異世界大使館雑録

あかべこ

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それぞれの昔話

木栖と真柴の京都慕情

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うちの高校は伝統的に修学旅行は京都で2泊3日となっていた。
中学校で既に京都に行ってる公立出身者は残念がる奴も多かったが、俺の中学校は修学旅行が長崎で京都は初めてということで密かに楽しみにしていた。
同じクラスになった真柴と修学旅行に回れたら、という期待もあった。
付き合うなどは夢のまた夢だということは承知の上でせめてこれを機に友人になれたならという期待もあったのだ………が、結局俺は同じ部活のやつと組むことになった。
「女子ナンパするのにお前がいた方はゼッテーいいもん!」とは当時の同級生の言。
埼玉にいくつか残る公立男子校に進学した者特有の哀しみというか、女子への熱い夢から逃げきれなかったとも言えた。
移動のバスも同様に席が遠く離れ、唯一の望みをホテルの部屋決めクジに賭けた。
しかしその望みも虚しく部屋も別れてしまって俺は密かに悲しんだものであった。
修学旅行の楽しみが4割減となったもののそれを表には出せないまま俺は友人達と共に京都の世界遺産巡りへと赴き、他校の女子をナンパして失敗する友人達を慰めながら班行動を楽しんだ。
班行動の最後に少し残った時間で地主神社に立ち寄ろうと提案し、そこで密かに己の初恋の成就を祈った。
その効果が出たのがその日の夜のことだった。
真夜中に目が覚めた俺はふらふらとホテルの中を彷徨っていた。
「♪あの人の姿懐かしい 黄昏の河原町」
小さな声で聞こえてきた歌声にふと覗き込んだ自販機コーナーには、飲み物を手に小声で歌う真柴がいたのである。
その声と自販機の光の中で歌う姿に見惚れているとふいに視線がかちあった。
「悪い、覗くつもりは無かったんだ」
思わずそう言い訳すると「むしろ俺がいて邪魔だったろ」と言って自販機コーナーを出ようとしていくので、俺は咄嗟にその服の裾を掴んで引き留めた。
「もっと、もっと聞かせてくれないか?」
「俺は歌手じゃないんだけどな」
「……お前の歌声が、今聞きたいんだ」
そう焦りぎみにそう言う俺に仕方ないと言うふうにため息を吐いて「基本的に俺は古い歌しか歌えないからリクエストは無しでいいなら歌ひとつにつき50円でいいぞ」と聞いてきたので、俺は100円玉を差し出す。
変な奴だと言うような顔をして100円玉を受け取ると「じゃあ北山杉でいいか」と言った。
「♪四条通をゆっくりと 君の思い出残したところを」
2人ぼっちの自販機コーナーに真柴の柔らかい歌声が響いた。
俺はそれを聞きながら、この夜の思い出だけで生きていける気がしていた。

****

それから30年近く経った今、俺は異世界の大使館という空間で真柴春彦という男のそばにいる。
夜更けの台所で水差しに水を満たす真柴を見ているとあの夜を思い出す。
「何ぼんやりしてるんだよ」
「悪い、昔のことを思い出してた」
「ぼんやりするなら自分の部屋でな。水こぼすぞ」
「……またいつか、お前の歌を聞かせてくれないか?」
そう問えば真柴は「カラオケの誘いか?」と呆れたように笑った。
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