異世界大使館雑録

あかべこ

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大使館3年目・冬(18~19部分)

金羊国にサンタはこない

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『日本にはクリスマスっていうのがあるらしいね』
私がそう聞く(もちろんいつもの接触伝達魔術だ)と瑠璃がそういえばそうかと思い出したような顔をする。
この国の暦はまだ11月だが日本ではすでに12月も半ばとなっており、もうすぐクリスマスと言う行事がやってくる。日本では恋人同士で過ごす日だと聞いた私は瑠璃とクリスマスを過ごす殺し文句を考えていた。
まだあまり上手くない(魔術が使えない人らと違って私は言語習得がどうにも進まないのだ)日本語で私は満を持して殺し文句を口にした。

「ね、私に日本のクリスマスを教えて」

私と恋人として過ごしてくれと言ったらたぶん断られるので、日本のクリスマスと言うものを教えてくれと言えば断られないはず!ハイそこ、バカっぽいとか言わない。
トンネル工事の人たちは日本の休みに合わせて休暇を取るチームと金羊国の暦に合わせて休暇を取るチームで別れており、タイミングさえ合えば十分可能である。まあルリがどっちのチームかまでは誰も教えてくれなかったので断られる可能性はあるのがネックだけど。
『申し訳無いんだけど私こっちが12月になってから帰る予定だから、日本でクリスマスの時期は普通に仕事なの』
『日本側の休みに併せて取らないんだ?』
『どうしても日本でお正月過ごしたい人は日本の暦に合わせて帰るけど、私の場合は地元がちょっと東京から遠いから混んでる時期に時間かけて実家に帰るより空いてる時期に帰りたいなって』
全く想定外の理由を突き付けられると言葉に詰まる。
幼少期に教会に置いてかれてから親と疎遠な私には実家に帰るという観念が無かったのが敗因である、あとたくさんの人が一斉に実家に帰るってこっちじゃあまり聞かないし。
「ぐ、ぐうっ」
都合の悪いことにトンネル工事現場も当然日暮れまで仕事でこの国に土日休みと言うものはないし、日本のクリスマス当日は平日だが東京本社に行く用事はない。
何の理由もなく日本に瑠璃を連行した場合雇い主である金羊国側にバレたら『研究や仕事をサボってお遊びですか、今月の研究費ゼロにしますね』と問答無用で研究費を持って行かれ、最悪日本へ行くための許可を取り消される。
「瑠璃と恋人たちの夜したいぃ……」
他にいい方法が出て来ず情けない言葉が出てきた私に、ルリがしかたないなあと言う顔で笑うと魔術でこう伝えてくる。
『23日の仕事終わりから2時間だけならあげられるよ』
「ほんとに?」
『うん、丸の内でイルミネーション見て美味しいもの食べてお散歩しよう』
『わかった、23日が暮れたら迎えに来るから!』

*****

ヴィクトワール・クライフと言う人は私の事を好きなひとりの人として向き合う時は結構素直だ。
私の知らない異世界の言葉で初めて見るイルミネーションへの興奮を語るその表情は、まるで子供のような純粋さだ。
そしてハッと気づいてから私の顔に手を伸ばすと魔術で私のメッセージを送る。
『私とこれを見に行ってもいいといってくれてありがとう』
『どういうこと?』
『私とクリスマスに恋人みたいにいちゃいちゃしてもいいって思ってくれたってことでしょ?』
『きょう、クリスマスイブイブだけどね』
『いぶいぶ』
『前々日ってこと。恋人同士でイチャイチャするのは24日の夜だよ』
そう伝えると彼女の表情は一気にしょぼんと落胆の色を見せた。
こんな些細な一言で喜怒哀楽が振り回されるのを見ると、彼女が私の事を好きだというのは私の瞳の色がどうこうだけでもないのかなあと言う気がしてくる。
『まあ、今年はクリスマス平日だし今夜クリスマスデートの人もたくさんいると思うけどね』
恋人たちらしい男女もちらほら見受けられる夜の丸の内で私に一喜一憂する女性を、ほんの少し愛してもいい気がした。
『さ、ケーキ食べに行こう』


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