異世界大使館雑録

あかべこ

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それぞれの昔話

神に祈る軒下の怪物

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両親から『神の教えに従えば幸福に生きて死ぬことが出来る』と言われて育った。
子どもだった俺はそれを疑うことも無くその信仰を当たり前のものとして生きてきた。
たぶん真柴春彦に出会って恋をしなければ、俺は死ぬまでその信仰を疑いもせず受け入れて生きてきたんだろう。

―中学3年、夏
「高校は地元の学校に行きたい」
両親の意向で都内の私立一貫校に通っていた俺は初めてそう口にした夏の日、両親は『なんで?』と不思議そうに聞いた。
早起きして家から離れた学校に行くのも、混雑する電車での通学も、ほとんど持ち上がりの同級生と先生たちにも飽き飽きしていたのだ。
全く未知の環境に飛び込んでみたい、という俺の意向に両親は渋々頷いた。子供に最上級の教育を与えたつもりだったのに退屈だと言われたことが腑に落ちなかったのだろう。
幸か不幸か俺は地元に友達があまりいなかった。地域の教会に属してはいたがほとんどが外国ルーツの子どもで日本人の子どもは少なかったし、地元の保育園には通っていたが卒園と同時に交流は途切れた。
なので俺にとって地元の高校は近くて遠い場所であったのだ。
志望校にした徒歩圏内にある地元の高校は偏差値が高いという事は後になってから知ったが、狙える範囲内だったこともあり第一志望とした。
周囲に持ち上がりで高校に行かないことを不思議がられながら人並みの受験勉強をこなし、卒業式で9年にわたる級友たちに別れを告げ、初めて俺は公立校に通うという経験に辿り着いたのだった。

―高校1年、初夏
壁に張り出された中間テストの結果表を見て「やっぱり木栖が一位かあ」「さすが主席入学でスピーチした奴は違うわ」という声の中に小さな舌打ちが聞こえた。
順位表と自分の成績表を交互に見返しながら「やっぱり理系で負けてるな」「出来る科目と出来ない科目の差を埋めるには」とつぶやいているその姿に目を惹かれた。
闘志のようなものが漆黒の奥で静かに燃えるその瞳は美しく、この対象が自分であるという事が何よりも嬉しかった。

―高校1年生、冬
陸上部の大会の帰り道、大宮駅のほど近くの本屋に立ち寄ると真柴がアルバイトをしていた。
最初の中間テスト発表の日のあと、俺にライバル意識を燃やしていた男が真柴春彦という他クラスの同級生だと人づてに聞いて知った。
彼らは真柴の事を「友達付き合い悪い」「愛想がない」だと言うが、店先ではその印象と程遠い普通のいい人のように思えた。
そしてバイト仲間に見せる表情を、心から好きだと思った。

―高校2年生、春
真柴に対する気持ちを恋だと気づいてからいつも憂鬱だった。
自分はおかしいのではないか?神の教えに反するのではないか?という憂鬱は、真柴とすれ違うたびにするりと消えていった。
はじめて恋というものを知り、そのままならなさに振り回されて日常が楽しくなった。
いつだってあいつは俺に勝ちたいと思われてるのだ。それだけで俺は満足していた。

―高校3年生、春
「お前が文系志望だとは思わなかった」
クラス分けの日の朝、隣の席に腰を下ろした真柴はそう呟いた。
文系を選んだことに意味はない。理系科目は好きだが医者や科学者に興味がなかっただけだ。
「大した理由はない」
俺はお前がいればそれでよかった。
この一方的な片思いへの最後のはなむけがお前と一緒に過ごせる一年ならば、なおさら。
そうしてこの最後の一年が終われば俺はこの恋を捨てて遠くに行くと決めていたのだから。
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