異世界大使館はじめます

あかべこ

文字の大きさ
上 下
206 / 254
16:大使館とエルダールの島

16-12

しおりを挟む
長い川下りの旅はおおむね平和であった。
日差しは暑いが常に心地よい風が吹き渡り、他の商船とのトラブルや悪天候にも見舞われることも無かった。
しいて言うならば空を飛び交うドラゴンののお陰で川の水を使うことが出来ず体を拭くことも出来ない状態が続いたことと、時々上流や周辺から流れてくる悪臭に辟易したぐらいだ。
運が悪ければ船に直撃して甲板に穴が開くこともあるというドラゴンの落としもの被害に遭わなかっただけマシともいえる。
長い川下りの果てに、遠く石造りの街並みが見える。
「もうすぐうち双海公国だ!気ぃ抜くんじゃねえぞ!」
甲板で船長が部下の船乗りたちに声をかけているのを聞いて、この川船での旅が終わることを知った。
もうすぐ家に帰ることが出来る喜びに満ちた船乗りたちは最後のひと踏ん張りと言わんばかりに船の中をせかせかとかを走りまわる。
(……まあ、俺らはまだ目的地に着いてすらいないんだけどな)
やれやれという気持ちでぼんやりと辺りを眺めていると、チーム長が船の先端から船室に戻ろうとしているのが見えた。
『こんにちわ』
『どうも、』
手元にある赤いものにふと目が行って「その手にあるのは?」と問えば「カメラだよ」と答えが来る。
見せてもらって気付いたが、よく見たらコンパクトカメラだ。
これくらいなら荷物にもならないしスマホにも繋げられるので持ってきていたのだろう。
『うちのちびにお土産話と一緒に見せてやろうと思ってね』
『お子さんいらっしゃるんですね』
『ああ、今回はかみさんの家族に預けてるけどな』
そう言いながら懐から写真を取り出して俺に近寄ると見せてくる。
アラブ系らしいスカーフを巻いた女性が赤ん坊を抱きかかえる写真は実に平和で穏やかな一幕だった……隅っこに書いてある2016年6月のシリア・アレッポという日付と場所の不穏さは置いておく。
『物を持ち帰るのは面倒だがせめて土産話は沢山持ち帰ってやりたいのさ』
小さい子供ならば父親が異世界に行った話などワクワクして聞いてくれるだろう。
なんとなくそんな景色を想像してみると心がほっこりする。
『出来るもんならあのドラゴンと一緒に写真撮れればいいんだがなあ』
『あとで交渉してみましょうか?』
『頼むよ。まだ交渉できるほど言葉が上達しきっていなくてね』
初対面時にはいささか神経質なのかと思ったが、家族の話になると少々言葉や表情にゆるみが出ているのが分かる。
きっとこの人は息子の前ではよい父なのであろう。
そんな話をしていると後ろから木栖が俺の後ろに立っていることに気づいた。
『……お前、声かけろよ』
「ずいぶん盛り上がっていたようだからな。それと、日本語で話せ」
そう言われて初めて自分が英語で木栖に話しかけたことに気づく。咄嗟のことで言葉の切り替えが出来ていなかったのだろう。
(バイリンガルやトリリンガルなら意識しなくても切り替えられるんだろうがな)
意識を英語から日本語に切り替えてから「悪かったよ」と日本語で返した。
「俺が嫉妬深いタイプなら無理やり引きはがすところだった」
「近かったか?」
「少しな。まあ俺が一方的に好きなだけだから無理に引きはがす権利なんてないんだが……」
後半は自分に言い聞かせるようにそう呟くので「お前が嫌ならしないよ」と答える。
「お前は俺を甘やかすな」
「普通自分が相手を憎むか嫌うかしてない限り嫌なことをしないだろ」
「まあ、それはそうだけどな?ああそうだ。船から降りる準備はしたか?」
「もしかしてお前そのために俺を呼びに来たのか?」
「そうだよ」
そう言われて荷物の散乱した船室のことを思い出し、急いで自分の船室へと舞い戻る。
船が双海公国の港へとたどり着く前に全部片づけて問題なく降り立つために。
しおりを挟む
気に入ってくださったら番外編も読んでみてください
マシュマロで匿名感想も受け付けています、お返事は近況ボードから。
更新告知Twitter@SPBJdHliaztGpT0
感想 0

あなたにおすすめの小説

女神様の使い、5歳からやってます

めのめむし
ファンタジー
小桜美羽は5歳の幼女。辛い境遇の中でも、最愛の母親と妹と共に明るく生きていたが、ある日母を事故で失い、父親に放置されてしまう。絶望の淵で餓死寸前だった美羽は、異世界の女神レスフィーナに救われる。 「あなたには私の世界で生きる力を身につけやすくするから、それを使って楽しく生きなさい。それで……私のお友達になってちょうだい」 女神から神気の力を授かった美羽は、女神と同じ色の桜色の髪と瞳を手に入れ、魔法生物のきんちゃんと共に新たな世界での冒険に旅立つ。しかし、転移先で男性が襲われているのを目の当たりにし、街がゴブリンの集団に襲われていることに気づく。「大人の男……怖い」と呟きながらも、ゴブリンと戦うか、逃げるか——。いきなり厳しい世界に送られた美羽の運命はいかに? 優しさと試練が待ち受ける、幼い少女の異世界ファンタジー、開幕! 基本、ほのぼの系ですので進行は遅いですが、着実に進んでいきます。 戦闘描写ばかり望む方はご注意ください。

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた

砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。 彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。 そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。 死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。 その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。 しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、 主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。 自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、 寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。 結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、 自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……? 更新は昼頃になります。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

異世界転移~治癒師の日常

コリモ
ファンタジー
ある日看護師の真琴は仕事場からの帰り道、地面が陥没する事故に巻き込まれた。しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。それどころか自分の下に草の感触が… こちらでは初投稿です。誤字脱字のご指摘ご感想お願いします なるだけ1日1話UP以上を目指していますが、用事がある時は間に合わないこともありますご了承ください(2017/12/18) すいません少し並びを変えております。(2017/12/25) カリエの過去編を削除して別なお話にしました(2018/01/15) エドとの話は「気が付いたら異世界領主〜ドラゴンが降り立つ平原を管理なんてムリだよ」にて掲載させてもらっています。(2018/08/19)

処理中です...