異世界大使館はじめます

あかべこ

文字の大きさ
上 下
185 / 254
15:Daydream Believer

15-3

しおりを挟む
翌日、通夜の前に母の死化粧を施すことになった。
「化粧品の類って結構あったんですね」
「これでも少ない方よ?」
「そうなんですか?」
「まあ男の子はあんまり縁がないものねぇ、これでもほぼスキンケア用品だけだけどやらない人は本当にわかんないわよね」
施設から引き取った母の化粧品が詰まったメイクボックスを開き、叔母と葬儀社から派遣された納棺師の人と合同で母の身体を清める事になった。
脱脂綿で身体を拭うと、肌の潤いを足すためにベビーオイルを刷り込む。
たった1日で随分と乾いてしまった母の体に油を刷り込むと微かに柔らかさが戻る。
体のケアを終えると母の顔に化粧が施される。
メイクは専門外だが、叔母と専門家の手で美しく彩られる母の顔を見ているとひとときばかり蘇ってきたようにも思えて来る。
母の顔が春の風によく似合う温かな色味に整えられると、叔母がふと俺を見てこう告げる。
「春彦くん、口紅塗ってあげてくれる?」
「口紅ですか?」
「普通に塗ってあげるだけでいいから」
「……わかりました」
叔母から渡された口紅はほんのりとオレンジかがった赤で、それをほんの少し出してからくちびるに塗ってみる。
それだけで母の顔が明るく華やかに映ってくる。
(こんなに綺麗な化粧をして貰ってるのになんで起きてくれないんだろうな)
ふとそんな事が脳裏をよぎる。
まだ生きてるみたいに美しい母がもう目を開けることはないことはわかっているはずなのに、そんなことを考えてしまう自分が馬鹿みたいだった。
不意にポケットに入れてあった携帯電話がバイブ音を立ててくる。
中座して確認すれば相手は飯島だった。
(……そうだ、伝えておくのを忘れてた)
少し息を整えてから電話を取ると「真柴か?」と声がかけられる。
「いまどこだ?」
「自宅だ、いま通夜の準備をしてるんだ」
それで全てを察したらしい飯島は「そうだったか」とつぶやく。元々母の危篤は飯島経由で俺のところに来てるからある程度予想してたのかもしれない。
「そういう事だから悪いがしばらく戻れないと嘉神達に伝えておいてくれ」
「了解。親の忌引きだから戻れるのは7日後か、まあ葬式終わったらゆっくり休んどけ。申請は俺の方で代わりに受け付けとくからさ」
「助かるよ」
そんな話をして電話を切るが、こんなに嬉しくない休みがこの世にあるのかと思うとなんともいえない気持ちで息を吐いた。

***

その日の夜の通夜には近所の人のみならず母の知り合いもよく集まった。
まだ70半ばだから母と同年代でも矍鑠とした人は多く、叔母を通じての連絡が容易であったのだ。
お焼香の匂いの漂う部屋で近所の寺の僧侶の話を聞き流し、ご近所さんや母の知人からのお悔やみのことばに軽く頭を下げているとひとり意外な人物がいた。
「ひさしぶりです、先輩」
「こちらこそ久しぶり」
喪服に身を包み茶髪混ざりの黒髪をシンプルに束ねたその女性はこの近くの個人病院の3代目で俺の中学の後輩であり、彼女の父は我が家の掛かり付け医だった。
母が施設に入ってからは顔を合わせる事が無かったが、まさかわざわざ来てくれるとは思わなかった。
「この度はご愁傷さまでした。真生子さんはどうでしたか」
「最後まで俺と父の区別もつかずに死んでいったよ」
この後輩は母が俺と父を混同し始めた時、母を施設に入れることを最初に勧めてくれた相手だった。
『混同されることに苦しみながら介護するのは先輩自身も不幸になる』と言ってくれなかったら、俺は母と一緒に共倒れになっていたかもしれない。
「母親を手放しても良いと言ってくれた事には感謝してるんだ」
「大した事はしてませんよ、手放すと決めたのは先輩自身です」
あの時、俺は母親を手放して俺は1人の時間という自由を得た。
そしていま俺の前にあるのは1人きりという孤独だった。
しおりを挟む
気に入ってくださったら番外編も読んでみてください
マシュマロで匿名感想も受け付けています、お返事は近況ボードから。
更新告知Twitter@SPBJdHliaztGpT0
感想 0

あなたにおすすめの小説

Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~

味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。 しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。 彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。 故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。 そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。 これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。

セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・

今卓&
ファンタジー
地球での任務が終わった銀河連合所属の刑事二人は帰途の途中原因不明のワームホールに巻き込まれる、彼が気が付くと可住惑星上に居た。 その頃会議中の皇帝の元へ伯爵から使者が送られる、彼等は捕らえられ教会の地下へと送られた。 皇帝は日課の教会へ向かう途中でタイスと名乗る少女を”宮”へ招待するという、タイスは不安ながらも両親と周囲の反応から招待を断る事はできず”宮”へ向かう事となる。 刑事は離別したパートナーの捜索と惑星の調査の為、巡視艇から下船する事とした、そこで彼は4人の知性体を救出し獣人二人とエルフを連れてエルフの住む土地へ彼等を届ける旅にでる事となる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました

夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」  命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。  本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。  元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。  その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。  しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。 といった序盤ストーリーとなっております。 追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。 5月30日までは毎日2回更新を予定しています。 それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

序盤でざまぁされる人望ゼロの無能リーダーに転生したので隠れチート主人公を追放せず可愛がったら、なぜか俺の方が英雄扱いされるようになっていた

砂礫レキ
ファンタジー
35歳独身社会人の灰村タクミ。 彼は実家の母から学生時代夢中で書いていた小説をゴミとして燃やしたと電話で告げられる。 そして落ち込んでいる所を通り魔に襲われ死亡した。 死の間際思い出したタクミの夢、それは「自分の書いた物語の主人公になる」ことだった。 その願いが叶ったのか目覚めたタクミは見覚えのあるファンタジー世界の中にいた。 しかし望んでいた主人公「クロノ・ナイトレイ」の姿ではなく、 主人公を追放し序盤で惨めに死ぬ冒険者パーティーの無能リーダー「アルヴァ・グレイブラッド」として。 自尊心が地の底まで落ちているタクミがチート主人公であるクロノに嫉妬する筈もなく、 寧ろ無能と見下されているクロノの実力を周囲に伝え先輩冒険者として支え始める。 結果、アルヴァを粗野で無能なリーダーだと見下していたパーティーメンバーや、 自警団、街の住民たちの視線が変わり始めて……? 更新は昼頃になります。

異世界転移~治癒師の日常

コリモ
ファンタジー
ある日看護師の真琴は仕事場からの帰り道、地面が陥没する事故に巻き込まれた。しかし、いつまでたっても衝撃が来ない。それどころか自分の下に草の感触が… こちらでは初投稿です。誤字脱字のご指摘ご感想お願いします なるだけ1日1話UP以上を目指していますが、用事がある時は間に合わないこともありますご了承ください(2017/12/18) すいません少し並びを変えております。(2017/12/25) カリエの過去編を削除して別なお話にしました(2018/01/15) エドとの話は「気が付いたら異世界領主〜ドラゴンが降り立つ平原を管理なんてムリだよ」にて掲載させてもらっています。(2018/08/19)

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

処理中です...