142 / 254
12:大使館に新しい風
12-4
しおりを挟む
木栖と夏沢の関係性にモヤモヤとした気持ちを抱きながら仕事に打ち込んでいると、初めての週末が来た。
せっかくの秋晴れの休日という事で日本から持ち込んだ本とコーヒーを大使館の庭先で楽むことにした。
木陰に折りたたみの椅子と小さな机を置いて本の世界に飛び込もうとしていると、寮の方から不思議な金属系の音が聞こえてくる。
どこからだろう?と視線を動かすと、深大寺の部屋の窓が開いておりあの部屋から聞こえていることに気づく。
あれも深大寺のコレクションなのだろうか?
「サントゥールですね」
そう声をかけてきたのは石薙さんだった。
スポーツウエアに運動靴という若々しい服装であることに意外性を感じつつも、そこには触れないでおく。
「初めて聞きました」
「弦をバチで叩いて鳴らすインドの楽器ですね」
「そうでしたか。石薙さんはジョギングですか?」
「ウォーキングですね、任地のことを知るのに歩き回るのは意外と有効ですし運動不足解消にもいいですから」
天気も良く暑くならないこの時期なら散歩にちょうどいいし、新しい赴任先のことを見て回ることは外交官としてよい勉強とも言える。
「大使も一緒にどうです?中年太りの対策にもなりますよ」
「……お誘いはありがたいですが、今日はこれを読み切るつもりでして」
手持ちの本を見せると「そうでしたか」と少し残念そうに答えた。
ウォーキングに出かける石薙さんを見送ると本の続きに目を向ける。
最近は人に頼んで流行りものの小説に手を出すことが多く、今回は映画マニアのいとこが貸してくれたデンマークの探偵小説で読み応えはあるが事件が陰惨でげんなりしてしまう。
シリーズものらしいので気に入れば続編を送ってよこすと言うがたぶん断ることになるだろう。
遠くで門の開く音がする。
ふと目をやれば木栖と夏沢が一緒に戻ってきていた。
それを見て「おかえり」と俺が口を開くと、木栖は「ただいま」と答える。
「夏沢は先戻っててくれ」
「え、あー……わかりました」
多少の逡巡ののち上官である木栖の指示に従った夏沢を見送ると、木栖は俺の横に腰を下ろした。
「尻汚れるぞ」
「これくらい自分で洗うさ、代わりにコーヒーを少しもらっても?」
「残念だがお前の分のコップがない」
「別に同じコップでいいさ」
「後で洗って返せよ」
仕方なくコーヒーを分けてやれば久しぶりの味に木栖が表情を緩ませた。
そういえば夏沢の事について今なら聞いていいのではないだろうか?
「なあ、夏沢のことをどう思ってる」
「後輩だな」
木栖はスッパリとそう答えた。
少なくとも木栖がそのつもりなら、夏沢の方がどう言う感情であっても俺たちは揺らぐことはないだろう。
「……狙ってるのか?」
木栖が僅かな不安を覗かせながらそう問うた。
今の質問を俺が夏沢を狙ってる、と読んだのだろう。
「残念だが夏沢は俺の好みじゃない」
「確かお前の好みは包容力のある家庭的な人、だったか」
以前した話を引っ張り出してきた木栖に「なんで覚えてるんだ」とつぶやいた。
せっかくの秋晴れの休日という事で日本から持ち込んだ本とコーヒーを大使館の庭先で楽むことにした。
木陰に折りたたみの椅子と小さな机を置いて本の世界に飛び込もうとしていると、寮の方から不思議な金属系の音が聞こえてくる。
どこからだろう?と視線を動かすと、深大寺の部屋の窓が開いておりあの部屋から聞こえていることに気づく。
あれも深大寺のコレクションなのだろうか?
「サントゥールですね」
そう声をかけてきたのは石薙さんだった。
スポーツウエアに運動靴という若々しい服装であることに意外性を感じつつも、そこには触れないでおく。
「初めて聞きました」
「弦をバチで叩いて鳴らすインドの楽器ですね」
「そうでしたか。石薙さんはジョギングですか?」
「ウォーキングですね、任地のことを知るのに歩き回るのは意外と有効ですし運動不足解消にもいいですから」
天気も良く暑くならないこの時期なら散歩にちょうどいいし、新しい赴任先のことを見て回ることは外交官としてよい勉強とも言える。
「大使も一緒にどうです?中年太りの対策にもなりますよ」
「……お誘いはありがたいですが、今日はこれを読み切るつもりでして」
手持ちの本を見せると「そうでしたか」と少し残念そうに答えた。
ウォーキングに出かける石薙さんを見送ると本の続きに目を向ける。
最近は人に頼んで流行りものの小説に手を出すことが多く、今回は映画マニアのいとこが貸してくれたデンマークの探偵小説で読み応えはあるが事件が陰惨でげんなりしてしまう。
シリーズものらしいので気に入れば続編を送ってよこすと言うがたぶん断ることになるだろう。
遠くで門の開く音がする。
ふと目をやれば木栖と夏沢が一緒に戻ってきていた。
それを見て「おかえり」と俺が口を開くと、木栖は「ただいま」と答える。
「夏沢は先戻っててくれ」
「え、あー……わかりました」
多少の逡巡ののち上官である木栖の指示に従った夏沢を見送ると、木栖は俺の横に腰を下ろした。
「尻汚れるぞ」
「これくらい自分で洗うさ、代わりにコーヒーを少しもらっても?」
「残念だがお前の分のコップがない」
「別に同じコップでいいさ」
「後で洗って返せよ」
仕方なくコーヒーを分けてやれば久しぶりの味に木栖が表情を緩ませた。
そういえば夏沢の事について今なら聞いていいのではないだろうか?
「なあ、夏沢のことをどう思ってる」
「後輩だな」
木栖はスッパリとそう答えた。
少なくとも木栖がそのつもりなら、夏沢の方がどう言う感情であっても俺たちは揺らぐことはないだろう。
「……狙ってるのか?」
木栖が僅かな不安を覗かせながらそう問うた。
今の質問を俺が夏沢を狙ってる、と読んだのだろう。
「残念だが夏沢は俺の好みじゃない」
「確かお前の好みは包容力のある家庭的な人、だったか」
以前した話を引っ張り出してきた木栖に「なんで覚えてるんだ」とつぶやいた。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説

アレク・プランタン
かえるまる
ファンタジー
長く辛い闘病が終わった
と‥‥転生となった
剣と魔法が織りなす世界へ
チートも特典も何もないまま
ただ前世の記憶だけを頼りに
俺は精一杯やってみる
毎日更新中!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました
夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」
命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。
本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。
元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。
その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。
しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。
といった序盤ストーリーとなっております。
追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。
5月30日までは毎日2回更新を予定しています。
それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~
エール
ファンタジー
古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。
彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。
経営者は若い美人姉妹。
妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。
そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。
最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。


Sランクパーティを引退したおっさんは故郷でスローライフがしたい。~王都に残した仲間が事あるごとに呼び出してくる~
味のないお茶
ファンタジー
Sランクパーティのリーダーだったベルフォードは、冒険者歴二十年のベテランだった。
しかし、加齢による衰えを感じていた彼は後人に愛弟子のエリックを指名し一年間見守っていた。
彼のリーダー能力に安心したベルフォードは、冒険者家業の引退を決意する。
故郷に帰ってゆっくりと日々を過しながら、剣術道場を開いて結婚相手を探そう。
そう考えていたベルフォードだったが、周りは彼をほっておいてはくれなかった。
これはスローライフがしたい凄腕のおっさんと、彼を慕う人達が織り成す物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる