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デート前夜の「ニンジン」
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そして。普段通りの朝食時。
「美樹、なんだか具合も良くて、うれしそうな顔してるけど 春樹君、デートにでも誘ってくれたのか?」
と嫌味が混じっていそうな顔で聞いたお父さんに。左側の頬だけを にやっ とさせて答える私。そんな私を見ているお母さんは。
「ったく・・変な入れ知恵するから」
とつぶやきながら先に食べた食器をかたずけていく。そんなお母さんを目で追いながら。
「って、ほんとに誘ったの・・で・・どこに行くんだ? いつなんだ?」
とお父さんは急に不安そうな顔してるのがわかるから。
「明日、水族館、春樹さんオートバイに乗せてくれるって」
と自信たっぷりに答えながら、両方のほほをにこっとさせてみる。
「・・明日・・オートバイ?」
と言って目を丸くしたお父さん。
「オートバイって・・あの黒くて、でかい?」
「うん」
「危なくないか?」
「大丈夫よ」
「いや・・でも・・」
と、お父さんの ろれつ が回らなくなると面倒くさい説教が始まる予兆だから。
「ご馳走様。さってと、デートに着てゆく服でも買いに行こうっと」
と食器を重ねて。
「ちょちょちょ・・ちょっと・・美樹・・」
そんなお父さんを無視したまま。弥生に電話して、
「今何してる」って聞いたら。
「何もしてないから、付き合ってあげるよ」と面倒くさそうな返事をしてくれて。
「それと、あゆみには黙ってた方がいいよ、面倒くさくなるから」
と続ける弥生に。
「うん・・」と何かを思い出して不安な返事をすると。笑い声を混じらせながら。
「あゆみって、本当に春樹さんにメールしてるよ」
なんてことを、どきぃーっと思い出したけど。
「返事ないみたいだけど」
「・・あ・・そう」
と安心して、とりあえず、あとで春樹さんに追及しておこうと思った。
そして、いつものところで服を選んでもらうことにしたけど。よく考えると。自分でデートに着ていく服を選ぶのって、そんなことも生まれて初めてのような・・。
「ところでさ、春先に美樹が試着したあの服って、今も印象に残っているんだけど」
ハンガーの服を出しては比べて、比べては戻して、なかなかピンとくるのがないなと思っていたら。
「あの服でいいんじゃないの、すんごく可愛く思ったけど、もうないのかな・・」
そんなことを思い出している弥生。そう言えば、あの可愛いシルクの衣装3回くらいしか着てないな、あれでもいいかなと思ったけど。やっぱり。
「うん、春樹さん、オートバイに乗せてくれるって言ってたから、スカートはダメかな」
「オートバイって、プール行った時見たアレ?」ってお父さんのような驚き方。
「うんそうだけど、それと、なんか大事なこと言ってたような気がするんだけど」
「に乗せてくれるって、オートバイで水族館まで行くの?」
って弥生の驚き方もちょっと大げさなような。
「ううん・・オートバイで春樹さんのマンションに行ってからは電車だって言ってた」
「あ、そう・・って、そういう計画、オトコに立てさせると大変な目に合うよ」
とそれは、前にも言ってたけど。
「って言っても、私が計画なんて立てられないし、まだ何着ていくかも、どうしていいかもわからないのに。それに、電車で水族館なんて行くのも生まれて初めてだし・・それも、男の人と二人で、オートバイに乗るのも」
「まぁ、それもそうだけどね、初めて・・か、私たちってそういう初めての事が多い年頃だけど、オートバイと電車か、土砂降りの雨だとか、すし詰めのラッシュとか・・」
土砂降りの雨・・すし詰めのラッシュ・・その弥生のつぶやきがものすごくリアルに想像できる気がして。
「そんなネガティブな予言はやめてよ」
とぶつぶつ言いながら、その列の服は端から端まで全部不合格だし。
「ピンとくるのってなかなかないね・・」
「そうだね・・」
と二人でぼやきながら。顔をあげたら。サイドを紐で緩く編んだデニムのホットパンツから長い足を全部出して、胸の谷間を強調しているゆるゆるのタンクトップのシャツ、膝に手をついて、前屈みで、胸が見えそうなポーズをしている、麦わら帽子の超綺麗なモデルさんのポスター。
「今年こそカレシをゲッツ・・っていつのキャッチなのよ・・昭和?」
と弥生は笑いながら言っているけど。ふと思い出した春樹さんの言葉。
「シタゴコロがむずむずしちゃうよ」って。こんな衣装だと、もっと むずむず するかなと妙な気持ちが むずむず し始めた。手に取ると。
「ちょっと美樹・・それはちょっと」と弥生は言うけど。
「ちょっと・・ナニ?」
「やりすぎというか・・こないだのお尻丸出しの水着もそうだけど、美樹って最近、脱線してない?」
そんな忠告の言葉を右から左に素通りさせて。心の奥底から湧き上がる何かに むずむず と押し上げられ突き動かされている私。
「ちょっと試着してみる」
「ええー、本当に着るの。そんなの」
「持ってて」
と、荷物を預けて、ポスターの前にある、出来損ないのタンクトップというか、裁断しそこなったホットパンツというか。を掴んで試着室に入ってみた。
「美樹って最近、脱線してない?」と弥生のぼやく声になんとなく自覚はあるけど。
「このくらいの事はしてみないと、春樹さんをあの人から奪うなんて絶対できない気がするし」
弥生に聞こえないように、小さい声でそう自分に言い聞かせて。脱いで、着てみた。
「どぉ」
と弥生に見せてみたけど。弥生は真ん丸にした目で、しばらく瞬きもせずに言葉をなくしていて。私は鏡を見ながら一周回ってみると。
お尻と太ももの境目の丘がはっきりと見えて、脚の付け根からもパンツがはみ出していて、サイドの編み上げからはみ出てるパンツももっと小さいのにしなきゃと思う。それに、モデルさんのように前屈みになると、ゆるゆるの胸元から下着がチラリ。ブラも外した方がいいかな、おへそもくびれもむき出しで。腕をあげると、脇の隙間からも下着が見えて。
「春樹さん・・また、・・・ってなるかな」
と思い出したアレ。人差し指を立てながら弥生を見ると。
「どうだろうね・・ドン引きするかも・・っていうか、美樹どうしちゃったの?」
「ってどういう意味よ」
「・・・ってなるかなって・・・まぁ、部屋で二人きりなら、そんな恰好に、・・・ってなるかもしれないけど、外でそんな・・電車で行くんでしょ・・一緒に連れて歩くのも恥ずかしいかもよ、裸みたいな女の子と一緒に歩くなんて」
って言うのは、もっともな意見のような気もするけど。
「それより、春樹さんってプールに来た時こんな格好じゃなかった?」
と弥生が選んだのは、真っ黒なジーンズと、同じ素材の真っ黒なジャケット。春樹さんがそれ以外の衣装を着ているのを見たことがないなと思い出したりしている私。
「ペアルックのほうがいいんじゃない、でも暑いかな今の時期こんなジャケットって」
そういえば、店に来た時の知美さんもこんな格好してたな・・春樹さんこういうのが好きなのかな。
「オートバイに乗るんだったら、こんな方がいいと思うよ」と言う弥生の提案も受け入れて。
「じゃ、それも」買っておこう。こんなに勢いがある時はとにかくその勢いに任せるべきだ。
そして。
「ねぇ弥生、弥生はカレシとデートってどんなことするの?」
「って、一緒にぶらぶらするだけでしょ・・デートなんて」
と弥生に、付き合ってもらったお礼をしているフードコート。マンゴー練乳かき氷をつつきながら。
「手をつないだり・・」
「まぁね・・」
「チューとか・・」
「まぁ・・その気になればね・・」
「帰りが遅くなったりしたら・・」
「美樹にその気があって、春樹さんもその気なら・・別に初めての朝を二人で迎えてもいいんじゃないの」
「初めての朝って・・」
とつぶやきながら空想することはやっぱり・・。と思うと。
「またそんな空想してるでしょ、ほんとにどうかしてるよ美樹って」
と弥生は、いやらしい目つきで言うけど。確かに、そういう空想しかできないし。
「それに、美樹が空想してるのは、初めての 夜 の事でしょ」
まぁ・・そうだけど。
「私が言ってるのは、彼が作る朝食の匂いで目覚める初めての 朝 の事ヨ」
「彼が作る朝食・・」
ってものすごくリアルに想像できる春樹さんのエプロン姿・・。
「オムレツにベーコンの焼ける匂い。ミニトマトとレタスのサラダにはイタリアンドレッシング。お味噌汁の匂いも漂ってきてから、起きる時間ですよって優しく揺り起こされて、あくびしながらテーブルにつくと、ほんわりと湯気が立ち上る白いご飯。彼との初めての朝って絶対そうあるべきだよね」
「って、弥生はいつもそうなの?」うっとりと話す弥生、それが本当だったら無茶苦茶うらやましいけど。
「なわけないでしょ。初めての朝ってそうあるべきって、理想の話をしてるの」
「って、弥生はそうだったの?」
ってあのバンダナの男の人もコックさんだったようなことを思い出しているけど。
「そうなってほしいって話をしているのよ、あーもう、美樹とは価値観違うし」
「あ・・そう・・違うかもね」って朝も大事だけど、その前には夜があるわけだし。だから。
「・・ちょっと戻るけど」
って今の私には、もっと大事に思えるアノ話。
「戻るけどって・・」
「うん・・その、その気があればって」つぶやきながら不安に思うこと。
「その気があれば?」
「もし、春樹さんに、その気がなかったら・・」いつも、なさそうな気がするし。
と、黄色いマンゴーと白い練乳と氷を同時にスプーンに乗せて。口に入れて。
「・・知らないわよ、そんなこと」
「私は、その気かもしれない」と言い放つのは、この練乳たっぷりのマンゴーのおいしさのせい。
「はいはい・・だったら、美樹が春樹さんをその気にさせてあげれば」
とシャクシャク食べるペースを上げる弥生は。
「あー、このマンゴーと練乳のコラボって、おいしすぎるね」
と他人事になり始めるから。
「どうやって・・」
って真剣に聞くと。スプーンを加えたまま弥生は。
「裸になるだけで、その気になるよ、たいていのオトコは」
ってそんなことをシレっと、面倒くさそうに言うのはやっぱり。
「弥生はそうしたの?」
はだか・・だなんて。そういう意識はしてるし、ときどき想像もするけど。
「だから、私のカレシは私からいった、言うっていう字と行くって言う字。じゃなくて、向こうから来たの、向かって来て、言いに来たの。私の気を引くためにあの手この手で私に貢物をして、あの手この手で私に言い寄って、あの手この手で私をおびき寄せて、あの手この手で私をその気にさせて」
「弥生が折れたんだね・・」
「まぁ折れたのかな・・断る理由もなかったし、一途な気持ちも感じたし、それでも、幸せよ、今、私。17歳でこんなこと言うのも変かな」
それって、やっぱり、私からって、方向が間違いなのかな。そう思うこと、聞いてみるべきかなと思うけど。なんとなく答えはわかりきっていそうだし。どっちでもいいじゃん方向なんて、って言うだろうな。とぶつぶつ思ったら。
「あーそうだ、こないだ本を貸してあげるって言ってたよね」と何かを思い出した弥生。
「本・・?」そういえば、ハウツー本。
「ごめん、忘れてたよ、帰ったらすぐ探すから。で、これも、その本に書いてたんだけど」
「本に書いてた・・これも?」
「うん、女の子をその気にさせる方法って、数えきれないほどあるのだけど、男の子をその気にさせる方法なんて一つか二つなんだって」
「って・・裸になること」が一つ、もう一つは?
