異世界大使館はじめます

あかべこ

文字の大きさ
上 下
240 / 254
17.5:大使館と秋の終わり

17.5 後編

しおりを挟む
11月末、エルダールの島に派遣された医師たちが金羊国へ到着した。
大使館へ入国手続きに訪れた彼らのリーダーに一杯のお茶を差し出している。
『ベルナルディーニチーム長、この度はお疲れ様でした』
『ありがとうございます』
『この後全員に一通り書いてもらう書類などは揃えてあるので、一度お茶でも飲んで少し休んで頂ければと思います。その間にうちの医者による健康状態の確認や荷物の申請手続きなどを行ないます』
書類のまとめられた封筒をお茶の横に置いておく。
手続きに必要な書類は既にこの中に一通り揃えてあるが本人署名の欄などがあり、署名するにもせめてお茶の一杯でも飲んでからでないとペンをとる気にもならないだろう。
『では、署名など終わった頃合いにまた来ますので』
ベルナルディーニチーム長を一度部屋に置いておくと、隅に立ってた高槻くんと目が合った。
「高槻くん、この電話番号に以下の内容を電話しておいてくれ」
医師団一行が休憩と書類などを確認している間に国境なき医師団の事務所に通達して医療廃棄物の回収準備、更に飯島からも電話をくれと言われてたので飯島にも連絡しておく必要がある。
その為だけに紅忠から高槻くんを借りておいたのだ。
「このメモ通りに連絡したら良いんですよね?」
「ああ」
メモを受け取った高槻くんが「分かりました」と言って大使館を出ていくのを見た後、1階に降りて健康状態のチェックを手伝う。
咳や発熱があれば入国を待ってもらう事になるところだったが、ここにいるのは全員医療関係者ということで全員問題なしとされた。
「大使、研究用サンプルの数量チェック終わりました。事前の申し送りとの差異はありません」
「わかった。医療廃棄物のほうは?」
「深大寺くんと石薙さんにお願いしてますが、こちらも現時点で差異の報告はありません」
「分かった。なら後は書類書いてもらうだけだな」
長い船旅を終えて休憩中の医師たちが、残ったお茶を片手に書類に目を通しているのを見ながら「今夜までには全員日本に戻れるよう一踏ん張りか」とつぶやいた。

****

全ての手続きが終えた頃には金羊国もすっかり冬の宵となっていた。
「……疲れた」
国境なき医師団の面々が家族や友人からの出迎えを受ける横で、俺たちは医療廃棄物の処理だの国境なき医師団側からの今後の予定の申し送りなどを受けていてなんだかクリスマスもクソもないと言う気分だ。
しかもいくらか雨まで降ってきて、傘を持っていない事に舌打ちしたくなった。
「真柴」
そう声をかけてきたのはカッパを着てネックライトを下げた木栖で、その手にはビニール傘がある。
「わざわざ迎えにきたのか?」
「こんな寒い夜に冷たい雨に降られて帰ってくるのはあんまりだと思ってな」
ほら、とその手からビニール傘が差し出される。
傘に手を伸ばすと掠めた指先が少し冷たくて、こいつ待ってたのか?と言う気持ちになる。
「と言うかカッパだけで寒くないのか?」
「慣れてる。それに俺はお前が濡れる方が嫌だ」
つくづく俺はこの男から愛されている、と思う。
ささやかなお返しをしてやりたくなった俺はふとポケットに入れてあったものの存在を思い出した。
「なあ、お前無糖のカフェラテ好きか?」
「嫌いではないな」
「じゃあお前にやるよ、自販機で甘いの飲みてえなと思ったら間違えて買った奴で悪いが」
ポケットからまだ暖かいカフェラテのボトルを差し出すと「それは在庫処分と言わないか?」とツッコミを入れつつ受け取ってくれる。
「ちょうど良いお返しが無いんだ」
「まあお前がくれるもんならありがたく受け取るよ」
やれやれといいたげにカフェラテを受け取ると、そのボトルの温みで指先を温める。
俺はその横で傘を少しだけ木栖に貸してやると「相合傘だ」と嬉しそうに呟いた。
しおりを挟む
気に入ってくださったら番外編も読んでみてください
マシュマロで匿名感想も受け付けています、お返事は近況ボードから。
更新告知Twitter@SPBJdHliaztGpT0
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・

今卓&
ファンタジー
地球での任務が終わった銀河連合所属の刑事二人は帰途の途中原因不明のワームホールに巻き込まれる、彼が気が付くと可住惑星上に居た。 その頃会議中の皇帝の元へ伯爵から使者が送られる、彼等は捕らえられ教会の地下へと送られた。 皇帝は日課の教会へ向かう途中でタイスと名乗る少女を”宮”へ招待するという、タイスは不安ながらも両親と周囲の反応から招待を断る事はできず”宮”へ向かう事となる。 刑事は離別したパートナーの捜索と惑星の調査の為、巡視艇から下船する事とした、そこで彼は4人の知性体を救出し獣人二人とエルフを連れてエルフの住む土地へ彼等を届ける旅にでる事となる。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

無能と言われた召喚士は実家から追放されたが、別の属性があるのでどうでもいいです

竹桜
ファンタジー
 無能と呼ばれた召喚士は王立学園を卒業と同時に実家を追放され、絶縁された。  だが、その無能と呼ばれた召喚士は別の力を持っていたのだ。  その力を使用し、無能と呼ばれた召喚士は歌姫と魔物研究者を守っていく。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

強制フラグは、いりません! ~今いる世界が、誰かの二次小説の中だなんて思うかよ! JKと禁断の恋愛するなら、自力でやらせてもらうからっ!~

ハル*
ファンタジー
高校教師の俺。 いつもと同じように過ごしていたはずなのに、ある日を境にちょっとずつ何かが変わっていく。 テスト準備期間のある放課後。行き慣れた部室に向かった俺の目の前に、ぐっすり眠っているマネージャーのあの娘。 そのシチュエーションの最中、頭ん中で変な音と共に、俺の日常を変えていく声が聞こえた。 『強制フラグを、立てますか?』 その言葉自体を知らないわけじゃない。 だがしかし、そのフラグって、何に対してなんだ? 聞いたことがない声。聞こえてくる場所も、ハッキリしない。 混乱する俺に、さっきの声が繰り返された。 しかも、ちょっとだけ違うセリフで。 『強制フラグを立てますよ? いいですね?』 その変化は、目の前の彼女の名前を呼んだ瞬間に訪れた。 「今日って、そんなに疲れるようなことあったか?」 今まで感じたことがない違和感に、さっさと目の前のことを終わらせようとした俺。 結論づけた瞬間、俺の体が勝手に動いた。 『強制フラグを立てました』 その声と、ほぼ同時に。 高校教師の俺が、自分の気持ちに反する行動を勝手に決めつけられながら、 女子高生と禁断の恋愛? しかも、勝手に決めつけているのが、どこぞの誰かが書いている某アプリの二次小説の作者って……。 いやいや。俺、そんなセリフ言わないし! 甘い言葉だなんて、吐いたことないのに、勝手に言わせないでくれって! 俺のイメージが崩れる一方なんだけど! ……でも、この娘、いい子なんだよな。 っていうか、この娘を嫌うようなやつなんて、いるのか? 「ごめんなさい。……センセイは、先生なのに。好きに…なっちゃ、だめなのに」 このセリフは、彼女の本心か? それともこれも俺と彼女の恋愛フラグが立たせられているせい? 誰かの二次小説の中で振り回される高校教師と女子高生の恋愛物語が、今、はじまる。

処理中です...