異世界大使館雑録

あかべこ

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大使館1年目・冬(7~8部分)

柊木正人のウィンターホリデイ

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特急ひたちで水戸駅にたどり着いてから、そう言えば具体的な場所を聞いてなかった事を思い出す。
両親が退官後に買った家の最寄駅までの行き方は調べていたが、そこから家までのルートを知らなかったのは行くのが初めてだからだ。
元航空自衛官として転勤に転勤を重ねた両親が終の住処として家を買ったのは3年前、ちょうど妻と別れて自由になったしちゃんと生活しようと意気込んでいた時期だ。なんとなく来るタイミングを逃してずっと行っていなかったのだ。
年賀状で住所は知っているが具体的な道順もわからない。まあスマホで調べればよかろう、と割り切って乗り換えの第三セクターのホームを目指す。
やたらと大きな音を立てる列車は板敷きの床に扇風機が回り、ここだけ時間が止まってるかのようだ。
ボックス席に腰を下ろして住所をスマホで確認する。歩いて20分弱かかるようだがタクシー会社の番号も分からないし散歩だと割り切るしかない。

***

大洗の海を望む中古マンションの一室は、父と母の城であった。
「久しぶりだな」
「うん、母さんは?」
「今日はバイトでな、夕方まで帰ってこないよ」
「バイト?」「郵便の配達だよ。相変わらず乗り物が好きらしい」
母は飛行機が好きで自衛隊に入っただけあり筋金入りの乗り物好きで、父は戦闘機のパイロットであった。
「座ってろ、コーヒー淹れるから」
そう言ってまだ新しいソファに息子を座らせると父は慣れた手つきでコーヒーを淹れる。
昔からコーヒーが好きな人だったが、最近コーヒーショップでバイトを始めたお陰で腕前がさらに上がったと嬉しそうに語ってくる。
「息子抜きでも生活楽しんでるな」
「当たり前だろう。奈帆ちゃんには会ったのか?」
別れた妻が引き取った娘について俺に聞いてくる。
「いや、誕生日に図書カード贈ってそのお礼の手紙が来たくらいかな」
「お前はあっさりし過ぎてるな、だから別れたんじゃないか?」
「まあ、そうかもな」
妻と別れたのは仕事の多忙さで妻子をなおざりにし過ぎて、一緒にいるとイライラするようになったせいだった。
恋人時代は楽しかった違いやズレを楽しめなくなり、お互い1人になった方が楽だという結論に辿り着いた時にはもうダメだったのだろう。
「休みの間はずっと大洗にいるつもりか?」
「奈帆も保育園始まってる時期だし、何より向こうの両親とどんな顔して会えって言うんだ」
離婚後、妻と娘は両親-俺から見て元義父母に当たる-と暮らしている。先方は娘にバツをつけた元義理の息子が嫌いだろうから泊まりになど行けるはずがない。
「まあ、お前がそれでいいならそうしとけばいい」
父が呆れたような困ったような声でコーヒーを出してくる。その香りは少し安らかな心を引き出してくれるものだった。
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