
え?・・今なにか難しいこと言いましたか? って 魂が体から離れているから、よくわからない。春樹さん何しているのですか? 鼻でもぞもぞ髪をかき分けて。キスは髪にするものじゃないでしょ。とゆっくり振り向くと、私の顔を斜め後ろから優しい雰囲気で覗き込んでる春樹さん。なにっ? と思っていると。肩を揉むのをやめて。
「こんなことしたことは覚えてるのに」
と言いながら、私の左右のほっぺを むぎゅ っと摘まんで引っ張って。
「ふぁ・・ふぁにふにゅんべしか・・」
って、ヘンな声が出て。くくくくって笑ってる春樹さん。
「ぷにぷに。あの時、お前になんて言ったっけ・・お前・・はダメだったな・・俺、美樹ちゃんにあの時なんて言った? 強くなれって・・あともう一つ」
と言いながら、ほっぺを摘まむのをやめた春樹さん。また肩を揉み揉みし始めて。春樹さん、ナニを思い出そうとしているのですか。と思い始めて、わたしも同じことを考えていることを知ったせいか、気持ちがフワフワし始めた。どんな時でも思い出せる、あの時春樹さんが私にいった言葉。
「美樹ちゃん・・覚えてないか?」
覚えてますけど、言いませんよ。忘れるなんて許さない。ちゃんと思い出してください・・そう思いながら、初めて会ったあの日の記憶をたどると自動的に夢の世界に入り込んで行く意識・・そう言えば、昨日の夜は全く眠っていなかったかな・・早く美樹に会いたい・・ってメールも。あれってどんな意味なのかな? だめだめ・・あん・・あぁ・・そこそこ・・そこ、気持ちよすぎて気絶しそう。
「あーそうだ。思い出した。泣いてた美樹ちゃんにこう言ったんだ。人生長いんだし、もっと強くならなきゃ・・どぉ、励みになるって。こんなに強くなったんだな・・」
と言う声も遠くに聞こえて。覚えているんだね、うれしい。そう思うと。私、高いところでフワフワしているような、雲の上でふわんふわんと弾みながら眠っているような、心地いい意識の中。
「人生長いんだし、もっと強くならなきゃ」
あの時、あなたにそう言われたのはこの場所だったね。あの瞬間から始まった初めての恋、もう一度今この瞬間から始めたい4度目の恋、そんなことを思いながら、同じことを思ってくれている春樹さんに感じる安心感。溶けてしまいそうな心地よさ。
「私、強くなりましたか?」
そう聞こうと、振り返って、春樹さんの顔を見つめると・・。本当に優しい惚れ惚れしてしまう笑顔がそこにあって。見つめたままでいると、唇が引きあっている・・これって引力? 映画を見てるみたい、二人はきっとこのままキスしちゃうはず。私、あなたの事が好きです・・。こんなに好きです・・。だから、イイでしょ。キス・・してほしい。
「どうぞ・・・」と言ったのかな私・・思っただけかな・・。もう何が何だかなにもわからないくらい気持ちがぐにゃぐにゃになってるような感じがしてる。その瞬間。
がらっと休憩室の扉が開いて。
「ちょっと、春樹。美樹・・・・って・・えぇ~」
と、のけぞりながら止まったのは由佳さん・・・。
「どうかした?」と平然と返事したのは春樹さんで。
「・・・・・」まだ、ぐにゃぐにゃのまま・・由佳さんの顔がぼやけて見える私。
「ちょ・・ちょっと・・あの・・・・美樹」
と言われて、はっと、幽体離脱していた魂が体に戻ってきたように、目が覚めた。
「どうかしたの?」
と、まだ春樹さんが私の肩を揉み揉みしたまま。
「いや・・あの・・急にお客さんが入り始めて・・みんなサーロインステーキ頼むのよ、ちょっと、表に出てくれない・・・というか、ごめんなさい、いいところだった?」
と慌てふためく口調で私に聞いてる由佳さん。と、春樹さんの顔がすぐそこにあって。ひゃっと少しだけ離れたけど。
「なに・・急にって・・サーロインステーキ?」
と言いながら、まったく素のままで帽子をかぶって、お皿を片付けながら出てゆく春樹さんと。
「美樹・・今、春樹さんとキスとかしてた」と聞く由佳さんに。
「え・・・私、キスしてましたか? 春樹さんと? え・・うそ?」と聞いてる私。どうしよう、記憶が飛んでる・・・。しちゃたの・・え・・由佳さん見てたの? 私、全然記憶にないけど。今って、夢? 現実? 私、春樹さんにナニかされたの? 肩を揉み揉みされただけでしょ?
「あー・・まぁ、イイから、ちょっと表出てくれる」
と大慌ての由佳さんに手を引かれて、キスしちゃったの・・えぇ? と思いながら表に出るといつの間に満席・・って。ものすごいざわめき。えぇ、ナニコレ。
「ちょっと、ここでオーダー止めて・・もう在庫ないし」
と、店長に言ってるのはチーフ。二人とも、いつ帰ってきたの?
「お客様、誠に申し訳ありませんが、サーロインステーキの在庫が切れてしまいました本当に申し訳ございません。売り切れでございます」
「このオーダーまで・・それ以降はキャンセルして」
「ええー・・キャンセルですか。って。これじゃ仕方ないね。また今度にしようか」
「うーわ・・表も行列できてるし、どうしたの」
「鉄板何枚焼ける?」
「8枚ですね・・肉ってあと何枚ありますか?」
「22枚・・あー・・ちょっと、1234・・8まで。ここまでは少ししたら出せるけど。ここから先は、1時間待ちって言って。これ以降のお客さんはキャンセルしてもらって」
「何が起きたの?」
誰が何言ってるかもわからない、いきなりテンヤワンヤのお店の中。何していいかわからないままたたずむと。
「天使のようなウェイレスさんって、この娘じゃないの?」
え? と振り返ると、私を見ているお客さんが何人もいて。
「ホントだ、カワイイ。じゃ、魔法使いみたいなコックさんって、あの人かな?」
え? それって、あのおばさんのセリフ・・?
「チャーミングな二人のおもてなしにってあるから、若い方じゃない」
って、何話してるの、このお客さんたち。
「あの・・失礼ですが何がありましたか?」
そう聞いたら、携帯電話をかざしてくれたお客さんが。にこにこと画面を見せてくれて。これって・・あのおばさん・・。眼鏡が銀縁だと、とても偉い人に見えるかも・・。
「食べ歩きブログの藤江のおばさんがさ、サーロインステーキのワサビ醤油ソースをべた褒めしてるブログをあげてて、ほら、天使のようなウェイトレスさんに勧められた神戸牛のサーロインステーキのワサビ醤油ソース、まるで魔法使いのようなコックさんが調理してくれて、何年ぶりかしら、こんなに美味しいお料理を頂いたのは。チャーミングな二人のおもてなしに感謝感激感動しました。お店の名前は明かせませんが、本当に美味しいサーロインステーキのワサビ醤油ソース。あんなに心地いい気持ちで頂けて、幸せな一時をありがとう。って、藤江のおばさん、よくここに来てるし、サーロインステーキのワサビ醤油ソースなんてメニューここにしかないからさ、それに、クレームと批判が売りの藤江のおばさんがこんなにべた褒めするのって本当に何年ぶりで、検索3位に入ってきてる・・って1番も時間の問題だね。食べ歩き部門」
「情報回るの早すぎでしょ・・あーあ・・また今度にしましょ」
「店の前の写真上げたらすぐばれるしさ・・」
「売り切れだって。また今度にしましょ」
藤江のおばさん? まぁ・・とりあえず、おお客さんたちに。
「申し訳ございません」とだけ言っておこう。そして。


