4 / 135
それぞれの昔話
木栖と真柴の京都慕情
しおりを挟む
うちの高校は伝統的に修学旅行は京都で2泊3日となっていた。
中学校で既に京都に行ってる公立出身者は残念がる奴も多かったが、俺の中学校は修学旅行が長崎で京都は初めてということで密かに楽しみにしていた。
同じクラスになった真柴と修学旅行に回れたら、という期待もあった。
付き合うなどは夢のまた夢だということは承知の上でせめてこれを機に友人になれたならという期待もあったのだ………が、結局俺は同じ部活のやつと組むことになった。
「女子ナンパするのにお前がいた方はゼッテーいいもん!」とは当時の同級生の言。
埼玉にいくつか残る公立男子校に進学した者特有の哀しみというか、女子への熱い夢から逃げきれなかったとも言えた。
移動のバスも同様に席が遠く離れ、唯一の望みをホテルの部屋決めクジに賭けた。
しかしその望みも虚しく部屋も別れてしまって俺は密かに悲しんだものであった。
修学旅行の楽しみが4割減となったもののそれを表には出せないまま俺は友人達と共に京都の世界遺産巡りへと赴き、他校の女子をナンパして失敗する友人達を慰めながら班行動を楽しんだ。
班行動の最後に少し残った時間で地主神社に立ち寄ろうと提案し、そこで密かに己の初恋の成就を祈った。
その効果が出たのがその日の夜のことだった。
真夜中に目が覚めた俺はふらふらとホテルの中を彷徨っていた。
「♪あの人の姿懐かしい 黄昏の河原町」
小さな声で聞こえてきた歌声にふと覗き込んだ自販機コーナーには、飲み物を手に小声で歌う真柴がいたのである。
その声と自販機の光の中で歌う姿に見惚れているとふいに視線がかちあった。
「悪い、覗くつもりは無かったんだ」
思わずそう言い訳すると「むしろ俺がいて邪魔だったろ」と言って自販機コーナーを出ようとしていくので、俺は咄嗟にその服の裾を掴んで引き留めた。
「もっと、もっと聞かせてくれないか?」
「俺は歌手じゃないんだけどな」
「……お前の歌声が、今聞きたいんだ」
そう焦りぎみにそう言う俺に仕方ないと言うふうにため息を吐いて「基本的に俺は古い歌しか歌えないからリクエストは無しでいいなら歌ひとつにつき50円でいいぞ」と聞いてきたので、俺は100円玉を差し出す。
変な奴だと言うような顔をして100円玉を受け取ると「じゃあ北山杉でいいか」と言った。
「♪四条通をゆっくりと 君の思い出残したところを」
2人ぼっちの自販機コーナーに真柴の柔らかい歌声が響いた。
俺はそれを聞きながら、この夜の思い出だけで生きていける気がしていた。
****
それから30年近く経った今、俺は異世界の大使館という空間で真柴春彦という男のそばにいる。
夜更けの台所で水差しに水を満たす真柴を見ているとあの夜を思い出す。
「何ぼんやりしてるんだよ」
「悪い、昔のことを思い出してた」
「ぼんやりするなら自分の部屋でな。水こぼすぞ」
「……またいつか、お前の歌を聞かせてくれないか?」
そう問えば真柴は「カラオケの誘いか?」と呆れたように笑った。
中学校で既に京都に行ってる公立出身者は残念がる奴も多かったが、俺の中学校は修学旅行が長崎で京都は初めてということで密かに楽しみにしていた。
同じクラスになった真柴と修学旅行に回れたら、という期待もあった。
付き合うなどは夢のまた夢だということは承知の上でせめてこれを機に友人になれたならという期待もあったのだ………が、結局俺は同じ部活のやつと組むことになった。
「女子ナンパするのにお前がいた方はゼッテーいいもん!」とは当時の同級生の言。
埼玉にいくつか残る公立男子校に進学した者特有の哀しみというか、女子への熱い夢から逃げきれなかったとも言えた。
移動のバスも同様に席が遠く離れ、唯一の望みをホテルの部屋決めクジに賭けた。
しかしその望みも虚しく部屋も別れてしまって俺は密かに悲しんだものであった。
修学旅行の楽しみが4割減となったもののそれを表には出せないまま俺は友人達と共に京都の世界遺産巡りへと赴き、他校の女子をナンパして失敗する友人達を慰めながら班行動を楽しんだ。
班行動の最後に少し残った時間で地主神社に立ち寄ろうと提案し、そこで密かに己の初恋の成就を祈った。
その効果が出たのがその日の夜のことだった。
真夜中に目が覚めた俺はふらふらとホテルの中を彷徨っていた。
「♪あの人の姿懐かしい 黄昏の河原町」
小さな声で聞こえてきた歌声にふと覗き込んだ自販機コーナーには、飲み物を手に小声で歌う真柴がいたのである。
その声と自販機の光の中で歌う姿に見惚れているとふいに視線がかちあった。
「悪い、覗くつもりは無かったんだ」
思わずそう言い訳すると「むしろ俺がいて邪魔だったろ」と言って自販機コーナーを出ようとしていくので、俺は咄嗟にその服の裾を掴んで引き留めた。
「もっと、もっと聞かせてくれないか?」
「俺は歌手じゃないんだけどな」
「……お前の歌声が、今聞きたいんだ」
そう焦りぎみにそう言う俺に仕方ないと言うふうにため息を吐いて「基本的に俺は古い歌しか歌えないからリクエストは無しでいいなら歌ひとつにつき50円でいいぞ」と聞いてきたので、俺は100円玉を差し出す。
変な奴だと言うような顔をして100円玉を受け取ると「じゃあ北山杉でいいか」と言った。
「♪四条通をゆっくりと 君の思い出残したところを」
2人ぼっちの自販機コーナーに真柴の柔らかい歌声が響いた。
俺はそれを聞きながら、この夜の思い出だけで生きていける気がしていた。
****
それから30年近く経った今、俺は異世界の大使館という空間で真柴春彦という男のそばにいる。
夜更けの台所で水差しに水を満たす真柴を見ているとあの夜を思い出す。
「何ぼんやりしてるんだよ」
「悪い、昔のことを思い出してた」
「ぼんやりするなら自分の部屋でな。水こぼすぞ」
「……またいつか、お前の歌を聞かせてくれないか?」
そう問えば真柴は「カラオケの誘いか?」と呆れたように笑った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる