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「おいこら、なに黙ってるのよ・・」
と言っているけど、その声は、怒っているイントネーションではないから、
「あの・・・その」ともじもじすると。
「あー、もし・・かして・・・美樹ちゃん・・・・なの?」
「・・うん・・いえ・あっ・・・はい」って・・私のこと知ってるんだ。
「ったく・・もぉぉ。はじめまして、知美でぇす。ったく、ずるいんだから。・・美樹ちゃん」
「・・はい・・」
「私、今夜出かけなきゃいけないの、夜勤するんだけどね、部屋に鍵かけるから・・朝まで春樹と一緒にいられる? 私、帰るの朝の8時ころになりそうだし。あいつ鍵忘れてるの・・ここにあるのよ。その辺において置くのも怖いしね、あたしへの当てつけじゃないとは思うけど・・。鍵かけとかないと不安だし」
「・・えっ?」
「美樹ちゃんも信じてくれる? 春樹のこと、一晩面倒見てくれるかな?」
本当に、戸惑ってしまった・・春樹さんが、申し訳なさそうに笑ってる。だから・・。
「・・うん・・はい・・たぶん大丈夫です」
そう返事してあげたけど・・・、
「じゃぁ・・春樹の事よろしく、おやすみなさい、期末テストがんばるんだぞ」
「はい・・」
「春樹に言ってて、朝は、お味噌汁な気分だって。それと、お弁当ありがとうって」
「・・・はい・・」
「じゃね・・おやすみ。テスト、全問正解目指してね」
電話を切ると、春樹さんが唇を動かしていた。「ありがと」って。不思議な気分だ・・・電話の向こうの知美さんの言葉。この二人ってこんなに信じ合ってる実感がする。どうしてかはわからないけど・・なんとなく驚きな気持ち。でも・・
「帰るのが恐いよ。鍵も、時間が過ぎることも完全に忘れてた」
春樹さんは、そうぼやいたけど、本当は照れている。なんだかかわいく見える。
「今日は泊めてもらってもいいかな。両親に訳を話してくるよ」
と、言う春樹さん。私がお風呂に入ってる間、両親に言い訳していた。お風呂からあがって、濡れた髪のままパジャマに着替えて、居間をのぞいたら、お母さんがお布団を座敷に敷き始めてる。私のパジャマ姿を恥ずかしそうに見つめる春樹さん、濡れた髪に気が向いているのかな? とも思う。お布団を敷くお母さんのそばで正座して。
「春樹さんも、お風呂入っていくでしょ」
と、お母さんが家のお風呂に入ること進めるけど。
「着替えを持っていませんし」
と断ってた。でも・・
「着替えなんていいじゃない、お父さんの買い置きがあるから、入っていきなさいよ」
としつこいお母さん。
「なんなら、お背中、流してあげましょうか?」
また、そんなことを言い始めるし。
「い・・いえ・・」
「ほーら、早く入ってきなさいよ、ほーら、私と一緒じゃなきゃ入れないの?」
しつこいお母さんに説得・・いや脅迫されて。
「一人で入れます・・」とは目で訴えていたけど、さすがに言わなかった。春樹さんが出てくるまで、両親は少しだけ不安な表情で私を見つめていたけど。
「なによその顔! そんなに春樹さんのことが心配なの?」
の、一言で、黙り込ませてやった。我ながら名セリフだったと思う。ものすごい優越感だった。そんなことを言い放った私に唖然とした両親。そのスキにお風呂から上がってきたばかりの、着替えてきたばかりの春樹さんの手を引っ張って、「いこっ」と、部屋に拉致してみた。湯気をまとう火照ったしっとりした手。少しだけ変な想像したけど。安心できる、この人は。それは、確信だと思う。でも・・。
「ベット・・二人には・・小さくない?」
なんて、冗談じゃない顔で言う春樹さん。私は、むすっとしてベットに潜り込んで、しっかりとお布団を掴んでやった。そのガードの堅さを見て、「冗談だよ・・すこし期待したけど」と、くすっと笑う春樹さん。
「はいはい・・俺はどこででも眠れるから・・でも・・本当にいいのかな」
とつぶやいて、ベットにもたれて、私を見つめたまま組んだ腕を枕にする春樹さん。月明かりに浮かぶシルエット。
「信じてあげる」
と、つぶやいてあげた。もし何かしても優しくしてくれるでしょ・・でも、たぶん、何もしないでしょ。そんな気持ち。
「信じてくれるのか・・ありがと・・」
と、笑う春樹さん。本当に、この人は安心できてしまう。そして、さっき、電話で声を聴いてからどうしても聞きたくなった、知美さんとのエピソード。こんな言葉で聞いてしまった。
「知美さんとは・・どんなきっかけがあったんですか?」
えぇっと笑った春樹さんは、
「ナニ・・急に」
「言いたいことずけずけ言えって言ったの春樹さんです」
「まぁ・・そうだけど」
「知りたいな・・どういって口説いたんですか?」
「しかたないなぁ・・口説いたっていうよりも・・」
と、つぶやいた。
「美樹ちゃんは恋なんて、したことありますか?」
と、聞く春樹さん。今あなたにしてるでしょ・・と思うのに。
「・・ううん・・」
と、首を振る私。
「そうか・・じゃぁ。参考にしてよ・・全部話すから。でも、いつかあいつに逢うことがあっても絶対しゃべらないと約束してくれる?」
と、聞いた春樹さん。だから。うん・・そううなずいた。そして、春木さんは、大きく息を吸ってから話し始めてくれた。
「3年前の話し、俺は、大学に入ったばかりの子供だったかな。夏までもう少しの頃だったと思う。サークルの仲間と湖にキャンプに行ったんだ。そこに知美も来てた。あの時はまだ髪の長い人だった。指図がテキパキした人。って表現がぴったり当てはまるような人だった。あなたはアレしなさい。君はコレしなさいって。采配がねすごいの。でも、年上なのも、恋人がいることも噂で聞いてたから、それに存在も遠くて、俺、全然意識なんかしてなくて・・世間話くらいしかしたことがなかったかなぁ。そのときも全然話ししなかった。夜になって酒に酔ったみんなが寝静まった頃、俺が眠ってたテントの中に煙の匂いがして、俺は目を覚ましたんだ。俺ってお酒あまり飲めないから。で、テントの外に顔出したら、俺のテントの前で、あいつ一人で焚火を付けようとしてた。ものすごく苦労してた。煙ばかりもくもくたって、全然火が付かないの。仕事も指図もてきぱきこなすのに、ったく、火もつけられないでやんの、どじな女だなぁって、笑いながら見てたんだけど、あまりに煙たいし。だんだんいらいらしちゃって。俺は、火を付けに起きだした。そばに座って、ぱちぱち燃え始めた焚火に知美の横顔が赤く照らされてた、気づかれないようにそっと顔を覗いたら、泣いていたんだ。女の人の涙を見たのは生まれて初めてだった。横顔が、すごく綺麗で、涙がものすごく悲しくて・・どうかしたの? って、きざなセリフで訊ねてみたら、ゆっくりと肩にもたれてきたから。俺、どきどきしちゃって、だから、そこからなにも聞けなくなっちゃって、そしたら、聞きもしないのに、あいつは恋の話しを始めた。黙って聞いてたらね、全部過去形でしゃべってたんだ。好きだった・・愛してた、騙されてたのかな?って。もう・・詳しくは覚えてないけど、一通り話し終わってから、慰めてくれるの? 優しいんだね春樹君は。って、子供扱いな言葉でそんなことを言ってたこと思いだせるよ。だから、悲しい気持ち僕じゃ紛らわせることできないですか? って、言ったとき、結構勇気がいったなぁ。声が震えちゃって。笑われるのが恐かった。でも、あいつ、笑ったけど・・うんっじゃ慰めてくださいって、うなずいてくれたから、・・ひっょとしたら・・そんな気持ち。女の子にすっごく興味のあった年頃だったし。まだ、なにも知らなかったし、女の子の素顔、あんなにそばで見たのも初めてだったし・・だから、頭の中真っ白、なにも考えてなかったかなぁ・・下心だけで言ったと思う・・肩・・抱いてもいいですかって。もう、ふるえながら抱いてたけどね。あいつは、朝までならいいよって言った。そのまま、あいつは俺の膝を枕にして、うとうとして、俺は飽きもせずに朝まで寝顔を見つめてた。とても綺麗な寝顔、あんなに間近で女の人の寝顔をみたのも初めてだったかなぁ。髪をすいてあげて、ほっぺを撫でてあげて。でも・・胸がね・・本当に、あんなに間近で見つめたのも初めて・・だから・・上着もかけてあげたかなぁ。全部初体験。じぃっと見つめたままいたら、知らないうちに朝が来て・・回りに霧が立ちこめてた・・真っ白なしっとりした少しだけ寒い朝だったこと覚えてるよ。あの時は、寒いのは忘れてたのかなぁ。朝か・・なんて思いながら、じっと見つめたままいたら、あいつ、ぱちっと目を覚ました。おはよって言おうと思ったら、あいつ、くすくす笑って、ちゅって、俺にとって生まれて初めてのキス。ご褒美をあげるって、思い出すと恥ずかしくなりそうなキス。いきなり魂を全部ちゅぅぅぅぅっと吸い取られたように奪われて、ジタバタしてしまって。そのままもう、3年も過ぎて、知美は俺にとって掛け替えのない人になってしまったよ」
ありありと思い浮かべられる状況、魂を吸い取られるようなキスって・・言葉がストレートに映像になっているかのように思えて、でも、どうして、こんなに詳しく話してくれるのだろ。そう思った事を。
「そんなこと・・話してもいいんですか?」
と、訊ねてみた。そしたら・・。
「聞きたいって言ったのは美樹ちゃんだろ。なんでも話してあげるよ」
と、言う春樹さん。そして。
「ふううん・・そこで・・しちゃったの?」と、訊ねた事・・。
「んっ?・・何を?」
「だから・・その・・」
「えっち」
「ちがう・・キス・・そこでしちゃったの」
「うん・・そこで、キスして・・えっちも。例の本みたいに」
「・・うそ・・」
「うそだよ。ったく・・美樹さんは、そんな想像ばかりしてますね」
「・・・してませんよ」といいつつ、本当は少ししてるけど・・
「でも・・抱きたくなったのは本当。仲間が起き出さなければ、たぶん・・そのまま、気持ちを抑えきれなかったと思う。魂を抜き取られたようなキスのあと、起きて、くすくす笑いながらゆっくり離れてゆくあいつになんか・・ものすごい衝動を感じてしまって・・そうだなぁ、俺の魂を返してくれって感じで、抱き寄せて・・抱きしめて・・その・・むぎゅっと」
そういいながら、演技を始めた春樹さん。
「むぎゅって・・」なんだろ。
「こんな風に・・そしたら、ちょっと、なにするの、そんなつもりないしっておもいっきりひっぱたかれて」
「魂を返してもらったんですね・・」
「ぷぷ・・そうだな、平手打ちで突っ返されたんだなあの時・・で、俺・・何してしまったんだろって、自分がした事に気づいて・・軽率だったかなぁ・・もう嫌われただろうなぁって思ったけど・・夏休みが終わって、講義が始まってから、突然、ラブレターもらって・・ね」
「どんな?」
「・・いわなきゃ駄目か?」
「・・うん。全部話すって」
「はいはい。あいつには絶対言うなよ。バイトの娘にも。特に、由佳と美里には」
「・・うん・・たぶん」
「しかたないか・・うん・・私がほしければ、デートに誘いなさい!! って、びっくりしたよ。年上の女の人が、目も合わせずに、これ読みなさいって。かわいい封筒に、それだけ書いた小さな紙切れ。そんな下手な手紙。今でも大事に持ってる。だから、勇気を振り絞って、バイクで水族館に誘って。ずっと背中を抱きしめていたあいつのことが、欲しくてたまらない気持ちにあふれて・・あいつもそのつもりだったみたい。暗いと運転危ないでしょ、休んでいこって、水族館の脇にあった高級ホテル・・あそこは高かった。そこで、そのまま自然と結ばれて、今に至るの」
「結ばれたんですか・・自然と」それって・・そういう意味だよね・・と思うことは口にできなくて。
「うん・・あなたヘタねって言われたよ」と言いながらクスクスと笑った春樹さんに。
「ヘタなんですか・・」とくすくす笑いながら聞き返してみた。
「うん・・でも・・知美はその時、笑いながら泣いてた」
どういう意味・・
「ヘタでもいいから、私のことを愛してくださいって言いながら」
私を愛してって・・そんなこと女の子が男の子に言うのかな普通・・。確かに、そんなこと思いはするけど。
「ふううん、愛してください・・ですか・・知美さんって積極的なんですね・・」
「さぁ・・どうかな、積極的なのかな、ただ、強引なだけかもしれないし」
「ふううん」」
「参考にならないかな・・別に、ロマンチックでもドラマチックでもないだろ。いつもリードするのはあいつで、俺は言われたとおりに従うだけ。それがなんだか心地よくてね、知美と知り合えて、俺はずいぶん大人になったかなぁ。あいつの生き方、かっこいいんだ。言いたいことは言う。やりたいことはやる。したくないこと無理してするなんて馬鹿らしいし、自分の人生だけは誰にも渡したくない。俺が美樹ちゃんをほっとけないのも、あいつの影響かな。手を貸してあげたいから、こんなことをしてるし、それに・・美樹ちゃんって、3年前の俺にそっくり」
「うそ・・」
「ホント。3年前の俺も、うん、か、ううん、で、人生乗り切ろうとしてた。親や友達に言われるがままの人生だった。知美と知り合えて、ずいぶん変わった。だから、知美は俺にとって掛け替えのない人なの」
「ふううん」
「親父に言われるがままの俺だった。ワセダに行く事だけが俺の人生だった。でも、あいつと知り合えて、本当によかったと思ってる。親父は、知美と付き合う事まだ反対してるけどな」
「どうして・・?」
「人に言えない過去ってやつ」
「人に言えない?」
「それだけは許して・・ここから先のことは話したくないこと・・だから」
「・・うん・・」
「だから、俺は、家を飛び出して、あいつと暮らしてるんだよ。俺は家出してる身分なんだ」
「ふううん・・家出ですか・・」
「お袋とはたまに話してるけど、親父とは何年も話してないな」
「ふううん・・」
「そうだ・・あいつが俺に言ったこと、美樹ちゃんにも言ってあげようか?」
「なに? どんなこと?」
「うん・・迷惑だったらいつでも言って。迷惑だって。手伝って欲しいことがあったら、いつでも言って、手伝って欲しいって。俺にできることも、俺にして欲しくないことも、美樹ちゃんができることも、美樹ちゃんがして欲しくないことも、全部言いたいときに言ってくれ。聞きたい時に聞いてくれ。そんな簡単なこともできないなら、知り合えたことの意味がない」
「・・・うん・・知美さんがそう言ったんですか?」
「うん・・さぁ・・もう、寝よう。俺は眠いし、美樹ちゃんにもはやく眠って欲しいから」
「わたしは、もう少しお話していたい」
「じゃ、最後の質問を受け付けましょうか」
「最後?」
「ああ、最後だ」
「じゃ・・わたしの手を、知美さんにいつも言うセリフで握ってみて」
「いつも言うセリフって・・」
「何か言うんでしょ、おやすみとか、愛してるよ、とか」
「言わないよ・・そんなこと」
「言わなくても、何か言って優しく手を握って、手をつないだまま静かに眠りたいの」
私の好きな少女漫画みたいに・・。
「はいはい、美樹さん、手を握ってもいいですか?」
「もっと、気持ちを込めて言ってよ」
「わかりましたよ。ったく・・」
「こもってない」
「うん・・じゃぁ。気持ちを込めてみようか」
ためいき・・コチコチと時間が過ぎてゆく音が小さく響いて。そして。今夜は眠れそうになくなった。
「・・美樹、手を握っててあげる、だから、安心して、眠りなよ。おやすみのキスは、お前が寝静まってから、起こさないようにちゅっとしてあげるから」
ものすごくまじめな声。だから・・呼吸が乱れたんだ。それに・・確かめたくて。
「ホント?」
と、聞いたら春樹さんは笑っていた。
「う~そ・・」
って・・でも・・私がした期待・・ばれるのが恐くなったから・・つんっと言ってしまった。
「もう・・全然気持ちがこもってない」
「いいから早く寝ろ、明日も学校があるんだろ」
春樹さんは、腕に顔を埋めてしまった。先に眠ってしまうなんて・・。全然期待通りじゃないし。だから。
「春樹さん」
「んっ」
「ねぇ・・」
「なに・・」
「なにか眠りたくなる話しをしてください」
「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹・・・・」
「ふんっだ・・」
「おやすみ・・・」
「春樹さん・・」
「ん~・・今度は何?」
「お料理上手なのは知美さんのせい?」
「うん・・あいつが大学卒業して、働き始めてからすぐ一緒に暮らし始めた。家賃とか、金の掛かることはあいつがしてくれるから。俺はそれ以外で、できる限りのことをしてるの」
「チキンピラフも?」
「あいつも好きだったなぁ。すぐ飽きたみたいだけど。あいつ、味にはうるさいし、カロリーにはもっとうるさい女だから、おいしいもの作ってあげたくて、チーフに教えてもらいながら、俺はそこらのコックにも負けない腕を磨いたんだよ」
「ふううん・・」
「最近の女の子はそんな男にあこがれるのか? 人に聞いたけど」
「うん・・料理が上手なのも彼氏を選ぶ基準の一つ」
「へぇぇぇ・・・他には」
「子供や動物が好きな人、夢を持ち続けられる人。おおらかな人。がいいと思う。優しい、楽しい、おもしろい、お金持ちは、もう、当たり前だから」
「・・・へぇぇぇ・・なんかハードルすげぇ高くなってるんだね・・優しいのは当たり前か・・夢のある人ですか・・お金は全然持ってませんけど」
「お金持ちになりそうな人・・かも。じゃ・・春樹さんの夢は・・」
「夢はねぇ、ロケット・・宇宙まで飛んで行ける乗り物。宇宙には一度でいいから行ってみたい。よその星にも。知ってる? 夢って見るものじゃなくて、あるものなんだって。その人が到着することずーっと待ってるって」
「夢が・・待ってるの?」
「夢は、大昔からそこで待ってくれていて、一番最初に到着した人に拾われるんだって」
「どゆこと?」
「偉大な発見も、偉大な発明も、偉大な新記録も、本当はずーっと昔からそこにあって、一番最初に到着した人に拾われることを待っているものなんだって」
「よくわからないかも・・」
「うん、宇宙に行きたいって思う気持ち、こうすれば行けるよって、そんな夢が俺を待ってくれている、もう少し歩けば、そこにたどり着けるところで俺を待ってくれているんだ。だから、俺は今歩いている。少しずつだけど。いつか、宇宙に行って、みんなの夢を全部叶えてくれる流れ星を、夢の数だけ飛ばしてみたいね、この手で、そんな夢が俺の到着を待ってくれている、もう少し歩けば、たどり着けそうだから、俺は努力しているんだよ、本を読んで、秘密を解き明かすカギを探して、見つけて・・鍵が開かないときは、また考えて。いつかそこに到着したら、俺の夢が詰まった箱をこの手で開けてみたい」
そんな春樹さんの声が耳まで届いた後、心の中で、カッコイイと思わず叫んでしまった。落ち着いたアクセントの、何も飾られていない言葉。夢を語る男の人がこんなにカッコイイなんて。
「春樹さん」
「んっ?」
「カッコイイ」
「何が?」
「今の言葉、じぃぃんってした」
「そうか? なんて言ったの? 俺」
「流れ星を俺の手でって・・・かっこいいよ、うん・・本当に・・」
「照れるよ、これは、誰の言葉だったかな? あなたが見る夢は大昔からずっとそこにあってあなたの到着を待っている。ただ、気づく人はほんの一握りしかいない。美樹ちゃんも毎日を歩きながら美樹ちゃんの到着をずっと待っている夢を探してみれば?」
「どうやって・・」
「歩き続ければ、思い出せるよ。夢が、ここだよ、早く見つけてくれって・・・子供のころはたくさん見えたでしょ、いろいろな夢、そんな美樹ちゃんが見てた夢、思い出してって・・まだ解らないかな。そのうち解る、たくさん勉強して、いろんなことを知れば、いつか夢の探し方もわかるようになるよ」
「私も、宇宙にいけるかな?」
「さぁ・・どうだろうなぁ。そのときは誘ってあげようか?」
「うん」
「美樹ちゃん、週末暇だったら、土星にでも行かないか? って」
「行きたい。絶対。そんなデートに誘ってくれる?」
「うん・・木星の方が近いかな・・帰りは火星によって火星人と記念写真撮って」
「約束してくれる。本当にそんなデートに誘ってくれるって」
「・・うん・・」
「約束してくれる?」
「・・うん・・」
そして、もう一つ「うん」とうなずいて欲しかったこと。急に思いついて、慌ててつぶやいてみた。
「デートして、知美さんの知らないところで、私のこと好きになってほしい」
と。でも。
「・・・・さぁ・・知美とは運命を感じてるし・・美樹ちゃんの事は、今でも好きだよ・・ふぁぁぁ」
「寝ちゃだめ・・・」
「・・・・うん」
「もう・・春樹さん」
「・・・・そうだよ・・うん」
そして、むねってしまった春樹さん。
「私のこと好き?」
と、耳元に訊ねたら。
「うん・・」
と、寝言で答えてくれた。
「私も好きだよ、春樹さん」
と、言ってしまった。って思っているのに。
「・・うん・・」
と、まだ、寝言で答えてくれる。
「知美さん・・が、いてもいい。私のことも愛してほしい・・愛してるって・・言って・・」