「お客様、申し訳ございません、サーロインステーキは本日はもう売り切れでございます」
「お客様、申し訳ございません、サーロインステーキは本日はもう売り切れでございます」
「お客様、申し訳ございません、サーロインステーキは本日はもう売り切れでございます」
「お客様、申し訳ございません、サーロインステーキは本日はもう売り切れでございます」
「お客様、申し訳ございません、サーロインステーキは本日はもう売り切れでございます」
店長が、壊れたスピーカーのようになっていて・・。がやがやと入口で団子になってるお客さんたちも。
「売り切れだってさ・・」
「仕方ないね・・」
「まったく、藤江のおばさんも・・こんなすぐばれる書き方ダメでしょうに」
「あーぁ・・また今度にしましょ」
「また今度」
「仕方ないね」
そんなぼやき声とともに、引き上げ始めて。なんだか、一瞬のパニックと。
「ホントに美味しい、お肉に絡むしょうゆと、鼻に抜けるワサビ。涙でちゃう」
と、とりあえず、ありつけたお客さんたちは、みんなそんな意見でサーロインステーキを食べていたり。写真を撮っていたり。

そんな、突如起こった「一皿5600円の神戸牛のサーロインステーキ36枚が一瞬で売り切れてしまった事件」と、落ち着き始めたカウンターから見つめてしまったお料理を作ってる真剣な春樹さんの横顔。に思い出すのは、由佳さんのさっきのセリフ。
「美樹・・今、春樹さんとキスとかしてた」
って・・春樹さん・・私の記憶に残らないようなキスしちゃったんですか? と思っていると。また私に気付いて、振り向いて、優しく微笑んで、んっ? て顔をした春樹さん。キスなんてしてない。絶対してない。したとしたら・・それはたぶん、目が覚めたら思い出せなくなる夢の中の出来事だ。と言うことにしよう。こんな記憶に残らないキスなんてありえないでしょ。あんなに思い出とか気持ちとか耳元に囁いてくれた言葉とか、私と春樹さんの心があんなに一つになってた瞬間の記憶は、はっきりと残っているのに。キスした記憶がないなんて。絶対してない、してない・・でも・・したのかな・・・と思うと、思考が途切れて、それよりも・・なぜか・・・。思い浮かぶ、アノ赤縁眼鏡のおばさん。「あなたたちお似合いよ・・あれから40年」って。

ところで、藤江のおばさんって誰? 有名人なの? という疑問の方が気になって仕方なないかも。
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