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第1章 転がり落ちてきた玉座への道と、繰り上がり王太子の嫁取り事情

【閑話04】リースベット01.わたくしの世界に居座る図々しい魔性たち

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※リースベット・フィオ・シェルクヴィスト:本編中によく出てくる「王妃陛下」。
 現国王の正妃で、第一王子アーロンの産みの母で、主人公クレーメンスの育ての母

 * * *

 わたくし、リースベット・フィオ・シェルクヴィストがこの地位につくまで、恐ろしいほどのしなくてもいい余計な苦難を味わった。だが、まさかこの地位――王妃という立ち位置を得てからも、邪魔されるとは思わなんだ。

 マレーナ・レット・シェルクヴィスト。ただの一侯爵令嬢として燻っていたわたくしを十妃までのし上げた、裏で暗躍しまくってて逆に有名な伯爵令嬢。この女は、国王陛下が王太子となる直前くらいの頃に十妃の一人という地位を得たわたくしを追いかけて、王太子として忙しくしていた陛下の十妃の一人というわたくしと同じ地位を得た。いったいどんな取引をすれば、ただの伯爵令嬢が陛下の側妃なぞに召し上げられるというのだ。意味が分からなかった。私はリースベット様と一緒に居たいのです、と意味分からないことばかり言って、つきまとわれて。マレーナのことは、今でもよく分からない。

 ただ、マレーナに対して思うことは色々とあっても、結局最後のところでは嫌いになれなかった。だって、雛鳥みたいにリースベット様! リースベット様! って追いかけられてご覧なさいよ。マレーナは、美人というほどでもないが、ほんわか可愛い系なのだ。余計に絆されるというものだ。

 が、マレーナのその可愛らしさと態度に騙されてはいけない。中身は真っ黒だし、よく分からないけどわたくしが大好き過ぎてわたくしの敵と見做したものは蹴散らす。しかも、全部は排除できなかったですごめんなさい、という意味不明な謝罪までしてくる。これで恐怖を覚えない方がどうかと思う。それなのに、そのマレーナを肯定して彼女に協力する信奉者の多いこと。しかも、マレーナ様が敬っているリースベット様はきっと素晴らしい淑女だ、とその信奉者達に意味分からない持ちあげられ方をする。正直、意味が分からな過ぎてしばらくは寝られなかった。可愛い顔のマレーナが大群の信奉者を連れてわたくしに突撃する夢まで見た。
 だから、マレーナのことは嫌いではないけど、苦手意識が強い。


 そして、わたくしが陛下と婚姻してアーロンという第一子を得た2年後。なんだかんだ、わたくしがマレーナの扱いに慣れたし王妃にもなって采配を振るう充実した日々に、あの女は恐ろしいことを言った。


「リースベット様! 男の子を授かりましたが、どうやって育てましょう? わたくしが見事にご希望の通りに矯正して、リースベット様の役に立つ男に仕立て上げますわ!」
「……マレーナ、そう言うのなら、管理はわたくしがするわ。あなたは、その子を可愛がってあげてちょうだい」
「あら、リースベット様に育てて頂けるとは、なんて羨ましい息子でしょう。ですがリースベット様の管理下にあるのが一番好みに育てられますものね、好きに使ってくださいまし」


 正直、王妃になって日が浅くまだまだ王宮内を掌握しきれたとは言い切れない。だというのに、この女は恐ろしいことを言い出す。わたくしに関することで、マレーナは冗談を言わない。暗殺者に育てろとでも言ったら、本当にこの国の第二王子と産まれたこの子を暗殺者にしてしまいそうだ。そんな馬鹿げた話、王妃としてもひとりの母としても許せるものではない。

 が、信奉者を沢山持つ母の息子は、母に似て魔性だった。しかも本人は無自覚だ。否、マレーナも無自覚と言えばそうなのだが、「便利な下僕が居るとリースベット様への貢ぎ物の準備が滞らなくて便利ですわ」とほざいていたので、信奉者を認識していて使うという意味では理解している。
 だが、あの女の息子――クレーメンスという魔性は自分のその魅力に無頓着だ。

 何をどうしたら、リンドフォーシュ公爵家なぞ癖の強い一族の、更にその血が濃く出てると名高い幼い才媛に惚れられることになるのだ。しかも、あの小娘は絶対にクレーメンス限定の雌、つまり本性は雄だ。
 そして、その小娘が逆ハーレムを築くために集めた婚約者どもが、何故にクレーメンス信奉者ばかりだというのだ。クレーメンスと穴兄弟になりたいから、あの小娘と手を組んだ、って正気とも思えない話だ。しかも、確実にクレーメンスの血を引く子になるように準備を進めていたという話も耳に入っている。

 まあ、たまにそういう血の調整は行う。行うことはあるが、どう考えても彼奴らがクレーメンスの血を引く子を愛でたいだけだ。

 それに、だ。何をどうしたらハーレムの主が、自分の夫の情夫を迎え入れる準備をするのだ。本館に部屋を用意しようとする辺り、本気度が見える。どう考えても、クレーメンスの心が離れる可能性を潰しにかかっているだけだ。
 その情夫候補であるクレーメンスの乳兄弟も、生まれた時からクレーメンスに心酔しているとか。乳兄弟が侍従になると言うのは不妊の魔術を施されるという屈辱を味わうことになるのに、伯爵令息という生まれであるにも関わらず、何の戸惑いもなく術を受けてクレーメンスに侍っているという。

 あの我が息子に冷ややかだったユーハンも、実は昔からこの魔性にたらしこまれてたらしく、見合いを打診したらすぐ返信が来るし即日婚約内定になるし。

 たぶん、他にもたらしこまれている者はたくさんいるし、これからも増え続けていくのだろう。

 もうやだ、この魔性親子……。それなのに、その魔性の息子の方が、王位を継ぐ可能性が出てきてしまった。嫌な予感しかしない。
 あの女二号と化しているクレーメンスの魔性が引き継がれてあの女三号、四号と増えていったら周りの心労が絶えないに違いない。わたくし、王太后になっても義孫にあたる子達の魔性対策をせねばならないのかしら?

 ――無論、文句ばかりではないのだ。マレーナのことは言うに及ばず、クレーメンスにも感謝している。

 王妃としては色々と頑張ってきたけれど、母として息子にあまり向き合ってこなかったかもしれない。そして、義息子であるクレーメンスにまで構うから、息子のアーロンが面白く思っていなかったのは聞き及んでいた。
 でも、王位継承第二位のクレーメンスを掌握することは王位継承権第一位のアーロンの地位を固めることにも有効だったのだ。だから、たとえ本来の目的は魔性の管理だとしても、建前もあるし必要なことと理解してくれていると思っていた。伝わっていなかったのか、それとも逃げたかったのか知らないが、息子が王位を継ぐ可能性は消えてしまったけれど。

 その息子のやらかしを、クレーメンスが王位を継ぐという形で尻拭いさせている最中だ。不幸中の幸いで、クレーメンスの教育関係はわたくしが管理していた。本人は臣籍降下するつもり満々だったけど、セドなのだからとそれなりに教育は施してある。あとは、本格的に王太子教育を始めれば、あの子のことだから学園卒業までには基準に達するでしょう。
 王位継承争いが起きぬよう、クレーメンスには矢面に立ってもらわねばならない。そこは申し訳ないが、王位継承権を持つ王族としての義務でもある。諦めてもらおう、根本的にはマレーナの魔性を引き継いで無自覚に魅力を振りまくクレーメンスが悪い。

 クレーメンスがこっそり、わたくしのことを「第二の母」「育ての母」と話していることも耳に入っている。ならば、その第二の母として息子を導くのもまたわたくしの仕事。……あまり魔性を振りかざして、変な人間を引っ掛けてきてほしくないけど。

 ――数刻後、あの魔性が二人目の神子様を無事にたらしこんだ、という報告に思わず頬が引きつらせた。やっぱりこの魔性親子のせいで、余計な苦難を味わうハメになっている気がする、と溜息をつくしかなかった。
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