「まぁね、女の子を口説くためには、贈り物とかラブレターとか食事とかドライブとかお金とか甘い言葉にダイヤモンドにブランドのカバン、忘れちゃいけない記念日が年間に200日くらいあって、ときどき、お花も必要なら毎朝の誉め言葉も寝る前に感謝の一言も、一日一回は些細なことに気付いて 綺麗だね って言ってあげることも必要で、うざくなるほどの気配りも大事だけど」
「だけど」たしかに思い当たることはあるなと思うけど。
「だけど、男の子を口説くのに必要なことって、美樹は何を思いつく?」
「なにって・・そんな急に」
「ほら、よく考えて、春樹さんをどうすれば口説けると思うの。一番簡単で一番強烈な方法って」
「・・・キス」くらいしか言葉にできないような。
「はいはい・・一度しちゃえば終わりでしょ」ってため息交じりにうなずく弥生に。
「・・・えっち?」ってつぶやくと、弥生はあきれたような顔で、
「ったく・・それも、一度したら終わりよ」と言ってから、ため息吐まじりにニヤッとして。
「ニ・ン・ジ・ン」って言った。
「えっ‥?」ってわからない・・。
「つまり、目の前にニンジンぶら下げたお馬さんに仕立て上げるのが一番いい、その気にさせる方法なのよ」
そう言いながら、溶け始めたかき氷をシャクシャクと食べる弥生は。
「もう少しで触れそうなのに、はい残念、今日はここまでよ。もう少しで見れそうなのに、はい残念、今日はここまでよ。そうしてへとへとになった最後の最後にハイどうぞ 少しだけ お食べなさい、ってそんな風に馬を調教するみたいな方法が、オトコをその気にさせる一番いい方法。ニンジンを少しだけ、小出しに与えるのが大事、一粒の飴を舐めるためなら100回の鞭にも耐えられるのがオトコなんだって。つまり、100回鞭でたたいても、一粒の飴でその苦痛を忘れられるのがオトコってこと」
胸元をチラチラさせながら、そんなことを楽しそうに話す弥生の、それが実態なのかなと思うけど。
「オトコの 深層心理を突く って言うんだって、それ。麻薬中毒のように、もう少しがまんさせて、もう少し辛抱させて、ほどほどのところで、ほんのちょっと甘いものを与えると、また、もう少し、もう少し。そのうち、甘い飴よりも、もう少しもう少しって我慢して辛抱する方が快感になったら大成功」
とは言うけれど。って言うか、弥生はそんなことしているのかな?
「そんなこと、私にできるわけ・・」ないような。100回の鞭だなんて。深層心理なんて。甘い飴? と何度回想しても無理っぽい話。と思っていると。
「あー・・そっか、オトコに言い寄られた場合はそうだけど。美樹の場合はオンナから言い寄っているわけだから・・」
「でしょ・・」と思う。別に春樹さんを調教するわけじゃないし。ただ、知美さんから奪い取る方法を知りたいだけで、でもそんな方法なんてあるのかな。
「そういえば、女の子から言い寄る場合って、ハダカになる以外に参考例がなかったかな・・」
「やっぱり、女の子から言うのはいけないのかな・・」
「いけないことはないと思うけど。ただ」と遠くに視線を移す弥生に。
「ただ?」と前のめりになると。
「もう・・そんな真剣な顔で聞かないでよ」
って全然参考にならないし。知美さんはどうしたんだろう。また振出しに戻ったような感じ。そして。
「まぁ、頑張ればなんとかなるでしょ。それじゃ、頑張ってね、ご馳走様」
とこれ以上付き合っていられなさそうに立ち上がる弥生に。また、その無責任な一言ですか。と思ってみた。
「うん・・」とうなずいて。他人の恋愛相談に責任もクソもないか・・と。
そして、部屋に帰って、とりあえず。もう一度試着。今度は一枚だけおふざけで買ったTバックとノーブラで、あのポスターのモデルさんのようなポーズをとると。ゆるゆるな胸元。乳首がチラリ。腕をあげると、脇の隙間からも、プールで見たあゆみほどではないけど私なりの膨らみがチラリ。顔が歪んでくるけど。春樹さんをその気にさせるためには、こんな努力も必要だと言い聞かせて。
「男の子をその気にさせる方法なんて一つか二つ」か。
そう鏡の中の私につぶやいてみた。そして。
「今日はここまでよ・・」
と胸元をチラリ。
「今日はここまでよ・・」
とお尻をチラリ。
「お疲れ様、ハイどうぞ・・召し上がれ」
と裾を捲りながら、ふと我に返って、そんなことを練習している自分に はぁぁぁ ってため息。
「何してんだろ、私・・・」
そして、いつかのえっちの本を、もう一度ぱらぱらとめくると、すぐに目についたのは、たいせつな夏の薄着とムダ毛の処理。
「えー・・こんなこともしなきゃならないのね・・」とつぶやいて。ごそごそと。お父さんの髭剃り(新しいの)とクリームを探し出して、本の通りに。でも・・・。
「ナニしてんだろ、私・・・」
でもやらなきゃ・・。こんな小さくて薄い下着だから・・。そんなに毛がはえているわけでもないけど。でも、それはまるで、明日お馬さんに食べさせてあげるニンジンを洗っているような、そんな気もしてくる。
そして。弥生が選んだ黒のジーンズ、とりあえず、サイズだけを確かめて。なかなか寝付けそうにないけど、寝ることにしたら。ぴろぴろとメールが届いて。
「準備はよいですか? 明日は朝7時に迎えに行きますよ。行くところはココ」
と春樹さんからのメール。開けてみると。シーワールド・・シャチが観客席に水をぶちまけている動画。きゃーきゃーと言う音声と、ずぶぬれになっている観客の楽しそうな映像。こんなところに行くのか。ずぶ濡れか・・どうせ水に濡れるなら。あの衣装でいいよ。そんな決意をしてみることにした。
「わかりました」
と返事すると。すぐに。
「おやすみ・・(^ε^)-☆Chu!!」 って。なに、この絵文字、どう返事していいかわからなくなって電話をポイする。そして。いよいよ私は、…どうなるんだろう明日。眠れない夜更けが深まっているようだ。
そして、朝。眠気なんて感じられない気分で鏡を見つめた私・・。まだ歪んでいる顔・・。
じぃっと鏡を見つめて、乱れる呼吸を静めてみた。こんな格好・・。そぉっと後ろ姿を鏡に映して・・。春樹さんがかわいいと言ってくれた私の丸いお尻・・。つい、摘んでしまう。こないだの水着よりは隠れている部分が多いけど。右も左も下半分はむき出しで。って、むき出せるようにしたのは私だけど。
「ぷにぷに」
いつのまにか、お肉を摘むとそうつぶやくクセ。落ちついた呼吸が、また、乱れてきた。ものすごい決断だと思う。そして、この決断が未来をバラ色に・・ピンク色に・・してくれるだろうか? 窓の外は、スズメの鳴き声が静かに響く透き通った朝・・と思っていたら、遠くから聞こえてくる、あの、おなかに響くエンジンの音。あっとゆうまに窓の下にやってきた。いつもよりうるさく感じるエンジンの音が途切れて急に静かになる。その時が来た・・・。予感した通りにピンポーンとチャイムが鳴る。時計を見つめると、6時57分。約束した時間より3分早い。
「あらぁ~、春樹さんおはよ。どうしたのこんなに早く・・なんてね」と、植木に水を撒いてるお母さんの大きな声。
「おはようございます」と、春樹さんのいつもの声。そして。
「美樹! 春樹さんよぉ」
そんなに大きな声で呼ばなくても聞こえるのに。ため息を吐き出しながらもう一度鏡を見つめてみた。あの本にはこんな格好がお色気攻撃の基本だと書いていた。無駄毛の処理は本に書いてある通りにした。準備はOK。だけど、何度も思ってしまう。このあいだの水着よりすごいかも。つるつるすべすべの足の付け根、半分むき出しのお尻。小さなホットパンツは大切なところだけを覆っているかのようで。おへそ丸だしのタンクトップ。脇もつるつる、腕をあげるとよく見える、なにもつけてない胸から下のくびれ。今私が体につけている服・・と言えるのか・・は3つだけ。紐みたいなTバック、雑巾のようなホットパンツ、裾が半分しかないゆるゆるの布切れのようなタンクトップ。後ろに手を組んで、そぉぉっと胸を張ると・・やっぱり・・ツンっと・・。素肌の露出度90%な私の姿。よぉく見ると、ツンっと突っ張っている乳首が透けて見えてるような・・。はぁぁ。もっと黒っぽい色にすれば良かったかな・・。本当は、私は、無茶句茶恥ずかしい格好をしてるのじゃないだろうか・・。そんな疑問が今頃になって・・。でも、男の本能くすぐるために・・増やしてみない? お肌の露出。本に書いていたことを信じれば、春樹さんは絶対、私を・・。私に・・。そして、春樹さんを、私は・・。私が・・。
「美樹、何してるの、春樹さんが迎えに来てるよって」
すぐ近くに聞こえた声に振り向いた、同時にドアがあいた。お母さんと目が合った。瞬間、ひぃぃっと息を飲んだお母さん。
「・・み・・美樹!?」
そんなお母さんを突き飛ばすように部屋を飛び出した。どたばたと階段を降りた。玄関に座っている春樹さんが振り向いた。
「えぇぇ?・・・」
私を見つめた目が大きく見開いてる。のけぞっている。どうやら作戦は成功したようだ・・。だから、そのすきに、急いで靴を履いて。
「行きましょ」
と、手をとったのに。
「ちょっと・・美樹ちゃん・・なっ・・なにその格好・・」
わなわなとふるえているのがわかるほどにうろたえている春樹さん。
「・・かわいい・・でしょ・・」
つんっと胸を張って春樹さんに歩み寄ってみた。下の方からすーすーと、空気が流れ込む胸。呼吸が震えたけど、うろたえている春樹さんを観察すると、じわじわとなんともいえない優越感が押し寄せてきた。じわっと近づけば、じわっとのけぞる春樹さん。もっと近づこうとすると、もっとのけぞる春樹さん。
「・・あ・・の・・美樹ちゃん・・ち・・ちょっと、それは・・ちょっと」
ふるえてる声、その狼狽える顔を見つめると、なんだかうしし・・。こんな妙な気分は生まれて初めてだ。女王様の気持ち・・なんて気分。後ずさる春樹さんにいひひひ・・。そんなほほえみを浮かべながら歩みよる。壁に張り付いて、もう逃げられない春樹さん。喉がごくりと、音をたてている。本能が、獲物を追い詰めた瞬間の非情な至福を感じていることがわかる。壁ドンしちゃおうかな、という誘惑、そのままキスも・・・そのとき。
「美樹! あんた! なんて格好してるのよ!」
首をすぼめてしまいそうな大きな声。振り向くと、ものすごい形相のお母さん。わなわなと震えていた。
「いいじゃない、今はこんなのが流行ってるんだから」
春樹さんの横に隠れて、お母さんから逃げて。
「ちょっと、美樹・・いくら流行ってるからって、そんな格好・・」
「春樹さん、行きましょ」
春樹さんの手を強引に引いて、追いかけようとしたお母さんから逃げ出すように、表にでた。朝の空気がむき出しの素肌から体温を奪う。一瞬、ぶるるっと震えた。
「ちょっと、美樹・・そんなはしたない・・ほとんど裸じゃない、それ」
どたばたと靴を履くお母さん。あわてて駆け出す私。そして。
「お母さん・・ここは・・ちょっと・・いいですか」
そうつぶやいた春樹さん。よく見ると、顔に笑みが浮かんでいた。そして、お母さんの肩をとって、お母さんにウインク? きょとんとしたお母さん。春樹さんは私に振り向いて。
「そんな格好じゃ危ないから、もっと厚着してきなさい。オートバイって危ないんだから」
じっと私を見つめてそんなことを言う。春樹さんをその気にさせたい一心の、必死の勇気なのに、恥ずかしくてたまらないくらいの勇気なのに、春樹さんは、いつのまにか、いつもと変わらない顔に戻っている。そして。
「お母さん、ここを半押ししてから全押し」
私にはそ知らぬ顔で、お母さんに歩み寄った春樹さん。手渡したのは、カメラ? そして、私に振り返り、にやっと笑って、
「そういえば、水着の写真は撮れなかったし・・」
そうつぶやいて私を捕まえて腕を押さえつけた春樹さん。そのまま。ばんざいをさせられて・・・。
「お母さん、押さえてますから、やっちゃってください」
春樹さん・・やっちゃってください・・ってなんですか? きょとんとしていたお母さんが。
「はいはい、やっちゃいましょうか、あーあ、こんなはしたない娘に育っちゃって、今回だけなら許してあげるか」
と、笑いだして、にやにやとカメラを私に向けた。パシャッ。パシャッ。と、写真? 私の・・お尻と、太もも・・剥き出し・・。万歳なんてしたら、脇からおっぱいも見えてるし。春樹さんまでにやにやと笑って、私を・・・。無理やり。
「いゃぁぁぁ! 駄目! 写真なんて撮らないでよ・・駄目! やだ・・やだ」
必死で抵抗しても。春樹さんは、ものすごい力で私を押さえつけて。私をぱしゃぱしゃと写すお母さん。春樹さんは私の腕をぐいぃっとつかみあげて。足が地面から離れる。じたばたしてもどうにもならない。
「ほら・・おとなしくしろ」
なんてことを恐い声で・・。どんなに抵抗しても、力ずくな春樹さん・・びくともしないし・・。
「やだ・・駄目・・やめて・・ください」
必死で叫んでるのに・・。まだ、私を写しているお母さん・・。春樹さんの、にやにやしてる顔・・。
「このお尻撮ってますか・・」
「撮ってますよぉ~。いひひひひひ・・美樹ぃ~。全部脱いでもいいのよ~」
二人そろって、私の人生最大の勇気をこんな形でからかうだなんて。
「春樹さん、裸にしちゃいましょうか・・」
なんていうお母さんと、
「・・・しちゃいましょうか・・・」
と、本当に私を裸にしちゃいそうな怖い顔の春樹さん。顔が歪みはじめて・・。涙がぽろぽろあふれはじめて・・・。
「やめてぇ・・・お願い・・もぉ・・やめてください」
歪んだ顔で春樹さんを睨む・・。春樹さんは、ようやく、力なく笑って、そぉぉっと地上に降ろしてくれた。
「ほら・・そんな格好。俺だけに見せてくれるならうれしいけど・・オートバイって、肌出してるとあぶないから・・着替えておいで。長袖長ズボンって言ったでしょ」
そう言いながら手を離してくれた春樹さんを、ぎぃぃっとにらみつけて・・。どたどたと階段をかけ上がった。ベットにうつ伏せに倒れて、さめざめと泣いた。何がどう悲しいのかはよくわからないけど・・。むちゃくちゃ悲しい・・。
しばらくすると、春樹さんの声。
「また泣いてるし。美樹ちゃん・・謝るから・・ほら、ごめんなさい・・美樹ちゃんが綺麗なの知ってるから・・そんな格好、わざわざしなくてもいいよ。厚着してください・・そんな恰好で乗せられないよ」
ってそれは、優しい声だけど。
「春樹さんなんて大っ嫌い・・」だ。必死の勇気で、あなたのシタゴコロをむずむずさせてあげようとしたのに。写真なんか撮って。お母さんと一緒になって、やっちゃいなさいだなんて。しちゃいましょうかだなんて、あんなのレイプでしょ。
「美樹・・謝るから・・。ほら・・着替えて・・水族館・・誘えって言ったのお前だろ・・」
って言ってるけど。あんな風に、私をいじめるなんて。だから。
「もう・・行きたくない・・」もういい。デートなんて。
「行きたくないだなんて、俺は行きたい・・」
「行きたくない・・」
「もぉ・・美樹・・今日は、何でも言うこと聞いてあげるから、怒ったの? ほら、ごめんなさいって謝るから」
「・・・・」行かない・・もっと謝ってくれるまで。
「わがまま言ってくださいナって言ったけど、その服は無理だよ。ほら、ごめんなさいって言ってるでしょ」
「・・・」もっと謝ってよ。誠心誠意で顔とか床に擦り付けて・・。
「一日エスコートしてあげるって、ほら」
「・・」エスコートだけですか?
「春樹さんは今日一日、美樹ちゃんの召使ですよ、ほら、着替えてください」
「・ほんと?」に召使になってくれるの?
「うん。約束するから。今日は一日何でも聞いてあげるし、美樹ちゃんの言うことなんでもしてあげる」
「ほんとに、ほんと?」に、なんでも聞いてくれるの。例えば、知美さんと別れてくれるとか。私のホントのカレシになってくれるとか・・って。なんでそんなこと思いつくのだろ。こんな時に。
「ぼくの大切なお姫様に、けがさせたくないし、綺麗な肌も、独り占めしたいし。誰にも見せたくないし。そんな恰好じゃオートバイに乗せられないから、着替えてください」
大切なお姫様・・綺麗な肌・・独り占め・・誰にも見せたくないの? くりかえすと、なんとなく歯が浮き始めて・・そんなこと春樹さんが言ってることに恥ずかしく思ったけど。もう一度、ぼくの大切なお姫様? 独り占めしたいし、それって、その気になっているって意味ですか。そっと顔をあげて春樹さんの顔を見たら。優しく微笑んで、
「そういう格好は、また今度、お母さんとかいないとき、俺と美樹ちゃん二人きりの時にしてほしいよ、二人きりの時に」
って、じーっと、優しそうな目で私の素肌を見つめている春樹さん。その気になっていそうな笑みで。
「ね・・」と念押しするから、うなずいてあげたんだ。
「じゃぁ・・出て行って・・着替えるから」
「はいはい・・」
起きて、鏡を見つめた・・。綺麗な肌・・独り占め・・。むふふっと笑ってみる。でも、いやらしい気配を感じて、振り返ると、やっぱり、にやにやといやらしく笑ってる春樹さん。
「何見てるのよ・・見ないでよ・・・」まだ・・。とドアを閉めるけど。
そうじゃなくて。「はい残念、今日はここまでよ・・」だったかな? でも、ぼくの大切なお姫様? 二人きりの時に。「ね・・」って複雑な気分もする。もう一度鏡を見つめて。くるっと回ると・・やっぱり・・こんな衣装は恥ずかしいかな。
「最近の美樹って脱線してる」って弥生も言ってたし・・。脱線してるのかな・・これ。
いいや・・。あきらめて、厚手の服・・。壁にかかっている弥生が選んだジーンズ。勢いに任せて正解だったなぁと思いながら、脱いだ服はたったの2枚・・ホットパンツとタンクトップ。このほとんど紐しかないTバックも・・いれると3枚か。やっぱり恥ずかしい・・。きょろきょろと春樹さんがのぞいてないこと確認して・・それも脱いだ。鏡に映る裸の私をしばらく見つめて、「私の裸ってシタゴコロがむずむずしますか」とつぶやいて、今度二人きりの時に。と回想するさっきの言葉。
「ねっ」ってつぶやくと、むずむずと恥ずかしさがこみあげてくる。だから、慌てて、普通のパンツ、普通のブラ・・。裾が短いシャツを着て。ジーンズを履いて。ジャケットを羽織り、もう一度鏡に映る私をくるりと回りながら見つめると。少し大きくて緩いけど、大発見だ、これって結構かわいい。短い裾から、ちらりとのぞくおへそ・・なんだか本当にかわいい。春樹さんみたいに腕をまくる。そして腕を組んで、「どや」 そうつぶやくと、なんだか男の子みたい。そして、そぉぉっとドアをあけた。顔だけだしてきょろきょろしてみる。だれもいない。そぉぉっと階段を降りた。お母さんと楽しそうに話してる春樹さん。私に気づいて。
「ぷぷ・・」と、鼻で意味ありげに笑って。
「男の子みたい・・」と、つぶやいた。
もじもじしてしまう。別な意味での恥ずかしさ・・。
「これならいいですか?」と聞くと。
「うん、それならいいよ。じゃ・・参りましょうか」
「うん・・」
ぷぷっと笑って手を取ってくれる春樹さん、手を支えられたまま靴を履く。手を引かれて外に出る。朝日が眩しくなり始めた朝、空気はまだしっとりしている。大きく息を吸い込むと、体の中までしっとり潤んでくるようないい気持ち。春樹さんが手袋を渡してくれて、つけてみる。次に、ヘルメットを手渡してくれた。受け取って・・どうかぶるかがわからない。動くのは窓だけだし・・。手にとってあれこれ考えていると。
「ったく・・」
春樹さんは、強引にヘルメットを取り上げて、私の頭に乗せた、ぽかんとたたくとすぽっとはまり込むヘルメット。首筋のベルトを止めてくれる春樹さん。
「もう少し上を向いて・・」
「うん・・」
半分しか開いていない窓から春樹さんの手が見える。なんだかこそばゆくて・・恥ずかしい・・。
「きつくない?」
「うん・・」
「ぴったりだな・・」
ヘルメットを乱暴に揺する春樹さん。
「美樹ちゃんも顔も小さいんだね。知美のヘルメットだけど・・これしかないんだ、我慢してくれな」
窓を開けながらそんなことを言う春樹さん。いつか嗅いだ覚えのある匂いがする。香水、甘いフルーツの香り。いつ・・嗅いだのだろう。記憶に残ってる香りだな。知美さんの匂いか。とりあえず、うなずいた。
「似合わないなぁ・・なんか変だけど・・写真撮ろうか」
