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夢の中に赤ちゃんが現れて
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シーツを被ったまま、何かを回想しようとしているのに何も回想できない私。春樹さん、「いい、入れるよ」って私に何をしたんだろう、「したいんだろ」だなんて、私は何をしようとしたんだろう。そこから先の出来事を再生すること、何かがブロックしているような。ただ、しく・・しく・・しく・・。と泣いているのかな私。放心状態というか虚脱感というか・・。体が自分のモノではなくなってるかのような錯覚を感じている。
「・・美樹ちゃん・・大丈夫・・本当にごめんね・・どうかしてたよ‥泣いてるの」
という春樹さんの声。そぉっとシーツから顔だけ出して。
「泣いてなんかいません・・」
と言ってみるのは、この人の前ではもう泣きたくないから。という思いと。どうして泣いてるの私、という思いが交錯しているから。それとも・・あんな結末って・・一番高いところに到達して、やったー、って叫んだ途端に谷底に転落したような。この泣きたくても泣けないような気持ち・・。
「本当にごめんなさい・・もう・・冷静になったから・・」
って、さっきは冷静ではなかったのですか? と思ったけど。間違いなく冷静ではなかったね。私の両手を押さえつけて、「したいんだろ・・」だなんて。いつもの春樹さんじゃなかった・・。私は、してみたいと、確かに思っていたけど、先週から。
「もう・・休むから・・そっちにはいかないから・・これ以上・・トイレはこっち・・この部屋の明かりはベットにあるから・・美樹ちゃんの背中のところ」
と指さして。
「トイレの明かり、小さいの、つけとくからね・・」
と教えてくれるから。
「うん」とうなずいて。そして。
「もう、本当に何もしないから、本当にごめんなさい・・おやすみ」
「おやすみなさい」
私の返事を聞いて、ほんの少し にこっ として、壁の向こうに見えなくなった春樹さん。そっちにはいかないから・・か。そうだね・・やっぱり春樹さんは私の恋人ではない・・のではなくて、私が春樹さんの恋人ではないんだな、という思いもしてる。私、体は春樹さんとそうなりたいと感じていたかもしれないけど、心は春樹さんとそうなることを拒否したんだという実感。蹴っ飛ばして・・本当に蹴っ飛ばしちゃったのかな・・実感がないけど・・。
「いい、美樹、春樹さんともしそうなっちゃったとしても、つけずにするようなら、これからってときでも蹴飛ばして・・」って美里さんの言葉・・私、つけてたとか、つけていなかったとか、そんなことを冷静に判断なんてできるわけなかったし・・。やっぱり。
「いい‥入れるよ・・したいんだろ」ってあの言葉が、がっかりな幻滅だったから・・かな。でも。
「愛してる・・」とか・・「好きだ・・」とか言われた後だったら「いい・・入れるよ」って言われて、「うん・・入れて」って返事したかな。「したいんだろ」 が 「俺、お前とセイコウしたいんだ・・」そんなセリフだったらどうだっただろう。ぶつぶつ考えながら、トイレに行こうと、起き上がると、裸、なことに気付いて、やっぱり、冷静になると、本当は残念に思っているんでしょ、とささやくもう一人の私の声が恥ずかしいかも、私も冷静ではなかったんだなと、春樹さんのさっきの言い訳をリピートしながら、バスローブを羽織って、そぉっと音を出さないように、隣の部屋・・明かりが漏れている扉。ソファーの上でタオルケットにくるまっている春樹さんの足。寝てるふりしてるのかな、でも、起こさないように、そぉっとトイレに入って座って・・蹴っ飛ばしちゃったこと・・痛かったかな・・と思ってみる。でも、イヤって言ったでしょ・・ダメって言ったでしょ・・。私が言ったつもりだけだったのかな・・言わなかったかな・・。そんなことを思いながら、流すと大きな音がして、思考が途絶えた。春樹さん、本当に寝ているのかな、起こすのも怖い気がするし。起こさないように、そぉっと、ベットに戻ってシーツに包まって。言われたところのスイッチを押すと、部屋の明かりが消えた。そして、さっきの続き・・。大きく息を吸って、ゆっくりと吐くと、思い浮かび始めたのは・・。
「許して・・」って春樹さんの、くぐもった重い言葉から・・。
「何もしないって言ったけど、絶対傷つけたりしないって言ったけど・・気持ちを抑えられない・・」
あの時、春樹さん・・どうなっていたのだろ・・。
「イヤだったらイヤって言って、ダメだったらダメって言って・・そうじゃないなら」
ものすごく真剣な顔だったと思い出せる・・。その後、私。
「言いません・・イヤだなんて、ダメだなんて」
なんて言ったね・・。あの瞬間は、覚悟を決めていた。イヤじゃなかったし、ダメじゃなかった。その後、なんて言ったかな・・私の体中をくすぐって、体中にキスをして・・なめたり、吸ったり、転がしたり。そういえば・・唇には、キス・・してくれなかったな。春樹さん、悶える私に、ごめん・・ごめんなさい・・って何回言ったかな・・。そんなこと思い出して。もう一度、大きく息を吸って、ゆっくり吐くと・・さっきはできなかった回想が・・鮮明な映像になって・・大きなスクリーンに投影され始めたような不思議な感覚。「私・・初体験・・しちゃったね・・未遂な結末だったかもしれないけど・・」ってナレーションが聞こえたような。大きなスクリーンいっぱいに・・私のおっぱいに吸い付いてる春樹さん・・が映っているような。ソレって、観客席から見ると、無茶苦茶恥ずかしい。それに、あの こそばゆさをもう一度感じたい無意識に支配された私の指先は、知らない間にそこに誘導されて。大きなスクリーンの中の春樹さん、あんな風に私のおっぱいをもみもみしたのね。そして、こんな風に乳首を吸って、舌先でころころして、指が勝手に摘まむ乳首が内側から突っ張ってくる、この感じに「あぁ・・」って声が出ちゃうのも、さっきと同じ。何してるんだろう私、触ると、やっぱり、突っ張って硬くなって、この抵抗できない痛みに「あぁ・・」・・と声がでちゃうこの感じは現実だったのかな・・それとも夢の中の出来事? 春樹さんが私の体を舐めていたのは現実だった・・あの時と同じ、私が今指先でリピートさせているこの感じも現実だと思う・・最後に蹴っ飛ばしちゃったのは、きっと、夢の中の出来事。 きっとそうだ・・目覚めたら、きっと春樹さんは、まだ私のおっぱいに吸い付いているはず・・これって、なんだか心地いいね、うつむくと、春樹さんと同じ顔の可愛い赤ちゃんが、私のおっぱいを小さな手で おしおし しながら もにゅもにゅ 吸っている・・ほんのりした痛みを止められない、がまんするしかないこそばゆさ・・可愛い赤ちゃん・・もっと吸って・・もにゅもにゅしている赤ちゃんの口元をじっと見ていると、心が綿毛に包まれているような、雲に包まれているような、心地よすぎるいい気持ち。お母さんになるってこんな感じなのかな。なんだろ、不思議な感情があふれ出してくる、この心地いい痛み、この心地いいこそばゆさ。春樹君、いいのよ、もっと、もっと吸って、でも、そんなに力強く吸ったら「あぁ・・ん・・あん・・」声を押し殺せないこの感じ、心の底から湧き上がってくるこの気持ちよさ。なんだろコレ。永遠にこうしていたい・・永遠に感じていたいよ。もっと・・もっと・・。もっ・・・。
「美樹・・美樹・・早く起きないと、アルバイトに行く時間でしょ」
って、もぉ、朝からまたお母さんの声が聞こえて・・わかったわよ、起きるわよ。と思っても。起き上がれないかも・・昨日、春樹さんとあんなことがあったばかりだし・・あれ・・赤ちゃんは? って春樹さんとあんなこと・・って? それに、よく聞くと、お母さんの声じゃなくて。私、家出していることも、ここが春樹さんと二人きりの部屋ということも、すっかり、意識から飛んでいることに気付いた。意識が戻ってきた、と言うべきか。
「ほーら、もぉ、美樹、ご飯できてるから、早く起きて食べて。俺も今日は忙しいから」
って、春樹さんの声なの? それに、ベーコンの焼けた美味しそうな匂い、お味噌汁の美味しそうな匂い、コーヒーの匂いも混じっている。それに、納豆も? まだ夢の世界のままですか?
「美樹、ほら・・起きて・・」
と、ベットがバウンドしたから、そぉっとシーツから顔を出すと。春樹さんがにこにこ笑っていて。
「お目覚めのキスをご所望ですか? お姫様」って聞くから。反射的に。
「はいご所望です」と唇を捧げたら、ほっぺをぐりぐりと摘まんで引っ張って。
「いいから早く起きなさい」
と私の寝顔に乱暴して、髪をがしがしかき乱す春樹さん。「もぉなによ」とぼやくと、春樹さんの背中が見えて。
「蹴るなよ」とぼやく声が聞こえた・
どこまでが夢で何が現実だったのか自信がなくなっていることに。
「えぇ?」と思って。目の焦点を合わせると。
「ほーら、早く起きなさいって・・」って部屋の外から怖い顔している春樹さん。だから。
「はーい、起きましたよ、もぉ」
と、体を起こして、んーっと背伸びをして、大きなあくびをして、なんだかものすごく ぐっすり 深ぁ―く 寝ってた気がする。体中が固まっているのをストレッチして伸ばしてほぐしていると。じぃぃっと見ている春樹さん。に愛想笑いして。組んだ腕を右に倒して、左に倒して。上に一杯上げながら。首をくき・・くき・・してから。もう一度あくびをしながら。
「おはうようございまうす」と言ってから、ちょちょぎれた涙を拭きながらベットから降りて、もう一回 ん~っと伸びたりない背伸びしながら。まだじぃぃっと見ている春樹さん。に。
「なんですか・・」
と言ってから、春樹さんの瞳に写っているモノに・・あっ・・と思った。はだけたバスローブ、全開のバスローブ、から剥き出しで放り出されているのは、二つのおっぱいと、おへそと、毛・・・。びくっとするとプルンっと弾む乳首、いつの間に弾むほど膨らんだの? と一瞬思ってみると、窓から差し込む朝日が産毛を輝かせて、滑らかな曲線の輪郭を滲ませる透明な光。そんな神々しい私の裸。を春樹さんはさっきからじぃぃぃっと目に焼き付けているかのように。だから、そぉぉぉっと襟を閉じて、腰のひもを結んで。後ずさる私。
「美樹・・」ってうわずる春樹さん、その気にならないでね・・昨日みたいにならないでね、と微かに思いながら。
「・・はい」と返事だけして、目を反らすことができないような・・。目を反らせたら襲われるかも・・これってどこで習ったなんの対処法? という気がしている。でも。
「美樹ちゃん、本当に綺麗になったな・・息が、止まっちゃうよ・・」
なんて、ゆっくりと心に染み込んでくるこんな言葉は、昨日の夜に言ってほしかったかも・・。と思うと何も言い返せないというか・・。なんとなく怖い・・というか。確かめるように「私、綺麗ですか・・息が止まるほど?」と心に染み込んできた言葉をリピートしているというか・・。でも。
「ほら・・朝ごはん、早く食べて、もう8時15分だし。9時までに出ないといろいろ間に合わないから」
とはぐらかせる春樹さん。
「・・はぁい」と言いながら、昨日の小さなちゃぶ台の前にいつも通り、あぐらに座って。その上には、ペアの、ご飯、納豆、のり・・と、お味噌汁、大皿の、沢庵、ミニトマト、ししゃも、アスパラ、ベーコン、目玉焼き・・より、スクランブルエッグの方がよかったのに・・と贅沢なクレームを思いついている私。そして。
「コーヒーは」と聞く春樹さん。
「砂糖もミルクも入れますよ・・・」と反射的に返答している私。と。
「まったくもぉ、持ってくるから先に食べてて」
とため息でぶつぶつつぶやきながら台所に向かう春樹さん。お箸を取って、
「いただきます・・」とつぶやいて。口につけたお味噌汁が、また、なんて美味しいこの出汁・・。頭から尻尾まで真っ黒な炭になっていない、斑のこげ茶色に焼けたシシャモなんて初めて見た。しげしげ見つめて、頭からがぶり、もぐもぐしながら、美味しい。ベーコンとアスパラを一緒に口に入れて。もぐもぐすると、お口の中いっぱいに広がる、混ざり合う味覚のシンフォニー・・ハーモニーだったかしら。って形容しようがない美味しい朝ごはん。
「はい、砂糖とミルクとコーヒーと・・納豆も食べなさいよ。頭良くなるから」
もぐもぐしながら、私のご飯に納豆をかける春樹さん。
「あーもぉ、ご飯は白いままの方がいいのに」
とぼやくと。
「じゃ、俺の食べろよ、それ、俺が食うから」
とお茶碗を入れ替えようとするから。
「食べますよ・・」
と抵抗して、まだ納豆が垂れていない白いところを食べてから。納豆をじゅるじゅるとすすってみた・・これも、出汁が効いてて、カラシのピリッとした刺激もあって。美味しい。パクパク口に放り込んで、もぐもぐと食べる春樹さんの手作り朝ごはん。そんな私をうんざりな顔で観察しながら。
「よく食うな・・おなか空いてたの」
「ううん・・美味しいから」
「そ・・ありがと」って、知美さん、毎朝、こんなにおいしい朝ごはんを春樹さんに作ってもらって、二人で食べるのかな、こんな風に、いい争いしながら。と空想しながら顔をあげると、私を見つめたまま、あまり食べない春樹さんに気付いて。
「食べないんですか・・そのベーコンもらっていいですか?」
と聞くと。春樹さんは無言でベーコンを摘まんで、もぐもぐと。
「じゃ、アスパラ・・」とお箸を伸ばすと、シャッと素早く摘まんで、私を無視しながらもぐもぐ、だから。
「なによ・・いじわる・・」とぼやきながら。膝を立てて前進し、手を伸ばして、もう一匹残っているシシャモを奪い取ると。春樹さんは。
