異世界大使館はじめます

あかべこ

文字の大きさ
上 下
78 / 254
7:大使館はウィンター・バケーション

7-5

しおりを挟む

「納得いかないんだけど」

 昼休みになると、ハルが爆発しそうになっていたので空き教室へと連れ出した。
 ここならハルが変な事を口走っても問題ないからだ。
 連れてきて開口一番に飛び出したのが、この発言だ。

「ハル、落ち着いて」

「なんであたしが白雪姫なんだよ、どう考えてもおかしいだろっ」

 アウトローなハルが大勢で作り上げる“演劇”の“主役”を演じるというのは確かにキャラクターではないように思う。
 しかもそれを他人に決められたとなれば、ハルの気持ちも穏やかではないだろう。

「それでも、黙って受け入れてくれたのね」

 佐野さのさんに推薦された瞬間のハルは立ち上がって今にも掴みかかりそうな勢いだった。
 でも、それをせずにこらえてくれた。
 それは彼女の変化だ。

みおが“大人しくしろ”って目で訴えてきたからな、我慢したよ」

 分かってはいたつもりだが、改めて私による変化だと本人の口から言われると心の奥がどこかムズムズとする感覚があった。

「ありがとう、ハルのおかげで無事に事は進んだわ」

 あの後、私が王子役を引き受けるという展開は佐野さんにとっても予想外だったはずだ。
 主役級さえ決まってしまえば後は自ずと決まっていくため、特に波乱も起きる事なく進行する事が出来た。

「ふん、本当だったら佐野に白雪姫やらせるか、当日サボるかの二択だったからな」

「……うん、どちらも選ばないでくれて良かったわ」

 そんな無理矢理な事をしたらクラスの空気がどんな事になるか、想像するだけで恐ろしい。
 今の流れも決して褒められたものではないが、それでも見返す事は出来ると思う。

「ていうか、王子役を澪が引き受けんのもけっこービックリしたけど……」

 話を聞いている内にハルの怒りの留飲も下がって来たのか、話題は私に移った。

「そうね、あの流れで田中さんに任せるのは可哀想だったし。私がなればそれ以上は嫌がらせも出来ないでしょ」

 私には良くも悪くも“生徒会”という看板がある。
 その砦には“青崎梨乃あおざきりの”というカリスマも控えており、自分で言うのも何だが生徒会を敵に回したいと思う人はそう多くはない。
 まるで虎の威を借りる狐のようなので、好ましくは思っていないのだけれど。
 他人にはそう映っているのは自覚しているので、仕方がない事でもあった。
 とにかく今回はその立場を使って、佐野さんの独壇場を止めたような形になる。

「じゃあ、白雪姫の時点で澪がやってくれたら良かったのに」

 唇をとがらせて不満げなハル。

「……その発想はなかったわね」

「なんでだよ、あたしより田中優先かよ」

「いえ、そういうわけじゃなくて……」

 佐野さんを始め、皆はハルが白雪姫を演じることにギャップを感じた事だろう。
 だが、私はハルの白雪姫を想像して思ったのだ。

「似合いそうって思ったのよ」

「なにが?」

「ハルの白雪姫」

 ハルの目が点になって、一瞬時が止まる。

「……マジで言ってんの?」

「ええ、マジね」

「あたしのどこに姫要素があるんだよっ」

「肌の白さとか?」

「漠然としすぎだろっ」

 とにかく、私はハルの白雪姫がそう悪いものではないと思ってしまったのだ。
 主役になれば周りとコミュニケーションをとる機会も増えるだろうし。
 いいきっかけにもなるのではないかと思ったのだ。

「それより王子様役の方が気が重いわね……」

 裏方でサポートが私の得意分野なのに。
 成り行きで仕方ないとは言え、まさかの演者側に回るだなんて。
 キャラじゃないにも程がある。
 落ち着いてくると、その重圧に心が耐えかねている。

「いや、あたしも姫とか気分わりぃし……」

 “はぁ……”と、お互いに重い溜め息を吐く。
 こんな消極的なお姫様と王子様がいるだろうか。
 心配だ、この演劇。

「でも、やるからには全力でやりきるわよ」

 それでも、嘆いてばかりでも仕方ない。
 私は気持ちを入れ替える。

「うお、真面目モード」

「良い演劇にして見返してやりたいもの」

「見返す?」

「ええ、佐野さんは遊び半分でキャスティングしたんでしょうけど。私達が本気を出して最高の物を見せつけるのよ」

 きっと佐野さんは普段やる気のないハルを主役に押し出すことで、恥をかかせるつもりだったのだろう。
 そこで上下関係なるものを付けようとも考えていたのかもしれない。
 だけど、そうはいかない。
 私がいる限りそんな中途半端なものを見せたりはしない。
 むしろハルの魅力を引き出し、観客すらも驚かせてみせる。

「なんか珍しいな、澪がそこまで対抗心を燃やすなんて」

「……そう、かも」

 言われてみれば確かに、ハルの白雪姫に関しては対抗心なるものが芽生えている。
 これ以上ない正攻法だから問題はないのだけれど、根底にある感情が私には珍しいものだった。

「ハルを馬鹿にした扱いが気に入らなかったのね」

 そして、そうさせてしまった私自身にも責任を感じている。
 だから、ハルの魅力を私は知らしめたいのだと思う。

「な、なんだよ、そうなら最初からそう言えよなっ」

 ハルは急に体をもじもじとさせて視線が彷徨さまよっていた。
 そのまま落ち着かない様子で、ハルの体が私の肩を押した。

「じゃあ、頼んだぜっ。あたしの王子様っ!」

 ハルが満面の笑みを咲かせる。
 その輝くような華を見れば彼女こそ白雪姫だと、疑う者はいないだろう。
しおりを挟む
気に入ってくださったら番外編も読んでみてください
マシュマロで匿名感想も受け付けています、お返事は近況ボードから。
更新告知Twitter@SPBJdHliaztGpT0
感想 0

あなたにおすすめの小説

アレク・プランタン

かえるまる
ファンタジー
長く辛い闘病が終わった と‥‥転生となった 剣と魔法が織りなす世界へ チートも特典も何もないまま ただ前世の記憶だけを頼りに 俺は精一杯やってみる 毎日更新中!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「魔王のいない世界には勇者は必要ない」と王家に追い出されたので自由に旅をしながら可愛い嫁を探すことにしました

夢幻の翼
ファンタジー
「魔王軍も壊滅したし、もう勇者いらないよね」  命をかけて戦った俺(勇者)に対して魔王討伐の報酬を出し渋る横暴な扱いをする国王。  本当ならばその場で暴れてやりたかったが今後の事を考えて必死に自制心を保ちながら会見を終えた。  元勇者として通常では信じられないほどの能力を習得していた僕は腐った国王を持つ国に見切りをつけて他国へ亡命することを決意する。  その際に思いついた嫌がらせを国王にした俺はスッキリした気持ちで隣町まで駆け抜けた。  しかし、気持ちの整理はついたが懐の寒かった俺は冒険者として生計をたてるために冒険者ギルドを訪れたがもともと勇者として経験値を爆あげしていた僕は無事にランクを認められ、それを期に国外へと向かう訳あり商人の護衛として旅にでることになった。 といった序盤ストーリーとなっております。 追放あり、プチだけどざまぁあり、バトルにほのぼの、感動と恋愛までを詰め込んだ物語となる予定です。 5月30日までは毎日2回更新を予定しています。 それ以降はストック尽きるまで毎日1回更新となります。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

ド田舎からやってきた少年、初めての大都会で無双する~今まで遊び場にしていたダンジョンは、攻略不可能の規格外ダンジョンだったみたい〜

むらくも航
ファンタジー
ド田舎の村で育った『エアル』は、この日旅立つ。 幼少の頃、おじいちゃんから聞いた話に憧れ、大都会で立派な『探索者』になりたいと思ったからだ。 そんなエアルがこれまでにしてきたことは、たった一つ。 故郷にあるダンジョンで体を動かしてきたことだ。 自然と共に生き、魔物たちとも触れ合ってきた。 だが、エアルは知らない。 ただの“遊び場”と化していたダンジョンは、攻略不可能のSSSランクであることを。 遊び相手たちは、全て最低でもAランクオーバーの凶暴な魔物たちであることを。 これは、故郷のダンジョンで力をつけすぎた少年エアルが、大都会で無自覚に無双し、羽ばたいていく物語──。

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...