異世界大使館はじめます

あかべこ

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12:大使館に新しい風

12-8

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9月も終わりに差し掛かった頃、飯島の部下にあたる名梶さんから手紙が来た。
なんでも地球側から派遣されたメンバーから生活水準が予想以上に悪くて苦情が出ているそうで、企業側担当者といま頭を抱えており大使館の方で様子を見に行ってくれないかと言う事だった。
金羊国での暮らしに一日の長がある大使館メンバーから見てもあまり問題があるようであれば一度こちらへ来て生活改善を行うので教えて欲しいとのことであった。
嘉神に任せようかと思ったが、今日は深大寺とドジを減らす対策を練る面談を行うと言っていた。
かと言って1人で行っていいものかとぼんやり考えていた時だった。
「お邪魔します」
やって来たのは石薙さんだ。
どうやら今朝渡した仕事を終え俺のハンコを貰いに来たらしい。
とりあえずハンコを押すとせっかくならと言う気持ちが湧いて来た。
「石薙さん、このあと時間は大丈夫ですか」
「特に急ぎの仕事はありませんが」
「トンネル視察に同行してもらえませんか?」

****

大使館から自転車で10分弱のところにある第1都市東側の荒れ地は、地球と金羊国をつなぐ未来のターミナルになるための工事が始まったばかりであった。
ある程度拡張の余地が出来るように各都市近郊は開けてあるので中心部を離れるとこうした荒れ地があることは珍しい事ではないが、ここが拠点に選ばれた理由もちゃんとある。第2都市側に比べて第1都市側のほうが地盤が固いこと・第1都市近郊の土地で比較的地盤がしっかりしてるのが東側だったこと・対岸が地形的に川湊に向いているので一緒に開発可能である事が採用の理由である。
「お疲れ様です」
「こちらこそお疲れ様であります、安全のためヘルメットの着用お願いしますね!」
JR総研からこの現場に出向してきた井上さんから安全用ヘルメットを受け取ると、作業着の下に着ていたシャツに印刷されたアニメ調美少女と目が合ってしまったので視線を逸らす。
「今回はこちらの現場の労働環境確認が中心なのであまり深くお話はしませんが「そうだ!生活環境!なんで金羊国で知識チートしてくれなかったんですか?!」
「寡聞にして存じ上げないのですが知識チートとはなんでしょうか」
聞き覚えの無い単語に対しても表情を揺らがせることなく適切な突っ込みをしてくれたのは石薙さんである。
「現代日本知識と魔術パワーでなんか生活水準あげたりしてくださいよ!水洗トイレとか!コンロとか!石鹸マヨネーズオセロとか!どうして作らなかったんですか?!」
「そうした行いは金羊国の社会習俗を破壊することにつながりかねませんから」
石薙さんはしれっと答える。
元々金羊国は逃亡奴隷の立ちあげた新興国だけあって生活・文化水準はあまり高くないので、水洗トイレやマヨネーズを持ち込めば便利だろうが現地文化の破壊につながる可能性は大きい。
なにより日本文化の過度な持ち込みは日本による文化的侵略のそしりを受けかねない。
実際今回のトンネル工事で持ち込むのは労働管理方法やメートル法ぐらいだし、労働管理についてはある程度現地文化に合わせた工夫も行われている。
「現代知識チートで便利な異世界生活を期待してた拙者はいったい……」
「それに魔術については地球に既に報告されてる通り、身体の強化・拡張の技術なのでマヨネーズやせっけんはともかく水洗トイレの再現は厳しいと思いますよ?それに以前砂漠で掘った穴にそのままされられたり……」
「うわああああああん!!!!!」
石薙さんが海外で出会ったヤバいトイレを例に挙げながら優しくも冷静に追い討ちをかけてくるのを俺は生暖かく見守るしかないのであった。
後日、俺の報告は地球に届けられ『要は現代知識チートに憧れた数名のわがまま』と言う結論に落ち着いたのは言うまでもない。
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