「はぁぁぁぁぁぁー」長いため息。そして。
「アルバイト終わったら、まっすぐ家に帰って、お母さんにごめんなさいって、言うんだぞ」って急に説教を始めて。思い出したくないことだから。ムシ。すると。
「はいって言わないのだったら、食べさせてあげないし」
ってちゃぶ台ごと右側に回り始めて、また止まってしまう春樹さん。まだ手を付けていない目玉焼きに手を伸ばすと、じぃっと私を見つめている。上から下まで、下から上まで、舐めるように見つめてから、逆回転するように、ちゃぶ台をゆっくり戻した。目玉焼きを摘まんで、半分に切り分けながら、春樹さんを見ていると、私を見つめる視線があっちいったりこっち行ったりしているのがわかる‥なによ・・と思いながら。目玉焼きを口に入れもぐもぐしてから。お味噌汁をすすって。
「はぁぁぁぁ・・・」っとまた長いため息の春樹さんに。
「わかりましたよ・・はいはい・・ごめんなさいって言いますよ」と仕方なしにぼやいて。
「おまえなぁ・・・はあああああ」と、なんだか変な春樹さんを睨んでやる。
でも、春樹さんだって。昨日は、何もしないって言ったくせに。お母さんにも、信じてくださいって言ったくせに。私に・・。あんなこと。
「いい・・いれるよ・・したいんだろ・・」だなんて。
「・・・なに?・・なにかぼやいた?」つて春樹さんの顔がなんだか 間抜けてて。だから、早口で。
「春樹さんだって、お母さんに謝らなきゃならないんじゃないですか?」
「どうして・・」
「私に・・あんなこと・・」と思い出すと、おなかの下の方がジンジンし始めるような。乳首がむずむずするような。昨日の回想が鮮明に空想されて。産毛が逆立つこの感じにぶるぶるっと身震いして。いること気付かれませんように・・。
「って、あれは・・お前がイイよって言ったからだろ」
「言ってませんよ」イイヨだなんて。ったくもぉ、まだ身震いが全身を駆け巡っている。今度は別のところから・・。
「言っただろ」っ続ける春樹さんに
「言ってません」と言うのが精一杯のような。
「どうぞって言ったじゃん」それは、まぁ。
「どうぞって・・春樹さんが触りたいって言うからでしょ」あれは、断り方知らなかっただけで。とは言い訳かな。
「触りたくなった、だけだし・・」触りたくなったって。それ。
「だけじゃなかったでしょ・・」と、イラっとするこの感情。エンジンかかったかも。
「それは、お前が」
「私が何よ」
「全く抵抗しないし」
「できるわけないじゃない、抵抗なんて」
「どうして」
「どうしてって、押さえつけてたの春樹さんでしょ」
「抑えてなんかないよ」
「抑えてました」
「抑えてなんか・・」
「抑えてました」
「でも、イヤッて言わなかっただろ」
「イヤって言いました」
「ダメって・・」
「言いました。それなのに、あんな・・」
もっとロマンチックな、もっと少女漫画のような、もっと、こないだ見た映画のような。ドラマのような。愛と優しさが溢れた、ありえないような、わざとらしすぎる甘い言葉に溺れる初めての夜をずっと夢見ていたのに。朝まで腕枕で髪をなでなでとか、優しい優しいお目覚めのキスとか・・。お昼まであなたの乳首を指先でこちょこちょとか、そのまま朝の部の始まり始まり・・・それは空想しすぎ・・そんな行為が無条件で初体験についてくる おまけ だとずっと思っていたのに。なのに。
「いい‥入れるよ・・したいんだろ・・」
だなんて。あーもぉ、この一言、一生トラウマになりそう。
「まぁ・・それは・・うまく言えなくて・・ごめんなさいって・・」
「あやまってすむ話ですか・・」あんな、初体験。
初めてのキスっぽい出来事も、するめ味の思い出が強烈で全然夢とは違うしロマンのかけらもないし。「するめ味のファーストキッス」だなんて月曜のドラマじゃあるまいし。と、また思い出して、これも、もうトラウマになってるじゃない。と涙が出そう。
「でも‥あんなに強烈に蹴り飛ばすこともないだろ・・イヤとかいえばやめていたのに・・ダメとかいえばしなかったのに・・まだ痛いよ・・」
「言っても、入れたじゃないですか・・・ぬるって、入ってきたじゃないですか」
なんてこと、言い放っちゃいけない気が、言い放ってからしてる・・。のに。
「言わなかったでしょ」
「言いましたよ」
「聞こえなかったし・・」
「聞かなかったんでしょ・・モヤモヤしすぎて」
「まぁ・・それもあるかな・・ごめんなさい・・でも・・言い訳だけど・・本当に抑えられなかった・・今もいつまで我慢できるか・・本能が理性を押し倒しそうだし・・はぁぁぁ」
って、本能って何ですか・・理性って・・。と思ってから、春樹さんの視線は、また、私の顔とか体とかを舐めるようにうろちょろうろちょろ見つめていて。
「・・・・そんな目つきで、うろちょろ見るのも、やめてください。なに見てるんですか」
とバスローブの襟を掴んで。どことなく、怖い・・。
「美樹・・」と、ちゃん をつけずに呼び始めてる春樹さん。
「なんですか・・」やばいかも・・と思っている私。
「一言、言っていいか・・」えっ。
「ど・・・どうぞ」って・・何を言いたいのだろう・・。ケッコンしよう? もう一度しよう? いいだろ? 入れるよ? それぞれの言葉に、それぞれの答えを考えようとするけど。
「お前さ・・・」じゃなさそうで。ほっとしたかも。
「お前って私の事ですか」そんな呼び方、今までしたことないでしょ。お前、だなんて、なんとなくイヤではないような。
「ああ・・お前・・はぁぁぁぁ、もぉ、安心しすぎだろ、どうしてそんなに安心しきっているの」
安心って・・。確かに。
「安心してますよ・・」
「それって・・俺の事、無害だと思っているから・・何もしないとか・・信じているとか・・」
「無害って・・まぁ・・信じてるというか・・昨日、春樹さん、何もしないって・・」
あんなに優しい雰囲気で言ったけど、でも、何かしたね・・それと・・・。
「好きだからって・・言ってくれたし・・朝ごはんも作ってくれたし。優しく起こしてくれて。安心する以外ないと思います」
だから、まぁ、何かされた後でも・・なんとなく安心しているわけで・・まぁ・・別に、何かあったとしても・・春樹さんの方から昨日の、あの始まり方のように、優しくしてくれるなら・・私は、何度でも受け入れられると思うし・・昨日は蹴っ飛ばしたけど。あれは・・嫌いになったわけではなくて、あの言葉のせいでしょ・・と思う。
「まぁ・・本当に好きだから・・大切にしたいから・・今は、理性を保っているけど・・」
本当に好きなのね私の事。大切にしたいんだね私の事。ふふん、初めからそういえばもっと嬉しいのに。でも、昨日は理性を保っていなかったのね。とは言わずにいようと思う。ちょっとした刺激で、その理性がなくなっても困りそう、という思いがしてる。だから。とりあえず。
「けど・・なによ」と聞き返して。もしかして、こんな場面で告白・・それとも・・昨日の続きを再開・・したいの。ゴクリとしながら、春樹さんの言葉を待つと・・。
「お前・・自分がどれだけ可愛い女の子か、ぜんっぜん自覚してないだろ・・」
って・・・どれだけ可愛いか? とくんって心臓が一瞬跳ねた、初めて聞いた気がした春樹さんの一言・・って何の話ですか? 急にナニ・・。もしかして私を・・。でも、自覚してないだろって、どういう意味?
「今のお前はね、無っ茶苦っ茶可愛くて、もんのすごく魅力的で、男の理性を指先一弾きで蹴散らしそうなほどイロっぽいんだよ・・こんなこと言うの恥ずかしいけど・・今のお前は、本当に・・」
ってそこで息継ぎしないでよ。
本当に? ナニ? 恥ずかしいけどって? 何を言い出す気ですか?
「はぁぁぁぁぁぁ・・」それは、また、ため息。また息を吸って・・。静粛の中。
「今のお前は、本当に、美しい・・」
えぇぇ? ウツクシイ・・ってナニ? ちゃんと聞いた? 聞き逃したかも、どゆ意味? って。えぇぇ?
「そういうこと、自覚する年頃なんだから」って、指先でピンっと私のおでこを弾く春樹さん・・。何ですか、こんな場面で、美しい、だなんて・・生まれて初めての一言に、急に、ドキドキしちゃうでしょ・・そんなこと言い始めたら。でも・・そんなことを言ってから、またため息を交えて困り切っている春樹さんの表情に感じる違和感、急に聞きたくなったこと。それって・・。
「誉めているんですか・・怒っているんですか・・」
「怒っているの」なんて即答するから、私もムカついて、カッとなったかも。
「怒りながら言うことじゃないでしょ、美しい、だなんて」とりあえず言わなきゃ気がすまない。もっと、優しい顔で誉めながら言ってくれたら、その一言は、ものすごくうれしいはずなのに。美しいだなんて、怒りながら言う言葉ですか?
「・・だから・・安心するのはいいけど。俺の事、何もしない男だと思うのもいいけど。その、おっぱいをチラチラさせるのと・・太ももムチムチさせるのと、その・・それ・・パカパカ開くのやめてくれないか・・」
って・・うつむいたら、捲れ上がったバスローブと、さっきシシャモを取ろうと立てた膝。脚の太ももは根元の奥まで・・丸見え・・そういえば、バスローブ一枚の下は、パンツ履いてなかった、ほんとうの素っ裸。って・・指先ピンって私のおでこを弾いた春樹さんの、その指先ピンっは・・別のモノの ピンっ をイメージしてしまうような・・。だから、そぉぉっと、バスローブを整えて、脚も斜めに畳んで閉じたつもり。なのに。もっと思い詰めているような春樹さんは。
「美樹・・俺、お前の事好きだし、大切にしたいし、だから、いや、でもね、本当に我慢できないかも・・いいだろ・・」
と、本当に思い詰めている顔してる。ほとんど食べ終わっているちゃぶ台を動かそうとして。鼻の穴が大きく膨らんでいるような。ふぅー、ふぅーって息づかいが・・怖い。だから。
「いいだろ・・なんて。ダメに決まってるでしょ・・これからアルバイトに行くし・・」
と、力いっぱいちゃぶ台を固定して、もっと鼻の穴を大きくして息をしている私。安心感なんて今は完全になくなってる・・。気もするけど・・。どことなく、心の準備はできている気もしている。もう一度「お前は、本当に、美しい」なんて言われたら、この力いっぱいちゃぶ台を抑えている手を ばんざい して、昨日みたいに「どうぞ」って言いながら後ろにのけぞって寝転がろうかな、という気持ちが少しあることを自覚している。こと、私はこんな時に自分を、そう分析している。
「だったら・・もう、服とか着て・・歯も磨いて・・ほら・・出発しよう・・これって、虐待だぞ、虐待・・・もぉ、どんな拷問だよホントに・・・はぁぁぁ・・・頭おかしくなりそう、なんとかして」
やっぱり、本当に美しい、って優しく誉めながら言ってくれたなら、このバスローブも折り畳んだ脚も、無条件に開放したかもしれないのに。そんなぼやき方だから、反動を伴ったこの「幻滅」それに、ギャクタイってなによ? ゴーモン? と思っていると、
「もぉぉ・・片付けるぞ」
って、立ち上がって、お皿をかたずけ始める春樹さん。お皿の沢庵の一切れを見つけて、指で摘まんでぽりぽり食べる私をまた、鼻の下をちょろっと伸ばしながら見て。はぁぁぁっとため息を吐きながら向こうに行った。そして。
「そういえば、美樹ちゃんの服・・昨日乾燥機に入れた?」
って、また私を ちゃん付け で呼び始めた春樹さん・・乾燥機ってナニ?
「あーあーあーもぉ、乾燥機に入れてスイッチ押しなさいって言ったでしょ」
「何の話ですか?」
「湿ったまま一晩おくと、ほら・・臭くなってるし・・漂白剤で洗わないと・・もぉぉぉ」
って。心の底からぼやいている声に。
「洗濯は俺がしとくからって言ったの春樹さんでしょ」
って言い返すけど。聞いてないし。
「はぁぁもぉ・・間に合わないし・・もぉぉ」
とぼやき声がしつこく聞こえて。
「たくもぉ・・知美さんのモノ勝手に触ると怒られるんだよ・・って、どこに仕舞ってるのかな・・あーあった・・これ、あいつの買い置きだから、サイズ同じくらいでしょ・・向こう向いてるから、これ着て・・上着は・・あーもぉ、これでいいや・・ほら、早く着替えて、歯を磨いたら出発するから」
って、ポイっと投げ渡されたそれは、真っ赤なブラシャーとショーツ・・って、ナニコレ・・ふりふりのすけすけは下半分だけしかないじゃない。それに、クリーニングのビニールに包まれたままの、スカイブルーのひらひらした腰から下ストレートにゆったりしたパンツと、フリルがたくさんついた真っ白なシャツ。
「ほーら・・向こう向いてるから、早く着替えて、歯を磨いて、出発しますよ」
ってお母さんみたいに何回も言わなくても聞こえてますよ。
「わかりましたよ・・」
って、バスローブを脱いで、真っ赤なショーツ、前はスケスケ、後ろはヒモ。ブラジャーも・・下半分を持ち上げて、って、持ち上げる必要ないかな、下半分だけでも、少し緩いかも。知美さん、結構大きいのね。それに、スカイブルーのパンツは、白いフリルがいっぱいのシャツと、まるで青空と雲みたいな・・へぇぇ、こんな服、可愛いというより・・綺麗・・くるんと回って、全体をチェックして・・でも・・白いシャツに透ける真っ赤なブラジャー・・だけど。お尻の線も・・へぇぇ、こんな衣装も似合うんだな私に・・。結構大人っぽくない? 顔を斜めにして、髪を摘まんで整えて にこっ 結構イイかも。なんて見入っていると。
「ほーら・・もぉ時間ないから、歯を磨きなさいって」
と、まだ、お母さんみたいな春樹さんのぼやき声。
「うるさい」
ってぼやいてから、歯を磨いて。髪をチェックして。鏡の前のお化粧品は、チェックしなきゃならない銘柄のように思えるけど。ボトルをひとつひとつ。読めないし、英語?
