異世界大使館はじめます

あかべこ

文字の大きさ
上 下
58 / 254
5:大使館の夏

5-7

しおりを挟む
帰国した納村が連れてきたのはビジネスカジュアルな服装に身を包んだ女だった。
「紅忠商事資源1課の河内舞夏かわち まいかと申します。紅忠異世界支社長として来年春以降にこちらへ赴任する予定です」
そう言って差し出された手を軽く受け取って握手を返す。
日本人女性にしては縦にも横にも大きめの彼女は、白のブラウスにネイビーのジャケットというかっちりとした服装でありながらよく見れば足元は同系色のスニーカーにリュックサックというちぐはぐさが実用性重視な印象を抱かせる。
なにより特異性を感じさせるのは目つきだった。
上手く言うことが出来ないが阿佐田哲也作品の主人公たちのような常識や善悪の外に生きてきた風の特異な目は彼女の一癖ありそうな雰囲気を際立たせていた。
「よろしくお願いします、こちらには視察ですか」
「はい。視察と支社の建設用地探しと購入ですね」
飯島の用意してきた資料によると、業界4位の紅忠商事は早期に異世界への進出を決定し以前から外務省にアプローチをかけていたという。
異世界との通路建設のため・国内経済活性化のためにも企業の力を借りたい政府に対し、財閥系商社が異世界の市場開拓に慎重な姿勢を示していた中で唯一積極的な姿勢を示した非財閥系の紅忠に異世界への渡航許可を出したのだという。
大使館としてこの進出企業第一号への支援も大きな仕事になる。
「現地語は大丈夫ですか?」
「一通り叩き込んできてます、それに私こう見えてもバックパッカーなので言葉が通じない場所は慣れてるんです。助力が必要なことがあれば私のほうからお願いしますので」
大使館関係者にざっくりとした挨拶を済ませると、さっそく大使館を出て市場調査へ出かけていく。
いちおう大使館で収集した物品の分析結果はほとんどが公開されているとはいえ、商売をするには情報が少なすぎるという判断だろう。
「……俺たちがここに来たとき、到着してすぐは動けなかったのにな」
そのパワフルさにそんな言葉が漏れるのは許してほしかった。

****

河内さんはその後3日ほど大使館に戻らず、うっかり死んだのかと心配しつつも飯山さんが市場で見かけたという報告で何とか無事を確認するという状態が続いていた。
そうして4日目の夜。
「こんばんわ、紅忠商事の河内です」
出会ったときとほぼ同じ服装で大使館の門前に現れた彼女は「現地支社の所在地購入の手続きの手伝いをお願いしたいのですが」と切り出した。
嘉神と納村にに手続きに必要な書類の準備を頼んでおき、その間にアントリにお茶を淹れてもらう。
「3日で土地を見つけてきましたか」
「ええ、有償で買い上げさせてもらいました」
聞いてみると場所は第一都市から少し離れた川岸から山の中腹にいたる一帯で、両都市を望むことが出来る場所だという。
大使館で所有する地図と照らし合わせながら写真を見比べてみると緩い傾斜地ながらずいぶん広いことが分かる。
「ずいぶんな広さですね」
「将来的にはここをハブに各国で商売が出来たら、と考えてます。河川を使った物流もしやすいですし両都市が見えれば国内における人の動きも読めますから」
そうかもしれないが、ここは市場からいささか離れている。
水源はあれど傾斜地ゆえに農業に不向きで手つかずだった場所をまとめて購入するのはなかなかリスキーにも思える。
「多少のリスクは商売の友、うちの会長がそう言ってました」
しれっとそう告げる彼女の目は何か見えないものが見えているような、独特の不気味さを滲ませていた。
しおりを挟む
気に入ってくださったら番外編も読んでみてください
マシュマロで匿名感想も受け付けています、お返事は近況ボードから。
更新告知Twitter@SPBJdHliaztGpT0
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・

今卓&
ファンタジー
地球での任務が終わった銀河連合所属の刑事二人は帰途の途中原因不明のワームホールに巻き込まれる、彼が気が付くと可住惑星上に居た。 その頃会議中の皇帝の元へ伯爵から使者が送られる、彼等は捕らえられ教会の地下へと送られた。 皇帝は日課の教会へ向かう途中でタイスと名乗る少女を”宮”へ招待するという、タイスは不安ながらも両親と周囲の反応から招待を断る事はできず”宮”へ向かう事となる。 刑事は離別したパートナーの捜索と惑星の調査の為、巡視艇から下船する事とした、そこで彼は4人の知性体を救出し獣人二人とエルフを連れてエルフの住む土地へ彼等を届ける旅にでる事となる。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ
ファンタジー
聖女ミュゼの仕事は魔道具に力を注ぐだけだ。そうして国を覆う大結界が発動している。 「ルーチェは魔道具に力を注げる上、癒やしの力まで持っている、まさに聖女だ。燃料でしかない平民のおまえとは比べようもない」 そう言われて、ミュゼは城を追い出された。 しかし城から出たことのなかったミュゼが外の世界に恐怖した結果、自力で結界を張れるようになっていた。 そしてミュゼが力を注がなくなった大結界は力を失い……

処理中です...