異世界大使館雑録

あかべこ

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それぞれの昔話

グウズルンの昔語り

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グウズルンは幼少期のほとんどを獣人のための檻で過ごした。
決められた量の栄養豊富な餌を与えられ、決まった時間に歌と踊りの稽古を受けさせられ、過酷な礼儀作法教育、太ったり傷がつかぬように厳しい管理の中で幼少期を過ごした。
両親や友人の記憶はない。ただ自分を厳しく管理する人間がいたことをぼんやりと記憶するのみであった。
当時はなぜそのような扱いを受けるのか、過酷な管理教育で思考力の落ちたグウズルンに考える余裕はなかった。
それが明るみになるのはグウズルンがある老人に多額の金品と引き換えに引き渡された時だった。
「さすが生きた宝石だな、資産をつぎ込んだ価値はある」
老人はグウズルンをそう評し、管理してきた男を良く褒めたたえた。
ホワイトライオンの獣人は生きた宝石と呼ばれ高値で取引される、つまりは生きた宝石を飾りたいというこの老人の欲のためにグウズルンは管理されてきたのだ。
その時初めてグウズルンはもやりとした感情を抱いた。その感情の意味を知るのはもっと後の事である。

****

老人は北の国においては先王(現在の王であるのグスタフ4世の祖父にあたる)の王弟に当たる人物で、宝石や絵画をこよなく愛する蒐集家であった。
老公爵は自らの財産の多くをつぎ込んで手に入れたグウズルンを各所に連れ出した。
その連れ出された場所のうちの一つにはのちのグスタフ4世王のところも含まれており、ハルトルとはこの時に面識を得ている。
当初彼の息子はグウズルンをごく潰しとみなしたが、その美しさに魅了される貴族の多さ・管理教育によって培われた礼儀作法・ライオンの血筋ゆえの身体能力の高さを目にしてあることを考えた。
老公爵が病床に臥すとグウズルンは再び厳しい管理教育に放り込まれた。今度は諜報を中心としたスパイ教育である。
既にグウズルンはうんざりしていたが逃げるというところにはまだ頭が回らず、淡々と教えられたことを頭に叩き込んだ。
老公爵が亡くなったころにはグウズルンは美貌の女スパイとして完成され、同時に彼女は老公爵への献身的な介抱に対する恩義として解放奴隷となった。むろん表向きだけで実情は未だ公爵家所有の奴隷であった。
表向きだけでも解放奴隷となったグウズルンは、新しい主の意向に従い数人の仲間を見つけ踊り子として旅に出た。
新しい主の指示に従い、偽情報の流布から暗殺まであらゆる業務をこなした。
しかし公爵家から離れて仲間と旅をするうちにグウズルンは厳しい管理で失われた思考力を取り戻した。
獣人であるがゆえにあらゆる暗部や汚れを引き受けなければならないことに違和感を抱くようになったのだ。
何よりグウズルンにはハルトルがいた。ハルトルはグウズルンを通じて王宮の外を知るうちに獣人たちのための独立国を夢見るようになり、グウズルンもその夢に共感した。

ふたりの運命を変えたのは金羊の女神であった。

金羊の女神の言葉に人生を賭ける価値はあるのか、グウズルンが問えばハルトルはむしろ今が好機だと答える。
今を逃せば獣人国家設立の夢は途絶える、ハルトルはそう力強く答えた。
そのまっすぐな眼差しはグウズルンが人生で初めて見た希望の色があった。
「僕をここから連れ出してほしい」
「もちろん」
2人が城を抜け出し、のちの金羊国となる場所へ向かうのはこの3日後のことである。
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