「・・・」呼吸の音、ゆっくりと上下する背中。私の声に答えてくれなくなっても、ずっと見つめていた。春樹さんの寝息だけが聞こえる。黙って見つめていた。大きな背中が上下してる。なにも考えずに。ぼぉっと見つめていた。ふと、人の気配がして、顔を向けたとき、ドアがそっと開いてお母さんが部屋を覗いた、目が合って・・お母さんはにこっと笑った。私も同じようににこと返事したら、お母さんが口許で人差し指を立てている。そして、手にしているタオルケットを春樹さんの背中にかけた。
「ったく、このくらいの気は利かせなさいよ」
と小さな声でつぶやくお母さん。春樹さんの寝顔を覗き込んでくすくすと笑った。
「ありがと」
とつぶやいてみる。
「どういたしまして、ったく。おやすみ」
「おやすみなさい」
ふぅぅ、と、安心のため息ついてから、呼吸を春樹さんの上下する背中に同調させて、目を閉じてみた。生まれて初めて、大好きな年上の男の人と、一夜を過ごしてしまった。
「またな・・模擬問題リストアップするから、中間テストの問題は持って帰る。06:03 HARUKI」
壊れたミッキーの時計の下、正確な時間まで記録した書き置きを残していた春樹さん。その時間、私の夢の途中に割り込んで、優しく髪をかき分けて、おでこにちゅっとキスしてくれた事、覚えてる。寝たふりしてるまに出て行った春樹さん、「あら・・もう帰るの?」「はい、美樹ちゃんよく眠ってる間に」「朝ご飯はいいの」「はいお邪魔しました」「ごめんなさいね、何も用意できてなくて」「いえ・・また来ますし今夜も」「そうね・・」そして、バイクの音。
あっ・・そう言えば・・知美さんの伝言、言い忘れてた・・・。まっ・・いいや。でも・・変なの作って・・毒を盛られたら・・そんな想像してお布団の中で一人でくすくす笑っていたら。お母さんが起こしに来てくれた。そぉっとドアをあけて、おおげさなため息。どうやらほっとしてるようだ。くすくすと笑い合って。
「なにもなかったの?」なんてことを聞くお母さんに。
「うん・・」
と答えた。すると。
「春樹さん、何もしないなんてね、美樹はまだまだお子様だってことなんだよ」
イヤミな一言だけはいつも通りに言った。反論できなかった自分自身にお子様なんだなという自覚をしてしまうなんて・・。でも、いいんだ。一生の思い出になりそうな二人きりの夜だったから。
また・・学校では、みんなのひそひそな声が気になった。でも・・何だろう、いつもと違う感じ。みんなの視線を背けるタイミングがかなり早い。ふふん・・鼻が高くなった気分だ。友達をなくしてしまった気がしないでもないけど、いいんだ。「はぁぁぁ・・・」
と、ため息。すがすがしい気分。でへへへへ・・うっとり・・そんな気分。先生も私を避けている。黒板の問題、また、昨日、春樹さんに教えてもらった問題だ。だから、昨日の夜を思い出して・・もっと、でれでれしてしまう。甘い一夜・・。ついつい思い出してしまう。
「はぁぁぁ・・・」
と、ため息。すがすがしい気分。でへへへへ・・うっとり・・そんな気分だ。
そして、今日も、明日も、明後日も・・・ずっと、期末テストがあればいいのに。なんて、冷静に考えると、それは、とんでもないことだと思うけど。本当に、ずっと毎日きて欲しい。まじめに勉強しはじめると、春樹さんも、私にきわどい冗談はしなくなった。それっぽく誘いをかけても、本当は、なんだか照れてるみたいだし。だから・・かわいいから。
「今日も泊まってく?」
そう聞いてみた。でも・・・。ううん・・と、首を振る春樹さん。
「二日続けると、血の雨が降るかも・・」
少しだけうんざりしている。やっぱり・・知美さんに・・。そんな想像が、私を現実の世界に連れ戻してしまう。でも・・いいんだ。そうとも思える。何もかもが、すらすら頭に入ってゆく。そして、春樹さんが作ってきてくれた、模擬問題。半分以上は楽に解ける自分に少しだけ驚いた。でも・・・
「これが解けたらワセダも夢じゃないかも・・」
それは、冗談に近い言葉だったけど。私に途方もない目標を掲示した言葉だった。
「ワセダ?・・・」
「うん・・これじゃ全然無理だけどね・・」
と、中間テストを指さして、くすくす笑う春樹さん。
「今からでも遅くないよ。これ、ワセダの入試に出たの。解けるかな?」
からかってるのかと思ったその笑顔に、なぜか、むかっとなった・・。相当真剣になってしまった。頭が熱をもちはじめるくらいに、考え込んでしまった。必死で解き始めた問題・・でも・・・。
「そこまではあってる。でも・・・これはまだ習ってないか・・・このパターン、ニュートンって人を知ってるかな? りんごの樹から落ちた時に引力をひらめいたあの人。その人が考えだしたんだ。微分法・・今習ってるだろ。連続して流れ続ける出来事の一瞬を数式化する方法」
と、ノートを走るシャープペン。教科書のページをもう少しめくるとに書いてある解き方。
「理屈が判れば簡単に解けて、早稲田。そんな目標もってもいいかもしれない。美樹ちゃんが高いところを目指して、その気になるなら、俺も、知美も手伝うよ」
と、春樹さんは言った。そして・・・。
「俺が言いたいことを言えるのも、やりたいことをやれるのも、目標があるから・・美樹ちゃんには、ある? 将来の目標・・みたいなもの・・ないならそんな目標持ってみれば・・少しはセリフも増えると思う。私はこうしたいんだって」
そう言われて、全然ないことにも気づいた、
「じゃ・・今日はこの辺で、宿題だそうか。美樹ちゃんの目標を箇条書きにして、明日提出。いいな」
うなずいた、見送って・・・。机に戻った。目標・・。
「ワセダ合格・・・」
ノートにそう、書いて・・ぶっ・・と、笑ってしまった。漢字も思い浮かばなかったから・・少しだけ、ミノホドシラズな気分。笑いが止まらなくなって・・振り返るとお母さんがいた・・。恥ずかしくなった。また、イヤミを言いそうだから、ノートは、ぱたんと閉じてみた。とりあえず、今は心にしまっておこう。
「美樹・・お風呂、入るでしょ」
「はぁ~い・・」
あれっ・・・今日はイヤミじゃない・・。階段を降りるとき、お母さんの背中に違和感を感じてしまった。
適当に書いてみた私の目標、ワセダ合格・・そりゃ無理だよ今のままじゃ・・ずけずけと鼻で笑った春樹さん。でも・・生まれてこの方、こんなに勉強したことがあっただろうか。毎日の春樹さんとのひとときは、ものすごく集中していた・・。
「テストが始まったら、夜通し付き合おうか? なんか付き合ってあげたいね、その真剣な目」
そう言ってくれた春樹さん。テストを明日に控えた日曜日、昼までに家に帰って、夜まで眠った。バイト帰りに家に来て、みんなの近況を報告してくれた。私たちのことは黙ってる・・とも言った。そして、わざわざ知美さんに言い訳して、両親を説得してまで泊まり込んでくれた春樹さん。翌日のテストを一夜漬けで、とにかく覚えられる限りを覚えてしまった。そして、配られたテストの問題。自分でも驚いたけど・・・わからない問題なんて全然なかった・・・。ほとんど無意識のうちに自動的に答えがわかるし、何のストレスもない。一度も消しゴムを使わずに、時間の半分もかからずに全部書き終わって・・シャープペンを置いて・・ふぅぅと肩の力を抜いて。思った事・・見直す気もないし・・多分、全部解けた。全問正解のはず・・・。
「本当に・・いいのかな・・こんなので」
そうつぶやいたとき、見回る担任の先生が不思議そうな顔で答案用紙を見つめていた。どことなくやましい気持ちも感じてしまう。そして・・帰ろうとした時。
「美樹・・帰りにちょっと職員室に寄ってくれないか」
と、担任の先生がみんなの前で私を名指しで呼んだときちょっとだけ恐怖を感じてしまった・・・。
「美樹・・なにか悪い事したの・・」
と、あゆみは心配してくれたけど・・私は、悪い事なんてなにもしていないはずだし・・。教室を去る先生は、不気味なほほえみを残して出て行くし・・。
「美樹・・バイトしてる事ばれたんじゃない?」
弥生がそんなこと言うから・・・ぞぉぉっとした。たしか、アルバイトは禁止・・校則にそんな文章があった気がする・・・。その予感は・・
・・的中した・・。
「先先週の日曜日だったかな? 先生のオーダーを美樹が取った事気づかなかったでしょ」
開口一番・・膝が震えてしまった・・。「えぇぇ・・」全然記憶にない。それに・・その日は確か・・春樹さんが私に・・。
「ランチタイムが過ぎた頃かな、家族で行ったんだけど、美樹だって事、はじめわからなかったけど・・店長さんに聞いたらやっぱり美樹だって言うから・・キラキラと一生懸命だったから・・あの店の店長さんも、サービスも明るくて、優しくて、料理もとびきり美味しくて、もう一度行きたくなったよ」
「そ・・そうですか・・」
でも、にこにこ話す先生はとにかく不気味だ・・それに・・バイト辞めなさいって言われたら・・。それだけは絶対いやだし・・。
「アルバイト、校則で禁止してる事は知ってるよな」
「・・はい・・」
やっぱり・・辞めろと言いそうだ。
「中間テストの成績・・覚えてるか?」
「・・はい・・」
絶対言ってほしくない。春樹さんに会えなくなるのは絶対いやだ。
「今回もあんな点数取ったら、両親にも言って辞めさせようかと思ったけど・・」
・・えっ?・・辞めろと言わなかったの? 今。
「がんばれ・・この問題を解いたのは、たぶん学年でお前だけだ。全問正解100点満点、すごいね、20分くらいで全部書き終わっていたでしょ」
と、採点の終わってる私の答案用紙・・100点? 目をごしごしこすって・・も、100点だ・・自信たっぷりだったけど・・少しだけ我が目を疑ってしまった。
「何事も一生懸命頑張ってるんだから、認めてあげるよ。でも・・誰に教わった・・これは、去年の早稲田大学の入試問題、予習してないと絶対できない問題なのに・・完璧にあってるし、名前欄を見て、息が逆流したよ。誰に教わったんだ?」
にこにこと追求する先生の眼差し・・とりあえず、バイトは認めてくれたんだ。だから。うん・・と、うなずいて・・この問題・・一緒に勉強した春樹さんとの夜を思い出して、へへへ・・と、笑った。そしたら・・・・。
「あの・・コックさんかな・・」
天が驚くほど・・大地が動くほど・・な衝撃・・。驚天動地・・とは、春樹さんと勉強した四字熟語。息が逆流した・・。
「美樹とあのコックさんがさ、いい雰囲気でおしゃべりしてるとき先生いたんだぞ。まじめな賢そうなコックさんだったな・・あの人に教えてもらったんだろ」
また・・膝がかたかたかたかた・・・。あのときの家族連れ・・本当に先生だったわけ?