「ほら、出発しますよ・・」
と、無理やり背中を押されて、イヤイヤ部屋を出ると。
「あら・・・おはようご・・ざい・・ま・・・」
と‥立ち止まって私をじろじろ見つめたまま、歩調を緩める、誰? か知らない女の人に「おはようございます」と挨拶して。ヘルメットを二つ持って出てきた春樹さんに背中を押されて。昨日も乗ったエレベーターに乗ると、なんとなく、あともう少し物足りない冒険が終わったような錯覚・・。そう・・遊園地でジェットコースターを乗り終えて、出口に向かうあの雰囲気がした。「もう、終わりですか」と見上げても、春樹さんも黙ったままだし。
そのまま歩いて、黙ったままオートバイにまたがって、春樹さんにしがみついて、しがみつくのにも慣れたのかな。ぎゅっと抱きしめて、胸をぐりぐり押し付けると。腕に伝わってくる春樹さんのため息。いつも通り。
「足でしっかり挟んで」
だから、ぎゅっと春樹さんの腰を足で挟んで締め付けて。
「じゃ、出発するから」
私の手をぎゅっとしてから、エンジンがかかって、ゆっくり走り始めるオートバイ。日差しに照らされた朝の空気を思いっきり吸い込むと、無茶苦茶気持ちよくて、薄着でしがみつく春樹さんの体温も今日は丁度いい感じ、このぬくもりに、ちょっとだけ昨日のエッチなシーンを思い重ねながら、過ぎ去ってゆく景色に、空を飛んでいるようなあの時の感覚をしばらく堪能していると。だんだんとスピードが落ちて、右に左に揺られて、止まって、くっついたり、走り始めて、しがみつきなおしたり。しているうちに、今度はあっという間に到着したお店の前。から裏側に移動して、止まったエンジンの音。
「ほら、降りて、ここならだれにも見えないから」
って、まぁ、そうだね。と思う。それに。
「アルバイト終わったらまっすぐ帰る。お母さんに、ごめんなさいって言う。いい? わかった?」
しつこい。と思いながら ぎゅっ とにらむと。ヘルメットのベルトを外してくれる春樹さんの手がくすぐったいくて、このこそばゆい感じにへへへっと笑ったら、スポンとヘルメットが外れて。
「土曜日に持って帰るから、これは、お店に置いてて」
と言うから。今度会えるのは土曜日か・・。と言う気持ちが溢れ始めて。そのせい。
「お母さんに、ごめんなさいって言うんだぞ」しつこく、もう一度繰り返すその言葉に。
「はーい。わかりましたよ」と、精いっぱいの素直さでつぶやいたつもりの私をようやく許してくれたように。
「それじゃ、またな」
「うん」
「それと、昨日は本当にごめんなさい。がまんできなくて」
そんなに謝り続けなくてもいいじゃないですか、と思う。
「お前が、こんなに綺麗に、急に大人っぽくなっちゃったのがいけないんだ」
お前・・って呼ばれると、思考停止になってしまう気がして。
「アレは、美樹のせいだからな」
美樹って呼ばれると、微かに恋人になってくれてる気持ちになって。でも。
「美樹ちゃん・・」
と呼んで、私のおでこをつついて、ヘルメットの窓から見えるその目は、恥ずかしそうに笑っていて。
「ごめんなさい・・許して、昨日の事」と続ける春樹さん。また元に戻ったかな。
「うん、許してあげますよ」とつぶやいたのは、元に戻ったこの寂しい気持ちのせいだね。
「春樹さん」と名前を呼んで。思い出すこと。
私、綺麗でしたか? 美しいって、そんな言葉の次に、入れるよって続くのなら。入れる前に、もう一度言ってくれる約束をしてくれたら、今度は蹴ったりしないから。とは喉の下くらいに用意していそうな言葉だけど、入れるだなんて・・何をどこに? ・・と空想してること無茶苦茶恥ずかしい。だから、代わりに「私、綺麗になりましたか」と無理やり思ってみる、好きな男の子にそんなことを言われたら、心の底から嬉しい気がする、「美しい」だなんて、言ってくれたこと、怒りながら言ったみたいだけど。本当は嬉しいから、私も、春樹さんにチュッチュッされていた昨日を思い出して、アレって、思い返すと、私なりに素敵な初体験だったような気持になってきてるし。まぁ、アレはアレでそれなりに良かったかも。なんて思っていること、どんな言葉を並べたら、すんなりと春樹さんに伝わるだろう。そんなことを今考えている。のに。
「それと、知美には言うんじゃないぞ」
だなんて、両手でほっぺを摘まんで、ぐりぐりした春樹さん。また、気持ちがこんなに ほんわり 膨らみ切った瞬間に、その一言はひどいでしょ。どうしていつもそうなの? と眉を寄せたら、エンジンがかかって。ヘルメットの中から、ウィンクする春樹さんを。ぎぃぃっと睨みつけながら。どうして、身も心も ほんわりと開いて その気になり始めた、この瞬間に知美さんの名前を出すのよバカ。と思ったと思ったら、すぐに走り始めたオートバイは、一旦止まって右左。そして、右に曲がって、大きな音と一緒にあっという間に見えなくなった。
「ばか・・綺麗って言われて嬉しかったのに」とつぶやきながら、また、昨日のことを思い返し始めている私。
「お前は、本当に、美しい」そんなBGMの中、私のおっぱいをちゅうちゅう吸っている春樹さんを思い出すと。体の中からジンジンしてくるこの感じ。なのに。遠くから、
「知美には言うんじゃないぞ」って声が何もかもを打ち消して、はぁぁっとため息を途中から鼻息にして、ふんっ って吐き出すと、私なりの 初体験 それは、最後の一言さえなければ、という思いとともに一区切りしたんだな、さっきの一言さえなければ、私なりにまぁまぁよくできた初体験だった。そう納得するしかないようだ。「知美には言うんじゃないぞ」 だなんて、昨日春樹さんとあんなことしただなんて言えるわけないでしょ。
そして、お店のガラスの扉に写る私ってこんなだったかな? と思ってしまうのは、この衣装のせいかな、と思う。私が動かす手と同じ動きをしているガラスに映る私。私だよね、コレ。って何してるの私。自分で言うのもなんだけど、ガラスに映っている私って、結構、大人っぽくて綺麗、強いて言うなら、知美さんが立っているような。知美さんの衣装だからかな。でも、こんなヘルメットを持ったまま「おはようございます」なんてお店に入って行くと、また、変な詮索されそうだし。そぉっと店の中をのぞくと。由佳さんが一人でお客さんの対応をしていて。奈菜江さんと優子さんの姿は見えない。今のうちだね、と思いながら。そぉっと扉を開けて、チラッと目が合った由佳さんに「お疲れ様です」と会釈だけして、そぉぉっと中に入ろうとしたら。
「あの、お客様、そちらは従業員専用通路です、お手洗いはこちらです。ご案内しますよ」
と由佳さんが、丁寧すぎるトーンで話しかけてきて。
「えぇっ?」
と振り向こうとしたら。中から、奈菜江さんと優子さんが、いつも通りの笑顔で。
「でもさ、美樹って、もう、春樹さん食っちゃった感じしない?」
「食っちゃったって、美樹がぁ?」
「わかんないよぉ、最近の美樹って、みるみる変わってるし、毎週写真に撮ってパラパラしたいくらい」
「そういえば、美樹って夏休みになってから、急に大人っぽくなったよね」
「やっぱり、春樹さんを食ったのよ」
「そう言われればそうかも」
「今度春樹さん追及して・み・・よ・・・」
と私の事を長々と話題にしながら出てきて。ようやく目が合った。
「あの、お客様・・」と後ろから由佳さん。
「えぇ?」と前に奈菜江さんがいる。
「み・・美樹?」と上から優子さんまで声が裏返っている。
でも、こんな、前から後ろから上から鉢合わせになると、このヘルメットが・・。とりあえず。
「おはようございます」
と挨拶すると。三人そろって。
「どうしたの美樹、急に大人になっちゃってる」
と、目を真ん丸にして。
「って・・スニーカーは美樹のままだけど」と優子さん。
確かに足元の靴は、この衣装に不釣り合いなスニーカー。
「あ、ホントだ」と奈菜江さん。
「その服、どうしたの、もしかして春樹さんのコーデ?」って、まぁ、そうかもしれないから。視線は右に左にうろうろするけど、首は横に振れない。
「って、そのヘルメットって」
「まさか、今、春樹さんに送ってもらったの?」って、まぁ、確かに送ってもらったから。目の玉は左右に踊っているけど、やっぱり首を横に振れない。
「まさか・・ホントに・・食っちゃった?」それは・・違ぅ・・。いや、そうかも。
「うわー、どっちが上だったんだろね」
ちょっと、なに勝手な想像してるんですか? とは言えない昨夜の事実が頭の中を占領していて。私が食ったというより、食われた? わけではないと思うけど。
「まぁ、まぁ、とりあえず、立ち話もなんだから、着替えておいでよ」
と由佳さんに言われなきゃ、本当に時間が止まって、永久に解放されなさそうな雰囲気になってた気がする。
そして、更衣室、あまり鏡とかを見ないようにちゃちゃっと着替えて表に出ると。
「でも、制服になるといつもの美樹だよね」と由佳さん。
「あーよかった。いつもの美樹に戻ってる」と奈菜江さん。
そして。じとーっと細い目で睨んでいる優子さん。
「春樹さんのこと、本当に食っちゃったの」と恨めしそうに言うから。
「食ったりなんかしてませんよ」と顔を背けながら言うと。
「だったら、こっち向いてちゃんと言いなさいよ」と変な剣幕で私の顔を両手で挟む優子さん。
「食べてません」ともう一度言った時。目が思いっきり左に寄って。険悪なムード。
「まぁまぁまぁまぁ、優子も、そんなムキにならないでよ」
「ムキになんかなってないけど」
「どうだか。優子も春樹さんに気があるのかなって勘ぐっちゃうでしょ」
「はいはい、春樹さんに気があるんじゃなくて」
「なくて?」
「もぉぉぉ」
「あー。美樹に先を越されたことが悔しい」
「・・・ちがうわよ。ナニよ 先 って」
「ズボシね。越―さーれーた」
「ちーがーう」
「どうだかね、はいはい、お仕事お仕事。もぉ、ほらほら」
それは、いつもと変わらない、平日のランチタイム前のアルバイトの始まり方。由佳さんに遮られた最後の言葉が頭の中に木霊してる。「先を越された」って、どういうことかな、とも思うし。そういえば、優子さんって、もしかして、私、先を越したって?
「美樹、もし、そうだったのなら。オメデト」
と奈菜江さんが クスっと こそっと言ってくれる、オメデト、の意味もなんとなくわからないような。なんとなく、アレの事かなとも思えるし。アレってオメデタイことなのかな?
