異世界大使館雑録

あかべこ

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大使館2年目・冬(13~14部分)

木栖善泰の小旅行

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須坂駅を一歩降りると町は雪が降り積もり、滑り止めのついた靴を履いてこなかったことを少しばかり後悔した。
まあ仕方ないかとつぶやきながら持ってきていた傘を開き、スマホの地図を見ながら目的地を目指す。
今回の目的地である長野刑務所は駅からすぐの市街地の中に佇んでいる。
面会の手続きを申し込むと思ったよりもすんなりと面会の許可が下りた。
(いちおう加害者と被害者になるはずなんだが……いいのか?)
面会室には立ち合いとして警察官がいるし、アクリル板で遮られているので直接危害を加えられることはない。
寒々しい面会室でしばらく待っているとギイっと錆びついた音を立てて警察官と若い男が入ってくる。
「ひさしぶりだな」
「……お久しぶりです」
かつての恋人は頭をきれいに剃り上げ、たれ目がちな目で柔らかな弧を描いた。
あの頃は純朴な高校生のように幼く可愛らしい印象だったが、今は年相応の落ち着きを持った青年となっている。
「で、今回俺を手紙で呼びだした理由は?」
「ヨシさん」
恋人であった時と同じ愛称で俺の名を呼ぶと、静かに頭を下げた。

その口から出た言葉を数秒かけて咀嚼し、出てきたのは溜息だった。
「まだ付き合ってるつもりだったのか?」
「ヨシさんがもう俺と別れたつもりでいることは知ってます、新聞で沖縄地本時代の事読んだので」
沖縄地本時代の騒動はこの元恋人が刑務所に入った後の出来事だし、教えてくれる人もいなかったであろうから新聞で知るまで知らなかったのだろう。
「なら尚更じゃないのか」
「ちゃんと終わらせたいので。だって、別れようなんて言わなかったじゃないですか」
そもそもあの時はこの元恋人の行動に身の危険を感じたというのが大きい。
俺のためなら犯罪行為をいとわない相手だ、と分かると捜査担当者からもできるだけ迅速に距離を置くことを勧められた。
実際俺も警察を脱走して会いに来られたら怖かったので『距離を置こう』とだけ言って逃げたのである。
「でも終わらせようと思ったんなら良かった」
「地本時代の事知って落ち込んでたら、僕の事好きだって言ってくれる人と出会ったんです」
「その人とやり直すのか」
「はい、僕がしたいこと全部していいよって言ってくれる素敵な人なんです」
かつてこの元恋人が俺に対してしていた行為を思うと若干の不安を感じるので警察官のほうを向くと視線をそらされた。
相互に了解の上なら盗聴も追跡も問題ない、のか?
「まあそれならいいんだ。俺もちゃんと幸せになるから、お前も幸せにな」
「はい」
退室する旨を警察官に伝え、元恋人に軽く手を振って面会室を出ていく。
刑務所を一歩出るとちょっと気も楽になった。
そういえば真柴は神戸のほうに行くと言っていたが、どうしてるのだろう。
番号は知っているから聞いてみてもいいが休暇の邪魔になりそうなので気が引ける。
「……まあ、終わったら聞いてみるか」
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