そうつぶやいた春樹さん、にやっとしたかと思うと、突然・・。脇に手を差し込んで、ひょいと私を抱き上げた。されるがまま、生まれて初めてまたがったオートバイ。こんなに大きな乗り物なんだ・・それが第一印象。じたばたしてる足、地面は遥かかなた・・。いつも乗ってる自転車と比べて、とにかく大きい。お腹が、せりあがってる大きな入れ物? に、つっかえてる。
「ほら・・足はここに乗せて、転んだりしないから。ハンドルに手・・届かないか?」
足をステップに乗せてくれる春樹さん・・。されるがままに手をハンドルに延ばすけど、おもいっきり延ばさないと届かない。本当に大きい・・。
「ほら、もっと前に座って、こっち向いて」
春樹さんは私を呼んでいる。でも、伸びきった手・・。首が回らない。
「ったく・・」
ぼやく声が遠くに聞こえた。左手を取る春樹さん。無理矢理な力で指をブイにして、ヘルメットを強引にねじまげて、少し離れてから顔をしかめて、もう一度ヘルメットを直してくれた春樹さん。くすっと笑って、カメラを覗いた。ぱしゃっとシャッターの音。そして、横からカメラを奪ったお母さんが言う。
「春樹さんも入りなさいよ」
うなずいた春樹さんは私の後ろから肩を掴んで。顔を寄せてくれる。お母さんがシャッターを押した。パシャッ。そして、人差し指をたてる春樹さん。うなずいたお母さん。その瞬間、春樹さんは、私の素肌なウエストにそっと手を当てた。びくっと振り向いた瞬間、ぱしゃっとシャッターの音。くすくす笑ってる春樹さんは、そのまま両手でウエストを掴んだまま私をひょいっと抱き上げた。
「きゃっ・・」
そう小さく叫んだ瞬間にぱしゃっ。高くまで抱き上げられた私をぱしゃっ。にこにこと笑ってカメラを覗いたままでいるお母さん。地上に降ろしてもらった瞬間にぱしゃっ。「もぉぉ・・」と、春樹さんにぼやいた瞬間にぱしゃっ。ヘルメットをかぶった春樹さんをぱしゃっ。オートバイにまたがった春樹さんをぱしゃっ。そして。
「ほら、乗って」
と言う春樹さんの後ろ、肩を掴んで、ステップに右足をのせると。アレ・・?
「左足をのせて、右足をこっちにのせたら座って、しっかりしがみつく」
言われるままに、そぉぉっとまたがるとぱしゃっ。そぉぉっと背中にしがみついた私をぱしゃっ。いったい何枚撮れば気がすむのだろう・・と、お母さんに振り向いた瞬間にもぱしゃっ・・。ブイサインした春樹さんをぱしゃっ。だから、私もブイサイン。ぱしゃっ。そして、ようやくカメラをおろしたお母さんが春樹さんにカメラを渡しながら私に言った。
「はい、それじゃ、行ってらっしゃい」
「うん・・」と、うなずくと。
腰のポーチにカメラをしまいながら。
「じゃ・・行きますか」
と、ヘルメットの中からウインクした春樹さんに。
「うん・・」と、うなずいた。
そっと力を込めて。しがみついてみる春樹さんの背中・・うっとりな安心感・・思わずえへへへ・・。と、笑ってしまう。
「余り、もそもそしないでな・・。俺ってくすぐったがりだから・・」
ヘルメットのせいで声が聞き取りにくい。とりあえずうなずいて、春樹さんの脇、手に力を込められそうな場所を探してみる。 もそもそ する春樹さん。なんだかおかしい。
「こら・・美樹、もそもそするなってば」
と、振り向く春樹さん。なんだかうしししし・・そんな悦な気分がする。だから。ぐりぐりとヘルメットを押しつけてみると。
「こら・・美樹・・駄目だってば・・やだ・・あん・・ちょっと・・やめて・・」
女の子みたいにつぶやく春樹さん。本当にくすぐったがり屋さんなのかな。脇に指先をたてると、ぴくっと敏感に反応してる。くすくす笑ってしまいそう。なんだか本当にかわいい。もっとくすぐってみたい気分だ。でも・・。
「こら・・やめなさい・・もぉぉ」
少しだけ声が恐いから、わざとらしく、むすっとしてから、やめることにした。そして。
「手は、こことここ、グーにして、しっかりと挟んで」
「うん」
言われるがままにすると。男の人にこんな風にしがみつくのも初めての経験かなと思う。ぎゅっとグーにした腕でしがみつくと。春樹さんの背中がほんのり暖かい。
「次は足でしっかり俺を挟んで」と言いながら太ももを左右から抑えて。
「足?」
「太ももをぎゅっと締めて、俺を挟んで、上体を固定する」
「こうですか?」
言われるがままに足に力を込めてみると、確かに上半身が安定して。
「それでいいよ、じゃぁ、エンジンかけるよ」と私に言った春樹さんは。
「・・安全運転しますから・・どうか心配なさらずに・・、暗くなるまでに戻ります」
見送るお母さんにそう言っている。
「はいはい・・本当に気をつけてね春樹さん。美樹も我がまま言っちゃ駄目だよ」
私は、暗くなっても戻りたくなんかないし我がままも言いたいから。ぶすっと膨らんだつもりの顔で春樹さんをにらんでみる。でも、春樹さんはおかまいなしに私のかぶるヘルメットの窓を指先で閉めた。私の表情には気づいてくれなかった。ふんっな気分。そしてすぐ、きゅるるっとエンジンが始動して。お尻から伝わってくる小さな振動。なんだかそれは、いつ乗ったかあまり覚えていないジェットコースターが動き始めたかのような。足と腕にギュっと力がこもって。春樹さんは、そんな私の腕をぎゅっと握って。大きく息を吸い込んでいる。そして、大きく呼吸しながらハンドルを握って。ガチャンと小さなショック。そして、エンジンの音が少し大きく響き始め、オートバイはゆっくりと動き始めた。家の前の道路から、角で止まって右左を見て、大きな道路に出ると所々に自動車が走っている。最初の信号を過ぎたところからエンジンの音が大きくなってスピードを上げながら道路の真ん中に沿って真っすぐ走る、見える景色は等間隔に並んだ木と、まっすぐの道路だけ、景色がものすごい勢いで加速してゆく。後ろに引き剥がされそうな力に負けないようにもっとしがみつく力を込める。同時にエンジンの音が風の音に入れ替わってごーごーとものすごい音になって、何も聞こえなくなる。経験したことのないスピード、目を閉じることができない怖さが無意識にしがみつく力をもっと強くして、経験したことがないこの風の重さ。ヘルメットにぶつかる重い風が左右に分かれて流れていくのが見える気がした。スピードが安定すると少しずつ力が抜けて、体にまとわりつく湿った風が冷たく感じるから、もっと体を密着させてしまう。しばらくすると、密着しているところが温かくなり始めて、どことない安心感がにじみ始めた。すると、春樹さんは私の腕をぎゅっと握ってから、ハンドルに手を戻して。そのままのスピードでゆっくりと景色が傾いて、曲がる道路に合わせて、建物が右に傾き左に傾いて。空を飛んでいるような気分がしている。ものすごいスピードで景色が近づいて、過ぎ去ってゆく。それでも、怖いという気持ちが薄れているのは、ぎゅっとしがみつく春樹さんの体がびくともしないからかな、そんな春樹さんの肩越しに、瞬きもできずに、ものすごいスピードで移り変わる景色を初めての見ているのに、私は妙に安心していて、かなり冷静だ。そして、気付くこと。体中が感じ始めている。これって無茶苦茶、気持ちいい。
自動車の数が増え始めて、交差点に差し掛かり、スピードが遅くなると、後ろからの力が私の体を春樹さんに押し付けて。止まると同時に入れ過ぎていた力が腕や足に跳ね返ってくる感じ。
信号で止まって。
「乗り心地はどぉ? 気分は大丈夫?」
と大きな声で私に聞いた春樹さんに。
「ムチャクチャ、気持ちいい」
と大きな声で答えてみる。この経験したことのない速さと風が本当に気持ちがいい。本当に風になって、空を飛んでいるような気がしてる。
「OK。じゃ、また行くよ、しっかりつかまって」
「はい」
今度は、後ろに引っ張られる感じにまた力を込めて。スピードが安定すると、冷静な気持ちが戻ってくる。私、今、大好きな男の人に抱きついている。体をこんなに密着させて。恥ずかしくもないし、照れくさくもないし、だから、もっと必要以上にぎゅぅっと抱きしめて。こんな時なのに、私は、あなたともっと一つになりたい、風の音にかき消されて、声に出しているつもりなのに何も聞こえない。一つになりたい。もう一度、思っているのか、叫んでいるのかわからないけど。そう意識してみた。
でも・・。しばらく走ると、すぐに到着してしまったのはマンションの敷地。ビルの間にゆっくりと入っていくと、風の音は壁に反響するエンジンの音に代わって、オートバイは駐輪場にきゅっと止まってエンジンも切れた。けど。
「はい、到着、大丈夫だった?」
と聞く春樹さんを抱きしめている腕の力を抜きたくないと思っている。なのに。
「ほら、もういいよ」
と私の腕を引きはがす春樹さん。先に降りて。私をまた子供のようにひょぃっと抱き上げて、オートバイから降ろしてくれた。そして。
「大丈夫、怖くなかった、立てる」
そんなことを聞く。うなずくと。さっきまで力を込め過ぎていた脚が少しだけ震えている。なのに。
「顔上げて」
と言われるままに。ヘルメットを脱がされて。
「髪が気になるんだったら、鏡はここ」
と素知らぬ顔の春樹さん。鏡を見て。髪は大丈夫。顔もいつも通り。
そして、ヘルメットを金具に止めて、中に手袋を入れて。
「いいかな? 次は駅まで歩くよ」
という春樹さんに背中を押されて、まだ少し震えているけど、言われるままに歩くことにした。
「美樹、なんだか具合も良くて、うれしそうな顔してるけど 春樹君、デートにでも誘ってくれたのか?」
と嫌味が混じっていそうな顔で聞いたお父さんに。左側の頬だけを にやっ とさせて答える私。そんな私を見ているお母さんは。
「ったく・・変な入れ知恵するから」
とつぶやきながら先に食べた食器をかたずけていく。そんなお母さんを目で追いながら。
「って、ほんとに誘ったの・・で・・どこに行くんだ? いつなんだ?」
とお父さんは急に不安そうな顔してるのがわかるから。
「明日、水族館、春樹さんオートバイに乗せてくれるって」
と自信たっぷりに答えながら、両方のほほをにこっとさせてみる。
「・・明日・・オートバイ?」
と言って目を丸くしたお父さん。
「オートバイって・・あの黒くて、でかい?」
「うん」
「危なくないか?」
「大丈夫よ」
「いや・・でも・・」
と、お父さんの ろれつ が回らなくなると面倒くさい説教が始まる予兆だから。
「ご馳走様。さってと、デートに着てゆく服でも買いに行こうっと」
と食器を重ねて。
「ちょちょちょ・・ちょっと・・美樹・・」
そんなお父さんを無視したまま。弥生に電話して、
「今何してる」って聞いたら。
「何もしてないから、付き合ってあげるよ」と面倒くさそうな返事をしてくれて。
「それと、あゆみには黙ってた方がいいよ、面倒くさくなるから」
と続ける弥生に。
「うん・・」と何かを思い出して不安な返事をすると。笑い声を混じらせながら。
「あゆみって、本当に春樹さんにメールしてるよ」
なんてことを、どきぃーっと思い出したけど。
「返事ないみたいだけど」
「・・あ・・そう」
と安心して、とりあえず、あとで春樹さんに追及しておこうと思った。
そして、いつものところで服を選んでもらうことにしたけど。よく考えると。自分でデートに着ていく服を選ぶのって、そんなことも生まれて初めてのような・・。
「ところでさ、春先に美樹が試着したあの服って、今も印象に残っているんだけど」
ハンガーの服を出しては比べて、比べては戻して、なかなかピンとくるのがないなと思っていたら。
「あの服でいいんじゃないの、すんごく可愛く思ったけど、もうないのかな・・」
そんなことを思い出している弥生。そう言えば、あの可愛いシルクの衣装3回くらいしか着てないな、あれでもいいかなと思ったけど。やっぱり。
「うん、春樹さん、オートバイに乗せてくれるって言ってたから、スカートはダメかな」
「オートバイって、プール行った時見たアレ?」ってお父さんのような驚き方。
「うんそうだけど、それと、なんか大事なこと言ってたような気がするんだけど」
「に乗せてくれるって、オートバイで水族館まで行くの?」
って弥生の驚き方もちょっと大げさなような。
「ううん・・オートバイで春樹さんのマンションに行ってからは電車だって言ってた」
「あ、そう・・って、そういう計画、オトコに立てさせると大変な目に合うよ」
とそれは、前にも言ってたけど。
「って言っても、私が計画なんて立てられないし、まだ何着ていくかも、どうしていいかもわからないのに。それに、電車で水族館なんて行くのも生まれて初めてだし・・それも、男の人と二人で、オートバイに乗るのも」
「まぁ、それもそうだけどね、初めて・・か、私たちってそういう初めての事が多い年頃だけど、オートバイと電車か、土砂降りの雨だとか、すし詰めのラッシュとか・・」
土砂降りの雨・・すし詰めのラッシュ・・その弥生のつぶやきがものすごくリアルに想像できる気がして。
「そんなネガティブな予言はやめてよ」
とぶつぶつ言いながら、その列の服は端から端まで全部不合格だし。
「ピンとくるのってなかなかないね・・」
「そうだね・・」
と二人でぼやきながら。顔をあげたら。サイドを紐で緩く編んだデニムのホットパンツから長い足を全部出して、胸の谷間を強調しているゆるゆるのタンクトップのシャツ、膝に手をついて、前屈みで、胸が見えそうなポーズをしている、麦わら帽子の超綺麗なモデルさんのポスター。
「今年こそカレシをゲッツ・・っていつのキャッチなのよ・・昭和?」
と弥生は笑いながら言っているけど。ふと思い出した春樹さんの言葉。
「シタゴコロがむずむずしちゃうよ」って。こんな衣装だと、もっと むずむず するかなと妙な気持ちが むずむず し始めた。手に取ると。
「ちょっと美樹・・それはちょっと」と弥生は言うけど。
「ちょっと・・ナニ?」
「やりすぎというか・・こないだのお尻丸出しの水着もそうだけど、美樹って最近、脱線してない?」
そんな忠告の言葉を右から左に素通りさせて。心の奥底から湧き上がる何かに むずむず と押し上げられ突き動かされている私。
「ちょっと試着してみる」
「ええー、本当に着るの。そんなの」
「持ってて」
と、荷物を預けて、ポスターの前にある、出来損ないのタンクトップというか、裁断しそこなったホットパンツというか。を掴んで試着室に入ってみた。
「美樹って最近、脱線してない?」と弥生のぼやく声になんとなく自覚はあるけど。
「このくらいの事はしてみないと、春樹さんをあの人から奪うなんて絶対できない気がするし」
弥生に聞こえないように、小さい声でそう自分に言い聞かせて。脱いで、着てみた。
「どぉ」
と弥生に見せてみたけど。弥生は真ん丸にした目で、しばらく瞬きもせずに言葉をなくしていて。私は鏡を見ながら一周回ってみると。
お尻と太ももの境目の丘がはっきりと見えて、脚の付け根からもパンツがはみ出していて、サイドの編み上げからはみ出てるパンツももっと小さいのにしなきゃと思う。それに、モデルさんのように前屈みになると、ゆるゆるの胸元から下着がチラリ。ブラも外した方がいいかな、おへそもくびれもむき出しで。腕をあげると、脇の隙間からも下着が見えて。
「春樹さん・・また、・・・ってなるかな」
と思い出したアレ。人差し指を立てながら弥生を見ると。
「どうだろうね・・ドン引きするかも・・っていうか、美樹どうしちゃったの?」
「ってどういう意味よ」
「・・・ってなるかなって・・・まぁ、部屋で二人きりなら、そんな恰好に、・・・ってなるかもしれないけど、外でそんな・・電車で行くんでしょ・・一緒に連れて歩くのも恥ずかしいかもよ、裸みたいな女の子と一緒に歩くなんて」
って言うのは、もっともな意見のような気もするけど。
「それより、春樹さんってプールに来た時こんな格好じゃなかった?」
と弥生が選んだのは、真っ黒なジーンズと、同じ素材の真っ黒なジャケット。春樹さんがそれ以外の衣装を着ているのを見たことがないなと思い出したりしている私。
「ペアルックのほうがいいんじゃない、でも暑いかな今の時期こんなジャケットって」
そういえば、店に来た時の知美さんもこんな格好してたな・・春樹さんこういうのが好きなのかな。
「オートバイに乗るんだったら、こんな方がいいと思うよ」と言う弥生の提案も受け入れて。
「じゃ、それも」買っておこう。こんなに勢いがある時はとにかくその勢いに任せるべきだ。
そして。
「ねぇ弥生、弥生はカレシとデートってどんなことするの?」
「って、一緒にぶらぶらするだけでしょ・・デートなんて」
と弥生に、付き合ってもらったお礼をしているフードコート。マンゴー練乳かき氷をつつきながら。
「手をつないだり・・」
「まぁね・・」
「チューとか・・」
「まぁ・・その気になればね・・」
「帰りが遅くなったりしたら・・」
「美樹にその気があって、春樹さんもその気なら・・別に初めての朝を二人で迎えてもいいんじゃないの」
「初めての朝って・・」
とつぶやきながら空想することはやっぱり・・。と思うと。
「またそんな空想してるでしょ、ほんとにどうかしてるよ美樹って」
と弥生は、いやらしい目つきで言うけど。確かに、そういう空想しかできないし。
「それに、美樹が空想してるのは、初めての 夜 の事でしょ」
まぁ・・そうだけど。
「私が言ってるのは、彼が作る朝食の匂いで目覚める初めての 朝 の事ヨ」
「彼が作る朝食・・」
ってものすごくリアルに想像できる春樹さんのエプロン姿・・。
「オムレツにベーコンの焼ける匂い。ミニトマトとレタスのサラダにはイタリアンドレッシング。お味噌汁の匂いも漂ってきてから、起きる時間ですよって優しく揺り起こされて、あくびしながらテーブルにつくと、ほんわりと湯気が立ち上る白いご飯。彼との初めての朝って絶対そうあるべきだよね」
「って、弥生はいつもそうなの?」うっとりと話す弥生、それが本当だったら無茶苦茶うらやましいけど。
「なわけないでしょ。初めての朝ってそうあるべきって、理想の話をしてるの」
「って、弥生はそうだったの?」
ってあのバンダナの男の人もコックさんだったようなことを思い出しているけど。
「そうなってほしいって話をしているのよ、あーもう、美樹とは価値観違うし」
「あ・・そう・・違うかもね」って朝も大事だけど、その前には夜があるわけだし。だから。
「・・ちょっと戻るけど」
って今の私には、もっと大事に思えるアノ話。
「戻るけどって・・」
「うん・・その、その気があればって」つぶやきながら不安に思うこと。
「その気があれば?」
「もし、春樹さんに、その気がなかったら・・」いつも、なさそうな気がするし。
と、黄色いマンゴーと白い練乳と氷を同時にスプーンに乗せて。口に入れて。
「・・知らないわよ、そんなこと」
「私は、その気かもしれない」と言い放つのは、この練乳たっぷりのマンゴーのおいしさのせい。
「はいはい・・だったら、美樹が春樹さんをその気にさせてあげれば」
とシャクシャク食べるペースを上げる弥生は。
「あー、このマンゴーと練乳のコラボって、おいしすぎるね」
と他人事になり始めるから。
「どうやって・・」
って真剣に聞くと。スプーンを加えたまま弥生は。
「裸になるだけで、その気になるよ、たいていのオトコは」
ってそんなことをシレっと、面倒くさそうに言うのはやっぱり。
「弥生はそうしたの?」
はだか・・だなんて。そういう意識はしてるし、ときどき想像もするけど。
「だから、私のカレシは私からいった、言うっていう字と行くって言う字。じゃなくて、向こうから来たの、向かって来て、言いに来たの。私の気を引くためにあの手この手で私に貢物をして、あの手この手で私に言い寄って、あの手この手で私をおびき寄せて、あの手この手で私をその気にさせて」
「弥生が折れたんだね・・」
「まぁ折れたのかな・・断る理由もなかったし、一途な気持ちも感じたし、それでも、幸せよ、今、私。17歳でこんなこと言うのも変かな」
それって、やっぱり、私からって、方向が間違いなのかな。そう思うこと、聞いてみるべきかなと思うけど。なんとなく答えはわかりきっていそうだし。どっちでもいいじゃん方向なんて、って言うだろうな。とぶつぶつ思ったら。
「あーそうだ、こないだ本を貸してあげるって言ってたよね」と何かを思い出した弥生。
「本・・?」そういえば、ハウツー本。
「ごめん、忘れてたよ、帰ったらすぐ探すから。で、これも、その本に書いてたんだけど」
「本に書いてた・・これも?」
「うん、女の子をその気にさせる方法って、数えきれないほどあるのだけど、男の子をその気にさせる方法なんて一つか二つなんだって」
「って・・裸になること」が一つ、もう一つは?