「でも、さっきは、本当に美樹だってわからなかったよ、びっくりした。お客様だなんて言っちゃったじゃないよ、もぉ」
と由佳さんが笑っていて。
「ホント、美樹って、最近、みるみる変わってゆくね、でも、あまり焦りすぎちゃだめよ」
「焦りすぎちゃって」
「だから、17歳は焦って大人のふりする年頃じゃないの、20歳にもなれば焦らなくても無理やり大人のふりしなきゃならなくなるから」それも、なんとなくわからないような。
「って、私の事」と優子さん。
「かもね・・・」と奈菜江さん。そして。返事しない優子さんが怖いかも。そして。
「わがまま言いたい放題の17歳なんだから、大人のふりは、わがまま全部言い尽くしてからでも遅くないって」と、いつもトリを〆る由佳さんの重い一言だけど。
やっぱり、なんとなくわからない。昨日の婦警さんは「オトナのふりする年頃よ」って言ってたのに。って、アレ、昨日の事だったのかな。ぶつぶつ思うと。
「それね、それそれ、二十歳過ぎるとわがまま言えなくなるよね」とは奈菜江さん。
「私は、30になってもわがまま言い続けるし、女は生涯わがまま言い続けてもいいんです」とは優子さん。の座右の銘かな。
「はいはい、言い続けてください、世界一寛容な・カ・レ・シ・を捕まえてから」
「あーもぉーバカにして。私だって世界一寛容なカレシ見つけますよーだ」
と、ぼやきながら、細い横目で私を見た優子さん。お客さんがお店の扉を開けると同時に。オートマチックモードで。
「いらっしゃいませ、よーこそ」
と、一瞬で表情を 愛想笑い に変えてお客さんの元に駆け寄って。私も、次から次に入り始めたお客さんに 自動的な 対応し始めると。とりあえず、もやもやしていること全部、強制リセット。時間が過ぎるコトを忘れて、一生懸命にお客さんの対応をして、料理を運んで。愛想笑いを振り撒いて。お客さんがまばらになってほっと一息つきながら、時計を見るとあっという間に上がる時間までもう少し。いつも通りに頭の中空っぽで真っ白になって働いていたかと思うと。今度は、魂が入れ替わるかのように、真っ白で空っぽだった頭の中に濁流のように流れ込んでくるのは昨日の出来事。
「美樹、そろそろ引き継ぎできる?」と由佳さんに言われなきゃ。別の世界に連れていかれたかも。
「あ・・はぁーい」と我に返る返事をして。すかさず。
「今日、どうする」と奈菜江さんの一言。なのに、今、回想しているのは。
「アルバイト終わったらまっすぐ帰る。お母さんに、ごめんなさいって言う。いい? わかった?」って春樹さんに言われて。
「はぁーい、わかりましたよ」と約束した私。の部分。を一時停止して。
「美樹、引き継ぐお客さんいるの?」
「え・・あ・・ううん。オーダー全部、捌けてますから」
「はぁーい、じゃ、上がろうか。お疲れ様」
「お疲れ様でした」
といった瞬間。一時停止してた映像が再び動き始めて。
「アルバイト終わったらまっすぐ帰る。お母さんに、ごめんなさいって言う。いい? わかった?」
と春樹さんの声が頭の中で大音量だから。
「美樹、アイスクリーム行く?」と奈菜江さんの誘いに。
「あ・・はい。いえ・・あの今日は」と、また、目を泳がせながら答えてしまった私。
「えぇ、美樹って最近付き合い悪いね」と優子さん。
「オトコができちゃったからかな?」と奈菜江さん。
「ち、違いますよ」と自信なく言ったつもりでいると、また春樹さんの声が「お母さんにあやまるんだぞ」と聞こえて。ため息。そして着替えて。そういえば、今日はこんな真っ赤な下着。こんな服。奈菜江さんと優子さんがいないことにほっとしたりして。
「じゃ、美樹、お先にね、春樹さんによろしくって、着る服でこんなに変わるかね、男ができたから変わっちゃったのかな。美樹って、なんだかホントに大人っぽくなったね」
と、シャツのフリルを引っ張りながら、奈菜江さんの一言に、そんなに変わったかなという思いがして。
「美樹っていいね、可愛いし、綺麗だし、服変えただけでこんなに美人になるし。あーもぉ、羨ましい、本当に嫉妬しちゃう」
と、優子さんの一言に。優子さんだって、美人で、その誰もがチラ見するバストだって、誰もがうらやましく思っているでしょ。と思いがして。
「優子さんだって、綺麗じゃないですか、服変えなくても美人だし、すごいし・・」
って、目の前にあるはち切れそうなバストをしげしげ見ながらお世辞を言っているのに。その怖いニラミと、「すごいってこれの事?」のように胸を張る仕草は何ですか?
「ほらほらほら、引き留めないの、じゃ、頑張ってね」と優子さんを引っ張ってゆく奈菜江さんと。
「ホントに春樹さん、美樹に食べられちゃったのかな」
ってまだぼやいているし。
「はいはいはいはいはい、じゃ、お疲れ様。春樹さんによろしくね」
「お疲れ様でした」と、休憩室で二人と別れて。
春樹さんによろしくね、って何言えばいいんだろ。それより、家に帰って、お母さんにもなんて言えばいいのだろ。「ごめんなさい」って言っても。お母さんが「出て行けっ」って言ったんだし。お店の人たちに「お先に失礼します」と言いながら店を出て。とぼとぼと歩き始める家までの道のり、歩くと15分くらいかな。その間に、何かいいセリフ考えようかな。お母さん、家出なんかして。
「ごめんなさい」
とつぶやくと。そういえば春樹さんも言ってたね。「ごめんなさい、どうかしてたよ」どうかしてたよ・・か。どうかしている春樹さんなんて初めてだったな。
「許して。気持ちを抑えられない」か。
「気持ちを抑えられない」だなんて。春樹さん、どうなっちゃったんだろ。私も、呼吸困難になるくらい、どうにかなっちゃてたけどね。
「イヤだったら言って、ダメだったら言って。そうじゃないなら」
「言いません、イヤだなんて、ダメだなんて」
あのシーンをリピートしながら、あの言葉で私があの人を、
「どうかさせちゃったのかな」
とつぶやいて。どうかさせちゃうことしてたよね。
「おっぱいチラチラ・・太ももムチムチ・・あそこパカパカ・・あそこ・・」
だなんて、声に出してつぶやくと、顔とか耳とかが熱くなり始めて。男の人にそんなところ見せただなんて。と言う思いと。そういえば、男の人に、そんなことろ、舐められたり、吸われたり、転がされたり。しているところを鮮明に思い出すと、むずむずし始めるいろんなところ。ぐっしょりし始める感じ。ひらひらしたこの服、まとわりつくし。
「はぁぁぁぁぁ」暑い・・。と思ったら。もう家の前か・・。私の部屋を見上げて。開いた窓、昨日はお母さんが私を無視して掃除してたかな。という残像が見える気がするから。
「はぁぁぁぁぁ」ため息しか出ないね。
「はぁぁぁぁぁ」吸い込む息までため息になってる。そして。
「アルバイト終わったらまっすぐ帰る。お母さんに、ごめんなさいって言う。いい? わかった?」
と、また声が聞こえた気がして。はっと振り返っても。誰もいないし。ほっとして玄関に向き直ってから顔をあげると。扉がカチャン、そして無音で開き始めて。
「・・・・・・・・・・・・」何もかもがスローモーションになった。
「えぇ?・・・・・・・・・・・・美樹?」といつもの3倍くらい大きな目のお母さんが半分開いた扉から顔を出して。ゆっくりと全部開けて。お母さんの。
「ふぅー、ふぅー、ふぅー」と息づかいが聞こえる静粛。ごくり、とツバを飲み込む音まで聞こえた。そして。私も、意を決して「ごめんなさい」と言おうとしたら。お母さんは私を遮るように。
「春樹さんが来てたわよ」
と、3倍くらい大きな目を ぎょろ っとさせながら言った。
「春樹さんが・・・」なにしに?
「まったく・・勝手にこんなに大人になっちゃって、もぉ」
今日は朝から、そんな言葉を何回聞いたかな。まったく、この衣装のせい?
「美樹、ちょっと来なさい」
来なさいってナニよ。って説教しかないか。もぅ、あきらめよう。そうしよう。とりあえず我が家に帰還したし。靴を脱いで。
「はぁぁぁぁぁ、もぉ。いつの間にこんなになっちゃったのよ」
って、ぼやくお母さんにオソルオソルついて行きながら、こんなにって何のこと? と思ってみる。
「はぁぁぁぁぁ、もぉ。そこに座りなさい」
って、座るしかないか。とりあえず、視線を合わせないように。イヤイヤ座って。
「はぁぁぁぁぁ、もぉ。あんた春樹さんにナニしたの?」
って、それは予想だにしていなかった一言。春樹さんにナニしたのだなんて。春樹さんがナニしたの? とか、春樹さんにナニされたの? じゃないの? と、お母さんと視線が合った瞬間。昨日の出来事全てが、MP4ファイルになって、お母さんに配信されたかのような錯覚は、今、また、頭の中でリピート再生されている、昨日の出来事。私が「あぁ~ん」って悶えている映像。そして、朝、チラチラ、ムチムチ、パカパカしている私の映像まで流れて。だから。
「何もしてないわよ」と、絶対ウソだとバレる顔を背けて言うしかないし。それに。
「春樹さん、何しに来たの、なにか言った?」と聞かずにいられないこと。口にしたら、お母さんはすかさず言い返した。
「何か言ったって、春樹さん、そこに座って、ごめんなさい許してくださいって。テーブルにおでこ押し付けて。どうしても我慢できなくなってって。お母さんだって女なんだから、わかるわよそれくらい。はぁぁぁぁもぉ。妊娠とかしないでしょうね。大丈夫なの?」
ドーンと音がしたような。に・・に・・ニンシン。ってナニ? 落雷の事?
「そうなんでしょ。あの春樹さんの態度。春樹さんの方から美樹に何かするような人じゃないから、美樹が春樹さんにナニかしたんでしょ。まったく、そんな」
そんな・・? でも、あれは、春樹さんの方から私に何かしたはず。
「女の子はね、美樹だって、もうすぐ、お世話になりましたって出て行く日が必ず来るんだから。急にそんな風にならないでよ、知らないうちにこんなに大人になっちゃって、急に出て行ったりしないで、もう少し子供でいなさい。私の子供で」
昨日は、出て行けって言ったくせに。って、チラッと見ると、お母さん、泣いてる・・の?
「どれだけ心配したと思っているのよバカ」
って。やっぱり怒ってるね。だから。という理由もあれば。
「アルバイト終わったらまっすぐ帰る。お母さんに、ごめんなさいって言う。いい? わかった?」わかりましたよ。
と、また。あの言葉が耳に聞こえたから、という理由も重なって。ようやく。
「ごめんなさい」
と小さな声で言ったら。じろっと私を睨みなおしたお母さん。
「美樹も、17歳なんだね。昨日まで、子供だ子供だと思っていたのに。目を離したすきにあっという間にこんな大人になっちゃって。自覚しなさいよ。春樹さんだって、これからは美樹の事、子供相手のお付き合いなんてできないんだから」
また、自覚って言葉。それに、子供相手のお付き合い。大人になっちゃって。ってそんな言葉をつなぎ合わせると。なんとなく意味がわかるような気がして。
「いい、春樹さんも年頃の男の子なんだから、そんなに膨らんだおっぱいとか、丸くなったお尻とかに、がまんできなくなって、そんな、がまんできなかったから、だなんて理由で赤ちゃんとか作っていい時代じゃないんだからね」
そう言われて、意味が解ったような。だから。
「はーい・・・ごめんなさい」
と反省してることを装うようにうつむいて。
「お母さんからも、春樹さんに、ちゃんと責任取ってよねって、言っといたから」
せ・・責任ってナニ? 結婚しろとか? もらって行って、とか?
「ちゃんと、振られなさい」じゃないか・・。やっぱり。
って、振られなさい。って? ナニ?
「春樹さん、あんな人だから、ちゃんと言わないかもしれないけど。だから、美樹の方からちゃんと言ってもらいなさい」
「ちゃんとって、ナニを?」
「私の事、もう構わないでください。つきまとってごめんなさい、恋人さんと仲良く暮らしてください。邪魔してごめんなさい。そういうことをちゃんと言って、私の事も忘れてくださいって。もう、わがままとか言いませんって、忘れてもらいなさい」
なんて、言えるわけなんかないでしょ。知美さんとの約束もあるんだし。
「はぁぁぁ、もぉ、本当に大丈夫なんでしょうね、できちゃったとか言わないでよ」
って、ニンシンとか・・そういえば、あの後、突然、私の夢の中に現れた、私のおっぱいを もにゅもにゅ と吸っていた春樹さんと同じ顔の、あの赤ちゃんって。今この瞬間も、顔をはっきりと思い出せるほどリアルだったな。アレ・・もしかして・・まさか。ありえないよね。私の中に入ってきた春樹さんのアレって、チクってして。蹴飛ばして、あんな一瞬で、そんなこと、ありえないでしょ。
「って、美樹・・・美樹・・・美樹」
とお母さんが、3回も名前を呼んで、さっきからいつもの3倍くらいの大きな目で見つめているのは、放心状態の私。放心状態? どうして?