「みんなには黙っていてあげるよ。集計してないけど、100点なんて学年でお前一人だけの点数だし・・アルバイトもそのコックさんのことも、先生が認める。安心しなさい。一生懸命頑張って結果を出しているんだから、否定するなんてできないよ」
・・はい・・と、声で返事したかどうかは定かではない。帰りぎわ・・
「でも・・授業中は、そのコックさんのことあまり考えてほしくないな・・あの、一人で薄気味悪く、でれでれしてる笑顔はやる気をなくすよ。あの、気味悪い笑顔、そんな理由だったんだな」
まだ・・バイトの仲間以外には誰にもばれていないのに・・よりによって・・担任の先生にばれてしまうだなんて・・。でも・・・。
「学年トップ、目指してみるか? 金メダル取れると思う、初日からこんな点数取れるなら。それと、そのコックさんに聞いてみたいね、どんな風に教えてあげたら、美樹がこんな点数とれるようになるのかなって」
きっと愛の力だと思います・・と直感が思ったことは口にはしなかったけど。
とりあえず・・現実的な目標ができた・・。ノートに書いてみた。春樹さんは、
「学年トップ・・か」
と、また、鼻でせせら笑ったから。ちょっとだけカチンとしてしまった。だからかもしれないけど、意地っぱりな気分が私をがんばらせたようだ。結構真剣にになってしまった。それに・・これは? これは? と、何をどう聞いても、春樹さんはわかりやすく何もかもに答えてくれるから・・。こんなに真剣になれたのだとも思う。日程が過ぎるごとに、目標にした学年トップ・・リアルにイメージできる予感に変わりはじめてた。そして、イメージがリアルになればなるほど無茶苦茶真剣にものすごく集中して勉強している私と、
「そこまでするのなら、最後まで全力で付き合うよ、知美もいいって」
と言い始めた春樹さん。試験問題は無意識のまま、ほとんど自動的に答えを書けて。夕方まで少し眠って。春樹さんと手作りの夕食を食べてから。朝まで無茶苦茶真剣に試験勉強。
「学年トップ、行けそうなの?」
という春樹さんの質問に。
「実感ないけど、試験問題全部答えてるし、間違っている気がしないから」
なんて答えている私。それと。
「なんか・・簡単にとか、自動的にとか、そんな感じで答えがわかるから、本当にいいのかな? って気がする」
そんなことをつぶやくと、春樹さんの答えは・・。
「じゃ、トップだな・・そんなもんだよ、真剣に取り組んだ時の結果って。アレレ・・いつの間にか一番になっちゃったって、頂点に立つ人だけが経験する不思議な現象ってやつだ」
言われてみれば・・そんな気がする。本当に何だろう、この自分自身にみなぎる自信。今、不安なことってなにも感じられない気がする。
そんな最終日前夜・・。
「・・ふぁぁぁ」
と、大きなあくびをした春樹さん。背伸びしてから涙をごしごし拭いている姿を見て、くすくす笑ってしまった。でも・・。
「今日でおわりか・・・全力出し切ったって感じだね」
と、あくびまじりに言うその一言を聞くと急に寂しくなってしまう。
「さぁってと・・」
と、勉強を始めても・・・。よく思えば・・この人・・昼間私みたいに眠っているのだろうか・・。そぉっと見つめた横顔はどことなくやつれていて・・。
「ねぇ・・春樹さん」
「んっ・・」
「疲れていませんか?」
「うん・・少しね、でも・・どうってことないよ・・」
あくび混じりに、そう言って私を安心させてくれるけど・・・。
「美樹ちゃんはなにも気にしなくていい。学年トップ。狙えそうなんだろ。最後まで気を抜かないの」
「うん・・」
でも・・この一週間・・私はずいぶんとはきはきできる女の子に変身した気がする。この間までは、こんな事聞く事も恐かったのに・・。私は。
「知美さん・・怒ってるでしょ・・血の雨、降りましたか」そんな言葉をくすくすと笑いながら言えるようになっている。
「まだ降ってないけど・・うん、怒ってるだろうな・・部屋なんかわざと散らかしてるみたい。読みもしない本を器用に天井まで積み重ねてたよ。柱が一本増えてた・・キッチンも食べてそのままだし。片づけるのは誰なんだろうな」
と、うなずく春樹さん。力なく笑ってる。そして、こんな返事に、動揺・・はするけど・・
「一週間、あいつとは何も話してないよ。帰ったら、かわいがってあげないと・・」
可愛がる・・?
「どんな風に・・・」
そんな事を聞く私自身にすこし驚いてしまった。
「美樹ちゃんに教えてもらおうかな・・女の子を喜ばせられるただ一つの行為・・ってなんだろ・・例の本で勉強しようかなぁ。借りてもいいかな? その方面春樹さんは苦手な分野だから。美樹ちゃんは、どうされたら一番うれしいの?」
ひさしぶりに・・言葉に詰まった・・。でも、空想してしまうそれって、後ろから抱きしめられて、愛してるよって言われたら、一番うれしいかな・・ごめんね・・でもいいかな。そして・・その先に起こることをイメージしてしまうと・・。
「・・つかれてるなぁ・・変な事聞くなよ、何もかも白状してしまいそう・・人間、疲れると嘘ついたり隠したりすることが面倒くさくなって、本性がどうしてもでてしまう」
そう言う春樹さん。隠すのが面倒くさい・・本性? って・・なんだろ。でも、本当に疲れていそうな横顔は、私に感謝な気持ちをあふれさせて、それに・・明日からはもうここには来てくれない事も、私の感情を駆り起たせているみたい。
「ねぇ・・春樹さん」
と、振り向き、握った手。そして・・
「なにかして欲しいこと・・あったら言ってください。私なんでもしてあげる」
はっきりと意識した瞬間。抱きしめてほしい気持ちがものすごくあふれている。抱きしめて、私を好きなようにしてほしい。生まれて初めてな気持ちだ。はっきりとそう思ってる。でも・・言った後、心臓がトクントクンとし始めて。そっとさしだそうとした唇。なのに。
「してほしいものなんて、なにもないよ・・」
と、つぶやいた春樹さん。
「美樹ちゃんの手って、暖かいね・・柔らかいし」
と、私の手を握った。そして、うっとりともてあそぶ。
「あっ・・そうだ・・」
と、春樹さん。くすっと笑って。そっと後ろから私にしがみついた。一瞬・・どきっと心臓が跳ねた。
「知美には言い訳してくれよ。俺は、やましいことなんて、なにもしてないって」
そう言いながら、首筋にじょりじょりするほっぺを沿わせて、右後ろから私にしがみついた春樹さんの大きな手が胸を・・むぎゅ・・。え・・何するの? そんな急に、ちょっと。なんてあたふたと思っていたら。大きく息を吸って、ふぅぅぅっと吐いて。
「あー駄目だ・・寝てしまいそう・・ちょっとだけ眠らせて」
と言いながら、もぞもぞ。これが、本性・・なのかな。やましいことをしながら、やましいことなんてなにもしていないだなんて。でも、
「ごめんね・・」
なんて言われたら、その手を押しのけることなんてできないし。このまま、もう少し、もっと触られていたい気分が溢れている。胸を掴んだままの手を上から握っている私。首筋に感じる春樹さんの吐息。本当に眠ってしまっている春樹さんに気付いたけど。このままでいたい気分の方が大きくて。何もできない私。
「んっ・・」と寝言を言いながら、首筋にじょりじょり感じるおひげの感触。しばらく我慢していると、力の抜けた腕、私にもたれる体重が重くなって。もぞもぞとして、ふぅぅぅと寝息を私の耳に吹きかけた春樹さん。こんなにどどきしてる私に気づいているのだろうか。絶対気づいていないな、そう思うのは。この規則正しすぎる呼吸。本当に眠っている。呼吸を同調させると、妙に気持ちが落ち着いて、そっと体勢を変えて、春樹さんの脇を支えながら、正対すると寝顔がちょうど私の胸に・・。優しく抱きしめてあげると、もそもそと、なんだか心地いいような、くすぐったいような。大好きな男の子の・・・男の人のかわいい寝顔。テスト勉強なんてどうでもいいかなという気分もする。このまま朝までいてもいいかな。そんな気分のまましばらく呼吸を合わせていると。
「あ・・寝てた・・ごめん・・大丈夫だから」
と意味不明な言葉をつぶやいて、起きて、あくびしながら背伸びして、ゆっくりと離れて行く春樹さん、余りにも普通のアクセントだから、とりあえずうなずいて、少し悲しくなって・・。でも・・、私はこんなことをすらすらと言えるようになっていた。。
「うん・・一週間・・本当にありがとう。だから、こんど・・なにかおごってあげる」
「そぉ・・うれしい。じゃ・・お言葉に甘えさせて頂きましょうか」
私の心の中。春樹さんの事、好きだと思う感情を通り越している気がしてしまう。春樹さんは言ってた。知美さんは掛け替えのない人だと。その言葉の意味がよくわかる気がしている。掛け替えのない人・・。
「私・・早稲田・・行けるかな?」
それは、心で文章を組み立てる前に言ってしまった言葉。一瞬、きょとんとした春樹さん。言った後、私は、自分が言った言葉の意味を探していた。もし・・早稲田をねらうなら、春樹さんは言ってた。「俺も知美も手伝うよ」と。あの言葉を確かめてみたくなってる。なのに、春樹さんは。
「ああ・・がんばってみろ」
としか言わなかった。手伝ってくれるって・・・言ったでしょ。そう思いながらうつむいてしまう。でも・・。しばらくして気づいてくれた。
「これから卒論を書かなきゃならない時期なんだ、だから、こんなにみっちりとはこれないけど・・。暇なときは手伝ってあげよう・・」
うれしい・・。でも・・・。
「知美にも逢わせてあげようか・・春樹さんの恋人って、どんな人だろ・・そんな興味もあるだろ。俺が無理なときはあいつに頼めばいいし」
現実に引き戻された気がした。でも・・そのこと始めて知った時とは違う。知美さんがどんな人なのか・・ものすごく知りたくなった。だから。
「・・うん・・」
うなずいて、思いつく事、すぐに訊ねてしまう。本当に私はこの一週間でずいぶん変わったようだ。
「私の事話したの? 私のことなんて言ったの? どんな風に怒られたの? 嫉妬してるの? 私にやきもち焼いてるの?」
それと。
「血の雨・・降りましたか?」
「また・・それを聞きますか・・」
「・・だって・・期待していることだし」
「血の雨を?」
「血の雨、土砂降りになってほしいです」
そうすれば、あなたが私のものになりそうな予感がするから・・。もっと優しい女の子に乗り換えるかもしれないし・・つまり、私に。
結局・・期末テスト最終日、朝までそんな話に夢中になってしまったせいか・・それなりのできばえになってしまったようだ。消しゴムを初めて使って、全然わからない問題がチラホラ。そして、テストが終わって、家に帰るとガレージにはまだオートバイが止まっていた。
「まだ・・いるの?」
と、お母さんに訊ねたら、
「朝食べた後・・少し、眠らせてくださいって・・お掃除のじゃまになるから、美樹の部屋で寝てもらってる。無理させたんでしょ。さっきのぞいたらあんたのベットにもたれてぐっすり眠ってたけど。死んでないか見てきてよ」
そぉっと部屋をのぞいたら本当に白黒の写真によく写ってる兵隊さんが死んでるような眠り方。そして・・安心しきってるような幸せそうな寝顔。あーよだれが・・もぉ、ティッシュで拭いてあげて、何しても起きないし。鼻を摘んでも、ゆすっても・・。叩いても。
「春樹さん・・・」
耳元にささやくと、ムニムニと聞き取れない寝言を言った。じっと見つめてしまう。本当に、寝顔がかわいい・・。くすくす笑ってから、ほとんど無意識のうちにしてしまったキス。ほっぺにちゅっと、でも・・ちくちくした感触。それに、それだけだと物足りない気がする、それに・・今なら。そんな期待をしてしまった。けど。でも・・と、思い留まってしまう。だけど・・。
「ホントにありがと・・・」
私の唇にちょんと当てた、右手の人差し指。春樹さんの唇にちょんと当てて・・不精髭を触りたくなって、じょりじょりしてる。くすくす笑っても春樹さんは起きなかった。春樹さんにもたれて、腕を組んで春樹さんの肩を枕にして、ずっとながめていた、春樹さんの寝顔。呼吸のタイミングを合わせると体中が融け始めた気分になって混ざり合っていくような錯覚。いつのまにか眠ってしまったみたい。目がさめたとき、そこに春樹さんはいなかったけど、夢じゃなかったこと・・枕を抱きしめて実感してみた。枕に顔をうずめて大きく息を吸うと春樹さんの匂いが残っていたから。
と言っているけど、その声は、怒っているイントネーションではないから、
「あの・・・その」ともじもじすると。
「あー、もし・・かして・・・美樹ちゃん・・・・なの?」
「・・うん・・いえ・あっ・・・はい」って・・私のこと知ってるんだ。
「ったく・・もぉぉ。はじめまして、知美でぇす。ったく、ずるいんだから。・・美樹ちゃん」
「・・はい・・」
「私、今夜出かけなきゃいけないの、夜勤するんだけどね、部屋に鍵かけるから・・朝まで春樹と一緒にいられる? 私、帰るの朝の8時ころになりそうだし。あいつ鍵忘れてるの・・ここにあるのよ。その辺において置くのも怖いしね、あたしへの当てつけじゃないとは思うけど・・。鍵かけとかないと不安だし」
「・・えっ?」
「美樹ちゃんも信じてくれる? 春樹のこと、一晩面倒見てくれるかな?」
本当に、戸惑ってしまった・・春樹さんが、申し訳なさそうに笑ってる。だから・・。
「・・うん・・はい・・たぶん大丈夫です」
そう返事してあげたけど・・・、
「じゃぁ・・春樹の事よろしく、おやすみなさい、期末テストがんばるんだぞ」
「はい・・」
「春樹に言ってて、朝は、お味噌汁な気分だって。それと、お弁当ありがとうって」
「・・・はい・・」
「じゃね・・おやすみ。テスト、全問正解目指してね」
電話を切ると、春樹さんが唇を動かしていた。「ありがと」って。不思議な気分だ・・・電話の向こうの知美さんの言葉。この二人ってこんなに信じ合ってる実感がする。どうしてかはわからないけど・・なんとなく驚きな気持ち。でも・・
「帰るのが恐いよ。鍵も、時間が過ぎることも完全に忘れてた」
春樹さんは、そうぼやいたけど、本当は照れている。なんだかかわいく見える。
「今日は泊めてもらってもいいかな。両親に訳を話してくるよ」
と、言う春樹さん。私がお風呂に入ってる間、両親に言い訳していた。お風呂からあがって、濡れた髪のままパジャマに着替えて、居間をのぞいたら、お母さんがお布団を座敷に敷き始めてる。私のパジャマ姿を恥ずかしそうに見つめる春樹さん、濡れた髪に気が向いているのかな? とも思う。お布団を敷くお母さんのそばで正座して。
「春樹さんも、お風呂入っていくでしょ」
と、お母さんが家のお風呂に入ること進めるけど。
「着替えを持っていませんし」
と断ってた。でも・・
「着替えなんていいじゃない、お父さんの買い置きがあるから、入っていきなさいよ」
としつこいお母さん。
「なんなら、お背中、流してあげましょうか?」
また、そんなことを言い始めるし。
「い・・いえ・・」
「ほーら、早く入ってきなさいよ、ほーら、私と一緒じゃなきゃ入れないの?」
しつこいお母さんに説得・・いや脅迫されて。
「一人で入れます・・」とは目で訴えていたけど、さすがに言わなかった。春樹さんが出てくるまで、両親は少しだけ不安な表情で私を見つめていたけど。
「なによその顔! そんなに春樹さんのことが心配なの?」
の、一言で、黙り込ませてやった。我ながら名セリフだったと思う。ものすごい優越感だった。そんなことを言い放った私に唖然とした両親。そのスキにお風呂から上がってきたばかりの、着替えてきたばかりの春樹さんの手を引っ張って、「いこっ」と、部屋に拉致してみた。湯気をまとう火照ったしっとりした手。少しだけ変な想像したけど。安心できる、この人は。それは、確信だと思う。でも・・。
「ベット・・二人には・・小さくない?」
なんて、冗談じゃない顔で言う春樹さん。私は、むすっとしてベットに潜り込んで、しっかりとお布団を掴んでやった。そのガードの堅さを見て、「冗談だよ・・すこし期待したけど」と、くすっと笑う春樹さん。
「はいはい・・俺はどこででも眠れるから・・でも・・本当にいいのかな」
とつぶやいて、ベットにもたれて、私を見つめたまま組んだ腕を枕にする春樹さん。月明かりに浮かぶシルエット。
「信じてあげる」
と、つぶやいてあげた。もし何かしても優しくしてくれるでしょ・・でも、たぶん、何もしないでしょ。そんな気持ち。
「信じてくれるのか・・ありがと・・」
と、笑う春樹さん。本当に、この人は安心できてしまう。そして、さっき、電話で声を聴いてからどうしても聞きたくなった、知美さんとのエピソード。こんな言葉で聞いてしまった。
「知美さんとは・・どんなきっかけがあったんですか?」
えぇっと笑った春樹さんは、
「ナニ・・急に」
「言いたいことずけずけ言えって言ったの春樹さんです」
「まぁ・・そうだけど」
「知りたいな・・どういって口説いたんですか?」
「しかたないなぁ・・口説いたっていうよりも・・」
と、つぶやいた。
「美樹ちゃんは恋なんて、したことありますか?」
と、聞く春樹さん。今あなたにしてるでしょ・・と思うのに。
「・・ううん・・」
と、首を振る私。
「そうか・・じゃぁ。参考にしてよ・・全部話すから。でも、いつかあいつに逢うことがあっても絶対しゃべらないと約束してくれる?」
と、聞いた春樹さん。だから。うん・・そううなずいた。そして、春木さんは、大きく息を吸ってから話し始めてくれた。
「3年前の話し、俺は、大学に入ったばかりの子供だったかな。夏までもう少しの頃だったと思う。サークルの仲間と湖にキャンプに行ったんだ。そこに知美も来てた。あの時はまだ髪の長い人だった。指図がテキパキした人。って表現がぴったり当てはまるような人だった。あなたはアレしなさい。君はコレしなさいって。采配がねすごいの。でも、年上なのも、恋人がいることも噂で聞いてたから、それに存在も遠くて、俺、全然意識なんかしてなくて・・世間話くらいしかしたことがなかったかなぁ。そのときも全然話ししなかった。夜になって酒に酔ったみんなが寝静まった頃、俺が眠ってたテントの中に煙の匂いがして、俺は目を覚ましたんだ。俺ってお酒あまり飲めないから。で、テントの外に顔出したら、俺のテントの前で、あいつ一人で焚火を付けようとしてた。ものすごく苦労してた。煙ばかりもくもくたって、全然火が付かないの。仕事も指図もてきぱきこなすのに、ったく、火もつけられないでやんの、どじな女だなぁって、笑いながら見てたんだけど、あまりに煙たいし。だんだんいらいらしちゃって。俺は、火を付けに起きだした。そばに座って、ぱちぱち燃え始めた焚火に知美の横顔が赤く照らされてた、気づかれないようにそっと顔を覗いたら、泣いていたんだ。女の人の涙を見たのは生まれて初めてだった。横顔が、すごく綺麗で、涙がものすごく悲しくて・・どうかしたの? って、きざなセリフで訊ねてみたら、ゆっくりと肩にもたれてきたから。俺、どきどきしちゃって、だから、そこからなにも聞けなくなっちゃって、そしたら、聞きもしないのに、あいつは恋の話しを始めた。黙って聞いてたらね、全部過去形でしゃべってたんだ。好きだった・・愛してた、騙されてたのかな?って。もう・・詳しくは覚えてないけど、一通り話し終わってから、慰めてくれるの? 優しいんだね春樹君は。って、子供扱いな言葉でそんなことを言ってたこと思いだせるよ。だから、悲しい気持ち僕じゃ紛らわせることできないですか? って、言ったとき、結構勇気がいったなぁ。声が震えちゃって。笑われるのが恐かった。でも、あいつ、笑ったけど・・うんっじゃ慰めてくださいって、うなずいてくれたから、・・ひっょとしたら・・そんな気持ち。女の子にすっごく興味のあった年頃だったし。まだ、なにも知らなかったし、女の子の素顔、あんなにそばで見たのも初めてだったし・・だから、頭の中真っ白、なにも考えてなかったかなぁ・・下心だけで言ったと思う・・肩・・抱いてもいいですかって。もう、ふるえながら抱いてたけどね。あいつは、朝までならいいよって言った。そのまま、あいつは俺の膝を枕にして、うとうとして、俺は飽きもせずに朝まで寝顔を見つめてた。とても綺麗な寝顔、あんなに間近で女の人の寝顔をみたのも初めてだったかなぁ。髪をすいてあげて、ほっぺを撫でてあげて。でも・・胸がね・・本当に、あんなに間近で見つめたのも初めて・・だから・・上着もかけてあげたかなぁ。全部初体験。じぃっと見つめたままいたら、知らないうちに朝が来て・・回りに霧が立ちこめてた・・真っ白なしっとりした少しだけ寒い朝だったこと覚えてるよ。あの時は、寒いのは忘れてたのかなぁ。朝か・・なんて思いながら、じっと見つめたままいたら、あいつ、ぱちっと目を覚ました。おはよって言おうと思ったら、あいつ、くすくす笑って、ちゅって、俺にとって生まれて初めてのキス。ご褒美をあげるって、思い出すと恥ずかしくなりそうなキス。いきなり魂を全部ちゅぅぅぅぅっと吸い取られたように奪われて、ジタバタしてしまって。そのままもう、3年も過ぎて、知美は俺にとって掛け替えのない人になってしまったよ」
ありありと思い浮かべられる状況、魂を吸い取られるようなキスって・・言葉がストレートに映像になっているかのように思えて、でも、どうして、こんなに詳しく話してくれるのだろ。そう思った事を。
「そんなこと・・話してもいいんですか?」
と、訊ねてみた。そしたら・・。
「聞きたいって言ったのは美樹ちゃんだろ。なんでも話してあげるよ」
と、言う春樹さん。そして。
「ふううん・・そこで・・しちゃったの?」と、訊ねた事・・。
「んっ?・・何を?」
「だから・・その・・」
「えっち」
「ちがう・・キス・・そこでしちゃったの」
「うん・・そこで、キスして・・えっちも。例の本みたいに」
「・・うそ・・」
「うそだよ。ったく・・美樹さんは、そんな想像ばかりしてますね」
「・・・してませんよ」といいつつ、本当は少ししてるけど・・
「でも・・抱きたくなったのは本当。仲間が起き出さなければ、たぶん・・そのまま、気持ちを抑えきれなかったと思う。魂を抜き取られたようなキスのあと、起きて、くすくす笑いながらゆっくり離れてゆくあいつになんか・・ものすごい衝動を感じてしまって・・そうだなぁ、俺の魂を返してくれって感じで、抱き寄せて・・抱きしめて・・その・・むぎゅっと」
そういいながら、演技を始めた春樹さん。
「むぎゅって・・」なんだろ。
「こんな風に・・そしたら、ちょっと、なにするの、そんなつもりないしっておもいっきりひっぱたかれて」
「魂を返してもらったんですね・・」
「ぷぷ・・そうだな、平手打ちで突っ返されたんだなあの時・・で、俺・・何してしまったんだろって、自分がした事に気づいて・・軽率だったかなぁ・・もう嫌われただろうなぁって思ったけど・・夏休みが終わって、講義が始まってから、突然、ラブレターもらって・・ね」
「どんな?」
「・・いわなきゃ駄目か?」
「・・うん。全部話すって」
「はいはい。あいつには絶対言うなよ。バイトの娘にも。特に、由佳と美里には」
「・・うん・・たぶん」
「しかたないか・・うん・・私がほしければ、デートに誘いなさい!! って、びっくりしたよ。年上の女の人が、目も合わせずに、これ読みなさいって。かわいい封筒に、それだけ書いた小さな紙切れ。そんな下手な手紙。今でも大事に持ってる。だから、勇気を振り絞って、バイクで水族館に誘って。ずっと背中を抱きしめていたあいつのことが、欲しくてたまらない気持ちにあふれて・・あいつもそのつもりだったみたい。暗いと運転危ないでしょ、休んでいこって、水族館の脇にあった高級ホテル・・あそこは高かった。そこで、そのまま自然と結ばれて、今に至るの」
「結ばれたんですか・・自然と」それって・・そういう意味だよね・・と思うことは口にできなくて。
「うん・・あなたヘタねって言われたよ」と言いながらクスクスと笑った春樹さんに。
「ヘタなんですか・・」とくすくす笑いながら聞き返してみた。
「うん・・でも・・知美はその時、笑いながら泣いてた」
どういう意味・・
「ヘタでもいいから、私のことを愛してくださいって言いながら」
私を愛してって・・そんなこと女の子が男の子に言うのかな普通・・。確かに、そんなこと思いはするけど。
「ふううん、愛してください・・ですか・・知美さんって積極的なんですね・・」
「さぁ・・どうかな、積極的なのかな、ただ、強引なだけかもしれないし」
「ふううん」」
「参考にならないかな・・別に、ロマンチックでもドラマチックでもないだろ。いつもリードするのはあいつで、俺は言われたとおりに従うだけ。それがなんだか心地よくてね、知美と知り合えて、俺はずいぶん大人になったかなぁ。あいつの生き方、かっこいいんだ。言いたいことは言う。やりたいことはやる。したくないこと無理してするなんて馬鹿らしいし、自分の人生だけは誰にも渡したくない。俺が美樹ちゃんをほっとけないのも、あいつの影響かな。手を貸してあげたいから、こんなことをしてるし、それに・・美樹ちゃんって、3年前の俺にそっくり」
「うそ・・」
「ホント。3年前の俺も、うん、か、ううん、で、人生乗り切ろうとしてた。親や友達に言われるがままの人生だった。知美と知り合えて、ずいぶん変わった。だから、知美は俺にとって掛け替えのない人なの」
「ふううん」
「親父に言われるがままの俺だった。ワセダに行く事だけが俺の人生だった。でも、あいつと知り合えて、本当によかったと思ってる。親父は、知美と付き合う事まだ反対してるけどな」
「どうして・・?」
「人に言えない過去ってやつ」
「人に言えない?」
「それだけは許して・・ここから先のことは話したくないこと・・だから」
「・・うん・・」
「だから、俺は、家を飛び出して、あいつと暮らしてるんだよ。俺は家出してる身分なんだ」
「ふううん・・家出ですか・・」
「お袋とはたまに話してるけど、親父とは何年も話してないな」
「ふううん・・」
「そうだ・・あいつが俺に言ったこと、美樹ちゃんにも言ってあげようか?」
「なに? どんなこと?」
「うん・・迷惑だったらいつでも言って。迷惑だって。手伝って欲しいことがあったら、いつでも言って、手伝って欲しいって。俺にできることも、俺にして欲しくないことも、美樹ちゃんができることも、美樹ちゃんがして欲しくないことも、全部言いたいときに言ってくれ。聞きたい時に聞いてくれ。そんな簡単なこともできないなら、知り合えたことの意味がない」
「・・・うん・・知美さんがそう言ったんですか?」
「うん・・さぁ・・もう、寝よう。俺は眠いし、美樹ちゃんにもはやく眠って欲しいから」
「わたしは、もう少しお話していたい」
「じゃ、最後の質問を受け付けましょうか」
「最後?」
「ああ、最後だ」
「じゃ・・わたしの手を、知美さんにいつも言うセリフで握ってみて」
「いつも言うセリフって・・」
「何か言うんでしょ、おやすみとか、愛してるよ、とか」
「言わないよ・・そんなこと」
「言わなくても、何か言って優しく手を握って、手をつないだまま静かに眠りたいの」
私の好きな少女漫画みたいに・・。
「はいはい、美樹さん、手を握ってもいいですか?」
「もっと、気持ちを込めて言ってよ」
「わかりましたよ。ったく・・」
「こもってない」
「うん・・じゃぁ。気持ちを込めてみようか」
ためいき・・コチコチと時間が過ぎてゆく音が小さく響いて。そして。今夜は眠れそうになくなった。
「・・美樹、手を握っててあげる、だから、安心して、眠りなよ。おやすみのキスは、お前が寝静まってから、起こさないようにちゅっとしてあげるから」
ものすごくまじめな声。だから・・呼吸が乱れたんだ。それに・・確かめたくて。
「ホント?」
と、聞いたら春樹さんは笑っていた。
「う~そ・・」
って・・でも・・私がした期待・・ばれるのが恐くなったから・・つんっと言ってしまった。
「もう・・全然気持ちがこもってない」
「いいから早く寝ろ、明日も学校があるんだろ」
春樹さんは、腕に顔を埋めてしまった。先に眠ってしまうなんて・・。全然期待通りじゃないし。だから。
「春樹さん」
「んっ」
「ねぇ・・」
「なに・・」
「なにか眠りたくなる話しをしてください」
「羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹・・・・」
「ふんっだ・・」
「おやすみ・・・」
「春樹さん・・」
「ん~・・今度は何?」
「お料理上手なのは知美さんのせい?」
「うん・・あいつが大学卒業して、働き始めてからすぐ一緒に暮らし始めた。家賃とか、金の掛かることはあいつがしてくれるから。俺はそれ以外で、できる限りのことをしてるの」
「チキンピラフも?」
「あいつも好きだったなぁ。すぐ飽きたみたいだけど。あいつ、味にはうるさいし、カロリーにはもっとうるさい女だから、おいしいもの作ってあげたくて、チーフに教えてもらいながら、俺はそこらのコックにも負けない腕を磨いたんだよ」
「ふううん・・」
「最近の女の子はそんな男にあこがれるのか? 人に聞いたけど」
「うん・・料理が上手なのも彼氏を選ぶ基準の一つ」
「へぇぇぇ・・・他には」
「子供や動物が好きな人、夢を持ち続けられる人。おおらかな人。がいいと思う。優しい、楽しい、おもしろい、お金持ちは、もう、当たり前だから」
「・・・へぇぇぇ・・なんかハードルすげぇ高くなってるんだね・・優しいのは当たり前か・・夢のある人ですか・・お金は全然持ってませんけど」
「お金持ちになりそうな人・・かも。じゃ・・春樹さんの夢は・・」
「夢はねぇ、ロケット・・宇宙まで飛んで行ける乗り物。宇宙には一度でいいから行ってみたい。よその星にも。知ってる? 夢って見るものじゃなくて、あるものなんだって。その人が到着することずーっと待ってるって」
「夢が・・待ってるの?」
「夢は、大昔からそこで待ってくれていて、一番最初に到着した人に拾われるんだって」
「どゆこと?」
「偉大な発見も、偉大な発明も、偉大な新記録も、本当はずーっと昔からそこにあって、一番最初に到着した人に拾われることを待っているものなんだって」
「よくわからないかも・・」
「うん、宇宙に行きたいって思う気持ち、こうすれば行けるよって、そんな夢が俺を待ってくれている、もう少し歩けば、そこにたどり着けるところで俺を待ってくれているんだ。だから、俺は今歩いている。少しずつだけど。いつか、宇宙に行って、みんなの夢を全部叶えてくれる流れ星を、夢の数だけ飛ばしてみたいね、この手で、そんな夢が俺の到着を待ってくれている、もう少し歩けば、たどり着けそうだから、俺は努力しているんだよ、本を読んで、秘密を解き明かすカギを探して、見つけて・・鍵が開かないときは、また考えて。いつかそこに到着したら、俺の夢が詰まった箱をこの手で開けてみたい」
そんな春樹さんの声が耳まで届いた後、心の中で、カッコイイと思わず叫んでしまった。落ち着いたアクセントの、何も飾られていない言葉。夢を語る男の人がこんなにカッコイイなんて。
「春樹さん」
「んっ?」
「カッコイイ」
「何が?」
「今の言葉、じぃぃんってした」
「そうか? なんて言ったの? 俺」
「流れ星を俺の手でって・・・かっこいいよ、うん・・本当に・・」
「照れるよ、これは、誰の言葉だったかな? あなたが見る夢は大昔からずっとそこにあってあなたの到着を待っている。ただ、気づく人はほんの一握りしかいない。美樹ちゃんも毎日を歩きながら美樹ちゃんの到着をずっと待っている夢を探してみれば?」
「どうやって・・」
「歩き続ければ、思い出せるよ。夢が、ここだよ、早く見つけてくれって・・・子供のころはたくさん見えたでしょ、いろいろな夢、そんな美樹ちゃんが見てた夢、思い出してって・・まだ解らないかな。そのうち解る、たくさん勉強して、いろんなことを知れば、いつか夢の探し方もわかるようになるよ」
「私も、宇宙にいけるかな?」
「さぁ・・どうだろうなぁ。そのときは誘ってあげようか?」
「うん」
「美樹ちゃん、週末暇だったら、土星にでも行かないか? って」
「行きたい。絶対。そんなデートに誘ってくれる?」
「うん・・木星の方が近いかな・・帰りは火星によって火星人と記念写真撮って」
「約束してくれる。本当にそんなデートに誘ってくれるって」
「・・うん・・」
「約束してくれる?」
「・・うん・・」
そして、もう一つ「うん」とうなずいて欲しかったこと。急に思いついて、慌ててつぶやいてみた。
「デートして、知美さんの知らないところで、私のこと好きになってほしい」
と。でも。
「・・・・さぁ・・知美とは運命を感じてるし・・美樹ちゃんの事は、今でも好きだよ・・ふぁぁぁ」
「寝ちゃだめ・・・」
「・・・・うん」
「もう・・春樹さん」
「・・・・そうだよ・・うん」
そして、むねってしまった春樹さん。