「まぁね、女の子を口説くためには、贈り物とかラブレターとか食事とかドライブとかお金とか甘い言葉にダイヤモンドにブランドのカバン、忘れちゃいけない記念日が年間に200日くらいあって、ときどき、お花も必要なら毎朝の誉め言葉も寝る前に感謝の一言も、一日一回は些細なことに気付いて 綺麗だね って言ってあげることも必要で、うざくなるほどの気配りも大事だけど」
「だけど」たしかに思い当たることはあるなと思うけど。
「だけど、男の子を口説くのに必要なことって、美樹は何を思いつく?」
「なにって・・そんな急に」
「ほら、よく考えて、春樹さんをどうすれば口説けると思うの。一番簡単で一番強烈な方法って」
「・・・キス」くらいしか言葉にできないような。
「はいはい・・一度しちゃえば終わりでしょ」ってため息交じりにうなずく弥生に。
「・・・えっち?」ってつぶやくと、弥生はあきれたような顔で、
「ったく・・それも、一度したら終わりよ」と言ってから、ため息吐まじりにニヤッとして。
「ニ・ン・ジ・ン」って言った。
「えっ‥?」ってわからない・・。
「つまり、目の前にニンジンぶら下げたお馬さんに仕立て上げるのが一番いい、その気にさせる方法なのよ」
そう言いながら、溶け始めたかき氷をシャクシャクと食べる弥生は。
「もう少しで触れそうなのに、はい残念、今日はここまでよ。もう少しで見れそうなのに、はい残念、今日はここまでよ。そうしてへとへとになった最後の最後にハイどうぞ 少しだけ お食べなさい、ってそんな風に馬を調教するみたいな方法が、オトコをその気にさせる一番いい方法。ニンジンを少しだけ、小出しに与えるのが大事、一粒の飴を舐めるためなら100回の鞭にも耐えられるのがオトコなんだって。つまり、100回鞭でたたいても、一粒の飴でその苦痛を忘れられるのがオトコってこと」
胸元をチラチラさせながら、そんなことを楽しそうに話す弥生の、それが実態なのかなと思うけど。
「オトコの 深層心理を突く って言うんだって、それ。麻薬中毒のように、もう少しがまんさせて、もう少し辛抱させて、ほどほどのところで、ほんのちょっと甘いものを与えると、また、もう少し、もう少し。そのうち、甘い飴よりも、もう少しもう少しって我慢して辛抱する方が快感になったら大成功」
とは言うけれど。って言うか、弥生はそんなことしているのかな?
「そんなこと、私にできるわけ・・」ないような。100回の鞭だなんて。深層心理なんて。甘い飴? と何度回想しても無理っぽい話。と思っていると。
「あー・・そっか、オトコに言い寄られた場合はそうだけど。美樹の場合はオンナから言い寄っているわけだから・・」
「でしょ・・」と思う。別に春樹さんを調教するわけじゃないし。ただ、知美さんから奪い取る方法を知りたいだけで、でもそんな方法なんてあるのかな。
「そういえば、女の子から言い寄る場合って、ハダカになる以外に参考例がなかったかな・・」
「やっぱり、女の子から言うのはいけないのかな・・」
「いけないことはないと思うけど。ただ」と遠くに視線を移す弥生に。
「ただ?」と前のめりになると。
「もう・・そんな真剣な顔で聞かないでよ」
って全然参考にならないし。知美さんはどうしたんだろう。また振出しに戻ったような感じ。そして。
「まぁ、頑張ればなんとかなるでしょ。それじゃ、頑張ってね、ご馳走様」
とこれ以上付き合っていられなさそうに立ち上がる弥生に。また、その無責任な一言ですか。と思ってみた。
「うん・・」とうなずいて。他人の恋愛相談に責任もクソもないか・・と。
そして、部屋に帰って、とりあえず。もう一度試着。今度は一枚だけおふざけで買ったTバックとノーブラで、あのポスターのモデルさんのようなポーズをとると。ゆるゆるな胸元。乳首がチラリ。腕をあげると、脇の隙間からも、プールで見たあゆみほどではないけど私なりの膨らみがチラリ。顔が歪んでくるけど。春樹さんをその気にさせるためには、こんな努力も必要だと言い聞かせて。
「男の子をその気にさせる方法なんて一つか二つ」か。
そう鏡の中の私につぶやいてみた。そして。
「今日はここまでよ・・」
と胸元をチラリ。
「今日はここまでよ・・」
とお尻をチラリ。
「お疲れ様、ハイどうぞ・・召し上がれ」
と裾を捲りながら、ふと我に返って、そんなことを練習している自分に はぁぁぁ ってため息。
「何してんだろ、私・・・」
そして、いつかのえっちの本を、もう一度ぱらぱらとめくると、すぐに目についたのは、たいせつな夏の薄着とムダ毛の処理。
「えー・・こんなこともしなきゃならないのね・・」とつぶやいて。ごそごそと。お父さんの髭剃り(新しいの)とクリームを探し出して、本の通りに。でも・・・。
「ナニしてんだろ、私・・・」
でもやらなきゃ・・。こんな小さくて薄い下着だから・・。そんなに毛がはえているわけでもないけど。でも、それはまるで、明日お馬さんに食べさせてあげるニンジンを洗っているような、そんな気もしてくる。
そして。弥生が選んだ黒のジーンズ、とりあえず、サイズだけを確かめて。なかなか寝付けそうにないけど、寝ることにしたら。ぴろぴろとメールが届いて。
「準備はよいですか? 明日は朝7時に迎えに行きますよ。行くところはココ」
と春樹さんからのメール。開けてみると。シーワールド・・シャチが観客席に水をぶちまけている動画。きゃーきゃーと言う音声と、ずぶぬれになっている観客の楽しそうな映像。こんなところに行くのか。ずぶ濡れか・・どうせ水に濡れるなら。あの衣装でいいよ。そんな決意をしてみることにした。
「わかりました」
と返事すると。すぐに。
「おやすみ・・(^ε^)-☆Chu!!」 って。なに、この絵文字、どう返事していいかわからなくなって電話をポイする。そして。いよいよ私は、…どうなるんだろう明日。眠れない夜更けが深まっているようだ。
そして、朝。眠気なんて感じられない気分で鏡を見つめた私・・。まだ歪んでいる顔・・。
じぃっと鏡を見つめて、乱れる呼吸を静めてみた。こんな格好・・。そぉっと後ろ姿を鏡に映して・・。春樹さんがかわいいと言ってくれた私の丸いお尻・・。つい、摘んでしまう。こないだの水着よりは隠れている部分が多いけど。右も左も下半分はむき出しで。って、むき出せるようにしたのは私だけど。
「ぷにぷに」
いつのまにか、お肉を摘むとそうつぶやくクセ。落ちついた呼吸が、また、乱れてきた。ものすごい決断だと思う。そして、この決断が未来をバラ色に・・ピンク色に・・してくれるだろうか? 窓の外は、スズメの鳴き声が静かに響く透き通った朝・・と思っていたら、遠くから聞こえてくる、あの、おなかに響くエンジンの音。あっとゆうまに窓の下にやってきた。いつもよりうるさく感じるエンジンの音が途切れて急に静かになる。その時が来た・・・。予感した通りにピンポーンとチャイムが鳴る。時計を見つめると、6時57分。約束した時間より3分早い。
「あらぁ~、春樹さんおはよ。どうしたのこんなに早く・・なんてね」と、植木に水を撒いてるお母さんの大きな声。
「おはようございます」と、春樹さんのいつもの声。そして。
「美樹! 春樹さんよぉ」
そんなに大きな声で呼ばなくても聞こえるのに。ため息を吐き出しながらもう一度鏡を見つめてみた。あの本にはこんな格好がお色気攻撃の基本だと書いていた。無駄毛の処理は本に書いてある通りにした。準備はOK。だけど、何度も思ってしまう。このあいだの水着よりすごいかも。つるつるすべすべの足の付け根、半分むき出しのお尻。小さなホットパンツは大切なところだけを覆っているかのようで。おへそ丸だしのタンクトップ。脇もつるつる、腕をあげるとよく見える、なにもつけてない胸から下のくびれ。今私が体につけている服・・と言えるのか・・は3つだけ。紐みたいなTバック、雑巾のようなホットパンツ、裾が半分しかないゆるゆるの布切れのようなタンクトップ。後ろに手を組んで、そぉぉっと胸を張ると・・やっぱり・・ツンっと・・。素肌の露出度90%な私の姿。よぉく見ると、ツンっと突っ張っている乳首が透けて見えてるような・・。はぁぁ。もっと黒っぽい色にすれば良かったかな・・。本当は、私は、無茶句茶恥ずかしい格好をしてるのじゃないだろうか・・。そんな疑問が今頃になって・・。でも、男の本能くすぐるために・・増やしてみない? お肌の露出。本に書いていたことを信じれば、春樹さんは絶対、私を・・。私に・・。そして、春樹さんを、私は・・。私が・・。
「美樹、何してるの、春樹さんが迎えに来てるよって」
すぐ近くに聞こえた声に振り向いた、同時にドアがあいた。お母さんと目が合った。瞬間、ひぃぃっと息を飲んだお母さん。
「・・み・・美樹!?」
そんなお母さんを突き飛ばすように部屋を飛び出した。どたばたと階段を降りた。玄関に座っている春樹さんが振り向いた。
「えぇぇ?・・・」
私を見つめた目が大きく見開いてる。のけぞっている。どうやら作戦は成功したようだ・・。だから、そのすきに、急いで靴を履いて。
「行きましょ」
と、手をとったのに。
「ちょっと・・美樹ちゃん・・なっ・・なにその格好・・」
わなわなとふるえているのがわかるほどにうろたえている春樹さん。
「・・かわいい・・でしょ・・」
つんっと胸を張って春樹さんに歩み寄ってみた。下の方からすーすーと、空気が流れ込む胸。呼吸が震えたけど、うろたえている春樹さんを観察すると、じわじわとなんともいえない優越感が押し寄せてきた。じわっと近づけば、じわっとのけぞる春樹さん。もっと近づこうとすると、もっとのけぞる春樹さん。
「・・あ・・の・・美樹ちゃん・・ち・・ちょっと、それは・・ちょっと」
ふるえてる声、その狼狽える顔を見つめると、なんだかうしし・・。こんな妙な気分は生まれて初めてだ。女王様の気持ち・・なんて気分。後ずさる春樹さんにいひひひ・・。そんなほほえみを浮かべながら歩みよる。壁に張り付いて、もう逃げられない春樹さん。喉がごくりと、音をたてている。本能が、獲物を追い詰めた瞬間の非情な至福を感じていることがわかる。壁ドンしちゃおうかな、という誘惑、そのままキスも・・・そのとき。
「美樹! あんた! なんて格好してるのよ!」
首をすぼめてしまいそうな大きな声。振り向くと、ものすごい形相のお母さん。わなわなと震えていた。
「いいじゃない、今はこんなのが流行ってるんだから」
春樹さんの横に隠れて、お母さんから逃げて。
「ちょっと、美樹・・いくら流行ってるからって、そんな格好・・」
「春樹さん、行きましょ」
春樹さんの手を強引に引いて、追いかけようとしたお母さんから逃げ出すように、表にでた。朝の空気がむき出しの素肌から体温を奪う。一瞬、ぶるるっと震えた。
「ちょっと、美樹・・そんなはしたない・・ほとんど裸じゃない、それ」
どたばたと靴を履くお母さん。あわてて駆け出す私。そして。
「お母さん・・ここは・・ちょっと・・いいですか」
そうつぶやいた春樹さん。よく見ると、顔に笑みが浮かんでいた。そして、お母さんの肩をとって、お母さんにウインク? きょとんとしたお母さん。春樹さんは私に振り向いて。
「そんな格好じゃ危ないから、もっと厚着してきなさい。オートバイって危ないんだから」
じっと私を見つめてそんなことを言う。春樹さんをその気にさせたい一心の、必死の勇気なのに、恥ずかしくてたまらないくらいの勇気なのに、春樹さんは、いつのまにか、いつもと変わらない顔に戻っている。そして。
「お母さん、ここを半押ししてから全押し」
私にはそ知らぬ顔で、お母さんに歩み寄った春樹さん。手渡したのは、カメラ? そして、私に振り返り、にやっと笑って、
「そういえば、水着の写真は撮れなかったし・・」
そうつぶやいて私を捕まえて腕を押さえつけた春樹さん。そのまま。ばんざいをさせられて・・・。
「お母さん、押さえてますから、やっちゃってください」
春樹さん・・やっちゃってください・・ってなんですか? きょとんとしていたお母さんが。
「はいはい、やっちゃいましょうか、あーあ、こんなはしたない娘に育っちゃって、今回だけなら許してあげるか」
と、笑いだして、にやにやとカメラを私に向けた。パシャッ。パシャッ。と、写真? 私の・・お尻と、太もも・・剥き出し・・。万歳なんてしたら、脇からおっぱいも見えてるし。春樹さんまでにやにやと笑って、私を・・・。無理やり。
「いゃぁぁぁ! 駄目! 写真なんて撮らないでよ・・駄目! やだ・・やだ」
必死で抵抗しても。春樹さんは、ものすごい力で私を押さえつけて。私をぱしゃぱしゃと写すお母さん。春樹さんは私の腕をぐいぃっとつかみあげて。足が地面から離れる。じたばたしてもどうにもならない。
「ほら・・おとなしくしろ」
なんてことを恐い声で・・。どんなに抵抗しても、力ずくな春樹さん・・びくともしないし・・。
「やだ・・駄目・・やめて・・ください」
必死で叫んでるのに・・。まだ、私を写しているお母さん・・。春樹さんの、にやにやしてる顔・・。
「このお尻撮ってますか・・」
「撮ってますよぉ~。いひひひひひ・・美樹ぃ~。全部脱いでもいいのよ~」
二人そろって、私の人生最大の勇気をこんな形でからかうだなんて。
「春樹さん、裸にしちゃいましょうか・・」
なんていうお母さんと、
「・・・しちゃいましょうか・・・」
と、本当に私を裸にしちゃいそうな怖い顔の春樹さん。顔が歪みはじめて・・。涙がぽろぽろあふれはじめて・・・。
「やめてぇ・・・お願い・・もぉ・・やめてください」
歪んだ顔で春樹さんを睨む・・。春樹さんは、ようやく、力なく笑って、そぉぉっと地上に降ろしてくれた。
「ほら・・そんな格好。俺だけに見せてくれるならうれしいけど・・オートバイって、肌出してるとあぶないから・・着替えておいで。長袖長ズボンって言ったでしょ」
そう言いながら手を離してくれた春樹さんを、ぎぃぃっとにらみつけて・・。どたどたと階段をかけ上がった。ベットにうつ伏せに倒れて、さめざめと泣いた。何がどう悲しいのかはよくわからないけど・・。むちゃくちゃ悲しい・・。
しばらくすると、春樹さんの声。
「また泣いてるし。美樹ちゃん・・謝るから・・ほら、ごめんなさい・・美樹ちゃんが綺麗なの知ってるから・・そんな格好、わざわざしなくてもいいよ。厚着してください・・そんな恰好で乗せられないよ」
ってそれは、優しい声だけど。
「春樹さんなんて大っ嫌い・・」だ。必死の勇気で、あなたのシタゴコロをむずむずさせてあげようとしたのに。写真なんか撮って。お母さんと一緒になって、やっちゃいなさいだなんて。しちゃいましょうかだなんて、あんなのレイプでしょ。
「美樹・・謝るから・・。ほら・・着替えて・・水族館・・誘えって言ったのお前だろ・・」
って言ってるけど。あんな風に、私をいじめるなんて。だから。
「もう・・行きたくない・・」もういい。デートなんて。
「行きたくないだなんて、俺は行きたい・・」
「行きたくない・・」
「もぉ・・美樹・・今日は、何でも言うこと聞いてあげるから、怒ったの? ほら、ごめんなさいって謝るから」
「・・・・」行かない・・もっと謝ってくれるまで。
「わがまま言ってくださいナって言ったけど、その服は無理だよ。ほら、ごめんなさいって言ってるでしょ」
「・・・」もっと謝ってよ。誠心誠意で顔とか床に擦り付けて・・。
「一日エスコートしてあげるって、ほら」
「・・」エスコートだけですか?
「春樹さんは今日一日、美樹ちゃんの召使ですよ、ほら、着替えてください」
「・ほんと?」に召使になってくれるの?
「うん。約束するから。今日は一日何でも聞いてあげるし、美樹ちゃんの言うことなんでもしてあげる」
「ほんとに、ほんと?」に、なんでも聞いてくれるの。例えば、知美さんと別れてくれるとか。私のホントのカレシになってくれるとか・・って。なんでそんなこと思いつくのだろ。こんな時に。
「ぼくの大切なお姫様に、けがさせたくないし、綺麗な肌も、独り占めしたいし。誰にも見せたくないし。そんな恰好じゃオートバイに乗せられないから、着替えてください」
大切なお姫様・・綺麗な肌・・独り占め・・誰にも見せたくないの? くりかえすと、なんとなく歯が浮き始めて・・そんなこと春樹さんが言ってることに恥ずかしく思ったけど。もう一度、ぼくの大切なお姫様? 独り占めしたいし、それって、その気になっているって意味ですか。そっと顔をあげて春樹さんの顔を見たら。優しく微笑んで、
「そういう格好は、また今度、お母さんとかいないとき、俺と美樹ちゃん二人きりの時にしてほしいよ、二人きりの時に」
って、じーっと、優しそうな目で私の素肌を見つめている春樹さん。その気になっていそうな笑みで。
「ね・・」と念押しするから、うなずいてあげたんだ。
「じゃぁ・・出て行って・・着替えるから」
「はいはい・・」
起きて、鏡を見つめた・・。綺麗な肌・・独り占め・・。むふふっと笑ってみる。でも、いやらしい気配を感じて、振り返ると、やっぱり、にやにやといやらしく笑ってる春樹さん。
「何見てるのよ・・見ないでよ・・・」まだ・・。とドアを閉めるけど。
そうじゃなくて。「はい残念、今日はここまでよ・・」だったかな? でも、ぼくの大切なお姫様? 二人きりの時に。「ね・・」って複雑な気分もする。もう一度鏡を見つめて。くるっと回ると・・やっぱり・・こんな衣装は恥ずかしいかな。
「最近の美樹って脱線してる」って弥生も言ってたし・・。脱線してるのかな・・これ。
いいや・・。あきらめて、厚手の服・・。壁にかかっている弥生が選んだジーンズ。勢いに任せて正解だったなぁと思いながら、脱いだ服はたったの2枚・・ホットパンツとタンクトップ。このほとんど紐しかないTバックも・・いれると3枚か。やっぱり恥ずかしい・・。きょろきょろと春樹さんがのぞいてないこと確認して・・それも脱いだ。鏡に映る裸の私をしばらく見つめて、「私の裸ってシタゴコロがむずむずしますか」とつぶやいて、今度二人きりの時に。と回想するさっきの言葉。
「ねっ」ってつぶやくと、むずむずと恥ずかしさがこみあげてくる。だから、慌てて、普通のパンツ、普通のブラ・・。裾が短いシャツを着て。ジーンズを履いて。ジャケットを羽織り、もう一度鏡に映る私をくるりと回りながら見つめると。少し大きくて緩いけど、大発見だ、これって結構かわいい。短い裾から、ちらりとのぞくおへそ・・なんだか本当にかわいい。春樹さんみたいに腕をまくる。そして腕を組んで、「どや」 そうつぶやくと、なんだか男の子みたい。そして、そぉぉっとドアをあけた。顔だけだしてきょろきょろしてみる。だれもいない。そぉぉっと階段を降りた。お母さんと楽しそうに話してる春樹さん。私に気づいて。
「ぷぷ・・」と、鼻で意味ありげに笑って。
「男の子みたい・・」と、つぶやいた。
もじもじしてしまう。別な意味での恥ずかしさ・・。
「これならいいですか?」と聞くと。
「うん、それならいいよ。じゃ・・参りましょうか」
「うん・・」
ぷぷっと笑って手を取ってくれる春樹さん、手を支えられたまま靴を履く。手を引かれて外に出る。朝日が眩しくなり始めた朝、空気はまだしっとりしている。大きく息を吸い込むと、体の中までしっとり潤んでくるようないい気持ち。春樹さんが手袋を渡してくれて、つけてみる。次に、ヘルメットを手渡してくれた。受け取って・・どうかぶるかがわからない。動くのは窓だけだし・・。手にとってあれこれ考えていると。
「ったく・・」
春樹さんは、強引にヘルメットを取り上げて、私の頭に乗せた、ぽかんとたたくとすぽっとはまり込むヘルメット。首筋のベルトを止めてくれる春樹さん。
「もう少し上を向いて・・」
「うん・・」
半分しか開いていない窓から春樹さんの手が見える。なんだかこそばゆくて・・恥ずかしい・・。
「きつくない?」
「うん・・」
「ぴったりだな・・」
ヘルメットを乱暴に揺する春樹さん。
「美樹ちゃんも顔も小さいんだね。知美のヘルメットだけど・・これしかないんだ、我慢してくれな」
窓を開けながらそんなことを言う春樹さん。いつか嗅いだ覚えのある匂いがする。香水、甘いフルーツの香り。いつ・・嗅いだのだろう。記憶に残ってる香りだな。知美さんの匂いか。とりあえず、うなずいた。
「似合わないなぁ・・なんか変だけど・・写真撮ろうか」
そうつぶやいた春樹さん、にやっとしたかと思うと、突然・・。脇に手を差し込んで、ひょいと私を抱き上げた。されるがまま、生まれて初めてまたがったオートバイ。こんなに大きな乗り物なんだ・・それが第一印象。じたばたしてる足、地面は遥かかなた・・。いつも乗ってる自転車と比べて、とにかく大きい。お腹が、せりあがってる大きな入れ物? に、つっかえてる。
「ほら・・足はここに乗せて、転んだりしないから。ハンドルに手・・届かないか?」
足をステップに乗せてくれる春樹さん・・。されるがままに手をハンドルに延ばすけど、おもいっきり延ばさないと届かない。本当に大きい・・。
「ほら、もっと前に座って、こっち向いて」
春樹さんは私を呼んでいる。でも、伸びきった手・・。首が回らない。
「ったく・・」
ぼやく声が遠くに聞こえた。左手を取る春樹さん。無理矢理な力で指をブイにして、ヘルメットを強引にねじまげて、少し離れてから顔をしかめて、もう一度ヘルメットを直してくれた春樹さん。くすっと笑って、カメラを覗いた。ぱしゃっとシャッターの音。そして、横からカメラを奪ったお母さんが言う。
「春樹さんも入りなさいよ」
うなずいた春樹さんは私の後ろから肩を掴んで。顔を寄せてくれる。お母さんがシャッターを押した。パシャッ。そして、人差し指をたてる春樹さん。うなずいたお母さん。その瞬間、春樹さんは、私の素肌なウエストにそっと手を当てた。びくっと振り向いた瞬間、ぱしゃっとシャッターの音。くすくす笑ってる春樹さんは、そのまま両手でウエストを掴んだまま私をひょいっと抱き上げた。
「きゃっ・・」
そう小さく叫んだ瞬間にぱしゃっ。高くまで抱き上げられた私をぱしゃっ。にこにこと笑ってカメラを覗いたままでいるお母さん。地上に降ろしてもらった瞬間にぱしゃっ。「もぉぉ・・」と、春樹さんにぼやいた瞬間にぱしゃっ。ヘルメットをかぶった春樹さんをぱしゃっ。オートバイにまたがった春樹さんをぱしゃっ。そして。
「ほら、乗って」
と言う春樹さんの後ろ、肩を掴んで、ステップに右足をのせると。アレ・・?
