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16:大使館とエルダールの島
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チェスラフ氏が並々ならぬ覚悟を秘めて大使館に現れたのは5月の終わり、本格的な夏へ向かおうとする季節の薄曇りの日の事だった。
柊木医師と俺の2人だけで話したいという彼の要望に応え、今回は柊木医師の執務室で話すことになった。
「ひとつお伺いしたいのですが」
「なんでしょう?」
「日本と組めば本当に弟や同じ病の子ども達を救うことが出来るんですね?」
チェスラフ氏のまなざしはひと言でも冗談を吐いたら切り殺さんという気迫に満ちており、その気迫にたじろぐ心を押し殺して息を吸い込んでから「恐らくは」と答えた。
「俺は医者ではありませんので確約は出来ませんが、うちの医師である柊木が言うのであれば俺はそれを信じます」
この3年間は伊達じゃない。柊木正人という人間が業務上で嘘をつくことはないという確証は既に俺の中にあるので、柊木医師がそういうのならばきっとそうなのだろう。
柊木医師もこくりと決意を持って頷いた。
「わかりました。私はあなたがたを信じましょう。そうなると郷里にお連れする前に一つ明かしておくことがあります」
パチン、と指を鳴らすとチェスラフ氏の頭上に淡い光の環が現れてゆっくり下へと降りていく。
光の輪が通るとぼさぼさの茶髪はよく実った小麦のような黄金色に、茶色の瞳はスカイブルーの瞳に、そしてしずく型に伸びた耳が黄金色の髪の隙間から現れた。
服装もこの地では見たことの無い荒織りの布にアールヌーヴォーの香り漂う曲線的な刺繍の施された衣服になっている。
タレントの早着替え芸をスロー再生したようなそれは俺たちの知識を超えたものであった。
「私の本名はフィフィタ、故郷は大陸南東の離島にある。あとはわかるだろう?」
大陸南東の離島、ということは教会により迫害されて大陸を出て行った人々の末裔。
長い耳と美しい相貌を持つ魔法使いの民。
「耳長者……」
「それは大陸の人間が勝手につけた呼び名です、私たちはエルダールと呼びます」
「失礼しました。エルダールの民は日本と組む覚悟がおありという事ですね」
「弟や幼い者たちを救う手立てがそこにあるのなら」
そこには愛するものを救わんという決意と覚悟に満ちた男の姿があった。
俺たちもそれ相応に彼の決意に応えるべきなのだろう。
「あなたのその決意に応えましょう。そのための準備に少々時間がかかりますが……よろしいですね?」
「もちろん。まだしばらくこの地に居りますので」
話を終えるとフィフィタ氏は再び指を鳴らして茶髪茶眼の地味な青年に戻ってから大使館を去っていいった。
****
彼が去っていった後、柊木医師は小さくため息をついた。
「本当に行くんですか」
「ああ。この世界に日本と友好的な国は多いに越したことはないしな。さて、チェスラフ、じゃなくてフィフィタ氏の決意に応えるうえで必要なことを考えるとしよう」
柊木医師の机の横にあった適当なメモ紙を引っ張り出すと、思いつく限りのことを書き付けていくことにする。
まず俺と柊木医師がエルダールの民の住まう島を目指すにも、まず本省に報告は必須。エルダールという種族の背景も含めて伝えておくべきだろう。
「可能なら血液系の専門医の同行をお願いしたいですね、僕はいちおう外科医なので場合によっては対応しきれないと思うんです」
「分かりました、そこも上に伝達しましょう。エルダールの国に同行する専門家の選考や道具の輸送については柊木医師に一任します」
道具・薬品の輸送と柊木医師の推定する病気の専門家の安全な移動手段の確保も必要となる。
エルダールは教会に反抗し、現在も何かと目をつけられた存在だ。その国までの送迎を行ってくれる安全な組織があるかどうか……最悪の場合、目立つの覚悟で日本から船と操縦者を持ち込むことも検討するべきか?
「あとは薬の定期購入を先方が承諾した場合、輸送ルートと治療費・薬代をどうするかですね……」
「買うと承諾したとはいいがたいですがある程度見通しはつけておきたいですよね」
薬の定期的な輸出を支える物流をいかに確保するか?これは結構な問題でもあった。
そもそもこの世界の物流は各商店が自前で賄うのが基本で物流のみを専門で行う企業や組織は皆無なので、定期的にモノを運ぶ事だけを依頼するとなると難しい。ちなみに郵便や宅配は各地を回る商人や商隊が副業としてやってる。
「荷物がこちらに世界にない薬だからな。信頼出来そうなら俺たちの移動を担ってくれた相手に託してもいいんだが」
「まずそもそも僕らの足を確保するところからですね……」
前途多難な旅路の気配に思わず苦笑いをこぼして笑い合った。
柊木医師と俺の2人だけで話したいという彼の要望に応え、今回は柊木医師の執務室で話すことになった。
「ひとつお伺いしたいのですが」
「なんでしょう?」
「日本と組めば本当に弟や同じ病の子ども達を救うことが出来るんですね?」
チェスラフ氏のまなざしはひと言でも冗談を吐いたら切り殺さんという気迫に満ちており、その気迫にたじろぐ心を押し殺して息を吸い込んでから「恐らくは」と答えた。
「俺は医者ではありませんので確約は出来ませんが、うちの医師である柊木が言うのであれば俺はそれを信じます」
この3年間は伊達じゃない。柊木正人という人間が業務上で嘘をつくことはないという確証は既に俺の中にあるので、柊木医師がそういうのならばきっとそうなのだろう。
柊木医師もこくりと決意を持って頷いた。
「わかりました。私はあなたがたを信じましょう。そうなると郷里にお連れする前に一つ明かしておくことがあります」
パチン、と指を鳴らすとチェスラフ氏の頭上に淡い光の環が現れてゆっくり下へと降りていく。
光の輪が通るとぼさぼさの茶髪はよく実った小麦のような黄金色に、茶色の瞳はスカイブルーの瞳に、そしてしずく型に伸びた耳が黄金色の髪の隙間から現れた。
服装もこの地では見たことの無い荒織りの布にアールヌーヴォーの香り漂う曲線的な刺繍の施された衣服になっている。
タレントの早着替え芸をスロー再生したようなそれは俺たちの知識を超えたものであった。
「私の本名はフィフィタ、故郷は大陸南東の離島にある。あとはわかるだろう?」
大陸南東の離島、ということは教会により迫害されて大陸を出て行った人々の末裔。
長い耳と美しい相貌を持つ魔法使いの民。
「耳長者……」
「それは大陸の人間が勝手につけた呼び名です、私たちはエルダールと呼びます」
「失礼しました。エルダールの民は日本と組む覚悟がおありという事ですね」
「弟や幼い者たちを救う手立てがそこにあるのなら」
そこには愛するものを救わんという決意と覚悟に満ちた男の姿があった。
俺たちもそれ相応に彼の決意に応えるべきなのだろう。
「あなたのその決意に応えましょう。そのための準備に少々時間がかかりますが……よろしいですね?」
「もちろん。まだしばらくこの地に居りますので」
話を終えるとフィフィタ氏は再び指を鳴らして茶髪茶眼の地味な青年に戻ってから大使館を去っていいった。
****
彼が去っていった後、柊木医師は小さくため息をついた。
「本当に行くんですか」
「ああ。この世界に日本と友好的な国は多いに越したことはないしな。さて、チェスラフ、じゃなくてフィフィタ氏の決意に応えるうえで必要なことを考えるとしよう」
柊木医師の机の横にあった適当なメモ紙を引っ張り出すと、思いつく限りのことを書き付けていくことにする。
まず俺と柊木医師がエルダールの民の住まう島を目指すにも、まず本省に報告は必須。エルダールという種族の背景も含めて伝えておくべきだろう。
「可能なら血液系の専門医の同行をお願いしたいですね、僕はいちおう外科医なので場合によっては対応しきれないと思うんです」
「分かりました、そこも上に伝達しましょう。エルダールの国に同行する専門家の選考や道具の輸送については柊木医師に一任します」
道具・薬品の輸送と柊木医師の推定する病気の専門家の安全な移動手段の確保も必要となる。
エルダールは教会に反抗し、現在も何かと目をつけられた存在だ。その国までの送迎を行ってくれる安全な組織があるかどうか……最悪の場合、目立つの覚悟で日本から船と操縦者を持ち込むことも検討するべきか?
「あとは薬の定期購入を先方が承諾した場合、輸送ルートと治療費・薬代をどうするかですね……」
「買うと承諾したとはいいがたいですがある程度見通しはつけておきたいですよね」
薬の定期的な輸出を支える物流をいかに確保するか?これは結構な問題でもあった。
そもそもこの世界の物流は各商店が自前で賄うのが基本で物流のみを専門で行う企業や組織は皆無なので、定期的にモノを運ぶ事だけを依頼するとなると難しい。ちなみに郵便や宅配は各地を回る商人や商隊が副業としてやってる。
「荷物がこちらに世界にない薬だからな。信頼出来そうなら俺たちの移動を担ってくれた相手に託してもいいんだが」
「まずそもそも僕らの足を確保するところからですね……」
前途多難な旅路の気配に思わず苦笑いをこぼして笑い合った。
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