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恋はみんなに仕組まれるもの?
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相変わらず、何を話していいかなんて全然わからない。
「はい・・美樹ちゃんおまたせ、全部持てるか? 無理するなよ」
カウンター越しにそれ以外の言葉は全然交わせないまま時間だけが過ぎてゆく。雨が止んで、透き通った水滴達が木漏れ日をきらきらさせている夏までもう少し・・なのに、相変わらず進展はなにもない。日曜日、駐車場で、みゃぁと遊んでる春樹さんをぼぉぉっと眺めて。おなかをなでなでされてるみゃぁがまるで私に向かって「いいでしょ」って嘲っている錯覚・・。というか、野良猫に抱く嫉妬心、というかなんていうか。私、本当に野良猫に嫉妬してるみたい、だから。
「みゃぁはいいなぁ・・」
なんて、ぼやきごと、思っただけなのに。
「美樹・・どうしたの・・みゃぁがどうかした? なにがいいの? あの人またみゃぁと遊んでるの」
ぎょっとした・・つぶやいてしまったのだろうか・・。
「本当によく慣れてるよねぇ」
振り返ると由佳さんがにやっとしていた。その笑み・・。なにか心の中を見すかされたような直感にあわてて逃げ出す私。
「・・おはよ」
と、入ってきた春樹さんに。
「お・おはようございます・・」
と、いつも通りの挨拶をした。
「よっ、美樹ちゃんおはよっ。今日もかわいいな」
いつも通りの挨拶をしてくれる春樹さん。由佳さんはまだ、にやっと私を見つめている。誰にも知られたくないこの気持ち。誰かに打ち明ければ、今以上に悩んでしまいそうな恐い予感がずっとしている。でも、誰かに知ってほしいこの気持ち、誰かが気づいてくれたら、その誰かが手を貸してくれるのだろうか。それとも・・あの人は私とはなんの運命もない人なのかも知れない。そんなことを思いつくと、淋しい気持ちがあふれてくる。
「美樹・・どうしたの? 忙しくなるよ、今日もがんばろうね」
と、背中を押した由佳さん。うなずくと。また、にやっとした。そして。
「なんとかしてあげようか?」
声は聞こえなかったけど。そんなテレパシーを感じた気がした。
「・・えっ・・」
と、聞き返すと、
「ほら・・仕事仕事。いらっしゃいませヨーコソ・・」
と、急ぎ足、振り返りながら、また、にやっとした。もう一度・・えっ・・と思った。そそくさとお客さんを迎える由佳さん。また、横目でにやっと私を見つめた。
「私に任せなさい・・」
声は聞こえなかったけど・・また、そんなテレパシーを感じた気がした。由佳さん・・感づいたのだろうか・・。微かな期待を感じてる。でも、今は不安の方が大きい。男の人を好きになったことなんて人生初めてだし、どうしていいか全然わからないし、この喉がからからにかわいてしまう妙な気持ちだけは人に知られたくない・・とくに・・こんなに大勢の前で、「美樹って春樹さんのこと好きなんだって・・・」由佳さんそれだけは言わないで・・。できあがったお料理を取りにゆくたびに、由佳さんが何かを言ったんじゃないだろうか・・そんな恐怖が沸く。慌ただしい日曜日のアルバイト。客席とカウンター、何度も往復して、一息ついた時、由佳さんが。
「美樹・・・」と呼んだ。
カウンターには春樹さんがいる。にこにこと私を見つめてる。まさか・・本当になにかを話したのだろうか。そんな不安と・・私、何かを期待してる・・と思っているこの感情って何なんだろ。
「美樹も、だいぶ余裕出てきたよね。休憩しておいで」
なんだ・・休憩か・・。
「今日はナニにする?」と聞く春樹さんに。
「・・えっ・・」
と、思った・・。この時間、いつも通りのセリフ。そして、残念な気持ち。どうして残念と思うのか、自分自身に尋ねてみる。ふと気がついた。私は、由佳さんが春樹さんに私の気持ちを伝えてくれるかと、期待していたようだ。なのに、いつもと何も変わりない春樹さんの表情で。
「美樹ちゃん・・いつものでいいの?」
と、優しいイントネーションの言葉ににうなずいて。
「気に入ってくれたんだね・・うれしいよ」
と、続ける春樹さんにうなずいて。
「じゃぁ・・奈菜江・・美樹が休憩するから、引き継いであげて・・」
「はぁ~い」
いつもと変わらない日曜日の休憩時間。じゅーじゅーとフライパンを振る春樹さんの後ろ姿を見つめて・・。やっぱり、思いきって私から「好きです」って告白するべきだろうか・・そんなことを考え始めた。
「はい・・おまたせ・・。愛情たっぷりのチキンピラフ」
でも・・目が合うと、かぁぁっとなってしまうから。告白なんてとてもじゃないけど、できそうにない。
「いただきます・・」
と、言うにもものすごい勇気がいるくらいなのに。振り向くとちらっと視線が合う由佳さん。また、にやっとした。でも・・。
「後は任せて、ゆっくり食べておいで・・」
それは、いつもと変わらないセリフ。うなずきながら、やっぱり期待していたこと、私は、残念に思っている。このもどかしさが耐えられない・・・と思いながら。
もぐもぐと食べるチキンピラフ。食べるたびにひと味違う気がする。この前とは違うおいしさ・・。それに、だんだん量が増えているかのような・・。半分くらい食べたとき。
「ふう・・」
と、スプーンを置いてみた・・。なぜか、このごろ、このチキンピラフ、量がものすごく増えた気がする。でも・・残しちゃうと春樹さんに悪い気がしてしまうし。だから、お水を飲んでから、もう一口をもぐもぐ。その時。
「美樹ぃ~お疲れ」
と、休憩室に入ってきた由佳さん、アイスコーヒーをことんとテーブルに置いて。立ちすくんだ。なかなか座る気配がないから。
「どうかしましたか?」
と、訊ねたら。
「よく食べるねぇあんた」
って目を丸くしてる。ぎこちなくうなずいて。もぐもぐしてると。
「そんなに食べるからじゃない。最近の美樹ってちょっと肥えたよ」
「・・えっ!?・・」
もぐもぐしてた口が一気に止まってしまう、死刑宣告のような言葉。
「うそ・・」
「ホント。最初の頃はきゃしゃな感じだったのに、最近、なんかたくましくなった。ほっぺもふっくらしたみたいだし、なんか・・綺麗になった気がする」
わなわなな気持ちでほっぺを押さえて、そういえば・・最近ブラの紐がきつくなったなとも思う。言われて気づいた・・制服の脇に感じるこの圧迫感。スプーンを置いてしまった。まだ半分くらい残ってるけど、死刑宣告を受けてしまったからしかたない。春樹さんごめんなさいと、心の中でつぶやいてる。帰ったらヘルスメーターに乗ってみよう。そういえば最近ウェイトチェックしてないし。そんなことおどおど考えた。そしたら。
「なぁ~んてね、わかるわよぉ、誰か好きな人でもできたんでしょ。ここに来て、出逢ってすぐ恋に落ちて、変身してゆく女の子って多いから」
「えっ?」
「美里もそうだったかなぁ。奈菜江と真吾もそうでしょ。美里も奈菜江も初めの頃はあんな感じじゃなかったんだよ。田舎臭い女の子だったのに、今、とても綺麗でしょ」
由佳さんを見つめたまま、何の話ですか? と、どきどきしてしまった。それって、春樹さんの名前がもうすぐ出てきそうな予感・・それに・・確かに当たってると思う。春樹さんに感じてるこの感情。そぉっと気づかれないようにうつむいたのに。
「だれ? 店の中の男? お客さんにそんな人がいたとか?」
ってささやかな声で予想通りに興味津々な目付きで追求する由佳さん。急いで首を振って。
「そんなんじゃないです」
と、言ってるのに。
「誰よ。誰にも言わないから」
「違います」
「本当?」
「うん」
「言いなさいよ」
意地悪な笑みがしつこいから、いっちゃおうかな・・と、思ったけど。・・は・・まで喉に出かかった瞬間。
「由佳。キゥイ斬ってくれって言ってたろ。そのキゥイはどこにあるんだ?」
と、休憩室に飛び込んできた春樹さんにひぃぃっく・・と、ものすごいしゃっくりが出た。
「うん・・2番のカウンターに出してる、とりあえず3つでいい」
「はいはい」
喉から飛び出た心臓を手で押し込みながら、あわてて顔を背けてしまった。そして、そぉっと顔を上げたらまだそこにいた春樹さん。
「あれ・・美樹ちゃん、そんなに残しちゃうの?」
「えっ・・??」
心臓が、もっと、どきどきどきどき・・。
「好きそうだから、たくさん作ったけど・・多すぎた?」
「えっ・・ううん」
「べつに多すぎたらのなら、残してもいいよ、怒ったりしないし、スプーンもそこに置いてて。後で俺が食べるから」
「えっ・・?・・うん」
そんなやり取り。冗談が混じってることを理解するのに一瞬の躊躇。
「あっ・・でも、それって、間接ちゅぅになっちゃうのかな? わくわく、残して置いてよ、スプーンも、ご飯粒きれぇーになめた、美樹ちゃんの唾ついてるやつ」
だなんて、スプーンをなめてる演技でべろっと唇をなめがら、いやらしそうな笑みを浮かべた春樹さん。
「ちょっと春樹。なに言ってんの」
と、由佳さんが言うまで意味がわからなかった。でも、意味がわかった瞬間。ぎょっとして、スプーンを見つめてしまった。由佳さんは私と春樹さんをきょろきょろ見つめながら観察してる。耳がじんじんしはじめて。
「ホントに残してもいいから、気にするな。・・・そんなことしないよ。冗談だよ。俺はマトモだ」
と、苦そうな顔で出てゆく春樹さん。うつむいたままちらちらと見送ると。由佳さんはふふぅぅんってものすごくわざとらしい笑いかた。だから。
「・・・・」
もっとうつむいてしまった。
「美樹って、春樹のこと好っきなぁんだ?」
って変なリズムで聞く由佳さん。引き吊ってる顔を意識しながら・・ううん・・って小さく首を振って嘘ついてしまう。まだどきどきしてる。なんでそんなこと興味深く聞くんだろ。そんなことを考え始めてる。チキンピラフ、そぉっとまた食べはじめてしまう。逃げ出したい気分。でも。
「美樹って本当にかわいいよねぇ。今時こんなに純情なんだ」
と、言う由佳さん。心の中ばれてしまったかと、もっとおどおどしたけど。
「からかっただけだよ。本当に最近の美樹って肥えたみたいだし。そんなに食べちゃうともっと肥えちゃうよ。ホントに、どうなっても知らないからね」
と、その一言、それ以上に、春樹さんのこと、話題に出されると、だから、ひたすら別の話題を探すけど、他の話題なんて見つかるわけない。由佳さんの視線が、物凄く怖い気がする。でも、由佳さんにこの気持ち打ち明けたらどうなるだろうか? もぐもぐしながら考えてると、いつのまにかチキンピラフはなくなっていた。
「ねぇ~美樹ぃ~・・本当に春樹のこと好きなのぉ?」
と、ずっと私を見ていた由佳さんの、しつこくつぶやく声がもう一度聞こえたとき、私は必死で首を振ってしまった。ただ、男の人を好きになることが恐い気持ちがあるし、それが人にばれてしまうことはもっと恐いから。
でも、
「うししっ」
と、意味深な笑みを浮かべて私を観察している由佳さん。そのままカラになったグラスを持って、休憩室を出て行った。ほっとしてるのか、ピンチを感じているのか解らない私。
「ごちそうさま」
と春樹さんにつぶやいて。
「なんだ全部食べちゃったの?」
と聞く春樹さんに、へへへと笑う。そして、視界の片隅に見つけた由佳さんを意識したせいかそのまま、なにも喋らずに表に出ることにした。そして、なにも喋らないまま、また一日が終わってしまった。次に、春樹さんに会えるのは1週間後。家に帰ってベットでごろごろして、学校にいってだらだらと勉強する。そして、平日のバイトはいつもどおりに働いて。なんの変化もない不完全燃焼な毎日。ため息ばかりをはいて、週末を待って、そして、どことなく相変わらずな春樹さんとの一時がやってきそうな悲しい予感。どうすれば彼とお話できるだろうか。そんなことばかりを考えていると、いつのまにか寝不足なままの土曜日がまた訪れたようだ。
春樹さんのオートバイの隣に自転車を止めて、みゃぁに「おはよ」と挨拶する。春樹さんに
「おはようございます」
と挨拶して、「おはよ」と言い返す春樹さんを少しの間だけみつめてみる。
「どうかしましたか?」
といわれるまで、いつもどおりに記憶が飛んで。慌てて更衣室に走り出す私。そして、相変わらずなまま時間だけが過ぎて。いつもどおりに奈菜恵さんと慎吾さんに送ってもらって。
こんな、なんの変化もない毎日があれから何回過ぎたのだろう。
いつのまにか蝉がじゃうじゃうと鳴き始めている。そんなことに気づいた日。
「それじゃ期末テストの日程配るから」
と紙を配り始めた先生。もうそんな季節なんだなとふと我に帰った。いつのまにか時間だけが過ぎている。まるでタイムスリップしたような錯覚。そして。
「ちゃんと勉強してるの、今度もあんな成績だったら・・・」
「解ってるわよ」
もやもやな気持ちが、お母さんにそんな乱暴な返事をさせて。
でも、ぱらぱらと教科書とテストの日程表を見比べて。いつの間にこんなところまで進んだのだろうかと思った。全くのチンプンカンプン。それに。
「約束、忘れたわけじゃないでしょうね?」
と怖い顔でしつこく聞くお母さん。
「約束?」
と聞き返すと、あの日がまるで昨日のように思えた。そういえば、期末テストは10番以内の点数とるんだっけ。そんな約束したなぁと思い出した。でも、これじゃ成績、10番以内なんて絶対不可能だなとも思った。教科書はまっさらノートも真っ白。
そんなことを考えていた平日のバイト。
「どうしたの? 何か悩み事?」
と聞いてくれたのは、相変わらずの由佳さん。
「ううん・・・」
と返事したら。
「ところで、期末テストそろそろじゃないの?」
「うん」
「大丈夫なの?」
「・・・」全然大丈夫じゃない。なんて言えないし。
「バイト休んでいいから、ちゃんと勉強しなさいよ、美樹ってまだアルバイトより勉強の方が大事な高校生なんだし」
「うん」
休んだからといっていい点数とれる訳じゃないし。アルバイトというより、春樹さんが何より大事で・・。勉強なんてどうでもいい気もするし・・。
「私達も力になりたいけど、ここにいる娘達で勉強できる娘いないしねぇ~」
解ってますよ。と思ってしまうから、ため息がますます重くなる。
本当にどうしようかと思う。はぁぁぁ。とため息をはいたその時。
「あっ・・・そうだ」
と相槌を打った由佳さん。にやっとして。うふふと笑って。
「そうだよ、あいつがいるじゃん」
と言った。
「あいつ?」
と聞くと。
「そう、あーいーつ。うしししし」
と物凄く意味ありげな顔で笑って。「いらっしゃいませぇよーこそ」とお客さんに走りよった由佳さん。結局、。そのあいつが誰なのか解らないまま、何の進展もないままに、また、時間だけが過ぎてしまったようだ。
家に帰って、机に向かっても、ぜんぜん勉強なんかできない。由香さんが言っていた「あいつ」も全然期待感がないし。そのあいつが春樹さんなら・・そんな期待感がすこしだけあるような気がするけど・・そんなことを考えても、なぜか現実的じゃない気がする。春樹さんがあいつなら、由佳さんは絶対 「春樹がいるじゃん」 というはずだし。春樹さんって勉強できるのかなぁとも思う。あいつかぁ、まさか、店長じゃないよね・・・。
「美樹、勉強してるの?」
というお母さんのしつこい顔が日に日に嫌味に見えてくる。そして、ふと頭の中に空白ができると。春樹さんの顔が浮かんで、そして、物凄くリアルに思い描ける、春樹さんとの別れ。それだけはいやだ。とシャープペンをカチカチさせても・・・・。
「だめだ・・・全然解らないよ・・・」
そうつぶやいてしまう。そして、クスンと涙が一粒。あんな約束するんじゃなかった。
そしてまた、いつのまにか時間だけが過ぎて行く。気分がますます重くなって。いつのまにか、最後の週末。そう、多分、春樹さんと共有する時間もこれで最後になるんだろうな。そんな予感をひしひしと感じる土曜日がやってきてしまった。
「今日と明日で最後か」
とつぶやいて、店に入った。最後なら、思い切って、春樹さんに告白とかしてしまおうかなと思う。でも、結局。
「おはようございます」
「おっ、おっはよ。今日もかわいいな」
といつもどおりの春樹さん。それ以外の会話は全くできないまま、無茶苦茶忙しい時間が過ぎて。
「美樹、期末テストがんばるんだぞ」
なんて、無責任なセリフで励ましてくれる奈菜恵さんに愛想笑いして、大きなため息。
由佳さんが春樹さんと何かしら、ぺちゃくちゃと話している。いいなぁと思ってしまう。春樹さんと目があったけど、春樹さんは、ほんの少し首をかしげて優しく微笑んでくれただけ。
「はぁぁぁぁぁ」とため息ばかりだ。やっぱり、思い切って告白してしまおうかと思ってしまう。「好きです、愛しています、結婚してください」と告白して、パーンパーカパーンと結ばれて、期末テストのことなんて忘れて、遠い世界に二人で旅行とか。そのまま遠い世界で二人で暮らして。おじいちゃんおはぁちゃんになるまで二人は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。そんな妄想の世界に逃げてしまいたい気持ちがあふれて、これって現実逃避っていうのかな? ちらちらと、春樹さんを見つめて、目が合うと、膨らみかけてた勇気がはじけて、まるで、地に付いている足が石になってしまっているかのようだ。そして、もう一度キッチンにチラッと顔を向けたとき。カウンターを拭いている由佳さんがくすっと笑った。そして、私を手招きして、布巾を指差して、ウインクして。
「いらっしゃいませようこそ」
とお客さんに歩み寄った。えっ? と思った。それは、私にカウンターを拭いといてと言う意味なのだろうか? なんとなくそんな気がした。おそるおそる歩み寄ってカウンターを拭き始めると。春樹さんはお料理を作り始めている。でも、はっとひらめいたこと。これってものすごくナチュラルなシチュエーション。春樹さんの目の前で、わざとらしく視線を背けて、うろちょろ、うろちょろ、そうすれば、春樹さんは私に話しかけてくれるかも知れない。別に、愛を告白しなきゃならないわけではない。ただ、春樹さんの言葉に答えれば、少しはおしゃべりできる仲になれそうだし。とにかく、なんでもいいからお話したい。3往復くらいしたときだ・・。春樹さんはお料理を盛り付けて。チェックして。オーダーを確かめて。カウンターにあげながら。
「美樹ちゃん・・」
と話し掛けてくれた。「きたーっ」て思ったら心臓が飛び出しそうなくらいどきどきし始めた。
「退屈そうだね・・」
本当に話しかけてくれた。カウンターを拭く手を止めて。
「・・うん・・ちょっと」
と、うなずく。じっと見上げると、春樹さんが話しかけてくれる。待ちに待ったこの瞬間。なのに、私から話したい言葉なんてなにも思いつかないし。
「美樹ちゃんって、高校生だったの? ひょっとして、17才?」
と、できあがったばかりの次のパスタにスパイスをまぶして、カウンターにあげながらつぶやいた春樹さん。
「うん・・」
と、うなずくと。しげしげと私を見つめて。
「だから、こんなにかわいいんだな。納得。女の子が人生で一番輝く17歳・・かぁ~。17歳ねぇ。ふぅぅん」
と、しげしげと舐めるように私の上から下まで観察する目つきで意味有りなことを言う。だから・・と言う一言が妙に心に引っかかった。意味を探ろうと言葉を探したけど。見つからない・・。もっと、もっと、私のことを聞いてほしい気分もする。そのとき。
「4番でぇす。ありがと」
と、美里さんがパスタを取りに来た。オーダーチェックをしてる美里さんと、ちらっと視線が合ったとき、美里さんはくすっと笑った。なんですか?・・今の微笑みは? そう思っていると。
「期末テストなんだって?」
と、訊ねた春樹さん。振り返ると、その表情、少し残念そう。もう会えなくなる事、残念に思ってくれている事、予感させてくれるから、どことなく淋しい気持ちがこみ上げた。
「うん・・」
と、もじもじうなずくと。
「由佳に聞いたよ。来週の土日は休んで勉強なんでしょ。それじゃ2週間も美樹ちゃんに会えないんだなぁ。そのかわいい顔を見れなくなるって思うと寂しくなっちゃうね」
それは、予感した通り・・本当にうれしすぎる一言。春樹さんのとがってる唇。本当に寂しそうな表情。だから、ひょっとして、春樹さんと私、本当に脈があるんじゃないだろうか・・。そんなわくわくな期待をしてしまった。そのとき。
「美樹、今暇だし・・休憩する?」
と、言ってくれる由佳さん。
「あっ・・はぁ~い」
そう返事すると。キッチンのチーフも。
「おい、春樹、飯食ってこいよ」
って言いながら、流し目で私を見つめた。その、チーフの意味深なウィンク・・。じゃない、ゆがめた顔。ぴんっ! と直感したこと・・。由佳さん・・ひょっとして、なにかをばらしたんじゃないだろうか? そんな微かな不安を一瞬感じてしまった。いや・・期待かも・・。もやもやと変な感情が湧き上がってくる。
「じゃっ、食うか。美樹ちゃんは、いつもの?」
にこにこと言う春樹さんに、もやもやな想像はかき消えてしまった。
「う・・うん。いつもの・・あっ・・いつもの半分くらいでいいです」
「あいよ。半分か。そういえば、美樹ちゃんって、最近まるぅくなったよね」
「えっ・・・?」
「きゃしゃな、ペッタンコな感じの女の子だったのに。最近ぷくぷくとオンナっぽくなったみたい。あちこちぷくぷく膨らんだんじゃない? 最近・・妙に色っぽくなったみたいだし。彼氏でも・・できたのかなぁ~?」
その、私をからかってる一言に返す言葉が詰まってしまった。ちらっと横を見ると、意味もなく、その辺を拭き掃除してる由佳さんが、くすくす笑っていた。
「にぶいやつだねぇ」
そんな、ささやきもどこからともなく聞こえた。そっと回りをきょろきょろしたら、さっと視線を背けたみんな。うつむくと、みんなの視線が背中に刺さってる痛みも感じる。絶対由佳さんが、なにかをばらしたんだ。そんな気がした。変な笑い方で私をちらちら見つめている由佳さん。まさか・・春樹さんにも変なこと言ったんじゃないだろうか? そんな気がして、そぉっと春樹さんを見ると、知らん顔で、フライパンをジュージューとふるっている。その知らん顔も、なんだかわざとらしく見えてしまうから・・不安な気持ちで、春樹さんをもっと見つめてしまった。そうしていると、あっと言う間にできあがったチキンピラフ。唐突に目が合う春樹さん。カウンターに上げながら、
「あいよ! お待ち」
って・・あわてて視線を反らせたのに、春樹さんは、みんなにも聞こえそうな声で言った・・。
「じゃっ、二人で分け合って食べようか。仲むずまじくぅ~」
予想外の展開だ・・。ただ、おしゃべりしたかっただけだったのに、頭の中パニックになり始める春樹さんの一言。なかむずまじくぅって、どゆ意味? うなずこうとしたら、ぷぷって笑う由佳さん。背中からも、ぷぷって笑い声が聞こえた。ぎょっとしてしまった。振り返るのがむちゃくちゃ恐い。でも・・。
「じゃっ、もってくから。美樹ちゃん、水頼むよ。おいしいのを」
カウンターの外を見向きもしないで、いそいそと裏に行ってしまう春樹さん。お水をくもうと必死な気持ちで振り向いたら。みんなのいやらしい視線がにやにやしてた。だから、由佳さんをぎぃっと睨んでしまう。
「なにか・・言ったんでしょ・・由佳さん」
そうつぶやいたけど。
「なにも」
さめた返事の由佳さんが首を振ってる。急に恐くなって、きょろきょろしたら・・。
「わかるわよ、それくらい。美樹を見てると。ねぇ」
美里さんが言う。はっと振り返ると。奈菜江さんまでもが背後から。
「ねぇ、だって、ずぅっとらぶらぶな目で春樹さんを見てるんだもん、最近の美樹って。ねぇ~」
「ねぇ、美樹が春樹さんを見てるときって、目から光線でてるよねー。びぃぃぃぃって、ねぇ」
「ねぇ、出てる出てる、ウルトラマンみたいに、びぃぃぃって、こないだなんて光線に当たっちゃってやけどしちゃったしぃ~、ねぇ」
私・・そんなの絶対出してない。それに、いつまで、ねぇ、ねぇ、ってしりとりが続くのよ・・。
「ねぇ~。あの目つきって、絶対、春樹さん、あなたをお慕い申しております・・って感じだもん。あこがれと哀しみが隠ってるうっとりな視線。もぉばればれだよ、ばればれ、ねぇ」
「ねぇ~。いいのよ。この中には春樹さんをねらってる娘、いないから、ねぇ」
「そうそう、だから、安心して、思う存分、召し上がってくださいな」
なんてとんでもないこと・・キッチンではチーフまでもがにやにやしてる。わなわなな気持ちが脚をかたかたさせた。グラスに水を注いでくれる奈菜江さん。
「はいよっ、応援してあげるから。邪魔なんて絶対しないから、二人っきりで、がんばってきなさい。でも、変な声、出しちゃ駄目だぞぉ。いゃぁん、とか。あぁ~ん、とか。いちゃいちゃするなら静かにね」
なんて途方もない一言を言いながら、人差し指を立ててしぃぃってする。でも・・。
「春樹って肩揉むのとてもうまいから、揉んでもらえば」と、言う由佳さん。
「あれって・・絶対声がでちゃうよねぇ」と、美里さん。
「でちゃうでちゃう・・。いっちゃいそうになるよ・・」と、優子さん。いっちゃうって・・そして。
「美樹はまだ揉んでもらったことないの? 病みつきになっちゃうよ・・もう・・好きにしてぇ~な気分になっちゃうからさ、揉んでもらいなよ」と奈菜恵さん。
「揉んでって言えば気軽に揉んでくれるから」
「今度は違うとこ揉んでもらおうかなぁ・・」
「違うとこって・・」
「やっぱ、ふくらはぎとか、ふとももとか・・腰とか。机に寝そべってさ・・エステな気分で・・」
「そだねぇ、くるしゅーないくるしゅーないって感じで」
「マッサージだけでいいから、春樹さんをしもべのように・・はべらせたいね」
「だけじゃないでしょぉ~」
「ちがう。だけよ。マッサージだけ。でも・・・」
「でも?」
「いいかも、春樹さんの手つきって」
「全然いやらしくないしねぇ~」
「なんっか、触られたいぃ~って感じ・・するねぇ」
確かに触られてみたい気もする。
「するする。ベットに寝そべって、全身くまなくもみもみ・・」
それはなんの違和感もなく想像できる.
「きゃぁぁ、でも想像するとイヤラシーかも。でも・・それっていいかもしれない・・」
春樹さんにあちこちもみもみされている自分自身を想像していると・・。みゃぁのようにおなかをナデナデしてもらっている私が思い浮かんで。
「春樹さんって絶対その手の才能があるよねぇ~」
「あるある。でも、どうしてあんなにうまいんだろ」
そんなにうまいの? そう考えると、気持ちがもっと ぽぉぉっ となって・・。
「毎日トレーニングしてたりして・・」
「誰とぉ?」
「・・・いるのかな・・彼女・・」
「しぃぃ・・美樹に聞こえるよ・・ほら・・美樹、もう放心状態・・」
「想像でいっちゃってる?・・」
「やだぁ・・美樹・・まだ早いでしょ、ほら・・揉んでもらいなさいよ。そんなうっとりな顔、揉んでもらってからにしなさい」
春樹さんに肩を揉んでもらっていることを想像してたら本当に魂が抜け出してゆく気がした。でも、冷静に考えるとこの人達は休憩時間中、そんなことしてるのだろうか? そんな信じられない錯覚まで感じてしまう。血の気までもがどっと引いた。立ち眩みもする。気絶してしまいそう。意識がモーローとしてる。みんながけたけた笑ってる声が遠くに聞こえて・・でも・・肩・・揉んでもらおうか・・想像する前に。いゃぁん、とか・・あぁ~ん、と、もみもみされて悶えてる私が映像で現れて、そんなふしだらな私自身になんだか変な気分になってしまった。グラスを受け取ろうとした手がカクカクしてる。そのとき。
「由佳。箸ない・・箸」
と、目の前に飛び出してきた春樹さん。ひっ!!・・と飲み込んだ息。心臓が破裂したかと思った。
「あっ、はぁ~い」
「んっ・・どうかしたの? またなにか悪いこと企んでる?」
と、きょろきょろする春樹さんから、必死で視線を反らせる私。そんな私を意味深に見つめる由佳さん。
「ううん、べつにぃ。何でもないよねぇ~、美樹」
と私に言ってから。
「はい、お箸」
と、お箸を春樹さんに渡してる。
「ありがと、じゃっ・・美樹ちゃん。食べよおよ。二人っきりの密室で」
と、また、変なことをつぶやいて、そそくさと裏に行ってしまう春樹さん。「ぷぷっ・・密室だって・・」と、声が聞こえた。本当に・・二人っきりになるのだろうか? 鼓動を鎮めようとおろおろしてると、背中を押す美里さん。そして、奈菜江さんのにやにやしてる顔。震えたままの足どりで裏に向かおうとしたら。
「もし、変なとこ触られても、泣いちゃ駄目だぞぉ」
と奈菜江さん。変なとこって? アソコ?