「左足をのせて、右足をこっちにのせたら座って、しっかりしがみつく」
言われるままに、そぉぉっとまたがるとぱしゃっ。そぉぉっと背中にしがみついた私をぱしゃっ。いったい何枚撮れば気がすむのだろう・・と、お母さんに振り向いた瞬間にもぱしゃっ・・。ブイサインした春樹さんをぱしゃっ。だから、私もブイサイン。ぱしゃっ。そして、ようやくカメラをおろしたお母さんが春樹さんにカメラを渡しながら私に言った。
「はい、それじゃ、行ってらっしゃい」
「うん・・」と、うなずくと。
腰のポーチにカメラをしまいながら。
「じゃ・・行きますか」
と、ヘルメットの中からウインクした春樹さんに。
「うん・・」と、うなずいた。
そっと力を込めて。しがみついてみる春樹さんの背中・・うっとりな安心感・・思わずえへへへ・・。と、笑ってしまう。
「余り、もそもそしないでな・・。俺ってくすぐったがりだから・・」
ヘルメットのせいで声が聞き取りにくい。とりあえずうなずいて、春樹さんの脇、手に力を込められそうな場所を探してみる。 もそもそ する春樹さん。なんだかおかしい。
「こら・・美樹、もそもそするなってば」
と、振り向く春樹さん。なんだかうしししし・・そんな悦な気分がする。だから。ぐりぐりとヘルメットを押しつけてみると。
「こら・・美樹・・駄目だってば・・やだ・・あん・・ちょっと・・やめて・・」
女の子みたいにつぶやく春樹さん。本当にくすぐったがり屋さんなのかな。脇に指先をたてると、ぴくっと敏感に反応してる。くすくす笑ってしまいそう。なんだか本当にかわいい。もっとくすぐってみたい気分だ。でも・・。
「こら・・やめなさい・・もぉぉ」
少しだけ声が恐いから、わざとらしく、むすっとしてから、やめることにした。そして。
「手は、こことここ、グーにして、しっかりと挟んで」
「うん」
言われるがままにすると。男の人にこんな風にしがみつくのも初めての経験かなと思う。ぎゅっとグーにした腕でしがみつくと。春樹さんの背中がほんのり暖かい。
「次は足でしっかり俺を挟んで」と言いながら太ももを左右から抑えて。
「足?」
「太ももをぎゅっと締めて、俺を挟んで、上体を固定する」
「こうですか?」
言われるがままに足に力を込めてみると、確かに上半身が安定して。
「それでいいよ、じゃぁ、エンジンかけるよ」と私に言った春樹さんは。
「・・安全運転しますから・・どうか心配なさらずに・・、暗くなるまでに戻ります」
見送るお母さんにそう言っている。
「はいはい・・本当に気をつけてね春樹さん。美樹も我がまま言っちゃ駄目だよ」
私は、暗くなっても戻りたくなんかないし我がままも言いたいから。ぶすっと膨らんだつもりの顔で春樹さんをにらんでみる。でも、春樹さんはおかまいなしに私のかぶるヘルメットの窓を指先で閉めた。私の表情には気づいてくれなかった。ふんっな気分。そしてすぐ、きゅるるっとエンジンが始動して。お尻から伝わってくる小さな振動。なんだかそれは、いつ乗ったかあまり覚えていないジェットコースターが動き始めたかのような。足と腕にギュっと力がこもって。春樹さんは、そんな私の腕をぎゅっと握って。大きく息を吸い込んでいる。そして、大きく呼吸しながらハンドルを握って。ガチャンと小さなショック。そして、エンジンの音が少し大きく響き始め、オートバイはゆっくりと動き始めた。家の前の道路から、角で止まって右左を見て、大きな道路に出ると所々に自動車が走っている。最初の信号を過ぎたところからエンジンの音が大きくなってスピードを上げながら道路の真ん中に沿って真っすぐ走る、見える景色は等間隔に並んだ木と、まっすぐの道路だけ、景色がものすごい勢いで加速してゆく。後ろに引き剥がされそうな力に負けないようにもっとしがみつく力を込める。同時にエンジンの音が風の音に入れ替わってごーごーとものすごい音になって、何も聞こえなくなる。経験したことのないスピード、目を閉じることができない怖さが無意識にしがみつく力をもっと強くして、経験したことがないこの風の重さ。ヘルメットにぶつかる重い風が左右に分かれて流れていくのが見える気がした。スピードが安定すると少しずつ力が抜けて、体にまとわりつく湿った風が冷たく感じるから、もっと体を密着させてしまう。しばらくすると、密着しているところが温かくなり始めて、どことない安心感がにじみ始めた。すると、春樹さんは私の腕をぎゅっと握ってから、ハンドルに手を戻して。そのままのスピードでゆっくりと景色が傾いて、曲がる道路に合わせて、建物が右に傾き左に傾いて。空を飛んでいるような気分がしている。ものすごいスピードで景色が近づいて、過ぎ去ってゆく。それでも、怖いという気持ちが薄れているのは、ぎゅっとしがみつく春樹さんの体がびくともしないからかな、そんな春樹さんの肩越しに、瞬きもできずに、ものすごいスピードで移り変わる景色を初めての見ているのに、私は妙に安心していて、かなり冷静だ。そして、気付くこと。体中が感じ始めている。これって無茶苦茶、気持ちいい。
自動車の数が増え始めて、交差点に差し掛かり、スピードが遅くなると、後ろからの力が私の体を春樹さんに押し付けて。止まると同時に入れ過ぎていた力が腕や足に跳ね返ってくる感じ。
信号で止まって。
「乗り心地はどぉ? 気分は大丈夫?」
と大きな声で私に聞いた春樹さんに。
「ムチャクチャ、気持ちいい」
と大きな声で答えてみる。この経験したことのない速さと風が本当に気持ちがいい。本当に風になって、空を飛んでいるような気がしてる。
「OK。じゃ、また行くよ、しっかりつかまって」
「はい」
今度は、後ろに引っ張られる感じにまた力を込めて。スピードが安定すると、冷静な気持ちが戻ってくる。私、今、大好きな男の人に抱きついている。体をこんなに密着させて。恥ずかしくもないし、照れくさくもないし、だから、もっと必要以上にぎゅぅっと抱きしめて。こんな時なのに、私は、あなたともっと一つになりたい、風の音にかき消されて、声に出しているつもりなのに何も聞こえない。一つになりたい。もう一度、思っているのか、叫んでいるのかわからないけど。そう意識してみた。
でも・・。しばらく走ると、すぐに到着してしまったのはマンションの敷地。ビルの間にゆっくりと入っていくと、風の音は壁に反響するエンジンの音に代わって、オートバイは駐輪場にきゅっと止まってエンジンも切れた。けど。
「はい、到着、大丈夫だった?」
と聞く春樹さんを抱きしめている腕の力を抜きたくないと思っている。なのに。
「ほら、もういいよ」
と私の腕を引きはがす春樹さん。先に降りて。私をまた子供のようにひょぃっと抱き上げて、オートバイから降ろしてくれた。そして。
「大丈夫、怖くなかった、立てる」
そんなことを聞く。うなずくと。さっきまで力を込め過ぎていた脚が少しだけ震えている。なのに。
「顔上げて」
と言われるままに。ヘルメットを脱がされて。
「髪が気になるんだったら、鏡はここ」
と素知らぬ顔の春樹さん。鏡を見て。髪は大丈夫。顔もいつも通り。
そして、ヘルメットを金具に止めて、中に手袋を入れて。
「いいかな? 次は駅まで歩くよ」
という春樹さんに背中を押されて、まだ少し震えているけど、言われるままに歩くことにした。
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