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15:Daydream Believer
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葬式の会場には亡き父の歌声が響く。
来てくれた人を迎え入れる曲として選んだのは、父が当時の音楽仲間と歌ったABBAのHoney Honeyだった。
「blue Mondayとか流すのかと思ってた」
「音源無かったよ」
そもそも父親の歌の音源のほとんどがポップスな事から考えると、ピコピコしたニューウェイブが趣味に合うのかは怪しいが。
「曲は春兄が選んだの?」
「この曲って指示はなかったからな」
ゴリゴリのラブソングと葬儀場という一見奇妙な取り合わせであっても、葬儀に来てくれた人たちはむしろ会場に響く亡き父の歌声を懐かしがった。やはり母の知り合いには父のことを知る人も多かったのだろう。
葬儀場は母の写真と共に花屋に嫁いだ従兄弟が揃えた花束が並び、鳴り響くABBAのメロディもあって葬儀場にしては異様なほどに明るく見えた。
やがて人が集まれば母のために来てもらったお坊さんによる読経が始まる。
亡き父の歌声に包まれながら父の音楽仲間だった人や母の同級生などからの届いた弔辞の幾つかを読み上げ、ご焼香をしているうちに出棺の時間になった。
出棺の時間になるとBGMは父のカバーしたDaydream Believerの弾き語りへと切り替わる。
自分の棺には亡き父の遺品を何かひとつ入れて欲しいという望み通り、俺は父のシャツを母の胸元にかけた。
亡き父の歌うDaydream Believerが響く中、叔母や母の知り合いの人々が棺に別れ花をいれていくのを見届けながら確かに俺の母は愛されていたのだと再確認した。
実際俺も母を大事にしていたと思うし、周りの人々も母親思いな息子と呼んでくれていた。
ふと隣にいたイトが俺を見て「これは春兄流の皮肉?」と俺に聞いてくる。
父からハニーと甘く呼ばれ幾多のラブソングを歌いながら暮らす白昼夢の信者(Daydream Believer)としてその幸せの中で死んでいった母、という皮肉に見えたらしい……まあ、そういう皮肉がなかった訳じゃない。
認知症という病により俺という存在を忘れて亡き父と永い白昼夢に生き、俺を父と勘違いしたまま看取られた母はある意味幸せだったと言えるだろう。
けれど母に忘れられたまま死別した俺はどうしたら良いのだろう?
ぼんやりとそんな思考に溺れて行くうちに母の棺は火葬場の赤い焔のなかで骨となった。
****
葬儀が終わってもやることは多かった。
年金の受給停止だとか介護保険のあれこれだとかの雑務もそうだが、一番は母の遺骨のことだった。
母は父と同じ共同墓地への納骨を希望していたので細かいところは叔母にお願いするとしても、最低限の筋道ぐらいは立てておきたかった。
叔母は自分がやるとも言ってくれたが息子としてやれるだけの事はやってあげたかったし、こういう細々したことをやっている時は余計なことを考えなくても良かった。
息子としてまかり間違っても母の遺骨に恨み言を吐くような事はしたくなかった。
細々とした手続きを終えて納骨の筋道が立った頃には俺の忌引き休暇も終わりを迎えていた。
「母の遺骨は叔母さんのところに置いておいても大丈夫ですか?さすがにあちらへ持っていくのは難しそうなので」
「気にしないで。四十九日には来れそう?」
「四十九日には出るつもりで調整してるところです、それまで母をお願いします」
叔母にそう頭を下げて、俺は大使館での仕事へ戻る事になった。
来てくれた人を迎え入れる曲として選んだのは、父が当時の音楽仲間と歌ったABBAのHoney Honeyだった。
「blue Mondayとか流すのかと思ってた」
「音源無かったよ」
そもそも父親の歌の音源のほとんどがポップスな事から考えると、ピコピコしたニューウェイブが趣味に合うのかは怪しいが。
「曲は春兄が選んだの?」
「この曲って指示はなかったからな」
ゴリゴリのラブソングと葬儀場という一見奇妙な取り合わせであっても、葬儀に来てくれた人たちはむしろ会場に響く亡き父の歌声を懐かしがった。やはり母の知り合いには父のことを知る人も多かったのだろう。
葬儀場は母の写真と共に花屋に嫁いだ従兄弟が揃えた花束が並び、鳴り響くABBAのメロディもあって葬儀場にしては異様なほどに明るく見えた。
やがて人が集まれば母のために来てもらったお坊さんによる読経が始まる。
亡き父の歌声に包まれながら父の音楽仲間だった人や母の同級生などからの届いた弔辞の幾つかを読み上げ、ご焼香をしているうちに出棺の時間になった。
出棺の時間になるとBGMは父のカバーしたDaydream Believerの弾き語りへと切り替わる。
自分の棺には亡き父の遺品を何かひとつ入れて欲しいという望み通り、俺は父のシャツを母の胸元にかけた。
亡き父の歌うDaydream Believerが響く中、叔母や母の知り合いの人々が棺に別れ花をいれていくのを見届けながら確かに俺の母は愛されていたのだと再確認した。
実際俺も母を大事にしていたと思うし、周りの人々も母親思いな息子と呼んでくれていた。
ふと隣にいたイトが俺を見て「これは春兄流の皮肉?」と俺に聞いてくる。
父からハニーと甘く呼ばれ幾多のラブソングを歌いながら暮らす白昼夢の信者(Daydream Believer)としてその幸せの中で死んでいった母、という皮肉に見えたらしい……まあ、そういう皮肉がなかった訳じゃない。
認知症という病により俺という存在を忘れて亡き父と永い白昼夢に生き、俺を父と勘違いしたまま看取られた母はある意味幸せだったと言えるだろう。
けれど母に忘れられたまま死別した俺はどうしたら良いのだろう?
ぼんやりとそんな思考に溺れて行くうちに母の棺は火葬場の赤い焔のなかで骨となった。
****
葬儀が終わってもやることは多かった。
年金の受給停止だとか介護保険のあれこれだとかの雑務もそうだが、一番は母の遺骨のことだった。
母は父と同じ共同墓地への納骨を希望していたので細かいところは叔母にお願いするとしても、最低限の筋道ぐらいは立てておきたかった。
叔母は自分がやるとも言ってくれたが息子としてやれるだけの事はやってあげたかったし、こういう細々したことをやっている時は余計なことを考えなくても良かった。
息子としてまかり間違っても母の遺骨に恨み言を吐くような事はしたくなかった。
細々とした手続きを終えて納骨の筋道が立った頃には俺の忌引き休暇も終わりを迎えていた。
「母の遺骨は叔母さんのところに置いておいても大丈夫ですか?さすがにあちらへ持っていくのは難しそうなので」
「気にしないで。四十九日には来れそう?」
「四十九日には出るつもりで調整してるところです、それまで母をお願いします」
叔母にそう頭を下げて、俺は大使館での仕事へ戻る事になった。
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