「あなた、やっぱり、本当に春樹さんと、しちゃったの?」
私は、ほっぺがちぎれるかと思うほど必死で、顔をぶるぶると振っているようだ。
「まぁ・・春樹さんも許してくださいって言ってたから、許してあげるけど。それより、週末からおじいちゃんおばぁちゃんの所、行く準備できてるの」
えっ? 急にその話? おじいちゃんおばぁちゃん、ってそういえばそうだった。
「アルバイト、休めるの?」
そういえば、アルバイト休むことまだ言ってない。まぁ、明日由佳さんに言えばいいか。というより。チラッと目に入ったカレンダー。今週末の次の週末のその次の週末は、9月1日で。えぇウソッ? えぇ? つまり、今週末春樹さんに会えないと。来週末に何とかしないと、その次の週末は、知美さんと正々堂々としなければならない約束をした「9月1日」 えぇ、夏休みってこんなに短かったっけ? どうして、明日、明後日、過ぎたら、あと2週間? と5日? えぇー? 頭の中、赤ちゃんがまだもにゅもにゅしていて。目の前、お母さんがまだ私をじぃーっと怖い顔で見ていて。カレンダー、春樹さんと会える週末があと一回? だめだ、私には同時に二つ以上の問題を処理する能力はない。から、とりあえず、ホワイトアウト。
「シャワー浴びてから、お部屋片づけるから」と立ち上がって。
「はいはい、もぉ、本当に、急に大人になっちゃって、あまり心配させないでよね」
と私を目で追うお母さん。
「はーい、昨日は、ごめんなさい」
「まぁ、お母さんも言い過ぎだったかな。でも、冒険できてよかった?」
って、ニヤッとしてる、それは、なんとなく優しく感じたお母さんの一言。
「うん・・まぁ」と照れ笑いしながらうなずいたら。お母さんも立ち上がって。
「でも、本当にもう少し、私の宝物でいなさい。こんなに大事に育てたんだから」
そう言いながら、私をぎゅっと抱きしめた。
「うん」という返事をして。もういちど。
「ごめんなさい」とつぶやいてみた。そして。
「はぁー」とため息吐いたお母さん。
「本当に、できちゃったなんていわないでよ」
と言いながら、私を解放して、台所に向かい。今の一瞬って、感動的なシーンだと思ったのに。その一言のせいで、また。頭の中に赤ちゃんが現れて。そういえば。
「もしそうだったのなら、オメデト」
って、奈菜江さんのあの一言って、これの事? ウソ? ありえないでしょって。でも、なんとない次なる不安が、新たにもう一段、加わったようだ。部屋に上がる足取りがむちゃくちゃ重い。
「・・美樹ちゃん・・大丈夫・・本当にごめんね・・どうかしてたよ‥泣いてるの」
という春樹さんの声。そぉっとシーツから顔だけ出して。
「泣いてなんかいません・・」
と言ってみるのは、この人の前ではもう泣きたくないから。という思いと。どうして泣いてるの私、という思いが交錯しているから。それとも・・あんな結末って・・一番高いところに到達して、やったー、って叫んだ途端に谷底に転落したような。この泣きたくても泣けないような気持ち・・。
「本当にごめんなさい・・もう・・冷静になったから・・」
って、さっきは冷静ではなかったのですか? と思ったけど。間違いなく冷静ではなかったね。私の両手を押さえつけて、「したいんだろ・・」だなんて。いつもの春樹さんじゃなかった・・。私は、してみたいと、確かに思っていたけど、先週から。
「もう・・休むから・・そっちにはいかないから・・これ以上・・トイレはこっち・・この部屋の明かりはベットにあるから・・美樹ちゃんの背中のところ」
と指さして。
「トイレの明かり、小さいの、つけとくからね・・」
と教えてくれるから。
「うん」とうなずいて。そして。
「もう、本当に何もしないから、本当にごめんなさい・・おやすみ」
「おやすみなさい」
私の返事を聞いて、ほんの少し にこっ として、壁の向こうに見えなくなった春樹さん。そっちにはいかないから・・か。そうだね・・やっぱり春樹さんは私の恋人ではない・・のではなくて、私が春樹さんの恋人ではないんだな、という思いもしてる。私、体は春樹さんとそうなりたいと感じていたかもしれないけど、心は春樹さんとそうなることを拒否したんだという実感。蹴っ飛ばして・・本当に蹴っ飛ばしちゃったのかな・・実感がないけど・・。
「いい、美樹、春樹さんともしそうなっちゃったとしても、つけずにするようなら、これからってときでも蹴飛ばして・・」って美里さんの言葉・・私、つけてたとか、つけていなかったとか、そんなことを冷静に判断なんてできるわけなかったし・・。やっぱり。
「いい‥入れるよ・・したいんだろ」ってあの言葉が、がっかりな幻滅だったから・・かな。でも。
「愛してる・・」とか・・「好きだ・・」とか言われた後だったら「いい・・入れるよ」って言われて、「うん・・入れて」って返事したかな。「したいんだろ」 が 「俺、お前とセイコウしたいんだ・・」そんなセリフだったらどうだっただろう。ぶつぶつ考えながら、トイレに行こうと、起き上がると、裸、なことに気付いて、やっぱり、冷静になると、本当は残念に思っているんでしょ、とささやくもう一人の私の声が恥ずかしいかも、私も冷静ではなかったんだなと、春樹さんのさっきの言い訳をリピートしながら、バスローブを羽織って、そぉっと音を出さないように、隣の部屋・・明かりが漏れている扉。ソファーの上でタオルケットにくるまっている春樹さんの足。寝てるふりしてるのかな、でも、起こさないように、そぉっとトイレに入って座って・・蹴っ飛ばしちゃったこと・・痛かったかな・・と思ってみる。でも、イヤって言ったでしょ・・ダメって言ったでしょ・・。私が言ったつもりだけだったのかな・・言わなかったかな・・。そんなことを思いながら、流すと大きな音がして、思考が途絶えた。春樹さん、本当に寝ているのかな、起こすのも怖い気がするし。起こさないように、そぉっと、ベットに戻ってシーツに包まって。言われたところのスイッチを押すと、部屋の明かりが消えた。そして、さっきの続き・・。大きく息を吸って、ゆっくりと吐くと、思い浮かび始めたのは・・。
「許して・・」って春樹さんの、くぐもった重い言葉から・・。
「何もしないって言ったけど、絶対傷つけたりしないって言ったけど・・気持ちを抑えられない・・」
あの時、春樹さん・・どうなっていたのだろ・・。
「イヤだったらイヤって言って、ダメだったらダメって言って・・そうじゃないなら」
ものすごく真剣な顔だったと思い出せる・・。その後、私。
「言いません・・イヤだなんて、ダメだなんて」
なんて言ったね・・。あの瞬間は、覚悟を決めていた。イヤじゃなかったし、ダメじゃなかった。その後、なんて言ったかな・・私の体中をくすぐって、体中にキスをして・・なめたり、吸ったり、転がしたり。そういえば・・唇には、キス・・してくれなかったな。春樹さん、悶える私に、ごめん・・ごめんなさい・・って何回言ったかな・・。そんなこと思い出して。もう一度、大きく息を吸って、ゆっくり吐くと・・さっきはできなかった回想が・・鮮明な映像になって・・大きなスクリーンに投影され始めたような不思議な感覚。「私・・初体験・・しちゃったね・・未遂な結末だったかもしれないけど・・」ってナレーションが聞こえたような。大きなスクリーンいっぱいに・・私のおっぱいに吸い付いてる春樹さん・・が映っているような。ソレって、観客席から見ると、無茶苦茶恥ずかしい。それに、あの こそばゆさをもう一度感じたい無意識に支配された私の指先は、知らない間にそこに誘導されて。大きなスクリーンの中の春樹さん、あんな風に私のおっぱいをもみもみしたのね。そして、こんな風に乳首を吸って、舌先でころころして、指が勝手に摘まむ乳首が内側から突っ張ってくる、この感じに「あぁ・・」って声が出ちゃうのも、さっきと同じ。何してるんだろう私、触ると、やっぱり、突っ張って硬くなって、この抵抗できない痛みに「あぁ・・」・・と声がでちゃうこの感じは現実だったのかな・・それとも夢の中の出来事? 春樹さんが私の体を舐めていたのは現実だった・・あの時と同じ、私が今指先でリピートさせているこの感じも現実だと思う・・最後に蹴っ飛ばしちゃったのは、きっと、夢の中の出来事。 きっとそうだ・・目覚めたら、きっと春樹さんは、まだ私のおっぱいに吸い付いているはず・・これって、なんだか心地いいね、うつむくと、春樹さんと同じ顔の可愛い赤ちゃんが、私のおっぱいを小さな手で おしおし しながら もにゅもにゅ 吸っている・・ほんのりした痛みを止められない、がまんするしかないこそばゆさ・・可愛い赤ちゃん・・もっと吸って・・もにゅもにゅしている赤ちゃんの口元をじっと見ていると、心が綿毛に包まれているような、雲に包まれているような、心地よすぎるいい気持ち。お母さんになるってこんな感じなのかな。なんだろ、不思議な感情があふれ出してくる、この心地いい痛み、この心地いいこそばゆさ。春樹君、いいのよ、もっと、もっと吸って、でも、そんなに力強く吸ったら「あぁ・・ん・・あん・・」声を押し殺せないこの感じ、心の底から湧き上がってくるこの気持ちよさ。なんだろコレ。永遠にこうしていたい・・永遠に感じていたいよ。もっと・・もっと・・。もっ・・・。
「美樹・・美樹・・早く起きないと、アルバイトに行く時間でしょ」
って、もぉ、朝からまたお母さんの声が聞こえて・・わかったわよ、起きるわよ。と思っても。起き上がれないかも・・昨日、春樹さんとあんなことがあったばかりだし・・あれ・・赤ちゃんは? って春樹さんとあんなこと・・って? それに、よく聞くと、お母さんの声じゃなくて。私、家出していることも、ここが春樹さんと二人きりの部屋ということも、すっかり、意識から飛んでいることに気付いた。意識が戻ってきた、と言うべきか。
「ほーら、もぉ、美樹、ご飯できてるから、早く起きて食べて。俺も今日は忙しいから」
って、春樹さんの声なの? それに、ベーコンの焼けた美味しそうな匂い、お味噌汁の美味しそうな匂い、コーヒーの匂いも混じっている。それに、納豆も? まだ夢の世界のままですか?
「美樹、ほら・・起きて・・」
と、ベットがバウンドしたから、そぉっとシーツから顔を出すと。春樹さんがにこにこ笑っていて。
「お目覚めのキスをご所望ですか? お姫様」って聞くから。反射的に。
「はいご所望です」と唇を捧げたら、ほっぺをぐりぐりと摘まんで引っ張って。
「いいから早く起きなさい」
と私の寝顔に乱暴して、髪をがしがしかき乱す春樹さん。「もぉなによ」とぼやくと、春樹さんの背中が見えて。
「蹴るなよ」とぼやく声が聞こえた・
どこまでが夢で何が現実だったのか自信がなくなっていることに。
「えぇ?」と思って。目の焦点を合わせると。
「ほーら、早く起きなさいって・・」って部屋の外から怖い顔している春樹さん。だから。
「はーい、起きましたよ、もぉ」
と、体を起こして、んーっと背伸びをして、大きなあくびをして、なんだかものすごく ぐっすり 深ぁ―く 寝ってた気がする。体中が固まっているのをストレッチして伸ばしてほぐしていると。じぃぃっと見ている春樹さん。に愛想笑いして。組んだ腕を右に倒して、左に倒して。上に一杯上げながら。首をくき・・くき・・してから。もう一度あくびをしながら。
「おはうようございまうす」と言ってから、ちょちょぎれた涙を拭きながらベットから降りて、もう一回 ん~っと伸びたりない背伸びしながら。まだじぃぃっと見ている春樹さん。に。
「なんですか・・」
と言ってから、春樹さんの瞳に写っているモノに・・あっ・・と思った。はだけたバスローブ、全開のバスローブ、から剥き出しで放り出されているのは、二つのおっぱいと、おへそと、毛・・・。びくっとするとプルンっと弾む乳首、いつの間に弾むほど膨らんだの? と一瞬思ってみると、窓から差し込む朝日が産毛を輝かせて、滑らかな曲線の輪郭を滲ませる透明な光。そんな神々しい私の裸。を春樹さんはさっきからじぃぃぃっと目に焼き付けているかのように。だから、そぉぉぉっと襟を閉じて、腰のひもを結んで。後ずさる私。
「美樹・・」ってうわずる春樹さん、その気にならないでね・・昨日みたいにならないでね、と微かに思いながら。
「・・はい」と返事だけして、目を反らすことができないような・・。目を反らせたら襲われるかも・・これってどこで習ったなんの対処法? という気がしている。でも。
「美樹ちゃん、本当に綺麗になったな・・息が、止まっちゃうよ・・」
なんて、ゆっくりと心に染み込んでくるこんな言葉は、昨日の夜に言ってほしかったかも・・。と思うと何も言い返せないというか・・。なんとなく怖い・・というか。確かめるように「私、綺麗ですか・・息が止まるほど?」と心に染み込んできた言葉をリピートしているというか・・。でも。
「ほら・・朝ごはん、早く食べて、もう8時15分だし。9時までに出ないといろいろ間に合わないから」
とはぐらかせる春樹さん。
「・・はぁい」と言いながら、昨日の小さなちゃぶ台の前にいつも通り、あぐらに座って。その上には、ペアの、ご飯、納豆、のり・・と、お味噌汁、大皿の、沢庵、ミニトマト、ししゃも、アスパラ、ベーコン、目玉焼き・・より、スクランブルエッグの方がよかったのに・・と贅沢なクレームを思いついている私。そして。
「コーヒーは」と聞く春樹さん。
「砂糖もミルクも入れますよ・・・」と反射的に返答している私。と。
「まったくもぉ、持ってくるから先に食べてて」
とため息でぶつぶつつぶやきながら台所に向かう春樹さん。お箸を取って、
「いただきます・・」とつぶやいて。口につけたお味噌汁が、また、なんて美味しいこの出汁・・。頭から尻尾まで真っ黒な炭になっていない、斑のこげ茶色に焼けたシシャモなんて初めて見た。しげしげ見つめて、頭からがぶり、もぐもぐしながら、美味しい。ベーコンとアスパラを一緒に口に入れて。もぐもぐすると、お口の中いっぱいに広がる、混ざり合う味覚のシンフォニー・・ハーモニーだったかしら。って形容しようがない美味しい朝ごはん。
「はい、砂糖とミルクとコーヒーと・・納豆も食べなさいよ。頭良くなるから」
もぐもぐしながら、私のご飯に納豆をかける春樹さん。
「あーもぉ、ご飯は白いままの方がいいのに」
とぼやくと。
「じゃ、俺の食べろよ、それ、俺が食うから」
とお茶碗を入れ替えようとするから。
「食べますよ・・」
と抵抗して、まだ納豆が垂れていない白いところを食べてから。納豆をじゅるじゅるとすすってみた・・これも、出汁が効いてて、カラシのピリッとした刺激もあって。美味しい。パクパク口に放り込んで、もぐもぐと食べる春樹さんの手作り朝ごはん。そんな私をうんざりな顔で観察しながら。
