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14:大使館は春を待つ
14-6
しおりを挟む無我夢中で走って、走って、走って、私は漸く、目的地に着いた。
誰も連れてきていない。
一人きりだ。
黒宮君が今頃助けを呼んでくれているはず。
私は、一刻も早く龍牙に会いたい。
「……はっ、はぁっ、はッ…」
廃工場の入口はいくつかある。いつしか来た記憶を辿って、私は適当な扉から中に入った。
ここに龍牙がいるかは分からない。西柳の方だとはいっても、全然違う方にいるかもしれない。でも、とにかく探さないと。
焦りに駆られながら廊下を走ると、おかしな光景が見えた。
「ぇ、えっ、え? だっ、大丈夫ですか…?」
廊下のあちこちに、不良さんが倒れている。不良のたまり場というのは黒宮君が教えてくれた。でも、どうして皆倒れているんだ。倒れている一部の人は血を流していたり、まだ苦しそうに呻いていたりと、惨憺たる様子だった。
これは、何かある。
倒れている人が心配だったけれど、今は龍牙を探すことを優先しよう。
廊下を走っていくと、何やら話し声が聞こえてきた。どうやら扉の向こうで話をしているらしい。扉に近づくと、その会話が聞こえてきた。
「やーーめーーろ!!! なんでっ、なんでこんなっ…」
「うるせぇな。おい、誰か押さえとけ」
「やめろっ!! なっ、……あ? ボコるんじゃねぇのかよっ……離せっ!」
龍牙の、声。
判断した時には扉を開けてしまっていた。
もう少し様子を窺えば良かったのだろうが、やはり冷静になれなかった。
「誰だっ……あ?」
「……アイツ…」
「おー、誰誰?」
扉を開けた先は、少し狭い部屋だった。体育館の倉庫かなってくらいの広さで、そこには十人くらいの不良さんが立っていた。
そして、部屋の中心で、誰かが誰かを押し倒していた。その誰かが振り向き、息を切らす私を見てにやっと笑った。
「……はっ、は……ぁ…」
「ああ、チビ……コイツのダチか」
「…はっ……離して、龍牙を………」
「どうやってここまで来たかは知らんが…そこで黙って見てろ」
渡来、賢吾。
渡来は誰かを押し倒している。
床には絹糸のように美しい金色が散らばっている。もう、誰のものかなんて、分かりきっていた。
「すっ、鈴?鈴なのか?何で、何でこんなとこ…」
渡来の下から困惑しているあの子の声が聞こえ、私は泣きそうになった。すぐに、今すぐに、連れて帰りたい。
渡来に向かって手を伸ばしたけれど、その手は誰かに掴まれてしまった。
「だっ、誰、離して」
「………………」
「ちょっと、離してって…」
私の腕を掴んだのは、フードを深めに被ったパーカーの男だ。その人は無言で、私の腕を離してくれない。痛くはないけれど、動かせない。
「鈴っ、ちょ、なあっ、鈴に何もすんなよ!?」
違う、何かされそうなのは、龍牙の方だ。
「……心配すんなって。俺が興味あんのは、お前だけだ」
「さっきからそう言ってるけど、マジで何す、ぅ、わっ」
カチャカチャと音が聞こえ、何か細長い物が放られる。ベルトだ。龍牙のベルトが、引き抜かれた。
「へっ?何で、ベルト…??えっ、や、止めっ、ろ、待って、何…、え…?」
「お前みたいに生意気な奴はな、泣き顔がエロいんだよ」
「………………あ……」
困惑したような、声。
一拍置いて、悲鳴じみた叫び声が聞こえた。
「やっ、やだっ!!! やめっ、止めろ、ひっ、ぃ、いやだっ…、おれはっ、おんなじゃっ……」
「はははっ!!」
「すっげ、半泣きじゃん」
「あれは処女だわ。ケンちゃん羨まし~♡」
とうとう、龍牙が理解してしまった。
だめだ、このままだと、龍牙が。
「止めろ!!!!」
「うっせーなァ…誰かそいつ押さえとけ」
「…………」
パーカーの男が私に片腕を伸ばしてくる。私はその腕を振り払った。
まさか抵抗されるとは思っていなかったらしく、男が怯む。
何かしないと。
殴られたり蹴られたりして押さえつけられないのは、私がそれだけ弱いと信じているからだ。確かに私は弱い。
でも、誰かを助けることくらい出来る。
