異世界大使館雑録

あかべこ

文字の大きさ
上 下
24 / 135
大使館1年目・秋(6部分)

チキンポットクリームパイ

しおりを挟む
なぜか今、無性にチキンポットクリームパイが食べたい。
多忙な収穫祭が終わって晩秋に差し掛かり、肌寒くなってきたせいだろうか。
「……でもオーブンないんだよなぁ」
大使館の中に限らず金羊国内にはまだオーブンがない。国内の窯業技術が足りず耐熱レンガがないので作れないらしいのだ。
日本から耐熱レンガを持ち込んで作るという手もあるけどそんな手間も余裕もない。
ダッチオーブン使う?でも重くて持ってきてないんだよなー、どうしよ。大鍋の蓋の上に炭を乗せればいけるかな?うん、そうしよう。
幸いメニューの決定権は俺にあるから好きにやっていい。そうしよう。
「オーロフくん、ちょっと料理の手伝いお願いしていいかなー?」
「あっ、はい!」
かまどの火入れと調整をオーロフくんにお願いして、まずはスープに入れる具と出汁から。
出汁は大森林で取れる生き物の骨と近くの川で取れる魚のガラ、野菜の皮と臭み消しのハーブを水から煮込む。これだけで結構美味しい出汁が作れるのでたまに寸胴鍋でこれを仕込んでは色々と活用させてもらってる。
そして隣のかまどで近隣で採れた生の豆を柔らかくなるまで茹で、その間に野菜をガンガン刻んでいく。
そろそろ食べないとヤバそうな青菜類に、安くなってたお芋類や根菜類をザクザクと食べやすい大きさにまとめてカットしていく。
そしてお肉。今回は3日前に捕まえて熟成させたウサギのお肉を一口サイズにカットしてスープのメインにする。
「お豆はー……よし、このくらいかな」
少し硬めに茹で上がった豆類をざるにあけてざっと水切りする。
さっき豆類を煮込んでた鍋に油を少しひいて、刻んだ野菜や肉や豆類を鍋にどんどん入れ、上から小麦粉をかけてしっかり炒める。
「出汁の味見してくれる~?」
オーロフくんが味見をして「大丈夫だと思います」と告げる。僕も一応確認するが、問題はなさそうだ。
「じゃあ出汁入れて煮込んでもらっていいかな?」
「分かりました」
スープを煮込んでる間にパイ生地も作ろう。
小麦粉をふるいにかけて細かくし、バターを入れて練り混ぜる。
酪農が行われていない金羊国だが、牛乳が手に入らないわけではない。牛や山羊などの母乳が出る獣人の女性が自分の出したお乳を売ってくれるので、それを使えばバターやチーズなども用意はできる。
大使館ではオーロフの奥さんや娘さんに頼んで牛乳を確保してるけど、最初は知り合いの家族ということでなんとなく抵抗感はあったけど成分的にはスーパーで売られている牛乳ものとあまり変わらないし味も普通のものと変わらないので気にしないように言い聞かせながら使っている感じだ。ちなみに値段は日本より少しお高めだがこれは生産量の少なさによるものだろうから仕方ない。
さて、小麦粉とバターがしっかり混ざったらひとまとめにして氷を仕込んだクーラーボックスで休ませる。
金羊国には電気がないので冷蔵庫もない、ただ魔術を使えば氷を作れるので大使館では氷とクーラーボックスを冷蔵庫がわりにしている。
「スープの方はどう~?」
2人で味見をすればとろみも出てなかなかいい具合になってきた。少し塩だけ足してから陶器の深皿にスープをたっぷり入れておく。
「こんな器ありましたっけ?」
「収穫祭の時にお客さん来たでしょー?あの時に追加でお皿を買ってあるんだよ」
金羊国に限らずこの大陸では焼き物のお皿は結構珍重される傾向にあり、えらい貴族などは職人を自前で囲ったりしてるのであまり庶民に出回らない傾向がある。
大使館で使われるお皿も地元で購入したお皿で、すべて木製の食器である。
しかしこの間の収穫祭の時、お客さん用のお皿がないという話になって外務省がかなりの数のお皿を用意してくれたのだ。
今回は国産洋食器。温かみのある黄色のスープ鉢だ。
スープの粗熱を取るあいだにパイ生地の仕上げをしよう、とにかく打粉して生地を伸ばしては畳むのを繰り返す。少し寝かせ足りてないから伸びが悪いけどこれはもう仕方ない。伸ばして畳んでを5回くらい繰り返し、スープ鉢の口と同じくらいの大きさにナイフで切る。
今回は溶き卵の代わりに水で溶いた小麦粉を器のふちに塗ってパイ生地で蓋をする。
「じゃ、これを焼いちゃうぞー!」
「焼くんですか?」
「うん、この上の小麦粉の生地を焼いてパリパリにするんだよ。スープとパイのパリパリがねー、美味しいんだよこれが。
あっ、スープの鍋を一番下の大きい鍋に置き換えてくれる?」
スープがまだ半分くらい残ってる鍋をかまどから別のところにずらして、大きな鍋をかまどにかける。
「ここにお皿ごと入れればいいんですか?」
「うん、少し余裕を空けてね」
指示通り鍋にポットパイを置いてもらう。
「このあとどうするんですか?」
「蓋をして、その蓋の上に燃えた薪をいくつか置いて加熱するよ」
「蓋の上に燃えた薪……?!」
「そうしないとパイ生地が焼けにくいからね」
不思議そうな顔をしつつ指示通り蓋をして上によく熾った薪を置いて上から加熱して出来上がりだ。
「お手伝い、ありがとうねぇ」
「いえ、これも仕事ですから」
しおりを挟む
このお話は本編とセットで読むのがおすすめです
マシュマロで匿名感想も受け付けています
更新告知Twitter@SPBJdHliaztGpT0
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~

ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。 そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。 そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

処理中です...