「よく食うな・・おなか空いてたの」
「ううん・・美味しいから」
「そ・・ありがと」って、知美さん、毎朝、こんなにおいしい朝ごはんを春樹さんに作ってもらって、二人で食べるのかな、こんな風に、いい争いしながら。と空想しながら顔をあげると、私を見つめたまま、あまり食べない春樹さんに気付いて。
「食べないんですか・・そのベーコンもらっていいですか?」
と聞くと。春樹さんは無言でベーコンを摘まんで、もぐもぐと。
「じゃ、アスパラ・・」とお箸を伸ばすと、シャッと素早く摘まんで、私を無視しながらもぐもぐ、だから。
「なによ・・いじわる・・」とぼやきながら。膝を立てて前進し、手を伸ばして、もう一匹残っているシシャモを奪い取ると。春樹さんは。
「はぁぁぁぁぁぁー」長いため息。そして。
「アルバイト終わったら、まっすぐ家に帰って、お母さんにごめんなさいって、言うんだぞ」って急に説教を始めて。思い出したくないことだから。ムシ。すると。
「はいって言わないのだったら、食べさせてあげないし」
ってちゃぶ台ごと右側に回り始めて、また止まってしまう春樹さん。まだ手を付けていない目玉焼きに手を伸ばすと、じぃっと私を見つめている。上から下まで、下から上まで、舐めるように見つめてから、逆回転するように、ちゃぶ台をゆっくり戻した。目玉焼きを摘まんで、半分に切り分けながら、春樹さんを見ていると、私を見つめる視線があっちいったりこっち行ったりしているのがわかる‥なによ・・と思いながら。目玉焼きを口に入れもぐもぐしてから。お味噌汁をすすって。
「はぁぁぁぁ・・・」っとまた長いため息の春樹さんに。
「わかりましたよ・・はいはい・・ごめんなさいって言いますよ」と仕方なしにぼやいて。
「おまえなぁ・・・はあああああ」と、なんだか変な春樹さんを睨んでやる。
でも、春樹さんだって。昨日は、何もしないって言ったくせに。お母さんにも、信じてくださいって言ったくせに。私に・・。あんなこと。
「いい・・いれるよ・・したいんだろ・・」だなんて。
「・・・なに?・・なにかぼやいた?」つて春樹さんの顔がなんだか 間抜けてて。だから、早口で。
「春樹さんだって、お母さんに謝らなきゃならないんじゃないですか?」
「どうして・・」
「私に・・あんなこと・・」と思い出すと、おなかの下の方がジンジンし始めるような。乳首がむずむずするような。昨日の回想が鮮明に空想されて。産毛が逆立つこの感じにぶるぶるっと身震いして。いること気付かれませんように・・。
「って、あれは・・お前がイイよって言ったからだろ」
「言ってませんよ」イイヨだなんて。ったくもぉ、まだ身震いが全身を駆け巡っている。今度は別のところから・・。
「言っただろ」っ続ける春樹さんに
「言ってません」と言うのが精一杯のような。
「どうぞって言ったじゃん」それは、まぁ。
「どうぞって・・春樹さんが触りたいって言うからでしょ」あれは、断り方知らなかっただけで。とは言い訳かな。
「触りたくなった、だけだし・・」触りたくなったって。それ。
「だけじゃなかったでしょ・・」と、イラっとするこの感情。エンジンかかったかも。
「それは、お前が」
「私が何よ」
「全く抵抗しないし」
「できるわけないじゃない、抵抗なんて」
「どうして」
「どうしてって、押さえつけてたの春樹さんでしょ」
「抑えてなんかないよ」
「抑えてました」
「抑えてなんか・・」
「抑えてました」
「でも、イヤッて言わなかっただろ」
「イヤって言いました」
「ダメって・・」
「言いました。それなのに、あんな・・」
もっとロマンチックな、もっと少女漫画のような、もっと、こないだ見た映画のような。ドラマのような。愛と優しさが溢れた、ありえないような、わざとらしすぎる甘い言葉に溺れる初めての夜をずっと夢見ていたのに。朝まで腕枕で髪をなでなでとか、優しい優しいお目覚めのキスとか・・。お昼まであなたの乳首を指先でこちょこちょとか、そのまま朝の部の始まり始まり・・・それは空想しすぎ・・そんな行為が無条件で初体験についてくる おまけ だとずっと思っていたのに。なのに。
「いい‥入れるよ・・したいんだろ・・」
だなんて。あーもぉ、この一言、一生トラウマになりそう。
「まぁ・・それは・・うまく言えなくて・・ごめんなさいって・・」
「あやまってすむ話ですか・・」あんな、初体験。
初めてのキスっぽい出来事も、するめ味の思い出が強烈で全然夢とは違うしロマンのかけらもないし。「するめ味のファーストキッス」だなんて月曜のドラマじゃあるまいし。と、また思い出して、これも、もうトラウマになってるじゃない。と涙が出そう。
「でも‥あんなに強烈に蹴り飛ばすこともないだろ・・イヤとかいえばやめていたのに・・ダメとかいえばしなかったのに・・まだ痛いよ・・」
「言っても、入れたじゃないですか・・・ぬるって、入ってきたじゃないですか」
なんてこと、言い放っちゃいけない気が、言い放ってからしてる・・。のに。
「言わなかったでしょ」
「言いましたよ」
「聞こえなかったし・・」
「聞かなかったんでしょ・・モヤモヤしすぎて」
「まぁ・・それもあるかな・・ごめんなさい・・でも・・言い訳だけど・・本当に抑えられなかった・・今もいつまで我慢できるか・・本能が理性を押し倒しそうだし・・はぁぁぁ」
って、本能って何ですか・・理性って・・。と思ってから、春樹さんの視線は、また、私の顔とか体とかを舐めるようにうろちょろうろちょろ見つめていて。
「・・・・そんな目つきで、うろちょろ見るのも、やめてください。なに見てるんですか」
とバスローブの襟を掴んで。どことなく、怖い・・。
「美樹・・」と、ちゃん をつけずに呼び始めてる春樹さん。
「なんですか・・」やばいかも・・と思っている私。
「一言、言っていいか・・」えっ。
「ど・・・どうぞ」って・・何を言いたいのだろう・・。ケッコンしよう? もう一度しよう? いいだろ? 入れるよ? それぞれの言葉に、それぞれの答えを考えようとするけど。
「お前さ・・・」じゃなさそうで。ほっとしたかも。
「お前って私の事ですか」そんな呼び方、今までしたことないでしょ。お前、だなんて、なんとなくイヤではないような。
「ああ・・お前・・はぁぁぁぁ、もぉ、安心しすぎだろ、どうしてそんなに安心しきっているの」
安心って・・。確かに。
「安心してますよ・・」
「それって・・俺の事、無害だと思っているから・・何もしないとか・・信じているとか・・」
「無害って・・まぁ・・信じてるというか・・昨日、春樹さん、何もしないって・・」
あんなに優しい雰囲気で言ったけど、でも、何かしたね・・それと・・・。
「好きだからって・・言ってくれたし・・朝ごはんも作ってくれたし。優しく起こしてくれて。安心する以外ないと思います」
だから、まぁ、何かされた後でも・・なんとなく安心しているわけで・・まぁ・・別に、何かあったとしても・・春樹さんの方から昨日の、あの始まり方のように、優しくしてくれるなら・・私は、何度でも受け入れられると思うし・・昨日は蹴っ飛ばしたけど。あれは・・嫌いになったわけではなくて、あの言葉のせいでしょ・・と思う。
「まぁ・・本当に好きだから・・大切にしたいから・・今は、理性を保っているけど・・」
本当に好きなのね私の事。大切にしたいんだね私の事。ふふん、初めからそういえばもっと嬉しいのに。でも、昨日は理性を保っていなかったのね。とは言わずにいようと思う。ちょっとした刺激で、その理性がなくなっても困りそう、という思いがしてる。だから。とりあえず。
「けど・・なによ」と聞き返して。もしかして、こんな場面で告白・・それとも・・昨日の続きを再開・・したいの。ゴクリとしながら、春樹さんの言葉を待つと・・。
「お前・・自分がどれだけ可愛い女の子か、ぜんっぜん自覚してないだろ・・」
って・・・どれだけ可愛いか? とくんって心臓が一瞬跳ねた、初めて聞いた気がした春樹さんの一言・・って何の話ですか? 急にナニ・・。もしかして私を・・。でも、自覚してないだろって、どういう意味?
「今のお前はね、無っ茶苦っ茶可愛くて、もんのすごく魅力的で、男の理性を指先一弾きで蹴散らしそうなほどイロっぽいんだよ・・こんなこと言うの恥ずかしいけど・・今のお前は、本当に・・」
ってそこで息継ぎしないでよ。
本当に? ナニ? 恥ずかしいけどって? 何を言い出す気ですか?
「はぁぁぁぁぁぁ・・」それは、また、ため息。また息を吸って・・。静粛の中。
「今のお前は、本当に、美しい・・」
えぇぇ? ウツクシイ・・ってナニ? ちゃんと聞いた? 聞き逃したかも、どゆ意味? って。えぇぇ?
「そういうこと、自覚する年頃なんだから」って、指先でピンっと私のおでこを弾く春樹さん・・。何ですか、こんな場面で、美しい、だなんて・・生まれて初めての一言に、急に、ドキドキしちゃうでしょ・・そんなこと言い始めたら。でも・・そんなことを言ってから、またため息を交えて困り切っている春樹さんの表情に感じる違和感、急に聞きたくなったこと。それって・・。
「誉めているんですか・・怒っているんですか・・」
「怒っているの」なんて即答するから、私もムカついて、カッとなったかも。
「怒りながら言うことじゃないでしょ、美しい、だなんて」とりあえず言わなきゃ気がすまない。もっと、優しい顔で誉めながら言ってくれたら、その一言は、ものすごくうれしいはずなのに。美しいだなんて、怒りながら言う言葉ですか?
「・・だから・・安心するのはいいけど。俺の事、何もしない男だと思うのもいいけど。その、おっぱいをチラチラさせるのと・・太ももムチムチさせるのと、その・・それ・・パカパカ開くのやめてくれないか・・」
って・・うつむいたら、捲れ上がったバスローブと、さっきシシャモを取ろうと立てた膝。脚の太ももは根元の奥まで・・丸見え・・そういえば、バスローブ一枚の下は、パンツ履いてなかった、ほんとうの素っ裸。って・・指先ピンって私のおでこを弾いた春樹さんの、その指先ピンっは・・別のモノの ピンっ をイメージしてしまうような・・。だから、そぉぉっと、バスローブを整えて、脚も斜めに畳んで閉じたつもり。なのに。もっと思い詰めているような春樹さんは。
「美樹・・俺、お前の事好きだし、大切にしたいし、だから、いや、でもね、本当に我慢できないかも・・いいだろ・・」
と、本当に思い詰めている顔してる。ほとんど食べ終わっているちゃぶ台を動かそうとして。鼻の穴が大きく膨らんでいるような。ふぅー、ふぅーって息づかいが・・怖い。だから。
「いいだろ・・なんて。ダメに決まってるでしょ・・これからアルバイトに行くし・・」
と、力いっぱいちゃぶ台を固定して、もっと鼻の穴を大きくして息をしている私。安心感なんて今は完全になくなってる・・。気もするけど・・。どことなく、心の準備はできている気もしている。もう一度「お前は、本当に、美しい」なんて言われたら、この力いっぱいちゃぶ台を抑えている手を ばんざい して、昨日みたいに「どうぞ」って言いながら後ろにのけぞって寝転がろうかな、という気持ちが少しあることを自覚している。こと、私はこんな時に自分を、そう分析している。
「だったら・・もう、服とか着て・・歯も磨いて・・ほら・・出発しよう・・これって、虐待だぞ、虐待・・・もぉ、どんな拷問だよホントに・・・はぁぁぁ・・・頭おかしくなりそう、なんとかして」
やっぱり、本当に美しい、って優しく誉めながら言ってくれたなら、このバスローブも折り畳んだ脚も、無条件に開放したかもしれないのに。そんなぼやき方だから、反動を伴ったこの「幻滅」それに、ギャクタイってなによ? ゴーモン? と思っていると、
「もぉぉ・・片付けるぞ」
って、立ち上がって、お皿をかたずけ始める春樹さん。お皿の沢庵の一切れを見つけて、指で摘まんでぽりぽり食べる私をまた、鼻の下をちょろっと伸ばしながら見て。はぁぁぁっとため息を吐きながら向こうに行った。そして。
「そういえば、美樹ちゃんの服・・昨日乾燥機に入れた?」
って、また私を ちゃん付け で呼び始めた春樹さん・・乾燥機ってナニ?
「あーあーあーもぉ、乾燥機に入れてスイッチ押しなさいって言ったでしょ」
「何の話ですか?」
「湿ったまま一晩おくと、ほら・・臭くなってるし・・漂白剤で洗わないと・・もぉぉぉ」
って。心の底からぼやいている声に。
「洗濯は俺がしとくからって言ったの春樹さんでしょ」
って言い返すけど。聞いてないし。
「はぁぁもぉ・・間に合わないし・・もぉぉ」
とぼやき声がしつこく聞こえて。
「たくもぉ・・知美さんのモノ勝手に触ると怒られるんだよ・・って、どこに仕舞ってるのかな・・あーあった・・これ、あいつの買い置きだから、サイズ同じくらいでしょ・・向こう向いてるから、これ着て・・上着は・・あーもぉ、これでいいや・・ほら、早く着替えて、歯を磨いたら出発するから」
って、ポイっと投げ渡されたそれは、真っ赤なブラシャーとショーツ・・って、ナニコレ・・ふりふりのすけすけは下半分だけしかないじゃない。それに、クリーニングのビニールに包まれたままの、スカイブルーのひらひらした腰から下ストレートにゆったりしたパンツと、フリルがたくさんついた真っ白なシャツ。
「ほーら・・向こう向いてるから、早く着替えて、歯を磨いて、出発しますよ」
ってお母さんみたいに何回も言わなくても聞こえてますよ。
「わかりましたよ・・」
って、バスローブを脱いで、真っ赤なショーツ、前はスケスケ、後ろはヒモ。ブラジャーも・・下半分を持ち上げて、って、持ち上げる必要ないかな、下半分だけでも、少し緩いかも。知美さん、結構大きいのね。それに、スカイブルーのパンツは、白いフリルがいっぱいのシャツと、まるで青空と雲みたいな・・へぇぇ、こんな服、可愛いというより・・綺麗・・くるんと回って、全体をチェックして・・でも・・白いシャツに透ける真っ赤なブラジャー・・だけど。お尻の線も・・へぇぇ、こんな衣装も似合うんだな私に・・。結構大人っぽくない? 顔を斜めにして、髪を摘まんで整えて にこっ 結構イイかも。なんて見入っていると。
「ほーら・・もぉ時間ないから、歯を磨きなさいって」
と、まだ、お母さんみたいな春樹さんのぼやき声。
「うるさい」
ってぼやいてから、歯を磨いて。髪をチェックして。鏡の前のお化粧品は、チェックしなきゃならない銘柄のように思えるけど。ボトルをひとつひとつ。読めないし、英語?
「ほら、出発しますよ・・」
と、無理やり背中を押されて、イヤイヤ部屋を出ると。
「あら・・・おはようご・・ざい・・ま・・・」
と‥立ち止まって私をじろじろ見つめたまま、歩調を緩める、誰? か知らない女の人に「おはようございます」と挨拶して。ヘルメットを二つ持って出てきた春樹さんに背中を押されて。昨日も乗ったエレベーターに乗ると、なんとなく、あともう少し物足りない冒険が終わったような錯覚・・。そう・・遊園地でジェットコースターを乗り終えて、出口に向かうあの雰囲気がした。「もう、終わりですか」と見上げても、春樹さんも黙ったままだし。
そのまま歩いて、黙ったままオートバイにまたがって、春樹さんにしがみついて、しがみつくのにも慣れたのかな。ぎゅっと抱きしめて、胸をぐりぐり押し付けると。腕に伝わってくる春樹さんのため息。いつも通り。
「足でしっかり挟んで」
だから、ぎゅっと春樹さんの腰を足で挟んで締め付けて。
「じゃ、出発するから」
私の手をぎゅっとしてから、エンジンがかかって、ゆっくり走り始めるオートバイ。日差しに照らされた朝の空気を思いっきり吸い込むと、無茶苦茶気持ちよくて、薄着でしがみつく春樹さんの体温も今日は丁度いい感じ、このぬくもりに、ちょっとだけ昨日のエッチなシーンを思い重ねながら、過ぎ去ってゆく景色に、空を飛んでいるようなあの時の感覚をしばらく堪能していると。だんだんとスピードが落ちて、右に左に揺られて、止まって、くっついたり、走り始めて、しがみつきなおしたり。しているうちに、今度はあっという間に到着したお店の前。から裏側に移動して、止まったエンジンの音。
「ほら、降りて、ここならだれにも見えないから」
って、まぁ、そうだね。と思う。それに。
「アルバイト終わったらまっすぐ帰る。お母さんに、ごめんなさいって言う。いい? わかった?」
しつこい。と思いながら ぎゅっ とにらむと。ヘルメットのベルトを外してくれる春樹さんの手がくすぐったいくて、このこそばゆい感じにへへへっと笑ったら、スポンとヘルメットが外れて。
「土曜日に持って帰るから、これは、お店に置いてて」
と言うから。今度会えるのは土曜日か・・。と言う気持ちが溢れ始めて。そのせい。
「お母さんに、ごめんなさいって言うんだぞ」しつこく、もう一度繰り返すその言葉に。
「はーい。わかりましたよ」と、精いっぱいの素直さでつぶやいたつもりの私をようやく許してくれたように。
「それじゃ、またな」
「うん」
「それと、昨日は本当にごめんなさい。がまんできなくて」
そんなに謝り続けなくてもいいじゃないですか、と思う。
「お前が、こんなに綺麗に、急に大人っぽくなっちゃったのがいけないんだ」
お前・・って呼ばれると、思考停止になってしまう気がして。
「アレは、美樹のせいだからな」
美樹って呼ばれると、微かに恋人になってくれてる気持ちになって。でも。
「美樹ちゃん・・」
と呼んで、私のおでこをつついて、ヘルメットの窓から見えるその目は、恥ずかしそうに笑っていて。
「ごめんなさい・・許して、昨日の事」と続ける春樹さん。また元に戻ったかな。
「うん、許してあげますよ」とつぶやいたのは、元に戻ったこの寂しい気持ちのせいだね。
「春樹さん」と名前を呼んで。思い出すこと。
私、綺麗でしたか? 美しいって、そんな言葉の次に、入れるよって続くのなら。入れる前に、もう一度言ってくれる約束をしてくれたら、今度は蹴ったりしないから。とは喉の下くらいに用意していそうな言葉だけど、入れるだなんて・・何をどこに? ・・と空想してること無茶苦茶恥ずかしい。だから、代わりに「私、綺麗になりましたか」と無理やり思ってみる、好きな男の子にそんなことを言われたら、心の底から嬉しい気がする、「美しい」だなんて、言ってくれたこと、怒りながら言ったみたいだけど。本当は嬉しいから、私も、春樹さんにチュッチュッされていた昨日を思い出して、アレって、思い返すと、私なりに素敵な初体験だったような気持になってきてるし。まぁ、アレはアレでそれなりに良かったかも。なんて思っていること、どんな言葉を並べたら、すんなりと春樹さんに伝わるだろう。そんなことを今考えている。のに。
「それと、知美には言うんじゃないぞ」
だなんて、両手でほっぺを摘まんで、ぐりぐりした春樹さん。また、気持ちがこんなに ほんわり 膨らみ切った瞬間に、その一言はひどいでしょ。どうしていつもそうなの? と眉を寄せたら、エンジンがかかって。ヘルメットの中から、ウィンクする春樹さんを。ぎぃぃっと睨みつけながら。どうして、身も心も ほんわりと開いて その気になり始めた、この瞬間に知美さんの名前を出すのよバカ。と思ったと思ったら、すぐに走り始めたオートバイは、一旦止まって右左。そして、右に曲がって、大きな音と一緒にあっという間に見えなくなった。
「ばか・・綺麗って言われて嬉しかったのに」とつぶやきながら、また、昨日のことを思い返し始めている私。
「お前は、本当に、美しい」そんなBGMの中、私のおっぱいをちゅうちゅう吸っている春樹さんを思い出すと。体の中からジンジンしてくるこの感じ。なのに。遠くから、
「知美には言うんじゃないぞ」って声が何もかもを打ち消して、はぁぁっとため息を途中から鼻息にして、ふんっ って吐き出すと、私なりの 初体験 それは、最後の一言さえなければ、という思いとともに一区切りしたんだな、さっきの一言さえなければ、私なりにまぁまぁよくできた初体験だった。そう納得するしかないようだ。「知美には言うんじゃないぞ」 だなんて、昨日春樹さんとあんなことしただなんて言えるわけないでしょ。
そして、お店のガラスの扉に写る私ってこんなだったかな? と思ってしまうのは、この衣装のせいかな、と思う。私が動かす手と同じ動きをしているガラスに映る私。私だよね、コレ。って何してるの私。自分で言うのもなんだけど、ガラスに映っている私って、結構、大人っぽくて綺麗、強いて言うなら、知美さんが立っているような。知美さんの衣装だからかな。でも、こんなヘルメットを持ったまま「おはようございます」なんてお店に入って行くと、また、変な詮索されそうだし。そぉっと店の中をのぞくと。由佳さんが一人でお客さんの対応をしていて。奈菜江さんと優子さんの姿は見えない。今のうちだね、と思いながら。そぉっと扉を開けて、チラッと目が合った由佳さんに「お疲れ様です」と会釈だけして、そぉぉっと中に入ろうとしたら。
「あの、お客様、そちらは従業員専用通路です、お手洗いはこちらです。ご案内しますよ」
と由佳さんが、丁寧すぎるトーンで話しかけてきて。
「えぇっ?」
と振り向こうとしたら。中から、奈菜江さんと優子さんが、いつも通りの笑顔で。
「でもさ、美樹って、もう、春樹さん食っちゃった感じしない?」
「食っちゃったって、美樹がぁ?」
「わかんないよぉ、最近の美樹って、みるみる変わってるし、毎週写真に撮ってパラパラしたいくらい」
「そういえば、美樹って夏休みになってから、急に大人っぽくなったよね」
「やっぱり、春樹さんを食ったのよ」
「そう言われればそうかも」
「今度春樹さん追及して・み・・よ・・・」
と私の事を長々と話題にしながら出てきて。ようやく目が合った。
「あの、お客様・・」と後ろから由佳さん。
「えぇ?」と前に奈菜江さんがいる。
「み・・美樹?」と上から優子さんまで声が裏返っている。
でも、こんな、前から後ろから上から鉢合わせになると、このヘルメットが・・。とりあえず。
「おはようございます」
と挨拶すると。三人そろって。
「どうしたの美樹、急に大人になっちゃってる」
と、目を真ん丸にして。
「って・・スニーカーは美樹のままだけど」と優子さん。
確かに足元の靴は、この衣装に不釣り合いなスニーカー。
「あ、ホントだ」と奈菜江さん。
「その服、どうしたの、もしかして春樹さんのコーデ?」って、まぁ、そうかもしれないから。視線は右に左にうろうろするけど、首は横に振れない。
「って、そのヘルメットって」
「まさか、今、春樹さんに送ってもらったの?」って、まぁ、確かに送ってもらったから。目の玉は左右に踊っているけど、やっぱり首を横に振れない。
「まさか・・ホントに・・食っちゃった?」それは・・違ぅ・・。いや、そうかも。
「うわー、どっちが上だったんだろね」
ちょっと、なに勝手な想像してるんですか? とは言えない昨夜の事実が頭の中を占領していて。私が食ったというより、食われた? わけではないと思うけど。
「まぁ、まぁ、とりあえず、立ち話もなんだから、着替えておいでよ」
と由佳さんに言われなきゃ、本当に時間が止まって、永久に解放されなさそうな雰囲気になってた気がする。
そして、更衣室、あまり鏡とかを見ないようにちゃちゃっと着替えて表に出ると。
「でも、制服になるといつもの美樹だよね」と由佳さん。
「あーよかった。いつもの美樹に戻ってる」と奈菜江さん。
そして。じとーっと細い目で睨んでいる優子さん。
「春樹さんのこと、本当に食っちゃったの」と恨めしそうに言うから。
「食ったりなんかしてませんよ」と顔を背けながら言うと。
「だったら、こっち向いてちゃんと言いなさいよ」と変な剣幕で私の顔を両手で挟む優子さん。
「食べてません」ともう一度言った時。目が思いっきり左に寄って。険悪なムード。
「まぁまぁまぁまぁ、優子も、そんなムキにならないでよ」
「ムキになんかなってないけど」
「どうだか。優子も春樹さんに気があるのかなって勘ぐっちゃうでしょ」
「はいはい、春樹さんに気があるんじゃなくて」
「なくて?」
「もぉぉぉ」
「あー。美樹に先を越されたことが悔しい」
「・・・ちがうわよ。ナニよ 先 って」
「ズボシね。越―さーれーた」
「ちーがーう」
「どうだかね、はいはい、お仕事お仕事。もぉ、ほらほら」
それは、いつもと変わらない、平日のランチタイム前のアルバイトの始まり方。由佳さんに遮られた最後の言葉が頭の中に木霊してる。「先を越された」って、どういうことかな、とも思うし。そういえば、優子さんって、もしかして、私、先を越したって?
「美樹、もし、そうだったのなら。オメデト」
と奈菜江さんが クスっと こそっと言ってくれる、オメデト、の意味もなんとなくわからないような。なんとなく、アレの事かなとも思えるし。アレってオメデタイことなのかな?
「でも、さっきは、本当に美樹だってわからなかったよ、びっくりした。お客様だなんて言っちゃったじゃないよ、もぉ」
と由佳さんが笑っていて。
「ホント、美樹って、最近、みるみる変わってゆくね、でも、あまり焦りすぎちゃだめよ」
「焦りすぎちゃって」
「だから、17歳は焦って大人のふりする年頃じゃないの、20歳にもなれば焦らなくても無理やり大人のふりしなきゃならなくなるから」それも、なんとなくわからないような。
「って、私の事」と優子さん。
「かもね・・・」と奈菜江さん。そして。返事しない優子さんが怖いかも。そして。
「わがまま言いたい放題の17歳なんだから、大人のふりは、わがまま全部言い尽くしてからでも遅くないって」と、いつもトリを〆る由佳さんの重い一言だけど。
やっぱり、なんとなくわからない。昨日の婦警さんは「オトナのふりする年頃よ」って言ってたのに。って、アレ、昨日の事だったのかな。ぶつぶつ思うと。
「それね、それそれ、二十歳過ぎるとわがまま言えなくなるよね」とは奈菜江さん。
「私は、30になってもわがまま言い続けるし、女は生涯わがまま言い続けてもいいんです」とは優子さん。の座右の銘かな。
「はいはい、言い続けてください、世界一寛容な・カ・レ・シ・を捕まえてから」
「あーもぉーバカにして。私だって世界一寛容なカレシ見つけますよーだ」
と、ぼやきながら、細い横目で私を見た優子さん。お客さんがお店の扉を開けると同時に。オートマチックモードで。
「いらっしゃいませ、よーこそ」
と、一瞬で表情を 愛想笑い に変えてお客さんの元に駆け寄って。私も、次から次に入り始めたお客さんに 自動的な 対応し始めると。とりあえず、もやもやしていること全部、強制リセット。時間が過ぎるコトを忘れて、一生懸命にお客さんの対応をして、料理を運んで。愛想笑いを振り撒いて。お客さんがまばらになってほっと一息つきながら、時計を見るとあっという間に上がる時間までもう少し。いつも通りに頭の中空っぽで真っ白になって働いていたかと思うと。今度は、魂が入れ替わるかのように、真っ白で空っぽだった頭の中に濁流のように流れ込んでくるのは昨日の出来事。
「美樹、そろそろ引き継ぎできる?」と由佳さんに言われなきゃ。別の世界に連れていかれたかも。
「あ・・はぁーい」と我に返る返事をして。すかさず。
「今日、どうする」と奈菜江さんの一言。なのに、今、回想しているのは。
「アルバイト終わったらまっすぐ帰る。お母さんに、ごめんなさいって言う。いい? わかった?」って春樹さんに言われて。
「はぁーい、わかりましたよ」と約束した私。の部分。を一時停止して。
「美樹、引き継ぐお客さんいるの?」
「え・・あ・・ううん。オーダー全部、捌けてますから」
「はぁーい、じゃ、上がろうか。お疲れ様」
「お疲れ様でした」
といった瞬間。一時停止してた映像が再び動き始めて。
「アルバイト終わったらまっすぐ帰る。お母さんに、ごめんなさいって言う。いい? わかった?」
と春樹さんの声が頭の中で大音量だから。
「美樹、アイスクリーム行く?」と奈菜江さんの誘いに。
「あ・・はい。いえ・・あの今日は」と、また、目を泳がせながら答えてしまった私。
「えぇ、美樹って最近付き合い悪いね」と優子さん。
「オトコができちゃったからかな?」と奈菜江さん。
「ち、違いますよ」と自信なく言ったつもりでいると、また春樹さんの声が「お母さんにあやまるんだぞ」と聞こえて。ため息。そして着替えて。そういえば、今日はこんな真っ赤な下着。こんな服。奈菜江さんと優子さんがいないことにほっとしたりして。
「じゃ、美樹、お先にね、春樹さんによろしくって、着る服でこんなに変わるかね、男ができたから変わっちゃったのかな。美樹って、なんだかホントに大人っぽくなったね」
と、シャツのフリルを引っ張りながら、奈菜江さんの一言に、そんなに変わったかなという思いがして。
「美樹っていいね、可愛いし、綺麗だし、服変えただけでこんなに美人になるし。あーもぉ、羨ましい、本当に嫉妬しちゃう」
と、優子さんの一言に。優子さんだって、美人で、その誰もがチラ見するバストだって、誰もがうらやましく思っているでしょ。と思いがして。
「優子さんだって、綺麗じゃないですか、服変えなくても美人だし、すごいし・・」
って、目の前にあるはち切れそうなバストをしげしげ見ながらお世辞を言っているのに。その怖いニラミと、「すごいってこれの事?」のように胸を張る仕草は何ですか?
「ほらほらほら、引き留めないの、じゃ、頑張ってね」と優子さんを引っ張ってゆく奈菜江さんと。
「ホントに春樹さん、美樹に食べられちゃったのかな」
ってまだぼやいているし。
「はいはいはいはいはい、じゃ、お疲れ様。春樹さんによろしくね」
「お疲れ様でした」と、休憩室で二人と別れて。
春樹さんによろしくね、って何言えばいいんだろ。それより、家に帰って、お母さんにもなんて言えばいいのだろ。「ごめんなさい」って言っても。お母さんが「出て行けっ」って言ったんだし。お店の人たちに「お先に失礼します」と言いながら店を出て。とぼとぼと歩き始める家までの道のり、歩くと15分くらいかな。その間に、何かいいセリフ考えようかな。お母さん、家出なんかして。
「ごめんなさい」
とつぶやくと。そういえば春樹さんも言ってたね。「ごめんなさい、どうかしてたよ」どうかしてたよ・・か。どうかしている春樹さんなんて初めてだったな。
「許して。気持ちを抑えられない」か。
「気持ちを抑えられない」だなんて。春樹さん、どうなっちゃったんだろ。私も、呼吸困難になるくらい、どうにかなっちゃてたけどね。
「イヤだったら言って、ダメだったら言って。そうじゃないなら」
「言いません、イヤだなんて、ダメだなんて」
あのシーンをリピートしながら、あの言葉で私があの人を、
「どうかさせちゃったのかな」
とつぶやいて。どうかさせちゃうことしてたよね。
「おっぱいチラチラ・・太ももムチムチ・・あそこパカパカ・・あそこ・・」
だなんて、声に出してつぶやくと、顔とか耳とかが熱くなり始めて。男の人にそんなところ見せただなんて。と言う思いと。そういえば、男の人に、そんなことろ、舐められたり、吸われたり、転がされたり。しているところを鮮明に思い出すと、むずむずし始めるいろんなところ。ぐっしょりし始める感じ。ひらひらしたこの服、まとわりつくし。
「はぁぁぁぁぁ」暑い・・。と思ったら。もう家の前か・・。私の部屋を見上げて。開いた窓、昨日はお母さんが私を無視して掃除してたかな。という残像が見える気がするから。
「はぁぁぁぁぁ」ため息しか出ないね。
「はぁぁぁぁぁ」吸い込む息までため息になってる。そして。
「アルバイト終わったらまっすぐ帰る。お母さんに、ごめんなさいって言う。いい? わかった?」
と、また声が聞こえた気がして。はっと振り返っても。誰もいないし。ほっとして玄関に向き直ってから顔をあげると。扉がカチャン、そして無音で開き始めて。
「・・・・・・・・・・・・」何もかもがスローモーションになった。
「えぇ?・・・・・・・・・・・・美樹?」といつもの3倍くらい大きな目のお母さんが半分開いた扉から顔を出して。ゆっくりと全部開けて。お母さんの。
「ふぅー、ふぅー、ふぅー」と息づかいが聞こえる静粛。ごくり、とツバを飲み込む音まで聞こえた。そして。私も、意を決して「ごめんなさい」と言おうとしたら。お母さんは私を遮るように。
「春樹さんが来てたわよ」
と、3倍くらい大きな目を ぎょろ っとさせながら言った。
「春樹さんが・・・」なにしに?
「まったく・・勝手にこんなに大人になっちゃって、もぉ」
今日は朝から、そんな言葉を何回聞いたかな。まったく、この衣装のせい?
「美樹、ちょっと来なさい」
来なさいってナニよ。って説教しかないか。もぅ、あきらめよう。そうしよう。とりあえず我が家に帰還したし。靴を脱いで。
「はぁぁぁぁぁ、もぉ。いつの間にこんなになっちゃったのよ」
って、ぼやくお母さんにオソルオソルついて行きながら、こんなにって何のこと? と思ってみる。
「はぁぁぁぁぁ、もぉ。そこに座りなさい」
って、座るしかないか。とりあえず、視線を合わせないように。イヤイヤ座って。
「はぁぁぁぁぁ、もぉ。あんた春樹さんにナニしたの?」
って、それは予想だにしていなかった一言。春樹さんにナニしたのだなんて。春樹さんがナニしたの? とか、春樹さんにナニされたの? じゃないの? と、お母さんと視線が合った瞬間。昨日の出来事全てが、MP4ファイルになって、お母さんに配信されたかのような錯覚は、今、また、頭の中でリピート再生されている、昨日の出来事。私が「あぁ~ん」って悶えている映像。そして、朝、チラチラ、ムチムチ、パカパカしている私の映像まで流れて。だから。
「何もしてないわよ」と、絶対ウソだとバレる顔を背けて言うしかないし。それに。
「春樹さん、何しに来たの、なにか言った?」と聞かずにいられないこと。口にしたら、お母さんはすかさず言い返した。
「何か言ったって、春樹さん、そこに座って、ごめんなさい許してくださいって。テーブルにおでこ押し付けて。どうしても我慢できなくなってって。お母さんだって女なんだから、わかるわよそれくらい。はぁぁぁぁもぉ。妊娠とかしないでしょうね。大丈夫なの?」
ドーンと音がしたような。に・・に・・ニンシン。ってナニ? 落雷の事?
「そうなんでしょ。あの春樹さんの態度。春樹さんの方から美樹に何かするような人じゃないから、美樹が春樹さんにナニかしたんでしょ。まったく、そんな」
そんな・・? でも、あれは、春樹さんの方から私に何かしたはず。
「女の子はね、美樹だって、もうすぐ、お世話になりましたって出て行く日が必ず来るんだから。急にそんな風にならないでよ、知らないうちにこんなに大人になっちゃって、急に出て行ったりしないで、もう少し子供でいなさい。私の子供で」
昨日は、出て行けって言ったくせに。って、チラッと見ると、お母さん、泣いてる・・の?
「どれだけ心配したと思っているのよバカ」
って。やっぱり怒ってるね。だから。という理由もあれば。
「アルバイト終わったらまっすぐ帰る。お母さんに、ごめんなさいって言う。いい? わかった?」わかりましたよ。
と、また。あの言葉が耳に聞こえたから、という理由も重なって。ようやく。
「ごめんなさい」
と小さな声で言ったら。じろっと私を睨みなおしたお母さん。
「美樹も、17歳なんだね。昨日まで、子供だ子供だと思っていたのに。目を離したすきにあっという間にこんな大人になっちゃって。自覚しなさいよ。春樹さんだって、これからは美樹の事、子供相手のお付き合いなんてできないんだから」
また、自覚って言葉。それに、子供相手のお付き合い。大人になっちゃって。ってそんな言葉をつなぎ合わせると。なんとなく意味がわかるような気がして。
「いい、春樹さんも年頃の男の子なんだから、そんなに膨らんだおっぱいとか、丸くなったお尻とかに、がまんできなくなって、そんな、がまんできなかったから、だなんて理由で赤ちゃんとか作っていい時代じゃないんだからね」
そう言われて、意味が解ったような。だから。
「はーい・・・ごめんなさい」
と反省してることを装うようにうつむいて。
「お母さんからも、春樹さんに、ちゃんと責任取ってよねって、言っといたから」
せ・・責任ってナニ? 結婚しろとか? もらって行って、とか?
「ちゃんと、振られなさい」じゃないか・・。やっぱり。
って、振られなさい。って? ナニ?
「春樹さん、あんな人だから、ちゃんと言わないかもしれないけど。だから、美樹の方からちゃんと言ってもらいなさい」
「ちゃんとって、ナニを?」
「私の事、もう構わないでください。つきまとってごめんなさい、恋人さんと仲良く暮らしてください。邪魔してごめんなさい。そういうことをちゃんと言って、私の事も忘れてくださいって。もう、わがままとか言いませんって、忘れてもらいなさい」
なんて、言えるわけなんかないでしょ。知美さんとの約束もあるんだし。
「はぁぁぁ、もぉ、本当に大丈夫なんでしょうね、できちゃったとか言わないでよ」
って、ニンシンとか・・そういえば、あの後、突然、私の夢の中に現れた、私のおっぱいを もにゅもにゅ と吸っていた春樹さんと同じ顔の、あの赤ちゃんって。今この瞬間も、顔をはっきりと思い出せるほどリアルだったな。アレ・・もしかして・・まさか。ありえないよね。私の中に入ってきた春樹さんのアレって、チクってして。蹴飛ばして、あんな一瞬で、そんなこと、ありえないでしょ。
「って、美樹・・・美樹・・・美樹」
とお母さんが、3回も名前を呼んで、さっきからいつもの3倍くらいの大きな目で見つめているのは、放心状態の私。放心状態? どうして?
「あなた、やっぱり、本当に春樹さんと、しちゃったの?」
私は、ほっぺがちぎれるかと思うほど必死で、顔をぶるぶると振っているようだ。
「まぁ・・春樹さんも許してくださいって言ってたから、許してあげるけど。それより、週末からおじいちゃんおばぁちゃんの所、行く準備できてるの」
えっ? 急にその話? おじいちゃんおばぁちゃん、ってそういえばそうだった。
「アルバイト、休めるの?」
そういえば、アルバイト休むことまだ言ってない。まぁ、明日由佳さんに言えばいいか。というより。チラッと目に入ったカレンダー。今週末の次の週末のその次の週末は、9月1日で。えぇウソッ? えぇ? つまり、今週末春樹さんに会えないと。来週末に何とかしないと、その次の週末は、知美さんと正々堂々としなければならない約束をした「9月1日」 えぇ、夏休みってこんなに短かったっけ? どうして、明日、明後日、過ぎたら、あと2週間? と5日? えぇー? 頭の中、赤ちゃんがまだもにゅもにゅしていて。目の前、お母さんがまだ私をじぃーっと怖い顔で見ていて。カレンダー、春樹さんと会える週末があと一回? だめだ、私には同時に二つ以上の問題を処理する能力はない。から、とりあえず、ホワイトアウト。
「シャワー浴びてから、お部屋片づけるから」と立ち上がって。
「はいはい、もぉ、本当に、急に大人になっちゃって、あまり心配させないでよね」
と私を目で追うお母さん。
「はーい、昨日は、ごめんなさい」
「まぁ、お母さんも言い過ぎだったかな。でも、冒険できてよかった?」
って、ニヤッとしてる、それは、なんとなく優しく感じたお母さんの一言。
「うん・・まぁ」と照れ笑いしながらうなずいたら。お母さんも立ち上がって。
「でも、本当にもう少し、私の宝物でいなさい。こんなに大事に育てたんだから」
そう言いながら、私をぎゅっと抱きしめた。
「うん」という返事をして。もういちど。
「ごめんなさい」とつぶやいてみた。そして。
「はぁー」とため息吐いたお母さん。
「本当に、できちゃったなんていわないでよ」
と言いながら、私を解放して、台所に向かい。今の一瞬って、感動的なシーンだと思ったのに。その一言のせいで、また。頭の中に赤ちゃんが現れて。そういえば。
「もしそうだったのなら、オメデト」
って、奈菜江さんのあの一言って、これの事? ウソ? ありえないでしょって。でも、なんとない次なる不安が、新たにもう一段、加わったようだ。部屋に上がる足取りがむちゃくちゃ重い。
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