異世界大使館はじめます

あかべこ

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12:大使館に新しい風

12-4

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木栖と夏沢の関係性にモヤモヤとした気持ちを抱きながら仕事に打ち込んでいると、初めての週末が来た。
せっかくの秋晴れの休日という事で日本から持ち込んだ本とコーヒーを大使館の庭先で楽むことにした。
木陰に折りたたみの椅子と小さな机を置いて本の世界に飛び込もうとしていると、寮の方から不思議な金属系の音が聞こえてくる。
どこからだろう?と視線を動かすと、深大寺の部屋の窓が開いておりあの部屋から聞こえていることに気づく。
あれも深大寺のコレクションなのだろうか?
「サントゥールですね」
そう声をかけてきたのは石薙さんだった。
スポーツウエアに運動靴という若々しい服装であることに意外性を感じつつも、そこには触れないでおく。
「初めて聞きました」
「弦をバチで叩いて鳴らすインドの楽器ですね」
「そうでしたか。石薙さんはジョギングですか?」
「ウォーキングですね、任地のことを知るのに歩き回るのは意外と有効ですし運動不足解消にもいいですから」
天気も良く暑くならないこの時期なら散歩にちょうどいいし、新しい赴任先のことを見て回ることは外交官としてよい勉強とも言える。
「大使も一緒にどうです?中年太りの対策にもなりますよ」
「……お誘いはありがたいですが、今日はこれを読み切るつもりでして」
手持ちの本を見せると「そうでしたか」と少し残念そうに答えた。
ウォーキングに出かける石薙さんを見送ると本の続きに目を向ける。
最近は人に頼んで流行りものの小説に手を出すことが多く、今回は映画マニアのいとこが貸してくれたデンマークの探偵小説で読み応えはあるが事件が陰惨でげんなりしてしまう。
シリーズものらしいので気に入れば続編を送ってよこすと言うがたぶん断ることになるだろう。
遠くで門の開く音がする。
ふと目をやれば木栖と夏沢が一緒に戻ってきていた。
それを見て「おかえり」と俺が口を開くと、木栖は「ただいま」と答える。
「夏沢は先戻っててくれ」
「え、あー……わかりました」
多少の逡巡ののち上官である木栖の指示に従った夏沢を見送ると、木栖は俺の横に腰を下ろした。
「尻汚れるぞ」
「これくらい自分で洗うさ、代わりにコーヒーを少しもらっても?」
「残念だがお前の分のコップがない」
「別に同じコップでいいさ」
「後で洗って返せよ」
仕方なくコーヒーを分けてやれば久しぶりの味に木栖が表情を緩ませた。
そういえば夏沢の事について今なら聞いていいのではないだろうか?
「なあ、夏沢のことをどう思ってる」
「後輩だな」
木栖はスッパリとそう答えた。
少なくとも木栖がそのつもりなら、夏沢の方がどう言う感情であっても俺たちは揺らぐことはないだろう。
「……狙ってるのか?」
木栖が僅かな不安を覗かせながらそう問うた。
今の質問を俺が夏沢を狙ってる、と読んだのだろう。
「残念だが夏沢は俺の好みじゃない」
「確かお前の好みは包容力のある家庭的な人、だったか」
以前した話を引っ張り出してきた木栖に「なんで覚えてるんだ」とつぶやいた。
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