異世界大使館雑録

あかべこ

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大使館3年目・夏(16部分)

川風と花火

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大使館設立一周年パーティーを行うので来ませんか、という招待状が来た。送り主は在日金羊国大使館だった。
北の国の国王来訪に向けた準備や少数民族の医療支援に忙殺されていたものの、外務省平行世界局全員の息抜きも兼ねて俺たちは家族も連れて参加することになった(向こうが家族連れでもいいというので)
「にしてもまさか、屋形船とはなあ」
集合場所として指定された両国の船着き場では、麻の着物をきたうちの妻が大企業の社長夫人たちと話し込み、子どもたちはヨウンさんをキラキラとした目で見つめている。
参加者たちの中には屋形船の雰囲気に合わせて着物や浴衣の人もいるし、少ないながらもいる外国企業の関係者は初めての屋形船にワクワクを隠さない様子が見て取れた。
「お久しぶりです」
「ロヴィーサ大使、お招きいただきありがとうございます」
「いえいえ」
このパーティーの主催者であるロヴィーサ大使も耳元に和小物を身に着けてきていて、雰囲気によく合っていた。
「毒島さんと名梶さんもぜひ楽しんでください」

*****

日も暮れた頃、両国の船着き場から船がゆっくりと漕ぎ出ていく。
船の外には両国橋が見えておりここは日本だというのに目前の弁当箱には見知らぬ料理が詰められている。
「今回は屋形船を営業する企業様のご協力で、我が国の料理を折詰にしてご用意させていただきました。お酒も我が国のものを用意しております」
「これが……」
今まで在金羊国大使館の料理人である飯山さんからの報告書では見たことがあったが、実際にこうして目前に出されると俺の知るどの料理とも違うのが分かる。
俺の知らない食材や味付けで作られたその料理は心をワクワクさせてくれる。

「二つの世界のこれまでの友好と末永い繁栄を祈って、乾杯!」

さっそく料理に箸をつけてみると、塩とハーブ主体の味付けながら食材ひとつひとつの旨味を感じさせてくれる。
あちらは基本薄味だと聞くから地球の標準的な味付けに寄せているのかもしれない。
酒は甘口でさらりとして飲みやすい。お酒に強くないうちの奥さんにも口に合うようだ。
船は両国からさかのぼって、アサヒビール本社の脇を抜けて浅草エリアへと入っていく。
ここまで来るとスカイツリーもずいぶん大きく見えてくるなあと思っていたその時、遠くにパン!という音が聞こえてくる。
咄嗟に窓の外を見上げると、東京の夜空に大輪の花火が打ちあがっている。
「そっか、きょう花火があったのか……」
うちの家族や招待客のみならず、主催者であるはずのロヴィーサ大使たち大使館メンバーまでも大都会の夜に咲く花火に視線が釘付けになる。
『確かにこれは見る価値があるなあ』
ぽつりと母国語である大陸標準語でそう呟いたのはロヴィーサ大使だ。
『どういうことです?』
『エンプラがみんなで日本の花火を見るべきだと勧めてきたので』
ロヴィーサ大使はエンプラさんを指さしつつそう教えてくれたが、当の本人はお気に入りのチキンナゲットをつまみながら日本のビールを飲んでいる。
ヨウンさんもどこにいたのか分からないカウリさんも花火を見ながら招待客と盛り上がっているのが見て取れる。
『美しいものと美味しいものの前に世界の壁はないんですね』
『ええ』
そう言いながら再び俺たちは乾杯を交わした。
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