異世界大使館はじめます

あかべこ

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16:大使館とエルダールの島

16-3

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その日の夜、夕食も兼ねた情報交換の場でチェスラフ氏の話が出た。
「にしても飛びぬけた美形で排他的な集落出身ってエルフみたいですね」
深大寺の口から出てきた単語はファンタジーの響きがした。
「エルフ……ああ。ロードオブザリングに出てくるアレか」
「別に耳は長くなかったですよ?」
「あくまで雰囲気とかイメージの話ですよ、こっちにもエルフいないのかなー?」
深大寺はあははーと笑いながらそんなことを言う。
ロードオブザリングに出てくるエルフのイメージは確かにチェスラフ氏に似通ったものがある気がするが、俺の聞いた限りだと向こうからやってくるとは思えない。
「いるぞ」
「えっ?!」
「この地でエルフのイメージにいちばん近いものというと耳長者と呼ばれる種族だと思う。ただ彼らは500年前から離島に住んでるらしいぞ」
「エルフなのに島住まいなんですね、詳しく聞いてみたいなあ」
「明日アントリかオーロフに聞けばいい」

****

翌日のおやつ時は偶然手の空いていたアントリと俺の2人きりだった。
「アントリ、耳長者と呼ばれる人たちについてどのくらい知ってる?」
「耳長者ですか?眉目秀麗な人間によく似ているけど耳が長くて、人間の魔術と違う魔法を持っていて、若返りの秘術を用いて数百年の時を生きる種族だ、と聞いてますが……でも急にどうして?」
「昨晩そういう話をしてな。気になって調べてみたんだが資料が少ないから聞いてみるのが早いかと思って」
「そういう事でしたか」
「とりあえずいくつか気になる点があるんだが、まず人間の魔術と違う魔法があるというのは?」
この世界の魔術ですら既に理屈を飛び越えているというのに、また新しいものが出てきたのが気になる。
まあだからと言って何の役に立つかは分からないが知識はいくらあっても邪魔にならない。
「耳長者は生まれつき人智を超えた魔法を持って生まれるそうです。
朝植えた種を一瞬で大木に育て、足踏みひとつで大きな土壁を作り、歌声で獅子の群れを従わせる。その魔法を人間が再現するために魔術が生まれたそうですよ」
確かにそれは魔法と言う言葉がよく似合うかもしれない。
それに魔法が先にあって魔術が生まれたと言うのも初めて聞いたな……柊木医師なら聞いていたかもしれないが、俺は魔術関係はとんとダメだったので詳しくない。
「それと、若返りの秘術は?」
「僕も詳しくは……そういう噂話は昔からあるんですよね」
本人も古い獣人達の噂話に聞いた程度で真偽の程は定かではないと言う。
そもそも耳長者という種自体が半ば伝説のようなものであり、こうした噂や伝え聞いた話程度しか知られていないというところだろう。
「500年前から大陸南東部の離島に住んでるって言うのは?」
「教会の非人狩りから逃れた末にそうなったそうですよ」
「非人狩り?」

「この辺の話は僕よりクワス君の方が詳しいと思いますけど、僕の知ってる範囲内でざっくり説明しますね。
500年前、当時の教皇は大陸から人間以外の種族を絶滅させる非人狩りを始めます。その際に僕たちの先祖である獣人やドワーフは人間に従う事と引き換えに生き延びる事を選びましたが、耳長者は人間と徹底的に戦ったそうです。その戦いで大きく数を減らした耳長者は人間が攻め込むのが難しい離島に落ち延びた……って聞いてます。実際この非人狩りで魚を祖とする獣人である人魚は絶滅したそうです」

アントリは淡々と語っているが、現代人としては背筋のぞわぞわする話だ。
学生の頃に習った【民族浄化】【ジェノサイド】【憎悪犯罪】と言ったワードが脳裏をよぎってくる。
「悪い、キツイこと聞いてしまったか?」
「別にそんな事はないですよ。正直500年も前の話なので当時の凄惨さを生き延びるために従うことを選んだ先祖の辛さを想像は出来ても直接聞く事はできませんし……」
俺達で例えるなら、関ヶ原の合戦の概要について知る事はできてもその時に亡くなった人々の気持ちまでは知ることが出来ないようなものだろうか。
「辛くないならいいんだが、嫌ならハッキリ嫌と言ってくれていいからな?」
「いえ。これもまた僕達獣人の歴史です、それを知ろうとする心意気は尊重すべきだとハルトル宰相殿下も言ってましたから……」
なんとなくアントリにおやつをひとつ多めに分けておくと「ありがとうございます」と微笑んだ。

チェスラフ氏が再び現れたのはそれから半月ほど過ぎた、5月の終わりごろの事だった。
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