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チョコのノロイを解く呪文?
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チョコのノロイを解く呪文?
そして、会社のエントランスを出てすぐ、ケンさんの左腕にしがみつくと、チラッと私を見下ろすケンさんがニコッと笑って。だから私もぐりぐりと甘えて。あの日以来かなこうするの。と思い出すと。あの日か・・と思い出したくないことまでもやもやと思い浮かんで。立ち止まるのは信号が赤だから。立ち止まり、ため息吐いて、あの日か・・という思いを断ち切ると。信号が変わって、無意識に歩調を合わせたその一瞬。むぎゅうっと、おしくらまんじゅうをして、止まってしまった私たち。
私はなぜか無意識に右方向に行こうとして。ケンさんはなぜか無意識に左方向に行こうとして。ぎゅっと押し合ってから。
「あれ・・」
と、横断歩道の真ん中で顔を見合わせて、「えっ・・どっち?」と、つぶやいて、また立ち止まってしまった。
「恭子ちゃん・・商店街に行くんじゃないの?」と聞くケンさんに。
「あ・・うん・・ちょっと・・こっちかな・・と」
何しようとしてたんだろ・・というか、今誰に操られて、どこに行こうとしてたのだろう私? と自分に訊ねてみると。
「商店街より・・その・・デパートに行きたいかなって思って」いるようだね・・私って。でも・・どうして?
「デパート? じゃぁそっち行こうか・・ナニか欲しいもの?」と、不思議そうな顔で聞くケンさんの顔を見ると。
「う・・うん・・まぁね」
って私、ナニが欲しいのだろ? さっきナニか思いついていた気がするけど、思い出せない。
「じゃ、デパートに行きましょうか」
とケンさんに引かれるまま、右に曲がって歩き始めると、この道はいつか来た道、ああ、そうだよね、私何しようとしてたんだろう。と思いながら、思い出すことは、この前、美沙とこの道をこうして・・腕に絡みついてはいないけど。その次の日も優子とこの道をこうして・・そして、今日はケンさんとこうして・・。同じところを歩いていて・・。これって、デジャブ・・どうしよう、もしかして無意識の習慣になってる? それとも、無限ループに嵌り込んだ? もしかして私チョコレートのノロイに操られている? ケンさんと一緒だから、ノロイではないと思うけど。なんかヘンな感じ。と思っていると。
「プチデートには時間余り過ぎかな?」
なんてことを言い始めるケンさんが腕時計を気にしていて。それって、私じゃご不満って意味? という目で腕時計を覗き込んだら、まだ3時20分か。確かに、微妙に持て余す時間だね。だから。
「私じゃ御不満そうね、優子とは何時に待ち合わせてるの?」と聞くと。
「不満ではないけど・・5時に駅前だから・・あと1時間40分か」
とケンさんは私にナニか提案してくれよと目で訴えていて。
「だから、デパートぶらぶらしましょ」と提案して。
「うん・・」とあまり乗り気ではなさそうになったケンさんの返事に思いつくこと・・デパートと言えば、連想してしまう、またチョコレート・・と言えば。
「あーそうだ。ねぇ、ケンさんって、優子からチョコレートもらう予定なの」そう・・もらう予定があるから、一昨日は優子が私をこうしてデパートに連れて行ったわけだけど。もらう側の気持ちって聞いたことないし。だから。
「やっぱり、ケンさんも、女の子からチョコもらうと嬉しい?」そう聞いてみると。
「え・・あぁ・・まぁ、嬉しいというか一方的にもらうだけじゃなんだから・・チョコレートケーキ作ろうかって話したんだけど」
というのは、確かに優子から聞いた話と一致する言い訳だね。まぁ、ケンさんらしい返事かなこれ、だから? 私的にはどうなんだろう? あーそうそう。「二人で作ろうか」といってた優子を思い出しながら、もう一つ思いつくこと。
「それって、二人で? ケンさんの部屋で?」チョコレートケーキの他にも何か作る気? なんてこと、遠回しにでも言いにくいような・・。と思っていると。
「うん・・まぁ・・二人で・・ケンさんの部屋で・・まぁ・・チョコレートケーキ・・を・・ね」
と、恥ずかしそうにつぶやくケンさんの横顔を。
「ふううううううううううううううん」作るのケーキだけ? と聞きたい気持ちを抑えて見つめると。
「だから・・ナニ?」と、やっぱり、何もわかってなさそうな子供っぽい表情。に、思いついた私なりの言い訳を。
「だったら、14日は私からケンさんにチョコあげるタイミングがないかなって思っただけよ」
とつぶやいたら。ケンさんは。
「あ・・チョコくれる予定なんだ」なんて、そっけなく、普通の表情のまま言うから。
「ってなによソレ、期待とかしてなかったの、普通するでしょ」
「・・期待って」
「チョコの期待くらいしてもいいでしょ、私とケンさんの仲なんだから」
「あぁ・・うん・・じゃ・・期待しようか」
「もぉ・・そういういい方されるとあげる気なくなるし」
「あぁ・・じゃぁ・・あげる人いないなら、みんなの前で盛大にもらってあげようか。と言えばイイの?」
「どういう意味よ、それ」
「違うの」
「言った私がバカでした」
「なんだか、よくわからないのですけど」
「優子に聞いてください」
「何て?」
「知らないわよ。あーもう」
会話が全然かみ合わない。ケンさんって優子に洗脳され始めてるのかな、前はもっと話してること分かってたような気がするのだけど。なんだか、優子と話してるような錯覚を感じてる。
「でもさ・・バレンタインデーが誕生日だなんて、恭子ちゃんってどんな運命背負っているのだろうね」
えっ? 急に何の話? どんな運命って? 運命・・というキーワードに無茶苦茶敏感になってる最近の私。と思いながらケンさんを見上げて黙っていると。
「誕生日と何かの記念日が同じって、ほら、何かものすごい運命を背負っていそうな感じするでしょ」
だから、それは、どんな運命だと思うの? と目で訴えているのに。
「ねぇ、すんごい運命が待ち構えているとしたらどうする。2月14日に」
? ? ? どうする? の以前に、どんな運命が待ち構えていそうなの? を知りたいのに。ケンさんは。
「その日にならなきゃわからないよね」って一人で納得してるし。
どうしよう。本当に優子と喋っている錯覚がしてる。ケンさん誰と何の会話してるのだろう? ・・優子に連れていかれて、もう私の手が届くところにいないのかもしれないね。と幻滅すると、そこは、またここかと気付いたデパートの入口からすぐのチョコレート売り場。相変わらず周波数高めの雑音にうんざりしようとしたら。ふと、雑音が途切れた気がした。のと同時に。あれっと思ってしまう。女の子たちの視線が。
「男の子は立ち入り禁止とかじゃないのココって」
と立ち止まるケンさんに向いているような。いや・・向いてる。しかも、ものすごく注目されている。品定めされていると言うべきか、みんな口元抑えて、ひそひそひそ・・。まぁまぁね・・75点くらい・・私的には80オーバー・・なんかいい感じねあの娘・・うらやましい。と聞こえたかも。だから。
「別にいいじゃん、チョコ売り場にオトコ連れてきて何が悪いの?」
と周りに聞こえる声でケンさんに向かってぼやきながら。
確かに、男子禁制なのかな、去年までの私には縁のなかったイベントだから、そう言うシキタリとか知らないのですけど。と思いながら、しがみついているケンさんの左腕を解放してあげて。と言うか、しがみついているのが恥ずかしい気がして。どうしてみんなそんな目でジロジロ見るの? カレシではないけど、まぁまぁのいい男でしょ、今だけは私のオトコでもあるし。 とぼやこうとしたら。
「みんな、こんなところでチョコレート買って、カレシとか恋人にあげるんだね、初めて来るよチョコレート売り場なんて、みんな何か期待しながら買うのかな?」とまじめに聞くケンさんに。
「じゃないの・・よく知らないけど」と答える私。すると、「あっ」と目を丸く見開いて、一瞬なにか閃いたようなケンさんが。
「・・もしかして、恭子ちゃん、本当は、誰かチョコレートあげる人がいるんだ、つまり、恋人。だから、どんなのがイイかとか、選んでほしいとか、そういうことかな、こんなところに連れてくるって」
なんてことを聞くから。
「なわけないでしょ、ケンさん以外に誰がいるって言うのよ」と慌てて即答したら。
「こないだ飲み会で一緒にいた人・・たしか、タケチャン・・マッちゃん・・どっち」
なんてことを思い出してるし。
「そういうこと、思い出させないでくれる」
特にその二人の顔だけはこういう場所で。と本気で思っていると。
「ちがうの・・じゃぁ・・本当に誰もいないってこと?」って、どうしてそんなに大真面目な顔でつぶやくわけ? だから。
「そうよ、違うし、ケンさん以外に誰もいないし、ケンさんにあげるチョコレート、面倒くさいから自分で選んでよって、だから、もぅ・・どんなのがいいの?」
なんてことを、こんなところで、こんなに不機嫌な気分で言わなきゃならない悲しさって・・ナニ? と思っていると。
「あぁ・・そういうこと・・」と普通にうなずくケンさんが。
「そういうことってどういうこと?」ともっと不機嫌になりそうな私。に。
「いや・・こっちの話・・だったら、安心だねって・・」と言った瞬間・・。
えっ? 「だったら、安心だね・・?」 これって、このイントネーションって・・ピコンピコンと胸の電球を点滅させてない? こないだ聞いたよねコレ。いつ聞いたの? 思い出せない。確かに、ピコンピコンするこのイントネーション・・誰に聞いた? 美沙だっけ・・確かに、この場所て聞いたような・・優子がいった言葉? 「だったら、安心だね・・」って? えぇ・・ナニナニなになに・・この胸騒ぎ。夢の中だっけ? 確かに・・間違いなく・・二回目だよね「だったら、安心だね」って。どうしてこんなに胸騒ぎが・・この言葉に? と立ちすくんでいる私に。
「じゃ・・こんなのをリクエストしてもいいかな」
とケンさんが無邪気な雰囲気で摘まんで私に見せたのは、一昨日よりもっと低くなってるチロルチョコレートの山の一粒。
「義理」
と読まなくてもわかる文字が書かれていて・・そんなのでいいの? という幻滅と言うか、ケンさんらしいと言うか、優子は二人で作るチョコレートケーキで、私は指先で摘まめるチロルチョコか、という比較なのか。と言う思いが、一瞬前の胸騒ぎを忘れさせて。だから。
「優子がいなければ・・」とつぶやきながら見つけたもう一粒。
「本命」とつぶやきながら摘まみ上げると。
「義理でいいよ」と慌てて私の手から「本命」チロルチョコを奪おうとするケンさんを。
「私的には、ケンさんは本命なの」と払いのけて。
「でも・・」とたじろぐケンさんに。
「今日は私のわがまま全部聞くって約束でしょ」
全部とは言わなかったかな・・と思いながら。こんなことを言うのがどうして こんなに悔しく感じるのか、と思っていると。
「それじゃ・・それでもいいよ・・今日は」
なによその言い方、だから、もっと・・もっと・・悲しくなりそうだから・・。「義理」も「本命」もチロルチョコの山に戻して。強制的に回れ右すると。
「あれ・・何も買わない・・」とつぶやくケンさんに。なぜかイライラムシャクシャして。
「あーもう・・どうして、あてもないオトコにチョコ買ってあげなきゃならないのよ。私はね、靴が欲しいの靴、こないだイイの見つけたのよ」と大きな声でぼやく私に。
「あぁ・・それだったら、最初からそう言ってくれれば」と何も気にしてなさそうなケンさんだから。もっとカチンときて・・。
「言わなくても、そのくらい察してよ」・・このバカ・・まで声にしてしまいそうになる。けど。
「恭子ちゃんがこんなところに連れてくるから・・今は少し期待してるけど」
しょぼん とつぶやくケンさんのこの、なんとなく反省していそうな雰囲気が、きゅん・・と心の弦を小さく弾いて、だから私の気持ちも落ち着いて。
「期待って・・ナニを?」と何かを期待しながら聞いてみたら。
「あの・・だから・・チョコレート・・もらえるのかなって」本当に子供みたいな、恥ずかしそうな、今から喜びますよって顔。に、ため息でそうになる、どうして、こうテンポが遅れているというか。そのセリフをもう少し前に言わないのとか。言って欲しいときに言わないのとか、そういう場面じゃない時に言うの? とか。だから、このオトコには恋愛感情が湧かないんだと、またそんなことを思い出しながら。
「はいはいはいはい・・それじゃ・・ケンさんにはコレ」
と目についた一枚の板チョコは。
「あの日に帰りたいあなたたちのためにイニシエから伝わる夜のエキス」
「いちいち読まなくていいでしょ、そういうこと」その・・低い声で・・。
こんなところで、みんなじろじろ見てるし・・もう・・恥ずかしい。
「夜のエキス・・どゆ意味? 別に帰りたいあの日なんてないんだけど」
「優子に聞いて、私が、これ食べてからしなさいって言ってたって」
「食べてからしなさい・・ってナニを」
ふざけてるの? この人・・それとも・・本当に、素?
「優子に聞けばわかるから。はい、チョコ買ってあげるから。喜んでください」
「はーい・・・よくわからないけど」
「解らなくてもいいのよ」
はぁー疲れる。レジでお金払って。大勢のカワイイ女の子たちがチラリチラリとみている前で。
「ハイどうぞ、嬉しいでしょ」と大きな声でケンさんにチョコレート渡すと。
「あ・・アリガトって・・今日貰っても」とまた余計なことを言うから。
「じゃぁ14日まで持ってるから」と鞄にしまおうとしたら。
「あぁ・・それじゃ、今もらうよ‥ありがとう。噛みしめて食べるから」
と、それなりに爽やかな笑顔で私からチョコレートを奪い取ったケンさんがもう一度。
「アリガト・・こんなにカワイイ女の子にチョコレートもらうなんて・・うれしい・・もんだね」
とつぶやいた瞬間・・その言葉が、また心の弦を小さく弾いた感じがした。きゅん・・って。もしかして、これって、チョコのノロイを解く呪文かな? こんなにカワイイ女の子にチョコレートもらうなんて・・まぁ、よく考えれば、これで、もうここに来る予定もなくなったわけだし。でも。本当に嬉しそうな顔でチョコレートを鞄にしまうケンさんのこと、なぜか遠くに感じているな今の私。その遠さが気持ちをこんなに冷静にさせているというか、こんなに遠い人だったかなという思いが寂しさと一緒に溢れた。やっぱり、彼女ができた男だから? 私にもチャンスがあったかもしれないオトコなのに、と思ってる? この男にできた彼女が幼馴染だから? こんなにそばにいるのに、もう手に入らなくなった宝物だから・・本当は好きなのかな。私、このオトコを抱きたいと思っているのかな? 出逢った瞬間のときめきを確かに思い出せるけど、もう感じることができなくなったから。そんな歌のタイトルって何だっけ? あー・・もぅ、このオトコとこうしているとどうしてそんな想いがもやもやと入道雲のように湧いてくるのだろう。
「それじゃ、チョコのお礼に、靴でも見に行こうか」
そう言ってくれるケンさんの無垢な笑顔を見上げると。やっぱり、優子を紹介したことに未練がタラタラしてるのかな。って思いは、美沙みたいだし。本当は私にもチャンスがあったかもしれないのに、優子を紹介しなければ、私がチョコレートケーキを二人で作っていたかもしれなくて、ケーキを食べた後、その流れて二人で作ったものがダンスしているマボロシが見える気もするし・・。アリーマイラブ・・だったねコレ。あのドラマって何年前の記憶かな? そんな放心状態の私に。
「どうしたの恭子ちゃん、今日はよく黙り込むよね、今日は何言ってもいい日なんだから」
なんて優しい響きで話しかけるケンさんの無垢な笑顔に、私の今の精神状態が。
「それじゃ結婚してよ」
なんて大声で叫んでしまいそうで。そんな気持ちを押さえつけているから。
「じゃ、靴買って」なんてことをぼやいてしまうんだな。と思う。それに。
「はい。でも、そんなのでいいのお誕生日プレゼント」これが、このオトコの余計な一言で。だから。
「もっといいものがあるならそれを買ってくれればいいでしょ」とぼやいてしまう私のイライラが。
「もっといいものって何だろう」とつぶやくケンさんに。
「彼氏とか、恋人とか、お婿さんとか」と言ってしまうそうになったけど。ぐっとこらえていると。
「そう言えば、恭子ちゃんの好みってよく知らないしね」と何かを思いついたケンさん。
「私の好みはあなたでしょ・・どうして気付かないのよ」とは言えずに。
私の好み・・か。なんだろう、自分でも分からないかも。とうつむいたまま黙っていると。ケンさんは。
「例えば、俳優さんで言うと、どんな人が好き・・とか。説明できる?」
なんてことを喋り始めて。そんなこと、急に言われても、頭の中で目まぐるしくアルバムをめくってしまうから、答えられるわけないし。たから・・。
「好きになった人がタイプで好みよ・・」例えば。ケンさん。と見上げても。
「こんなに可愛くて、チャーミングで、愛嬌たっぷりで、親切で優しい女の子なのにね、恋人不在というのはさ」だなんて、シレっとそんなこと言わないでよ。
「だったら、優子と別れて私と付き合ってよ・・今気まずくなってるんでしょ」
なんてこと言えるわけないし。どんな話題なのよ、そんなこと今まで一度も口にしなかったことを・・まだチョコレートのノロイが解けていないのかな。それに、可愛くてチャーミングで愛嬌たっぷりで親切で優しい女の子、だなんて、それってこの間の飲み会で私に言うべきセリフでしょ。優子を紹介する前にそう言ってくれていたら、今頃は、結婚式のスケジュールを二人でいちゃいちゃ決めている頃なのに。どうして、コノ男はいつもいつも、こんなタイミングなのよ。あーまたイライラしてきちゃった。
「で、靴ってどれ?」
「もういいです」靴なんてどうでも。それに、あーどうしよう。まだ1時間もある。こんな気分のまま、このオトコと1時間も一緒にいたら・・私、どうなるのだろう。通りすがりにケンタッキーがあるけど、これからカニを食べるために、お腹空かせておきたいし。食事会の前にプチデートなんて実行した私が浅はかだったのか。一緒にぶらぶらと歩いていても、お話ししたい話題も思いつかなくて。ケンさんもただ歩いているだけで何も喋らないし。喋るとしたら。この話題だけか・・と諦めてみた。
「ところでケンさん、さっきの話の続きだけどさ」
「さっきの話? って?」
「優子が、はぐらかすのうまいって、言ってたでしょ」
つまり、二人が気まずくなっていそうな感じだって、優子の話と。触ってはぐらかされたケンさんの話は、表現のしかたは違うけど。二人に入り始めた亀裂のような気もするし・・。だから。
「あ・・その話」というケンさんの表情の変化をじっと確かめながら・・。
「だいたいさ、優子に何かしたら私に筒抜けだから・・」
と言い始めた私は、ナニを期待してるの?
「どきっ…」
「ドキってナニ?」やっぱり・・亀裂が入ってる? と私、ナニ期待してるの?
「いや・・やっぱり全部知ってるんだね・・薄々は感じてたけど・・まぁ・・それじゃあ聞くけど」
聞くって・・なにを? もしかして・・ケンさん・・私に・・俺のコトまだ好きか? って聞くの? と自分勝手なことを思っていたら。
「優子さん、まだ、怒っていそうだった?」とつぶやいたケンさん。
その大真面目な表情と、この一言に、もう、私には0.001%のチャンスもないんだなと感じるのはなぜだろう。私、今何を期待してたのだろう。言葉で表すと・・・愛し合ってる二人が同じことを気遣っている・・ケンさんは触ろうとして、優子が怒っていたらどうしよう・・優子はケンさんを拒否して、嫌われてしまったらどうしよう・・それをお互いに口にできなくて・・。気まずいわけだ。そういうことだ・・だから。優子は怒っているわけではなくて。つまり。
「ケンさんと同じじゃないかな・・」とつぶやくと。
「同じ・・って?」
つまり、お互いが、あんなことも、こんなことも、して欲しくて、してあげたいのに、どっちも先に言い出せない状態というわけだ・・ウブすぎる女とオクテすぎる男の組み合わせ・・はぁぁぁ・・相思相愛の恋・・とでも言えばいいのかな。そのステップ・・愛に移行する前の前戯か・・お互い同じことを考えていて、まどろっこしくて、もやもやして、切り出すタイミングがいつもずれるから、おかしくなってしまうそうな、それが恋だよね。どうして私じゃないのかな・・・空想しただけで、悲しいかも。そんなことを思いながらケンさんの顔を見上げると。
「まぁ・・同じと言えば・・そうかもしれないね。で、本当に・・靴はいいの?」
って、真剣に考えてあげるコトが、やっぱり馬鹿らしくなって。だから。
「それじゃ・・お言葉に甘えます。買ってください。こっちのお店・・行きましょ」
と、ケンさんの手を引いて。本当は、こっちだったかどうかもあやふやだけど・・もう、優子とケンさんのコト、アフターサービス期間も終了させよう。チョコのノロイと一緒に。
そして、会社のエントランスを出てすぐ、ケンさんの左腕にしがみつくと、チラッと私を見下ろすケンさんがニコッと笑って。だから私もぐりぐりと甘えて。あの日以来かなこうするの。と思い出すと。あの日か・・と思い出したくないことまでもやもやと思い浮かんで。立ち止まるのは信号が赤だから。立ち止まり、ため息吐いて、あの日か・・という思いを断ち切ると。信号が変わって、無意識に歩調を合わせたその一瞬。むぎゅうっと、おしくらまんじゅうをして、止まってしまった私たち。
私はなぜか無意識に右方向に行こうとして。ケンさんはなぜか無意識に左方向に行こうとして。ぎゅっと押し合ってから。
「あれ・・」
と、横断歩道の真ん中で顔を見合わせて、「えっ・・どっち?」と、つぶやいて、また立ち止まってしまった。
「恭子ちゃん・・商店街に行くんじゃないの?」と聞くケンさんに。
「あ・・うん・・ちょっと・・こっちかな・・と」
何しようとしてたんだろ・・というか、今誰に操られて、どこに行こうとしてたのだろう私? と自分に訊ねてみると。
「商店街より・・その・・デパートに行きたいかなって思って」いるようだね・・私って。でも・・どうして?
「デパート? じゃぁそっち行こうか・・ナニか欲しいもの?」と、不思議そうな顔で聞くケンさんの顔を見ると。
「う・・うん・・まぁね」
って私、ナニが欲しいのだろ? さっきナニか思いついていた気がするけど、思い出せない。
「じゃ、デパートに行きましょうか」
とケンさんに引かれるまま、右に曲がって歩き始めると、この道はいつか来た道、ああ、そうだよね、私何しようとしてたんだろう。と思いながら、思い出すことは、この前、美沙とこの道をこうして・・腕に絡みついてはいないけど。その次の日も優子とこの道をこうして・・そして、今日はケンさんとこうして・・。同じところを歩いていて・・。これって、デジャブ・・どうしよう、もしかして無意識の習慣になってる? それとも、無限ループに嵌り込んだ? もしかして私チョコレートのノロイに操られている? ケンさんと一緒だから、ノロイではないと思うけど。なんかヘンな感じ。と思っていると。
「プチデートには時間余り過ぎかな?」
なんてことを言い始めるケンさんが腕時計を気にしていて。それって、私じゃご不満って意味? という目で腕時計を覗き込んだら、まだ3時20分か。確かに、微妙に持て余す時間だね。だから。
「私じゃ御不満そうね、優子とは何時に待ち合わせてるの?」と聞くと。
「不満ではないけど・・5時に駅前だから・・あと1時間40分か」
とケンさんは私にナニか提案してくれよと目で訴えていて。
「だから、デパートぶらぶらしましょ」と提案して。
「うん・・」とあまり乗り気ではなさそうになったケンさんの返事に思いつくこと・・デパートと言えば、連想してしまう、またチョコレート・・と言えば。
「あーそうだ。ねぇ、ケンさんって、優子からチョコレートもらう予定なの」そう・・もらう予定があるから、一昨日は優子が私をこうしてデパートに連れて行ったわけだけど。もらう側の気持ちって聞いたことないし。だから。
「やっぱり、ケンさんも、女の子からチョコもらうと嬉しい?」そう聞いてみると。
「え・・あぁ・・まぁ、嬉しいというか一方的にもらうだけじゃなんだから・・チョコレートケーキ作ろうかって話したんだけど」
というのは、確かに優子から聞いた話と一致する言い訳だね。まぁ、ケンさんらしい返事かなこれ、だから? 私的にはどうなんだろう? あーそうそう。「二人で作ろうか」といってた優子を思い出しながら、もう一つ思いつくこと。
「それって、二人で? ケンさんの部屋で?」チョコレートケーキの他にも何か作る気? なんてこと、遠回しにでも言いにくいような・・。と思っていると。
「うん・・まぁ・・二人で・・ケンさんの部屋で・・まぁ・・チョコレートケーキ・・を・・ね」
と、恥ずかしそうにつぶやくケンさんの横顔を。
「ふううううううううううううううん」作るのケーキだけ? と聞きたい気持ちを抑えて見つめると。
「だから・・ナニ?」と、やっぱり、何もわかってなさそうな子供っぽい表情。に、思いついた私なりの言い訳を。
「だったら、14日は私からケンさんにチョコあげるタイミングがないかなって思っただけよ」
とつぶやいたら。ケンさんは。
「あ・・チョコくれる予定なんだ」なんて、そっけなく、普通の表情のまま言うから。
「ってなによソレ、期待とかしてなかったの、普通するでしょ」
「・・期待って」
「チョコの期待くらいしてもいいでしょ、私とケンさんの仲なんだから」
「あぁ・・うん・・じゃ・・期待しようか」
「もぉ・・そういういい方されるとあげる気なくなるし」
「あぁ・・じゃぁ・・あげる人いないなら、みんなの前で盛大にもらってあげようか。と言えばイイの?」
「どういう意味よ、それ」
「違うの」
「言った私がバカでした」
「なんだか、よくわからないのですけど」
「優子に聞いてください」
「何て?」
「知らないわよ。あーもう」
会話が全然かみ合わない。ケンさんって優子に洗脳され始めてるのかな、前はもっと話してること分かってたような気がするのだけど。なんだか、優子と話してるような錯覚を感じてる。
「でもさ・・バレンタインデーが誕生日だなんて、恭子ちゃんってどんな運命背負っているのだろうね」
えっ? 急に何の話? どんな運命って? 運命・・というキーワードに無茶苦茶敏感になってる最近の私。と思いながらケンさんを見上げて黙っていると。
「誕生日と何かの記念日が同じって、ほら、何かものすごい運命を背負っていそうな感じするでしょ」
だから、それは、どんな運命だと思うの? と目で訴えているのに。
「ねぇ、すんごい運命が待ち構えているとしたらどうする。2月14日に」
? ? ? どうする? の以前に、どんな運命が待ち構えていそうなの? を知りたいのに。ケンさんは。
「その日にならなきゃわからないよね」って一人で納得してるし。
どうしよう。本当に優子と喋っている錯覚がしてる。ケンさん誰と何の会話してるのだろう? ・・優子に連れていかれて、もう私の手が届くところにいないのかもしれないね。と幻滅すると、そこは、またここかと気付いたデパートの入口からすぐのチョコレート売り場。相変わらず周波数高めの雑音にうんざりしようとしたら。ふと、雑音が途切れた気がした。のと同時に。あれっと思ってしまう。女の子たちの視線が。
「男の子は立ち入り禁止とかじゃないのココって」
と立ち止まるケンさんに向いているような。いや・・向いてる。しかも、ものすごく注目されている。品定めされていると言うべきか、みんな口元抑えて、ひそひそひそ・・。まぁまぁね・・75点くらい・・私的には80オーバー・・なんかいい感じねあの娘・・うらやましい。と聞こえたかも。だから。
「別にいいじゃん、チョコ売り場にオトコ連れてきて何が悪いの?」
と周りに聞こえる声でケンさんに向かってぼやきながら。
確かに、男子禁制なのかな、去年までの私には縁のなかったイベントだから、そう言うシキタリとか知らないのですけど。と思いながら、しがみついているケンさんの左腕を解放してあげて。と言うか、しがみついているのが恥ずかしい気がして。どうしてみんなそんな目でジロジロ見るの? カレシではないけど、まぁまぁのいい男でしょ、今だけは私のオトコでもあるし。 とぼやこうとしたら。
「みんな、こんなところでチョコレート買って、カレシとか恋人にあげるんだね、初めて来るよチョコレート売り場なんて、みんな何か期待しながら買うのかな?」とまじめに聞くケンさんに。
「じゃないの・・よく知らないけど」と答える私。すると、「あっ」と目を丸く見開いて、一瞬なにか閃いたようなケンさんが。
「・・もしかして、恭子ちゃん、本当は、誰かチョコレートあげる人がいるんだ、つまり、恋人。だから、どんなのがイイかとか、選んでほしいとか、そういうことかな、こんなところに連れてくるって」
なんてことを聞くから。
「なわけないでしょ、ケンさん以外に誰がいるって言うのよ」と慌てて即答したら。
「こないだ飲み会で一緒にいた人・・たしか、タケチャン・・マッちゃん・・どっち」
なんてことを思い出してるし。
「そういうこと、思い出させないでくれる」
特にその二人の顔だけはこういう場所で。と本気で思っていると。
「ちがうの・・じゃぁ・・本当に誰もいないってこと?」って、どうしてそんなに大真面目な顔でつぶやくわけ? だから。
「そうよ、違うし、ケンさん以外に誰もいないし、ケンさんにあげるチョコレート、面倒くさいから自分で選んでよって、だから、もぅ・・どんなのがいいの?」
なんてことを、こんなところで、こんなに不機嫌な気分で言わなきゃならない悲しさって・・ナニ? と思っていると。
「あぁ・・そういうこと・・」と普通にうなずくケンさんが。
「そういうことってどういうこと?」ともっと不機嫌になりそうな私。に。
「いや・・こっちの話・・だったら、安心だねって・・」と言った瞬間・・。
えっ? 「だったら、安心だね・・?」 これって、このイントネーションって・・ピコンピコンと胸の電球を点滅させてない? こないだ聞いたよねコレ。いつ聞いたの? 思い出せない。確かに、ピコンピコンするこのイントネーション・・誰に聞いた? 美沙だっけ・・確かに、この場所て聞いたような・・優子がいった言葉? 「だったら、安心だね・・」って? えぇ・・ナニナニなになに・・この胸騒ぎ。夢の中だっけ? 確かに・・間違いなく・・二回目だよね「だったら、安心だね」って。どうしてこんなに胸騒ぎが・・この言葉に? と立ちすくんでいる私に。
「じゃ・・こんなのをリクエストしてもいいかな」
とケンさんが無邪気な雰囲気で摘まんで私に見せたのは、一昨日よりもっと低くなってるチロルチョコレートの山の一粒。
「義理」
と読まなくてもわかる文字が書かれていて・・そんなのでいいの? という幻滅と言うか、ケンさんらしいと言うか、優子は二人で作るチョコレートケーキで、私は指先で摘まめるチロルチョコか、という比較なのか。と言う思いが、一瞬前の胸騒ぎを忘れさせて。だから。
「優子がいなければ・・」とつぶやきながら見つけたもう一粒。
「本命」とつぶやきながら摘まみ上げると。
「義理でいいよ」と慌てて私の手から「本命」チロルチョコを奪おうとするケンさんを。
「私的には、ケンさんは本命なの」と払いのけて。
「でも・・」とたじろぐケンさんに。
「今日は私のわがまま全部聞くって約束でしょ」
全部とは言わなかったかな・・と思いながら。こんなことを言うのがどうして こんなに悔しく感じるのか、と思っていると。
「それじゃ・・それでもいいよ・・今日は」
なによその言い方、だから、もっと・・もっと・・悲しくなりそうだから・・。「義理」も「本命」もチロルチョコの山に戻して。強制的に回れ右すると。
「あれ・・何も買わない・・」とつぶやくケンさんに。なぜかイライラムシャクシャして。
「あーもう・・どうして、あてもないオトコにチョコ買ってあげなきゃならないのよ。私はね、靴が欲しいの靴、こないだイイの見つけたのよ」と大きな声でぼやく私に。
「あぁ・・それだったら、最初からそう言ってくれれば」と何も気にしてなさそうなケンさんだから。もっとカチンときて・・。
「言わなくても、そのくらい察してよ」・・このバカ・・まで声にしてしまいそうになる。けど。
「恭子ちゃんがこんなところに連れてくるから・・今は少し期待してるけど」
しょぼん とつぶやくケンさんのこの、なんとなく反省していそうな雰囲気が、きゅん・・と心の弦を小さく弾いて、だから私の気持ちも落ち着いて。
「期待って・・ナニを?」と何かを期待しながら聞いてみたら。
「あの・・だから・・チョコレート・・もらえるのかなって」本当に子供みたいな、恥ずかしそうな、今から喜びますよって顔。に、ため息でそうになる、どうして、こうテンポが遅れているというか。そのセリフをもう少し前に言わないのとか。言って欲しいときに言わないのとか、そういう場面じゃない時に言うの? とか。だから、このオトコには恋愛感情が湧かないんだと、またそんなことを思い出しながら。
「はいはいはいはい・・それじゃ・・ケンさんにはコレ」
と目についた一枚の板チョコは。
「あの日に帰りたいあなたたちのためにイニシエから伝わる夜のエキス」
「いちいち読まなくていいでしょ、そういうこと」その・・低い声で・・。
こんなところで、みんなじろじろ見てるし・・もう・・恥ずかしい。
「夜のエキス・・どゆ意味? 別に帰りたいあの日なんてないんだけど」
「優子に聞いて、私が、これ食べてからしなさいって言ってたって」
「食べてからしなさい・・ってナニを」
ふざけてるの? この人・・それとも・・本当に、素?
「優子に聞けばわかるから。はい、チョコ買ってあげるから。喜んでください」
「はーい・・・よくわからないけど」
「解らなくてもいいのよ」
はぁー疲れる。レジでお金払って。大勢のカワイイ女の子たちがチラリチラリとみている前で。
「ハイどうぞ、嬉しいでしょ」と大きな声でケンさんにチョコレート渡すと。
「あ・・アリガトって・・今日貰っても」とまた余計なことを言うから。
「じゃぁ14日まで持ってるから」と鞄にしまおうとしたら。
「あぁ・・それじゃ、今もらうよ‥ありがとう。噛みしめて食べるから」
と、それなりに爽やかな笑顔で私からチョコレートを奪い取ったケンさんがもう一度。
「アリガト・・こんなにカワイイ女の子にチョコレートもらうなんて・・うれしい・・もんだね」
とつぶやいた瞬間・・その言葉が、また心の弦を小さく弾いた感じがした。きゅん・・って。もしかして、これって、チョコのノロイを解く呪文かな? こんなにカワイイ女の子にチョコレートもらうなんて・・まぁ、よく考えれば、これで、もうここに来る予定もなくなったわけだし。でも。本当に嬉しそうな顔でチョコレートを鞄にしまうケンさんのこと、なぜか遠くに感じているな今の私。その遠さが気持ちをこんなに冷静にさせているというか、こんなに遠い人だったかなという思いが寂しさと一緒に溢れた。やっぱり、彼女ができた男だから? 私にもチャンスがあったかもしれないオトコなのに、と思ってる? この男にできた彼女が幼馴染だから? こんなにそばにいるのに、もう手に入らなくなった宝物だから・・本当は好きなのかな。私、このオトコを抱きたいと思っているのかな? 出逢った瞬間のときめきを確かに思い出せるけど、もう感じることができなくなったから。そんな歌のタイトルって何だっけ? あー・・もぅ、このオトコとこうしているとどうしてそんな想いがもやもやと入道雲のように湧いてくるのだろう。
「それじゃ、チョコのお礼に、靴でも見に行こうか」
そう言ってくれるケンさんの無垢な笑顔を見上げると。やっぱり、優子を紹介したことに未練がタラタラしてるのかな。って思いは、美沙みたいだし。本当は私にもチャンスがあったかもしれないのに、優子を紹介しなければ、私がチョコレートケーキを二人で作っていたかもしれなくて、ケーキを食べた後、その流れて二人で作ったものがダンスしているマボロシが見える気もするし・・。アリーマイラブ・・だったねコレ。あのドラマって何年前の記憶かな? そんな放心状態の私に。
「どうしたの恭子ちゃん、今日はよく黙り込むよね、今日は何言ってもいい日なんだから」
なんて優しい響きで話しかけるケンさんの無垢な笑顔に、私の今の精神状態が。
「それじゃ結婚してよ」
なんて大声で叫んでしまいそうで。そんな気持ちを押さえつけているから。
「じゃ、靴買って」なんてことをぼやいてしまうんだな。と思う。それに。
「はい。でも、そんなのでいいのお誕生日プレゼント」これが、このオトコの余計な一言で。だから。
「もっといいものがあるならそれを買ってくれればいいでしょ」とぼやいてしまう私のイライラが。
「もっといいものって何だろう」とつぶやくケンさんに。
「彼氏とか、恋人とか、お婿さんとか」と言ってしまうそうになったけど。ぐっとこらえていると。
「そう言えば、恭子ちゃんの好みってよく知らないしね」と何かを思いついたケンさん。
「私の好みはあなたでしょ・・どうして気付かないのよ」とは言えずに。
私の好み・・か。なんだろう、自分でも分からないかも。とうつむいたまま黙っていると。ケンさんは。
「例えば、俳優さんで言うと、どんな人が好き・・とか。説明できる?」
なんてことを喋り始めて。そんなこと、急に言われても、頭の中で目まぐるしくアルバムをめくってしまうから、答えられるわけないし。たから・・。
「好きになった人がタイプで好みよ・・」例えば。ケンさん。と見上げても。
「こんなに可愛くて、チャーミングで、愛嬌たっぷりで、親切で優しい女の子なのにね、恋人不在というのはさ」だなんて、シレっとそんなこと言わないでよ。
「だったら、優子と別れて私と付き合ってよ・・今気まずくなってるんでしょ」
なんてこと言えるわけないし。どんな話題なのよ、そんなこと今まで一度も口にしなかったことを・・まだチョコレートのノロイが解けていないのかな。それに、可愛くてチャーミングで愛嬌たっぷりで親切で優しい女の子、だなんて、それってこの間の飲み会で私に言うべきセリフでしょ。優子を紹介する前にそう言ってくれていたら、今頃は、結婚式のスケジュールを二人でいちゃいちゃ決めている頃なのに。どうして、コノ男はいつもいつも、こんなタイミングなのよ。あーまたイライラしてきちゃった。
「で、靴ってどれ?」
「もういいです」靴なんてどうでも。それに、あーどうしよう。まだ1時間もある。こんな気分のまま、このオトコと1時間も一緒にいたら・・私、どうなるのだろう。通りすがりにケンタッキーがあるけど、これからカニを食べるために、お腹空かせておきたいし。食事会の前にプチデートなんて実行した私が浅はかだったのか。一緒にぶらぶらと歩いていても、お話ししたい話題も思いつかなくて。ケンさんもただ歩いているだけで何も喋らないし。喋るとしたら。この話題だけか・・と諦めてみた。
「ところでケンさん、さっきの話の続きだけどさ」
「さっきの話? って?」
「優子が、はぐらかすのうまいって、言ってたでしょ」
つまり、二人が気まずくなっていそうな感じだって、優子の話と。触ってはぐらかされたケンさんの話は、表現のしかたは違うけど。二人に入り始めた亀裂のような気もするし・・。だから。
「あ・・その話」というケンさんの表情の変化をじっと確かめながら・・。
「だいたいさ、優子に何かしたら私に筒抜けだから・・」
と言い始めた私は、ナニを期待してるの?
「どきっ…」
「ドキってナニ?」やっぱり・・亀裂が入ってる? と私、ナニ期待してるの?
「いや・・やっぱり全部知ってるんだね・・薄々は感じてたけど・・まぁ・・それじゃあ聞くけど」
聞くって・・なにを? もしかして・・ケンさん・・私に・・俺のコトまだ好きか? って聞くの? と自分勝手なことを思っていたら。
「優子さん、まだ、怒っていそうだった?」とつぶやいたケンさん。
その大真面目な表情と、この一言に、もう、私には0.001%のチャンスもないんだなと感じるのはなぜだろう。私、今何を期待してたのだろう。言葉で表すと・・・愛し合ってる二人が同じことを気遣っている・・ケンさんは触ろうとして、優子が怒っていたらどうしよう・・優子はケンさんを拒否して、嫌われてしまったらどうしよう・・それをお互いに口にできなくて・・。気まずいわけだ。そういうことだ・・だから。優子は怒っているわけではなくて。つまり。
「ケンさんと同じじゃないかな・・」とつぶやくと。
「同じ・・って?」
つまり、お互いが、あんなことも、こんなことも、して欲しくて、してあげたいのに、どっちも先に言い出せない状態というわけだ・・ウブすぎる女とオクテすぎる男の組み合わせ・・はぁぁぁ・・相思相愛の恋・・とでも言えばいいのかな。そのステップ・・愛に移行する前の前戯か・・お互い同じことを考えていて、まどろっこしくて、もやもやして、切り出すタイミングがいつもずれるから、おかしくなってしまうそうな、それが恋だよね。どうして私じゃないのかな・・・空想しただけで、悲しいかも。そんなことを思いながらケンさんの顔を見上げると。
「まぁ・・同じと言えば・・そうかもしれないね。で、本当に・・靴はいいの?」
って、真剣に考えてあげるコトが、やっぱり馬鹿らしくなって。だから。
「それじゃ・・お言葉に甘えます。買ってください。こっちのお店・・行きましょ」
と、ケンさんの手を引いて。本当は、こっちだったかどうかもあやふやだけど・・もう、優子とケンさんのコト、アフターサービス期間も終了させよう。チョコのノロイと一緒に。
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