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大使館1年目・冬(7~8部分)
バレンタイン行進曲
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お昼の食事の片づけを終えた飯山さんが「もうちょっと手伝ってくれない?」と言い出した時点で、僕はもう少しいぶかしむべきだったと思う。
30分後、僕は延々とイチゴの実ほどの大きさのソープの実の皮を剥き続けて腕じゅう油でべたべたになっていた。
「皮や種ごと潰さないとせっけんにならないのに何で皮を剥くんですか?」
「この間日本側から届いた報告書によると、この果肉部分は良質な食用油になるみたいなんだよ」
「そうなんですか?!」
聞いたことがない話に思わず大きな声を上げると「こっちの人はせっけんとしてしか使わないものねえ」とつぶやいた。
皮を取り除いた果肉から赤ん坊の小指の爪ほどの種を抜き取って、ざるの上に置いた布に積んでいく。
「今回は実験もかねて油を生産してみようと思って」
「身近なところにお宝ってあるんですね……種抜くの手伝います」
ふたりがかりで種を抜き、ざるの上に並べていくと果肉から油が滴っているのに気づく。
飯山さんは布で果肉をくるむと軽く上から押して果肉から油を搾りだし、布から黄金色の油がボウルに流れ出すのを驚きのまなざしで見つめていた。
ふたりで交代しながら油を搾りだすとボウルいっぱいに黄金色の油がたまっていた。
日本へ送る分を小瓶に入れ、残った分を壺に入れてふたをする。
「でもこれ半分ぐらい残ってませんか?」
「これは今日のおやつに使います」
おやつ、というのは確か間食で食べる甘いもののことだ。
金羊国に来るまでは馴染みのない文化だったけれど大使館では時々こうしておやつが出ては、僕たちもおすそ分けしてもらっていた。
そういって残った油を余すことなく油に注ぎ入れると細長い棒(油の温度を測る道具だ)を差し込んで「ここに180って数字が出るまで温めることできる?」と180と数字を書きながら伝えてくる。
日本で使われてる数字と金羊国の数字は違うのでこうして丁寧に教えてくれるのはありがたい。
「わかりました」
油の下に火をおこし、息を吹き込みながら油を熱する。
飯山さんは小麦粉に蜂蜜や卵を混ぜて緩めのパン生地のようなものを練って、以前作って瓶に詰めた豆の甘煮(飯山さん曰く粒あんの代わりらしい)を手際よくくるむ。
つくづくこの人の器用さはすごくて、時々大使館はすごい人の集まりに思えてくる。いや実際そうなんだけど。
そうこうしていると油は指示通りの数字を指し示してきた。
「油大丈夫です」
「ありがとう」
そう告げると躊躇なく豆の甘煮をくるんだ小麦粉を油に放り込んだ。
じゅわああと軽やかな音を台所中に響かせてくるのを見て「これは貴族のお菓子ですね……」と声が出る。
「こっちだと植物性油脂は高級品だものねえ、この油を普及させて揚げ物天国を作りたいねえ」
そういいながら美味しそうな茶色になったものを油から引き上げ、ざるの上に置いて触れるぐらいまで冷ましたら完成だという。
「おっ、あげドーナツだ」
納村さんがひょっこりと顔を出してくる。
「あんドーナツですよぉ」
「……そっか。私も手伝っていい?」
「どうぞ~」
飯山さんの作った生地と豆の甘煮で何か丸っぽい形に作ると僕に「この形って悪い意味含んでないよな?」と聞いてくる。
「ハート形ですねえ、かわいいー」
「いやほら、今日バレンタインだからさ」
深い意味はないと念押ししてくる納村さんに可愛げを感じつつ、飯山さんがハート形と呼んだ形を見つめてみる。
「正直僕は知らない形なのでなんとも」
「そっか、まあこっちの世界にない図形ならいいか」
納村さんはそういいながらハート形のあんドーナツを何個か油に投げ入れる。
「ところで、バレンタインって何ですか?」
「そういう行事があるんだよ」
「バレンタインっていうのは恋人や奥さんにチョコレートっていうお菓子をプレゼントする日だよ~」
「へえ、ということは納村さんにもそういう人がいるということですか?」
揚げたてのハート形のあんドーナツが小さいざるに並んでいく。
このあんドーナツはいったい誰の口に入るのだろうという意地の悪い興味を見透かしたように納村さんは「ノーコメント」と冷たく突き放すのだった。
30分後、僕は延々とイチゴの実ほどの大きさのソープの実の皮を剥き続けて腕じゅう油でべたべたになっていた。
「皮や種ごと潰さないとせっけんにならないのに何で皮を剥くんですか?」
「この間日本側から届いた報告書によると、この果肉部分は良質な食用油になるみたいなんだよ」
「そうなんですか?!」
聞いたことがない話に思わず大きな声を上げると「こっちの人はせっけんとしてしか使わないものねえ」とつぶやいた。
皮を取り除いた果肉から赤ん坊の小指の爪ほどの種を抜き取って、ざるの上に置いた布に積んでいく。
「今回は実験もかねて油を生産してみようと思って」
「身近なところにお宝ってあるんですね……種抜くの手伝います」
ふたりがかりで種を抜き、ざるの上に並べていくと果肉から油が滴っているのに気づく。
飯山さんは布で果肉をくるむと軽く上から押して果肉から油を搾りだし、布から黄金色の油がボウルに流れ出すのを驚きのまなざしで見つめていた。
ふたりで交代しながら油を搾りだすとボウルいっぱいに黄金色の油がたまっていた。
日本へ送る分を小瓶に入れ、残った分を壺に入れてふたをする。
「でもこれ半分ぐらい残ってませんか?」
「これは今日のおやつに使います」
おやつ、というのは確か間食で食べる甘いもののことだ。
金羊国に来るまでは馴染みのない文化だったけれど大使館では時々こうしておやつが出ては、僕たちもおすそ分けしてもらっていた。
そういって残った油を余すことなく油に注ぎ入れると細長い棒(油の温度を測る道具だ)を差し込んで「ここに180って数字が出るまで温めることできる?」と180と数字を書きながら伝えてくる。
日本で使われてる数字と金羊国の数字は違うのでこうして丁寧に教えてくれるのはありがたい。
「わかりました」
油の下に火をおこし、息を吹き込みながら油を熱する。
飯山さんは小麦粉に蜂蜜や卵を混ぜて緩めのパン生地のようなものを練って、以前作って瓶に詰めた豆の甘煮(飯山さん曰く粒あんの代わりらしい)を手際よくくるむ。
つくづくこの人の器用さはすごくて、時々大使館はすごい人の集まりに思えてくる。いや実際そうなんだけど。
そうこうしていると油は指示通りの数字を指し示してきた。
「油大丈夫です」
「ありがとう」
そう告げると躊躇なく豆の甘煮をくるんだ小麦粉を油に放り込んだ。
じゅわああと軽やかな音を台所中に響かせてくるのを見て「これは貴族のお菓子ですね……」と声が出る。
「こっちだと植物性油脂は高級品だものねえ、この油を普及させて揚げ物天国を作りたいねえ」
そういいながら美味しそうな茶色になったものを油から引き上げ、ざるの上に置いて触れるぐらいまで冷ましたら完成だという。
「おっ、あげドーナツだ」
納村さんがひょっこりと顔を出してくる。
「あんドーナツですよぉ」
「……そっか。私も手伝っていい?」
「どうぞ~」
飯山さんの作った生地と豆の甘煮で何か丸っぽい形に作ると僕に「この形って悪い意味含んでないよな?」と聞いてくる。
「ハート形ですねえ、かわいいー」
「いやほら、今日バレンタインだからさ」
深い意味はないと念押ししてくる納村さんに可愛げを感じつつ、飯山さんがハート形と呼んだ形を見つめてみる。
「正直僕は知らない形なのでなんとも」
「そっか、まあこっちの世界にない図形ならいいか」
納村さんはそういいながらハート形のあんドーナツを何個か油に投げ入れる。
「ところで、バレンタインって何ですか?」
「そういう行事があるんだよ」
「バレンタインっていうのは恋人や奥さんにチョコレートっていうお菓子をプレゼントする日だよ~」
「へえ、ということは納村さんにもそういう人がいるということですか?」
揚げたてのハート形のあんドーナツが小さいざるに並んでいく。
このあんドーナツはいったい誰の口に入るのだろうという意地の悪い興味を見透かしたように納村さんは「ノーコメント」と冷たく突き放すのだった。
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