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9:大使館と戦乱の火
9-18
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その日はリゴー侯爵に日本や地球についての知識を教授し、ついでにお昼ごはんまでごちそうになることができた。
天然酵母の少し酸味のあるパンにジビエ肉や野菜を乗せたオープンサンドに野菜のスープという組み合わせは戦場にしては贅沢な印象を受ける。その辺は前王の弟という立場によるものだろう。
オープンサンドについてはまずくはないがハーブ塩のみの味付けとなるといささか物足りず、スープも具の入った暖かい塩水という感じの味だった。
『補給の不安定な前線基地でこれだけ食えるなら贅沢』と評したトムリンソン准将もやはり味付けに物足りなさはあったようだが、誰も文句を言うことなく平らげると王の砦へ行くことになった。
一番大きな王の砦は金属製の柵と鉄条網で囲われ、プレハブ小屋が立ち並ぶ。
その扉の隙間から飛び交う視線に居心地の悪さを感じながら連れてこられたのは、大きな旗がふたつ並立する広場であった。
「ヴァランタン、異世界の大使を連れてきたぞ」
「また変なのを持ってきましたね」
眼鏡の30代くらいの男が呆れたように言い放つ彼が西の国の第3皇子・ヴァランタンだろう。
印象を一言でいうならば戦える軍師というところだ、服の裾から覗く筋肉は一軍を率いる将らしさがある反面眼差しや口ぶりにはどこか傲慢さが垣間見える。
というか持ってくるってなんだ、もしかして自国の民以外は人じゃない的な思想なのか?
「異世界の民にも我が神の思し召しが伝わったということでしょう」
皇子の隣にいた純白の衣装を纏った長身の男がそう言い放つ。たぶん彼が教会の騎士団長であるベルナール・ド・バラドゥール氏であろう。
「異世界は日本国政府から参りました、真柴春彦と申します。今回我々からご提案したいのはこの戦を停戦とすることです」
「よそ者が我々に口を挟みに来たか」
「喧嘩を終えるのに仲裁者は必須でしょう?」
「これは喧嘩ではない、我々の財産を取り返しに来ただけだ」
宣戦布告文章にもあったが彼らは金羊国に逃亡した自国民所有の奴隷の返却要請に応じないので取り返しに来た、ということになっている。
「もちろん承知の上です。しかし金羊国宰相・ハルトル閣下から、停戦に応じれば今回失われた食料の即時返却のみならず伯爵令嬢の呪い事件の被害分を宝石や鉱石で支払うという条件を取り付けております」
ハルトル宰相直筆の書類を目前に差し出すと「奴隷ではなく宝石・鉱石か」とつぶやく。
金羊国内にはすでにいくつもの鉱脈が見つかっていて、そこから採掘されたものを南の国に売ることで金羊国は外貨を獲得している。
「金ですべて片が付くと思ってるあたり貧相な考えですね、だから生れながらの罪を掃えない」
「宗教的なことはどうであれ損失分の補填は確約されているのですし戦をする理由などないのでは?」
「これは神の思し召しです、今ここで我々に頭を下げることで生れながらの罪を掃うチャンスなのですよ?!」
「我々は今はあなたと神の話をしてるのではなく、ヴァランタン皇子と金の話をしています」
この手の宗教論争はいつの時代の面倒なので踏み込ませない。
ハルトル宰相の意図を汲むなら金で片をつけたいのだろうし、俺も金でつく片は金で片した方がいい。
「……これだけでは足りぬな」
ヴァランタン第3皇子が口を開く。
「足りないというのは?」
「誠意が足りない。奴隷の代わりに宝石・鉱石で返すはまあ良い、その金で新しいのを買えばいいからな。しかしこれでは我々がここを引いてやる旨味がないだろう」
要するにプラスアルファをよこせということか。
仲介者である俺たちにまで偉そうな口ぶりにカチンとくるものがあるが、ここで怒ってしまえば話がおじゃんになる。
「そうだな、大森林が欲しい。3つの砦から20ミルまでの範囲を西の国に割譲すること。これが軍を引く条件だ。返事は3日待ってやる」
20ミルというのはこちらの世界の距離だ。地球に換算するとおおむね20マイル、メートル法に換算すると32キロになる。
金羊側の大森林の入り口から王の砦まで直線で45キロほどなので、大森林西側の3分の2をよこせということだ。
これまで双方が手を入れていたのは森の10キロ地点までで手を入れていない地域は自然と緩衝地帯になったが、正式に割譲されるとなると西の緩衝地帯が消滅する。
それに3日じゃ今から往復しても間に合う日数じゃない。
「3日以内に承諾されなければ停戦の意図なしとする」
しかも答えはイエスとハイだけかよ。
天然酵母の少し酸味のあるパンにジビエ肉や野菜を乗せたオープンサンドに野菜のスープという組み合わせは戦場にしては贅沢な印象を受ける。その辺は前王の弟という立場によるものだろう。
オープンサンドについてはまずくはないがハーブ塩のみの味付けとなるといささか物足りず、スープも具の入った暖かい塩水という感じの味だった。
『補給の不安定な前線基地でこれだけ食えるなら贅沢』と評したトムリンソン准将もやはり味付けに物足りなさはあったようだが、誰も文句を言うことなく平らげると王の砦へ行くことになった。
一番大きな王の砦は金属製の柵と鉄条網で囲われ、プレハブ小屋が立ち並ぶ。
その扉の隙間から飛び交う視線に居心地の悪さを感じながら連れてこられたのは、大きな旗がふたつ並立する広場であった。
「ヴァランタン、異世界の大使を連れてきたぞ」
「また変なのを持ってきましたね」
眼鏡の30代くらいの男が呆れたように言い放つ彼が西の国の第3皇子・ヴァランタンだろう。
印象を一言でいうならば戦える軍師というところだ、服の裾から覗く筋肉は一軍を率いる将らしさがある反面眼差しや口ぶりにはどこか傲慢さが垣間見える。
というか持ってくるってなんだ、もしかして自国の民以外は人じゃない的な思想なのか?
「異世界の民にも我が神の思し召しが伝わったということでしょう」
皇子の隣にいた純白の衣装を纏った長身の男がそう言い放つ。たぶん彼が教会の騎士団長であるベルナール・ド・バラドゥール氏であろう。
「異世界は日本国政府から参りました、真柴春彦と申します。今回我々からご提案したいのはこの戦を停戦とすることです」
「よそ者が我々に口を挟みに来たか」
「喧嘩を終えるのに仲裁者は必須でしょう?」
「これは喧嘩ではない、我々の財産を取り返しに来ただけだ」
宣戦布告文章にもあったが彼らは金羊国に逃亡した自国民所有の奴隷の返却要請に応じないので取り返しに来た、ということになっている。
「もちろん承知の上です。しかし金羊国宰相・ハルトル閣下から、停戦に応じれば今回失われた食料の即時返却のみならず伯爵令嬢の呪い事件の被害分を宝石や鉱石で支払うという条件を取り付けております」
ハルトル宰相直筆の書類を目前に差し出すと「奴隷ではなく宝石・鉱石か」とつぶやく。
金羊国内にはすでにいくつもの鉱脈が見つかっていて、そこから採掘されたものを南の国に売ることで金羊国は外貨を獲得している。
「金ですべて片が付くと思ってるあたり貧相な考えですね、だから生れながらの罪を掃えない」
「宗教的なことはどうであれ損失分の補填は確約されているのですし戦をする理由などないのでは?」
「これは神の思し召しです、今ここで我々に頭を下げることで生れながらの罪を掃うチャンスなのですよ?!」
「我々は今はあなたと神の話をしてるのではなく、ヴァランタン皇子と金の話をしています」
この手の宗教論争はいつの時代の面倒なので踏み込ませない。
ハルトル宰相の意図を汲むなら金で片をつけたいのだろうし、俺も金でつく片は金で片した方がいい。
「……これだけでは足りぬな」
ヴァランタン第3皇子が口を開く。
「足りないというのは?」
「誠意が足りない。奴隷の代わりに宝石・鉱石で返すはまあ良い、その金で新しいのを買えばいいからな。しかしこれでは我々がここを引いてやる旨味がないだろう」
要するにプラスアルファをよこせということか。
仲介者である俺たちにまで偉そうな口ぶりにカチンとくるものがあるが、ここで怒ってしまえば話がおじゃんになる。
「そうだな、大森林が欲しい。3つの砦から20ミルまでの範囲を西の国に割譲すること。これが軍を引く条件だ。返事は3日待ってやる」
20ミルというのはこちらの世界の距離だ。地球に換算するとおおむね20マイル、メートル法に換算すると32キロになる。
金羊側の大森林の入り口から王の砦まで直線で45キロほどなので、大森林西側の3分の2をよこせということだ。
これまで双方が手を入れていたのは森の10キロ地点までで手を入れていない地域は自然と緩衝地帯になったが、正式に割譲されるとなると西の緩衝地帯が消滅する。
それに3日じゃ今から往復しても間に合う日数じゃない。
「3日以内に承諾されなければ停戦の意図なしとする」
しかも答えはイエスとハイだけかよ。
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