111 / 254
9:大使館と戦乱の火
9-18
しおりを挟む
その日はリゴー侯爵に日本や地球についての知識を教授し、ついでにお昼ごはんまでごちそうになることができた。
天然酵母の少し酸味のあるパンにジビエ肉や野菜を乗せたオープンサンドに野菜のスープという組み合わせは戦場にしては贅沢な印象を受ける。その辺は前王の弟という立場によるものだろう。
オープンサンドについてはまずくはないがハーブ塩のみの味付けとなるといささか物足りず、スープも具の入った暖かい塩水という感じの味だった。
『補給の不安定な前線基地でこれだけ食えるなら贅沢』と評したトムリンソン准将もやはり味付けに物足りなさはあったようだが、誰も文句を言うことなく平らげると王の砦へ行くことになった。
一番大きな王の砦は金属製の柵と鉄条網で囲われ、プレハブ小屋が立ち並ぶ。
その扉の隙間から飛び交う視線に居心地の悪さを感じながら連れてこられたのは、大きな旗がふたつ並立する広場であった。
「ヴァランタン、異世界の大使を連れてきたぞ」
「また変なのを持ってきましたね」
眼鏡の30代くらいの男が呆れたように言い放つ彼が西の国の第3皇子・ヴァランタンだろう。
印象を一言でいうならば戦える軍師というところだ、服の裾から覗く筋肉は一軍を率いる将らしさがある反面眼差しや口ぶりにはどこか傲慢さが垣間見える。
というか持ってくるってなんだ、もしかして自国の民以外は人じゃない的な思想なのか?
「異世界の民にも我が神の思し召しが伝わったということでしょう」
皇子の隣にいた純白の衣装を纏った長身の男がそう言い放つ。たぶん彼が教会の騎士団長であるベルナール・ド・バラドゥール氏であろう。
「異世界は日本国政府から参りました、真柴春彦と申します。今回我々からご提案したいのはこの戦を停戦とすることです」
「よそ者が我々に口を挟みに来たか」
「喧嘩を終えるのに仲裁者は必須でしょう?」
「これは喧嘩ではない、我々の財産を取り返しに来ただけだ」
宣戦布告文章にもあったが彼らは金羊国に逃亡した自国民所有の奴隷の返却要請に応じないので取り返しに来た、ということになっている。
「もちろん承知の上です。しかし金羊国宰相・ハルトル閣下から、停戦に応じれば今回失われた食料の即時返却のみならず伯爵令嬢の呪い事件の被害分を宝石や鉱石で支払うという条件を取り付けております」
ハルトル宰相直筆の書類を目前に差し出すと「奴隷ではなく宝石・鉱石か」とつぶやく。
金羊国内にはすでにいくつもの鉱脈が見つかっていて、そこから採掘されたものを南の国に売ることで金羊国は外貨を獲得している。
「金ですべて片が付くと思ってるあたり貧相な考えですね、だから生れながらの罪を掃えない」
「宗教的なことはどうであれ損失分の補填は確約されているのですし戦をする理由などないのでは?」
「これは神の思し召しです、今ここで我々に頭を下げることで生れながらの罪を掃うチャンスなのですよ?!」
「我々は今はあなたと神の話をしてるのではなく、ヴァランタン皇子と金の話をしています」
この手の宗教論争はいつの時代の面倒なので踏み込ませない。
ハルトル宰相の意図を汲むなら金で片をつけたいのだろうし、俺も金でつく片は金で片した方がいい。
「……これだけでは足りぬな」
ヴァランタン第3皇子が口を開く。
「足りないというのは?」
「誠意が足りない。奴隷の代わりに宝石・鉱石で返すはまあ良い、その金で新しいのを買えばいいからな。しかしこれでは我々がここを引いてやる旨味がないだろう」
要するにプラスアルファをよこせということか。
仲介者である俺たちにまで偉そうな口ぶりにカチンとくるものがあるが、ここで怒ってしまえば話がおじゃんになる。
「そうだな、大森林が欲しい。3つの砦から20ミルまでの範囲を西の国に割譲すること。これが軍を引く条件だ。返事は3日待ってやる」
20ミルというのはこちらの世界の距離だ。地球に換算するとおおむね20マイル、メートル法に換算すると32キロになる。
金羊側の大森林の入り口から王の砦まで直線で45キロほどなので、大森林西側の3分の2をよこせということだ。
これまで双方が手を入れていたのは森の10キロ地点までで手を入れていない地域は自然と緩衝地帯になったが、正式に割譲されるとなると西の緩衝地帯が消滅する。
それに3日じゃ今から往復しても間に合う日数じゃない。
「3日以内に承諾されなければ停戦の意図なしとする」
しかも答えはイエスとハイだけかよ。
天然酵母の少し酸味のあるパンにジビエ肉や野菜を乗せたオープンサンドに野菜のスープという組み合わせは戦場にしては贅沢な印象を受ける。その辺は前王の弟という立場によるものだろう。
オープンサンドについてはまずくはないがハーブ塩のみの味付けとなるといささか物足りず、スープも具の入った暖かい塩水という感じの味だった。
『補給の不安定な前線基地でこれだけ食えるなら贅沢』と評したトムリンソン准将もやはり味付けに物足りなさはあったようだが、誰も文句を言うことなく平らげると王の砦へ行くことになった。
一番大きな王の砦は金属製の柵と鉄条網で囲われ、プレハブ小屋が立ち並ぶ。
その扉の隙間から飛び交う視線に居心地の悪さを感じながら連れてこられたのは、大きな旗がふたつ並立する広場であった。
「ヴァランタン、異世界の大使を連れてきたぞ」
「また変なのを持ってきましたね」
眼鏡の30代くらいの男が呆れたように言い放つ彼が西の国の第3皇子・ヴァランタンだろう。
印象を一言でいうならば戦える軍師というところだ、服の裾から覗く筋肉は一軍を率いる将らしさがある反面眼差しや口ぶりにはどこか傲慢さが垣間見える。
というか持ってくるってなんだ、もしかして自国の民以外は人じゃない的な思想なのか?
「異世界の民にも我が神の思し召しが伝わったということでしょう」
皇子の隣にいた純白の衣装を纏った長身の男がそう言い放つ。たぶん彼が教会の騎士団長であるベルナール・ド・バラドゥール氏であろう。
「異世界は日本国政府から参りました、真柴春彦と申します。今回我々からご提案したいのはこの戦を停戦とすることです」
「よそ者が我々に口を挟みに来たか」
「喧嘩を終えるのに仲裁者は必須でしょう?」
「これは喧嘩ではない、我々の財産を取り返しに来ただけだ」
宣戦布告文章にもあったが彼らは金羊国に逃亡した自国民所有の奴隷の返却要請に応じないので取り返しに来た、ということになっている。
「もちろん承知の上です。しかし金羊国宰相・ハルトル閣下から、停戦に応じれば今回失われた食料の即時返却のみならず伯爵令嬢の呪い事件の被害分を宝石や鉱石で支払うという条件を取り付けております」
ハルトル宰相直筆の書類を目前に差し出すと「奴隷ではなく宝石・鉱石か」とつぶやく。
金羊国内にはすでにいくつもの鉱脈が見つかっていて、そこから採掘されたものを南の国に売ることで金羊国は外貨を獲得している。
「金ですべて片が付くと思ってるあたり貧相な考えですね、だから生れながらの罪を掃えない」
「宗教的なことはどうであれ損失分の補填は確約されているのですし戦をする理由などないのでは?」
「これは神の思し召しです、今ここで我々に頭を下げることで生れながらの罪を掃うチャンスなのですよ?!」
「我々は今はあなたと神の話をしてるのではなく、ヴァランタン皇子と金の話をしています」
この手の宗教論争はいつの時代の面倒なので踏み込ませない。
ハルトル宰相の意図を汲むなら金で片をつけたいのだろうし、俺も金でつく片は金で片した方がいい。
「……これだけでは足りぬな」
ヴァランタン第3皇子が口を開く。
「足りないというのは?」
「誠意が足りない。奴隷の代わりに宝石・鉱石で返すはまあ良い、その金で新しいのを買えばいいからな。しかしこれでは我々がここを引いてやる旨味がないだろう」
要するにプラスアルファをよこせということか。
仲介者である俺たちにまで偉そうな口ぶりにカチンとくるものがあるが、ここで怒ってしまえば話がおじゃんになる。
「そうだな、大森林が欲しい。3つの砦から20ミルまでの範囲を西の国に割譲すること。これが軍を引く条件だ。返事は3日待ってやる」
20ミルというのはこちらの世界の距離だ。地球に換算するとおおむね20マイル、メートル法に換算すると32キロになる。
金羊側の大森林の入り口から王の砦まで直線で45キロほどなので、大森林西側の3分の2をよこせということだ。
これまで双方が手を入れていたのは森の10キロ地点までで手を入れていない地域は自然と緩衝地帯になったが、正式に割譲されるとなると西の緩衝地帯が消滅する。
それに3日じゃ今から往復しても間に合う日数じゃない。
「3日以内に承諾されなければ停戦の意図なしとする」
しかも答えはイエスとハイだけかよ。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説

「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました
夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」
命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。
本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。
元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。
その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。
しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。
といった序盤ストーリーとなっております。
追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。
5月30日までは毎日2回更新を予定しています。
それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。

アレク・プランタン
かえるまる
ファンタジー
長く辛い闘病が終わった
と‥‥転生となった
剣と魔法が織りなす世界へ
チートも特典も何もないまま
ただ前世の記憶だけを頼りに
俺は精一杯やってみる
毎日更新中!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜
むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。
幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。
そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。
故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。
自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。
だが、エアルは知らない。
ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。
遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。
これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第三章フェレスト王国エルフ編
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる