異世界大使館はじめます

あかべこ

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14:大使館は春を待つ

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「だーれかー、手伝ってくれませんかー?」
そんな飯山さんの声が寮の外から響く。
日本に戻っていた時に叔父から貰った古い文庫本を読みながら寝台で過ごしていた俺は、ちょうどキリのいいところまで読み終えていたこともあって「いいですよー」と答えた。
文庫本を邪魔にならないところで片づけて大使館の台所に降りると、夏沢が飯山さんと一緒に話しているところだった。
「何作ってるんですか?」
「今日は高野豆腐を作るんですよー、ついでに豆乳やおからも手に入りますからねえ」
「豆腐?にがりってここにありましたっけ?」
「ヤマンラール商会にお願いして作ってもらいました~」
500ミリペットボトルほどの大きさの瓶に詰まっていた透明な液体を指さす。
「特注したんですか?」
「元々にがりは海水塩の副産物ですからねえ、それを瓶に詰めてもらいまして~」
そもそもこの世界における製塩は海水を原料にした魔術による塩分の抽出が一般的である。
その際に出た残りの液体は海は捨ててしまっていたそうだが、今回それをお願いして譲ってもらい日本で検査にかけたところ地球のにがりとほぼ同一のものとして使えることが分かった。
「豆は―……楕円黒豆ですね」
いま飯山さんの手で煮込まれている楕円黒豆は大陸南西部に分布する2センチほどの楕円形をした大きな豆だ。
見た目こそ異なるが味は普通の大豆に似ているので日本の大豆の代用として何度か食べたことがある。
「飯山さん、今夜豆腐の味噌汁食べたいです」
そう切り出したのは夏沢だった。
「お味噌がないんだよねー」
「私買ってきますよ?」
「夏沢、そもそも味噌は持ち込み禁止品だ」
味噌は麹で大豆を発行させた発酵食品である。
この麹が異世界に持ち込むと現地の環境に悪影響をもたらす恐れがあるため持ち込み禁止となっており、持ち込めるのは高温殺菌して死滅させた美味しくない味噌のみだ。
こちらで自家製するにも酵母菌による発酵が一般的な世界で使えそうな麹菌を探すところから始めないとならないので、俺たちがここにいるうちは再現はほぼ無理だと思っている。
「味噌がダメなら冷ややっことか、この間醤油風味のラーメン出してくれたじゃないですか」
「あれは魚醤だよー」
飯山さんは去年の春先(西からの侵攻の少し前くらいだ)、飯山さんは現地の岩塩と川魚によって魚醤を試作していてそれをこの間食べさせてもらったのだ。
少々生臭みはあったが、火を通すと美味しかったのを覚えている。
「ぼちぼち引き揚げますねー」
夏沢がざるを鍋の側に置くとざあーっと茹でた豆が引き上げられる。
粗熱を取っている間に飯山さんは大きなすり鉢と少量の水を手に「これ全部すり潰すのでお手伝いお願いしますねえ」と笑顔で言い放つ。
(……これ、2~3キロぐらいあるよな?)
何とも言えない気持ちになりつつも楕円黒豆をすり鉢に入れて、少量の水と共にすり潰していく。
30分ほど交代でゴリゴリと豆をすり潰していくと、灰色のどろりとした液体が出来上がる。
「これを絞ると豆乳とおからになるんですよー、僕はこれを絞るので大使と夏沢さんで残りのお豆のすり潰しお願いしていいですかー?」
一瞬俺は夏沢のほうを見たが、夏沢は気にせず「いいですよー」と答えた。
すり鉢の中身を布袋をかぶせたボウルの上に移し替え、残った茹で豆と水を加えてすり潰す。
「……大使、前から言っておきたかったことあるんですけど」
ゴリゴリと豆をすり潰しながら夏沢が口を開くので「うん」と答える。

「私べつに木栖1佐とどうこうなりたいとは思ってませんからね?」

夏沢が口にしたのは、以前から俺が秘かに気にしていた懸念だった。
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