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16:大使館とエルダールの島
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それなりに異世界調査も進んだ頃、玄関島の森の中である小さな赤い実に手を伸ばした。
手袋をはめた指で身を潰すと色味は違えど見たことのある種が現れる。
「どうした?」
「これ、もしかしてコーヒーじゃないか?」
手のひらに載せた白い豆を木栖にも見せると「確かに焙煎前のコーヒー豆っぽいな」と答える。
「久しぶりにコーヒーが飲めそうだ」
「コーヒー好きなのか?」
「こっちに来る前はハーブティーなんて飲んだ事無かったぐらいには」
神戸に行った時に立ち寄ったコーヒー博物館でコーヒーの実についての展示を見ていなかったら、あの赤い実がコーヒーだとは気づけなかっただろう。
あとで精査する必要はあるだろうが久しぶりのコーヒーにワクワクするものを感じながら豆を持ち帰った。
「確かにコーヒー豆っぽいですけど、さすがに精査せずに飲むのはダメですよ」
事情を聞いた柊木医師にそう切り捨てられると、「そういえば」と別の話を切り出して来た。
「血の呪いの正体、分かりましたよ」
その話で俺と木栖の意識が真面目に切り替わる。
「……病名は?」
「やはり血友病でした、日本から持ち込んだ血液製剤でもある程度の効果は見込めるとのことです」
これでひとつ目の問題はクリアとなる。
柊木医師はこの病名の判断には自信もあっただろうが、わざわざ血液疾患の専門家にも協力してもらった上で病名が確定したとなれば全員が確信を持って動ける。
「そうか。定期的な薬の購入の話は出てくると思うか?」
「日本からの薬だと元になる血液の違いで恐らく十全の効果は出せないだろう、とも言われたのでそれなら自分で作ると言う話になるかと」
「また微妙なところだな。地球からの継続的な医療支援を取り付けられればどこかで外交や交易へと切り替えられるだろうが、意地でも自製するってなれば俺たちの来た意味が無くなりかねん」
「自製の難しい薬ですからしばらくは頼って貰えるかもしれませんし、その辺りは大使の交渉次第でしょうね」
「結局俺次第か」
そうなると話をいかに自分の側に持ち込むかを考える必要がある。
十全の効果は見込めないがある程度症状を緩和させられる薬を長期に渡って購入してもらい、最終的に日本や金羊国と友好関係を作り上げるという目標にたどり着くのは少々難しいように思える。
「血液を提供してもらって日本で製剤にしてまた持ってくる、となると手間がなあ」
「馬鹿なこと言わないでください。手間以上に輸送コストがえらいことになりますよ」
柊木医師にバッサリ切り捨てられたのでこの話は置いておく。
「僕らは明日以降から手術と治療に入るので、交渉のほうお願いしますよ」
「手術?……ああ、そう言えば膝が悪い人多かったな」
この島に連れてこられた患者のほとんどが自力で歩くのが難しく、家族や付添人に背負われていたことを思い出す。
あの膝を治すのに手術が必要なのだろう。
「ええ。ひとり手術に同意してくれた子が居るので、彼の関節を人工関節に置き換えてリハビリしつつ充填治療も並行でやるですね」
「彼?」
「フィフィタさんの弟さんですよ。だいぶ症状悪かったのと、お兄さんの連れて来た医者っていうのもあって、僕らに比較的好意的だったので唯一同意が取れたんです」
「他の人たちはさすがに手術の同意は取れなかったか」
「さすがにそこまで信頼しきれないんでしょうね、これはどうしようもありませんが結果を出せば信頼してくれるはずです」
手術は普通に生きてても怖い、どれだけ懇切丁寧に説明してもすぐに同意を得るのは難しいのだろう。
それでも比較的素直に受け入れてくれる人が1人でも居る事は大きい。
「そのフィフィタさんの弟さんに今できる限りの治療をしたら、普通の生活に戻れると思うか?」
「少なくとも大人しめの成人男性が普通の生活をする分には不自由のない状態にまでは戻せる、というのが僕らの見解です」
「わかった。その前提で交渉する、少しでも彼らを良くしてやってくれよ」
今は7月中旬で、俺と木栖・柊木医師がここに居られるのは8月いっぱい。
それまでに俺達抜きでも医療支援が続けられる筋道をつけ、あわよくば国交樹立へつなげる第一歩を踏み出す。
柊木先生と国境なき医師団の人たちが成果を出してから本番を迎える俺たちは彼らにその希望を託すしかないのだ。
手袋をはめた指で身を潰すと色味は違えど見たことのある種が現れる。
「どうした?」
「これ、もしかしてコーヒーじゃないか?」
手のひらに載せた白い豆を木栖にも見せると「確かに焙煎前のコーヒー豆っぽいな」と答える。
「久しぶりにコーヒーが飲めそうだ」
「コーヒー好きなのか?」
「こっちに来る前はハーブティーなんて飲んだ事無かったぐらいには」
神戸に行った時に立ち寄ったコーヒー博物館でコーヒーの実についての展示を見ていなかったら、あの赤い実がコーヒーだとは気づけなかっただろう。
あとで精査する必要はあるだろうが久しぶりのコーヒーにワクワクするものを感じながら豆を持ち帰った。
「確かにコーヒー豆っぽいですけど、さすがに精査せずに飲むのはダメですよ」
事情を聞いた柊木医師にそう切り捨てられると、「そういえば」と別の話を切り出して来た。
「血の呪いの正体、分かりましたよ」
その話で俺と木栖の意識が真面目に切り替わる。
「……病名は?」
「やはり血友病でした、日本から持ち込んだ血液製剤でもある程度の効果は見込めるとのことです」
これでひとつ目の問題はクリアとなる。
柊木医師はこの病名の判断には自信もあっただろうが、わざわざ血液疾患の専門家にも協力してもらった上で病名が確定したとなれば全員が確信を持って動ける。
「そうか。定期的な薬の購入の話は出てくると思うか?」
「日本からの薬だと元になる血液の違いで恐らく十全の効果は出せないだろう、とも言われたのでそれなら自分で作ると言う話になるかと」
「また微妙なところだな。地球からの継続的な医療支援を取り付けられればどこかで外交や交易へと切り替えられるだろうが、意地でも自製するってなれば俺たちの来た意味が無くなりかねん」
「自製の難しい薬ですからしばらくは頼って貰えるかもしれませんし、その辺りは大使の交渉次第でしょうね」
「結局俺次第か」
そうなると話をいかに自分の側に持ち込むかを考える必要がある。
十全の効果は見込めないがある程度症状を緩和させられる薬を長期に渡って購入してもらい、最終的に日本や金羊国と友好関係を作り上げるという目標にたどり着くのは少々難しいように思える。
「血液を提供してもらって日本で製剤にしてまた持ってくる、となると手間がなあ」
「馬鹿なこと言わないでください。手間以上に輸送コストがえらいことになりますよ」
柊木医師にバッサリ切り捨てられたのでこの話は置いておく。
「僕らは明日以降から手術と治療に入るので、交渉のほうお願いしますよ」
「手術?……ああ、そう言えば膝が悪い人多かったな」
この島に連れてこられた患者のほとんどが自力で歩くのが難しく、家族や付添人に背負われていたことを思い出す。
あの膝を治すのに手術が必要なのだろう。
「ええ。ひとり手術に同意してくれた子が居るので、彼の関節を人工関節に置き換えてリハビリしつつ充填治療も並行でやるですね」
「彼?」
「フィフィタさんの弟さんですよ。だいぶ症状悪かったのと、お兄さんの連れて来た医者っていうのもあって、僕らに比較的好意的だったので唯一同意が取れたんです」
「他の人たちはさすがに手術の同意は取れなかったか」
「さすがにそこまで信頼しきれないんでしょうね、これはどうしようもありませんが結果を出せば信頼してくれるはずです」
手術は普通に生きてても怖い、どれだけ懇切丁寧に説明してもすぐに同意を得るのは難しいのだろう。
それでも比較的素直に受け入れてくれる人が1人でも居る事は大きい。
「そのフィフィタさんの弟さんに今できる限りの治療をしたら、普通の生活に戻れると思うか?」
「少なくとも大人しめの成人男性が普通の生活をする分には不自由のない状態にまでは戻せる、というのが僕らの見解です」
「わかった。その前提で交渉する、少しでも彼らを良くしてやってくれよ」
今は7月中旬で、俺と木栖・柊木医師がここに居られるのは8月いっぱい。
それまでに俺達抜きでも医療支援が続けられる筋道をつけ、あわよくば国交樹立へつなげる第一歩を踏み出す。
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