「やだ、やだ、ぁ、やめろっ、やめ、て……っ…」
「…………あの、渡来……さん」
「あ?」
ああ、ピンがあればもっと可愛く出来たかな。
どうでもいいことが、ふと、頭をよぎった。
前髪を退かして、にっこり渡来に笑いかける。
笑顔は慣れている。
いつだって私は嘘の笑顔が出来る。
辛い時だって、悲しい時だって、苦しい時だって、
…………怒っている時だって、
いつだって、笑顔を浮かべられる。
優しい目元、ゆったりと上げる口角、ほんの少しだけ下げる眉、綺麗な笑顔は何度もしてきた。
「ねぇ…………賢吾さん…」
色を含んだ声で、こてんと首を傾げる。
渡来が固まり、私を止めようとしていたフードの男も固まった。
いつの間にかガヤも静まっていた。
私だけが動いて話している。
……ああ、私だけじゃないや。
渡来が振り向いて固まったからか、渡来の体の下から龍牙の姿が見えた。足も腕も縛られて、とても抵抗出来るような姿には見えない。
「……鈴…………?」
「ねえ、賢吾さん。私の方が、ずぅ…っと可愛いでしょう?」
「すず、まって、何、言って…」
「そこの金髪の子より、私とシません?」
龍牙、そんな顔しないで。
だって私、慣れてるから。大丈夫。ずっとそういう目で見られてきたのは、分かってるから。何かされたことはまだ無いけれど、視線には慣れている。
「……かっ、可愛、いい…」
「なっ、何あの美人…」
「激シコじゃん」
「エロ」
「は?は?しっ、死ぬほど可愛いっ」
周りがざわめきたち、渡来だけが数秒遅れて反応を返す。
渡来はにんまり笑い、立ち上がった。
良かった、引っかかってくれた。
「はは……こんな奴がいたとはな。確かにコイツよりずっと可愛い」
「でしょう?」
「まって、やめっ、やめて、やだ、すず、鈴、にげて」
引きつった悲鳴が聞こえる。
鼻をすすりながら、ぐすぐす泣きながら、私に呼びかけている、龍牙の声。
ごめんね、今だけは、無視させて。
「テメェ…相当男食い慣れてんな」
「やだなあ、処女ですよ」
「……マジで言ってんのか?」
「鈴、すず、やめて、お願い」
渡来が歪な笑みを浮かべて私に近寄ってくる。笑みを絶やさず、私は話を続けた。なるべく煽れるように、龍牙に絶対目がいかないように。
そして、ダメ押しに、渡来の色々なことを、なるべく刺激することにした。
「ええ。紅陵さんや氷川さん、色んな人に守ってもらってましたから」
「おっ、おいおい待て待て、お前紅陵の男か!あのムカつくクソハーフの男を寝取れるわけだ。しかも、あのヤリチンの男のくせしてまだ処女か。相当大事にしてるってことだな?…ほぉ~ん」
「やだ、ぉ、おいっ、鈴、いい加減に、しろっ…」
ぐいっと顎を乱暴に掴まれ、無理な姿勢に首が悲鳴を上げる。体が訴える痛みも、龍牙の悲鳴も怒りも無視して、私はひたすら笑顔を貼り付けた。
「気に入った。おいお前ら、金髪退かせ。もうソイツはいい」
「…あの子には絶対手を出さないでください」
「分かった分かった。紅陵の男なら訳が違うしな。約束も守ってやる。その代わり言うこときっちり聞けよ」
「勿論です」
「…やっ、…おいっ、渡来!! 俺の事狙ってたんじゃねぇのかよっ!! そっ、そんな良い子そうな奴じゃなくて、なっ、生意気な俺を…」
龍牙は訴えの方向を変えたが、もうそれは遅かった。
縛られて動けない龍牙が、マットの上から退かされる。私は渡来に肩を抱かれ、そこへ座らされた。
「おいお前ら、紅陵にコイツの処女卒業ビデオ送りつけるぞ」
「ふぁ~~ケンちゃん最ッ高♡」
「二番目俺!」
「え~俺撮影係やだ~俺もこの子とヤりたい~」
「僕も!」
「じゃあジャンケンだ、それなら平等だろ」
「おっけおっけ」
「ズルすんなよ~!」
周りが色めき立ち、思い思いのことを口にする。渡来はその様子を聞きながら、じっくりと私の体を見ていた。
「いやあ……どうすっかなァ、ほんっと美人だな」
「……よく言われます」
前髪はずっと手で押さえている。顔はずっと見えていた方が良いだろう。
「…………いや、マジで悩むな」
「ケンちゃんドーテイかよ~!」
「服脱がす時点で悩んでるのかよ、はははっ」
「こんな美人滅多にお目にかかれねぇしなぁ」
「半分脱がすって死ぬほどエロいよね。あーでも全裸も惜しいなぁ~!」
周りがげらげらと笑ったが、かき消されそうな龍牙の声がかすかに聞こえた。
「はっ、は、ぁ……やだ、やだ、すずっ、すず…、やだ、やだ、やっ…、やだ、ぁ……、おっ、おれ、に、しろっ、おれにしろよ…、おれに、して、くれ………たのむ…」
ちらりとそちらを見れば、龍牙が大粒の涙を零してぼろぼろと泣いていた。自分のせいで…とか考えてそうだ。後で慰めてあげないと。
あんなに怯えていたのに、自分にしろと言っている。それだけ今の私を心配しているのだろう。
大丈夫、慣れてるから。
龍牙はこんな状況初めてだから怖いだろうけど、私は、初めてじゃない。
「あっ、ハサミで服切るとかどうです?」
「あーそれいい。乳首のとこだけ切ろうぜ」
「それ採用」
「流石にかわいそうじゃね?」
「紅陵の男なんだからそれもありっしょ」
「確かに」
「だれかっ……、やめろよ、やめろ、……すずっ…、だれか、たすけて……」
また、不良たちが笑う。大丈夫、大丈夫。だって龍牙を守れるから。
自分のこの容姿が役に立って、良かった。
龍牙に何度も守られたから、今度は私が龍牙を守る番。
「ハサミって誰か持ってたっけ?」
「アマノ、お前持ってたよな」
「……えっ?」
突如聞こえた名字。私は耳を疑った。いや、アマノ、天野、……天野君、天野優人じゃ、ない、だろう。
だって、そうだとしたら、この不良と天野君が揃って、私や龍牙を……
「……ああ、持ってるよ」
「てかお前このフードなんだし。脱げ」
「そーそー、いつもはパーカーなんか着ねぇくせに」
「顔隠したい感じ~?」
「ちょっ、止めてくださいよ…」
フードを脱がされた、男。
私の腕を掴んで押さえつけようとした、男。
その男は、よく目立つ、青い髪をしていた。
それは、ついさっき、教室で見た……
「……あまの、くん…?」
私が呆然として呟くと、パーカーの男は顔を上げた。
眉を下げ、泣きそうな顔でこちらを見ている。
「…………ごめん」
零された声は、酷くか細かった。
誰も連れてきていない。
一人きりだ。
黒宮君が今頃助けを呼んでくれているはず。
私は、一刻も早く龍牙に会いたい。
「……はっ、はぁっ、はッ…」
廃工場の入口はいくつかある。いつしか来た記憶を辿って、私は適当な扉から中に入った。
ここに龍牙がいるかは分からない。西柳の方だとはいっても、全然違う方にいるかもしれない。でも、とにかく探さないと。
焦りに駆られながら廊下を走ると、おかしな光景が見えた。
「ぇ、えっ、え? だっ、大丈夫ですか…?」
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これは、何かある。
倒れている人が心配だったけれど、今は龍牙を探すことを優先しよう。
廊下を走っていくと、何やら話し声が聞こえてきた。どうやら扉の向こうで話をしているらしい。扉に近づくと、その会話が聞こえてきた。
「やーーめーーろ!!! なんでっ、なんでこんなっ…」
「うるせぇな。おい、誰か押さえとけ」
「やめろっ!! なっ、……あ? ボコるんじゃねぇのかよっ……離せっ!」
龍牙の、声。
判断した時には扉を開けてしまっていた。
もう少し様子を窺えば良かったのだろうが、やはり冷静になれなかった。
「誰だっ……あ?」
「……アイツ…」
「おー、誰誰?」
扉を開けた先は、少し狭い部屋だった。体育館の倉庫かなってくらいの広さで、そこには十人くらいの不良さんが立っていた。
そして、部屋の中心で、誰かが誰かを押し倒していた。その誰かが振り向き、息を切らす私を見てにやっと笑った。
「……はっ、は……ぁ…」
「ああ、チビ……コイツのダチか」
「…はっ……離して、龍牙を………」
「どうやってここまで来たかは知らんが…そこで黙って見てろ」
渡来、賢吾。
渡来は誰かを押し倒している。
床には絹糸のように美しい金色が散らばっている。もう、誰のものかなんて、分かりきっていた。
「すっ、鈴?鈴なのか?何で、何でこんなとこ…」
渡来の下から困惑しているあの子の声が聞こえ、私は泣きそうになった。すぐに、今すぐに、連れて帰りたい。
渡来に向かって手を伸ばしたけれど、その手は誰かに掴まれてしまった。
「だっ、誰、離して」
「………………」
「ちょっと、離してって…」
私の腕を掴んだのは、フードを深めに被ったパーカーの男だ。その人は無言で、私の腕を離してくれない。痛くはないけれど、動かせない。
「鈴っ、ちょ、なあっ、鈴に何もすんなよ!?」
違う、何かされそうなのは、龍牙の方だ。
「……心配すんなって。俺が興味あんのは、お前だけだ」
「さっきからそう言ってるけど、マジで何す、ぅ、わっ」
カチャカチャと音が聞こえ、何か細長い物が放られる。ベルトだ。龍牙のベルトが、引き抜かれた。
「へっ?何で、ベルト…??えっ、や、止めっ、ろ、待って、何…、え…?」
「お前みたいに生意気な奴はな、泣き顔がエロいんだよ」
「………………あ……」
困惑したような、声。
一拍置いて、悲鳴じみた叫び声が聞こえた。
「やっ、やだっ!!! やめっ、止めろ、ひっ、ぃ、いやだっ…、おれはっ、おんなじゃっ……」
「はははっ!!」
「すっげ、半泣きじゃん」
「あれは処女だわ。ケンちゃん羨まし~♡」
とうとう、龍牙が理解してしまった。
だめだ、このままだと、龍牙が。
「止めろ!!!!」
「うっせーなァ…誰かそいつ押さえとけ」
「…………」
パーカーの男が私に片腕を伸ばしてくる。私はその腕を振り払った。
まさか抵抗されるとは思っていなかったらしく、男が怯む。
何かしないと。
殴られたり蹴られたりして押さえつけられないのは、私がそれだけ弱いと信じているからだ。確かに私は弱い。
でも、誰かを助けることくらい出来る。
「やだ、やだ、ぁ、やめろっ、やめ、て……っ…」
「…………あの、渡来……さん」
「あ?」
ああ、ピンがあればもっと可愛く出来たかな。
どうでもいいことが、ふと、頭をよぎった。
前髪を退かして、にっこり渡来に笑いかける。
笑顔は慣れている。
いつだって私は嘘の笑顔が出来る。
辛い時だって、悲しい時だって、苦しい時だって、
…………怒っている時だって、
いつだって、笑顔を浮かべられる。
優しい目元、ゆったりと上げる口角、ほんの少しだけ下げる眉、綺麗な笑顔は何度もしてきた。
「ねぇ…………賢吾さん…」
色を含んだ声で、こてんと首を傾げる。
渡来が固まり、私を止めようとしていたフードの男も固まった。
いつの間にかガヤも静まっていた。
私だけが動いて話している。
……ああ、私だけじゃないや。
渡来が振り向いて固まったからか、渡来の体の下から龍牙の姿が見えた。足も腕も縛られて、とても抵抗出来るような姿には見えない。
「……鈴…………?」
「ねえ、賢吾さん。私の方が、ずぅ…っと可愛いでしょう?」
「すず、まって、何、言って…」
「そこの金髪の子より、私とシません?」
龍牙、そんな顔しないで。
だって私、慣れてるから。大丈夫。ずっとそういう目で見られてきたのは、分かってるから。何かされたことはまだ無いけれど、視線には慣れている。
「……かっ、可愛、いい…」
「なっ、何あの美人…」
「激シコじゃん」
「エロ」
「は?は?しっ、死ぬほど可愛いっ」
周りがざわめきたち、渡来だけが数秒遅れて反応を返す。
渡来はにんまり笑い、立ち上がった。
良かった、引っかかってくれた。
「はは……こんな奴がいたとはな。確かにコイツよりずっと可愛い」
「でしょう?」
「まって、やめっ、やめて、やだ、すず、鈴、にげて」
引きつった悲鳴が聞こえる。
鼻をすすりながら、ぐすぐす泣きながら、私に呼びかけている、龍牙の声。
ごめんね、今だけは、無視させて。
「テメェ…相当男食い慣れてんな」
「やだなあ、処女ですよ」
「……マジで言ってんのか?」
「鈴、すず、やめて、お願い」
渡来が歪な笑みを浮かべて私に近寄ってくる。笑みを絶やさず、私は話を続けた。なるべく煽れるように、龍牙に絶対目がいかないように。
そして、ダメ押しに、渡来の色々なことを、なるべく刺激することにした。
「ええ。紅陵さんや氷川さん、色んな人に守ってもらってましたから」
「おっ、おいおい待て待て、お前紅陵の男か!あのムカつくクソハーフの男を寝取れるわけだ。しかも、あのヤリチンの男のくせしてまだ処女か。相当大事にしてるってことだな?…ほぉ~ん」
「やだ、ぉ、おいっ、鈴、いい加減に、しろっ…」
ぐいっと顎を乱暴に掴まれ、無理な姿勢に首が悲鳴を上げる。体が訴える痛みも、龍牙の悲鳴も怒りも無視して、私はひたすら笑顔を貼り付けた。
「気に入った。おいお前ら、金髪退かせ。もうソイツはいい」
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「分かった分かった。紅陵の男なら訳が違うしな。約束も守ってやる。その代わり言うこときっちり聞けよ」
「勿論です」
「…やっ、…おいっ、渡来!! 俺の事狙ってたんじゃねぇのかよっ!! そっ、そんな良い子そうな奴じゃなくて、なっ、生意気な俺を…」
龍牙は訴えの方向を変えたが、もうそれは遅かった。
縛られて動けない龍牙が、マットの上から退かされる。私は渡来に肩を抱かれ、そこへ座らされた。
「おいお前ら、紅陵にコイツの処女卒業ビデオ送りつけるぞ」
「ふぁ~~ケンちゃん最ッ高♡」
「二番目俺!」
「え~俺撮影係やだ~俺もこの子とヤりたい~」
「僕も!」
「じゃあジャンケンだ、それなら平等だろ」
「おっけおっけ」
「ズルすんなよ~!」
周りが色めき立ち、思い思いのことを口にする。渡来はその様子を聞きながら、じっくりと私の体を見ていた。
「いやあ……どうすっかなァ、ほんっと美人だな」
「……よく言われます」
前髪はずっと手で押さえている。顔はずっと見えていた方が良いだろう。
「…………いや、マジで悩むな」
「ケンちゃんドーテイかよ~!」
「服脱がす時点で悩んでるのかよ、はははっ」
「こんな美人滅多にお目にかかれねぇしなぁ」
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周りがげらげらと笑ったが、かき消されそうな龍牙の声がかすかに聞こえた。
「はっ、は、ぁ……やだ、やだ、すずっ、すず…、やだ、やだ、やっ…、やだ、ぁ……、おっ、おれ、に、しろっ、おれにしろよ…、おれに、して、くれ………たのむ…」
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あんなに怯えていたのに、自分にしろと言っている。それだけ今の私を心配しているのだろう。
大丈夫、慣れてるから。
龍牙はこんな状況初めてだから怖いだろうけど、私は、初めてじゃない。
「あっ、ハサミで服切るとかどうです?」
「あーそれいい。乳首のとこだけ切ろうぜ」
「それ採用」
「流石にかわいそうじゃね?」
「紅陵の男なんだからそれもありっしょ」
「確かに」
「だれかっ……、やめろよ、やめろ、……すずっ…、だれか、たすけて……」
また、不良たちが笑う。大丈夫、大丈夫。だって龍牙を守れるから。
自分のこの容姿が役に立って、良かった。
龍牙に何度も守られたから、今度は私が龍牙を守る番。
「ハサミって誰か持ってたっけ?」
「アマノ、お前持ってたよな」
「……えっ?」
突如聞こえた名字。私は耳を疑った。いや、アマノ、天野、……天野君、天野優人じゃ、ない、だろう。
だって、そうだとしたら、この不良と天野君が揃って、私や龍牙を……
「……ああ、持ってるよ」
「てかお前このフードなんだし。脱げ」
「そーそー、いつもはパーカーなんか着ねぇくせに」
「顔隠したい感じ~?」
「ちょっ、止めてくださいよ…」
フードを脱がされた、男。
私の腕を掴んで押さえつけようとした、男。
その男は、よく目立つ、青い髪をしていた。
それは、ついさっき、教室で見た……
「……あまの、くん…?」
私が呆然として呟くと、パーカーの男は顔を上げた。
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