異世界大使館雑録

あかべこ

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それぞれの昔話

金羊国建国譚

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それはエイン魔術官たちが日本へ辿り着くよりも遥かに前、金羊国成立前のこと。
ハルトルは自らの暮らす王宮の一室で、この世界の不条理さについて考えていた。
同じ羊の獣人でありながら汚物を抱えて酷使される者がいる横で自分は柔らかな寝台で抱きしめられて眠れること、王宮の外に居る獣人のほとんどは寝食も許されない労働の中にいること、己も本来ならばそのような生き様しか許されなかったこと、そして自分の特権は王子である所有者が失脚すれば失われるものであること。
それが何故なのかを暇さえあれば考え込んでいた。
不幸にもハルトルにはそれを考えるだけの知識と時間があり、そのいつか失われる可能性のある特権に溺れるには頭が回り過ぎた。
そうして辿り着いたのが獣人の暮らす国家の樹立という構想だった。
獣人が集まって暮らす国があれば獣人だからという理由で過酷な労働を強いられることはない。
人間もドワーフも耳長き民も平等に働いて税を納めるのであれば国民として生存が保証される国家構想を秘かに胸に温めていた。
しかし獣人による国家樹立のためにはその後ろ盾が必要だった。この大陸にある4つの国はみな神の代理人たる教皇に認められて王になったが、生れながらの罪人である獣人を教皇が王と認めるとは到底思えなかった。
だからこれはしょせん妄想に過ぎないと分かったうえで、それでももし獣人の国がつくれたら?と夢想した。
政治は王ではなく民衆が決めよう、みんなで話し合って国の決まり事を作ろう。
教育はみんなが受けられるようにしよう、知識があればより良い仕組みや決まりごとが作れるはずだ。
税金は出来るだけ安くしておきたいけれど財源がなければ国で出来ない事も多いので、足りない分は国がよその国と商売をして財源を作ろう。
そしてその税金や商売の利益で苦境にある者同士で助け合える仕組みを作るのだ。
食料の確保は?国防はどうしようか?道路や水路の整備は?国民の数の把握方法は?
妄想を広げるたびにハルトルは居もしない国民たちの事を考えた。
奴隷としての生活から逃げおおせた人々に一杯のスープとパンを渡し、清潔な小屋と十分な眠りを与え、共に荒地や森を切り開きながら共同生活を送る。
今の生活は不幸ではないけれどこの妄想上の新国家建設を目指す暮らしは、こうして世界の理不尽さに心を曇らせるよりははるかに幸せなように思えた。

そしてハルトルをはじめ多くの獣人たちの人生を変える黄金の羊の女神が枕元に現れた。

彼女はこの世界の獣人を我が子と呼び自らの過ちによって不幸になった獣人たちに詫び、獣人たちの楽園のための地として大森林の奥地へ行くように告げた。
久しぶりに会った白銀に青い瞳の獅子獣人は聞いた。
「黄金の羊の女神の言葉に人生を賭ける価値はあると思う?」
「あるよ。獣人国家の構想は僕の頭の中にある」
「そうなのか。じゃあその構想の手始めにやる事を聞かせてくれ」
「僕をここから連れ出してほしい」
「もちろん」
そうして白い羊と白銀の獅子は贅沢な王宮を捨て、泥まみれの国家建設へと踏み出した。

*****

そうして辿り着いた約束の地には100人ほどの獣人たちがいた。
後に魔術官としてハルトルを支えるエインたち、ソルヴィ森林保護官たち厭戦気分の傭兵集団、のちに大使館を支えることになるオーロフとアントリもいた。
未開拓の広大な土地と資源に恵まれ、豊富な水源と岩塩のあるこの土地はなるほど約束の土地と呼ぶにふさわしかった。
ハルトルは昼間はともに開拓に汗を流し、夜は己の国家建設構想を仲間とともに討論して磨き上げた。
討論の末に自分たちを守るには所属先であり相互互助組織でありよその国と相見えても見劣りしない国家建設が必要で、ハルトルの国家構想が最も自分たちの性分に合っていると結論付けた。
ハルトルの国家構想では教育による思考力の涵養を必須としたため、ハルトルはまず逃れて来て生活の落ち着いたすべての人々に文字の読み書きや計算を教えた。
その中にはまだ子どもだったクワスやエルヴァルもいて、ハルトルは大人たちのみならず幼子たちに己の持つ知識と教養を惜しみなく与えた。
誰よりもよく働き誰よりも物知りなハルトルは自然と逃亡獣人たちのまとめ役となった。
1年ほどかけて大陸中から逃亡奴隷たちが集まるにつれて形態だった組織化が必要となり始めた頃、ハルトルはこの土地を国家とする宣言文を書き上げた。
『人間も獣人もドワーフも耳長き民も黄金の羊の女神の慈悲のもとで共に働き共に生きる国』
そう意味を込めてハルトルは黄羊国と言う名前を付けた。



それが金羊国のはじまりである。
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