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大使館1年目・夏(4〜5部分)
ある針子の叶わぬ初恋
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*第四章既読推奨
「辺境伯閣下も随分大胆なことをなされましたなあ」
宰相閣下は呆れたような面白がるような口ぶりでわたしを眺めます。
「いい加減離しなさい!この私を誰だとお思いなの?!」という怒鳴り声とともに私によく似た女性が隣の椅子に座らされます。
「本物のマルグレーテ嬢と並べても見分けがつきませんな」
そう、隣に座られたこの方こそ本物の辺境伯令嬢・マルグレーテさまなのです。
隣にいた私に気づいたマルグレーテは座らされた私を見てすべてを察したようで、憎たらし気に「ヴィヴィがやらかしたのね」とわたしに告げます。
準備は整ったいう風に宰相閣下は書記官に調書の準備を始めさせると、わたしたちにこう問いました。
「まずは君たちの生まれについて聞こうか」
―はい。わたしは物心ついた時には北の辺境伯領の中心部にある孤児院におりました。
半年に一度辺境伯閣下から支援はありましたが決して豊かとはいえません、ですので男は狩猟や釣り・女は孤児院の中の仕事をして生活を成り立たせておりました。
わたしは指先が器用でしたので孤児院の衣服の修繕をしていたのですが、12の頃に地元の仕立て屋に住み込みで働かないかとお誘いいただきました。
最初に新王閣下にお会いしたのは15の時です。当時は第17王候補でいらした新王閣下が、辺境伯領へお越しになるパレードで一目惚れをいたしました。以来わたしは寝ても覚めても新王閣下にうなされておりました。
状況が変わったのは18の時です、わたしのもとに辺境伯閣下がお越しになられました。
わたしがマルグレーテさまの獣腹の妹で縁起が悪いので辺境伯邸から離れた孤児院に預けられていたのだだと告げられると、辺境伯ご夫妻はわたしに提案してくださいました。
『きみ、マルグレーテの代わりに王都に行かないか』
わたしにとってそれは夢のような提案でした。王都に行けば新王陛下のお傍にいられる、と思ったからです。
ですから一にも二にもなく飛びついてわたしが身代わりとなることを受け入れたのです。
「では、マルグレーテ嬢に代わり当時皇太子になられた新王閣下の妻になるという事は知らなかったと?」
―浮かれていたのです。詳細を聞かずにその提案を受け入れました。
1年にわたる令嬢教育ののち、マルグレーテ妃の身代わりとして王都に着いた時わたしはてっきりどこかの貴族のお妾さんか外交騎士の妻にされるのだと思っておりました。そうでなければ私を身代わりにする理由などないと思っていたからです。
「それはあなたの都合だわ。ヴィヴィ、あんな冷たい男のどこがいいの?」
―確かにそうかもしれません。あの方は天頂の星であり、月です。冷たく凍てついた空の上に煌々と輝くあの方に、わたしは命を尽くそうと思いました。
あんなにも美しく、手の届かない方は他にいません。だからこそ焦がれてしまうのでしょう
「趣味が悪いわね」
―そうかもしれません
「話を戻しましょう。ヴィヴィ、あなたは王家を欺くつもりは無かったということですか?」
―少なくとも当初のわたし個人はそういえるでしょう。しかし新王閣下の妻になり、あの方のお傍にいるにつれてわたしはより深く焦がれるようになりました。あの方の孤独すら美しく見えたのです。
しかし新王閣下のお心は逃亡奴隷のハルトルに向けられておりました。わたしのことなどせいぜいただの塵にしかみえていなかった、でもほんの少しでいいから心を寄せていることに気づいていただきたかった。
「それであの背縫いを?」
―ええ。刺繍は仕立て屋で覚えておりましたし、背縫いもよく作っておりました。背縫いに必須な髪の毛の一部を刺繍に埋めるの技法は意外に難しい技ですから不器用な奥様はみな仕立て屋に頼むのです。結局、その背縫いが命取りになったわけですが……。
「ヴィヴィ、あなた可哀想なぐらい健気ねえ」
呆れるような声色でマルグレーテさまが呟きます。
わたしと入れ替わりヴィヴィとして辺境伯にお仕えする子爵夫人になられたマルグレーテさまは、最後にお会いした時よりもずいぶんふくよかになられたように思います。
「そもそも辺境伯家は何故入れ替わりなど提案したのだ?」
「新王閣下が好みじゃないからよ」
マルグレーテさまは率直に言葉を紡がれます。
「新王閣下が欲しかったのは辺境伯領への影響力だけじゃないの」
北の辺境伯領はこの国においては特殊な土地です。
凍てつく海に面した辺境伯領では魔術に反応を示す魔鉱石と世界最上と呼ばれる白鯨香と呼ばれる特殊な産品があり、特に白鯨香は大陸ではここでしか入手が出来ないため外交上の取引にも使われるのです。
魔鉱石も産出量が少なく、大陸では北の辺境伯領にある鉱山・西の国の果てにある教会の地下深くでしか産出されません。最近は獣人奴隷独立区域・自称金羊国から産出されたものもあるようですがまだ流通量が少ないので詳細不明だと言います。
だからこそあの方は辺境伯令嬢を嫁に貰う事で影響力を持ちたかったのでしょう。
―もしもこの件を内密に済ませることが出来たら?