「でも、おっぱいくらい触らせてあげれば」
と優子さん。それはある人だから言えるんでしょ。
「男なんて、みんなそれでイチコロよねぇ」
と美里さん。そうやってカレシ作ってるんですか?
そんなことを言って、ケタケタ笑ってるみんな。その瞬間に気づいたのは、おもいっきり歪んでいそうな私の顔。途中、そぉっと洗面所の鏡を見たら、本当に今にも泣き出しそうな顔をしていた。
ただ、おしゃべりしたかっただけなのに・・。こんな展開になるだなんて・・。もっとはやくそうすればよかった・・。でも・・休憩室に向かう足どり・・。おっぱいくらい触らせてあげれてる私が頭の中で・・あぁ~んな声をだしてるし・・。おっぱいとは言わなくても、肩・・揉んでもらおうかなぁ・・。そしてそのまま・・ごく自然に神様に導かれて・・二人は結ばれ・・ぎょっ・・私・・何を期待してんのよ・・。こんな想像は体によくない。でも・・今は・・とりあえず・・。どうしていいかわからない。
そぉっと、震えるグラスをテーブルに置いて。そぉっと椅子を出してみる。でも、私を無視したまま、本を片手にもくもくと食べている春樹さん。あんな冗談を言ったから、一つのお皿にチキンピラフを盛ってるかとどきどき思っていたのに。とりあえず、分けてくれていた。
「いただきます・・」
は、おそるおそる言った。ぱくっと一口食べると春樹さんが「おいしい?」と訊ねてくれそうな期待があったから、「うん・・」とおもいっきりかわいくうなずこうと、心の準備はしていた。でも・・。二口食べても彼は何も言わない。三口めで顔をそぉっと上げてみた。そしたら、春樹さん、まだ、難しそうな本を片手にもぐもぐしている。じっと見つめていることに気づいてくれるまで、少しの時間がかかった。でも、気づいてくれたけど。
「んっ?」
って顔をした春樹さん。あわててうつむいたら、また、知らん顔して本に夢中になってる。そんな春樹さんに視線を向けると、電話帳より分厚い本の題名が目に付いた。
「徹底解説・最新・無酸素空間飛翔体化学燃料反応熱力噴射推進機関・基礎・応用・実例」
と、漢字だらけで長々と題名が書かれている本・・一瞬、中国語でも勉強してるのかと思ってしまった。どう読むかは全然解らなかった。でも、春樹さんの、すごく険しい真剣な表情。ため息混じりにページをめくる春樹さん。さっきまでヘンテコな期待に震えてたことなんて忘れてしまう。それに、私を無視してるから、ぷんぷんと、ものすごくいたずらな気持ちが私をつき動かした。そぉっと春樹さんのグラスをずらしたら、グラスを探してる春樹さんの手。むちゃくちゃおかしい。くすくす笑ったら、本の角から顔を覗かせた春樹さん。グラスをもって、一口。とんっとテーブルに置くグラスをまたずらしたら、また、同じように手があっちこっちと探してる。うつむいたまま、また、くすくす笑ってしまう。ひょっとしたら・・そんな気持ちでチキンピラフのお皿をそぉっとずらしたら、お皿を探してるお箸。うろうろした後、消しゴムをつつき始めるから。
「春樹さん・・それ・・」
「んっ・・・」
不思議そうな顔でお箸の消しゴムを見つめている春樹さん。私のいたずらには全然気づかないから、なんだか申し訳ない気持ちがし。それに・・この人、そんなお箸をグラスの水ですすぐだけで、まだ使おうとしてる。だから、急いで私のチキンピラフをかき込んだ後、ご飯粒一つ残らず丁寧になめたスプーン。ほとんどその場の勢いで、何も考えずに。
「これ・・使いますか?」と、渡してしまった。
「あぁ、ありがと」
と、無関心な仕草で春樹さんは受け取ったけど、お箸をグラスに差したまま。全然気にもしないでスプーンをくわえた春樹さん。スプーンをくわえたまま、また、本に夢中になってる。そして、私が今、何をしてしまったのか、気づいた私は、ぎょっとしてしまった。
「んっ・・・」
と、顔をしかませて言う春樹さん。
「これって・・・美樹ちゃんの味がする」
だなんて、目を剥いてしまいそうな言葉をつぶやいて・・。そして、私にようやく振り向いてくれた。でも、スプーンをくわえたままの春樹さん。まさか・・間接だけど・・これって・・キス? それも、ものすごくディープな・・。でも、そんなことより・・私の味って・・どんな味なんだろう。わなわなとうつむいたら。
「・・・・」
って、スプーンを置いて、少しだけ考えて。
「まぁ、いいか」
と、また、無関心な顔で、私の味がするスプーンでぱくぱく食べ始めてる。黙ったまま食べるのを見つめていた。そして。
「おいしいですか?」
と、おそるおそる訊ねたのは私の方。
「ああ、おいしいよ」
と、そっけなく他人事の返事でうなずいたのは春樹さん。そして、どうしても聞きたくなったのは・・。
「私の味って・・どんな味なんですか?」
震える声で訊ねてしまった。間接だけど、キスだなんて名の付く行為も生まれて始めてだから。それが、レモンの味だとかなんだとか・・そんなことも、少女マンガから知識として得ていた。でも・・。本の向こうから。
「うん・・化粧品の味・・リップスティックかな、DHCでしょ? それ」
と、あっけなく言った春樹さん。それが現実だということも生まれて始めて知ってしまった。少しの幻滅。確かにDHCを薄く塗っていたから。それに・・どうしてそんな味を知っているのか。そんなことも考えてしまう。やっぱり・・恋人がいるのかなぁ。女の子の唇をなめたことがあるからリップスティックの味がわかるのかもしれない。そんな直感がしたら、なんだか淋しい気持ちも感じてしまうし。でも。食べ終わった春樹さん。パタンと本を閉じて。ふぅ、って言う。そして、前置きなしで。唐突に・・。
「・・そうそう。美樹ちゃんって、期末テストの成績が悪くなるとバイトを辞めなきゃならないって、由佳が言ってたけど。本当なの? 俺にできること、なにかないかな?」
それは、一瞬、何が起こったのかわからなくなる、頭の中が空白になってしまう一言。
「勉強も、わからないことあるんだったら教えてあげられると思うけど、一応、俺、ちゃんとまじめに勉強してる大学生だし」
それは、ようやく何が起こったのか、だんだんわかりはじめて、じわじわとうれしくなり始めた一言。。
「それに、俺、とりあえず何でも知ってる科学者だから。美樹ちゃん・・辞めてほしくないし」
勉強教えてくれるの・・・。それも、春樹さんが? うれしい涙が一粒だけ、こぼれそうになった一言。
「こんな家庭教師、どぉ? 優秀だよ。ほしくない?」
と、にこにこな自分の顔を指さす春樹さん。それは、大きく首を振ってしまう一言。私はぶんぶんと首を振って。「ううん・・」
と、言ってしまった。そして・・。
「欲しい?」
と、訊ねた春樹さんに。
「うん・・」
と、うなずいてしまった私。
「じゃっ、手取り足取り、教えてあげましょうか」
にこにこしてる春樹さん。それは、はっと我に帰って、変な想像してしまった一言。指先で5mm程の幅を作る春樹さん。
「これっくらいの下心はあるれど、美樹ちゃんって、見てて、ほっとけないし・・わからないことあったら、何でも聞いてよ」
「うん・・」
ものすごくうれしい気分がする。けど。それ以上な不安・・・がようやく押し寄せた。そんな不安を。
「私の部屋に・・・その」
と、表現したけど・・春樹さんはおかまいなしだ。
「別に、どこでも。図書館とかでもいいし・・ここはまずいかな、集中できないでしょ。でも、平日の学校が終わってからだから・・美樹ちゃんの部屋に招待してくれる? 美樹ちゃんちに行くよ。別に夜遅くなってもかまわないし。美樹ちゃんの為だから」
どうしよう・・急いでかたづけなきゃ。さっきとは別の、ものすごい不安が再び押し寄せた。でも・・春樹さんが私の部屋に・・夜遅くまで・・・。変な想像が混じったものすごい期待を感じてしまう。ひょっとしたら・・な、予感に、わくわく。顔がにやけて・・
「でも・・一応。両親にはこう言っておいて。名前以外の自己紹介したことなかったろ。俺の肩書きはワセダのリガクブ。カタヤマハルキ。22才。ロケット工学を専攻してる。バイト先のチーフの親戚の息子。いい?」
にやけた顔でうなずいた後、ぎょっとしてしまった。・・ワセダ?・・今・・ワセダって言ったよね・・ワセダ? なんて生まれて始めて見る生物だ。本当に・・春樹さん・・ワセダ? って・・どこか外国の名前のような錯覚。本当に・・ワセダ? なの? 頭の中で。ワセダ・・が何度もこだましてる。そうなんだ・・ポワァ~ンな気持ちが私をうっとりさせている。大発見な気分がしてしまう彼のそんな一面。そして、にこにこしてから、また、難しそうな本を読み始めた春樹さん。その題名がようやく読めた。「徹底解説・最新・無酸素空間飛翔体化学燃料反応熱力噴射推進機関・基礎・応用・実例」と、書かれていた。この中国語は「ロケット」と読むんだ・・・中国語ってのは面倒くさいものなんだなぁ。しみじみと思った。それは、わかったような気がしただけかもしれないけど。
こんな展開になるだなんて、もっとはやくカウンターをうろちょろと拭けばよかった・・。でも、なにか腑に落ちないこと。私、今日、何かを物凄く悩んでいたきがする。何を悩んでいたんだっけ・・・。思い出せない。
「はい・・美樹ちゃんおまたせ、全部持てるか? 無理するなよ」
カウンター越しにそれ以外の言葉は全然交わせないまま時間だけが過ぎてゆく。雨が止んで、透き通った水滴達が木漏れ日をきらきらさせている夏までもう少し・・なのに、相変わらず進展はなにもない。日曜日、駐車場で、みゃぁと遊んでる春樹さんをぼぉぉっと眺めて。おなかをなでなでされてるみゃぁがまるで私に向かって「いいでしょ」って嘲っている錯覚・・。というか、野良猫に抱く嫉妬心、というかなんていうか。私、本当に野良猫に嫉妬してるみたい、だから。
「みゃぁはいいなぁ・・」
なんて、ぼやきごと、思っただけなのに。
「美樹・・どうしたの・・みゃぁがどうかした? なにがいいの? あの人またみゃぁと遊んでるの」
ぎょっとした・・つぶやいてしまったのだろうか・・。
「本当によく慣れてるよねぇ」
振り返ると由佳さんがにやっとしていた。その笑み・・。なにか心の中を見すかされたような直感にあわてて逃げ出す私。
「・・おはよ」
と、入ってきた春樹さんに。
「お・おはようございます・・」
と、いつも通りの挨拶をした。
「よっ、美樹ちゃんおはよっ。今日もかわいいな」
いつも通りの挨拶をしてくれる春樹さん。由佳さんはまだ、にやっと私を見つめている。誰にも知られたくないこの気持ち。誰かに打ち明ければ、今以上に悩んでしまいそうな恐い予感がずっとしている。でも、誰かに知ってほしいこの気持ち、誰かが気づいてくれたら、その誰かが手を貸してくれるのだろうか。それとも・・あの人は私とはなんの運命もない人なのかも知れない。そんなことを思いつくと、淋しい気持ちがあふれてくる。
「美樹・・どうしたの? 忙しくなるよ、今日もがんばろうね」
と、背中を押した由佳さん。うなずくと。また、にやっとした。そして。
「なんとかしてあげようか?」
声は聞こえなかったけど。そんなテレパシーを感じた気がした。
「・・えっ・・」
と、聞き返すと、
「ほら・・仕事仕事。いらっしゃいませヨーコソ・・」
と、急ぎ足、振り返りながら、また、にやっとした。もう一度・・えっ・・と思った。そそくさとお客さんを迎える由佳さん。また、横目でにやっと私を見つめた。
「私に任せなさい・・」
声は聞こえなかったけど・・また、そんなテレパシーを感じた気がした。由佳さん・・感づいたのだろうか・・。微かな期待を感じてる。でも、今は不安の方が大きい。男の人を好きになったことなんて人生初めてだし、どうしていいか全然わからないし、この喉がからからにかわいてしまう妙な気持ちだけは人に知られたくない・・とくに・・こんなに大勢の前で、「美樹って春樹さんのこと好きなんだって・・・」由佳さんそれだけは言わないで・・。できあがったお料理を取りにゆくたびに、由佳さんが何かを言ったんじゃないだろうか・・そんな恐怖が沸く。慌ただしい日曜日のアルバイト。客席とカウンター、何度も往復して、一息ついた時、由佳さんが。
「美樹・・・」と呼んだ。
カウンターには春樹さんがいる。にこにこと私を見つめてる。まさか・・本当になにかを話したのだろうか。そんな不安と・・私、何かを期待してる・・と思っているこの感情って何なんだろ。
「美樹も、だいぶ余裕出てきたよね。休憩しておいで」
なんだ・・休憩か・・。
「今日はナニにする?」と聞く春樹さんに。
「・・えっ・・」
と、思った・・。この時間、いつも通りのセリフ。そして、残念な気持ち。どうして残念と思うのか、自分自身に尋ねてみる。ふと気がついた。私は、由佳さんが春樹さんに私の気持ちを伝えてくれるかと、期待していたようだ。なのに、いつもと何も変わりない春樹さんの表情で。
「美樹ちゃん・・いつものでいいの?」
と、優しいイントネーションの言葉ににうなずいて。
「気に入ってくれたんだね・・うれしいよ」
と、続ける春樹さんにうなずいて。
「じゃぁ・・奈菜江・・美樹が休憩するから、引き継いであげて・・」
「はぁ~い」
いつもと変わらない日曜日の休憩時間。じゅーじゅーとフライパンを振る春樹さんの後ろ姿を見つめて・・。やっぱり、思いきって私から「好きです」って告白するべきだろうか・・そんなことを考え始めた。
「はい・・おまたせ・・。愛情たっぷりのチキンピラフ」
でも・・目が合うと、かぁぁっとなってしまうから。告白なんてとてもじゃないけど、できそうにない。
「いただきます・・」
と、言うにもものすごい勇気がいるくらいなのに。振り向くとちらっと視線が合う由佳さん。また、にやっとした。でも・・。
「後は任せて、ゆっくり食べておいで・・」
それは、いつもと変わらないセリフ。うなずきながら、やっぱり期待していたこと、私は、残念に思っている。このもどかしさが耐えられない・・・と思いながら。
もぐもぐと食べるチキンピラフ。食べるたびにひと味違う気がする。この前とは違うおいしさ・・。それに、だんだん量が増えているかのような・・。半分くらい食べたとき。
「ふう・・」
と、スプーンを置いてみた・・。なぜか、このごろ、このチキンピラフ、量がものすごく増えた気がする。でも・・残しちゃうと春樹さんに悪い気がしてしまうし。だから、お水を飲んでから、もう一口をもぐもぐ。その時。
「美樹ぃ~お疲れ」
と、休憩室に入ってきた由佳さん、アイスコーヒーをことんとテーブルに置いて。立ちすくんだ。なかなか座る気配がないから。
「どうかしましたか?」
と、訊ねたら。
「よく食べるねぇあんた」
って目を丸くしてる。ぎこちなくうなずいて。もぐもぐしてると。
「そんなに食べるからじゃない。最近の美樹ってちょっと肥えたよ」
「・・えっ!?・・」
もぐもぐしてた口が一気に止まってしまう、死刑宣告のような言葉。
「うそ・・」
「ホント。最初の頃はきゃしゃな感じだったのに、最近、なんかたくましくなった。ほっぺもふっくらしたみたいだし、なんか・・綺麗になった気がする」
わなわなな気持ちでほっぺを押さえて、そういえば・・最近ブラの紐がきつくなったなとも思う。言われて気づいた・・制服の脇に感じるこの圧迫感。スプーンを置いてしまった。まだ半分くらい残ってるけど、死刑宣告を受けてしまったからしかたない。春樹さんごめんなさいと、心の中でつぶやいてる。帰ったらヘルスメーターに乗ってみよう。そういえば最近ウェイトチェックしてないし。そんなことおどおど考えた。そしたら。
「なぁ~んてね、わかるわよぉ、誰か好きな人でもできたんでしょ。ここに来て、出逢ってすぐ恋に落ちて、変身してゆく女の子って多いから」
「えっ?」
「美里もそうだったかなぁ。奈菜江と真吾もそうでしょ。美里も奈菜江も初めの頃はあんな感じじゃなかったんだよ。田舎臭い女の子だったのに、今、とても綺麗でしょ」
由佳さんを見つめたまま、何の話ですか? と、どきどきしてしまった。それって、春樹さんの名前がもうすぐ出てきそうな予感・・それに・・確かに当たってると思う。春樹さんに感じてるこの感情。そぉっと気づかれないようにうつむいたのに。
「だれ? 店の中の男? お客さんにそんな人がいたとか?」
ってささやかな声で予想通りに興味津々な目付きで追求する由佳さん。急いで首を振って。
「そんなんじゃないです」
と、言ってるのに。
「誰よ。誰にも言わないから」
「違います」
「本当?」
「うん」
「言いなさいよ」
意地悪な笑みがしつこいから、いっちゃおうかな・・と、思ったけど。・・は・・まで喉に出かかった瞬間。
「由佳。キゥイ斬ってくれって言ってたろ。そのキゥイはどこにあるんだ?」
と、休憩室に飛び込んできた春樹さんにひぃぃっく・・と、ものすごいしゃっくりが出た。
「うん・・2番のカウンターに出してる、とりあえず3つでいい」
「はいはい」
喉から飛び出た心臓を手で押し込みながら、あわてて顔を背けてしまった。そして、そぉっと顔を上げたらまだそこにいた春樹さん。
「あれ・・美樹ちゃん、そんなに残しちゃうの?」
「えっ・・??」
心臓が、もっと、どきどきどきどき・・。
「好きそうだから、たくさん作ったけど・・多すぎた?」
「えっ・・ううん」
「べつに多すぎたらのなら、残してもいいよ、怒ったりしないし、スプーンもそこに置いてて。後で俺が食べるから」
「えっ・・?・・うん」
そんなやり取り。冗談が混じってることを理解するのに一瞬の躊躇。
「あっ・・でも、それって、間接ちゅぅになっちゃうのかな? わくわく、残して置いてよ、スプーンも、ご飯粒きれぇーになめた、美樹ちゃんの唾ついてるやつ」
だなんて、スプーンをなめてる演技でべろっと唇をなめがら、いやらしそうな笑みを浮かべた春樹さん。
「ちょっと春樹。なに言ってんの」
と、由佳さんが言うまで意味がわからなかった。でも、意味がわかった瞬間。ぎょっとして、スプーンを見つめてしまった。由佳さんは私と春樹さんをきょろきょろ見つめながら観察してる。耳がじんじんしはじめて。
「ホントに残してもいいから、気にするな。・・・そんなことしないよ。冗談だよ。俺はマトモだ」
と、苦そうな顔で出てゆく春樹さん。うつむいたままちらちらと見送ると。由佳さんはふふぅぅんってものすごくわざとらしい笑いかた。だから。
「・・・・」
もっとうつむいてしまった。
「美樹って、春樹のこと好っきなぁんだ?」
って変なリズムで聞く由佳さん。引き吊ってる顔を意識しながら・・ううん・・って小さく首を振って嘘ついてしまう。まだどきどきしてる。なんでそんなこと興味深く聞くんだろ。そんなことを考え始めてる。チキンピラフ、そぉっとまた食べはじめてしまう。逃げ出したい気分。でも。
「美樹って本当にかわいいよねぇ。今時こんなに純情なんだ」
と、言う由佳さん。心の中ばれてしまったかと、もっとおどおどしたけど。
「からかっただけだよ。本当に最近の美樹って肥えたみたいだし。そんなに食べちゃうともっと肥えちゃうよ。ホントに、どうなっても知らないからね」
と、その一言、それ以上に、春樹さんのこと、話題に出されると、だから、ひたすら別の話題を探すけど、他の話題なんて見つかるわけない。由佳さんの視線が、物凄く怖い気がする。でも、由佳さんにこの気持ち打ち明けたらどうなるだろうか? もぐもぐしながら考えてると、いつのまにかチキンピラフはなくなっていた。
「ねぇ~美樹ぃ~・・本当に春樹のこと好きなのぉ?」
と、ずっと私を見ていた由佳さんの、しつこくつぶやく声がもう一度聞こえたとき、私は必死で首を振ってしまった。ただ、男の人を好きになることが恐い気持ちがあるし、それが人にばれてしまうことはもっと恐いから。
でも、
「うししっ」
と、意味深な笑みを浮かべて私を観察している由佳さん。そのままカラになったグラスを持って、休憩室を出て行った。ほっとしてるのか、ピンチを感じているのか解らない私。
「ごちそうさま」
と春樹さんにつぶやいて。
「なんだ全部食べちゃったの?」
と聞く春樹さんに、へへへと笑う。そして、視界の片隅に見つけた由佳さんを意識したせいかそのまま、なにも喋らずに表に出ることにした。そして、なにも喋らないまま、また一日が終わってしまった。次に、春樹さんに会えるのは1週間後。家に帰ってベットでごろごろして、学校にいってだらだらと勉強する。そして、平日のバイトはいつもどおりに働いて。なんの変化もない不完全燃焼な毎日。ため息ばかりをはいて、週末を待って、そして、どことなく相変わらずな春樹さんとの一時がやってきそうな悲しい予感。どうすれば彼とお話できるだろうか。そんなことばかりを考えていると、いつのまにか寝不足なままの土曜日がまた訪れたようだ。
春樹さんのオートバイの隣に自転車を止めて、みゃぁに「おはよ」と挨拶する。春樹さんに
「おはようございます」
と挨拶して、「おはよ」と言い返す春樹さんを少しの間だけみつめてみる。
「どうかしましたか?」
といわれるまで、いつもどおりに記憶が飛んで。慌てて更衣室に走り出す私。そして、相変わらずなまま時間だけが過ぎて。いつもどおりに奈菜恵さんと慎吾さんに送ってもらって。
こんな、なんの変化もない毎日があれから何回過ぎたのだろう。
いつのまにか蝉がじゃうじゃうと鳴き始めている。そんなことに気づいた日。
「それじゃ期末テストの日程配るから」
と紙を配り始めた先生。もうそんな季節なんだなとふと我に帰った。いつのまにか時間だけが過ぎている。まるでタイムスリップしたような錯覚。そして。
「ちゃんと勉強してるの、今度もあんな成績だったら・・・」
「解ってるわよ」
もやもやな気持ちが、お母さんにそんな乱暴な返事をさせて。
でも、ぱらぱらと教科書とテストの日程表を見比べて。いつの間にこんなところまで進んだのだろうかと思った。全くのチンプンカンプン。それに。
「約束、忘れたわけじゃないでしょうね?」
と怖い顔でしつこく聞くお母さん。
「約束?」
と聞き返すと、あの日がまるで昨日のように思えた。そういえば、期末テストは10番以内の点数とるんだっけ。そんな約束したなぁと思い出した。でも、これじゃ成績、10番以内なんて絶対不可能だなとも思った。教科書はまっさらノートも真っ白。
そんなことを考えていた平日のバイト。
「どうしたの? 何か悩み事?」
と聞いてくれたのは、相変わらずの由佳さん。
「ううん・・・」
と返事したら。
「ところで、期末テストそろそろじゃないの?」
「うん」
「大丈夫なの?」
「・・・」全然大丈夫じゃない。なんて言えないし。
「バイト休んでいいから、ちゃんと勉強しなさいよ、美樹ってまだアルバイトより勉強の方が大事な高校生なんだし」
「うん」
休んだからといっていい点数とれる訳じゃないし。アルバイトというより、春樹さんが何より大事で・・。勉強なんてどうでもいい気もするし・・。
「私達も力になりたいけど、ここにいる娘達で勉強できる娘いないしねぇ~」
解ってますよ。と思ってしまうから、ため息がますます重くなる。
本当にどうしようかと思う。はぁぁぁ。とため息をはいたその時。
「あっ・・・そうだ」
と相槌を打った由佳さん。にやっとして。うふふと笑って。
「そうだよ、あいつがいるじゃん」
と言った。
「あいつ?」
と聞くと。
「そう、あーいーつ。うしししし」
と物凄く意味ありげな顔で笑って。「いらっしゃいませぇよーこそ」とお客さんに走りよった由佳さん。結局、。そのあいつが誰なのか解らないまま、何の進展もないままに、また、時間だけが過ぎてしまったようだ。
家に帰って、机に向かっても、ぜんぜん勉強なんかできない。由香さんが言っていた「あいつ」も全然期待感がないし。そのあいつが春樹さんなら・・そんな期待感がすこしだけあるような気がするけど・・そんなことを考えても、なぜか現実的じゃない気がする。春樹さんがあいつなら、由佳さんは絶対 「春樹がいるじゃん」 というはずだし。春樹さんって勉強できるのかなぁとも思う。あいつかぁ、まさか、店長じゃないよね・・・。
「美樹、勉強してるの?」
というお母さんのしつこい顔が日に日に嫌味に見えてくる。そして、ふと頭の中に空白ができると。春樹さんの顔が浮かんで、そして、物凄くリアルに思い描ける、春樹さんとの別れ。それだけはいやだ。とシャープペンをカチカチさせても・・・・。
「だめだ・・・全然解らないよ・・・」
そうつぶやいてしまう。そして、クスンと涙が一粒。あんな約束するんじゃなかった。
そしてまた、いつのまにか時間だけが過ぎて行く。気分がますます重くなって。いつのまにか、最後の週末。そう、多分、春樹さんと共有する時間もこれで最後になるんだろうな。そんな予感をひしひしと感じる土曜日がやってきてしまった。
「今日と明日で最後か」
とつぶやいて、店に入った。最後なら、思い切って、春樹さんに告白とかしてしまおうかなと思う。でも、結局。
「おはようございます」
「おっ、おっはよ。今日もかわいいな」
といつもどおりの春樹さん。それ以外の会話は全くできないまま、無茶苦茶忙しい時間が過ぎて。
「美樹、期末テストがんばるんだぞ」
なんて、無責任なセリフで励ましてくれる奈菜恵さんに愛想笑いして、大きなため息。
由佳さんが春樹さんと何かしら、ぺちゃくちゃと話している。いいなぁと思ってしまう。春樹さんと目があったけど、春樹さんは、ほんの少し首をかしげて優しく微笑んでくれただけ。
「はぁぁぁぁぁ」とため息ばかりだ。やっぱり、思い切って告白してしまおうかと思ってしまう。「好きです、愛しています、結婚してください」と告白して、パーンパーカパーンと結ばれて、期末テストのことなんて忘れて、遠い世界に二人で旅行とか。そのまま遠い世界で二人で暮らして。おじいちゃんおはぁちゃんになるまで二人は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。そんな妄想の世界に逃げてしまいたい気持ちがあふれて、これって現実逃避っていうのかな? ちらちらと、春樹さんを見つめて、目が合うと、膨らみかけてた勇気がはじけて、まるで、地に付いている足が石になってしまっているかのようだ。そして、もう一度キッチンにチラッと顔を向けたとき。カウンターを拭いている由佳さんがくすっと笑った。そして、私を手招きして、布巾を指差して、ウインクして。
「いらっしゃいませようこそ」
とお客さんに歩み寄った。えっ? と思った。それは、私にカウンターを拭いといてと言う意味なのだろうか? なんとなくそんな気がした。おそるおそる歩み寄ってカウンターを拭き始めると。春樹さんはお料理を作り始めている。でも、はっとひらめいたこと。これってものすごくナチュラルなシチュエーション。春樹さんの目の前で、わざとらしく視線を背けて、うろちょろ、うろちょろ、そうすれば、春樹さんは私に話しかけてくれるかも知れない。別に、愛を告白しなきゃならないわけではない。ただ、春樹さんの言葉に答えれば、少しはおしゃべりできる仲になれそうだし。とにかく、なんでもいいからお話したい。3往復くらいしたときだ・・。春樹さんはお料理を盛り付けて。チェックして。オーダーを確かめて。カウンターにあげながら。
「美樹ちゃん・・」
と話し掛けてくれた。「きたーっ」て思ったら心臓が飛び出しそうなくらいどきどきし始めた。
「退屈そうだね・・」
本当に話しかけてくれた。カウンターを拭く手を止めて。
「・・うん・・ちょっと」
と、うなずく。じっと見上げると、春樹さんが話しかけてくれる。待ちに待ったこの瞬間。なのに、私から話したい言葉なんてなにも思いつかないし。
「美樹ちゃんって、高校生だったの? ひょっとして、17才?」
と、できあがったばかりの次のパスタにスパイスをまぶして、カウンターにあげながらつぶやいた春樹さん。
「うん・・」
と、うなずくと。しげしげと私を見つめて。
「だから、こんなにかわいいんだな。納得。女の子が人生で一番輝く17歳・・かぁ~。17歳ねぇ。ふぅぅん」
と、しげしげと舐めるように私の上から下まで観察する目つきで意味有りなことを言う。だから・・と言う一言が妙に心に引っかかった。意味を探ろうと言葉を探したけど。見つからない・・。もっと、もっと、私のことを聞いてほしい気分もする。そのとき。
「4番でぇす。ありがと」
と、美里さんがパスタを取りに来た。オーダーチェックをしてる美里さんと、ちらっと視線が合ったとき、美里さんはくすっと笑った。なんですか?・・今の微笑みは? そう思っていると。
「期末テストなんだって?」
と、訊ねた春樹さん。振り返ると、その表情、少し残念そう。もう会えなくなる事、残念に思ってくれている事、予感させてくれるから、どことなく淋しい気持ちがこみ上げた。
「うん・・」
と、もじもじうなずくと。
「由佳に聞いたよ。来週の土日は休んで勉強なんでしょ。それじゃ2週間も美樹ちゃんに会えないんだなぁ。そのかわいい顔を見れなくなるって思うと寂しくなっちゃうね」
それは、予感した通り・・本当にうれしすぎる一言。春樹さんのとがってる唇。本当に寂しそうな表情。だから、ひょっとして、春樹さんと私、本当に脈があるんじゃないだろうか・・。そんなわくわくな期待をしてしまった。そのとき。
「美樹、今暇だし・・休憩する?」
と、言ってくれる由佳さん。
「あっ・・はぁ~い」
そう返事すると。キッチンのチーフも。
「おい、春樹、飯食ってこいよ」
って言いながら、流し目で私を見つめた。その、チーフの意味深なウィンク・・。じゃない、ゆがめた顔。ぴんっ! と直感したこと・・。由佳さん・・ひょっとして、なにかをばらしたんじゃないだろうか? そんな微かな不安を一瞬感じてしまった。いや・・期待かも・・。もやもやと変な感情が湧き上がってくる。
「じゃっ、食うか。美樹ちゃんは、いつもの?」
にこにこと言う春樹さんに、もやもやな想像はかき消えてしまった。
「う・・うん。いつもの・・あっ・・いつもの半分くらいでいいです」
「あいよ。半分か。そういえば、美樹ちゃんって、最近まるぅくなったよね」
「えっ・・・?」
「きゃしゃな、ペッタンコな感じの女の子だったのに。最近ぷくぷくとオンナっぽくなったみたい。あちこちぷくぷく膨らんだんじゃない? 最近・・妙に色っぽくなったみたいだし。彼氏でも・・できたのかなぁ~?」
その、私をからかってる一言に返す言葉が詰まってしまった。ちらっと横を見ると、意味もなく、その辺を拭き掃除してる由佳さんが、くすくす笑っていた。
「にぶいやつだねぇ」
そんな、ささやきもどこからともなく聞こえた。そっと回りをきょろきょろしたら、さっと視線を背けたみんな。うつむくと、みんなの視線が背中に刺さってる痛みも感じる。絶対由佳さんが、なにかをばらしたんだ。そんな気がした。変な笑い方で私をちらちら見つめている由佳さん。まさか・・春樹さんにも変なこと言ったんじゃないだろうか? そんな気がして、そぉっと春樹さんを見ると、知らん顔で、フライパンをジュージューとふるっている。その知らん顔も、なんだかわざとらしく見えてしまうから・・不安な気持ちで、春樹さんをもっと見つめてしまった。そうしていると、あっと言う間にできあがったチキンピラフ。唐突に目が合う春樹さん。カウンターに上げながら、
「あいよ! お待ち」
って・・あわてて視線を反らせたのに、春樹さんは、みんなにも聞こえそうな声で言った・・。
「じゃっ、二人で分け合って食べようか。仲むずまじくぅ~」
予想外の展開だ・・。ただ、おしゃべりしたかっただけだったのに、頭の中パニックになり始める春樹さんの一言。なかむずまじくぅって、どゆ意味? うなずこうとしたら、ぷぷって笑う由佳さん。背中からも、ぷぷって笑い声が聞こえた。ぎょっとしてしまった。振り返るのがむちゃくちゃ恐い。でも・・。
「じゃっ、もってくから。美樹ちゃん、水頼むよ。おいしいのを」
カウンターの外を見向きもしないで、いそいそと裏に行ってしまう春樹さん。お水をくもうと必死な気持ちで振り向いたら。みんなのいやらしい視線がにやにやしてた。だから、由佳さんをぎぃっと睨んでしまう。
「なにか・・言ったんでしょ・・由佳さん」
そうつぶやいたけど。
「なにも」
さめた返事の由佳さんが首を振ってる。急に恐くなって、きょろきょろしたら・・。
「わかるわよ、それくらい。美樹を見てると。ねぇ」
美里さんが言う。はっと振り返ると。奈菜江さんまでもが背後から。
「ねぇ、だって、ずぅっとらぶらぶな目で春樹さんを見てるんだもん、最近の美樹って。ねぇ~」
「ねぇ、美樹が春樹さんを見てるときって、目から光線でてるよねー。びぃぃぃぃって、ねぇ」
「ねぇ、出てる出てる、ウルトラマンみたいに、びぃぃぃって、こないだなんて光線に当たっちゃってやけどしちゃったしぃ~、ねぇ」
私・・そんなの絶対出してない。それに、いつまで、ねぇ、ねぇ、ってしりとりが続くのよ・・。
「ねぇ~。あの目つきって、絶対、春樹さん、あなたをお慕い申しております・・って感じだもん。あこがれと哀しみが隠ってるうっとりな視線。もぉばればれだよ、ばればれ、ねぇ」
「ねぇ~。いいのよ。この中には春樹さんをねらってる娘、いないから、ねぇ」
「そうそう、だから、安心して、思う存分、召し上がってくださいな」
なんてとんでもないこと・・キッチンではチーフまでもがにやにやしてる。わなわなな気持ちが脚をかたかたさせた。グラスに水を注いでくれる奈菜江さん。
「はいよっ、応援してあげるから。邪魔なんて絶対しないから、二人っきりで、がんばってきなさい。でも、変な声、出しちゃ駄目だぞぉ。いゃぁん、とか。あぁ~ん、とか。いちゃいちゃするなら静かにね」
なんて途方もない一言を言いながら、人差し指を立ててしぃぃってする。でも・・。
「春樹って肩揉むのとてもうまいから、揉んでもらえば」と、言う由佳さん。
「あれって・・絶対声がでちゃうよねぇ」と、美里さん。
「でちゃうでちゃう・・。いっちゃいそうになるよ・・」と、優子さん。いっちゃうって・・そして。
「美樹はまだ揉んでもらったことないの? 病みつきになっちゃうよ・・もう・・好きにしてぇ~な気分になっちゃうからさ、揉んでもらいなよ」と奈菜恵さん。
「揉んでって言えば気軽に揉んでくれるから」
「今度は違うとこ揉んでもらおうかなぁ・・」
「違うとこって・・」
「やっぱ、ふくらはぎとか、ふとももとか・・腰とか。机に寝そべってさ・・エステな気分で・・」
「そだねぇ、くるしゅーないくるしゅーないって感じで」
「マッサージだけでいいから、春樹さんをしもべのように・・はべらせたいね」
「だけじゃないでしょぉ~」
「ちがう。だけよ。マッサージだけ。でも・・・」
「でも?」
「いいかも、春樹さんの手つきって」
「全然いやらしくないしねぇ~」
「なんっか、触られたいぃ~って感じ・・するねぇ」
確かに触られてみたい気もする。
「するする。ベットに寝そべって、全身くまなくもみもみ・・」
それはなんの違和感もなく想像できる.
「きゃぁぁ、でも想像するとイヤラシーかも。でも・・それっていいかもしれない・・」
春樹さんにあちこちもみもみされている自分自身を想像していると・・。みゃぁのようにおなかをナデナデしてもらっている私が思い浮かんで。
「春樹さんって絶対その手の才能があるよねぇ~」
「あるある。でも、どうしてあんなにうまいんだろ」
そんなにうまいの? そう考えると、気持ちがもっと ぽぉぉっ となって・・。
「毎日トレーニングしてたりして・・」
「誰とぉ?」
「・・・いるのかな・・彼女・・」
「しぃぃ・・美樹に聞こえるよ・・ほら・・美樹、もう放心状態・・」
「想像でいっちゃってる?・・」
「やだぁ・・美樹・・まだ早いでしょ、ほら・・揉んでもらいなさいよ。そんなうっとりな顔、揉んでもらってからにしなさい」
春樹さんに肩を揉んでもらっていることを想像してたら本当に魂が抜け出してゆく気がした。でも、冷静に考えるとこの人達は休憩時間中、そんなことしてるのだろうか? そんな信じられない錯覚まで感じてしまう。血の気までもがどっと引いた。立ち眩みもする。気絶してしまいそう。意識がモーローとしてる。みんながけたけた笑ってる声が遠くに聞こえて・・でも・・肩・・揉んでもらおうか・・想像する前に。いゃぁん、とか・・あぁ~ん、と、もみもみされて悶えてる私が映像で現れて、そんなふしだらな私自身になんだか変な気分になってしまった。グラスを受け取ろうとした手がカクカクしてる。そのとき。
「由佳。箸ない・・箸」
と、目の前に飛び出してきた春樹さん。ひっ!!・・と飲み込んだ息。心臓が破裂したかと思った。
「あっ、はぁ~い」
「んっ・・どうかしたの? またなにか悪いこと企んでる?」
と、きょろきょろする春樹さんから、必死で視線を反らせる私。そんな私を意味深に見つめる由佳さん。
「ううん、べつにぃ。何でもないよねぇ~、美樹」
と私に言ってから。
「はい、お箸」
と、お箸を春樹さんに渡してる。
「ありがと、じゃっ・・美樹ちゃん。食べよおよ。二人っきりの密室で」
と、また、変なことをつぶやいて、そそくさと裏に行ってしまう春樹さん。「ぷぷっ・・密室だって・・」と、声が聞こえた。本当に・・二人っきりになるのだろうか? 鼓動を鎮めようとおろおろしてると、背中を押す美里さん。そして、奈菜江さんのにやにやしてる顔。震えたままの足どりで裏に向かおうとしたら。
「もし、変なとこ触られても、泣いちゃ駄目だぞぉ」
と奈菜江さん。変なとこって? アソコ?