「私のこと好き?」
と、耳元に訊ねたら。
「うん・・」
と、寝言で答えてくれた。
「私も好きだよ、春樹さん」
と、言ってしまった。って思っているのに。
「・・うん・・」
と、まだ、寝言で答えてくれる。
「知美さん・・が、いてもいい。私のことも愛してほしい・・愛してるって・・言って・・」
「・・・」呼吸の音、ゆっくりと上下する背中。私の声に答えてくれなくなっても、ずっと見つめていた。春樹さんの寝息だけが聞こえる。黙って見つめていた。大きな背中が上下してる。なにも考えずに。ぼぉっと見つめていた。ふと、人の気配がして、顔を向けたとき、ドアがそっと開いてお母さんが部屋を覗いた、目が合って・・お母さんはにこっと笑った。私も同じようににこと返事したら、お母さんが口許で人差し指を立てている。そして、手にしているタオルケットを春樹さんの背中にかけた。
「ったく、このくらいの気は利かせなさいよ」
と小さな声でつぶやくお母さん。春樹さんの寝顔を覗き込んでくすくすと笑った。
「ありがと」
とつぶやいてみる。
「どういたしまして、ったく。おやすみ」
「おやすみなさい」
ふぅぅ、と、安心のため息ついてから、呼吸を春樹さんの上下する背中に同調させて、目を閉じてみた。生まれて初めて、大好きな年上の男の人と、一夜を過ごしてしまった。
「またな・・模擬問題リストアップするから、中間テストの問題は持って帰る。06:03 HARUKI」
壊れたミッキーの時計の下、正確な時間まで記録した書き置きを残していた春樹さん。その時間、私の夢の途中に割り込んで、優しく髪をかき分けて、おでこにちゅっとキスしてくれた事、覚えてる。寝たふりしてるまに出て行った春樹さん、「あら・・もう帰るの?」「はい、美樹ちゃんよく眠ってる間に」「朝ご飯はいいの」「はいお邪魔しました」「ごめんなさいね、何も用意できてなくて」「いえ・・また来ますし今夜も」「そうね・・」そして、バイクの音。
あっ・・そう言えば・・知美さんの伝言、言い忘れてた・・・。まっ・・いいや。でも・・変なの作って・・毒を盛られたら・・そんな想像してお布団の中で一人でくすくす笑っていたら。お母さんが起こしに来てくれた。そぉっとドアをあけて、おおげさなため息。どうやらほっとしてるようだ。くすくすと笑い合って。
「なにもなかったの?」なんてことを聞くお母さんに。
「うん・・」
と答えた。すると。
「春樹さん、何もしないなんてね、美樹はまだまだお子様だってことなんだよ」
イヤミな一言だけはいつも通りに言った。反論できなかった自分自身にお子様なんだなという自覚をしてしまうなんて・・。でも、いいんだ。一生の思い出になりそうな二人きりの夜だったから。
また・・学校では、みんなのひそひそな声が気になった。でも・・何だろう、いつもと違う感じ。みんなの視線を背けるタイミングがかなり早い。ふふん・・鼻が高くなった気分だ。友達をなくしてしまった気がしないでもないけど、いいんだ。「はぁぁぁ・・・」
と、ため息。すがすがしい気分。でへへへへ・・うっとり・・そんな気分。先生も私を避けている。黒板の問題、また、昨日、春樹さんに教えてもらった問題だ。だから、昨日の夜を思い出して・・もっと、でれでれしてしまう。甘い一夜・・。ついつい思い出してしまう。
「はぁぁぁ・・・」
と、ため息。すがすがしい気分。でへへへへ・・うっとり・・そんな気分だ。
そして、今日も、明日も、明後日も・・・ずっと、期末テストがあればいいのに。なんて、冷静に考えると、それは、とんでもないことだと思うけど。本当に、ずっと毎日きて欲しい。まじめに勉強しはじめると、春樹さんも、私にきわどい冗談はしなくなった。それっぽく誘いをかけても、本当は、なんだか照れてるみたいだし。だから・・かわいいから。
「今日も泊まってく?」
そう聞いてみた。でも・・・。ううん・・と、首を振る春樹さん。
「二日続けると、血の雨が降るかも・・」
少しだけうんざりしている。やっぱり・・知美さんに・・。そんな想像が、私を現実の世界に連れ戻してしまう。でも・・いいんだ。そうとも思える。何もかもが、すらすら頭に入ってゆく。そして、春樹さんが作ってきてくれた、模擬問題。半分以上は楽に解ける自分に少しだけ驚いた。でも・・・
「これが解けたらワセダも夢じゃないかも・・」
それは、冗談に近い言葉だったけど。私に途方もない目標を掲示した言葉だった。
「ワセダ?・・・」
「うん・・これじゃ全然無理だけどね・・」
と、中間テストを指さして、くすくす笑う春樹さん。
「今からでも遅くないよ。これ、ワセダの入試に出たの。解けるかな?」
からかってるのかと思ったその笑顔に、なぜか、むかっとなった・・。相当真剣になってしまった。頭が熱をもちはじめるくらいに、考え込んでしまった。必死で解き始めた問題・・でも・・・。
「そこまではあってる。でも・・・これはまだ習ってないか・・・このパターン、ニュートンって人を知ってるかな? りんごの樹から落ちた時に引力をひらめいたあの人。その人が考えだしたんだ。微分法・・今習ってるだろ。連続して流れ続ける出来事の一瞬を数式化する方法」
と、ノートを走るシャープペン。教科書のページをもう少しめくるとに書いてある解き方。
「理屈が判れば簡単に解けて、早稲田。そんな目標もってもいいかもしれない。美樹ちゃんが高いところを目指して、その気になるなら、俺も、知美も手伝うよ」
と、春樹さんは言った。そして・・・。
「俺が言いたいことを言えるのも、やりたいことをやれるのも、目標があるから・・美樹ちゃんには、ある? 将来の目標・・みたいなもの・・ないならそんな目標持ってみれば・・少しはセリフも増えると思う。私はこうしたいんだって」
そう言われて、全然ないことにも気づいた、
「じゃ・・今日はこの辺で、宿題だそうか。美樹ちゃんの目標を箇条書きにして、明日提出。いいな」
うなずいた、見送って・・・。机に戻った。目標・・。
「ワセダ合格・・・」
ノートにそう、書いて・・ぶっ・・と、笑ってしまった。漢字も思い浮かばなかったから・・少しだけ、ミノホドシラズな気分。笑いが止まらなくなって・・振り返るとお母さんがいた・・。恥ずかしくなった。また、イヤミを言いそうだから、ノートは、ぱたんと閉じてみた。とりあえず、今は心にしまっておこう。
「美樹・・お風呂、入るでしょ」
「はぁ~い・・」
あれっ・・・今日はイヤミじゃない・・。階段を降りるとき、お母さんの背中に違和感を感じてしまった。
適当に書いてみた私の目標、ワセダ合格・・そりゃ無理だよ今のままじゃ・・ずけずけと鼻で笑った春樹さん。でも・・生まれてこの方、こんなに勉強したことがあっただろうか。毎日の春樹さんとのひとときは、ものすごく集中していた・・。
「テストが始まったら、夜通し付き合おうか? なんか付き合ってあげたいね、その真剣な目」
そう言ってくれた春樹さん。テストを明日に控えた日曜日、昼までに家に帰って、夜まで眠った。バイト帰りに家に来て、みんなの近況を報告してくれた。私たちのことは黙ってる・・とも言った。そして、わざわざ知美さんに言い訳して、両親を説得してまで泊まり込んでくれた春樹さん。翌日のテストを一夜漬けで、とにかく覚えられる限りを覚えてしまった。そして、配られたテストの問題。自分でも驚いたけど・・・わからない問題なんて全然なかった・・・。ほとんど無意識のうちに自動的に答えがわかるし、何のストレスもない。一度も消しゴムを使わずに、時間の半分もかからずに全部書き終わって・・シャープペンを置いて・・ふぅぅと肩の力を抜いて。思った事・・見直す気もないし・・多分、全部解けた。全問正解のはず・・・。
「本当に・・いいのかな・・こんなので」
そうつぶやいたとき、見回る担任の先生が不思議そうな顔で答案用紙を見つめていた。どことなくやましい気持ちも感じてしまう。そして・・帰ろうとした時。
「美樹・・帰りにちょっと職員室に寄ってくれないか」
と、担任の先生がみんなの前で私を名指しで呼んだときちょっとだけ恐怖を感じてしまった・・・。
「美樹・・なにか悪い事したの・・」
と、あゆみは心配してくれたけど・・私は、悪い事なんてなにもしていないはずだし・・。教室を去る先生は、不気味なほほえみを残して出て行くし・・。
「美樹・・バイトしてる事ばれたんじゃない?」
弥生がそんなこと言うから・・・ぞぉぉっとした。たしか、アルバイトは禁止・・校則にそんな文章があった気がする・・・。その予感は・・
・・的中した・・。
「先先週の日曜日だったかな? 先生のオーダーを美樹が取った事気づかなかったでしょ」
開口一番・・膝が震えてしまった・・。「えぇぇ・・」全然記憶にない。それに・・その日は確か・・春樹さんが私に・・。
「ランチタイムが過ぎた頃かな、家族で行ったんだけど、美樹だって事、はじめわからなかったけど・・店長さんに聞いたらやっぱり美樹だって言うから・・キラキラと一生懸命だったから・・あの店の店長さんも、サービスも明るくて、優しくて、料理もとびきり美味しくて、もう一度行きたくなったよ」
「そ・・そうですか・・」
でも、にこにこ話す先生はとにかく不気味だ・・それに・・バイト辞めなさいって言われたら・・。それだけは絶対いやだし・・。
「アルバイト、校則で禁止してる事は知ってるよな」
「・・はい・・」
やっぱり・・辞めろと言いそうだ。
「中間テストの成績・・覚えてるか?」
「・・はい・・」
絶対言ってほしくない。春樹さんに会えなくなるのは絶対いやだ。
「今回もあんな点数取ったら、両親にも言って辞めさせようかと思ったけど・・」
・・えっ?・・辞めろと言わなかったの? 今。
「がんばれ・・この問題を解いたのは、たぶん学年でお前だけだ。全問正解100点満点、すごいね、20分くらいで全部書き終わっていたでしょ」
と、採点の終わってる私の答案用紙・・100点? 目をごしごしこすって・・も、100点だ・・自信たっぷりだったけど・・少しだけ我が目を疑ってしまった。
「何事も一生懸命頑張ってるんだから、認めてあげるよ。でも・・誰に教わった・・これは、去年の早稲田大学の入試問題、予習してないと絶対できない問題なのに・・完璧にあってるし、名前欄を見て、息が逆流したよ。誰に教わったんだ?」
にこにこと追求する先生の眼差し・・とりあえず、バイトは認めてくれたんだ。だから。うん・・と、うなずいて・・この問題・・一緒に勉強した春樹さんとの夜を思い出して、へへへ・・と、笑った。そしたら・・・・。
「あの・・コックさんかな・・」
天が驚くほど・・大地が動くほど・・な衝撃・・。驚天動地・・とは、春樹さんと勉強した四字熟語。息が逆流した・・。
「美樹とあのコックさんがさ、いい雰囲気でおしゃべりしてるとき先生いたんだぞ。まじめな賢そうなコックさんだったな・・あの人に教えてもらったんだろ」
また・・膝がかたかたかたかた・・・。あのときの家族連れ・・本当に先生だったわけ?
「みんなには黙っていてあげるよ。集計してないけど、100点なんて学年でお前一人だけの点数だし・・アルバイトもそのコックさんのことも、先生が認める。安心しなさい。一生懸命頑張って結果を出しているんだから、否定するなんてできないよ」
・・はい・・と、声で返事したかどうかは定かではない。帰りぎわ・・
「でも・・授業中は、そのコックさんのことあまり考えてほしくないな・・あの、一人で薄気味悪く、でれでれしてる笑顔はやる気をなくすよ。あの、気味悪い笑顔、そんな理由だったんだな」
まだ・・バイトの仲間以外には誰にもばれていないのに・・よりによって・・担任の先生にばれてしまうだなんて・・。でも・・・。
「学年トップ、目指してみるか? 金メダル取れると思う、初日からこんな点数取れるなら。それと、そのコックさんに聞いてみたいね、どんな風に教えてあげたら、美樹がこんな点数とれるようになるのかなって」
きっと愛の力だと思います・・と直感が思ったことは口にはしなかったけど。
とりあえず・・現実的な目標ができた・・。ノートに書いてみた。春樹さんは、
「学年トップ・・か」
と、また、鼻でせせら笑ったから。ちょっとだけカチンとしてしまった。だからかもしれないけど、意地っぱりな気分が私をがんばらせたようだ。結構真剣にになってしまった。それに・・これは? これは? と、何をどう聞いても、春樹さんはわかりやすく何もかもに答えてくれるから・・。こんなに真剣になれたのだとも思う。日程が過ぎるごとに、目標にした学年トップ・・リアルにイメージできる予感に変わりはじめてた。そして、イメージがリアルになればなるほど無茶苦茶真剣にものすごく集中して勉強している私と、
「そこまでするのなら、最後まで全力で付き合うよ、知美もいいって」
と言い始めた春樹さん。試験問題は無意識のまま、ほとんど自動的に答えを書けて。夕方まで少し眠って。春樹さんと手作りの夕食を食べてから。朝まで無茶苦茶真剣に試験勉強。
「学年トップ、行けそうなの?」
という春樹さんの質問に。
「実感ないけど、試験問題全部答えてるし、間違っている気がしないから」
なんて答えている私。それと。
「なんか・・簡単にとか、自動的にとか、そんな感じで答えがわかるから、本当にいいのかな? って気がする」
そんなことをつぶやくと、春樹さんの答えは・・。
「じゃ、トップだな・・そんなもんだよ、真剣に取り組んだ時の結果って。アレレ・・いつの間にか一番になっちゃったって、頂点に立つ人だけが経験する不思議な現象ってやつだ」
言われてみれば・・そんな気がする。本当に何だろう、この自分自身にみなぎる自信。今、不安なことってなにも感じられない気がする。
そんな最終日前夜・・。
「・・ふぁぁぁ」
と、大きなあくびをした春樹さん。背伸びしてから涙をごしごし拭いている姿を見て、くすくす笑ってしまった。でも・・。
「今日でおわりか・・・全力出し切ったって感じだね」
と、あくびまじりに言うその一言を聞くと急に寂しくなってしまう。
「さぁってと・・」
と、勉強を始めても・・・。よく思えば・・この人・・昼間私みたいに眠っているのだろうか・・。そぉっと見つめた横顔はどことなくやつれていて・・。
「ねぇ・・春樹さん」
「んっ・・」
「疲れていませんか?」
「うん・・少しね、でも・・どうってことないよ・・」
あくび混じりに、そう言って私を安心させてくれるけど・・・。
「美樹ちゃんはなにも気にしなくていい。学年トップ。狙えそうなんだろ。最後まで気を抜かないの」
「うん・・」
でも・・この一週間・・私はずいぶんとはきはきできる女の子に変身した気がする。この間までは、こんな事聞く事も恐かったのに・・。私は。
「知美さん・・怒ってるでしょ・・血の雨、降りましたか」そんな言葉をくすくすと笑いながら言えるようになっている。
「まだ降ってないけど・・うん、怒ってるだろうな・・部屋なんかわざと散らかしてるみたい。読みもしない本を器用に天井まで積み重ねてたよ。柱が一本増えてた・・キッチンも食べてそのままだし。片づけるのは誰なんだろうな」
と、うなずく春樹さん。力なく笑ってる。そして、こんな返事に、動揺・・はするけど・・
「一週間、あいつとは何も話してないよ。帰ったら、かわいがってあげないと・・」
可愛がる・・?
「どんな風に・・・」
そんな事を聞く私自身にすこし驚いてしまった。
「美樹ちゃんに教えてもらおうかな・・女の子を喜ばせられるただ一つの行為・・ってなんだろ・・例の本で勉強しようかなぁ。借りてもいいかな? その方面春樹さんは苦手な分野だから。美樹ちゃんは、どうされたら一番うれしいの?」
ひさしぶりに・・言葉に詰まった・・。でも、空想してしまうそれって、後ろから抱きしめられて、愛してるよって言われたら、一番うれしいかな・・ごめんね・・でもいいかな。そして・・その先に起こることをイメージしてしまうと・・。
「・・つかれてるなぁ・・変な事聞くなよ、何もかも白状してしまいそう・・人間、疲れると嘘ついたり隠したりすることが面倒くさくなって、本性がどうしてもでてしまう」
そう言う春樹さん。隠すのが面倒くさい・・本性? って・・なんだろ。でも、本当に疲れていそうな横顔は、私に感謝な気持ちをあふれさせて、それに・・明日からはもうここには来てくれない事も、私の感情を駆り起たせているみたい。
「ねぇ・・春樹さん」
と、振り向き、握った手。そして・・
「なにかして欲しいこと・・あったら言ってください。私なんでもしてあげる」
はっきりと意識した瞬間。抱きしめてほしい気持ちがものすごくあふれている。抱きしめて、私を好きなようにしてほしい。生まれて初めてな気持ちだ。はっきりとそう思ってる。でも・・言った後、心臓がトクントクンとし始めて。そっとさしだそうとした唇。なのに。
「してほしいものなんて、なにもないよ・・」
と、つぶやいた春樹さん。
「美樹ちゃんの手って、暖かいね・・柔らかいし」
と、私の手を握った。そして、うっとりともてあそぶ。
「あっ・・そうだ・・」
と、春樹さん。くすっと笑って。そっと後ろから私にしがみついた。一瞬・・どきっと心臓が跳ねた。
「知美には言い訳してくれよ。俺は、やましいことなんて、なにもしてないって」
そう言いながら、首筋にじょりじょりするほっぺを沿わせて、右後ろから私にしがみついた春樹さんの大きな手が胸を・・むぎゅ・・。え・・何するの? そんな急に、ちょっと。なんてあたふたと思っていたら。大きく息を吸って、ふぅぅぅっと吐いて。
「あー駄目だ・・寝てしまいそう・・ちょっとだけ眠らせて」
と言いながら、もぞもぞ。これが、本性・・なのかな。やましいことをしながら、やましいことなんてなにもしていないだなんて。でも、
「ごめんね・・」
なんて言われたら、その手を押しのけることなんてできないし。このまま、もう少し、もっと触られていたい気分が溢れている。胸を掴んだままの手を上から握っている私。首筋に感じる春樹さんの吐息。本当に眠ってしまっている春樹さんに気付いたけど。このままでいたい気分の方が大きくて。何もできない私。
「んっ・・」と寝言を言いながら、首筋にじょりじょり感じるおひげの感触。しばらく我慢していると、力の抜けた腕、私にもたれる体重が重くなって。もぞもぞとして、ふぅぅぅと寝息を私の耳に吹きかけた春樹さん。こんなにどどきしてる私に気づいているのだろうか。絶対気づいていないな、そう思うのは。この規則正しすぎる呼吸。本当に眠っている。呼吸を同調させると、妙に気持ちが落ち着いて、そっと体勢を変えて、春樹さんの脇を支えながら、正対すると寝顔がちょうど私の胸に・・。優しく抱きしめてあげると、もそもそと、なんだか心地いいような、くすぐったいような。大好きな男の子の・・・男の人のかわいい寝顔。テスト勉強なんてどうでもいいかなという気分もする。このまま朝までいてもいいかな。そんな気分のまましばらく呼吸を合わせていると。
「あ・・寝てた・・ごめん・・大丈夫だから」
と意味不明な言葉をつぶやいて、起きて、あくびしながら背伸びして、ゆっくりと離れて行く春樹さん、余りにも普通のアクセントだから、とりあえずうなずいて、少し悲しくなって・・。でも・・、私はこんなことをすらすらと言えるようになっていた。。
「うん・・一週間・・本当にありがとう。だから、こんど・・なにかおごってあげる」
「そぉ・・うれしい。じゃ・・お言葉に甘えさせて頂きましょうか」
私の心の中。春樹さんの事、好きだと思う感情を通り越している気がしてしまう。春樹さんは言ってた。知美さんは掛け替えのない人だと。その言葉の意味がよくわかる気がしている。掛け替えのない人・・。
「私・・早稲田・・行けるかな?」
それは、心で文章を組み立てる前に言ってしまった言葉。一瞬、きょとんとした春樹さん。言った後、私は、自分が言った言葉の意味を探していた。もし・・早稲田をねらうなら、春樹さんは言ってた。「俺も知美も手伝うよ」と。あの言葉を確かめてみたくなってる。なのに、春樹さんは。
「ああ・・がんばってみろ」
としか言わなかった。手伝ってくれるって・・・言ったでしょ。そう思いながらうつむいてしまう。でも・・。しばらくして気づいてくれた。
「これから卒論を書かなきゃならない時期なんだ、だから、こんなにみっちりとはこれないけど・・。暇なときは手伝ってあげよう・・」
うれしい・・。でも・・・。
「知美にも逢わせてあげようか・・春樹さんの恋人って、どんな人だろ・・そんな興味もあるだろ。俺が無理なときはあいつに頼めばいいし」
現実に引き戻された気がした。でも・・そのこと始めて知った時とは違う。知美さんがどんな人なのか・・ものすごく知りたくなった。だから。
「・・うん・・」
うなずいて、思いつく事、すぐに訊ねてしまう。本当に私はこの一週間でずいぶん変わったようだ。
「私の事話したの? 私のことなんて言ったの? どんな風に怒られたの? 嫉妬してるの? 私にやきもち焼いてるの?」
それと。
「血の雨・・降りましたか?」
「また・・それを聞きますか・・」
「・・だって・・期待していることだし」
「血の雨を?」
「血の雨、土砂降りになってほしいです」
そうすれば、あなたが私のものになりそうな予感がするから・・。もっと優しい女の子に乗り換えるかもしれないし・・つまり、私に。
結局・・期末テスト最終日、朝までそんな話に夢中になってしまったせいか・・それなりのできばえになってしまったようだ。消しゴムを初めて使って、全然わからない問題がチラホラ。そして、テストが終わって、家に帰るとガレージにはまだオートバイが止まっていた。
「まだ・・いるの?」
と、お母さんに訊ねたら、
「朝食べた後・・少し、眠らせてくださいって・・お掃除のじゃまになるから、美樹の部屋で寝てもらってる。無理させたんでしょ。さっきのぞいたらあんたのベットにもたれてぐっすり眠ってたけど。死んでないか見てきてよ」
そぉっと部屋をのぞいたら本当に白黒の写真によく写ってる兵隊さんが死んでるような眠り方。そして・・安心しきってるような幸せそうな寝顔。あーよだれが・・もぉ、ティッシュで拭いてあげて、何しても起きないし。鼻を摘んでも、ゆすっても・・。叩いても。
「春樹さん・・・」
耳元にささやくと、ムニムニと聞き取れない寝言を言った。じっと見つめてしまう。本当に、寝顔がかわいい・・。くすくす笑ってから、ほとんど無意識のうちにしてしまったキス。ほっぺにちゅっと、でも・・ちくちくした感触。それに、それだけだと物足りない気がする、それに・・今なら。そんな期待をしてしまった。けど。でも・・と、思い留まってしまう。だけど・・。
「ホントにありがと・・・」
私の唇にちょんと当てた、右手の人差し指。春樹さんの唇にちょんと当てて・・不精髭を触りたくなって、じょりじょりしてる。くすくす笑っても春樹さんは起きなかった。春樹さんにもたれて、腕を組んで春樹さんの肩を枕にして、ずっとながめていた、春樹さんの寝顔。呼吸のタイミングを合わせると体中が融け始めた気分になって混ざり合っていくような錯覚。いつのまにか眠ってしまったみたい。目がさめたとき、そこに春樹さんはいなかったけど、夢じゃなかったこと・・枕を抱きしめて実感してみた。枕に顔をうずめて大きく息を吸うと春樹さんの匂いが残っていたから。
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