異世界大使館雑録

あかべこ

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それぞれの昔話

食に出会えた日

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「そろそろ猪鍋準備しとこうかなあ」
11月へ差し掛かって肌寒くなった金羊国の台所でそんなことを考えていると、飲み物を取りにきた柊木先生が不思議そうに見ている。
「飯山さんってどういうきっかけでジビエ好きになったんですか?」
「ジビエとの出会いかぁ」
その言葉で僕の心は幼少期へと飛んでいった。

小学生の時、僕はアレルギーで食べられないものが多くて食べることが退屈だった。
食べられる食材を組み合わせて料理せざるを得ないせいで食卓に出てくる料理のレパートリーは極端に少なく、外食もアレルギー対応食を探すしかない。つまり選択肢がとにかく少ないのだ。
周りの友達がショートケーキや蕎麦を食べてるのを羨ましく思いながら少ない選択肢から選ぶしか無く、幼少期の僕は食べることがあまり好きになれなかった。
特に給食は食べられないものが多過ぎて同級生が色とりどりの給食を美味しそうに食べてるのを横目に、いつも同じようなものが詰まった母の弁当を食べていた。
そんな時、たまたまテレビで丹波篠山の猪鍋を見た時「これを食べてみたい!」と思ったのだ。
両親はアレルギーの心配もあって電話で問い合わせたところ、お店の人がアレルギー対策をした上猪鍋を出してくれることになった。
そして当日、お店の人はアレルゲンを限界まで排除した味噌味の猪鍋を用意してくれた。
お店の人の心遣いへの有り難さを感じつつ僕は初めての猪鍋に箸を伸ばした。
その時食べた猪鍋の美味しいこと美味しいこと!
合わせ出汁の風味香る味噌味の鍋つゆに野菜やきのこの旨みが溶け込んでおり、このスープだけでご飯が食べられそうなほど美味しかった!
さらに初めて食べた猪そのものが持つ野生味ある肉の旨み!いつも食べている牛や鶏のお肉にはないワイルドな味わいは小学生で、しかも食べられるものの少なさ故に食に退屈していた僕には衝撃的だったのだ!
その一杯の猪鍋が自分の知っている食の世界が狭いのはアレルギーのせいではないと、幼少期の僕に教えてくれたのである。

「というわけで僕にとって猪鍋は思い出の味でもあるんですよね」
「そうだったんですね」
あの時食べた丹波篠山の猪鍋が無ければ、僕はきっと今でも食と人生に退屈していたと思う。
生きている限り人はものを食う。その食べるという時間が苦痛にならないために、僕はずっと衝撃的な美味しさを追い求めてきたのだと思う。
「柊木先生、今日は猪鍋にしましょうか」
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