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大使館1年目・春(2〜3部分
手入れの話
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金羊国にはアイロンがないので、返ってくる服はいくらかシワのついた状態で帰ってくることが多い。
そもそも金羊国の人々は衣服の着用すら馴染みの薄い人がほとんどであったのでアイロンがないのも仕方なし、と言えばそうなのだがこれが地味に困る。
仕事上の荷物が多すぎてアイロンくらいなら現地調達できるだろうと見込んで持ってこなかった俺が一番悪いのだが。
(作業着がシワだらけだと流石に落ち着かないな……かといって電気アイロン持ち込んでも使えないしな……)
シワのない服を着ると言うのは防大時代に叩き込まれた習い性のようなもので、なくても死にはしないと分かっててもどうにも落ち着かずにいたのだ。
一応シワを伸ばす努力はするのだがどうにも落ち着かずにいた矢先のことであった。
「自転車と風呂以外に追加の購入物資?」
納村が自転車を欲しいと言ったことを機に、大使館で追加の物資購入が決まったのでそこにアイロンとアイロン台をねじ込んでもらうチャンスが来たのだ。
「こっちにはアイロンをかける風習がないから服のシワ取りが大変でな。その辺の一式を揃えられないかと思って」
「おまえの欲しいものがアイロンってのは意外だな」
「そうでもないぞ、防大に入ると身嗜みはアホほど叩き込まれるから裁縫やアイロンは自衛官の必須技能と言ってもいい。お望みならお前のシャツもアイロンがけしておこうか?」
「要らん」
すげなく断られつつも「まあ必要なら追加購入に入れておこう」と言ってもらうことができ、無事アイロンは大使館に導入されることになったのである。
****
アイロンが導入された次の日、洗濯された衣類が返されてくる。
船型のアイロン台を組み立て、その上によく乾いた作業着を置いてアイロンを確認する。
納村が手に入れてきたアイロンは火を起こした炭を入れて使う炭火アイロンであるので、台所から借りてきた火を金属製のアイロンの中に入れて持ってきたのだろ。
(温度は大丈夫だな)
霧吹きを吹きかけつつ布を傷めぬようにしっかりアイロンを当てていくとシワがよく伸びる。
最初に細かいところにアイロンを当て、裾やズボンにもしっかり折り目をつけ、霧吹きで軽く湿らせたり時折当て布をしたりしながら淡々とシワ取りに没頭する。
半長靴を磨く時もそうだが、意外とこういう作業をしていると余計なことを考えないでいられる気がする。
日々の中で無心になれる瞬間というのは意外に多くないが、こういう時だけは文字通り無になれる気がするのだ。
アイロンがけを終えてハンガーにかけておけば綺麗な姿に元通りである。
「……ついでに半長靴も磨いておくか」
自衛官として手を入れておくものはたくさんあり、それは日々欠かすことを許されないものでもある。
それをある種楽しめる人間であることは幸運だったかもしれないな、という心の奥のつぶやきを胸にしまいながら俺は靴磨きセットを取り出すのだった。
そもそも金羊国の人々は衣服の着用すら馴染みの薄い人がほとんどであったのでアイロンがないのも仕方なし、と言えばそうなのだがこれが地味に困る。
仕事上の荷物が多すぎてアイロンくらいなら現地調達できるだろうと見込んで持ってこなかった俺が一番悪いのだが。
(作業着がシワだらけだと流石に落ち着かないな……かといって電気アイロン持ち込んでも使えないしな……)
シワのない服を着ると言うのは防大時代に叩き込まれた習い性のようなもので、なくても死にはしないと分かっててもどうにも落ち着かずにいたのだ。
一応シワを伸ばす努力はするのだがどうにも落ち着かずにいた矢先のことであった。
「自転車と風呂以外に追加の購入物資?」
納村が自転車を欲しいと言ったことを機に、大使館で追加の物資購入が決まったのでそこにアイロンとアイロン台をねじ込んでもらうチャンスが来たのだ。
「こっちにはアイロンをかける風習がないから服のシワ取りが大変でな。その辺の一式を揃えられないかと思って」
「おまえの欲しいものがアイロンってのは意外だな」
「そうでもないぞ、防大に入ると身嗜みはアホほど叩き込まれるから裁縫やアイロンは自衛官の必須技能と言ってもいい。お望みならお前のシャツもアイロンがけしておこうか?」
「要らん」
すげなく断られつつも「まあ必要なら追加購入に入れておこう」と言ってもらうことができ、無事アイロンは大使館に導入されることになったのである。
****
アイロンが導入された次の日、洗濯された衣類が返されてくる。
船型のアイロン台を組み立て、その上によく乾いた作業着を置いてアイロンを確認する。
納村が手に入れてきたアイロンは火を起こした炭を入れて使う炭火アイロンであるので、台所から借りてきた火を金属製のアイロンの中に入れて持ってきたのだろ。
(温度は大丈夫だな)
霧吹きを吹きかけつつ布を傷めぬようにしっかりアイロンを当てていくとシワがよく伸びる。
最初に細かいところにアイロンを当て、裾やズボンにもしっかり折り目をつけ、霧吹きで軽く湿らせたり時折当て布をしたりしながら淡々とシワ取りに没頭する。
半長靴を磨く時もそうだが、意外とこういう作業をしていると余計なことを考えないでいられる気がする。
日々の中で無心になれる瞬間というのは意外に多くないが、こういう時だけは文字通り無になれる気がするのだ。
アイロンがけを終えてハンガーにかけておけば綺麗な姿に元通りである。
「……ついでに半長靴も磨いておくか」
自衛官として手を入れておくものはたくさんあり、それは日々欠かすことを許されないものでもある。
それをある種楽しめる人間であることは幸運だったかもしれないな、という心の奥のつぶやきを胸にしまいながら俺は靴磨きセットを取り出すのだった。
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