71 / 135
大使館2年目・冬(13~14部分)
木栖善泰の小旅行
しおりを挟む
須坂駅を一歩降りると町は雪が降り積もり、滑り止めのついた靴を履いてこなかったことを少しばかり後悔した。
まあ仕方ないかとつぶやきながら持ってきていた傘を開き、スマホの地図を見ながら目的地を目指す。
今回の目的地である長野刑務所は駅からすぐの市街地の中に佇んでいる。
面会の手続きを申し込むと思ったよりもすんなりと面会の許可が下りた。
(いちおう加害者と被害者になるはずなんだが……いいのか?)
面会室には立ち合いとして警察官がいるし、アクリル板で遮られているので直接危害を加えられることはない。
寒々しい面会室でしばらく待っているとギイっと錆びついた音を立てて警察官と若い男が入ってくる。
「ひさしぶりだな」
「……お久しぶりです」
かつての恋人は頭をきれいに剃り上げ、たれ目がちな目で柔らかな弧を描いた。
あの頃は純朴な高校生のように幼く可愛らしい印象だったが、今は年相応の落ち着きを持った青年となっている。
「で、今回俺を手紙で呼びだした理由は?」
「ヨシさん」
恋人であった時と同じ愛称で俺の名を呼ぶと、静かに頭を下げた。
「俺と別れてください」
その口から出た言葉を数秒かけて咀嚼し、出てきたのは溜息だった。
「まだ付き合ってるつもりだったのか?」
「ヨシさんがもう俺と別れたつもりでいることは知ってます、新聞で沖縄地本時代の事読んだので」
沖縄地本時代の騒動はこの元恋人が刑務所に入った後の出来事だし、教えてくれる人もいなかったであろうから新聞で知るまで知らなかったのだろう。
「なら尚更じゃないのか」
「ちゃんと終わらせたいので。だって、別れようなんて言わなかったじゃないですか」
そもそもあの時はこの元恋人の行動に身の危険を感じたというのが大きい。
俺のためなら犯罪行為をいとわない相手だ、と分かると捜査担当者からもできるだけ迅速に距離を置くことを勧められた。
実際俺も警察を脱走して会いに来られたら怖かったので『距離を置こう』とだけ言って逃げたのである。
「でも終わらせようと思ったんなら良かった」
「地本時代の事知って落ち込んでたら、僕の事好きだって言ってくれる人と出会ったんです」
「その人とやり直すのか」
「はい、僕がしたいこと全部していいよって言ってくれる素敵な人なんです」
かつてこの元恋人が俺に対してしていた行為を思うと若干の不安を感じるので警察官のほうを向くと視線をそらされた。
相互に了解の上なら盗聴も追跡も問題ない、のか?
「まあそれならいいんだ。俺もちゃんと幸せになるから、お前も幸せにな」
「はい」
退室する旨を警察官に伝え、元恋人に軽く手を振って面会室を出ていく。
刑務所を一歩出るとちょっと気も楽になった。
そういえば真柴は神戸のほうに行くと言っていたが、どうしてるのだろう。
番号は知っているから聞いてみてもいいが休暇の邪魔になりそうなので気が引ける。
「……まあ、終わったら聞いてみるか」
まあ仕方ないかとつぶやきながら持ってきていた傘を開き、スマホの地図を見ながら目的地を目指す。
今回の目的地である長野刑務所は駅からすぐの市街地の中に佇んでいる。
面会の手続きを申し込むと思ったよりもすんなりと面会の許可が下りた。
(いちおう加害者と被害者になるはずなんだが……いいのか?)
面会室には立ち合いとして警察官がいるし、アクリル板で遮られているので直接危害を加えられることはない。
寒々しい面会室でしばらく待っているとギイっと錆びついた音を立てて警察官と若い男が入ってくる。
「ひさしぶりだな」
「……お久しぶりです」
かつての恋人は頭をきれいに剃り上げ、たれ目がちな目で柔らかな弧を描いた。
あの頃は純朴な高校生のように幼く可愛らしい印象だったが、今は年相応の落ち着きを持った青年となっている。
「で、今回俺を手紙で呼びだした理由は?」
「ヨシさん」
恋人であった時と同じ愛称で俺の名を呼ぶと、静かに頭を下げた。
「俺と別れてください」
その口から出た言葉を数秒かけて咀嚼し、出てきたのは溜息だった。
「まだ付き合ってるつもりだったのか?」
「ヨシさんがもう俺と別れたつもりでいることは知ってます、新聞で沖縄地本時代の事読んだので」
沖縄地本時代の騒動はこの元恋人が刑務所に入った後の出来事だし、教えてくれる人もいなかったであろうから新聞で知るまで知らなかったのだろう。
「なら尚更じゃないのか」
「ちゃんと終わらせたいので。だって、別れようなんて言わなかったじゃないですか」
そもそもあの時はこの元恋人の行動に身の危険を感じたというのが大きい。
俺のためなら犯罪行為をいとわない相手だ、と分かると捜査担当者からもできるだけ迅速に距離を置くことを勧められた。
実際俺も警察を脱走して会いに来られたら怖かったので『距離を置こう』とだけ言って逃げたのである。
「でも終わらせようと思ったんなら良かった」
「地本時代の事知って落ち込んでたら、僕の事好きだって言ってくれる人と出会ったんです」
「その人とやり直すのか」
「はい、僕がしたいこと全部していいよって言ってくれる素敵な人なんです」
かつてこの元恋人が俺に対してしていた行為を思うと若干の不安を感じるので警察官のほうを向くと視線をそらされた。
相互に了解の上なら盗聴も追跡も問題ない、のか?
「まあそれならいいんだ。俺もちゃんと幸せになるから、お前も幸せにな」
「はい」
退室する旨を警察官に伝え、元恋人に軽く手を振って面会室を出ていく。
刑務所を一歩出るとちょっと気も楽になった。
そういえば真柴は神戸のほうに行くと言っていたが、どうしてるのだろう。
番号は知っているから聞いてみてもいいが休暇の邪魔になりそうなので気が引ける。
「……まあ、終わったら聞いてみるか」
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる