異世界大使館はじめます

あかべこ

文字の大きさ
上 下
190 / 242
15:Daydream Believer

15-9

しおりを挟む
母の死からきっかり四十九日、俺は休みをとって母の法要のため日本に戻ることになった。
今回は自宅ではなく納骨する合同墓地のある熊谷の施設で四十九日法要から納骨まで済ませてしまうので今回は自宅ではなく、熊谷の駅まで叔父が迎えに行く段取りとなっている。
「春彦くんおつかれさま」
「迎えありがとうございます」
駅を一歩出ると日本一の酷暑の街・熊谷は一足早い夏の日差しに包まれ、喪服を着た叔父の額には汗が滲んでいた。
「これ頼まれてた喪服だけど、どこで着替えるの?」
「トイレで着替えて来るので2~3分待ってもらって良いですか」
近くのトイレの個室で私服から葬式の時にクリーニングに出した喪服に着替えると、叔父の運転で四十九日の会場へ向かう。
幾らかの雑談の後不意に叔父が「気持ちの方はどう?」と心配げに問うてくる。
「そんなに不安定に見えましたか?」
「春彦くんはもう良い大人とはいえたった一人のお母さんだった訳だからね。覚悟してても辛いだろうとは思ってたし、僕たちにとってももう1人の息子みたいなものだったから」
叔父が穏やかな声色でそう答えるのでつくづく俺は周りの人に恵まれたのだと思う。
こうして俺を大事に見守ってくれる人の多さをこの49日間でよくよく感じており、その出会いには感謝することしかできなかった。
「正直に言っていいですか」
「いいよ、これでも口は堅い方だから」
「俺は母が死ぬ事よりも最後まで母が俺じゃなくて父の名前を呼びながら死んでいく方が嫌でした」
叔父は母の臨終に立ち会っていないが、叔母から母の臨終の様子は聞いていたようで運転席で静かに相槌を打つ。
「母親が俺のことを思い出さなくなってもう6~7年は経ちますけど、最後の瞬間まで俺のことを忘れて父のことばかりだったことをどうしようもなく恨んでいる自分がいるんです」
これが理不尽な恨みであることも恨みを晴らす事が出来ないことも分かっていて、その上で俺は20代の最も仕事に邁進すべき時代を捧げてもなお息子のことを忘れたまま死んでいった母を恨むしか出来なかった。
「俺はずっとこの事を言っても分かってもらえないと思ってずっと口をつぐんでいました。俺が墓前で母への恨み言なんて言ったら、病人だったのだから仕方ないし今更死人に鞭打つ真似をするなと言われそうだったので。
でもこのところ色々思うところがありまして、これからは正々堂々と母に忘れられた事への恨み言を吐いてやろうと思ったんです」
「じゃあ僕は春彦くんの恨み言を聞く1人目になった訳だ」
「ですね。俺はもう母思いの孝行息子を辞めるんです」
「そう思えるようになったのは、大使館の仲間たちのお陰かな?」
いつか買った揃いの指輪をなぞりながら俺の夫ということになっている男の顔を思い出す。
3年近くつけてる指輪は少し汚れて来たので一度しっかり磨いた方がいい気がするので、帰りにクリーナーでも探してみた方がいいだろうか。
「……アイツが母を恨む悪い男でも良いと言ってくれるので」

*****

四十九日法要と納骨を終えると時刻は昼過ぎになっていた。
叔母の運転する車の後部座席に腰を下ろすとようやく一息ついたような心地になれた。
「春彦くんにちょっと聞きたいんだけど、お盆の時期は帰れそう?」
「お盆……たぶんそれどころじゃない気がします」
無理くり休もうと思えば休めるかもしれないが、打診を受けている北の国の国王来日を巡る話し合いもあるしどうせ留学の話も出てくる。
それにもう俺は母思いの孝行息子を辞めるのだ、母のために無理くり休もうと言う元気は無い。
「新盆だからどうにか出来ない?」
「予定が決まったら連絡しますんで、新盆はお願いしていいですか」
「どうしても開けられないってなったらやっておくわね」
叔母さんはちょっと困ったような苦笑いをこぼしながらそう答えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

【完結】本当に愛していました。さようなら

梅干しおにぎり
恋愛
本当に愛していた彼の隣には、彼女がいました。 2話完結です。よろしくお願いします。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

異世界に召喚されたけど、聖女じゃないから用はない? それじゃあ、好き勝手させてもらいます!

明衣令央
ファンタジー
 糸井織絵は、ある日、オブルリヒト王国が行った聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界ルリアルークへと飛ばされてしまう。  一緒に召喚された、若く美しい女が聖女――織絵は召喚の儀に巻き込まれた年増の豚女として不遇な扱いを受けたが、元スマホケースのハリネズミのぬいぐるみであるサーチートと共に、オブルリヒト王女ユリアナに保護され、聖女の力を開花させる。  だが、オブルリヒト王国の王子ジュニアスは、追い出した織絵にも聖女の可能性があるとして、織絵を連れ戻しに来た。  そして、異世界転移状態から正式に異世界転生した織絵は、若く美しい姿へと生まれ変わる。  この物語は、聖女召喚の儀に巻き込まれ、異世界転移後、新たに転生した一人の元おばさんの聖女が、相棒の元スマホケースのハリネズミと楽しく無双していく、恋と冒険の物語。 2022.9.7 話が少し進みましたので、内容紹介を変更しました。その都度変更していきます。

処理中です...