異世界大使館雑録

大使館３年目・春(15部分)

カーネーション

「母の日にカーネーションって贈ったことあるか」
突然大使がそんなことを言うのでどうしたのだろうか、と一瞬考える。
……そう言えば、今日本は母の日だったっけ。
暦のずれの事を思い出して納得していると「嘉神」と声がかかる。
「母の日のプレゼントの話ですよね、うちはそういうのなかったですね」
「子どもの頃、毎年なけなしの小遣いでカーネーションを買って渡してたんだ。でももうそれも要らないんだなと思って」
大使のお母さんが亡くなられたという連絡が来たのは先月のことだ。
確かにもう渡す相手がいないのなら買う必要もない。
「ですね」
「嘉神も親は元気なうちに孝行したほうがいいぞ」
「承知してます」
大使はただ親の話がしたかったのだろう。相手が僕なのは偶然。
でも親を亡くしたばかりの人の言う親孝行の話には妙な切実さと説得力が籠っている。
「僕も久しぶりになんかプレゼントでも送ろうかな」
「いいんじゃないか？」
高校卒業からずっと離れて暮らしてきているし、まだ孫の顔どころか妻の顔も見せられずにいる不孝者だけれど、たまにはそういうことしたら少しは喜んでくれるだろうか？