103 / 135
大使館3年目・夏(16部分)
川風と花火
しおりを挟む
大使館設立一周年パーティーを行うので来ませんか、という招待状が来た。送り主は在日金羊国大使館だった。
北の国の国王来訪に向けた準備や少数民族の医療支援に忙殺されていたものの、外務省平行世界局全員の息抜きも兼ねて俺たちは家族も連れて参加することになった(向こうが家族連れでもいいというので)
「にしてもまさか、屋形船とはなあ」
集合場所として指定された両国の船着き場では、麻の着物をきたうちの妻が大企業の社長夫人たちと話し込み、子どもたちはヨウンさんをキラキラとした目で見つめている。
参加者たちの中には屋形船の雰囲気に合わせて着物や浴衣の人もいるし、少ないながらもいる外国企業の関係者は初めての屋形船にワクワクを隠さない様子が見て取れた。
「お久しぶりです」
「ロヴィーサ大使、お招きいただきありがとうございます」
「いえいえ」
このパーティーの主催者であるロヴィーサ大使も耳元に和小物を身に着けてきていて、雰囲気によく合っていた。
「毒島さんと名梶さんもぜひ楽しんでください」
*****
日も暮れた頃、両国の船着き場から船がゆっくりと漕ぎ出ていく。
船の外には両国橋が見えておりここは日本だというのに目前の弁当箱には見知らぬ料理が詰められている。
「今回は屋形船を営業する企業様のご協力で、我が国の料理を折詰にしてご用意させていただきました。お酒も我が国のものを用意しております」
「これが……」
今まで在金羊国大使館の料理人である飯山さんからの報告書では見たことがあったが、実際にこうして目前に出されると俺の知るどの料理とも違うのが分かる。
俺の知らない食材や味付けで作られたその料理は心をワクワクさせてくれる。
「二つの世界のこれまでの友好と末永い繁栄を祈って、乾杯!」
さっそく料理に箸をつけてみると、塩とハーブ主体の味付けながら食材ひとつひとつの旨味を感じさせてくれる。
あちらは基本薄味だと聞くから地球の標準的な味付けに寄せているのかもしれない。
酒は甘口でさらりとして飲みやすい。お酒に強くないうちの奥さんにも口に合うようだ。
船は両国からさかのぼって、アサヒビール本社の脇を抜けて浅草エリアへと入っていく。
ここまで来るとスカイツリーもずいぶん大きく見えてくるなあと思っていたその時、遠くにパン!という音が聞こえてくる。
咄嗟に窓の外を見上げると、東京の夜空に大輪の花火が打ちあがっている。
「そっか、きょう花火があったのか……」
うちの家族や招待客のみならず、主催者であるはずのロヴィーサ大使たち大使館メンバーまでも大都会の夜に咲く花火に視線が釘付けになる。
『確かにこれは見る価値があるなあ』
ぽつりと母国語である大陸標準語でそう呟いたのはロヴィーサ大使だ。
『どういうことです?』
『エンプラがみんなで日本の花火を見るべきだと勧めてきたので』
ロヴィーサ大使はエンプラさんを指さしつつそう教えてくれたが、当の本人はお気に入りのチキンナゲットをつまみながら日本のビールを飲んでいる。
ヨウンさんもどこにいたのか分からないカウリさんも花火を見ながら招待客と盛り上がっているのが見て取れる。
『美しいものと美味しいものの前に世界の壁はないんですね』
『ええ』
そう言いながら再び俺たちは乾杯を交わした。
北の国の国王来訪に向けた準備や少数民族の医療支援に忙殺されていたものの、外務省平行世界局全員の息抜きも兼ねて俺たちは家族も連れて参加することになった(向こうが家族連れでもいいというので)
「にしてもまさか、屋形船とはなあ」
集合場所として指定された両国の船着き場では、麻の着物をきたうちの妻が大企業の社長夫人たちと話し込み、子どもたちはヨウンさんをキラキラとした目で見つめている。
参加者たちの中には屋形船の雰囲気に合わせて着物や浴衣の人もいるし、少ないながらもいる外国企業の関係者は初めての屋形船にワクワクを隠さない様子が見て取れた。
「お久しぶりです」
「ロヴィーサ大使、お招きいただきありがとうございます」
「いえいえ」
このパーティーの主催者であるロヴィーサ大使も耳元に和小物を身に着けてきていて、雰囲気によく合っていた。
「毒島さんと名梶さんもぜひ楽しんでください」
*****
日も暮れた頃、両国の船着き場から船がゆっくりと漕ぎ出ていく。
船の外には両国橋が見えておりここは日本だというのに目前の弁当箱には見知らぬ料理が詰められている。
「今回は屋形船を営業する企業様のご協力で、我が国の料理を折詰にしてご用意させていただきました。お酒も我が国のものを用意しております」
「これが……」
今まで在金羊国大使館の料理人である飯山さんからの報告書では見たことがあったが、実際にこうして目前に出されると俺の知るどの料理とも違うのが分かる。
俺の知らない食材や味付けで作られたその料理は心をワクワクさせてくれる。
「二つの世界のこれまでの友好と末永い繁栄を祈って、乾杯!」
さっそく料理に箸をつけてみると、塩とハーブ主体の味付けながら食材ひとつひとつの旨味を感じさせてくれる。
あちらは基本薄味だと聞くから地球の標準的な味付けに寄せているのかもしれない。
酒は甘口でさらりとして飲みやすい。お酒に強くないうちの奥さんにも口に合うようだ。
船は両国からさかのぼって、アサヒビール本社の脇を抜けて浅草エリアへと入っていく。
ここまで来るとスカイツリーもずいぶん大きく見えてくるなあと思っていたその時、遠くにパン!という音が聞こえてくる。
咄嗟に窓の外を見上げると、東京の夜空に大輪の花火が打ちあがっている。
「そっか、きょう花火があったのか……」
うちの家族や招待客のみならず、主催者であるはずのロヴィーサ大使たち大使館メンバーまでも大都会の夜に咲く花火に視線が釘付けになる。
『確かにこれは見る価値があるなあ』
ぽつりと母国語である大陸標準語でそう呟いたのはロヴィーサ大使だ。
『どういうことです?』
『エンプラがみんなで日本の花火を見るべきだと勧めてきたので』
ロヴィーサ大使はエンプラさんを指さしつつそう教えてくれたが、当の本人はお気に入りのチキンナゲットをつまみながら日本のビールを飲んでいる。
ヨウンさんもどこにいたのか分からないカウリさんも花火を見ながら招待客と盛り上がっているのが見て取れる。
『美しいものと美味しいものの前に世界の壁はないんですね』
『ええ』
そう言いながら再び俺たちは乾杯を交わした。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる