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15:Daydream Believer
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大使館に戻ってきてからはできるだけ仕事に没頭することにした。
忌引きとはいえ1週間分の仕事が溜まっていたからとにかくこれらを片付けてしまいたい、と周りには伝えていたが実際は余計な事を考えたくなかったからだ。
書類の山に埋もれて淡々と適正な処理をしていく時、皮肉ながら俺の心はとても凪いでいた。
やる事にだけ集中していれば何も考えなくて良い。
そんな時間の存在が少しばかりありがたかった。
「真柴、おやつ持って来たぞ」
淡々とした事務仕事のなかに木栖の呼ぶ声が聞こえて来た。
「うん?」
「飯山さんが山いちごのジャム入りクッキー焼いたから持って来た」
木製のお盆にはジャムの乗ったクッキーとハーブティーが置いてあり、それを見た途端に仕事の手が止まった。
「貰い物の高いクッキー缶とかに入ってそうな感じだな」
「確かに」
書類を避けてクッキーとハーブティーを仕事机の上に置くと、木栖は適当な箱を椅子がわりに腰掛ける。
クッキーを一口かじると山いちごの酸味とクッキーの甘さがちょうど良い風味で少し気が緩んだ。
2枚3枚と手を伸ばしながらお茶を飲んでいると木栖がゆっくりと俺に話を切り出した。
「戻って来てから少し根詰めすぎてないか?」
「溜め込んだ分を片付けないといけないから根詰めてるように見えるのはそのせいだろ」
「何かに没頭して逃げようとしてる顔だ」
いま、木栖に頼っていいのだろうか。
俺に惚れて何でもしてくれる男をあまりにも私的で重い領域に踏み込ませることに若干の躊躇が湧き上がる。
木栖に話せば何かしら優しい事を言ってくれるだろうが、それはこいつの好意を利用する自分本意な行為でしかない。
そういうことはしないと決めたばかりなのだから、そんなことはしたくなかった。
「……自分の問題くらい自分で片をつけたい」
俺が言葉を捻り出すと、木栖は「そうか」とつぶやく。
「でもお前が悲しんでいる時、俺はお前のそばにいてやりたい」
「甘やかすなよ」
「好きだから甘やかすんだ」
「でも俺はお前に何も返せないぞ」
「本当に何も返さない奴はそんな事言わない。返す気があるからこそそう思うんだ、それはお前が善良で真っ当な人間である証拠だよ」
木栖から本気で向けられる甘やかしはクッキーよりも甘く、ハーブティーの苦味で口直ししたくなるほどだった。
「そうか」
「お前は割とめんどくさがりではあるけど、基本的には真っ当で真面目な男だ。そのお前の真面目さでお前を失うようなことは誰も望んでない」
「真っ当で真面目、な」
それは何度も言われたことだ。精進落としの食事会の時にも何度か言われた言葉だった。
『こんなにいいお式をしてくれるなんて孝行者のいい子よね』『何年か前までお母さんの介護しながら公務員してたんでしょ?真面目よねー』『真生子ちゃんいい息子さん持ったわね』
そのほとんどが孝行息子を持った母を羨ましがる言葉や母が幸せそうだという意味合いを込めて俺を真面目と評する人ばかりで、俺のそばにいてくれた叔母も『姉さんの望み叶えてくれてありがとうね』と死んだ姉の事を気遣っていた。
あの場に俺のことを慮ってくれる人は1人もいなかった。
(ああ、でもイトだけは俺の気持ちに勘づいてる感じだったな)
けれどその気持ちについて語り合う事なく俺はこちらに戻って来てしまった。
そんなこと思い出していた時だった。
「真っ当で真面目と評されるのは、嫌か?」
木栖のその問いかけは間違いなく俺に向けられた言葉であり、気遣いだった。
いま、目の前にいるこの男だけが今の俺を気遣ってくれていた。
忌引きとはいえ1週間分の仕事が溜まっていたからとにかくこれらを片付けてしまいたい、と周りには伝えていたが実際は余計な事を考えたくなかったからだ。
書類の山に埋もれて淡々と適正な処理をしていく時、皮肉ながら俺の心はとても凪いでいた。
やる事にだけ集中していれば何も考えなくて良い。
そんな時間の存在が少しばかりありがたかった。
「真柴、おやつ持って来たぞ」
淡々とした事務仕事のなかに木栖の呼ぶ声が聞こえて来た。
「うん?」
「飯山さんが山いちごのジャム入りクッキー焼いたから持って来た」
木製のお盆にはジャムの乗ったクッキーとハーブティーが置いてあり、それを見た途端に仕事の手が止まった。
「貰い物の高いクッキー缶とかに入ってそうな感じだな」
「確かに」
書類を避けてクッキーとハーブティーを仕事机の上に置くと、木栖は適当な箱を椅子がわりに腰掛ける。
クッキーを一口かじると山いちごの酸味とクッキーの甘さがちょうど良い風味で少し気が緩んだ。
2枚3枚と手を伸ばしながらお茶を飲んでいると木栖がゆっくりと俺に話を切り出した。
「戻って来てから少し根詰めすぎてないか?」
「溜め込んだ分を片付けないといけないから根詰めてるように見えるのはそのせいだろ」
「何かに没頭して逃げようとしてる顔だ」
いま、木栖に頼っていいのだろうか。
俺に惚れて何でもしてくれる男をあまりにも私的で重い領域に踏み込ませることに若干の躊躇が湧き上がる。
木栖に話せば何かしら優しい事を言ってくれるだろうが、それはこいつの好意を利用する自分本意な行為でしかない。
そういうことはしないと決めたばかりなのだから、そんなことはしたくなかった。
「……自分の問題くらい自分で片をつけたい」
俺が言葉を捻り出すと、木栖は「そうか」とつぶやく。
「でもお前が悲しんでいる時、俺はお前のそばにいてやりたい」
「甘やかすなよ」
「好きだから甘やかすんだ」
「でも俺はお前に何も返せないぞ」
「本当に何も返さない奴はそんな事言わない。返す気があるからこそそう思うんだ、それはお前が善良で真っ当な人間である証拠だよ」
木栖から本気で向けられる甘やかしはクッキーよりも甘く、ハーブティーの苦味で口直ししたくなるほどだった。
「そうか」
「お前は割とめんどくさがりではあるけど、基本的には真っ当で真面目な男だ。そのお前の真面目さでお前を失うようなことは誰も望んでない」
「真っ当で真面目、な」
それは何度も言われたことだ。精進落としの食事会の時にも何度か言われた言葉だった。
『こんなにいいお式をしてくれるなんて孝行者のいい子よね』『何年か前までお母さんの介護しながら公務員してたんでしょ?真面目よねー』『真生子ちゃんいい息子さん持ったわね』
そのほとんどが孝行息子を持った母を羨ましがる言葉や母が幸せそうだという意味合いを込めて俺を真面目と評する人ばかりで、俺のそばにいてくれた叔母も『姉さんの望み叶えてくれてありがとうね』と死んだ姉の事を気遣っていた。
あの場に俺のことを慮ってくれる人は1人もいなかった。
(ああ、でもイトだけは俺の気持ちに勘づいてる感じだったな)
けれどその気持ちについて語り合う事なく俺はこちらに戻って来てしまった。
そんなこと思い出していた時だった。
「真っ当で真面目と評されるのは、嫌か?」
木栖のその問いかけは間違いなく俺に向けられた言葉であり、気遣いだった。
いま、目の前にいるこの男だけが今の俺を気遣ってくれていた。
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