「でも、おっぱいくらい触らせてあげれば」
と優子さん。それはある人だから言えるんでしょ。
「男なんて、みんなそれでイチコロよねぇ」
と美里さん。そうやってカレシ作ってるんですか?
そんなことを言って、ケタケタ笑ってるみんな。その瞬間に気づいたのは、おもいっきり歪んでいそうな私の顔。途中、そぉっと洗面所の鏡を見たら、本当に今にも泣き出しそうな顔をしていた。
ただ、おしゃべりしたかっただけなのに・・。こんな展開になるだなんて・・。もっとはやくそうすればよかった・・。でも・・休憩室に向かう足どり・・。おっぱいくらい触らせてあげれてる私が頭の中で・・あぁ~んな声をだしてるし・・。おっぱいとは言わなくても、肩・・揉んでもらおうかなぁ・・。そしてそのまま・・ごく自然に神様に導かれて・・二人は結ばれ・・ぎょっ・・私・・何を期待してんのよ・・。こんな想像は体によくない。でも・・今は・・とりあえず・・。どうしていいかわからない。
そぉっと、震えるグラスをテーブルに置いて。そぉっと椅子を出してみる。でも、私を無視したまま、本を片手にもくもくと食べている春樹さん。あんな冗談を言ったから、一つのお皿にチキンピラフを盛ってるかとどきどき思っていたのに。とりあえず、分けてくれていた。
「いただきます・・」
は、おそるおそる言った。ぱくっと一口食べると春樹さんが「おいしい?」と訊ねてくれそうな期待があったから、「うん・・」とおもいっきりかわいくうなずこうと、心の準備はしていた。でも・・。二口食べても彼は何も言わない。三口めで顔をそぉっと上げてみた。そしたら、春樹さん、まだ、難しそうな本を片手にもぐもぐしている。じっと見つめていることに気づいてくれるまで、少しの時間がかかった。でも、気づいてくれたけど。
「んっ?」
って顔をした春樹さん。あわててうつむいたら、また、知らん顔して本に夢中になってる。そんな春樹さんに視線を向けると、電話帳より分厚い本の題名が目に付いた。
「徹底解説・最新・無酸素空間飛翔体化学燃料反応熱力噴射推進機関・基礎・応用・実例」
と、漢字だらけで長々と題名が書かれている本・・一瞬、中国語でも勉強してるのかと思ってしまった。どう読むかは全然解らなかった。でも、春樹さんの、すごく険しい真剣な表情。ため息混じりにページをめくる春樹さん。さっきまでヘンテコな期待に震えてたことなんて忘れてしまう。それに、私を無視してるから、ぷんぷんと、ものすごくいたずらな気持ちが私をつき動かした。そぉっと春樹さんのグラスをずらしたら、グラスを探してる春樹さんの手。むちゃくちゃおかしい。くすくす笑ったら、本の角から顔を覗かせた春樹さん。グラスをもって、一口。とんっとテーブルに置くグラスをまたずらしたら、また、同じように手があっちこっちと探してる。うつむいたまま、また、くすくす笑ってしまう。ひょっとしたら・・そんな気持ちでチキンピラフのお皿をそぉっとずらしたら、お皿を探してるお箸。うろうろした後、消しゴムをつつき始めるから。
「春樹さん・・それ・・」
「んっ・・・」
不思議そうな顔でお箸の消しゴムを見つめている春樹さん。私のいたずらには全然気づかないから、なんだか申し訳ない気持ちがし。それに・・この人、そんなお箸をグラスの水ですすぐだけで、まだ使おうとしてる。だから、急いで私のチキンピラフをかき込んだ後、ご飯粒一つ残らず丁寧になめたスプーン。ほとんどその場の勢いで、何も考えずに。
「これ・・使いますか?」と、渡してしまった。
「あぁ、ありがと」
と、無関心な仕草で春樹さんは受け取ったけど、お箸をグラスに差したまま。全然気にもしないでスプーンをくわえた春樹さん。スプーンをくわえたまま、また、本に夢中になってる。そして、私が今、何をしてしまったのか、気づいた私は、ぎょっとしてしまった。
「んっ・・・」
と、顔をしかませて言う春樹さん。
「これって・・・美樹ちゃんの味がする」
だなんて、目を剥いてしまいそうな言葉をつぶやいて・・。そして、私にようやく振り向いてくれた。でも、スプーンをくわえたままの春樹さん。まさか・・間接だけど・・これって・・キス? それも、ものすごくディープな・・。でも、そんなことより・・私の味って・・どんな味なんだろう。わなわなとうつむいたら。
「・・・・」
って、スプーンを置いて、少しだけ考えて。
「まぁ、いいか」
と、また、無関心な顔で、私の味がするスプーンでぱくぱく食べ始めてる。黙ったまま食べるのを見つめていた。そして。
「おいしいですか?」
と、おそるおそる訊ねたのは私の方。
「ああ、おいしいよ」
と、そっけなく他人事の返事でうなずいたのは春樹さん。そして、どうしても聞きたくなったのは・・。
「私の味って・・どんな味なんですか?」
震える声で訊ねてしまった。間接だけど、キスだなんて名の付く行為も生まれて始めてだから。それが、レモンの味だとかなんだとか・・そんなことも、少女マンガから知識として得ていた。でも・・。本の向こうから。
「うん・・化粧品の味・・リップスティックかな、DHCでしょ? それ」
と、あっけなく言った春樹さん。それが現実だということも生まれて始めて知ってしまった。少しの幻滅。確かにDHCを薄く塗っていたから。それに・・どうしてそんな味を知っているのか。そんなことも考えてしまう。やっぱり・・恋人がいるのかなぁ。女の子の唇をなめたことがあるからリップスティックの味がわかるのかもしれない。そんな直感がしたら、なんだか淋しい気持ちも感じてしまうし。でも。食べ終わった春樹さん。パタンと本を閉じて。ふぅ、って言う。そして、前置きなしで。唐突に・・。
「・・そうそう。美樹ちゃんって、期末テストの成績が悪くなるとバイトを辞めなきゃならないって、由佳が言ってたけど。本当なの? 俺にできること、なにかないかな?」
それは、一瞬、何が起こったのかわからなくなる、頭の中が空白になってしまう一言。
「勉強も、わからないことあるんだったら教えてあげられると思うけど、一応、俺、ちゃんとまじめに勉強してる大学生だし」
それは、ようやく何が起こったのか、だんだんわかりはじめて、じわじわとうれしくなり始めた一言。。
「それに、俺、とりあえず何でも知ってる科学者だから。美樹ちゃん・・辞めてほしくないし」
勉強教えてくれるの・・・。それも、春樹さんが? うれしい涙が一粒だけ、こぼれそうになった一言。
「こんな家庭教師、どぉ? 優秀だよ。ほしくない?」
と、にこにこな自分の顔を指さす春樹さん。それは、大きく首を振ってしまう一言。私はぶんぶんと首を振って。「ううん・・」
と、言ってしまった。そして・・。
「欲しい?」
と、訊ねた春樹さんに。
「うん・・」
と、うなずいてしまった私。
「じゃっ、手取り足取り、教えてあげましょうか」
にこにこしてる春樹さん。それは、はっと我に帰って、変な想像してしまった一言。指先で5mm程の幅を作る春樹さん。
「これっくらいの下心はあるれど、美樹ちゃんって、見てて、ほっとけないし・・わからないことあったら、何でも聞いてよ」
「うん・・」
ものすごくうれしい気分がする。けど。それ以上な不安・・・がようやく押し寄せた。そんな不安を。
「私の部屋に・・・その」
と、表現したけど・・春樹さんはおかまいなしだ。
「別に、どこでも。図書館とかでもいいし・・ここはまずいかな、集中できないでしょ。でも、平日の学校が終わってからだから・・美樹ちゃんの部屋に招待してくれる? 美樹ちゃんちに行くよ。別に夜遅くなってもかまわないし。美樹ちゃんの為だから」
どうしよう・・急いでかたづけなきゃ。さっきとは別の、ものすごい不安が再び押し寄せた。でも・・春樹さんが私の部屋に・・夜遅くまで・・・。変な想像が混じったものすごい期待を感じてしまう。ひょっとしたら・・な、予感に、わくわく。顔がにやけて・・
「でも・・一応。両親にはこう言っておいて。名前以外の自己紹介したことなかったろ。俺の肩書きはワセダのリガクブ。カタヤマハルキ。22才。ロケット工学を専攻してる。バイト先のチーフの親戚の息子。いい?」
にやけた顔でうなずいた後、ぎょっとしてしまった。・・ワセダ?・・今・・ワセダって言ったよね・・ワセダ? なんて生まれて始めて見る生物だ。本当に・・春樹さん・・ワセダ? って・・どこか外国の名前のような錯覚。本当に・・ワセダ? なの? 頭の中で。ワセダ・・が何度もこだましてる。そうなんだ・・ポワァ~ンな気持ちが私をうっとりさせている。大発見な気分がしてしまう彼のそんな一面。そして、にこにこしてから、また、難しそうな本を読み始めた春樹さん。その題名がようやく読めた。「徹底解説・最新・無酸素空間飛翔体化学燃料反応熱力噴射推進機関・基礎・応用・実例」と、書かれていた。この中国語は「ロケット」と読むんだ・・・中国語ってのは面倒くさいものなんだなぁ。しみじみと思った。それは、わかったような気がしただけかもしれないけど。
こんな展開になるだなんて、もっとはやくカウンターをうろちょろと拭けばよかった・・。でも、なにか腑に落ちないこと。私、今日、何かを物凄く悩んでいたきがする。何を悩んでいたんだっけ・・・。思い出せない。
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