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大使館2年目・冬(13~14部分)
夏沢麦子のウィンターホリデー
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残業が長引いたせいで大使館の他の人たちより休暇が短縮されてしまった。
木栖さんも石薙さんも今頃のんびりしてるだろうに何故私だけ……という気持ちと、まあ与えられた任務の進捗確認や上の許可も取らずに石薙さんと組んだことへの文句を聞くのも仕事の内という気持ちとが混在している。
それでも12日間という休みは確保できたし、上司からの苦情をぶった切って実家に帰ったという石薙さんにはきっちり苦情のメールを送った、その他あらゆるやるべきことも全部片づけた。
だからもう今の私は何時間でも寝ていい、寝ていいはずなのだ……。
「お客様!」
がばっと起き上がるとそこは柔らかな白いソファーの上、しかし入り口の上の電光掲示板が『まもなく八戸に止まります』という文字をループし続けている。
「あー……もう八戸かあ」
せっかくのグランクラスで爆睡していたらしい私にアテンダントのお姉さんは「ウェルカムセットを袋におまとめしてありますのでご利用ください」と手渡してくれる。
「ありがとうございます」
新幹線を降りる準備を始めると新幹線はゆっくり八戸駅へ入線していく。
外は雪が随分と降り積もっていてやはり冬に帰るべきではない、と思い知らされる。
(でも冬しか行けないんだよなあ)
やれやれという気持ちでトランクを引きずって八戸駅に降り、コインロッカーに預けるとタクシーを捕まえる。
「花屋に寄ったあと、五戸のほう向かってください」
車で30分ほど走ったところにある小さな墓地にたどり着くと「帰りも乗るからちょっと待ってて」と告げて歩き出す。
うちの親は5歳の頃に事故で亡くなり、以降18で家を出るまで三沢や十和田など南部近辺に散らばった親戚の家を転々として暮らしていた。
薄ぼんやりとした両親の記憶を思い出すための装置のような墓のことを私は結構大事にしていた。
「おひさしぶり」
雪を掃って仏花を挿してから線香を灯す。
「こんなクソ寒い季節に来てすいませんね、でもまあ仕事上この時期にしか来れないもんで」
ぽつぽつと喋りかけてみても当然答えはない。
しかし誰にも聞かせられないような話を聞いてくれるのは両親の墓石ぐらいしかないのだ、アロエリーナの代わりが両親の墓石なだけだ。
新しい職場の話をしばらくするとちょっと気が晴れたので「また今度」と手を振ればタクシーの運転手がたばこ片手に待ってくれていた。
「お客さん、終わりました?」
「はい。ここからだと三沢と八戸どっちが近いですかね」
「八戸だなあ、お客さん三沢の人なの?」
「生まれは五戸で三沢に何年か住んでたってだけですよ、それに青森屋の部屋取ったから」
三沢にある高級宿の名前を上げると「若いのに金あるねえ」と茶化すように答える。
そりゃあ気晴らしで金に糸目をつけず色々やったからこうなるのはしょうがない。
八戸駅にタクシーで戻ると親戚からの不在着信が来ていたことに気づく。
録音を聞いてみると『あんたに貸した養育費をいい加減返せ』という話であった。
養育費うんぬんはともかく言い方が気に食わなさすぎてマジでこっちに帰る時期を伝えていなくてよかったと心底思う、知ってたらホテルに押しかけて来そうだし。
押しかけて来られたら面倒なのでとりあえず10万円ぐらい振り込んでおくか。
幸い金羊国に異動してから金の使い道がないので黙らせるための金はある。
「……私あと何年返し続けるんだろうな、これ」
げんなりした気分でATMに向かうと外は雪が降り始めていた。
木栖さんも石薙さんも今頃のんびりしてるだろうに何故私だけ……という気持ちと、まあ与えられた任務の進捗確認や上の許可も取らずに石薙さんと組んだことへの文句を聞くのも仕事の内という気持ちとが混在している。
それでも12日間という休みは確保できたし、上司からの苦情をぶった切って実家に帰ったという石薙さんにはきっちり苦情のメールを送った、その他あらゆるやるべきことも全部片づけた。
だからもう今の私は何時間でも寝ていい、寝ていいはずなのだ……。
「お客様!」
がばっと起き上がるとそこは柔らかな白いソファーの上、しかし入り口の上の電光掲示板が『まもなく八戸に止まります』という文字をループし続けている。
「あー……もう八戸かあ」
せっかくのグランクラスで爆睡していたらしい私にアテンダントのお姉さんは「ウェルカムセットを袋におまとめしてありますのでご利用ください」と手渡してくれる。
「ありがとうございます」
新幹線を降りる準備を始めると新幹線はゆっくり八戸駅へ入線していく。
外は雪が随分と降り積もっていてやはり冬に帰るべきではない、と思い知らされる。
(でも冬しか行けないんだよなあ)
やれやれという気持ちでトランクを引きずって八戸駅に降り、コインロッカーに預けるとタクシーを捕まえる。
「花屋に寄ったあと、五戸のほう向かってください」
車で30分ほど走ったところにある小さな墓地にたどり着くと「帰りも乗るからちょっと待ってて」と告げて歩き出す。
うちの親は5歳の頃に事故で亡くなり、以降18で家を出るまで三沢や十和田など南部近辺に散らばった親戚の家を転々として暮らしていた。
薄ぼんやりとした両親の記憶を思い出すための装置のような墓のことを私は結構大事にしていた。
「おひさしぶり」
雪を掃って仏花を挿してから線香を灯す。
「こんなクソ寒い季節に来てすいませんね、でもまあ仕事上この時期にしか来れないもんで」
ぽつぽつと喋りかけてみても当然答えはない。
しかし誰にも聞かせられないような話を聞いてくれるのは両親の墓石ぐらいしかないのだ、アロエリーナの代わりが両親の墓石なだけだ。
新しい職場の話をしばらくするとちょっと気が晴れたので「また今度」と手を振ればタクシーの運転手がたばこ片手に待ってくれていた。
「お客さん、終わりました?」
「はい。ここからだと三沢と八戸どっちが近いですかね」
「八戸だなあ、お客さん三沢の人なの?」
「生まれは五戸で三沢に何年か住んでたってだけですよ、それに青森屋の部屋取ったから」
三沢にある高級宿の名前を上げると「若いのに金あるねえ」と茶化すように答える。
そりゃあ気晴らしで金に糸目をつけず色々やったからこうなるのはしょうがない。
八戸駅にタクシーで戻ると親戚からの不在着信が来ていたことに気づく。
録音を聞いてみると『あんたに貸した養育費をいい加減返せ』という話であった。
養育費うんぬんはともかく言い方が気に食わなさすぎてマジでこっちに帰る時期を伝えていなくてよかったと心底思う、知ってたらホテルに押しかけて来そうだし。
押しかけて来られたら面倒なのでとりあえず10万円ぐらい振り込んでおくか。
幸い金羊国に異動してから金の使い道がないので黙らせるための金はある。
「……私あと何年返し続けるんだろうな、これ」
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