―金羊国と日本政府に多少の恩を売る形になりますが、この件を内密にしていただく代わりに我が国から産出する黒油の極端な長期販売契約を結ぶことで大陸内の他国に伏せてもらうことが出来るのではないでしょうか。王の座について日の浅い陛下に離婚という醜聞をつけずに済み、王家と辺境伯に共通の秘密を持つことで連帯が図れます。
「悪くなさそうね、わたしも今の旦那様との暮らしが大事だもの」
「……検討はしておこう」
「辺境伯閣下も随分大胆なことをなされましたなあ」
宰相閣下は呆れたような面白がるような口ぶりでわたしを眺めます。
「いい加減離しなさい!この私を誰だとお思いなの?!」という怒鳴り声とともに私によく似た女性が隣の椅子に座らされます。
「本物のマルグレーテ嬢と並べても見分けがつきませんな」
そう、隣に座られたこの方こそ本物の辺境伯令嬢・マルグレーテさまなのです。
隣にいた私に気づいたマルグレーテは座らされた私を見てすべてを察したようで、憎たらし気に「ヴィヴィがやらかしたのね」とわたしに告げます。
準備は整ったいう風に宰相閣下は書記官に調書の準備を始めさせると、わたしたちにこう問いました。
「まずは君たちの生まれについて聞こうか」
―はい。わたしは物心ついた時には北の辺境伯領の中心部にある孤児院におりました。
半年に一度辺境伯閣下から支援はありましたが決して豊かとはいえません、ですので男は狩猟や釣り・女は孤児院の中の仕事をして生活を成り立たせておりました。
わたしは指先が器用でしたので孤児院の衣服の修繕をしていたのですが、12の頃に地元の仕立て屋に住み込みで働かないかとお誘いいただきました。
最初に新王閣下にお会いしたのは15の時です。当時は第17王候補でいらした新王閣下が、辺境伯領へお越しになるパレードで一目惚れをいたしました。以来わたしは寝ても覚めても新王閣下にうなされておりました。
状況が変わったのは18の時です、わたしのもとに辺境伯閣下がお越しになられました。
わたしがマルグレーテさまの獣腹の妹で縁起が悪いので辺境伯邸から離れた孤児院に預けられていたのだだと告げられると、辺境伯ご夫妻はわたしに提案してくださいました。
『きみ、マルグレーテの代わりに王都に行かないか』
わたしにとってそれは夢のような提案でした。王都に行けば新王陛下のお傍にいられる、と思ったからです。
ですから一にも二にもなく飛びついてわたしが身代わりとなることを受け入れたのです。
「では、マルグレーテ嬢に代わり当時皇太子になられた新王閣下の妻になるという事は知らなかったと?」
―浮かれていたのです。詳細を聞かずにその提案を受け入れました。
1年にわたる令嬢教育ののち、マルグレーテ妃の身代わりとして王都に着いた時わたしはてっきりどこかの貴族のお妾さんか外交騎士の妻にされるのだと思っておりました。そうでなければ私を身代わりにする理由などないと思っていたからです。
「それはあなたの都合だわ。ヴィヴィ、あんな冷たい男のどこがいいの?」
―確かにそうかもしれません。あの方は天頂の星であり、月です。冷たく凍てついた空の上に煌々と輝くあの方に、わたしは命を尽くそうと思いました。
あんなにも美しく、手の届かない方は他にいません。だからこそ焦がれてしまうのでしょう
「趣味が悪いわね」
―そうかもしれません
「話を戻しましょう。ヴィヴィ、あなたは王家を欺くつもりは無かったということですか?」
―少なくとも当初のわたし個人はそういえるでしょう。しかし新王閣下の妻になり、あの方のお傍にいるにつれてわたしはより深く焦がれるようになりました。あの方の孤独すら美しく見えたのです。
しかし新王閣下のお心は逃亡奴隷のハルトルに向けられておりました。わたしのことなどせいぜいただの塵にしかみえていなかった、でもほんの少しでいいから心を寄せていることに気づいていただきたかった。
「それであの背縫いを?」
―ええ。刺繍は仕立て屋で覚えておりましたし、背縫いもよく作っておりました。背縫いに必須な髪の毛の一部を刺繍に埋めるの技法は意外に難しい技ですから不器用な奥様はみな仕立て屋に頼むのです。結局、その背縫いが命取りになったわけですが……。
「ヴィヴィ、あなた可哀想なぐらい健気ねえ」
呆れるような声色でマルグレーテさまが呟きます。
わたしと入れ替わりヴィヴィとして辺境伯にお仕えする子爵夫人になられたマルグレーテさまは、最後にお会いした時よりもずいぶんふくよかになられたように思います。
「そもそも辺境伯家は何故入れ替わりなど提案したのだ?」
「新王閣下が好みじゃないからよ」
マルグレーテさまは率直に言葉を紡がれます。
「新王閣下が欲しかったのは辺境伯領への影響力だけじゃないの」
北の辺境伯領はこの国においては特殊な土地です。
凍てつく海に面した辺境伯領では魔術に反応を示す魔鉱石と世界最上と呼ばれる白鯨香と呼ばれる特殊な産品があり、特に白鯨香は大陸ではここでしか入手が出来ないため外交上の取引にも使われるのです。
魔鉱石も産出量が少なく、大陸では北の辺境伯領にある鉱山・西の国の果てにある教会の地下深くでしか産出されません。最近は獣人奴隷独立区域・自称金羊国から産出されたものもあるようですがまだ流通量が少ないので詳細不明だと言います。
だからこそあの方は辺境伯令嬢を嫁に貰う事で影響力を持ちたかったのでしょう。
―もしもこの件を内密に済ませることが出来たら?
―金羊国と日本政府に多少の恩を売る形になりますが、この件を内密にしていただく代わりに我が国から産出する黒油の極端な長期販売契約を結ぶことで大陸内の他国に伏せてもらうことが出来るのではないでしょうか。王の座について日の浅い陛下に離婚という醜聞をつけずに済み、王家と辺境伯に共通の秘密を持つことで連帯が図れます。
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