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第1章 転がり落ちてきた玉座への道と、繰り上がり王太子の嫁取り事情

【閑話08】ウルリーカ01.己の手からすり抜けるモノは何か、

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 目の前が熱くなる感覚がする。これは久しく感じていなかった、強い嫉妬の感情だ。あの子は、わたくしのモノだったのだ。最近はあの子に手を出そうとする雄も居らず、きちんと囲えていたから、嫉妬とは無縁の生活をしていたのだ。
 そうしてあの子に逃げられないよう包囲網も完成して、婚姻まで秒読みだったのに。なのに、あの子が他の雄によって興奮している。あんなにも、雌らしい顔を他の雄に見せている。――到底、許容できるものではなかった。

 わたくしが神子様を亡き者にしようとして、上手くいかなかった夜会。戯れにセドであるクレーメンス殿下に、我が帝国で開発された呪術をかけた。
 ……否、たぶん羨ましかったのだ。わたくしが婚姻させられそうな神子様は、クレーメンス殿下と仲が良さそうで。しかも神子様雌のようだったので、そもそもの帝国がわたくしと神子様を娶せるという思惑は通りそうになかった。万全に守られている神子様に呪術はかけられない、という腑抜けたことを言う呪術師に、つい魔が差したのだ。クレーメンス殿下は想いを通わせた婚約者がいて、逆ハーレムに婿入りするが円満な仲であるらしい、と。そう聞こえていたから、同じ王族・皇族なのになぜこうも違うのかと苛立ち交じりの妬心もあって。だから、「退室された殿下にでも呪って少しでも混乱を起こしなさい」と、そう指示した。

 どうバレたのか分からないが、夜会終了直後には客室に軟禁されていた。帝国から連れてきた侍女や護衛は全員別室で拘束されているらしく、わたくしを世話する侍女も護衛も全員が王国の者だった。思わず臍を嚙んで、護衛として連れてきたあの子や皆は無事かと祈るしかなかった。

 夜会から数日、急に王妃陛下と宰相閣下とのお茶会に呼ばれ。不自然に白い垂れ幕がある部屋に案内された。普通のお茶会では考えられないほどに厳戒態勢が敷かれた中で、お茶会が始まった。何の意図があってこうした機会を設けているのかと不審に思っていたら、――白い垂れ幕にあの子の痴態が映ったのだ。


「流石はクレーメンス殿下ですねぇ。作戦を立てたのはあの子達でしょうけど、悪役もハマっていてとても王子には見えない」
「わたくしが教育したのよ? 当たり前ではないの。それよりも、あの甘々な態度は雌には毒ねぇ。あの女の血を確実に感じるわ」
「ああ、マレーナ様クレーメンス母は王妃陛下を崇拝していらっしゃいますけれども。あれが、恋愛に置き換わるとこうなるのですね」
「まあ幸いなことに、メシークレーメンスはそれなりに理性的だわ。婚約者にしか直截的にはしていないのだから、問題は起こさないでしょう」
「というか、婚約者以外にあんな甘ったるい態度をしたら問題ですよ。雌なら即堕ちしてしまいます。――でしょう? 皇女殿下」


 急に話を振られて、まごついてしまったが、彼女達は気にした風もなくお喋りを続けていた。わたくしとしては、怒りと皇女としての矜持でいっぱいいっぱいだったので、まともに受け答え出来ないことを突かれなくて幸いだった。
 よく見ると垂れ幕は2つあり、わたくしが注目していたあの子の痴態の方とは別の垂れ幕もあったようだ。そこには呪うよう指示してあったあのセドの王子が、あの子に対して貴人向け拷問している姿が映っているようだった。

 あの子の置かれた状況は把握したが、これはとてもマズい。あの子は騎士になるから拷問耐性もそれなりにつけているが、公爵令息という立場から貴人用の拷問耐性しかつけていない。更に言えば、の拷問耐性であって、間違ってもの拷問耐性なんてつけていない。
 そんな者が、貴人用とはいえ快楽拷問なんて受けたら、どうなるかは火を見るよりも明らかだった。


「――雌なら羨ましいわねぇ。まあ陛下も妻には甘いから、案外陛下の血も強いということかしら?」
「やっぱり陛下の血とマレーナ様の血は、混ぜるな危険では? 実際の殿下が、こんな有様ですし。私だって若い雌ならコロっとイってしまいそうです」
「メシーのアレは刺激が強いからか、本人も無意識にパウリーネを避けているのよね。パウリーネなんて、雄から雌堕ちした猛者なのに可哀想だわ」


 聞き捨てならない話が聞こえた。名前からして、というように聞こえる。雌に甘んじるのではなく、雌堕ち? 雌堕ちということは、元の性癖を越えて相手を愛してしまった者ということだ。そういえば、王国の公爵家の嫡子に女傑がいると有名だったような。確か、パウリーネ嬢という名ではなかったか?

 それほどの女傑が雌堕ちするほどの、雄だというの……? だとしたら、あの子は――。


「ああ、パウリーネ嬢もなかなかですよね。雄として振る舞ってきたのが、いきなり雌宣言。あれは驚きました」
「雄だったのに雌に方向転換、メシーはそれに薄々気付いていながらも受け入れているものね。割れ鍋に綴じ蓋じゃなくて?」
「雌としては、最高の御方ですよねぇ。10人の妃を娶ることも戸惑っていらっしゃいましたが、最近は腹を括ったようですよ。見合いはもう終わりかと、残りは学園かとそれとなく聞かれましたので」
「あら、いい傾向ね。急にリモに内定したメシーには負担をかけるけど、残り6人の選定が大変そうねぇ。なんせ、押しかけ女房になりそうな者が幾人か浮かぶのよ」
「殿下は人気者ですねぇ。まあ、あんなにも雌にとって理想的な王子様で実際の王子殿下、しかもリモ確定となれば、分からなくもないですが」


 垂れ幕に映るのみで、音声は聞こえない。だから、あの子が息が荒くなった様子や何か話していたとしても、こちらからは何も分からない。あそこに居る雄に、あの子のあられもない姿だけでなく、艶やかな声すら聞かれているかもしれない。これは、許容できやしない。手元の扇子を思い切り握りしめ、垂れ幕に映るあの子をじっと見つめるより他なかった。

 だから、王妃陛下と宰相閣下の言葉を聞き逃してしまったのだ。――知っていたら、何が何でも逃げたというのに。


「元雄の雌まで受け入れてしまうものね。そのうち、雄化したのに雌堕ちした者まで娶るんではなくて?」
「それは……、否定しきれないところが殿下らしいというか。まあ我々は見守るのみですね」
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