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第1章 転がり落ちてきた玉座への道と、繰り上がり王太子の嫁取り事情
1-9.氷冷の人形を溶かした先に見えた表情
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アッサールの衝撃の情報から数時間後、要は翌日のアフタヌーンティーの時間。本宮の奥庭にて、急遽茶会が開催されることになった。参加者は、俺とお相手の二人きり。つまるところ、お見合いを強行開催ということに相成ったのだ。
「クレーメンス第二王子殿下にご挨拶申し上げます。スヴェンデン公爵が次男、ユーハン・ルツォ・スヴェンデンにございます」
「久しいな、ユーハン殿。それとも、『お兄さん』とお呼びした方がよろしいか」
「っ……私などのことを、覚えておいででいらっしゃいましたか」
「交流した回数こそ少ないが、その後も貴殿の活躍は聞き及んでいる。『第一王子殿下のブレーン』殿」
ユーハン・ルツォ・スヴェンデン。公爵家次男であり、第一王子である異母兄上の婚約者である。いや、暇を出されたと聞いたしこの状況から言って、婚約解消になったのだろう。
ユーハン殿は、煌めくシルバーブロンドの髪に、深い蒼の瞳を持つ怜悧な美青年である。文武両道な彼は文官に進むと決めながらも身体も鍛えており、背も高くて男としては羨ましい限りである。そんなユーハン殿の逸話は沢山ある。幼い頃から神童と名高く、異母兄との確執を懸念して齢7歳にしてルツォとして生きていくと宣言。雄ではあるとのことで逆ハーレム入りを検討していたら、白い結婚でも構わないと王家、というか王妃陛下がスカウト。彼も国政に携わることに興味があったのか、第一王子の婚約者におさまった。それがユーハン殿が12歳、異母兄上が10歳の頃の話だ。そして、そんな二人の関係は決して良好とは言えないと知っていた。
礼儀正しく綺麗なボウ・アンド・スクレープを披露するユーハン殿に鷹揚に頷き、軽く椅子を引いて座るよう促した。彼の向かいに座ってまずしたのは、謝罪である。申し訳が立たな過ぎて、居たたまれない。
「どうせ異母兄上が、ユーハン殿に何か無茶ぶりしたのだろう? 流石に面倒見きれないと思ったのではないか? 私が言っても詮無きことだが、すまない」
「……殿下の謝罪は受け取れませぬ。確かに、元婚約者の彼の方にはほとほと愛想が尽きましたゆえ、婚約破棄とのお言葉は受け取りました。しかし、その前から関係は破綻していただけで、今この時に別れが訪れただけのことでございましょう」
「……貴殿が、『第一王子のブレーン』と呼ばれる一端を垣間見た気分だ」
「私にあるのは、この賢しい脳みそだけにございますので」
自嘲するように、シニカルに笑う彼の姿にとても胸が痛んだ。そっと立ち上がり彼の下へ近寄るとそのまま跪いて、彼の膝の上でぎゅっと握られた手に自分の手を重ねた。……スラックスについた皺が彼の心に受けた傷を表しているようで、とても痛々しい。怖がらせたくなくて、ゆっくりと彼の手を撫でるのみだが、少なくとも握りしめられた拳は緩んだようだ。そうっと彼の顔を伺うと、困ったような表情ではあるが、頬に赤が差しているようにも見える。気持ち悪い訳ではないらしい。
俺が彼にとっては弟枠だからだろうか、と首を傾げつつ、慎重に言葉を重ねる。
「賢いことに何の問題があろうか。それに、貴殿はとても美しい。……残念なことに雄の方を褒める言葉をあまり持ち合わせておらぬゆえ、大したことも言えぬ粗忽者ではあるが」
「おや。私が雄なのに、口説いてくださるのですか?」
「く、口説く……かは、正直分からぬが。少なくとも傷付いたであろう貴殿を、慰めたいと思う」
正直なところ、今日のお茶会はどのような態度で挑むか決めあぐねていた。ただでさえ、ケネスとパウリーネの二人を娶るという方向で自分の心は決まっている。10人も娶らなければならないとはいえ、そんなぽんぽんと簡単に婚姻相手を決めるのは如何なものかとは思っていたのだ。しかし、そんな俺の心の内は慮られることはない。そうであれば、せめて誠実に候補者と向き合うことくらいはしよう、と思うのに時間はかからなかった。
ユーハン殿の心がどちらを向いているのか、勝手に推し量ることは出来ない。しかし、雄であるのに雄へ嫁ぐという王家の我儘に振り回された人だ。本人の希望は、俺だけでも聞き届けねばならないと思う。
慰めたい、という俺の言葉に思案していたユーハン殿だったが、ふと言葉を零した。残念なことに顔を逸らされたから、未だに彼の下で跪いている俺からは表情を伺うことは出来なかったけれど。
「慰める、とは如何様なことをして頂けるのでしょうか」
「私が叶えられるのであれば、望みを聞き届けるのはやぶさかではない」
「……キスして、と強請っても?」
彼の言葉に、そうっとそうっと彼の手を取りその手の甲に口づけたが、違うらしい。むうっとした雰囲気と、顔を朱に染めながらも不機嫌そうな表情であるのだから、たぶん俺は間違えてしまったのだろう。……ユーハン殿の表情ってあまりにも変わらなくって、『氷冷の人形殿』とか揶揄されていたような。
なんか、可愛い方だな、とのほほんとしていた俺の手を引き、頭を抱き寄せられるような形になった。彼の膝に頭を預けるような形なのだが座りが悪いな、ともぞもぞしていたら、拒否ととったらしい。ユーハン殿の手が緩むので、顔を見上げてぎょっとした。
「ち、違う! 違うぞ、ユーハン殿! キスしたくないとか、そう言うことではない!」
「で、ですが不作法をした私は、要らないのでは……」
「要るから! めっちゃ要るから! まさか口付けしていいということだと思わなかっただけ! あと何だかんだちゃんとしたファーストキス大事にとっといちゃってるから、躊躇したヘタレ野郎なだけです!」
今にも泣きだしそうな、とても痛々しい笑みを浮かべていた彼に違うのだと必死に訴えたら、分かってくれたらしい。余計なことまで口走ってしまったように思うが、目を白黒させて落ち着きがなさそうな様子にホッとひと安心した。やはり、この方は『氷冷の人形殿』というあだ名に似つかず可愛らしいようだ。
「クレーメンス第二王子殿下にご挨拶申し上げます。スヴェンデン公爵が次男、ユーハン・ルツォ・スヴェンデンにございます」
「久しいな、ユーハン殿。それとも、『お兄さん』とお呼びした方がよろしいか」
「っ……私などのことを、覚えておいででいらっしゃいましたか」
「交流した回数こそ少ないが、その後も貴殿の活躍は聞き及んでいる。『第一王子殿下のブレーン』殿」
ユーハン・ルツォ・スヴェンデン。公爵家次男であり、第一王子である異母兄上の婚約者である。いや、暇を出されたと聞いたしこの状況から言って、婚約解消になったのだろう。
ユーハン殿は、煌めくシルバーブロンドの髪に、深い蒼の瞳を持つ怜悧な美青年である。文武両道な彼は文官に進むと決めながらも身体も鍛えており、背も高くて男としては羨ましい限りである。そんなユーハン殿の逸話は沢山ある。幼い頃から神童と名高く、異母兄との確執を懸念して齢7歳にしてルツォとして生きていくと宣言。雄ではあるとのことで逆ハーレム入りを検討していたら、白い結婚でも構わないと王家、というか王妃陛下がスカウト。彼も国政に携わることに興味があったのか、第一王子の婚約者におさまった。それがユーハン殿が12歳、異母兄上が10歳の頃の話だ。そして、そんな二人の関係は決して良好とは言えないと知っていた。
礼儀正しく綺麗なボウ・アンド・スクレープを披露するユーハン殿に鷹揚に頷き、軽く椅子を引いて座るよう促した。彼の向かいに座ってまずしたのは、謝罪である。申し訳が立たな過ぎて、居たたまれない。
「どうせ異母兄上が、ユーハン殿に何か無茶ぶりしたのだろう? 流石に面倒見きれないと思ったのではないか? 私が言っても詮無きことだが、すまない」
「……殿下の謝罪は受け取れませぬ。確かに、元婚約者の彼の方にはほとほと愛想が尽きましたゆえ、婚約破棄とのお言葉は受け取りました。しかし、その前から関係は破綻していただけで、今この時に別れが訪れただけのことでございましょう」
「……貴殿が、『第一王子のブレーン』と呼ばれる一端を垣間見た気分だ」
「私にあるのは、この賢しい脳みそだけにございますので」
自嘲するように、シニカルに笑う彼の姿にとても胸が痛んだ。そっと立ち上がり彼の下へ近寄るとそのまま跪いて、彼の膝の上でぎゅっと握られた手に自分の手を重ねた。……スラックスについた皺が彼の心に受けた傷を表しているようで、とても痛々しい。怖がらせたくなくて、ゆっくりと彼の手を撫でるのみだが、少なくとも握りしめられた拳は緩んだようだ。そうっと彼の顔を伺うと、困ったような表情ではあるが、頬に赤が差しているようにも見える。気持ち悪い訳ではないらしい。
俺が彼にとっては弟枠だからだろうか、と首を傾げつつ、慎重に言葉を重ねる。
「賢いことに何の問題があろうか。それに、貴殿はとても美しい。……残念なことに雄の方を褒める言葉をあまり持ち合わせておらぬゆえ、大したことも言えぬ粗忽者ではあるが」
「おや。私が雄なのに、口説いてくださるのですか?」
「く、口説く……かは、正直分からぬが。少なくとも傷付いたであろう貴殿を、慰めたいと思う」
正直なところ、今日のお茶会はどのような態度で挑むか決めあぐねていた。ただでさえ、ケネスとパウリーネの二人を娶るという方向で自分の心は決まっている。10人も娶らなければならないとはいえ、そんなぽんぽんと簡単に婚姻相手を決めるのは如何なものかとは思っていたのだ。しかし、そんな俺の心の内は慮られることはない。そうであれば、せめて誠実に候補者と向き合うことくらいはしよう、と思うのに時間はかからなかった。
ユーハン殿の心がどちらを向いているのか、勝手に推し量ることは出来ない。しかし、雄であるのに雄へ嫁ぐという王家の我儘に振り回された人だ。本人の希望は、俺だけでも聞き届けねばならないと思う。
慰めたい、という俺の言葉に思案していたユーハン殿だったが、ふと言葉を零した。残念なことに顔を逸らされたから、未だに彼の下で跪いている俺からは表情を伺うことは出来なかったけれど。
「慰める、とは如何様なことをして頂けるのでしょうか」
「私が叶えられるのであれば、望みを聞き届けるのはやぶさかではない」
「……キスして、と強請っても?」
彼の言葉に、そうっとそうっと彼の手を取りその手の甲に口づけたが、違うらしい。むうっとした雰囲気と、顔を朱に染めながらも不機嫌そうな表情であるのだから、たぶん俺は間違えてしまったのだろう。……ユーハン殿の表情ってあまりにも変わらなくって、『氷冷の人形殿』とか揶揄されていたような。
なんか、可愛い方だな、とのほほんとしていた俺の手を引き、頭を抱き寄せられるような形になった。彼の膝に頭を預けるような形なのだが座りが悪いな、ともぞもぞしていたら、拒否ととったらしい。ユーハン殿の手が緩むので、顔を見上げてぎょっとした。
「ち、違う! 違うぞ、ユーハン殿! キスしたくないとか、そう言うことではない!」
「で、ですが不作法をした私は、要らないのでは……」
「要るから! めっちゃ要るから! まさか口付けしていいということだと思わなかっただけ! あと何だかんだちゃんとしたファーストキス大事にとっといちゃってるから、躊躇したヘタレ野郎なだけです!」
今にも泣きだしそうな、とても痛々しい笑みを浮かべていた彼に違うのだと必死に訴えたら、分かってくれたらしい。余計なことまで口走ってしまったように思うが、目を白黒させて落ち着きがなさそうな様子にホッとひと安心した。やはり、この方は『氷冷の人形殿』というあだ名に似つかず可愛らしいようだ。
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