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第1章 転がり落ちてきた玉座への道と、繰り上がり王太子の嫁取り事情

1-24.ふわふわなオムライスに心を込めて

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 結局、俺が万葉殿の髪を撫でる止め時を見つけられないまま、ユハが帰ってきた。そんなに長い時間が経っていたのか、と思うが単純に昼を取ってきなさいという心遣いなだけだった。そう言えば、今朝軽くつまんだだけで、割とお腹が空いているかもしれない。
 流石に寝室で食べることは出来ないので、と俺の私室に昼食を4人分用意してもらうようケニーにお願いして、寝室から追い出した。目の前で俺が他の雌を慰めているのに無視した罰だ、ケニーも一緒の席についてもらう。ケニーは侍従の意識が高いから、一緒に食事をとるということは滅多にないのだ。

 食事の準備が出来るまでに、ユハに報告させる。ただ、俺が未だに万葉殿が髪を撫でているのはスルーなんだね? ブルータスお前もか、と思ったので万葉殿とは反対側の俺の隣に座るよう強制した。ユハの腰を抱えて、ご満悦の俺はユハの耳が真っ赤なのには気づかないフリをした。みんなして、俺の男心を軽んじるんだもの! これはお仕置きです!


「で、両陛下は何て言ったんだ? 結論まではいかなくとも、それなりに聞いてきたんだろう?」
「……流石は、第七側妃の息子だと言っておりました。王妃陛下の口の端がぴくぴくしておりましたので、あれはお怒りでは?」
「だろうな。まあ、王妃陛下は母上が関わるといつもそんな感じだ。ユハも諦めろ、慣れてくれ。なんせ母上がヤバ過ぎて、王妃陛下でも母上を御しきれているとは言い切れない、と王妃陛下ご本人も仰っていた」
「……あとは、神子様のひとまず殿下の婚約者に収まるという希望をお伝えして、好きにすればいいと。部屋などは検討するから、そのまま寝室で待機しておけ、とのことです」
「概ね予想通りだ。損な役回りばかりで悪いな、ユハ」


 いえ、そんな……ともごもご言っているけど、そんな殊勝な態度をしても離しません。たぶん、俺が何でこんなイチャつき始めたのか理解していないから、たぶん理不尽に思っているだろうけど。

 そんな俺とユハの攻防に思うところがあるのか、万葉殿は少し身動ぎして頭を振ったので、これ幸いにと手を止めた。まあ、罪悪感がなくもないが、何でこんなに婚約者が一堂に会しているような状態なんだろうね? こういうときの対処は、流石に習っていない。まあお互いの関係性にもよるのだろうが、……うーん。
 会話を繋ぐためだろう、万葉殿が疑問を投げかけてくる。


「あの、殿下のお母さんって……?」
「ああ、私の母上は第七側妃でな。何と表現したらいいか分からないが、王妃陛下至上主義者で行動原理が全部王妃陛下なんだ。だからまあ、その対象にされた王妃陛下はご苦労なさっていてな。『こんな女に教育を任せて、この女二号が出来たら困ります。だから、わたくしがお前を管理下に置き教育するのです』って王妃陛下に言われた」
「……第七側妃って、マレーナ妃ですよね? あまりお見かけしませんが、だいぶ噂と違うような……」
「だろうな。母上を表に出したらろくなことにならない、と王妃陛下と母上の生家が協力して、母上を離宮に押し込めているだけだ。母上は、王妃陛下に指示された魔術研究をなさっているから幸せだそうだよ」
「強烈にもほどがないか、どんな母親だ……」


 そんなことを言われても、我が母上はなかなか強烈でヤバい女なのだ。前世の記憶がなかったら、絶対俺はグレている。王妃陛下が軌道修正してくださったとしても、間違いなくグレる。それくらい強烈なのだ。ヤバくて表に出せないエピソードは死ぬほどある。ここにケニーが居たら、大きく頷いてくれたと思う。
 ユハも万葉殿も、ドン引きした様子を隠さないが、一応アレ側妃だから。不敬になるから、外では見せないようにね?

 それから、ぽつぽつと怪談のように母上の所業を語って聞かせていたら、ケニーが準備できたと呼びに来たので、来賓でもある万葉殿をエスコートする。

 食事前の祈りを簡易に済ませて、目の前のメニューに手を付ける。ケニーに声をかけておいたからか、本日は簡易にオムライスとサラダだ。ふわっふわでとろっとろなオムライスは、俺のリクエストで実現した力作なのだ。厨房にはメニューを変えさせて悪かったと思うが、万葉殿はとても喜んでくれた。


「ふわふわなオムライス……!」
「料理は出来ない系男子だったが、こういうのが食べたいと、拙い説明で料理人が再現してくれたんだ。万葉殿も、食べたいものがあればケネスを通して依頼するといい」
「一応、自炊できなくもないよ。簡単なものだけだけど」
「ほう、ならば是非とも日本食の再現に挑戦してくれ。私は門外漢なのでね」
「私も殿下が昔から言っている日本食、食してみたいですね」
「いや、そんな簡単に行くかっての。まあ、機会があればやってみるけど……」


 それなりにわいわいと、食事が出来たところで、念の為に食後のお茶は寝室で貰うことにした。普段はやらないが、俺の私室の前だけでなく、寝室前にも護衛を置いて警戒度を上げる。なんせ、二人目の神子はトップシークレットだ。何故隠していたと糾弾されるにも、理由をでっちあげる時間が必要だった。

 ケニーが給仕してくれて、それぞれに行き渡ってから、万葉殿に尋ねる。なお、座る位置は先ほどから変わっていないが、長丁場になるだろうからとケニーには先ほど俺が座っていた椅子に座らせた。


「万葉殿は、この先、何がやりたいか将来の希望はあるのか? 日本に居た頃だって、多少は将来の夢なるものがあっただろう」
「うーん、……正直、千種から離れたいという気持ちばっかだった。千種じゃなくて、僕を見てくれる人を見つけたかった」
「ふむ。それは我々という存在がいるから、達成できると思うが」
「ふふっ、殿下はアイツに会ったことないの? すぐ、みんな千種のところに行ってしまう。そういう星の巡りなんだろうけどさ」


 とても、寂しそうな声で、自嘲気味に言う万葉殿はとても頼りなく折れてしまいそうだった。膝の上にあるその手を、そっと手に取り安心させるように手の甲に唇を寄せる。どうか、少しでも心が軽くなりますように、と祈りを込めて。
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